ぽつねんと尚香は木の枝に腰掛けていた。 あれから何刻が過ぎただろう。傾きかけた太陽と彼女の視線が合う。遠くには仮縫いの途中で逃げ去った姫を探す、女官達の呼び声がしている。
ここは、誰にも見つからない、秘密の隠れ場所。
―――それでも、何故か見つけてしまう人がいる。
彼は、いつもこうやってぼんやりしてる私を、木の根元から優しく見上げて。それから、うって変わっていきなり説教を始めるのだ。 「そんな所にいたら、危ないじゃないですか。早く降りて下さい」と。 そして私がむくれてもねばっても、彼は私が降りてくるまでずっと待っていてくれた。 たまにそれは本当に腹立たしい。でも。 彼のはしばみ色の瞳を見ると、何故か安心してしまうのだ。
いいえ、彼は私を「見つけてしまった人」。・・・今日は探しに来ないから。 来るのを待っている訳じゃない。ただ―――どうしようもなく、空しいだけ。そう、本当に厭なのは、縁談のはずなのに・・・それなのに・・・
どうしてこんなに、彼―――陸遜が来ないだけで、こんなに寂しい気持ちになるんだろう?
尚香はそっと、その翡翠のような瞳を閉じた。 太陽が眩しいから、そう自分に言い訳して。
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