| [17] 幸福論〜巣山編〜 |
おお振り - 2012年10月05日 (金) 20時12分
もしかすると、気持ちとか雰囲気とかって本当に伝わるものなのかもしれない。 例えばそれは、ずっと日陰にあって冷たかった石に、日が当たって、そしてどんどん温かくなっていくかのように。 少しずつ、少しずつ、染み出すように広がって、そして周囲を包み込み……。
緩々と解けた口から幾つ目かのあくびを漏らして、巣山は、傍らの水谷をぼんやりと眺めた。
ガラス越しの陽光に暖まりながら熟睡している水谷は、巣山がここに来る前から既に寝入っていたけれども、こうして巣山が傍にいても一向に起きる気配がない。 フローリングの上に薄いタオルケットを一枚敷いて、それももう水谷の体の下でだいぶくしゃくしゃになってしまっている。 そんな彼の傍で、座布団を置いて、腰を下ろして、本を読み始めてからかれこれ三十分は経っただろうか。 とりたてて騒ぐ真似はしていないから水谷が目を覚まさないのももっともで、繰り返される寝息とページを繰る音のほかには何もない、穏やかで静謐な世界。
読みかけていたページに栞を挟んで、巣山はそっと本を置いた。 眠っている水谷は、柔らかな髪の毛の先までふんわりと暖かい。 そっと指を伸ばして触れてみると、それが存外に心地よかった。 まるで微笑んででもいるかのような水谷の表情に、ついつい巣山の唇も緩んでしまう。 そうしてまた、口をついて出るあくび。
あー、だめだ。ちょっと寝よ。
寝るつもりがあったのではないが、こうまで眠くなってしまってはもうどうしようもない。 今日は別に何の用事があるわけでもないから、自分もこのまま人眠りしてしまおう。 尻に敷いていた座布団を二つに折って枕代わりにし、巣山は水谷の隣でゴロンと横になった。
水谷はむにゃむにゃと何事かを言っている。 その表情はいつにも増して幸せそうで。 そういえば、美味しいものを食べてるときもこんなカオしてるな、なんて思い出して、声を立てずに巣山は笑った。 くつくつと、肩や腹を震わせて、そうするたびにどうしてか、暖かい気持ちが湧き起こる。 特に何があったわけでもないのに。 嬉しいことや楽しいことが起こったわけでもないのに。
(…きっと、コイツのが伝染したんだな)
時には「締まりがない」なんて言われる事もある水谷の顔を、緩んだその頬を指の背でちょっと撫でて。 ──オヤスミ、水谷。 小さく呟いて、巣山もふわりと目を閉じた。
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