《谷口雅春先生に帰りましょう・第二》

 

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本日、「新編『生命の實相』の正統性と優秀性を説明いたします」を公式発表しました!! (14983)
日時:2024年02月01日 (木) 08時28分
名前:護法の天使

 本日(令和6年2月1日)、公益財団法人生長の家社会事業団は、その公式ホームページに、ニュースリリースとして、「新編『生命の實相』の正統性と優秀性を説明いたします」を、「谷口雅春著作編纂委員会」として公式発表しました。

 サイトアドレスは次のとおりですので、クリックしてご高覧ください。

http://www.seichonoie-sj.jp/img/info10_202402.pdf

 この公式発表は、新編『生命の實相』の発刊以来、一部のインターネット等で流布されていた虚偽の風説に対して、断固として真実を説明し、明白かつ決定的な多くの証拠を提出するものであります。

 以下、新編『生命の實相』の発刊の由来と意義について簡単にご説明いたします。

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 聖典『生命の實相』は昭和七年一月一日に初版が出版され今日まで累計約二千万部の永遠のベストセラーであり、多くの外国語にも翻訳出版され、全国全世界の人々が救われてきました。

 昭和20年、大東亜戦争の敗戦に全国民が打ちひしがれる中、谷口雅春先生は「生長の家立教の使命を成就せんが為に」と、祖国再建の大構想である「生長の家社会事業団の設立」を国民に発表されました。

 そして深い神慮に基づき、み教えの根幹である聖典『生命の實相』及び聖経『甘露の法雨』と多くの神示等の著作権を生長の家社会事業団に永遠の基本資産として寄附されたのです。 

 ところが平成21年、谷口雅宣総裁の現教団は「事業団は著作権者ではない」と強弁し、『生命の實相』等の発行差止の訴訟を起こしました。

また、谷口雅春先生は終戦時にそれまでの天皇観・国家観を廃棄されたので『生命の實相 神道篇』(古事記と日本国の世界的使命)の復刊は許さないとの暴論を主張したのです。

 生長の家社会事業団は『生命の實相』を護る正義のたたかいを行い、最高裁判所で勝訴するとともに、谷口雅春先生を学ぶ会及び光明思想社と「新編『生命の實相』奉讃会」を結成し、全国の尊い支援者のご奉讃により、平成24年から新編『生命の實相』の順次刊行及び聖経・神示集等の刊行を行ってきました。

 本年いよいよ新編『生命の實相』全65巻成就の年となりました。

 ブラジルでも、順次、新編『生命の實相』のポルトガル語翻訳、発行が進められてきました。

 新編『生命の實相』こそ、混迷する現代の世界に大いなる救済の光を掲げる燈台となるものであります。


 最後に、国立国会図書館の膨大な図書資料や、最高裁判所の判例データベース等を詳細にご調査いただいた熱意あるボランティアの協力者の方々に心から感謝申し上げます。

 なお、今回の公式発表の内容は、最も重要な核心部分とその裏付けである決定的証拠について発表するものであり、いわば“パイロット版”とも言うべきものですので、今後、ご協力いただける皆様のお力添えにより、順次、内容を増補いたしたいと存じます。

 

素晴らしい内容に感動しています! (14984)
日時:2024年02月01日 (木) 17時52分
名前:「谷口雅春先生を学ぶ会」会員


合掌 ありがとうございます。

本年は、尊師・谷口雅春先生が心魂を傾け著述された全人類の聖典『生命の實相』が新編全65巻として発刊・成就する年であり、この喜びを力に、私たち一人ひとりも、新編全巻を拝読して、信仰の新生をはかりたいと念願しています。

しかし、悲しいことに、一部には、その新編に難癖をつけ、その運動に水をさそうという人達がいるのも事実です。

それに影響を受けて、当会を離れていった人もいます。

私の知人は、そういう現状を憂え、こういうネット情報には早急に対応しないといけないと助言してくれていました。

しかし、それには、きちんとした「事実」に基づく必要があります。

『生命の實相』のこれまでの出版事情に明るい人でないと、その真偽について言及するのはとても難しい、そう思っていました。

ですから、今回の「見解」は読んで、本当に嬉しく思いました。

詳細にわたって、ネット情報のあやまちを見事に剔抉してくれていたからです。

早速、知人にもこれを知らせたら、本当に喜んでくれました。

ネット情報に振り回された人たちに、きちんとこれを伝え、新編の素晴らしさを胸をはって勧めてまいります。

本当にありがとうございました。

再合掌

「頭注版のそのままの再出版」を主張する人がいることにビックリしました! (14985)
日時:2024年02月02日 (金) 11時43分
名前:「谷口雅春先生を学ぶ会」会員

合掌 ありがとうございます。

今回の社会事業団から出た「見解」を読ませていただき、一体、何故、新編『生命の實相』の発刊に、こんなにも〝難癖〟をつける人達がいるのか、それがとても不思議でなりませんでした。

で、ある方から、それならばハルドルネーム「立葵」さんの投稿を読まれたらいいと伺い、早速、熟読させていただきました。

それを読んで、〝難癖〟をつける人達がどういう種類の人であるか、私なりに合点がいきました。

こういう人達が、ネットを通じて、新編の発刊に足をひっぱっていたのか。

そういう言説に惑わされて離れたいった人達がいるかと思うと、何とも哀れで、残念というしかありません。

「立葵」さんの投稿は、改めて、ぜひ、多くの人に読んでほしいと思うものです。

そこで、その重要な投稿をここにご紹介させていただく次第です。

〈新編『生命の實相』の復權を希ふ思ひを整理する機會を與へていただき感謝いたします(其の一) (14665)
日時:2023年03月15日 (水) 07時18分
名前:立葵

※一連の投稿の最終投稿

(其の六)「著者は谷口雅春先生」 ― 新編を『生命の實相』全集の一つとして認めない自稱(自称)篤信家諸賢に畏れながら申し上げます (14731)
日時:2023年04月29日 (土) 14時45分
名前:立葵〉

この投稿は、新編の素晴らしさを再認識する上でも、実に有益と思います。

私自身、この投稿で大いに目を見開かされる思いがいたしました。

中でも、驚いたのが、表題にあるように、新編を批判する人の中に「頭注版のそのままの再出版」を主張する人がいることでした。

しかし、考えてみれば、なるほど、新編を批判する人は、そもそも新編は要らない、そのまま頭注版でいいと言っているも同然なのですね。

私に言わせば〝頭注版絶対信仰者〟〝頭注版無謬論者〟とでもいいたいくらいです。

しかし、それに対して「立葵」さんは、丁寧な言葉遣いをもって、その非を指摘しています。

私も、頭注版を愛読していた一人ですが、頭注については、常々、これでいいのかと疑問に思っていました。

その意味で、「立葵」さんの、例えば、これなどは実に的を射た指摘だといわざるをえません。

〈例へば頭注版第36巻26頁に「ジフテリア」の語注として「法定伝染病の一つ。」といふ説明がありますが、法定傳染病は「伝染病予防法」によつて定められてゐた疾患のことでしたがこの法律は平成11年に感染症法の施行によつて廢止されました。ですから今日では法定傳染病の元となる法律が存在しなくなつたため、當然注記にも改訂が必要となるかと思ひます。〉

加えて、私などのような年配者にとっては、年々、小さい文字を読むのが辛くなってきておりまして、そういう意味でも、頭注版の再出版でいいという論には、とても納得がいきません。

〝頭注版絶対信仰者〟〝頭注版無謬論者〟の方には、まだまだ言いたいことがありますので、稿を改めて書いてみたいと思います。

再拝


「頭注版」にはこんなにも語句の書き換えがあったのか、これでは尊師の真意が伝わらない…?! (14986)
日時:2024年02月02日 (金) 15時29分
名前:「谷口雅春先生を学ぶ会」会員


合掌 ありがとうございます。

「立葵」さんの投稿によって、私たちが親しんできた「頭注版」には、語句の書き換えがあったという驚くべき事実が明らかになりました。

語句を勝手に書き換えるなんて、それこそ、尊師のお心に反するものではないのでしょうか。

〝頭注版〟のみを絶対であるかのように思い込んでいる向きには、ぜひ、虚心坦懐、この事実から目を背けないでほしいと願わずにはいられません。

その詳細については、「立葵」さんの投稿に譲るとして、私なりに、これは決して看過しえないと思ったもののみを、以下、列記させていただきます。

なお、右の語句が「頭注版」において書き換えられたものです。

○現実世界→現実社会
…「世界」と「社会」とでは、語感が違います

○詮じつめて→煎じつめて
…「立葵」さんもこの違いをこう記しています。 
「詮ずる」=筋道をたどつて深く考へること
「煎じる」=煮出すこと
これはヒドイ。
全然、意味が違うでしょう。

○線であるかの如く→線であるごとく
…「かの」が削除されたことでその意味合いは微妙に違ってくると考えます。
それでは、その当該箇所の文章を引いておきます。

★新編『生命の實相』第24巻「倫理篇」(30頁)
《…定規で描いた直線が芸術に非ずして機械的必然の線であるかの如く、吾々人間の動きは機械的必然の支配するところとなって、生活でも道徳でもなくなるのである。》

★頭注版『生命の實相』第14巻「倫理篇」(21頁)
《…定規で描いた直線が芸術に非ずして機械的必然の線であるごとく、われわれ人間の動きは機械的必然の支配するところとなって、生活でも道徳でもなくなるのである。》

○大天文学者にして→大天文学者で
…「立葵」さんは、これをこのようにうまい表現をしています。
〈「神は生命にして」「神は愛にして」を「神は生命で」「神は愛で」と歌ひ替へられますか?〉

○発揮する所以→発揮すること 

○僻見(へきけん)→偏見 

○宝輦(寶輦)→鳳輦 
…その違いを「立葵」さんがこう説明しています
「宝輦(寶輦)」=天子の車(ここでは淨飯王の普段のお出ましの時の車)
「鳳輦」=卽位の時などの正式な乘り物

○迷わぬ人ほど悟りにくく→迷わぬ人こそ悟りにくく
…「ほど」を「こそ」に取り替えては意味が違ってきます

ここに挙げたのは、ほんの一部です。

これだけを見ても、〝頭注版〟には少なからぬ問題点があると言っていいのではないでしょうか。

「立葵」さんは、このような語句の書き換え、或いは、漢字をカナに変換したりしている箇所を、よくぞここまで調べ上げたものだと感嘆したくなるほど、列挙してくれています。

それでも、「頭注版」の再出版でいいと言い張りますか?

いい加減、目を覚ましてほしいものです。

再拝


「谷口雅春先生を学ぶ会」会員様。大変です。則天去私という人が貴方様への猛烈な批判を言いだされました。しかしご安心ください。則天去私という人がその則天去私さんの猛批判を「嘘に基いている」と証明していらっしゃいます。 (14987)
日時:2024年02月02日 (金) 22時37分
名前:余計なお節介あんぱんマン

「谷口雅春先生を学ぶ会」会員様

突然の余計なお節介、お許しください。

悪いとは思ったのですが、則天去私という人が貴方様に猛烈な批判を言いだしておられるのを見つけたので、「お気の毒だが、お知らせしておこう」と思って横から割りこませていただきます。

則天去私という人が貴方様の、「頭注版のそのままの再出版」というお言葉を猛烈に批判しておられます。

それは則天去私さんご自身のブログらしい場所で語っておられる記事、

「谷口雅春先生を学ぶ会」会員(旧破邪顕正)学ぶ会代表へ
http://tecnopla1011.blog.jp/archives/88562425.html
です。

ここで則天去私さんは、

   私は【「頭注版のそのままの再出版」を主張する人がいる
   ことにビックリしました】にその言葉に反対に驚きました。
   …私の意見は頭注版ではそのままでは出版出来ないと
   思っています。

と言って、貴方様の御意見を「嘘」であるかのように否定し、厳しく批判しておられます。

「谷口雅春先生を学ぶ会」会員様。

嘘はいけません。

もし貴方様が嘘を語られたのならば貴方様は苦しい立場に追い込まれるでしょう。

しかしご安心ください。

たまたま発見したのですが、則天去私という人が、貴方様が嘘を語ったのではないことを明らかにしておられます。

それは則天去私という人の2014年10月08日の記事、
『谷口雅春先生著作年譜表』もそろそろ終わりかな
http://tecnopla1011.blog.jp/archives/14558252.html
です。

この記事のなかで則天去私さんは、

   私も新編『生命の實相』を出版されるのを楽しみにして
   いましたが、数ヶ月前に書きましたようにこのままだと
   20年以上かかります。もうそんな猶予などありません。
   …大きな反対もあったにも関わらず強引に出版した責任
   を感じて頂きたい。

と、自信たっぷりでお叱りになり、その次に、

   頭注版の新版でよかったと思います。それを65巻にまでして
   しまった責任を感じて頂きたい。何故、そんな事までして
   得策ではないことをしたのであろう。
   
   …私は「雅春先生」がいままで為されたことを変えなくて
   いいのではないかと思います。今更ながら悔やんでも
   悔やみきれない失態だと思っています。

と、はっきりと「頭注版の新版」を出版すべきだったと語っておられました。

雅春先生が今まで為されたことを変えなくていい」ともお説教でした。

これによって、少なくとも「頭注版のそのままの再出版」というお言葉については、則天去私さんが、「則天去私さんの猛批判が嘘に基いている」ことを証明し、さらに、「貴方様が嘘をついていない」ことも証明なさったので、突然ですが一応連絡いたしました。

突然割りこんでしまい、どうも失礼いたしました。


余計なお節介あんぱんマン



堂々と (15036)
日時:2024年03月03日 (日) 21時12分
名前:※個人の感想です。

こんなに長々と言い訳を書かなくても
「著作権」を持ってるから章立てを変更しても大丈夫という自負があるならば、外野がなんと言おうと騒がず慌てず大いに頒布されたらいいと思います。反対勢力に反応したら負けやと思いますよ。
「世の人はわれをなにともゆはゞいへわがなすことはわれのみぞしる」

ここからは個人の感想ですが、
頭注版になれ親しんでいるからかも知れないですが
章立てには違和感しかない。
改めて生命の實相を拝読すると章立ての大切さが分かりました。

表紙の方も
生長の家の信徒なら『生長の家大神』の神像に心惹かれて購入する方もあるかも知れませんが
谷口雅春先生も『生命の實相』も何も知らない全くの新しい方が
書店またはWEB上で興味を持って手に取ってともらえるような表紙ではないと思うのです。
(世にいう『ジャケ買い』がないのでは)
加えて
装丁の割に1冊のお値段も高い。
生長の家信徒に向けてなのか、
新しい人に向けてなのか
イマイチ照準が分からない。

まとめ
人間智で章立てされ、生長の家オタクが装丁した本ということは間違いないと個人的に思いました。

上の記事、「堂々と(15036)」に対する反論が以前あったのに消えているので貼りつけます。 (15110)
日時:2024年03月22日 (金) 12時07分
名前:余計なお節介やきそばぱんマン

下の15071記事は内容に問題はなかったようで、しかも面白かったので、勝手にはりつけます。たまたま友達のフランスぱんマンくんが15071記事を記録してくれていました。



「※個人の感想です」さんの「堂々と(しろ)」に、堂々と反論しま~す。(15071)

                    日時:2024年03月07日(木) 21時12分
                    名前:余計なお節介ジャムぱんマン

「堂々と(しろ)15036」に、堂々と反論です。

こんなに長々と言い訳を書かなくても

だれも「言い訳」なんか書いてません。
しょっぱなからデタラメをかましてはいけませんよ。
「護法の天使」さんは「言い訳」なんか書いてませんよ~。

あなた様が護法さんやの主張を「言い訳」と勝手に決めつけているだけです。

それはネ。「個人の感想です」さん。あなたが「何とかして新編『生命の實相』をけなしたい」と思っているから、無理やり護法さんの発言を「言い訳だ」とこきおろして、自分が上に立った気になっているだけのことですヨ。

そんなことは、貴方の結論、「人間智で章立てされ、生長の家オタクが装丁した本ということは間違いない」で見え透いています(それに気づかないところが、何とも、かわいい…)


「著作権」を持ってるから章立てを変更しても大丈夫という自負があるならば、外野がなんと言おうと騒がず慌てず大いに頒布されたらいいと思います。

あなたが外野。
あなたは本来、関係ない人。
その外野が、「社会事業団は外野の声に騒ぎ、慌てている。だらしがない。社会事業団はもっと堂々としろ」と騒いでいるだけ。

…少し巧妙だけれど、見え透いている手法ネ。

ついでに、「大いに頒布されたらいいと思います」も、見え透いた手法。社会事業団は大いに頒布努力を行っている。それなのに、「大いに頒布されたらいいと思います」などと言っている…。

本心でないことがすぐにバレるような見え透いた親切ごかしを二度も振りまわすのは未熟な手法ですよ。(まさか…未成年?)


反対勢力に反応したら負けやと思いますよ。
そや。

そやから、あんたのような外野に反応したら負けや。それで、わてのような外野が外野で外野に反応してるのや。


「世の人はわれをなにともゆはゞいへわがなすことはわれのみぞしる」

護法さんや会員さんや餡さんは、あんたなんかに反応してへん。

外野のくせに「外野の声に慌てるな」と外野から騒いどるあんたなんかに反応もせず騒いでもおらん。

わかったか。われ。


ここからは個人の感想ですが…。

もっと堂々と言いなはれ。

「感想です」などと、隠れ蓑を使いなさるな。


頭注版になれ親しんでいるからかも知れないですが…。

ここから最後までが本音ネ。

最後まで、「新編『生命の實相』はダメ」という本音。

「頭注版になれ親しんでいるからかも知れないですが…」は、もろ言い訳ネ。

しょっぱなに、「こんなに長々と言い訳を書かなくても…」と説教した貴方が、「頭注版になれ親しんでいるからかも知れないですが…」などと言い訳を言っている…。遠慮しいしいの物言いが少しかわいい。


まとめ。(新編『生命の實相』は)人間智で章立てされ、生長の家オタクが装丁した本ということは間違いないと個人的に思いました。

おや。

なんと…。

なんとまあ…。

「個人の感想です」さんは最後まで、「個人的に思いました」などと、「言い訳」じみたことを言っている。

しょっぱなで護法さんに、「こんなに長々と言い訳を書かなくても…」と、偉そうに説教した人が、このように、このように最後まで言い訳のようなことを言っているのは、「個人の感想です」さんの発言矛盾で~す。

しかし、「個人の感想です」さんが、「新編はダメ!」と言いたい熱意は何となくわかるような…。

それを思うと、「個人の感想です」さんは、かわいらしい…。
「個人の感想です」さんは今の「生長の家」ですね。
おかしいのは総裁だけなのかもしれませんネ。
「個人の感想です」さんに同情します。



護法の天使様の尊いご投稿を汚すなかれ (15111)
日時:2024年03月23日 (土) 20時26分
名前:新編『生命の實相』を愛する者

「余計なお節介やきそばぱんマン」並びに「余計なお節介ジャムぱんマン」なる者の投稿はあまりにもふざけすぎていると思います。

新編『生命の實相』を全人類に伝えんとする護法の天使様の魂の叫びともいうべきご投稿を汚されたような気分になりました。

管理人様、「余計なお節介やきそばぱんマン」並びに「余計なお節介ジャムぱんマン」なる者の投稿の削除してください。

お忙しいところ恐縮ですが何卒よろしくお願いいたします。

護法の天使様の尊いご投稿を汚すなかれ (15112)
日時:2024年03月23日 (土) 23時03分
名前:余計なお節介やきそばぱんマン

「新編『生命の實相』を愛する者」なる者の投稿はあまりにも偏向していると思います。

もともと新編『生命の實相』を全人類に伝えんとする護法の天使様の魂の叫びともいうべき親記事ご投稿14983を、上にある記事、「堂々と (15036)」によって汚されたような気分になっていたら、

「余計なお節介ジャムぱんマン」さんの15071が、「堂々と (15036)」に堂々と反論していらっしゃったので、それを貼りつけただけ。

それなのに、「新編『生命の實相』を愛する者」なる者は、

護法の天使様の14983を汚す「堂々と (15036)」を削除しろ…と、一言もいわずに、

「堂々と (15036)」に堂々と反論している15071だけを削除しろ…と、一方的に要求するだけ。

「新編『生命の實相』を愛する者」なる者は、本当は、護法の天使様の14983を汚したいのだ。

管理人様、「新編『生命の實相』を愛する者」なる者の投稿を削除してください。

お忙しいところ恐縮ですが何卒よろしくお願いいたします。





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