| 【シリーズ】親子で読む物語。第28回 しっかり勉強して、たくさん遊んで体を鍛えましょう。 (15791) |
- 日時:2025年11月04日 (火) 18時18分
名前:芥川流之介
しっかり勉強して、たくさん遊んで体を鍛えましょう。
昔、武蔵の国にお百姓さんがいました。ある日、田に苗をうえていると小雨が降ってきたので木の下に隠れて、鉄の鍬(くわ)を地面に突き立てて立っていました。するとその鍬に雷が落ちて、雷鳴とともに雷の子が落ちてきました。お百姓さんが鍬で雷の子を突こうとすると、雷の子は両手をあわせて、「わたしを殺さないでください。必ずご恩返しをいたします」と言います。お百姓さんが、「わたしに何をしてくれるのか」とたずねると、雷の子は、「わたしは一度消えてから、すぐにあなたの子として生まれます」と言うやいなや、ふっと消えてしまいました。雨がやんだあとも雷の子はあらわれません。お百姓さんが家に帰ると、なぜか妻のおなかが大きくなっていました。次の日には大きな男の子がうまれました。この子は雷の子の生まれ変わりです。男の子はたくさん本を読み、たくさん遊んで体が丈夫な子供になりました。お百姓さんは男の子に雷丸(いかずちまる)という名前をつけました。
雷丸が十歳になったころのことです。尾張の国に力がたいへん強い王さまがいました。雷丸は王と力くらべをしようと思って尾張の国へ旅に出ました。その王は大きな屋敷に住んでいて、日暮れ時に雷丸が屋敷の中をのぞくと、広い庭のなかで大きな石を両手でもちあげて十メートル投げ飛ばしていました。十メートルに満足した王は屋敷の中に入っていきました。雷丸は人に見つからないように庭のなかに入り、その石を右手でもちあげて、王の反対方向へ十五メートル投げておきました。その次の日。力持ちの王は石を見て怒り、自分の手首を振って柔らかくしたり上半身を屈伸したりして、満身の力をこめて大石を投げ飛ばしました。しかし石は十二メートルしか飛びません。それを見た雷丸はまた夕暮れどきに右手で大石を反対方向に十八メートル飛ばしておきました。
次の日、ふしぎに思った王が庭の土を見ると、子供の小さい足跡が深さ三寸ほど地面にめり込んでいます。王は、「夕暮れになると子供が来て石を投げているのだ」と気づいて、日が暮れるころに雷丸をつかまえようとして雷丸に近寄ると雷丸は素早く逃げる。王が追いかけると子供は垣根の下を抜けて逃げていく。王は垣根をよじのぼってから子供を追う。子供は垣のまわりを回ってまた垣根をくぐって庭にもどる。王は垣をよじのぼって庭の中にもどってくる。雷丸はいつまでも王をからかうのに飽いてしまって素早く逃げてしまいました。
次の年、雷丸は大和の国にある元興寺の小坊主になりました。そのころその寺の鐘つき堂で夜ごとに死人が出るという事件が起きていました。雷丸が坊様に、「わたしがこの死人の災難をとり除きましょう」と申し出ました。坊様はそれを聞き入れました。雷丸は、鐘つき堂の東西南北の四隅に四つの灯を置き、そこへ四人の男を待機させて、「わたしが鬼をつかまえたら、一斉に灯をつけてください」と言い含めました。そのあと雷丸は鐘つき堂の隅に隠れました。真夜中に鬼がやって来ました。鬼は雷丸がいるのをちらりと見て一度は姿を隠した。しかし夜がふけると鬼は堂の中に入って来ました。すかさず雷丸は鬼の髪の毛をつかまえて、ぐいと引き寄せました。鬼は外に逃げようとする。しかし雷丸は内側に鬼を引きずりこむ。そこへ四人の男たちが灯をつけました。鬼は雷丸に抵抗しながらも両手の関節をはずされ、それでも何とか逃げて行きました。その次の日から元興寺で死人が出ることはなくなりました。
雷丸はその後も元興寺に住み続けました。もともと元興寺は広い田を持って、たくさんの米を作っていました。寺の男たちが近くの川から田に水を引き入れる水路を作り、その水路から田に水を流していました。ところが大和の国の悪い王たちが、川と水路が別れる地点に別の水路を作ってしまいました。このままでは元興寺の田に水が流れこまず、田が干上がってしまいます。雷丸が、「わたしが新しい水路をふさぎましょう」と申し出ました。元興寺の坊様はそれを聞き入れました。まず寺の庭で寺男たちが、十人がかりでやっとかつぐことができるような幅の広い鋤(すき)を作り、それを雷丸に持たせました。雷丸はその鋤を肩の上にのせて水路の上流へ歩いて行き、新しい水路の門に鋤を突き立てて水が入らないようにしました。川の水は再び元興寺の田に流れこみました。
ところが悪い王たちはこの鋤を引き抜いて、ふたたび元興寺の田に水が流れないようにしてしまいました。雷丸は新しい水路の水門へ歩いて行き、十人でやっと持ち上げられるような大きな幅広の石で水門をふさぎ、みたび元興寺の田に水が入るようにしました。悪い王たちは雷丸の怪力を恐れて、二度と水門に手をつけませんでした。元興寺の田は干上がることなく豊作がつづきました。雷丸は元興寺の坊様からほうびのお金と米をたくさんもらい、ひさびさに武蔵の国の実家にもどって両親にお金と米を手渡しました。そのとき実家の田には、むかし雷が落ちた鍬がまだ立っていました。
『日本霊異記』上巻の第3を翻案
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