| 【シリーズ】親子で読む物語。第24回 人に物に、いつも親切にしましょう (15757) |
- 日時:2025年10月07日 (火) 23時12分
名前:芥川流之介
人に物に、いつも親切にしましょう
むかし、播磨の国に光雲寺という寺がありました。ある日、光雲寺の和尚さんが寺の前の道のゴミを拾っていると、道端に鉢が捨ててありました。見ると割れたところなく、洗えば立派に使えるお鉢です。和尚さんは鉢を寺の台所に持っていきました。和尚さんが鉢を洗い終って鉢を見ていると、突然、鉢が静かに一寸(三センチ)ほど浮き上がりました。和尚さんは驚きました。「これが回れば、独楽が浮いて回っているようなものだ」と思っていると、その鉢がゆるやかに回転しはじめました。和尚さんが「もっと早く回れ」と思うと高速で回転しはじめました。「高くあがれ」と念じると鉢が回ったまま高く上がりました。和尚さんが「東へ行け」と命令すると鉢は東へ行きます。「西へ動け」と言葉で命じると西へ動く。和尚さんは何か不思議な生き物を見ているようでした。和尚さんが、「下におりろ」と命令すると、鉢は食卓の上におりて静かになりました。和尚さんが「おまえはかしこい鉢だなあ」と言って鉢をなでると、鉢は犬が喜んで跳びはねるように動きまわり、体の傾きを三十度ほど左右に揺らして飛び回りました。
その日から和尚さんは水が飲みたくなると鉢を飛ばして谷川の水を汲んで運ばせ、ご飯が食べたくなると鉢を近くのお金持ちの家に飛ばして食べ物を入れてもらうようになりました。その播磨の国で一番裕福な店が「播磨屋」という商人の店でした。播磨屋さんは親切な人でした。鉢が飛んで来ると、いつも気前よく食べ物を鉢いっぱいに入れて返してやりました。ときには、飛んできた鉢のなかに紙が一枚入っていて、和尚さんの文字で「小判を一枚」と書いてあります。播磨屋さんは、鉢のなかに小判を十枚いれて寺に帰しました。鉢は寺にもどる途中、貧しい九軒の家に勝手に入っていって、一両ずつ小判を落として光雲寺にもどりました。あとで九軒の人たちから御礼を言われた和尚さんは、それで初めて自分の鉢が良いことをしたことに気が付いたのでした。
さて、播磨屋さんは多くの荷物を船に積んで明石の浦から大阪に運ぶ商売をしていました。ところが明石の沖で、播磨屋さんが乗っているその船を海賊が襲撃しました。海賊たちはたくさんの人を殺して、船の荷物をことごとく奪い取って逃げて行きました。播磨屋さんは何とか海に飛び込んで生きのびました。播磨屋さんが明石の浜辺に泳ぎ着いて泣いていると見知らぬお坊さんが現れて、「そこで泣いているのは誰じゃ」と尋ねます。「私は播磨屋と申します。明石から大阪に上る途中、この沖で海賊に襲われ、船の荷をみな取られたのでございます」と答えました。お坊さんは、「おお。そなたが播磨屋か。まことに気の毒なことじゃ。わたしがその海賊を捕えて、荷物を取りもどしてやろうか」と言います。播磨屋さんは「そのようなことが出来るはずはない」と思いましたが、「そうしていただければ、どんなにうれしいことでしょう。ぜひお願いいたします」と答えました。お坊さんが、「海賊に襲われたのはいつのことかね」と聞きます。播磨屋さんは「昨日の今ごろです」と答えました。 お坊さんは播磨屋さんを連れて小さな船に乗りこみ、漁師に船を漕がせて沖に出て、海賊が出たあたりに小船を泊めました。そこで海の上に何か漢字のようなものを腕で描き、それに向ってぶつぶつと呪文を唱えてから小船を漕ぎ返して浜辺にもどりました。
砂のうえでお坊さんが人を縛るかのようなしぐさをしていると、沖合から一艘の船が流れて来ました。お坊さんと播磨屋さんと漁師が小船に乗って漂流船にこぎ寄せると、漂流船の中には大勢の男が乗っていて、すべての男たちが酒に酔ったようにぐったりと倒れています。播磨屋さんが男たちを見ると、なんと昨日の海賊たちではありませんか。船のなかには海賊たちが奪って行った荷物すべてが残っています。お坊さんと播磨屋さんと漁師は荷物を小船に移し替えて、すべての荷物を取り戻しました。お坊さんは海賊たちを荒縄で縛り上げてお奉行所に突き出しました。
このお坊さんは、やはり播磨の国にある幸運寺という寺の立派な僧侶でした。播磨屋さんが親切にしている光雲寺と幸運寺はよく似た名前なので両方のお寺が親しく付き合っていて、親切な播磨屋さんの名前はこのお坊さんもよく知っていたのでした。
(『今昔物語集』巻24の19を翻案)
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