「あーん、もういいってば!!」 聞き分けの無い駄々っ子の素振りで女官を叱咤するのは翡翠の双眸が愛らしい弓腰姫。 「しかし…殿のご命令ですので…」 「そうですよ。縁談について真面目にご検討くださいませ。姫様、いつまでも少女のままではいられないのですよ?今度の先方様との顔合わせには参加していただきますからね。その為の御召物ですのに…ほらじっとして!仕付針が刺さりますから……まぁっ!やっぱりお美しいわ」 女官達は言いたい事を口にしながらも、細々と織られた着物を慣れた手つきで尚香に着せるとその姿を見るなり感嘆の声をもらした。
「好きでもない人に会う為にこんな物着せられて…権兄様なんて…きらいよ」 そう言っていつもの衣装とはうって変わり、女物の艶やかな衣装をヒラヒラと持て余す。このいじらしい声を生み出す唇には薄ら紅がひかれている。 「なんてこと仰るのですか…殿も姫様の事をお考えになると胃が痛みますでしょうに…」 「あら、貴女も胃が痛いのかしら?相手を私の想い人にしてくれたら縁談だって何だって受けるわって権兄様に伝えておいて。…もういいでしょう?」 意地悪くチラリと横目で訴えると、何故か女官の目が輝いているのに気付き、尚香は嫌な予感に満たされた。
「姫様!お心にどなたかお住みなのですか!?」 「あ〜っ何でもない!!住んでない!!」 「でも今…」 「いいの!!着物は外に置いておくから!とにかく今は出てってッッ////」
尚香は慌しく女官を追い出し、鏡で自分の顔を確かめた。 「やだ、顔熱い…あかい……」 あかい、と呟いたのはその頬の色か、紅の色か…真意は彼女にしかわからぬまま。 縁談用にあつらえられた耳飾をはずすと、しゃら、と金属音。一つはずしたところで部屋の外から聞きなれた声がした。
「姫様、お顔を拝見してもよろしいですか?」 「陸遜…?あ、ちょっと待って!!」
尚香は一つになった飾りをもう一度耳に揃えて、鏡を一見すると深呼吸をして部屋の扉を開けた。
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