| 【シリーズ】親子で読む物語。第27回 生きものを大切にしましょう (15790) |
- 日時:2025年10月30日 (木) 15時44分
名前:芥川流之介
生きものを大切にしましょう
今から九百年ほどまえの平安時代の京都に藤原宗輔というがいました。宗輔は天皇様がいる御所で政治の仕事をしながら、家の中ではたくさんの蜂を飼って、ひどくかわいがっていました。宗輔はいっぴき一匹の蜂に「太郎蜂」「次郎蜂」という名前をつけ、その名前で蜂を呼んでいました。蜂は自分が呼ばれると喜んで蜂の巣から飛び出して、宗輔のまわりを飛び回ります。蜂が宗輔を刺すことは決してありません。宗輔も蜂を追い払うことがありません。宗輔の家に盗人が入ったときなどは、宗輔が蜂に「盗人を刺せ」と言うと蜂たちが一斉に巣を飛び出して盗人を刺しまわったので、盗人は大慌てで逃げていきました。宗輔が牛車にのって御所へ行くときなどは牛車のまわりを蜂たちがブンブン音をたてて飛びまわり、それを牛が嫌がるので宗輔が蜂に「とまれ」というと、すべての蜂が牛車の屋根の上にとまって静かになります。
宗輔が御所で仕事をしているときに、たまたま御所の屋根にぶら下がっていた蜂の巣が突然落ちて、怒った蜂が巣を飛び出して御所の人たちを刺しまわることがありました。人々が刺されまいとして逃げ騒いでいるときに宗輔が御所の庭にあった枇杷の木の実の房を一つ取って皮をむき、右手で上にさし上げると、枇杷の甘い匂いに誘われてすべての蜂が枇杷の実の房に取り付いて動かなくなりました。宗輔は役人を呼んで枇杷の房を渡し、役人は静かに蜂を外へ持ちだしました。天皇様は、「運よく宗輔がいてくれて助かった」と喜ばれ、京の人たちは宗輔のことを、「蜂飼の大臣」と呼んで感心しました。
その宗輔には若くてやさしい娘が一人いました。ある日、娘が賀茂川を歩いていると、村の子供が八ひきの沢蟹(さわがに)をつかまえて、焼いて食おうとしていました。娘はそれを見て子供に、「この蟹を放してやってくださいな」と頼みました。しかし子供は聞き入れません。子供は「蟹を焼いて食うのだ」と言い張ります。娘が自分の着物を一枚脱いで子供に与えました。子供はやっと蟹を手放しました。娘は蟹を賀茂川に放してやりました。
娘が賀茂神社にお参りをすませて賀茂の森を歩いていると、大蛇がいて大きな蛙(かえる)を飲みこもうとしています。娘が大蛇に頼んで、「この蛙をわたしにください。その代りに私の着物をさしあげます」と言いました。しかし大蛇は承知しません。娘はお祈りをして、「あなたを神様としてお祭りします。どうか私にこの蛙をください」と頼みました。それでも大蛇は聞き入れません。やはり蛙を飲みこもうとします。蛙の両足はピクピクと引きつっています。あまりに蛙がかわいそうなので娘は大蛇に、「蛙の身代りとして私の体をさしあげましょう。わたしはあなたの妻になります。さあ。蛙をわたしにください」と言ってしまいました。大蛇は頭を高くもたげて、娘の顔を見つめ、娘がひどく美しいので蛙を吐き出しました。娘は大蛇に、「七日たったら私の家に来てください」と約束して、大蛇と別れました。
娘は大蛇のことを父の宗輔に話しました。宗輔はひどく驚いて、「何をまちがえて、できないことを約束したのか」と、娘をたしなめました。宗輔と娘は近くの寺にいるお坊さんに相談しました。お坊さんは話を聞いて、「これはおどろいた。動物のいのちを大切にすることは尊いことだが、人間と蛇が夫婦になることはまちがっている。娘さんは間違った約束をしてしまった。こうなったら、ただ仏に祈り、お導きを願ってみよう」と言いました。お坊さんはしばらく祈ったあとで、「どうやら仏様のお導きと宗輔さんの功徳が娘さんを救ってくださるようじゃ」と言いました。宗輔と娘はお坊さんの教えを受けて家に帰りました。
いよいよ約束した日の夜がやって来ました。宗輔が家の戸を閉め、娘は仏に祈って仏の助けをお願いしています。ついにそこへ大蛇がやって来ました。大蛇は外から家にまとわりつき、しっぽで戸をドンドンとたたき、家の屋根に登り、屋根の板をかじって穴をあけました。穴からとうとう大蛇の頭が娘の目の前におりて来ました。ところが大蛇の頭は娘のほうに寄って来ず、なぜか上にあがって屋根から外へ出て行ってしまいました。家の外ではドタバタと何かがあばれる音がさかんに響いて、大蛇と何かが格闘しているようです。宗輔と娘が驚いているうちに家の外が静かになって、大蛇が動く音もしなくなりました。
次の日の朝に宗輔と娘がおそるおそる家の外へ出てみると、大蛇のまわりに大きな蟹が八匹も集って、大蛇の胴体が八つに切り裂かれていました。大蛇の二つの目はたくさんの蜂に刺されて真っ赤に潰れているのでした。
『十訓抄』第1の6と『日本霊異記』中巻第12を翻案合作
|
|