| 文学作品としての古事記神話 【17最終回】火遠理の命と豊玉姫との唱和 (15845) |
- 日時:2025年11月18日 (火) 15時54分
名前:比較文化の好事家
【17】 火遠理の命と豊玉姫との唱和
豊玉姫が地上に出てきて、火遠理の命(山幸彦)に、「私は以前から妊娠していましたが、今、御子を生む時になりました。これを思いますと、天の神の御子を海中で生むことは出来ません。だから、地上に出て参りました」と、言いました。
そして、海辺の渚に鵜の羽を屋根にして産屋を造りましたが、その産屋が出来上がらないうちに、御子が生まれそうになったので、姫は産室にお入りになりました。
その時、夫の命に、「すべて他国の者は子を生む時になると、その本国の姿になって生むものです。それで、わたくしも元の身に戻って生もうと思いますが、その間、私を御覧にならないで下さい」と、申しました。
ところが火遠理の命は、その言葉を変に思われて、姫が今盛んに子をお生みになっている最中に覗いて御覧になると、長さ八丈もある長い鰐になって、はい廻っていました。そこで火遠理の命は恐れ驚いてにげ退きなさいました。
豊玉姫は、命が覗見なさった事を知って、恥ずかしく思い、御子を生んでおいて、「わたくしは常に海の道を通って地上に通おうと思っておりましたが、貴方がわたくしの姿を覗いてしまったので、恥ずかしいことです」といって、海中の道をふさいで帰ってしまいました。
しかしながら、後にはその覗見なさった御心を恨みながらも、夫恋しさに堪えられらないで、その御子を御養育申し上げるために、その妹の玉依姫を差しあげ、それに付けて歌を差し上げました。
赤玉は緒さへ光れど白玉の 君が装ひし貴くありけり (琥珀の赤い玉は、玉を貫いている緒までも光りますが 白玉のような美しい貴方の姿は高貴に輝いています)
それに対して、夫の火遠理の命がお答えなさった歌です、
沖つ鳥鴨つく島に我が率(い)寝し 妹(いも)は忘れじ世の尽に (鴨が寄り着く遠い島で、私が連れていって共寝をした 貴方のことは忘れられないよ。命の限り)
今回の話が『古事記』上巻(神代記)の最後の話です。続く「中巻」は、山幸彦の孫である神武天皇が国内をさらに平定するという話から始まります。
それにしても、今回の最後の歌二首は高貴・優美の極みとも言える唱和です。鰐に戻って出産する現場を見られた姫の屈辱や怒りは消え去り、また、女が鰐であった事を知って逃げた夫の恐怖心もなくなって、二人が詠みあった歌です。
もっとも、この二つの歌はもともと『古事記』の物語とは別にあった歌で、『古事記』の構想を練った人々が、この物語の中に歌二首を入れたのだと言われています。
それにしても妻は離れた夫を高貴な魂(たま。玉)と見、夫は妻との最初の契りを永遠に忘れられないと呼びかけています。日本神話の特徴であった「小規模、かわいらしい、愛らしい」表現すらも消え去り、「高貴・優美」のみが凝縮した歌の感があります。
すでに指摘したように、『古事記』の本文にはストーリー展開上の無理が所々あるのですが、その無理を残してしまった『古事記』構想者も、神話の最終部にはよほど気を配ったと見えて、このような魂の美の唱和を置いております。『古事記』の日本神話は「政治的イデオロギー文書」や「狂信的宗教書」ではなく、「古い日本人の神観念と倫理感、さらに美意識と国家意識が表れている文学作品」なのです。
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