白鬚神社 なんでも掲示板

過去のメッセージはこちらです
】【】【】【】【】【】【】【】【】【10】【11】【12】【13】【14】【15】【16】【17】【18】【最新


[ HOMEMain Menu新規投稿管理用 ]

[341]  ●「乾坤一擲(けんこんいってき)」   Name:道開き   Date:2019/09/26 (木) 15:37
「乾坤(けんこん)」の「乾」は天、「坤」は地を意味する易(えき)の八卦(はっけ)である。「一擲(いってき)」は、サイコロを一回だけ投じて勝負すること。つまり、天下を賭けるような、のるかそるかの大勝負をすることをいう。


これはまさに易占(えきせん)が行われ、八面賽〈はちめんさい・それぞれの面に易の八卦が書かれているサイコロ〉を投じて命運を賭けた大勝負に臨んだという、「易断」が投影されている故事成語、ということにもなるのだろう、おそらくは・・・

※参考
【易の八卦(はっけ) 】
乾(けん)・兌(だ)・離(り)・震(しん)・巽(そん)・坎(かん)・艮(ごん)・坤(こん)


前漢の初代皇帝・劉邦(りゅうほう)と項羽(こうう)の戦いを謳った韓愈(かんゆ)の漢詩『鴻溝を過ぎるの詩』の中に、由来となった一文がある。

力を合わせて秦(しん)王朝を倒した後、劉邦と項羽は相譲らずに対峙するも、鴻溝を境界に西を漢(かん)、東を楚(そ)と定めて、一端は戦を終結する。
しかし、漢へ帰ろうとしていた劉邦が、「今こそ項羽の楚を滅ぼすとき」と馬首を東に向ける決断を促されたことが描かれている。




●●●●●●●●●●●●●●●●

『乾(けん) 』

○象意    天・白・充実・完全・太陽・上等・高級品・強硬・堅固・円・車・多忙・ボランティア

○方位    北西〈戌(いぬ)・亥(い) 〉

○人物   父・聖人・天皇・高貴な人・総理大臣・社長・主人・僧侶

○人体   頭・肋骨・左肺・肋膜・骨・汗・はれもの

○場所   御殿・神社仏閣・教会・ビル・市場・競技場・雑踏・山岳


●●●●●


『坤(こん) 』

○象意    大地・迷い・鈍重・心労・温厚・従順・受ける・従う・頑固・慎重・労働・貯蔵
               
○方位    南西〈未(ひつじ)・申(さる) 〉

○人物    母・老婆・主婦・妻・副社長・助役・次官・労働者

○人体    脾臓・腹部・腸・臍・胃・腹膜・にきび・しみ

○場所    地球・平地・野原・公園・田畑・倉庫・工場・埋め立て地




[340]  ●「世界の始まり」   Name:道開き   Date:2019/08/18 (日) 10:31
人気グループSEKAI NO OWARIは、曲調も良いし、歌声も良い。そして“似合わな格好良い”感じの金髪の女性メンバーに象徴されるスタイリッシュさも良いと思う。

ただ、グループ名だけが良くないと思われます。何で「世界の終わり」なのか、キリスト教の“終末思想”“最後の審判”の影響を受け、「神の世界の始まり」といったニュアンスを含んでいるのだろうか。

陰陽五行・八卦(はっけ)・九星の世界観に於いては、森羅万象、この世のあらゆる事象を、二、五、八、九の数で分類する。

よって、易(えき)の「八卦」でみた場合、艮(ごん)の象意「始めであって終わりである」から説明でき、終わりと始まりは同一線上にあるということになります。スクラップ&ビルドはセットなのです。

『艮(ごん) 』

○象意  山・変化・変わり目・結び目・止まる・始めであって終わりである・終始混合・接続
       ・節目・親戚・知己・相続

○方位  北東〈丑(うし)・寅(とら) 〉

○季節  一年の結び目となる立春前日の「節分」

○人物  少男・幼児・相続人・兄弟・親子・強欲の人・不動産業者

○場所  家屋・物置・ホテル・駐車場・土手・高台・門・交差点


●●●●●●●●●●●●●●●●


以下の[104]は東日本大震災の一月前の書き込みで、[242]はその書き込みを振り返って書いた3年半前の書き込みになります。「始めであって終わりである」という艮(ごん)の象意がそのまま現れた出来事でした。


[242] ●新しい野蒜の町の“黎明期”を迎えて Date:2016/01/18(月) 11:43 

東日本大震災から早5年、被災地となったこの野蒜の町もすっかりリニューアルが進んでいます。
昨年5月のJR仙石線の全線開通は、真っ暗闇の中での「七つ立ち」。そして現在はというと、辺りの景色が薄っすらと見え始めてきている状態の「明け六つ」、まさに町の“黎明期”を迎えています。この5月からは、分譲された土地に家々が建ち始めます。

震災が起こる一月ほど前に、岩崎宏美さんのチェコのプラハでのコンサートを扱った番組をBSで見ていて、その中で歌われていた『始まりの詩(うた)、あなたへ』という曲が、やたら心の中に染み入って来てどうすることもできず、震災当日までの間に5、60回も繰り返し聴くことになってしまいました。

その曲が、新潟県中越地震の被災者を励ます為に大江千里さんが作った歌だということを知ったのは、東日本大震災後数ヶ月が経ってからの事でした。そして、この曲の題名の中の「あなた」というのは「私(自分)」のことで、つまり、「神さまからのメッセージとして受信していた」のだと考えるようになったのは更に後のことでした。

この春からは、新たなる境内地に白鬚神社新社殿の建築が始まります。BSで曲を聴いたあの日以来、『始まりの詩』が流れ続けている中での着工です。自分は、大震災後の神社の再建事業を成し遂げる為に、この野蒜の地の神主の家に生まれて来たのだとも考えています。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

※参考

[104] ●名曲は時代も超えるし、国境も越えていく  Date:2011/02/01(火) 17:47 

つい数日前、チェコ共和国の親善大使に任命されているという歌手の岩崎宏美さんとチェコ・フィルハーモニー管弦楽団との、プラハのドボルザーク・ホールにおけるコラボレーションと異文化交流を描いた『 岩崎宏美 プラハに歌う 〜35年目の挑戦 』という番組を見る機会を得ました。BSは、こういったレアな映像を提供して下さるので本当に有り難いです。   

重厚な東ヨーロッパの音楽文化の中にあるチェコの人たちには、日本の歌謡曲は全くと言っていいほどに馴染みの薄いものらしく、岩崎さんがアイドル時代に培った日本独自の芸能タレントの身振り、手振りなどは(本人は意識して押さえぎみにしていたようですが・・・)、初めて目にする不思議で魅力的なものに映ったようです。さらには、トークの際についつい滲み出てしまう、チャキチャキの江戸っ子の下町娘ぶりなども、親しみやすい人柄として受け取られていた様でした。

現在、日本独特の“アイドル文化”はアニメと一緒になって、アジアからアメリカへ、そしてヨーロッパへと広がりつつあるようですが、保守的で、伝統色の強い東ヨーロッパ方面にも次第に伝播していくことは間違いないでしょうし、インターネットが普及している今日では、おそらく若い人たちほど簡単に飛びつくことになるでしょう。 戦後の日本に、ジャズやポップスが入って来た時のように。

選曲も良かったです。オープニングに使われた小坂明子さんの名曲『あなた』も良かったし、岩崎さんの代表曲の一つになるであろう『始まりの詩、あなたへ』も感動的でした。作者の大江千里さんが、こういった曲を書ける方だとは想像もしておりませんでした。(「 失礼 ! 」) おそらくは、高位の音楽の神様が降りてきた状態で作られた曲なのでしょう。
欲を言ったならば、『竹田の子守歌』のような日本独特の古い旋律の曲なども披露して欲しかったです。

聴衆の中には、“東京オリンピックの華”と謳われた女子体操のチャスラフスカさんなどもいらっしゃって、涙ながらにコンサートでの感動を語られていたのも印象的でした。


年末、やはりBSで、『今夜よみがえる! 夢の紅白名歌手たち 名勝負・名対決』という特番が放映されたようです。録画して、年が明けて時間に余裕が出来た頃に見てみましたが、田端義夫さんの『島育ち』、三沢あけみさんの『島のブルース』にハマってしまい、繰り返し、古い白黒画像に見入っています。どちらも、自分が3、4才の頃に流行っていた曲のようなのですが、島唄系の曲ということもあってか、やたら懐かしさを感じます。

去年の『紅白歌合戦』も録画したものを見ましたが、朝ドラ『ゲゲゲの女房』の数々の名シーンがスライドされて映し出されたのには甚く感動しました。NHKもシャレた試みをして下さるものだと感服した次第です。


[339]  ● 赤道(緯度0)地域の“お彼岸”の太陽   Name:道開き   Date:2019/07/15 (月) 16:28
地球の地軸(自転軸)が23.4度傾いていることにより、1年かかって太陽を回る地球の公転がそれぞれの地域に季節をもたらすようになる。つまり、「地軸が傾いているから季節(春夏秋冬)がある」のだ。このことについては中学校の地理の教科で学習している。

彼岸(秋分・春分)には、太陽が真東から昇って真西に沈んでいくため、昼と夜の長さが同じになる。それは太陽の周囲を公転している地球の、23.4度傾いている自転軸が、太陽に垂直になるからだ。


◎「春分・秋分」における南中高度  90度−その地点の緯度

◎「夏至」における南中高度     90度−その地点の緯度+23.4度

◎「冬至」における南中高度     90度−その地点の緯度−23.4度



つまり、赤道(緯度0)地域の“お彼岸”の太陽は、そこで暮らす人々の頭上(90度)を通過することになります。


「太陽と地球と月」の関係は本当に不思議で面白い。単なる偶然なのか、神様がその様に創ったのかは分かりませんが、お陰で暦学が発達しました。「暦」とは、「太陽と地球と月」の関係を詳細に記したものなのです。一家に一冊は「暦」を常備しておきましょう。折に触れて、暦に目を通してみることはとても楽しいものです。


[338]  ●北欧の「夏至祭」(げしさい・げしまつり)   Name:道開き   Date:2019/06/21 (金) 09:11
古代からの人類の信仰形態といえば、“太陽崇拝”と“祖先崇拝”が主となる。
そして“太陽崇拝”の中心にあるのが、「夏至」と「冬至」の祭りです。

キリスト教伝搬後のヨーロッパでは、夏至祭は「聖ヨハネ祭」と、冬至祭は「クリスマス(生誕祭)」と習合し、今日に至っていますが、その本質は“太陽崇拝”です。

町や村の広場に横たえられた「柱」に、ポプラや白樺の樹木の葉やスズラン、ナナカマド、ライラックなどの花の飾りがつけられ、若者たちが中心になって柱を立てる。この祭は、ドイツやイギリスで行われる五月祭の柱(メイポール)と類似しているが、北欧では5月初旬には花が乏しいため、夏至の時期に祭を行うようになった。

人々はその周りを一晩中踊り明かし、「焚き火」をたいて、その上を飛び越える。これには恋占いや、縁起かつぎの意味が込められている。 花や葉で「冠」を作り(1年間の健康が約束される)、祭りの後に川に冠を流し、それで将来を占う。また、この日の前夜には薬草を摘み、朝露を神聖視する。



◆ノルウェーとデンマーク

北極圏に位置する地方では、真夜中の太陽がみられ、この地域の人々は、暗い闇を切り裂く太陽を見るために一晩中起きている。「たき火」は暗闇を引き裂くシンボルであり、トロールのような「妖精」は祭りの主役である。「楽隊」による行列が行われることもある。また、たき火の回りで「ホットドック」や「ソーセージ」を食べる 

※デンマークによる東日本大震災後の支援が御縁となり、東松島市はオリンピックでのホストタウンになっています。



◆スウェーデン

ポールに飾るための、「つる草」のハートや輪の飾りを持ってボートに乗る。
町の広場で、「夏至柱」を立て、人々が手をつないで回りながら歌ったり、踊ったりする。「民族衣装」姿の人、花の「冠」をかぶる女性も多い。夏至はスウェーデンで最も大事な日で、この時期に合わせて「夏休み」を取る人もいる。緑が美しく、花が咲き乱れる中、家族で夏の「別荘」に向かう。花輪を作るための花を摘むため、近くの森に行き、また祭りの中心となるポールを据え付ける。

夏至祭りの宴には、「ニシンの酢漬け」「ジャガイモ」をゆでたものや「サーモン」や「スペアリブ」を食べ、食後には、この夏初めてとれた「イチゴとベリー」が登場する。



◆フィンランド

「乳製品」や「ソーセージ」や「ジャガイモ」が供され、「白樺」の葉と草花で町中が飾られる。そして一晩中野外での踊りが続く。

「スズラン、ナナカマド、ウワミズザクラ、ライラック」といった花が花瓶に挿して置かれる。これは今でも、祭りの間中は田舎や別荘でよく見られる。地域によっては、若い男性が、白樺の枝で「あずまや」を作る習慣がある。乳がよく出るようにと、牛にも木の葉やスズランで飾りつけがされる。白樺の小枝は、束ねて、サウナの時に体を叩く道具にも使う。

夏至の夜は、昔から神秘的かつ超自然的なものと結びついている。夏至を過ぎると、再び日が短くなり、夜が長くなっていくためで、悪霊がそのあたりを歩き回るとも信じられたり、また、財産や結婚を占う行事が行われたりした。


•ハーブや薬草を、露が下りる前の、活力のある時間帯に摘む。また、夏至の露には病気を治す力があると考えられていた。

•牛小屋の天井からナナカマドの枝を吊り下げると、牛が悪いものから守られる。

•夏至の夜、家の屋根の上で3回場所を変えて座る、または古いリンゴの木の下に座ると、未来が見える。

•夏至の夜、「鬼火」に目を凝らすと財宝がたまる。鬼火が、財宝のありかを教えてくれるのである。

[337]  ●「多チャンネル時代」   Name:道開き   Date:2019/06/20 (木) 10:31
地上波から、歌謡番組、時代劇、洋画劇場が姿を消し始めてから久しいです。それらの番組はBSに引っ越した観がありますが、ほぼ毎日放送されています。

うちの父親を見ていて思うのですが、世の高齢者にとって多チャンネル時代は、大いなる救いになっていると思われます。テレビのスイッチをONにさえすれば、人の姿も見られるし、歌や話も自由に聴けるのですから。テレビもラジオも無かった昔、高齢者達たちは何を思い日々を過ごしていたのでしょうか。それを思うと現代は、間違いなく幸せな時代だと思います。

[336]  ●「AI&ロボット」   Name:道開き   Date:2019/05/15 (水) 08:16
人類は、AIやロボットとどのような形で折り合いを付けていくべきなのか、これは大問題だと私なんかですら思います。人が行う仕事がどれだけ残るのかということです。

下は映画『A.I.』を観た時の感想なのですが、正直、未来に対して希望は持てないと思いました。それでは良くないとも思いました。




[79] 問題の映画『A.I.』を観て 投稿者:道開き 投稿日:2001/07/20(Fri) 10:29

近未来社会を舞台に、“愛”をインプットされてしまった少年ロボットの苦悩と、2000年を越える母への思いを描いたSF作品である。
いい映画だった。考えさせられる映画だった。そして、怖い映画だった。さすがスピルバ−グ監督だ。

映画のファ−スト・シ−ンは「地球温暖化によって多くの地域が水没し、先進国はどうにか生き延び、後進国の多くは飢餓に苦しみ・・・・・」といったナレ−ションで始まる。
地球温暖化で水没してしまったニュ−ヨ−クのマンハッタンのシ−ンはゾ〜っとさせられる。
中世の“魔女狩り”を彷彿させる“ロボット狩り”のシ−ンも怖かった。神を忘れ、科学技術のみを盲信してしまうとああいうことになってしまうのだろうか。

アメリカでも多くの観客を動員しているそうなので、京都議定書は間違いなく発行されるでしょう。映画の影響力には凄いものがあるから。やはり、政治経済的に行き詰まって判断が出来ずにいる時は、見えない世界からのインスピレ−ションを受けたア−ティストや宗教者のメッセ−ジは世を正しい方向に導くものだと信じたいです。

(→アメリカは参加しませんでした。)


[335]  ●「デュアル(dual)」   Name:道開き   Date:2019/05/13 (月) 14:56
「二重」「二者」を意味する英語で、ラテン語のduo(デュオ・2を表す)に由来するらしい。

AI、SNS、ロボット、リニアモーターカー・・・と、社会の進歩的動きは誰にも止められないと思われます。

可笑しな話に思われるかもしれませんが、それとは逆の動きも同時に進んで行くと思うのです。それは原初性への回帰、つまり自然への回帰であり、農水産業、田舎暮らし、地方への回帰ということです。AI、SNS、ロボット、リニアモーターカー・・・といったものが、それを手助けしてくれることになるのでしょう。

このことについて、あるテレビ番組で取り上げていました。私も前々からそう感じていました。教育だってデジタル化はどんどん進むでしょうが、「ボーイスカウト」的教育も取り入れられていくことになるのでしょう。

[334]  ●「笛の音」   Name:道開き   Date:2019/04/14 (日) 10:37
学生時代に読んだ吉川英治原作の小説『宮本武蔵』の中に、武蔵の後を追うお通さんの吹く笛の音が、辺り一帯を清めている云々・・・という描写があり、「笛の音には清める力が備わっているのか」と、そのことに強い印象を持ったことを記憶している。
子供の頃に放映されていた『笛吹童子』というテレビドラマでも、主人公の吹く笛の音には不思議な力が備わっていた。

私がこれまでに幾度となく行ってきた「清め祓い」神事の中に、お祓いが全く効かないケースが何度か有った。当初は、その家、その土地、その人に、何十、何百体の死霊が取り憑いていても、「トホカミエミタメ」の神言を唱えることでお清めできたのに、「何でだろうか」と不思議で仕方が無かった。それが生き霊の仕業なのだと知ってからは、「生き霊祓い」の方法を模索し、ようやく辿り着いたのが以下の祓い言葉の言霊だった。


「しかしくま つるせみの いともれとおる ありしふえ つみひとののろいとく」


これを3回唱える。そうすると生き霊は苦しくて近づけなくなる。

但し、3回までで、それ以上唱えると相手も自分もどうなってしまうか解らない。劇薬中の劇薬なのだ。少し間を置いて繰り返す分には構わない。

「お祓い」の対象が、生きている人間の邪な思いなので、そうやって静まっていくのを何日でも、何ヶ月でも、何年でも待ち続けるしか仕方ないのだ。




★参考

●[131] 「トホカミエミタメ」 投稿者:道開き 投稿日:2005/06/27(Mon) 15:26

どんな意味の言葉なのだろうか?
「遠つ神 笑み給え」という説もあるが、ちょっと信じ難い。

この「トホカミエミタメ」という言葉、古えの日本においては、
亀卜(きぼく)や鹿卜(ろくぼく)などの“占い”を行う際に唱えられた言葉とされている。
つまり、「神ながら」の状態(「鎮魂」状態・トランス)」に入境して、“占い”によって見えない世界からの情報を得ようとする時に唱えられた言葉なのである。

そもそも、禁厭(呪い・まじない)の「まじ」は、「交り・混じる」ことで、「是(これ)と彼(かれ)が入り合いて、同一になる」「甲の霊力が乙の霊界に入り合いて同化せしむる」意ともされている。

この言葉、「清め祓い」の儀式を行う際にも唱えられた。
古代より、天皇家の霊性を守り続けてきた「白川神祇伯王家(しらかわじんぎはくおうけ)」の神道・「伯家(はっけ)神道」に伝わってきた“三種祓詞(みくさばらいし)”がそれである。

「吐菩加身依美多女(とほかみえみため) 祓い給い 清め給え」

「トホカミエミタ」に続けて、
「寒言神尊利根陀見(かん・ごん・しん・そん・り・こん・だ・けん) 祓い給い 清め給え」

と唱えると“三種大祓(みくさ・おおはらえ)”となるが、
これは、易の八卦(はっけ、坎・艮・震・巽・離・坤・兌・乾)に基づくものなので、純粋な古神道を志向した復古神道系の神道家らは“三種大祓”を退け、“三種祓詞”のみを重視する。

やはり、「祓い」を行う際にも、「“神ながら”(鎮魂・トランス状態)」に入り込む必要性があると考えられたので「トホカミエミタメ」が唱えられたのであろう。

この「トホカミエミタメ」の唱え言葉、幕末期にはかなり広く世の中で唱えられたようである。当時の、「吐菩加身(とほかみ)神道」の創始者・井上正鐡(かね)などは、「トホカミエミタメ」を唱える“鎮魂行法”まで確立した。現在でも、多くの古神道系の教団では唱え続けられている。

私の場合も、この“三種祓詞(みくさ・ばらいし)”が好きで、なんとも表現できないくらい自分にマッチするので、毎朝の「鎮魂行」を行う際にも、「易占」を行う際にも、「祓い」を行う際にも唱えている。

特に、急激な“ギァ−・チェンジ”を要する場合の「憑き物落とし」の様な祈祷を行う際などには、本当に便利な「唱え言葉」である。一気に“トップ”まで持って行くことができるからだ。

つまり、「トホカミエミタメ」とは「鎮魂」状態に入るための言葉、と考えると理解しやすい。



●[136] 縁は異なもの・・ Part2  投稿者:道開き 投稿日:2005/10/23(Sun) 22:06  

これまでの経験から言っても、自分の人生を一変させてしまう程の影響力を持つような人、本、音楽、映画・・・との“出会い”といったものはやはりあると思う。よって、「アンテナはいつも高くしておきたい」ものだとも考えている。

例えば、“場所”との出会いだってある。本日、BSの番組を見ていたら、三宅島の小さな祠(ほこら)に手を合わせる山の学校から泊まりに来ていた子供たちの姿が映っていた。三宅島というと、数年前の火山噴火による島民の全島避難が思い起こされるのだが、島民の苦難は現在でも続いているようだ。

二十年以上前になるが、大学三年のとき、三宅島で少林寺拳法部の合宿が行われ、一週間ほど滞在したことがある。その時は、島中をランニングし、海岸で“突き”や“蹴り”の稽古をしたり、夜には“肝だめし”をしたりといったように、ごくごく一般的な大学の体育会の合宿生活を送っただけのように思えた。

ところが、時がたち、現在は東北の片田舎で神主をしている身ではあるのだが、毎朝行っている“言霊の鎮魂行”や“祓い”の際に唱えるようになった「トホカミエミタメ」という「言の葉」(私にとっては極めて重要な言葉)との出会いの下地は、案外、その頃に出来上がっていたのではなかろうかと思われる節もあるのである。

というのは、書き込み〔131〕にあるように、「吐菩加身(とほかみ)神道」の創始者は井上正鐡(かね)なのだが、彼は、江戸時代の度重なる飢饉の中で多くの人々が飢え、たくさんの子供たちが「間引かれ」て行くという社会状況を憂いた。「我一飯を残して 人の飢えを救わん」と発願し、“世直し”思想の布教活動を始めたが、寺社奉行に異端視されてしまい、三宅島に流され、その地で没している。

私的に考察してみると、もともと少林寺拳法というものは、中国の崇山(すうざん)少林寺のお坊さんたちが、易筋行(えっきんぎょう、静の座禅に対しての、動の“行”)として始めたものなのだ。
よって、どやら私、三宅島で少林寺拳法の鍛錬をしているうちに、井上正鐡(かね)のミタマと“シンクロ”してしまったような気がしてならないのだ・・・いかがなものか




[333]  ●春霖(しゅんりん)・菜種梅雨(なたねづゆ)   Name:道開き   Date:2019/03/28 (木) 11:19
3月下旬から4月にかけてしとしとと降る長雨のことを「春霖」という。ちょうど菜の花が咲く頃なので「菜種梅雨」ともいう

菜の花を詠んだ有名な俳句に、

「 菜の花や 月は東に 日は西に 」 与謝蕪村

がある。

昔の人の季節感は本当に素晴らしいです。竹の子が出てくる晩春から初夏にかけての長雨だと「竹の子梅雨」で、初夏から仲夏にかけてだと「卯(う)の花腐し(くたし)」といい、もう少し季節が進むと「梅雨の走り」などという。


[332]  ●「復活祭(ふっかつさい)」を正す目的で改暦が行われた   Name:道開き   Date:2019/03/28 (木) 11:17
イエスが、十字架刑による死後3日目によみがえったことに因むキリスト教の祝日。英語で「イースター」という。春分後の最初の満月(旧暦15日)のあとの日曜日と定められている。
ジュリアス(ユリウス)・シーザーがエジプト暦をもとにヨーロッパに広めた太陽暦・ユリウス暦では、春分が3月25日だったが、4世紀のニケーア公会議で3月21日に改められた。

しかし、4年に1度の閏(うるう)年を置くユリウス暦では、1年を365日とし、4毎に閏年を置き、1日を加えて366日として補正する。つまり、一太陽年を365.25日としている。
〈実際は365.2422・・・・日と複雑なのだが〉
これでも春分が1600年間で10日もずれてしまい、やはり復活祭の日付が春分を基準に正しく決めることが出来ない。

そこで1582年にローマ法王グレゴリウス13世が改暦したのが、現在も世界的に使われているグレゴリオ暦である。


◆グレゴリオ暦の特徴
現在のグレゴリオ暦では、オリンピックが開催される年の2月の日数を29日と定めて閏年としている(ここまではユリウス暦と同じ)が、100年目ごとの年は、その西暦年数が400で割り切れるときだけを閏年とする。即ち、一太陽年は、平均365.2422日だが、長い年月の間に生じる狂いを、400年の間に3日間を閏年としない決まりによって調節している。それ故、1700年、1800年、1900年は閏年とせず、1600年、2000年は閏年となる。




[ HOMEMain Menu新規投稿管理用 ]




copyright(c) 2000-2010 お祓い/占い/四柱推命/五行易/風水 白鬚神社 all rights reserved.