《谷口雅春先生に帰りましょう・第二》

 

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文学作品としての古事記神話        【13】大国主の国譲り (15835)
日時:2025年11月16日 (日) 21時00分
名前:比較文化の好事家

【13】 大国主の国譲り   

天照大御神が、またまた仰いました。「今度はどの神を派遣するのが良いだろうか」と。またまた、思金の神と多くの神様が答えました。

「天の安の河の河上の、天の岩屋におられる『伊都の尾羽張の神(いつのおはばりのかみ)』が良いでしょう。もしもそれが出来ないならば、その子の『建御雷男の神(たけみかづちのおのかみ)』を派遣するべきです。

なお、『伊都の尾羽張の神』は天の安の河の水を逆さに塞き止め巻き上げて、道を塞いでいるので、他の神は行けません。今回は『天迦久の神(あめのかくのかみ)』を『伊都の尾羽張の神』の所へ遣わして、地上へ降りる気があるかどうかを尋ねさせると良いでしょう」と。

それで、「天の迦久の神」が「伊都の尾羽張の神」の所へ行って尋ねました。すると、「謹んでお手伝いいたしましょう。しかしながら、私よりも私の子である『建御雷の男の神』を下す方が良いでしょう」と、答えました。そこで、天照大御神は『建御雷男の神』に、鳥のように速く飛ぶ『天の鳥船の神』をつけて地上に遣わしました。



この二人の神は出雲の国の浜辺に降りて、建御雷男の神が長い剣を抜き、剣先を上に向けて波の高みに立てて、その切っ先の上に胡坐(あぐら)をかいて大国主の命に言いました。

「私は天照大御神と高御産巣日の神の御命令で来た。『あなたが支配しているこの葦原の中つ国は、天照大御神の御子が治める国である』と、天照大御神が宣言なさいました。あなたのご意見はどうですか。」と。

大国主が答えました。「私は何とも申せません。私の子供・八重言代主の神(やえことしろぬしのかみ)が答えを申し上げるでしょう。…ただ、今は鳥を追いかけ、魚を釣って岬に出ていて、まだ帰ってきておりません。」と。

それで、建御雷は「天の鳥船の神」を飛ばして、「八重言代主の神」を呼び、同じように尋ねました。八重言代主は父の大国主に、「謹んでこの国を天の神の御子に差し上げてください。」と言って、指先を下に向けて拍手を打ち、さらに青々とした垣根の御殿を造り、その中に隠れて鎮座なさいました。それで建御雷は大国主に、「今、あなたの子がこのように答えた。ほかに答える子供があなたにいるのか。」と、尋ねました。

大国主が、「もう一人、わが子・建御名方の神(たけみなかたのかみ)がいます。これ以外にはいません。」と言っている時に、その建御名方の神が、千人で引っ張るような大きな岩を指先に持ち上げながらやって来て言いました。「誰だ、私の国にやって来て、こそこそと物を言っているのは。さあ、力較べをしよう。まず、私がお前の手を潰すぞ。」

そう言って建御名方が建御雷の手を握ると、建御雷の手がサッと鋭い氷になり、さらに剣の刃に変わりました。建御名方が恐れて後へ退くと、今度は建御雷が建御名方の手をとり、若い芽を潰すように掴んで建御名方を投げ棄てると、建御名方はすぐに逃げていきました。

建御雷が追いかけていって、信濃の国(長野)の諏訪の湖で殺そうとした時に、建御名方が言いました。「殺さないでください。私はここ以外の地には行きません。また父・大国主の言葉に逆らいません。この葦原の中つ国は、天上の神の宣言どおり、差し上げましょう」と。

建御雷は、また出雲にもどって大国主に言いました。「あなたの子供の二人の神は、天上の宣言に従うと言っている。あなたはどうか。」大国主が、「わが子二人が申したとおりに私も従います。この国をすべて差し上げましょう。私の子供たち百八十人の神々も逆らいません。…ただ、条件があります。私の宮殿を、天の神の御子の宮殿のように磐石の上に柱を太く立て、棟木が高く聳えるようにお造り下さい。そうすれば、私はずっとその宮殿に隠れておりましょう。」と、言いました。

それで建御雷の男の神は天上に上って、地上の国を平定し終えたことを報告しました。


 この話も国土の取り合いという政治的な内容を語りながら、血を見るような記述は無く、なんとか話し合いで決着をつけています。

 もっとも、実際には「天孫系の集団」と「出雲系の集団」との間に戦闘行為もあったでしょう。また大国主は、自分の宮殿を皇孫の宮殿と同じような壮大な宮殿とするようにとの要求を出しているので、皇孫に劣らない権威を要求したわけです。しかし建御雷と天上の神々はそれを認めて妥協を図っています。建御雷と高天原の神たちは、武力で相手を追い詰めて取れるものは土地でも権威でも奪い尽くす神ではなかったようです。
 
 それにしても、今回の物語も戦闘の場面が極めて美的に描かれている。
これはまちがいありません。まず、建御雷は大国主と談判する時に、剣を、切っ先を上に向けたまま波の上に突き立て、その切っ先の上にあぐらをかいて坐った。ふつうならば剣の切っ先が突き刺さるはずなのに、建御雷は少しも刺さらずに左右のバランスをとって一点の上に坐っている…。これは美しい威武のシンボルです。

 しかも、建御雷が波の穂(高み)に剣を立てているから剣は波と共に揺れているはずなのに、建御雷はその揺れに影響されず切っ先の上に坐している。その建御雷の姿は、波と剣とを掌握している武の神の姿です。剣の刃と白い波は、日の光を浴びて光っていたに違いありません。

 後年の日本倫理思想史とくに日本武士道は「忠」と「勇」のほかに「美」も同時に語ることが何度もありました。「それもむべなるかな。」と納得させるような今回の情景描写です。今回の物語の中で「話し合い」と「武と美」とが一つになっている。この事実には、日本人の倫理感(生き方・死に方)を考える上で無視できないものがあります。


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