《谷口雅春先生に帰りましょう・第二》

 

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ルソーと福沢の対話。天皇永続の原因と意義【17】天皇は一般意志を守ったから1500年以上つづいた (ニ) (15864)
日時:2025年11月22日 (土) 22時40分
名前:政治思想マニア

天皇は一般意志を守ったから1500年以上つづいた (ニ)

ルソー
「だから私はこのように言いたい。「日本のみなさん。日本には天皇がいます。日本のみなさん。自信を持ってくださ~い。』と。私はこのように元気よく話を続けたい。しかし残念ながら、世の中はそう簡単に進みません。ここから先は元気のない話にならざるをえません。」

福沢
「え…?」

海舟
「どういうことでしょうか?」

学生
「元気のない話になっても構いませんから、ぜひ僕にもわかるご説明を…」

ルソー
「実は…自分では言いにくいのですが、色々な理由があってルソーの『一般意志』は、実際には実現しにくいものなのです。」

福沢
「え?」

海舟 
「…と、おっしゃいますと?」

ルソー
「具体的に考えましょう。たとえば小さな町の一丁目にゴミステーション(ゴミ置き場)を作る計画がもちあがったとします。その町は一丁目から五丁目まであります。さっそく町内会で会議が開かれました。すぐに一丁目の全住民が、『絶対反対』を主張しました。二丁目の全住民は『少し反対』。三丁目は『中立』。四丁目は、『一丁目に申しわけない(つまり賛成)』。五丁目は、『一丁目にあつく感謝する(つまり絶対賛成)』を主張しました。さて、この問題に関する一般意志はどこにあるのでしょうか。また、どうやったら、『そうだ。そうだ。これが一般意志だ。』と、全住民にわかるのでしょうか。」

福沢
「ふ~む」

海舟
「なかなか難しい。」

龍馬
「むずかしいというよりも、不可能かも…。」

ルソー
「不可能です。だから私は『社会契約論』の第二編第六章『法について』のなかで、『個別的な対象については、一般意志はありえない』と、正直に語りました。おそらくそのためでしょう、『中公版』の解説文などは、『社会契約による社会状態は、“市民”は、現実には存在しない』(50頁)などと、少し無礼な断言を下しています。」

福沢
「ふ~む」

海舟
「それも現実にはやむを得ないのかもしれない。」

ルソー
「だから、残念なことですが、『神武建国の理想国家』も、現実には、ほとんど不可能なのです。」

龍馬
「う~ん」

学生
「そうかなあ…」

ルソー
「それでは学生さん。こう考えたらいかがですか。神武天皇がすべての町民から、次のように頼まれた。『神武天皇様。ゴミステーションを一丁目から五丁目までのどこに設置するのが町民全体のためになるのでしょうか。天皇様。必ず天皇様の命令に従いますから、ぜひ『一般意志』をお示しください。』と、町民たちに泣いて頼まれたら…。おそらく神武天皇は困るでしょうね。」

学生
「あ…」

龍馬
「たしかに。」

ルソー
「しかも…しかもですよ、かりに『一般意志』が具体的にわかったとしても、世の中にはそれに従わない人間がいます。」

龍馬
「おう。そうだった。一般意志に従わない奴がいた。」

学生
「これが、一番たちが悪い。」

ルソー
「そうです。これが、一番たちの悪い連中です。おそらく神武天皇のころには、『神武建国の社会契約』が多数で成立したあとにも一般意志に背く豪族がいたはずです。」

福沢
「うむ…。そういえば、『古事記』や『日本書紀』によると、神武天皇は『建国の詔』を発したあとにも、多くの敵と戦っていた。」

ルソー
「そうでしょう。神武天皇の時代にも一般意志を受け入れない者や、一般意志を途中で棄てる者がたくさんいたのです。」

海舟
「なるほど。当然そうなる。」

龍馬
「残念なことだ。」

学生
「なんだ。そうか。『神武建国の詔』も、その程度のものにすぎなかったのだ。」

福沢
「ん…?」

龍馬
「おい。学生。何を言い出すのだ?」

学生
「神武天皇が『建国の詔』を発して多くの豪族が賛同したあとにも一般意志を受け入れない者や、一般意志を途中で棄てる者がたくさんいたのでしょう。」

龍馬
「そうだ。」

学生
「そのために、神武天皇はそのあとも戦いを続けざるをえなかったのでしょう。」

龍馬
「そうだ。だからどうだとお前は言いたいのだ?」

学生
「『神武建国の詔』も、結局はたいしたものでなかったのですよ。神武天皇が自分から進んで国民と約束を交わしたことも、結局は無駄な努力にすぎなかったのです。」

ルソー
「いや。学生さん。そうではない。学生さん。それはさかさまの理解です。」

学生
「さかさまの理解?」

福沢
「さかさまの理解とは、どういうことですか?」

ルソー
「たしかに神武天皇のときの日本にも一般意志を棄てて利己主義に流れる者がたくさんいた。また、はじめから一般意志を無視する利己主義の権化のような者もいた。」

学生
「そうです。」

ルソー
「しかし、それにもかかわらず神武天皇は一般意志を守り続けた。いや。神武天皇だけではありません。すべての歴代天皇は一般意志を守り続けた。天皇は、たとえ全国民が約束を破っても、自分だけは国民との約束を守り続けなければならなかった。そこに天皇の、自由に約束を破ることが出来る一般国民とは異なる特殊性があるのです。」

海舟
「ほう…。」

龍馬
「天皇の特殊性…。」

福沢
「ルソーさん。その天皇の特殊性は、どこから発生したのですか?」

ルソー
「さきほど申したように、天照大神の神勅に起因があります。天照大神の神勅は自分の子孫に、無理な理想実現を命じた。それは現実には不可能な命令だった。だからこそ神武天皇が自分から『一般意志』を守る約束を交わして理想国家の建設をはじめた。しかも、神武以降の歴代天皇は、家訓である『神勅』と『建国の詔』に背くことができない。天皇は『神武建国の詔』を守らなければならない。その『建国の詔』がすでに一般意志を国民に約束している。その結果、歴代天皇は、たとえ国民全員が一般意志を棄てて天皇との約束を破っても、自分だけは国民との約束を破ることができない。日本のなかで天皇だけは一般意志を棄て去ることが永遠にできないのです。おそらく先ほど福沢さんが私におっしゃった『天皇はいつも国民全体の平和と幸福を祈っている』という事実は、その一つの現れでしょう。」

福沢
「そうでしょうね。」

龍馬
「うん。確かにそうなる。」

ルソー
「龍馬さん。納得してくださったようですね。」

龍馬
「納得しました。」

ルソー
「それでは、龍馬さんに伺います。」

龍馬
「なんですか?」

ルソー
「一般国民は、国民との約束を守りつづけて永遠に一般意志を遵守する天皇家を尊敬しますか、それとも軽蔑しますか?」

龍馬
「それは、尊敬するでしょう。…それにしても、そのご質問はさきほど福沢さんが私に出した質問と同じ質問ですよ。」

ルソー
「その通りです。しかし、その続きがあります。」

龍馬
「その続き?」

ルソー
「その続きです。次のように考えることができるのではありませんか。たとえば…ある時代に一般意志を守って国民全体のために努力する立派な人間がいた。その人間が、ある日突然、『私の家系こそが天皇家に値する尊い家系である。』と自慢しはじめた。さらに次の日に、『今日からは私の家系の者が本当の天皇である。昨日までの天皇家は本当の天皇家ではない。明日から私の子孫が本当の天皇である。』と宣言した。」

龍馬
「ほう…。」

海舟
「なかなか面白い想像で…。」

福沢
「それでどうなるとおっしゃるのですか?」

ルソー
「ここで考えてください。その立派な人間の先祖がみな一般意志を守ってきたかどうかは、わかりません。しかし、だれがどう考えても日本の国のなかで神話の時代から一貫して一般意志を守ってきた家系は天皇家以外に存在しない。だから、かりに地上に大変立派な人が現れて、しかもその人が絶対的な権力をもち、さらにその人が、『わが家系こそが天皇家に値する本当に立派な家系である。昨日までの天皇家は本当に立派な家系ではない。今日からわが家系の男系男子から天皇を出す。』と宣言したとしても、とても神話の時代から一貫して『一般意志』を守ってきた天皇家には勝てない。この政治倫理的な理由で天皇は1500年以上のあいだ126代も連続して存在しつづけたのです。」

福沢
「ふ~む」

海舟
「なるほど」

龍馬
「ごもっとも。」

ルソー
「ついでに付け加えます。以上のことを逆に言うと、日本の天皇は、自分から『神勅』と『建国の詔』を棄てないかぎり永遠に滅ぶことがありません。これは天照大神が『神勅』のなかで、『皇統は天地とともに永遠に続き、終ることがないだろう』と宣言した通りなのです。」

福沢
「…」

龍馬
「ふ~む。」

海舟
「どうやら日本人は、自分の国に天皇がいることに慣れすぎているようだな。」

学生
「そうかなあ。僕にはさっぱり…。」

ルソー
「海舟さんがおっしゃるとおりです。日本人は恵まれすぎています。そして、その恵みに甘えすぎています。高度な科学技術を開発する能力を持つ日本人のなかから世界に影響を与える政治思想や哲学が出ていません。これは、日本の大学の博士や教授たちが、結局は『欧米の真似をする』という楽な道を選んで、それに甘えているからです。」

学生
「へえ…。」

福沢
「なるほど。」

ルソー
「日本の博士や学者たちは、自分の国に天皇という不思議なものが1500年以上のあいだ厳然と存在し続けている理由を、『欧米の人たちに欧米の論理で合理的に説明しよう』としませんでした。それどころか、『日本人が理解できるように日本的に説明しよう』とさえしませんでした。まったく努力しませんでした。日本の学者たちはこのことを恥じて、私のような欧米の人間さらに外国人全体に詫びるべきです。私に言わせるならば、日本の人文社会系の学問は学問ではありません。」

龍馬
「そうか。そうか。それでこの学生のようなバカが出るのだ。」

海舟
「一体だれが日本に大学などを創ったのだ!」

福沢
「龍馬君。海舟さん。もう勘弁してくれ。」

学生
「福沢先生。すみません。」 

福沢
「今ごろ謝っても遅い!」

学生
「いや。そうではありません。僕は慶應義塾大学の学生ではないのです。」

福沢
「なに?」

龍馬
「ならば、お前はどこの大学の学生なのだ?」

学生
「♪都の西北~♪」

龍馬
「ありゃ~」

海舟
「あそこは天才が出るが、とんでもないバカも出る大学だ。」

龍馬
「お前はなぜ今まで嘘をついていたのだ?」

学生
「自分の意見を言うために『福沢先生の弟子だ』と…。」

福沢
「なるほど。大隈重信先生が創設した大学の学生らしく、ひどく元気がよい。」

龍馬
「頭はよくないが。」

ルソー
「…それにしても福沢さん。福沢さんが良い質問を連発してくれたおかげで、私は自分の政治思想の中心に自信を持つことができました。」

福沢
「政治思想の中心?」

ルソー
「一般意志です。しかも地球上にほぼ一つの家系で1500年も一般意志を維持している王家がある…。これは世界の人間を驚かせる奇跡です。これを知っただけでも、私は生きていて良かった。」

学生
「もう死んでいます。」

ルソー
「死んでいて良かった。死ななければ福沢さんに会えなかった。」

学生
「ご臨終、おめでとうございます。」

ルソー
「ありがとう。ありがとう。」

龍馬
「う~ん。福沢さん。慶応義塾も役に立つものですね。」

福沢
「あ…。いや。どうも。ありがとう。」

海舟
「いやまあ、良かった。これでルソーさんに死にがいが生まれた。また、福沢先生は名誉を回復した。おまけに天皇存続1500年の理由もわかった。めでたい。めでたい。」

龍馬
「よかった。よかった。」


…というやりとりが交わされて、咸臨丸は無事、幕末の浦賀にもどっていった。





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