| 文学作品としての古事記神話 【1】天地のはじめ (15803) |
- 日時:2025年11月08日 (土) 01時03分
名前:比較文化の好事家
【1】 天地のはじめ 天と地が初めて開けたときに「天御中主(あめのみなかぬし)の神」と「高御産巣日(たかみむすび)の神」と「神産巣日(かみむすび)の神」とがお生まれになりました。この三柱の神は、みなひとりで現れ、そのあと姿を隠してしまいました。
『古事記』に書かれた日本神話の最初は、「天地初発乃時」に三人の神様が生まれた。それなのに、三神ともすぐに姿を消してしまったという、少し不思議な話で始まっています。ここで「天地初発」とは、あえて喩えるならば今で言う「ビッグバン」。天と地がヌッと現れたのであり、それと同時に神様が忽然と生まれたのであります。
旧約聖書の「天地創造」のように初めからおられた神様があとから天地を創ったのではなく、神と天地とは同時存在です。日本の神様は自然と切り離せません。この三柱の神様が姿を消したというのも天地に溶け込んだのであって、いなくなったのではありません。三人のなかの二神はのちに必要に応じて時々あらわれて仕事をしています。
その次に、陸地が出来たてで水に浮いた脂(あぶら)のように、また海月(くらげ)のようにフワフワ漂っている時に、葦(あし)の芽が萌え上がるように「美し葦芽彦舅(うましあしかびひこじ)の神」が生まれました。また、「天の常立(あめのとこだち)の神」がお生まれになり、この神々も姿をお隠しになりました。以上の五神は特別な天の神様ですが、さらに多くの神様がお生まれになり、最後に男の「いざなぎの神」と女の「いざなみの神」とがお生まれになりました。
ここでさっそく日本神話の最大の特徴である、「小規模、かわいらしい、愛らしい」表現が登場しています。「国が若く、水に浮いている油のようで、くらげのように漂っている」陸地とは、まことに小規模で、そこへ葦の芽が土から顔をのぞかすように生まれた神様も愛らしい神様であります。
また、次の話の中で「いざなぎの神」と「いざなみの神」とが交わって国を生みますが、その時、この男女の二神は交わり方が分からず、たまたま小鳥の鶺鴒(せきれい)が交合しているのを見て納得し、それに学んで島々を生んだという話が『日本書紀』に書いてあります。交合の仕方を小鳥に教えてもらったというのも、まことにかわいらしい世界です。これをギリシア神話の冒頭部と比較すると、この特徴がより鮮明になるでしょう。
ギリシア神話では、世界のはじめ、神様よりも何よりも先に存在していたものは混沌(こんとん。カオス)でした。カオスの中では全ての物の区別がなく、ごちゃまぜに混じりあっています。混沌に飲み込まれた物は、たとえ神様でも暴風の渦に巻き込まれ、いつまでも止まることなく翻弄され、休むことも外へ出ることもできません。これはまことに恐ろしい世界です。しかも、この混沌は今も世界の果てに大きく口を開けて、落ちて来るものを待っている…ということですから、あまり気持ちの良いものではありません。
そして、その次に生まれたのが、大地と地底の地獄とエロス(恋)など。大地は天や海などを生みました。これによって、天と地、海と陸が区別されたわけで、なかなかスケールの大きな話になっています。ただし、不気味で恐い生き物も生まれています。たとえば、大地はすぐに天と結婚して、恐ろしい怪物の息子を生みます。額の真ん中に丸い目を一つ持った一つ目の巨人を三人。さらに、もっと恐ろしい怪物で、想像できないほど巨大な体に五十の頭と百本の怪力の腕を持った怪物息子を三人も。
この息子たちの父親は天なのですが、父親の天がこれらの化け物息子たちを恐れて、息子たちが生まれるとすぐに痛めつけ、縛り上げて、妻である大地のお腹つまり地底に閉じ込めてしまいました。そして後に、この天のやり方に怒った大地が天を殺そうと計画して、実際に、天に復讐をします。しかも、なんとこのように陰鬱で恐い物語が、ギリシア神話全体の発火点なのです。
このような理由で、「戦争と恋愛と嫉妬」に溢れるギリシア神話を読んだあとで日本神話を読むと、「昔、日本神話を語り伝えていた日本人は知能の発育に欠陥があったのではないか」と思ってしまうほど、日本神話は小規模な世界と事件展開に終わっています。しかし、そのかわりに日本神話は、古代ギリシア人が想像できないくらい平和で愛らしい神話なのであって、これも個性を備えた一つの立派な神話なのです。
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