《谷口雅春先生に帰りましょう・第二》

 

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【シリーズ】親子で読む物語。第11回  なにごとも正直に行いましょう。 (15631)
日時:2025年05月10日 (土) 22時37分
名前:芥川流之介

なにごとも正直に行いましょう

 〔一〕
むかし、武蔵の国の府中に住んでいた男が、京の都に旅をしようと思い立ちました。男は、家の仏壇に置く仏像を京の仏師に作ってもらおうと考えたのです。男はたくさんの金をお守り袋に入れて、それを自分の首に懸けて出発しました。ところが、男は駿河の国の沼津の宿で風呂にはいった時にこの守り袋を置き忘れてしまいました。男は次の日の夕方に袋のことを思い出しました。「しかし…今から沼津の宿に引き返しても袋は誰かに盗られているだろう」と思って、男はつぎの宿場町の寺で仏像の絵を一枚書いてもらい、それを仏像のかわりにして、もと来た道をもどりました。

さて、男が沼津の宿で、「この家だったのだが…」などと言いながら、その家の中をのぞくと、家の中に美しい女がいました。男が女に守り袋のことを言うと、女は、「その袋なら私が見付けました」と言って、男が持っていたままの状態で取り出して男に渡しました。男はあまりの意外さに驚き、「これは私がなくした袋です。お礼にお金を少しさし上げましょう」と言うと、女は、「金が欲しいのなら全部かくしたでしょう。これは仏像になるはずの仏様のお金です。どうして私がわずかでも頂いてよいものでしょうか」と言いました。

男はお金がもどったので、「私は今から京に上り、ふたたびここを通る時、あなたに申したいことがある」と言い残して京に上り、仏像をはじめの念願通りに作ってもらい、武蔵への帰り道に、ふたたび女の宿を訪ねて、「そもそもあなたはどういう方でいらっしゃるのですか」と尋ねました。女は、「私は、もとは京の人間でしたが、親しい者がみな亡くなってしまい、ご縁があってこの沼津に下ってきた者です。初めはしばらく居るだけのつもりだったのですが、もう二年も住んでいます」と言いました。「それでは、どこへ行くのも同じ旅の空。さあ私と一緒にいらっしゃい。私は武蔵の国に土地を持っているから、私の妻になって財産の管理をして下さい」と言うと女は、「かしこまりました」と言って、そのまま男に連れられて武蔵に下り、夫の土地の管理をしながら、死ぬまで豊かにのんびりと暮していたということです。

                            (『沙石集』巻七の1を翻案)

 〔二〕
むかしむかし、土佐の国に大きなお寺がありました。そのお寺の坊さんに土地の役人が「大般若経」という長いお経を写してほしいと頼んできました。「私は大般若経を手に入れたい。お坊様。そなたは大般若経を書き写して、できあがった一巻を私に渡してほしい。そのために必要なたくさんのお金はすべて私が準備しよう」と、お坊さんと約束を交しました。
 
お坊さんはきれいな紙を買い込んで小僧さんを呼びつけて、大般若経を写すだけでたくさんのご利益があること、死んだあとに必ず極楽へ行けることを説教して、小僧さんに写経をするよう命令しました。小僧さんは喜んで毎日毎日お経を紙に写しました。その写経は半年たってようやく完成しました。お坊さんは役人に、「大般若経が出来上がりました。私が手伝ってもらった坊様がたくさんおりますので、その分の費用もいただきたく思います。今はまずお経の完成を祝う祭りを行うのがよろしかろうかと思います」と、手紙を送りました。役人はひどく喜んで、お経の完成奉祝祭を盛大に行いました。

ところが、その完成奉祝祭の時に突然、竜巻が襲ってきて、その大般若経の紙をことごとく巻き上げて、はるか高い大空に吹き上げてしまいました。お祝いに集って来ていた人々はみな、「何が起ったのか」と不思議に思うのでした。しばらく経って竜巻がおさまってから、吹き上げられた紙が真っ白の紙になって空から落ちてきました。そして地面に触れるとすべての紙が消えてしまいました。しかし最後に落ちて来た紙一枚だけが消えずに、はっきりと文字が書いてありました。

    金に執する願ひゆゑ紙は俗土にもどる。
    書写の文字は真心ゆゑに浄土に留まる。
 
お寺で写経をした小僧さんはそのあと長く幸せに生きて、その小僧さんが亡くなるときにはお経を写した紙がたくさん空から下りてきて、小僧さんの体をのせたまま晴れた空の上に運んで行ったということです。

                            (『十訓抄』第六の27を翻案)






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