《谷口雅春先生に帰りましょう・第二》

 

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文学作品としての古事記神話        【12】天照大御神から使いの派遣 (15823)
日時:2025年11月14日 (金) 23時18分
名前:比較文化の好事家

【12】 天照大御神から使いの派遣   

そのころ、天上の高天の原では天照大御神が、「地上の、豊葦原 (とよあしはら)の瑞穂の国は私の子が治める国です。」と仰って使いの神様を地上にお下しになりました。それで使いの神様が天の浮橋に立って地上を眺めて、天上にもどって、「豊葦原の瑞穂の国はひどく乱れているようです」と、報告しました。

そこで、天照大御神と「高御産巣日の神(たかみむすびのかみ)」が、天の安の河の河原に、八百万の神々を集め集めて仰いました。 「地上の葦原の中つ国は私の子孫が治める国だと定めたが、この国 には乱暴な土地の神々が多いようだ。どの神を遣わして、国土を平定するのが良いだろうか。」と。

思金の神と八百万の神々が相談して申し上げました。「天の菩比の神(あめのほひのかみ)を遣わすのが良いでしょう」と。それで、天の菩比の神を地上に派遣したところ、菩比の神は大国主の命になつき諂って、三年たっても天上に戻って来ませんでした。

それで、天照大御神と高御産巣日の神がまた神様たちを集めて尋ねました。「葦原の中つ国に派遣した菩比の神が長らく報告をしない。次にどの神を遣わすのが良いだろう。」思金の神が答えて申しました。「天の若日子(あめのわかひこ)を遣わすと良いでしょう。」

それで今度は立派な弓を持たせて、天の若日子を派遣しました。天の若日子はすぐに地上に降りて行きました。しかし、大国主の命の娘に会うとすぐに結婚してしまい、またその国を得ようという魂胆もあって、八年たっても天上に報告をしませんでした。

天照大御神と高御産巣日の神は、またまた神々に尋ねました。「天の若日子が長く報告申さない。今度はどの神を遣わして、天の若日子が長く帰らない理由を聞かせようか」と。多くの神々と思金の神が答えて申しました。「雉子の鳴女(きじのなきめ)を派遣しましょう。」そこで、お二人の神様は、雉子の鳴女を呼び、「お前が地上に行って、天の若日子に、『なぜ八年間も報告をしないのか』と、問うてこい」と、命令なさいました。

雉子の鳴女が天から降りて、天の若日子の御殿の入り口にある木の上に止まって、二人の神様のお言葉を語りました。すると、そこに天の探女(あめのさぐめ)という女が、この雉子の言うことを聞き、天の若日子に、「この鳥は鳴く声が大変汚い。だから射殺しておしまいなさい。」と言いました。天の若日子は、天照大御神からいただいた弓でその雉子を射殺しました。

矢は雉子の胸を貫いて天に上って、たまたまその時、天の安の河の河原におられた天照大御神と高御産巣日の神の所まで届きました。高御産巣日の神が矢を手にとって見ると、矢の羽に血が付いていました。高御産巣日の神が、「この矢は天の若日子に与えた矢である」と言って、多くの神様たちに見せて、

「もしも、この血が、天の若日子が命令通りに荒ぶる神々を射た血であるならば、この矢は天の若日子に当たるな。もしも、この血が、天の若日子が命令に背いた血であるならば、この矢は天の若日子に当たれ。」といって、地の国に突き返したところ、天の若日子が朝寝をしていた胸に当たって天の若日子は死んでしまいました。それで、天の若日子の妻が悲しんで鳴く声が、風にのって天上に届きました。




天の若日子の父や妻の神様などが地上に降りてきて、葬式の家を作り、鳫(かり)を死者の食物を持つ役とし、鷺を箒(ほおき)を持つ役とし、翡翠(かわせみ)を料理人とし、雀を米搗(つ)き女の役とし、さらに雉(きじ)を泣き女の役として、八日八夜の間、死の悲しみと穢れを去る舞と遊びを続けました。そこへ「阿遅志貴高日子根の神(あじしきたかひこねのかみ)」が来て、天の若日子を弔問なさいました。

ところが、この神様は、姿が天の若日子と大変良く似ていたので、天若日子の父や妻たち皆が泣いて、「わが子は生きていた。」「私の夫は死なないでおられた。」といって、手足に抱きついて泣きました。

それで「阿遅志貴高日子根の神」がひどく怒って、「私は若日子の親友だから、弔いに来たのだ。それなのに、どうして私を穢い死人扱いするのか。」といって、身に帯びていた長い剣を抜いて、葬式の家を切り壊し、足で蹴散らしました。そして、天上に飛び去ってしまいました。壊れた家は、今の美濃の国(岐阜)の喪山になりました。また、「阿遅志貴高日子根の神」の妹の神が歌を詠んで、兄の親切と、飛び去った時の美しい姿を讃えました。


 今回のこの話は極めて平和的な物語です。天上から地上に派遣された神々が地上の大国主に寝返ったのに「やつらは裏切り者だ。敵だ。」という発想が全く見られません。

 大体、政治的内容の文章は「敵」を立てるものですが、今回の話は地上へ「話し合い」の使者を送ろうという内容です。もちろん、話し合いが決裂すれば武力衝突になります。しかし、天上の神々の中に、大国主を含む地上のすべての神々を「敵だ。悪だ。」と前提して物を言っている神は一人もいません。さらに、地上に居ついてしまって天上の高天原にまったく復命しない「天の菩比」や「天の若日子」を「裏切り者だ」と非難する神も皆無なのです。

 これらの特徴は政治的内容を持つ文章としては極めて異例です。だから日本神話を「政治権力が自分のつごうよい内容に編集したイデオロギーの産物である」(故・丸山眞男氏)という見解は根本的に疑われなければならないでしょう。


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