| 【シリーズ】親子で読む物語。第30回 きれいで素直な信仰をもちましょう (この掲示板のための新作) (15821) |
- 日時:2025年11月14日 (金) 21時00分
名前:芥川流之介
きれいで素直な信仰をもちましょう
今になっては昔のこと。比叡山の延暦寺に坊さんがいました。たいそう貧しかったので、鞍馬寺に七日間おまいりして、「毘沙門天が夢に現れて、お金や食べ物をくれるかもしれない。」と思って楽しみにしていました。しかし毘沙門天は夢に現れません。坊さんはさらに七日間おまいりしました。だが、やはり夢に見えません。坊さんはさらに七日をくりかえして何度も参詣しました。
その七十七日目。坊さんの夜の夢の中に毘沙門天が現れました。「おまえにくれてやる物などない。しかし清水寺の観音さんはやさしい菩薩じゃ。清水へ行け。」と、坊さんに言いました。坊さんは清水寺へ行って「お金か食べ物をください。」とお願いしました。しかしお金も食べ物もあらわれません。坊さんが清水寺へ参詣して百日目に観音様が坊さんの夢に現れて言いました。「あなたにはすまないけれども、この観音の力ではどうにもなりません。貴い神様がいらっしゃる賀茂神社に参ってお願いしてくだされ。」と。坊さんは、「やれやれ。」と思いました。しかし「観音様に勧められたのだから」と思い直して賀茂神社に参詣しました。
坊さんが賀茂神社にお参りしながら、「また百日目に出て行けと言われたら、どうしよう。」と思っているうちに百日目になりました。その夜に夢のなかに貴い神様が出て来てきて言いました。「わが僧よ。おまえがここまで来たのがまことに気の毒ゆえに、祝詞(のりと)を読む時の清らかな紙一枚と、悪鬼を追い払う米一握りを与えよう。」と仰って、坊さんはハッと目が覚めました。「わずかに紙一枚と、米一握りだけ。」あちこちお参りして何日も参拝したのに、その結果が米一握りと紙一枚。「たったこれだけでは、このまま比叡山に帰っても笑われる。いっそ賀茂川に飛び込んで死んでしまおうか。」と坊さんは思いました。しかし、神様はどうやって紙と米とをくださるのだろうか。天から降ってくるのか、夢の中で渡してくださるのか。坊さんはそれを知りたくて比叡山の寺にもどることにしました。
坊さんが比叡山に帰って自分の部屋でお経を読んでいると、「ご免ください。」と声をかける人がいます。「誰ですか。」と言って坊さんが出て見ると、白木作りの箱を背負った人が箱を床のうえに下ろして帰って出て行ってしまいました。何とも様子がおかしいので坊さんがその人を追いかけましたが、まったく人の姿は見当たりません。坊さんが部屋にもどって白木の箱を開けて見ると、なかに白米一握りと清潔な紙一枚が入っています。「これはまさしく前に見た夢のとおりだ。まさかと思っていたが、賀茂神社の神様は本当にくださったのだ。」と思って、坊さんは賀茂神社のほうに向かって手をあわせました。
次の日の朝、坊さんは米すべてを炊いてその日の御飯を食べ、紙一枚を使って村の両親に手紙を書きました。それでも紙がたりないので坊さんが箱のふたを開けると、箱の中に白米一握りと清潔な紙一枚が入っていました。坊さんはそれで手紙を書きおえることができました。そのときから坊さんが箱のふたを開けると必ず米一握りと白い紙一枚が入っています。坊さんは何度も箱のふたを開けて、毎日おなか一杯のごはんを食べることができるようになりました。となりの部屋に住んでいる坊さんはそれに気がついて、「いつ箱の中に米と紙が現れるのだろう。」と、怪しく思いました。
ある日のこと。坊さんが外へ出ているすきに、となりの坊さんが部屋に入ってきて、とがった錐を使って箱のふたに穴を空け、穴から箱のなかをのぞきながら両手でふたを持ち上げました。すると箱の中は空っぽでした。坊さんは目をつぶって、もう一度ふたを持ち上げました。けれども、やはり箱の中は空っぽでした。
その日の夜に部屋の坊さんが帰ってきました。坊さんが箱を見るとふたに穴があいています。坊さんは穴をとおして箱の中をのぞきながらふたを開けました。すると箱の中には何も入っていません。坊さんは、「これでは明日の御飯が食べられない。明日からどうしようか。」と思いながら箱のふたを被せました。
しかたがないから坊さんが仏像のまえに坐ってお経を読んでいると、目の前をねずみが走って箱の上に飛びあがり、ピョンと跳びおりて逃げて行きました。坊さんが見ると箱のふたに穴がありません。穴が埋まっているのです。「おや。」と思って坊さんがふたを開けると、箱の中には白米一握りと白く清潔な紙一枚が入っていました。「おやおや。」坊さんは何度も箱のふたを開け閉めして、次の日も御飯をおなかいっぱいにご飯を食べる事ができました。その日から坊さんはたくさんの米と紙を寺や村の人達に分けてあげて、死ぬまで豊かにくらしました。
さて、となりの部屋の坊さんは、箱のふたに穴を空けた日の夜に泥棒に入られて持ち物すべてを取られてしまいました。泥棒は部屋の入口の戸の板に穴をあけて中を覗きこみ、坊さんが寝ているときを狙って盗みに入ったのです。その次の日に延暦寺の小僧さんが戸の板の穴の大きさをはかりました。すると泥棒が開けた穴の大きさは、坊さんが箱のふたに錐で空けた穴とまったく同じ大きさの穴でした。泥棒は、この坊さんが箱にあけた穴をとおして箱の中をのぞいたように入口の戸の穴をとおして部屋の中をのぞいていたのです。
『宇治拾遺物語』第六を翻案
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