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テキストの暫定展示場です。
ジャンル・CP、共にごちゃ混ぜです。
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[7] アイ・フォン
創作幕末 - 2012年10月04日 (木) 22時18分
時折、ひどいノイズが混じる。
クリアな音質が謳い文句の最新携帯も、電波状況にはやはり大きく左右されてしまうらしい。全国でナンバーワンのシェアを誇る基地局数も、だから全てを賄えるわけではないようだ。
波打つように大きく、小さく。途切れないノイズに阻まれて、鼓膜を震わせる土方の声も、今は遠い。
手の中にすっぽり収まってしまう、薄くて軽い携帯を耳から離さないまま、伊庭は柔らかい眼差しをふっと細めた。
「歳さん、そっちは俺の声ってちゃんと聞こえてンの?」
「聞こえてるぞ?なんだ、お前ンとこは聞こえてねえのか」
「ちょっとノイズがひどいんだよね」
「ノイズくらい気合でどうにかしろよ」
「気合でどうにか出来る力量があるんなら、歳さんを今すぐ召還しちゃうよ、俺は」
「そうか。じゃあどうにもしねえでいい」
「うっわ冷た」
「バカ、まだ用事済んでねえんだよ俺は。そんなんでお前に呼びつけられちまったら、もう今日は何も出来ねえじゃねえか」
分かっているのかいないのか、電話の向こうの土方は存外大胆なことを言う。
顔が見えない分、伊庭はいつもよりずっと素直に笑みを浮かべた。
真っ赤になったり拗ねたり怒ったりする土方も好きではあるが、やはり想い人にはいつも笑顔でいて欲しい。上機嫌でいて欲しい。そう願えば願うほど、相手に気を遣い己のリアクションに気をつけがちになってしまうのは、致し方ない事で。
気を遣って自分ってのをすぐ抑えちまうのはお前の悪い癖だ、なんて、土方にもよく言われるけれども。
「いつ頃終わりそう?」
我慢しているというのではない。耐えているというのではない。そうする事で得られるものに、幸せを見出しているから。
「んー、まだちょっとわかんねえ。先方がバタバタしてるらしくてなあ」
波打つノイズの合間に、土方の溜息が打ち寄せられる。
土方にしては珍しく、今回はどうやら相手に若干振り回されているらしい。
「じゃあ、もしかしたら遅くなっちまうかな?」
「あんまり長引くってんなら、日を改めさせて貰うつもりだけど」
ま、最終手段だよな。
付け足して聞こえた言葉の直後、ザアッと耳障りな音が降ってきた。けれど、土方の声は留まらない。彼の方はノイズもないようだから、至って普通に喋っているのだろう。
声はすれども言葉は掴めず。
さすがの伊庭でも、これはお手上げだ。
「歳さん、ゴメン。マジでノイズ酷くって聞こえねえ」
土方の話を途中で遮っていない事だけを願う。伊庭の言葉に土方が何か言っているようだが、やはりマトモには聞こえてこない。少し前まで満ち引く波のようだったノイズは、今では降りしきる雨の如しで、目には見えない電波で繋がっている土方の言葉を無遠慮に消し去ってしまっている。
「ゴメン、また後で連絡」
するから、と続けようとしたところで、とうとう通話まで切れてしまった。
「……マジでー……」
半ば呆然となりつつ、伊庭は重い息をひとつ吐く。恨めしい気持ちのまま、携帯のディスプレイを見やれば、アンテナはきっちり三本立っていた。
と、いうことは。
「機嫌損ねたかな……」
会話にならない状況に業を煮やした土方が、これ以上は時間と電池の無駄だとばかり、通話を切ってしまったのかもしれない。確かに、あのままの状態であったら話を続けていてもどうにもならなかった。土方の言葉は伊庭には届かず、伊庭の言葉だけが土方に届いて、一方通行にしかならなかっただろうけれども。
「ちぇー」
少しばかり口を尖らせて、伊庭は携帯をズボンのポケットに落とした。
あれだけのノイズが混じってしまうなんて不可抗力以外の何物でもないが、そして本当にもうどうしようもなかったのだけれど、出来れば土方の声をもっと聞いていたかった。
いつ済むか分からない用事を抱えている土方だ。今日はもう会えないかもしれない。言葉も交わせないかもしれない。たかが一日くらい我慢出来ないのかと笑われるかもしれないが、それこそが伊庭にとって最大の苦痛なのだ。
だというのに。
「……ン?」
不意に、ズボンのポケットが細かく震えた。
無造作に手を突っ込み、震えている小さな機体を取り出す。点滅するサブウインドウには、新着メールを示すアイコンと「歳さん」の文字。
電話を掛け直したんでは二の舞になりかねないと踏んだのだろう。今度こそノイズに邪魔されないようにと、土方がわざわざメールを送ってくれていた。
たったそれだけで、表情が緩んでしまうほどに幸せだ。
だというのに。
「……」
長くはないメール本文に繰り返し目を走らせ、伊庭は髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。
自分ばっかりがこんなに幸せで、いつか罰が当たったりするんじゃなかろうか。
顔を引き締めようとするも、メインウインドウに視線を落とすたびに笑ってしまう。文字通り無駄な努力を繰り返しながら、伊庭は、何度も何度も土方からのメールを読み返していた。


『終わったら連絡入れる。晩メシ一緒に食おう。返事はいらん』



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