| 【シリーズ】親子で読む物語。第21回 親に孝行を尽くしましょう。 (15726) |
- 日時:2025年09月12日 (金) 18時15分
名前:芥川流之介
親に孝行を尽くしましょう
むかしむかし。近江の国、今の滋賀県にある小さなお寺に若い坊さんが住んでいました。その坊さんはお寺に住んでいるのにお経を読まず、修行もせずに毎日遊んで暮らしていました。そのお寺の近くには大きな山や広い森がたくさんあります。坊さんは毎日森に入って、多くの木の実を採ってお寺にもどりました。坊さんには年をとった父親と母親がいたのですが、坊さんは木の実を両親にわたさず、自分一人で食べていました。
ある日、この坊さんには珍しいことに、「お経の読み方ぐらいは知っておこう」という気になって、はるばると比叡山のふもとまで歩いて行きました。大きなお寺が見えてきました。ところが、坊さんがお寺に入ろうとすると、寺のお婆さんが棒で殴ろうとします。驚いた坊さんは逃げ去りました。坊さんがまた寺に入ろうとすると、また棒で殴ろうとします。坊さんがお婆さんに「なぜ殴ろうとするのか」と言おうとすると、なぜか声が出ません。それでまた坊さんは逃げ出しました。しかし遠くからわざわざここまで歩いて来たのだから、ここで帰るわけにはいきません。坊さんがまた寺に入ろうとしたとき、お婆さんが坊さんを見ながら、「この牛は何か用事があるから、何度も入ろうとするのだろう」と言って、坊さんを馬小屋に入れて、坊さんの首を太いひもで柱につないでしまいました。
坊さんが自分の体を見ると牛になっていました。坊さんは、情けないことにまったく言葉が出ません。「これは、ふだんからお経を読まずに遊んでいたせいだ」と思いました。しかし坊さんは父親から、「お経を読めば罪が消える」と聞いていたので、さっそくお経を唱えようとしました。ところがお経を覚えていないので唱えられません。「せめてお経の名前だけでも唱えよう」と思うけれども、お経の名前も正しく覚えていないので、きちんと唱えられない。ただ「なむ…。なむ…」と言うだけでした。それを見た寺の人たちは、「あの牛は病気にかかっているのだろう。水も草も食べずに、ぶつぶつ言っている」と、話していました。
その次の日のことです。その寺に泥棒が入りました。泥棒は夕方に寺へ入って、仏像のまえに供えてあるご飯をぬすんで行こうとしました。たまたまそれを見つけた寺の下男が、その泥棒を追いかけてつかまえました。寺の下男は泥棒を馬小屋のまえに引きずりだして、上人様に伝えました。上人とは寺で一番尊い坊様です。上人様が泥棒を見ると、泥棒はまだ十歳ぐらいの子供でした。上人様が、「一体お前はどうして、このような罰当りなことをしたのだ」とお尋ねになりました。
子供が答えました。「私は貧しい者ですが、目の不自由な母が一人おります。ひごろは森の木を切って、遠くの村に出て食べ物にかえています。しかしもはや体も疲れ、力も尽きてしまい、まともに母を助けることもできなくなりました。このお寺は豊かなので、仏様にお供えする米もなくなることはないだろうと思い、母を助けたいあまりに、このような罰当りなことをしてしまいました」と言って、さめざめと涙を流しました。
上人様も気の毒に思い、子供の話が本当かどうかを知るために、この子供を馬小屋のまえに縛っておき、寺の下男に命令して、子供の母がいるところへ確かめに行かせました。下男が訪ねて行くと、山のふもとにそまつな小屋がありました。だれか人がいるようです。下男が小屋に近づいて、「ここにどなたかおいでですか」と声をかけると、小屋のなかから声がきこえて、「私は貧しくて目が不自由なので子供に頼っている者です。今日は子供がまだ帰りませんので心配しているところです」と言いました。
下男がいそいで寺にもどって、上人様にこの様子を伝えました。子供の言葉にうそはなかったということで、上人様も気の毒に思い、子供にたくさんの食べ物をお与えになりました。しかし、もともと仏様にお供えした物なので、ただで人間に与えるのも畏れ多いということで、子供を三日のあいだ寺の掃除をさせて、その間は寺の下男が子供の母親のところに食べ物を運び、三日たってから子供に食べ物をもたせて家に帰しました。子供は涙を流して家に帰っていきました。
その様子を見ていた牛は、はじめて自分が親不孝をしていたことに気がつきました。牛が「おとうさん、おかあさん、すみませんでした~」と叫んだあと、ふと気がつくと牛は人の姿にもどっていました。坊さんは上人様からお経の読み方を教えてもらい、そのあと近江の国にある自分の寺に帰って行きました。
『沙石集』の「巻七の8の1」および「巻九の18の1」を合作翻案
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