| [22] そんなこと言われたら! |
おお振り - 2012年10月05日 (金) 20時18分
「あー!」 突然響き渡った大声にびっくりした巣山が、ほとんど反射的に振り返ると、そこにはわなわなと体を震わせている水谷がいた。 「なにあげてんの!」 憤懣やるかたない、といった、水谷には大層珍しい表情で、視線は微動だにしない。 巣山は、そんな水谷の勢いに半ば呑まれたまま、「なにって、アイスの棒」と答えた。 「あ、あた、アタリ、だったから、って」 大声からどうにか立ち直ったらしい三橋が、巣山の答えを補足する。 手に持っていたアイスの棒をぎゅっと握り締めたのは、そらされない水谷の視線に何かの意図を感じたからか。 「だってこいつ西浦のエースじゃん。だったらこういうエンギいいもんは持ってた方がいいだろ」 ごくごく当たり前に言う巣山に、水谷の頬が少しずつ膨れていく。 相手が巣山だけではないからか、三橋を気遣う気持ちは残っているからか、最初の雄叫び以降、水谷は言葉を紡いでいない。 ただ、どこか癇症に閉ざされたくちびるや動かない視線が、今の水谷の気持ちを実にありありと発表している、ような。 「……オマエなあ」 後ろからどん、と肩を叩かれて、水谷の体がほんの少しばかり揺らいだ。 「人が貰ったもんに文句つけんなよなあ」 「あ、阿部君!」 「文句つけてないよ!」 ぱっと表情の変わった三橋の声を掻き消す水谷に、阿部は僅かに眉を顰め、三橋は電流でも受けたかのように硬直し、巣山は大きく息をついた。 「んじゃーなんでそんなカオしてんだよ」 「だって、だって、巣山のアタリだよ!?」 「え、水谷、アイス食べたかったとか?」 思わず口をついて出た巣山の言葉に、アタリの棒を握り締めている三橋の体がいよいよ硬直した。 「……そーじゃねーと思うぜ」 多分な、と付け加えた阿部の目は半眼だ。 「……え、と、じゃ、こ、これ、水谷君に、」 「それは三橋が貰ったやつだろ!もう三橋のじゃん!」 「う、うん、でも、」 「あんま余計なこと言うなよ水谷」 「じゃあいちいち食いつくなよ!もういいよ!」 どう見方を変えても、「もういい」とはとても思えないが。 しかし阿部は、「あっそ」とばかり、水谷の傍から離れた。 そうして、おろおろおどおどを繰り返している三橋の近くまで来ると、その手元をじっと覗き込む。 「おーホントにアタリだ。久々に見たかも」 「あ、あの、阿部君、あの、」 「いーじゃん、水谷ももういいっつってんだし。お前がもらったんだろ?なくすなよ?」 「う、うん、でも、」
「あ、じゃあ、俺が次にアタリあてたら、水谷にやるよ」 次がいつになるかなんてわかんないけど、それでもよければ。
何でもない事のように言った巣山に、三橋は期待を込めたまなざしを向けた。 阿部は、へえ、とでも言いたそうな表情で、巣山を見返した。 そして、当の水谷は。
「……な、なんだよそれ!つ、次って、つ、……巣山のえっち!!!」
一瞬で顔を真っ赤にして逃げ出した背中を、巣山はぽかーんと見送っていた。

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