浅草に着いた三人
(両:両さん、中:中川、麗:麗子、よ:よね、銀:銀次、勘:勘兵衛)
両「うっす、元気か?」
中・麗「こんにちわー」
よ「あら、勘吉に麗子さん、中川くんも。どうしたんだい?」
両「今日は61年前の“あのこと”について」
よ「空襲の事かい?それなら、今祖父さんも来て話している所よ」
両「何っ!? 勘兵衛も来てるのか!」
麗「すごいナイスタイミングだわ。これは物凄いリアルな話になりそうだわ」
中「いやぁ、来たかいがありましたよ…」
両「親父に祖父さん、久しぶりだな」
銀・勘「よっ、勘吉か。どうしたんだ?」
中「僕たち3人は61年前の“あのこと”についてはなしを聞きに来たんです」
銀・勘「そうかぁ・・・」
〜銀次と勘兵衛の回想がはじまる〜
銀「あれは3月9日の22:30だった。B29が東京上空を飛来して警戒警報が発令した。だが、すぐに房総沖に退去したんだ。しかし、あくまでそれは“みせかけ”であって市民が安心した10日の0:08門前仲町方面に第一弾が等価された。浅草に投下されたのは0:20頃。まだ郡部は気づいておらず、当然ながら警報も鳴らなかったんだ。そして警報が鳴ったのが0:25頃。それから2時間半に渡って爆撃が始まったんだ」
勘「各機平均6d以上もの焼夷弾を搭載したと言われる。344機ものB29が下町に侵入した。B29の大編隊は日本軍の電波探知機を無能にする為に低空からアルミの細片をばら撒いていた」
銀「勘吉、何故3月10日が選ばれたか知ってるか?」
両「いや、わからん。中川は知ってるか?」
中「う〜〜ん。・・・。あっそうか!3月10日は日露戦争の奉天戦の日であり陸軍記念日だ」
銀「そのとおりだ。つまり、日本の戦争継続の気力を削ぐ為にあえてこの日を選んだと言うわけだ」
麗「いくらなんでも惨すぎるわ。もう日本は戦う力なんてほとんどなかったのに…」
勘「それに、この日は強風が吹いていてな、火災による被害が大きくなったんだ」
銀「例えばな、火災から逃れる為に燃えないと思われていた鉄筋コンクリート造の学校などに避難した人は酸欠による窒息死する人が多かった」
勘「それにな、炎が竜巻や滝のように流れてきて焼死する人や隅田川に飛び込んで凍死する人もいたんだ」
麗「でも東京中全部が焼けたわけではないんでしょう?」
銀「あぁ、そうだ。山の手地区は受けなかったんだ。でも…」
麗「でも、なんですか?」
両「5月25日にB29が470機来て山の手地区を焼いていったんだ。親父もそれで友達を失ったらしい」
麗「そうなんですか。ゴメンナサイ」
銀「いや、いいんだよ。麗子さん。でもね、一度も空襲で焼けなかった地区も有るんだ」
中「えっ、どこですか?」
勘「例えばな丸ノ内付近だ」
中「えっ、それはおかしいじゃないですか。府庁があるのに…」
勘「そうだ。府庁は焼けた。でも、第一生命ビウや明治生命ビルは受けなかったんだ」
麗「まって、第一生命ビルってGHQの本部があったとこよね。つまり、日本を占領することを見込んで」
銀「麗子さんの言う通りだよ。あとは東大付近や築地も受けていないんだ」
中「東大付近は5月15日ので…まさかっ」
銀「何だと思う?」
中「東大にはロックフェラー財団が建てた図書館が有るんだ。アメリカが建てたにものを壊すわけないしね」
勘「そのとおりだ。築地の方は病院がヒントだ」
麗子「……あっ、築地にはアメリカ聖公会が建てた『聖路加病院』があるわ」
勘「正解だ。つまり、アメリカは自分の思うように焼夷弾をばら撒いていたんだ」
両「あまりにもヒドイ話だ」
よ「じゃぁ、実際に歩いてみようかねぇ」