もう8月も終わります、今年もあと4ヶ月。
私のブログは開店休業のまま3年も放置してありますが、よろしかったからどうぞ。
http://plaza.rakuten.co.jp/pekopon0512/>ぽかぽかさんいつも優しいお言葉をかけていただき、ありがとうございます。
このサイトでは、自分の感じたこと(違和感だったり、傷ついたりしたこと)を書いても、
「どこにでもあること」「夫の悪口」「被害妄想」などと取られずに
受け止めてもらえるので、本当にありがたく思っています。
次回のシンポ、または「オフ会」(是非、企画しましょう!)でお会いできる日を楽しみにしています。
>まちゆきさんわかります、モラ人間の発言、って、時に、天邪鬼な子供みたいですよね。
仲間に入りたいなら、人の注意を惹きたいなら、
ポジティブな表現で、楽しく参加する方法もあるのに、
敢えて人が不快になるような表現で話題の中心になろうとする、
話題を自分本位にすり替え方向転換して演説や説教にする。
「楽しそう、僕も混ぜて」と言う代わりに、
「ふん、そんなの大したことないよ、僕はもっとすごいの持ってるよ」と言うみたいな。
>ひこうき雲さんなるほど、「おやつ」ですか。
それなら生きるために必要でない分、贅沢品ですから、
「その日の気分で選択する」ことができる人なら、
今日はケーキ、今日はおせんべい、と、ご自由にどうぞ、ですね。
(お団子に向かって「プリンが食べたいのに!」って怒られても困りますよね?笑)
>存菊堂さん私の開店休業ブログの過去日記では、
モラ夫との日常を「悪口や愚痴にならないように」気を遣いながらも、
結果的にそういう表現になってしまっていると思います。
ひどく傷ついても、「なんで?」と思っても、
「しょうがない人なのよぉ」と笑いに替えてやり過ごしていた日々でしょうか。
私も、愛されたくて、一生懸命頑張ってしまいました。
相手の要望に応え、希望を叶えることで、愛してもらえるのだと信じていました。
今振り返ると、その気持ちの根底には、
「自分は愛されていない」という「哀しい事実」が、既にあったのでしょう。
今までここに何度も書いていますが、
モラハラで一番辛かったのは、「自分は愛されていない」という事実を認めることでした。
更に、夫(加害者)は「自分は妻を愛している」と思い込んでいるので、どうにもならない。
人を愛する気持ちは、自分の内から沸きあがる感情であり、
「何をしてもらったから」「何をもらったから」と駆け引きできるものではないんですよね。
愛する相手が、私に対して同じ気持ちを持っていないから、
私の気持ちに応えてくれないからと言って、嫌いにはなりませんが、
「愛」をエサに奴隷化されていじめられれば、愛する気持ちは薄れます。
傷つけられ続ければ、自衛本能で離れます。
愛にはいろんなカタチがあると思いますが、
自己愛のために他者を傷つけ、哀しませ、困らせ、追い込み、
それでも罪悪感を持たない、良心のない人は、人と関わるべきではないと思います。
いつか、リアルにお会いできる日を楽しみにしています。