| 【シリーズ】親子で読む物語。第5回 何事も慎重に考えて行動しましょう (15570) |
- 日時:2025年04月01日 (火) 15時46分
名前:芥川流之介
何事も慎重に考えて行動しましょう
むかし、藤原道長という貴族が自分のお寺を建てていました。その寺ができあがるのが待ち遠しいので道長は毎日その工事現場に足を運んでいました。道長はそのころ白い犬をかわいがっていて、いつも寺を見に行くときに連れていきました。
ある日、藤原道長が寺の門の中に入った時に、犬が藤原道長のうしろから前に回ってきて、さかんに走り回り、吠えたてます。道長は立ち止まって、あたりを御覧になりました。しかし別に変った事はありません。道長はさらに寺の中へ入りました。すると今度は犬が道長の衣の裾をくわえて引き止めます。
道長は「きっと何かわけがあるに違いない」と思い、寺のなかに入るのをやめて、お供の者に椅子をもって来させ、椅子のうえにお座りになりました。そして占い師の安倍晴明をお呼びになって、このことをお話しになりました。安倍晴明はしばらく目をつぶり、深く物を考え込むような様子をして、こう申しました。
「おそれ多くも道長様を恨む者が呪いの品物をこの道に埋めて、その上を道長様が通るようにしているのでございます。道長様の運はまことに素晴らしい。また道長様は物事を慎重に考えていらっしゃるので、この犬が吠えてお知らせしたのです。犬はもともと神通力を持っている動物でございます」と言って道の真ん中を掘ったところ、赤色の茶碗を二つ合せて黄色の紙を十文字に縛ってある物が見つかりました。その紙を開いて見ると中には何も入っておらず、ただ、朱の顔料で「一」という字が書かれていました。
安倍晴明が、「この術は最高の秘術です。私のほかに知っている者はおりません。ただし、ひょっとすると道魔法師のしわざかも知れません。道魔法師は秘術にくわしいので…」と言って、ふところから懐紙を取り出して、紙を鳥の形に切り抜いて、呪文を唱えて空に投げ上げました。すると、その鳥形の紙は白い鷺になって、南をめざして飛んでいきました。安倍晴明が、「この鳥が降りて止まる所が、道長様に呪いをかけた者の住んでいる所です」と言うので、道長のお供が鳥を追いかけていきました。すると鳥は大きな寺院の中に降りました。
道長のお供が寺院の中に入って捜索したところ、一人の老僧がいました。すぐに老僧を捕えて、道魔法師の行方を問いただしました。道魔法師はすぐに捕まって、藤原道長のライバルである藤原頼宗の頼みを受けて呪いの術を行ったことを白状しました。藤原道長はいつも慎重で配慮深かったので、道魔法師の呪いを避けることができたのであります。
その藤原道長が立てた寺を法成寺と呼んでいます。法成寺には観世音菩薩をひたすら信仰する一人の僧侶がいました。その僧侶は三十日のあいだ観音経というお経を読み続ける修業を行って、遠くの人の姿が見えたり、死んだ人の声が聞こえたりする不思議なちからを身につけました。それで多くの人々が僧侶を拝みに訪れました。
藤原道長はその噂を耳にしてこの僧侶に会い、いろいろ話をして、そのあと、「この僧侶は修行の力によってふしぎな霊験のちからを得たようだが、なにせ慎重に考えることをしない僧侶である。おそらく最後には魔物にだまされてしまうだろう」と言って御殿に帰って行きました。
さて、その次の日のことです。その法成寺に美しい天女が紫の雲に乗り、美しい音楽を奏でて空から下りて来ました。天女たちは僧侶が住んでいる部屋のまえの庭に降り立ちました。部屋のなかに入ってきて僧侶を尊敬していることを僧侶に伝え、僧侶を大きくて立派な車にのせ、天女も車も紫の雲にのって空のかなたに消えて行きました。それを見ている人たちは、みんな不思議な思いにかられて青空を見ていました。
そして、それから五日後のことです。北山のふもとに住む木こりがキノコを採りに山に入ったところ、ものすごく高い木の上に蚊が鳴くような声で人の声がしました。木こりは不思議に思い、村の人たちに知らせました。多くの村人たちが集まって木の上を見上げると、どうやら人が木の上にいるようです。しかし、人が簡単に登れるような木でもない。しかたがないので木登りの名人を呼んで木の上に登らせたところ、一人のどこかの坊さんが荒縄で木の先端に縛りつけられていました。
木登りの名人は何とか坊さんを地面に下ろしました。すると、なんと坊さんは、あの法成寺で観世音菩薩を信仰して不思議なちからを身につけた僧侶でありました。人々は「おどろいた」などと言うどころではありませんでした。人々が僧侶を法成寺に連れて帰り、そのあといろいろ看病したので僧侶は命だけは取りとめたけれども恐怖のあまりに気が狂ってしまいました。法成寺を作った藤原道長は慎重だったから危険を避けることができましたが、法成寺に住んだ僧侶は慎重に考えることをしなかったから魔物に憑りつかれてしまったのでした。
(『十訓抄』巻第七の2と『十訓抄』巻第七の21を翻案)
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