| 文学作品としての古事記神話 【7】八俣の大蛇(やまたのおろち) (15817) |
- 日時:2025年11月12日 (水) 22時27分
名前:比較文化の好事家
【7】 八俣の大蛇(やまたのおろち)
すさの男の命は天上の国を追い払われて、出雲の国(島根)へ降りてきました。すると、川の上流)から箸(はし)が流れてきました。「川の上流に人がいるのだ」と思い、すさの男が川を遡ると、お爺さんとお婆さんが美しい姫をはさんで泣いていました。
すさの男が「お前たちは何者か」と、尋ねました。お爺さんが、 「私はこの国の神様の子です。娘の名前は櫛稲田姫(くしなだひめ)と言います。」と、答えました。
「どうして泣いているのか」と尋ねると、「私には娘が八人いましたが、やまたの大蛇(おろち)が毎年やってきて、娘を食べてしまいます。今年も大蛇が来るころなので、泣いているのです」と、答えました。
「大蛇は、どんな形か。」と、また尋ねると、「目は赤く、胴体に八つの頭と八つの尾が付いています。また、胴体から檜や杉の木が生え、さらに苔がむしていて、胴体の長さは谷八つに峰八つを越え、その腹はいつも血が滴って、爛(ただ)れております。」と答えました。
すさの男は、「この姫を私にくれないか。」と言いました。「おそれ多いことですが、あなたの御名を知りません。」「私は天照大御神の弟で、今、天から降りてきたところだ。」「それは恐れ多いことです。さし上げましょう。」と、お爺さんは言いました。
すさの男は、姫をかわいらしい櫛に変えて、自分の髪に挿しました。そして、「お前たちは濃い酒を造り、垣を作って、八つの入り口を作り、それぞれの入り口に八つの台を作り、台の上に酒の桶を置いて、濃い酒をたくさん入れておきなさい」と、お命じになりました。二人が言われた通りに準備して待っていると、本当にやまたの大蛇がやってきました。
すぐに八つの頭を酒桶に突っ込んで濃い酒を飲みはじめ、飲みながら酔って寝てしまいました。そこへ、すさの男が長い剣を抜いて大蛇をずたずたに切り刻みました。河が血の流れになって溢れました。
すさの男が、大蛇の尾を斬ると、剣の歯がこぼれました。すさの男が不思議に思って、剣の切っ先で尾を切り裂いてみると、大きく鋭い太刀(たち)が入っていました。すさの男は、不思議な刀だと思って天照大御神に差し上げました。
この太刀は「草薙の剣」といって、三種の神器の一つで、のちに倭建命(やまとたけるのみこと)が敵に四方から火を放たれた時、命が野原の草を切って、火を収めて敵を降伏させた太刀です。
こうして、すさの男は、自分が住む所をこの出雲に決め、たまたま須賀(すが)という所に辿(たど)り着いた時、ひどく気持ちが良かったので、「私はここへ来ると、ひどく清々(すがすが)しい。」といってそこに宮殿を造ってお住まいになりました。
そして、その宮殿ができあがった時に、たまたまそこから純白の雲が立ち上りました。それを見て、すさの男の命が歌をお詠みになりました。
八雲立つ 出雲八重垣 妻隠(つまご)みに 八重垣作る その八重垣を
(雲がむらがり起つ 出雲の宮殿 妻を垣に隠すために 宮殿を造った ああ、その美しい宮殿よ)
そして、櫛稲田姫と結婚して多くの子孫を生み、その子孫の一人が、大国主の命(おおくにぬしのみこと)という神様でした。
今回の話は、日本神話には珍しく、動きのある描写です。大蛇の不気味さも、よく出ています。しかし、最後は「心すがすがし」で、「妻と仲良く暮らしたよ~」と、なっているところが楽天的日本神話らしい所です。
今回の話のように、散文の中に韻文(和歌)が入っているのも日本神話の特徴であって、『古事記』全体を通して韻文が本文全体のトーンを和らげる機能をはたしています。つまり、『古事記』であっても、中巻下巻の神武帝以降の話には戦闘の場面が多く、そのため殺伐とした内容の物語も少なくないのですが、その場面に和歌が入り込んで、殺伐とした雰囲気を和らげているのです。
これは後の和歌の伝統ともなり、日本の和歌史の上で、たとえ面白い歌や新奇な歌であっても、優美さを保持していない歌は基本的に勅撰和歌集から退けられたこと、さらに俳諧(俳句)に於いても、松尾芭蕉が新しい感動を求めながらも優美さを決して棄てなかった(不易流行)にまで及んでいます。
その意味では、激流激動する現代社会にあって和歌を詠むということは大変なことであり、こんにち、和歌の世界でどうしても奇異な着想や品位の無い感慨が注目される傾向があるのはゆえ無からぬことと言うべきでしょう。しかし『古事記』の最初に掲載された歌が明るく優美な歌であったということは、いつまでも記憶されるべき原点でありましょう。
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