No.5995 年末年始とお盆 投稿者:バーバラ 投稿日:2011年08月27日 (土) 00時11分 [返信] |
昨年晩秋に高裁で判決離婚が成立したバーバラです。
判決のあとの事務処理が終わって一息ついたときに 東北大震災で、フラッシュバックがひどくなり 2週間くらい、どう過ごしたか覚えていないくらいです。
さて、正月とお盆とタイトルをつけたのですが、 私にとって、年末年始とお盆の5日くらいが 相変わらず、とても乗り越えるのがたいへんな時間なので、書きました。
年末年始とお盆がつらい、、、って私だけですか?
私がこのサイトに出会ったのは、2007年の年末です。私は、夫が実家に戻るかたちで夫が出て行ったはいいものの、地方都市で孤立しました。体調が悪く、厳寒の外を300mも歩くこともできないくらい衰弱していました。
DVの相談室に頻繁に電話してささえてもらっていましたが、年末年始は5日間のお休みで連絡がとれず、年末まで連絡がとれていた友人たちは、 正月にはいって、それぞれの家族のことでSOSを だすのをためらいました。
脈拍が130~140あり、気持ちも不安定で どこにSOSを出したらいいのか、そんなときに 管理人さんにメールを出したら、返信がきました。 本当にあのときのメールは私の命綱でした。
正月の2日、九州に帰省している友人に電話が通じて、近所の友人のところに なんとか車を運転して助けてといいにいきました。
夜が怖かった。ドアのチエーンロックを何度も 確認して。でも、夫なのだから、勝手口の鍵を もっていたら侵入してくる、、、
4日に、DV相談室と精神科に電話が通じたときの ほっとした気持ちは忘れられません。 DV相談室には、「電話をしたら30分以内にかけつけてくれる友だちを3人確保して」とアドバイス されたのがそのときだったか。。。
2008年のお盆はすでに実家に脱出していましたが、 8月12日に離婚裁判の訴状が 届きました。すでに弁護士には、調停でお世話になっていましたが、弁護士事務所も13日~17日がお休み。12日だったので、弁護士の先生には、 セーフで連絡がとれたのでしたが、 「泣いている時間があったら、陳述書を書いてくださいね」と言われ、、、
それから、年末年始とお盆は乗り越えるのが たいへんな5日になっています。 まず、弁護市事務所が休み、電話相談してもらえる相談室が休み、精神科の病院も休み、カウンセリングでお世話になっているところも休み、家族持ちの友だちはそれぞれの家族との用事であえない。町は家族連れで あふれていて、とてもでかけられない。
もう、裁判も終わり離婚が成立して、弁護士事務所とは縁がきれましたけれど、直にSOSを出すところが減る恐怖は、いまだにあるのです。
あとは、モラと同居していたころ、年末年始とお盆は常に一緒にいました。そのときの記憶がフラッシュバックします。うちはあからさまな暴言はなかったけれど、地雷をふまないように極度の緊張がありました。それでも、赤ちゃんだった娘が少女になり そういう過程で娘のあれこれを思い出すこともおおいです。
そういう記憶がすべて、苦しみになっちゃうのが DVの残酷さですね。
今年のお盆は、エアコンをつけて、部屋にこもっていました。一分一秒がつらかった。やっとのりこえて、8月も終わりになりました。
今週、精神科の受診があり、ドクターに 「つらかったです」と話しをしたら涙が出そうになりました。本当のところ、本当に体調が悪いと病院にも行けません。
来週には、カウンセリングの予約があります。 やっぱり定期的に、ケアを受ける必要があります。
まだ、夢見もひどくて。喘息発作はぴたりと起こさなくなったのが、幸いなことですが、回復には、 まだかかりそうです。
長文を読んでくださって、ありがとうございました。
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No.5997 バーバラさんへ 投稿者:COCOA 投稿日:2011年08月27日 (土) 08時14分 |
バーバラさん、おはようございます。
このパブで出会えたバーバラさん。 いつも、私達に、共感・励まし、温かいアドバイスを下さるバーバラさんにこの様な辛い時間がまだまだ続いている事に心が痛みます。
私もお正月、お盆、ゴールデンウィーク・・・と家族単位の連休時は緊張している自分に気がつきます。 ただ、私は時間と共にフラッシュバックは少なくなっていきます。それは、現実の忙しさのせいかもしれません。はたまた、嫌な思い出は過去にしてしまおう!消してしまおう!と自己防衛本能が働いているのかもしれません。
昨年のお盆より更に楽でした。ただ忙しかったですが・・・。モラ夫と一緒に居る頃は出来なかった実家に連泊をし、子供達と盆踊り、夏祭り・花火大会・川遊び・・・三度の食事の支度や洗濯に追われていました。モラ夫に気を使わない新しい生活を歩み始めたからだと思います。
私も思い出の中の家族の姿は、それが辛かろうと、楽しかろうと今のこの手の中にはなく、喪失感という悲しみに染まります。 でも、最近思うのは、それは『時間』なのだと・・・自分の歩んだ歴史なんだと・・・
バーバラさんが、大切にしてこられた「家庭」は歴史の中にあります。お嬢さんとの思い出も、笑顔も、母親として女性としての凛とした姿もみんな記憶の中に残るのだと思います。 それはバーバラさんの財産であり、力だと思います。
私は、頭も良くないし、要領も悪いし、涙もろいし、医療現場なのに「COCOAさ~ん、しっかり~♪」と若いスタッフに励ましてもらいながら・・・いきなり襲ってきた老眼と仲良く戦いながら・・・毎日を送っています。 私の職場では、お盆・お正月といっても連休はなかなかとれません。だからかえっていいのかもしれません。 あまりかっこ良くはないけど、これが私です。「それでもいいよ」と言ってくれる人達と付き合っています。
嫌なものはなるべく「見ない!聞かない!関わらない!」様にしています。 ずるいアラフィフ~♡です(^^)
バーバラさん、私もいよいよ裁判の本人尋問・証人尋問等の準備になりました。
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No.6002 バーバラさんへ。 投稿者:mi 投稿日:2011年08月27日 (土) 20時51分 |
こんばんは、バーバラさん。
蒸し暑い日が続いていますね。 どうしていらっしゃるかなと案じていました。
私はこの期間、絶不調でした。 余っていたデパスを飲みながら、よく寝ていました。 連絡の取れる方に話を聞いてもらい、なんとか立て直しつつあります。
確かにこの期間は、家族連れが多いのと、友人と連絡が取れなくなるのが、しんどいです。
今は、一人で過ごすほうが、誰かに変に気を使って過ごすより楽かなという気持ちの方が強くなってきました。
カウンセリングの必要性は私も感じています。
無理せず自分のペースで進んでいこうと思うこの頃です。
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No.6005 シングル女性の生き方 投稿者:バーバラ 投稿日:2011年08月28日 (日) 22時36分 |
>COCOAさん
モラから離れても、子どもさんたちも実家も 味方だからいいですね。
私は、自分の尊厳と命を守ることができましたし、 自由も得ましたが、かわりに家族団欒とは 無縁になりました。実家の母とも距離をおくように しているからです。
私はこれから、親族とではない違う人間関係を 作っていく必要があると感じています。 そして、孤独に強くなるように、孤独を愛せるように。
>miさん
>私はこの期間、絶不調でした。
暑さも関係しますかね。私も、本当につらかったです。
年末年始とお盆 の過ごし方のヒントの 本がありました。50代後半のシングル女性の 志摩半島でのひとりの暮らしを描いた小説です。
稲葉真弓『半島へ』です。一人暮らしが、 全然みじめでなく、とっても豊かで自由で、凜としてて、恋愛小説も家族を描いた小説もよみたくない 私がみつけた、おひとりさま の小説です。
私とおなじように、DVから逃れて、離婚して、 一人になった人、多いと思うのですね。
そういう人たちとゆるやかにつながれたらいいな と思います。
この掲示板でおはなしできるだけでも、とっても 救われてます。
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No.6015 バーバラさんへ 投稿者:愛 投稿日:2011年08月30日 (火) 00時26分 |
バーバラさん
毎日暑い中、以前バーバラさんが「夏の暑さが辛い記憶を思い出させる。」と書き込みしていらっしゃったのを思い出し、私もどうお過ごしかと思っていました。
私は子供と別居中なので、バーバラさんのお気持ちに、なんとお声をかけて良いかわからないのですが、私も夏休みは辛かったです。
7月に体調を崩し、そのまま寝込みました。 それから、すぐ子供が夏休みに入りました。 以前ご相談に返信頂いたように、うちの子は別居以来不安定です。(おかげさまで少し改善されましたが。) ずっと前に一度書き込みましたが、家庭を顧みない日の多い夫でしたが、夫は普通の時はただの良いお父さんでした。 子供は父親っ子でした。 生後間もなく、父親が子供にやきもちを焼いている様子が多々見受けられたので、私がそうしむけていた事もあると思いますが、子供にとって遊ぶと楽しい人でしたし、子供は夫の実家も大好きでした。
子供は、夏休みは触れ合う機会が多いので、毎年楽しみにしていました。 夫の実家へ帰ることや、夫と遊び触れ合う事をとても楽しみにしていたので、今年はそれができず、子供が夫と離れせざるを得ない状況になった事への罪悪感にのたうちまわりました。 子供の喪失感をどう埋めるかを考えました。が、自分自身が深い喪失感と不安感を抱えているので、寝込んでいる日の方が多かったです。
きっとまた年末年始も辛い時期になりそうです。
でも、悲しみも抱えることにしました。 「しかたがない」「どうしようもなかった」 「終わったのだ」と割り切らないと生きていられない感じです。
私もあと10年もすれば、子供が巣立ち、一人になると思います。 さみしいな。と正直思います。 ただ、「ひとり」は「孤独」とは違うのかもしれないな。とちょっと考えました。
ひとり旅をすると、いろんな人に出会えます。 ひとりで飲みに行っても、話し相手になってくれる人がいたりします。 ひとりで暮らしていても、友達がいます。 友達には家族がいる人も、親から独立してひとりで暮らしている人も、夫に先立たれひとりでいる人もいます。
さみしくても、孤独ではないのではないでしょうか。
もし仮に、バーバラにお会いできるなら、年末年始やお盆、私はバーバラさんとゆっくりお会いして、何か楽しい事をしてみたいです。 きっと素敵な方なんでしょうね。
バーバラさんのような優しく徳の高い方は、きっと素敵なご友人から信用されて生きて行かれると思いますよ。お互いが信頼できるような人間関係を築いていけたらいいですね。
気のきいた事が言えなくて申し訳ありません。
私もいつになったら回復するのかわかりません。
バーバラさんは回復前に高裁で判決まで行った辛さ、その判決の理不尽さによる苦しみは尋常ではなかったと思います。でも、今日まで乗り越えられて。ダメダメな私はそんなバーバラさんを本当に「偉いなあ」と思うのです。
私もいつかこの状況をなんとかしなくては。
バーバラさんに明るい未来が開けていきますように。
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No.6016 Re:シングル女性の生き方 投稿者:COCOA 投稿日:2011年08月30日 (火) 09時35分 |
おはようございます。
私は、ここ一年、先の生活について色々と考える様になりました。
4人の子供達は、関われば其々に色々あります。気にしていても仕方なく。気にしなくても彼らの方が必要な時だけ、ノックしてきます。 つまり、365日の生活の中でのほんのひとこまであり、ほぼ知らない世界です。
長寿国日本の中、私のいる田舎町では90代まで元気で一人暮らしの人達が多いです。 さらに実家の山奥の方になるとお世話は近所の60代後半・70歳代の人達が「若いもん」と称して、自主的にしておられます。
実家の盆踊りに行って、昔の人だかりもなく・・。お年寄りの中に我が家の子供たちと付いてきた友達が混ざって踊って・・・。 片づけを手伝う姿に「今年は若者がおるのう!」と嬉しそうなお年寄りの声に、胸が痛く、涙が出ました。
でもそこで、母は暮らしています。 父が他界して、今は一人で暮らしています。 孫の好きなわさび漬け・梅干し・こんにゃく・おはぎ・柏餅・角寿司・ぜんざい・ハチミツ・・・。 76歳になる母はまだ軽トラに山菜や手作りの食材を積んで、温泉市に出かけます。他県の人と話が出来るから、喜んでもらえるからと・・・。
私にも出来るでしょうか。
私は、築45年の実家のリフォームを考えています。実家の山林の木で建てた家は、父と母が残してくれた唯一の財産です。 そこには「お盆」・・・親戚家族・子供達と・・20人前後がにぎやかに集まっていました。 そしてこれからも・・・ 「みんなで帰れる所はここしかないよ。」といわれ・・・
責務ではなく、これから私が静かに落ち着ける場所として、四季折々美しい、中国山地の山の中の清流のほとりに暮らそうかと思います。
・・・でも、いのしし・さる・くま・・・も共存します。
私の「おひとりさま」未来像です。
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No.6027 愛さんへ 投稿者:バーバラ 投稿日:2011年09月01日 (木) 23時58分 |
暖かいレスポンスありがとうございました。
愛さんにとっても、つらい夏だったのですね。
たしかに「孤独」にも2種類ありますね。 英語では、ロンリネスとソリテュードというのだそうです。 (津田和壽澄著『孤独力』より) ソリテュードは明るくしなやかで人間を 成熟させる豊かな時間だというのです。 そういう時間を過ごして行けたらと思います。
これが、COCOAさんみたいに、自分の育った共同体といえる故郷でもあれば、また違うのだと思いますが、、
私の住むところは、山も川も木もなんにもない 都市部であり、私が離婚して実家にもどったことを誰も詮索することも話題にされることもない気楽なところですが、すでに共同体も崩壊しています。
実家に住まうことは、居候でいることであり、 庭もキッチンさえ自由にはなりません。
でも、、、こんな生活を震災や原発から避難している人たちも味わっているんだ、、、と最近は思います。
今手にあるもの、狭いけれどすきなCDを聴ける 部屋、読書ができる空間と時間、そんなものをこころから感謝できたら、もっと元気になれるのかも しれません。
でも、一番私を不幸にしているのは、忘れようとしても忘れられない加害を受けた記憶です。 こればかりは、回復に時間がかかるでしょうね。
私の誇りは、、、モラと離婚したという事実なんです。自分の最後の尊厳を守ったことになると思うので。
私は、DV被害者で在り続け、子どもを愚痴のはけ口にしながら、モラ夫を自分のレールからはずれないように支配して、育て、あげくの果てには、 私を娘からひきはなしたかつての義理の母親を この世でもっとも醜い女性の生き方と思っているのです。
愛さんも、COCOAさんも、苦しんでいるひよさんも 私は、離婚したということ、そのことが勲章だと 思っています。
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No.6036 バーバラさんへ 投稿者:愛 投稿日:2011年09月04日 (日) 00時44分 |
随分下の方になってしまいましたが、お返事ありがとうございました。
レスした時はバーバラさんの気持ちに添えるかと思って書き込んだのですが、自分の愚痴が多く、子供の事を書いたので、デリカシーがなかったかと思って気になっていました。すみません。 でも、以前子供の不安定なご相談で投稿した時のアドバイスで私はとても励まされたのです。
今回も結局私はバーバラさんのお返事に慰められました。
ご実家で、お庭もキッチンも使えないのですか。 2階で調理できるように工夫されて、住まわれて、大変な思いをさたのですね。
> たしかに「孤独」にも2種類ありますね。 > 英語では、ロンリネスとソリテュードというのだそうです。 > (津田和壽澄著『孤独力』より) > ソリテュードは明るくしなやかで人間を > 成熟させる豊かな時間だというのです。 > そういう時間を過ごして行けたらと思います。
高貴な孤独ですね。私もいつかそんな孤独を愛せるようになりたいです。 > 私の住むところは、山も川も木もなんにもない > 都市部であり、私が離婚して実家にもどったことを誰も詮索することも話題にされることもない気楽なところですが、すでに共同体も崩壊しています。
バーバラさんのお住まいの地域もそうなんですか。 私の住む地域も工業地帯なので、自然も近隣との共同体も崩壊しています。 幸い今の住まいの近隣の方は今の時代には珍しく、助け合いの精神があり、かといってズカズカ踏み込んでくる非常識な方とのお付き合いもないので良いのですが、この家はいつか出て行かなければならない所です。 子供の学校や仕事の事を考えると、遠方に引っ越すのは勇気がいるので、ここから30分圏内に移る計画です。 そうなるとやはり、自然も共同体もない。 それが残念ですね。
自然の中にいると、とても幸せを感じますよね。 それにそんな、ただ散歩しているだけで、近所の人と挨拶をかわせるような時代だったら…と思ってしまいます。 「加害の記憶」辛いですね。 私には、「自分が悪い」「自分が悪くなくても悪いことにされる。」という恐怖感が一番強いのかもしれないと、今日感じました。
> 私は、DV被害者で在り続け、子どもを愚痴のはけ口にしながら、モラ夫を自分のレールからはずれないように支配して、育て、あげくの果てには、 > 私を娘からひきはなしたかつての義理の母親を > この世でもっとも醜い女性の生き方と思っているのです。
何と言っていいのかわかりませんが、 本当に酷いです。怒りを感じます。
> 私は、離婚したということ、そのことが勲章だと > 思っています。
素晴らしいです。名言です。 信田さよこさんのツイッターの記事も読ませていただきましたが、DV被害者は全てを捨てて離婚するのではないのだと思いました。 DV家庭には「暖かい家庭」も「夫婦の絆」も「愛情」ももともとなかったのです。 そして、離婚することによって自分の生命と未来を勝ち取るのだなと思いました。
回復には時間がかかりますよね。 でも、ゆっくり、幸せなことだけを考えるようにしていこうと思います。
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