| 文学作品としての古事記神話 【5】誓約(うけい) (15815) |
- 日時:2025年11月11日 (火) 18時55分
名前:比較文化の好事家
【5】 誓約(うけい)
すさの男の命は、「ならば、天照大御神にお別れを言って出て行きます」と言って、天上の高天の原に上っていきました。この時、すさの男の命があまり元気よく上っていったので、山や川が動き、大地が大きく揺れました。
天照大御神は驚き、「すさの男の命がこのように上ってくるのは、良い心ではないでしょう。きっとこの国を奪いに来たにちがいない」といって、丸めていた髪をほどき、左右に分けて男の髪型になおし、髪にも手にもたくさんの美しい勾玉(まがたま)を緖(お)に通し、背中には矢が千本入る矢入れを背負い、腹には五百本入る矢入れを身につけ、弓を振り鳴らし、固い大地を踏みつけ、雪を蹴散(けち)らすように土を飛ばし、さらには天と地に響く雄叫(おたけ)びを轟(とどろ)かして、「何をしに来たか」と、問いつめました。
すさの男の命は、「私は悪いことは思っていません。父の大神が、私が泣いている理由を尋ねたので、私が母の国へ行きたいと申したところ、『ならば、おまえはこの国にいるな』と、私を追い払いなさったので、私はあなたにお別れを言おうと思って、ここへ来ただけなのです。決して悪いことは思っておりません」と、答えました。
天照大御神は、 「あなたの心が清く明るいものであることは、どうやって分かるか。」「私たち二人が神様に誓いをたてて子供を生みましょう」と、答えました。
二人の神様は天の安の河を挟(はさ)んで、まず天照大御神が、すさの男の命が持っていた立派な剣を受け取り、三段に折って、神聖な泉にそそいでユラユラと揺らしました。水と刃がキラキラと光り、涼しい音をたてました。大御神がそれを何度も噛んで粉々に砕いて、息吹といっしょにプッと吹き出すと、吹き出た霧から「多霧姫の命」「狭依姫(さよりびめ)の命」「たぎつ姫の命」が生まれました。
その次に、すさの男の命が大御神の立派な勾玉(まがたま)の飾りをもらって、ユラユラと揺すって泉の水にそそぎました。玉が優しく光り、丸い音を響かせました。すさの男の命が勾玉を噛みに噛んで、プッと吹き出した息吹 (いぶき)の霧から「正勝吾勝勝速日天の忍穂耳の命」や「天つ日子根の命」などの男の神様が生まれました。
天照大御神は、「あとから生まれた男の子供たちは、すべて私の勾玉から生まれたから、私の子供である。その前に生まれた女の子供たちは、貴方(あなた)の剣から生まれた子供だから、あなたの子である」と言いました。
この話の特徴は、争いの場面が極めて美的に描かれているという点です。まず、天照大御神が鋭い剣を三つに折って泉の水にそそいだ。これは「みそぎ」と同じ意味を持っています。そして大御神が折れた刃を粉々に噛み砕いた。
これでよく口の中が切れないものだと思うところですが、大御神は息吹と一緒に勢いよく吹き出した。その結果どうなったか。おそらく、刃の粉と水と息吹とが一体となって、清潔な狭霧が青空に広がったでしょう。七色の虹が空にかかったかもしれません。
このことは「すさの男」の場面も同じであり、今回の話では二人の争いが極めて美しい文章で描かれています。ギリシア神話だけでなく、おそらく世界中の神話の中で、紛争や闘争をこれほど美に昇華してしまった神話は他にないでしょう。
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