| 文学作品としての古事記神話 【10】「すさの男の命」と「大国主の命」 (15819) |
- 日時:2025年11月13日 (木) 18時44分
名前:比較文化の好事家
【10】 「すさの男の命」と「大国主の命」
大国主の命が母に言われたとおりに根の国へ行くと、すさの男の命の娘、須勢理姫(すせりひめ)が出てきて、互いに目を合わせて結婚して、姫がすさの男に、「大変美しい神がいらっしゃいました。」と、伝えました。
すさの男が見て、「これは大国主の命という神だ」といって、命を中に呼び入れ、蛇の部屋に寝させました。それで、須勢理姫がヒレ(マフラー)を命に渡して、「蛇が噛もうとしたら、このヒレを三回振って蛇を撥(はら)ってください。」と言いました。命が言われたとおりにすると、蛇は大人しくなり、命は静かに寝ることが出来ました。
次の夜、命はムカデと蜂の部屋に入れられました。姫は、ムカデと蜂のヒレを命に渡して、昨日のように教えたので、命は次の日の朝、無事に外へ出ることができました。さらにまた次の日、すさの男は、音をたてて飛ぶ鏑矢(かぶらや)を野原に放ち、命に探させました。
命が野原に入ると、すさの男が周りの草に火をつけました。命の逃げる所が無くなった時、一匹のネズミが命の前に出てきて、 「内はほらほら。外はすぶすぶ」と言いました。「外側はすぼんで狭く見えるが、内側は洞穴で広くなっている」という意味です。
それで命が足下を強く踏みつけると、命は地中に落ち込んで、命が中に隠れている間に火は通りすぎて行きました。さらに、さきのネズミが、命の探していた鏑矢をくわえて持って来ました。命が矢を手に取ると、矢の羽はネズミの子供が囓(かじ)って、みな無くなっていました。
須勢理姫が葬式の道具を持って、泣いて野原に出てきて、すさの男も、命が死んでしまったと思って、野原に立っておられました。しかし、そこへ命が鏑矢を持って現れたので、すさの男は感心して命を御殿に連れて帰って大きな部屋に呼び入れて、自分の頭についているシラミを命に取らせました。
命がすさの男の頭を見ると、人を刺す百足が沢山いました。須勢理姫が命にそっと椋の木の実と赤土を渡しました。木の実は茶褐色で百足に似ていて、赤土は百足を潰した色に似ています。命が木の実を食い破り、赤土を口に含んで唾き出すと、すさの男は命が百足を食い破ったと見間違えて、ますますかわいい奴だと思ってお休みになってしまいました。 命はすさの男の髪を柱などに結いつけ、五百人でやっと動かせるような大きな岩を部屋の戸口に置き、すさの男の大きな太刀と弓矢さらに美しい音が出る立派な琴を手に取り、須勢理姫を背負って逃げ出しました。
しかし、逃げ去る時に、琴)が木に触れて大きく美しい音が響きわたり、大地が振動しました。それで寝ていたすさの男が目を覚まし、命を追おうとして部屋を引き倒しました。しかし柱に結んである髪をほどくのに手間がかかっているうちに、命は遠くへ逃げ去ってしまいました。
それですさの男は、地上との境目にある黄泉平坂(よもつひらさか)まで命を追っていって、そこで命に向かって、「その太刀と弓矢でお前の兄弟たちを追い払い、お前が地上の国の主となって、須勢理姫を正妻として御殿を建てよ」と、仰いました。
それで命はその太刀と弓矢で兄弟の神たちを追い払い、国を治め始めました。あの八上姫とは、以前の約束どおり結婚して御殿に連れてきたけれども、須勢理姫がひどく嫉妬するので、それを恐れて、八上姫は、生んだ子を連れて因幡に帰りました。
さて、この話にはストーリーの混乱が見られます。
この一連の話の始めの所で、「大国主」の母親が大国主に、「すさの男の命がいる根の国(地下の国)へ行けば、すさの男が良いようにしてくれる」と語り、実際に大国主は根の国へ行っています。しかし、先の「やまたの大蛇」の話の最後で、すさの男は出雲に住みついていました。だから、すさの男が根の国に居るはずがありません。今回のストーリーの展開には少し無理があります。
しかも、今回の話は、根の国の話が書いてあるはずなのに、すさの男がいる世界は、「いざなみの神」の死体にウジが集まっていたような不気味な国ではなく、野原があり、子ねずみが動き、立派な御殿が建っている地上の国の光景が描かれています。これもストーリーの展開に無理があります。
このような無理は、『古事記』の物語をまとめた人(構想者)の無能力あるいは無関心が原因で生じたものです。もともと『古事記』神話のルーツである神話が古くから多くあり、『古事記』神話はそれらを取捨選択して一つの物語にしたものです。
そのルーツの神話の大きなものに、「天孫系神話」と「出雲系神話」の二つがありました。「天孫系神話」とは大和(奈良)を本拠地とする勢力が所有していた神話で、天照大御神を中心とする神話。「出雲系神話」とは、出雲(島根)を本拠地とする勢力が所有していた神話で、すさの男の命や大国主の神を中心とする神話です。
この大和の勢力と出雲の勢力は衝突あるいは融和を繰り返し、最終的に勝利した天孫系の集団が、自分たちの神話に出雲系の神話を取り込んでまとめたのが『古事記』神話です。そのため、すさの男は天上の国(天孫系の舞台)では悪神で、出雲では大蛇を退治する善神として描かれています。すさの男にはまことに気の毒なことです。また、同じ出雲系神話の神である大国主も出雲では優しい善神なのに、天上の神々に会うと説教されて最後は従う神に落とされています。
このようなことはギリシア神話にも見られて、たとえばトロヤ戦争の話は内部に年代の矛盾があったり、宮殿も非常に古い宮殿と新しい宮殿が混同されたりしていると、専門家によって指摘されています。
それらの原因は、簡単にいうと、新しくギリシアに侵入したドーリス族(ドーリア族)が、自分たちの所有した土地の所有権を正当化するために、以前からあった伝説の中へ、自分たちの伝説を割りこめた結果です。ギリシア神話の専門家は、「こういうことは、伝承的な文学にはありがちなことで、これは古い物語や表現に、つねに新しいものが加えられていくためです」と、一般化して説明しています(高津春繁『ギリシア人の心』講談社現代新書p19)。
だから、今回の物語展開上の無理も、出雲系神話の英雄である「大国主」と「すさの男」を天孫系神話に組み込む際に生じた無理であったわけです。もしも『古事記』を構想・点検した人々が緻密かつ雄大な構想力を持っていたならば、今回のようなストーリー展開上の無理は生じなかったでしょう。しかし『古事記』の構想者はそこまでの力量を持たなかった、あるいは、今回のような無理は「たいしたことではない」と、気にしなかったのです。
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