No.14883 はじめまして 投稿者:粒子 投稿日:2018年05月04日 (金) 03時23分 [返信] |
粒子と申します。
モラの両親の家に住んでいます。 幸い、今はほとんど交流がありません。
小さいころからですが、今も(他人から見たら取るに足らない)嫌がらせを受けています。
一方で、両親は大学まで出してくれたり(私が望んだわけではありませんが)、おいしいものを食べに連れて行ってくれたり、褒めてくれることもありました。
そのせいか、両親を完全に悪く思うことができません。
同じように、モラハラをしながら優しい面も見せる両親の元で育った方、いらっしゃいますか?
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No.14884 粒子様 投稿者:とこ 投稿日:2018年05月04日 (金) 10時57分 |
粒子さん、はじめまして。粒子さんの質問とくいちがってたらごめんなさい。m(__)m 私の場合は、悪く思いたくも無いのは山々なんですが、 そう、 ”思わざるを得ない状況” ”逃げざるを得ない状況” ”身を守らざるを得ない状況” に追い込まれている者です。
私の場合は、大人になって自分の好きな道に行くまでは、モラ父は、嫌いになってはいませんでした。
しかし、私の場合では、粒子さんの親の方とは違うのかもしれませんが、 私の意思の”意見や行動”をするようになってからは、 どんどん、邪魔されたり、生きにくくされてきました。 その時は、八方ふさがりで地獄のようでした。 後でわかった事ですが あめとむちを使いながら、離れていかないように、小さい頃から、操り人形にするため、 マインドコントロールを受けていたのかと思います。
何かあれば、けなす、人格否定、罪悪感を与え、自信を失わせ、 自分で自分を追い詰める方向に持っていかれ、 だんだん、自分として生きてはならないと、勘違いしながら生きていくようになり、自分軸が他人軸となり、生きにくくなりました。 今だに、自分の意見、自分の意思、自分の行動を取ろうとするたびに、罪悪感がでてきて、ブレーキがいちいちかかってしまう自分がいます。
それがわかってきたのは、親元を離れモラハラの無いところに嫁いだ時からです。 カルチャーショックをうけました。
例えば、人格否定される事が当たり前だと思っていたのが、 違いました。 笑いたい時におもいっきり笑っても良いのだ、と気づいた自分がいました。 自分の感情を出してもおかしくないのか、と気づいた自分がいました。 言葉に裏がないと気づいたり、あたりまえなことのような事一つ一つが、私にとっては新鮮で、驚きでした。 では、今までのはなんだったのか?それは、ただたんに、私が父のもとで、モラハラのゴミ箱役、都合の良い父の手足、として思われるだけの存在だったのだ、と思いました。何故なら、もしも愛情があるなら、離れて行くときに、必死に嫌がらせなんか出来るでしょうか?もしも愛情があるなら、都合の良いように、使おうとすることが出来るでしょうか?、私や、私の子供を利用して、困る顔を見て、満足して笑えるものでしょうか?体調が悪いことをわかっておきながら、人格否定の言葉を吐き捨てれるでしょうか?
ただ粒子さんの親の方は そこまでの人では無いのかもしれませんよね。
あくまでも私の親の場合のみを述べさせて頂きました。
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No.14886 粒子さんへの追伸です 投稿者:とこ 投稿日:2018年05月04日 (金) 12時18分 |
表面は優しいです。 しかし、うちの場合は ひとたび、それで心を開いてしまったり、耳を傾けたりすると、そこから、徐々にモラハラが入り、エスカレートする方向に突き進まれてしまいます。汗。
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No.14887 お返事ありがとうございます。 投稿者:粒子 投稿日:2018年05月04日 (金) 16時41分 |
私の親とよく似ていて、驚きました。
やっぱり、逃げないための策略なんですね。 ほんと、表面は優しいんですよね。 気を緩めると、攻撃してくる。
親=生活環境 な子供にとっては、辛い環境ですよね。 常に警戒して、疑っていなくちゃいけない。
あめとムチ、ゴミ箱、手足、、、 とこさんのおっしゃる通り、まさにそんな感じです。
子供の困る顔を見て、満足して笑う。 愛情が少しでもあったら、できませんよね。
今は幸い家庭内別居状態なので、以前のようなことはありません。 ただ、両親の望みが”私が不幸で無意味な人生を送る”ことのようで、毎日満足しては笑っているのがくやしいです。
親の嫌がらせに耐えながら、ひたすら息をひそめて生きる。 そんな毎日です。
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