>すぎたま様
ではあなたは、あなたの猫に、植物にやったのと同じことを、植物にやったときと同じ感情でできるのですか?
あなたの猫に薬品をかけて皮膚をただれさせ、手足を切り刻んですりつぶし、その結果の体の科学的な変化を、稲にしたのと同じ気持ちで、行えるのですか?
私は自分で大切に育てた野菜を平気で食べることができますが、愛猫を切り刻んで食べることはできません。
そもそも、そんなに植物が大事なら、すぎたま様はお米も野菜も果物も召し上がれないはずです。
また牛も豚も鶏も穀物を食べて生きていますから、植物が大事なら、肉も召し上がれないはずです。
・・・と書きますと、「植物が大事とは言ってない」と反論されそうですけれど。
すみませんが、「植物だって生きている」は、肉食について考えたくない人の常套句にすぎませんね。
それに対する回答も世の中にはあふれています。
植物が踏まれたり切られたりすると化学物質を出すなどの反応をしめすことは解明されています。
しかし苦痛を「感じている」かどうかは解明されていません。
さまざまな方面から研究されていますが、苦痛を「感じる」かどうかは、その可能性をも含めて、少なくとも私が知る限り現時点では科学的証拠はみつかっていません。
対し、牛や豚や鶏やその他のいわゆる産業動物たちが何をされても「苦痛を感じることはない」という科学的証拠もひとつもないでしょう。
彼らが苦痛を感じていることはあきらかでしょう。
人間が作った機械は、タッチ画面に人が触れるとそれを正しく知って正しく反応します。
しかし機械はそのときに「痛い」とか「くすぐったい」とか感じているんですか?
知ることはできるが、感じるようには作られていないのではありませんか?
苦痛を感じられるような神経系が発達した植物があるなら、その種名を教えてください。
『凄い誤解している人が多いのですが、ヴィーガンは「命」を焦点にしているのではなく、
「搾取」を焦点にしています。
(中略)
「植物にも命がある」という反論は、
「命は平等」という思想が根底にあると思われます。
↑道徳的価値は「命のみ」を考慮すれば良く、
対象の「知覚力(感情、痛み等)」は「一切考慮する必要がない」という恐ろしい主張です。』(引用:
https://ameblo.jp/vegan-animal/entry-12868003030.html)