| 【シリーズ】親子で読む物語。第23回 他人の悪口を言わないようにしましょう (15740) |
- 日時:2025年09月24日 (水) 00時19分
名前:芥川流之介
他人の悪口を言わないようにしましょう
むかし、日本の奈良時代に行基というお坊さんがいました。行基は頭がよくて、たいへんな物知りでした。貧しい人のための食事や宿泊を提供し、農業用の池や溝を掘り、さらに道を切り拓いて橋を架けました。行基はそのことを自慢せず、いつも粗末な衣を着ていました。そのときの聖武天皇は行基を尊敬して、行基のことを「行基菩薩」と呼び、行基を「大僧正」に任命しました。「大僧正」は、坊さんのなかで一番高い位です。しかし行基は少しも喜ばず、あいかわらず粗末な衣を着て、道路を作る工事をしていました。
智光という法師が、「行基はただの汚い僧ではないか。わたしは知恵のある僧である。なぜ聖武天皇は私の知恵を認めずに、行基だけを大切にするのだろう」と言いました。智光は弟子たちに「行基よりも私のほうが物知りだ。行基は乞食僧にすぎない」と言いふらしました。するとなぜか智光は下痢を起して、それから一か月のあいだに下痢の病が重篤になりました。
智光がいよいよ死にそうになったとき、智光が弟子たちに、「わたしが死んでも、すぐに死体を焼いてはいけない。七日の間はそのままにして待ちなさい。もし誰かが私のことを尋ねたら、『師はあちこちに用事があって外出している。今はそこで仏の供養をしている。今は留守である』と答えるがよい。このことは決して他人に言ってはならない」と、戒めました。弟子たちは教えられたとおり、智光の部屋の戸を閉めて、他人をなかに入れませんでした。
智光が息をひきとったとき、智光のところへ閻魔大王の御殿から赤鬼と青鬼がやって来て、智光を大王の御殿に呼びつけました。大王が智光に「地獄へ行け」と命令しました。智光は二人の鬼に引っぱられて西へ歩きました。智光が地獄に着くまえに前方を見ると光り輝く黄金の宮殿があります。智光が赤鬼に、「これはなんという宮殿ですか」とたずねました。赤鬼が、「これは行基さまが亡くなったあとでお住みになる宮殿である」と答えました。
智光が二人の鬼にはさまれて、さらに西へ進んで行くと、なぜか近くに火があるわけでなく、強い日が射しているわけでもないのに、非常に熱い空気が立ちこめて、智光の顔に吹きつけて来ます。智光はひどく熱いけれども、ふしぎに前へ進みたくなるので赤鬼に、「ここはどうしてこんなに熱いのですか」と、たずねました。うしろから青鬼が、「これは、おまえを焼くための地獄の熱気なのだ」と答えました。
なおも西へ進んで行くと、真っ赤に焼けた鉄の柱が立っています。赤鬼が、「この柱を抱け」と命じました。智光は柱に近づきたくないのに、柱が磁石のように智光の体を引きよせます。智光が思わず赤鬼に、「ゆるしてください」というと、柱の引く力が少し弱くなくなりました。青鬼が、「もし生き返ったら、行基さまの悪口を言ったことを行基さまにわびるか」と尋ねます。智光が「わびます」と答えると、柱が智光を引く力が無くなりました。それでも智光は手のひらに火傷をしました。青鬼が古いほうきで智光の手のひらを撫でて、「治れ。治れ」と言うと、智光の手のひらに新しい肉がついて智光の手が治りました。智光がふと、「これなら行基に詫びるのは馬鹿くさい」と思うと、赤鬼が「引っぱれ。引っぱれ」と言い、智光の体がまた鉄の柱に引き寄せられて、智光の顔が火傷で傷ついてしまいました。智光が赤鬼に「ごめんなさい。必ずおわびします」と叫ぶと、鉄柱の引く力がなくなりました。青鬼が古いほうきで智光の顔を撫でて、「もどれ。もどれ」と言うと、智光の顔に新しい肉がついて智光の顔がもとにもどりました。
二人の鬼は、もと来た道をひきかえして、智光を東へ連れて行きました。智光は閻魔大王の御殿にもどりました。赤鬼と青鬼が閻魔大王に、「ただ今もどりました」と報告しました。閻魔大王は智光に、「そなたをここに呼んだのは、そなたが行基菩薩の悪口を言った。それを懺悔させるために呼んだのだ。しかしこの閻魔庁もいそがしい。われわれは行基菩薩が亡くなって黄金の宮殿に入られるのを待っているのだ。おまえなどに関わっている暇はない。おまえは今すぐに出て行け」と言いました。智光は結局、大王の御殿を追い出されてしまいました。智光が東へ歩きながらハッと気がつくと、自分が死んでからちょうど七日が経っているのでした。
智光が弟子たちを呼びました。弟子たちは智光の声を聞いて、泣いて喜びました。智光が弟子たちに地獄の様子を事細かに語って聞かせるのでした。ちょうどそのころ行基は難波の国にいました。大きな川に橋を渡す工事をしていました。智光は生き返って三日目に体が回復したので、行基がいる難波の国を訪れました。智光は自分の犯した罪を打ち明けて、行基にわびました。そして言いました。「私は鬼たちに連れられて行基さまが生れ変わる場所を見ました。そこには黄金の宮殿があって、庭も池も光り輝くような尊いところでした」と伝えました。しかし行基はそれを聞いても少しも喜ばず、ただ一言、「そのような物は無用である。この国のすべての人が輝くような建物に住むようになれば、私はその国に住むことで充分じゃ」と語るのみでした。智光はこのとき初めて行基のほうが自分よりも賢く立派な僧であることに気がつきました。「明日から私も川に橋を渡す工事を必ず行います」と行基に約束しました。そのあと智光が自分の寺にもどると、寺は今までの大きさや形と少しも変わらないのに、なぜか光かがやく黄金の寺に変わっていたのでした。
(『日本霊異記』 中巻の第七を翻案
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