《谷口雅春先生に帰りましょう・第二》

 

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「この道はいつか来た道」 / MT君からの手紙 (1840)
日時:2016年06月08日 (水) 10時00分
名前:童子

こんばんは。

 今日は北海道帯広市です。羽田から帯広空港までのJAL便は、帯広上空の雲が厚く、視界不良のため、札幌千歳空港か、羽田へ行く(戻る)可能性を宣言した条件付き飛行でした。が、幸い予定通りの空港へ舞い降り、快哉を心中で叫びました。こちらの天候は小雨でしたが、帯広駅前の宿舎に着く頃は曇りとなったおかげで、妻と町を歩くことができました。

 気温は10~12℃と低く、肌寒い中、二人で“予定地”へ向かいました。3年ぶりの帯広ですが、こちらへ来ると「六花亭」を訪れるのが恒例でした。ここの新製品を見たり味わったり、親せきや家族に贈ったりします。今日は、加えてオフィスでの会議用にも菓子を買いました。

 この店の商品群の中に「この道はいつか来た道」という洋菓子を見つけたので1個買い、絵封筒としました。パイ皮に固形クリームをはさんだ菓子で、色やデザインが特段目を引いたわけではなく、そのネーミングに惹かれました。

 ちょうど今、私のブログで「日本会議」の政治的危うさについて書いている所で、かつての戦争を正当化して、憲法の改変を企図する彼らの運動を見ていると、この洋菓子の名前がピッタリしていると思ったのです。

 歴史から学ばない人というのはどこの国にもいるのですが、それがかつて私たちの仲間だったという事実は大変重く、責任を感じます。この菓子の名前のような「道」へ、日本が逆戻りしないこと、否、私たちがそうさせないことを誓いながら筆を置きます。

(天安門事件の日)      M・T  6/4/16  



    ・・・・

 >憲法の改変を企図する彼ら

 >それがかつて私たちの仲間だったという事実

 別に仲間だったと思ったことは無いのですが ・・・

 

 >親せきや家族に贈ったりします

  

親戚や家族? (1845)
日時:2016年06月08日 (水) 10時59分
名前:山本山

お母さんや兄弟に送るのか??ああ意趣返しのつもりか。小さな頭脳知で精一杯考えた結果がこれだからパヨクは・・・。

このお菓子を作った職人さんも一部の人によってひねくれた政治利用のネタにされていると知ったらさぞ迷惑でしょうね。北原白秋もあきれている。

奥方の御親戚に贈られるのではないかと思います (1849)
日時:2016年06月08日 (水) 14時37分
名前:コスモス

 以前からお正月には三重の奥様のご実家に行かれて、皆さんと共に新年を祝われていたと思いますので、御親戚はというのはそちらを指すのではないかと思います。

 それにしても、この文章を拝見して、怒りが沸々と湧いてきました。

 谷口雅春先生の念願であった憲法改正(本来は明治憲法復元が法的にも正しく、その後、改正される訳ですが)は、それを指して、

 
 》歴史から学ばない人というのはどこの国にもいるのですが、それがかつて私たちの仲間だったという事実は大変重く、責任を感じます。この菓子の名前のような「道」へ、日本が逆戻りしないこと、否、私たちがそうさせないことを誓いながら筆を置きます《

 と述べておられます。

 今私達が目指している事は、まるでドイツのヒットラーの為した戦争犯罪と同等と言わんばかりの言いがかりのようにさえ取れます。何様だと思っていらっしゃるのでしょうか。

 》そうはさせないことを誓いながら《

 とは、誰に対して誓うのでしょうか。日本国民に対してですか?
 それとも共産党を含む、民進党などの野党全体に対してですか?

 総裁の思想の根本が理解できた今は、それを理解できた信徒ならば、今で言う所の「ドン引き」している事と思いますよ。 

 でも今はブーメランという言葉も流行っていますが、総裁は私達「原理主義者」に対して言っておられるお積りでしょうが、自分の今ある大恩人の、谷口雅春先生に対して述べておられる訳でもあるのですよ。

 大きなブーメランとなって帰って来ることは、心の法則から言って、まず間違いないのではないでしょうか。 再拝

 

日米戦争を起こしたのは誰か ルーズベルトの罪状・フーバー大統領回顧録を論ず  (1853)
日時:2016年06月08日 (水) 16時47分
名前:アクエリアン

>>ちょうど今、私のブログで「日本会議」の政治的危うさについて書いている所で、かつての戦争を正当化して、憲法の改変を企図する彼らの運動を見ていると、この洋菓子の名前がピッタリしていると思ったのです。<<

それにしても、かつて、教団機関誌で、大東亜戦争侵略論をぶち上げて以来、まったく、考え方が変わっておられませんな。

まさに、その思想的硬直性は、「歴史音痴」と呼ばれてしかるべきではないか。

 >>歴史から学ばない人というのはどこの国にもいるのですが、それがかつて私たちの仲間だったという事実は大変重く、責任を感じます。この菓子の名前のような「道」へ、日本が逆戻りしないこと、否、私たちがそうさせないことを誓いながら筆を置きます。<<

「歴史から学ばない人」

というのは、これを書いておられるご自身ではないのか。

少なくとも、生長の家の法統継承者を自認されるなら、宗教的先達としての開祖谷口雅春先生の大東亜戦争の宗教的、霊的、評価を、学ばなければならない立場でしょう。

谷口雅春先生は、御自身の宗教的総決算の書『碧巌録解釈』において、

「摂理としてあらはれた地上天国実現の聖戦が、彼の大東亜戦争であった」(『碧巌録解釈』前篇、二一一頁)。

と、説いておられます。

果たして、現総裁は、これまで、このような宗教的、霊的な、見解を説かれたときがあったのか。

それが、できないのなら、法統継承者失格といわれても仕方のないところでしょう。

ところで、従来のアメリカ側からの太平洋戦争日本侵略説を覆す資料がいろいろと出てきていますが、

フーバー元大統領の歴史論ともいうべき、フーバー大統領回顧録「裏切られた自由」などは、生長の家法統継承者、信徒、関係者の、必読文献ですが、フーバー元大統領はこの本の中で、次のように述べています。
_______

「日本との戦争のすべては、戦争に入りたいという狂人(ルーズベルト)の欲望であった」と私(フーバー)が言うとマッカーサーは同意した。

私は更に続けて次のように言った。

「1941年7月の日本への経済制裁は、単に挑発的であったばかりではない。それは、例え自殺行為であると分かっていても、日本に戦争を余儀なくさせるものであった。なぜなら、この経済制裁は、殺人と破壊を除く、あらゆる悲惨さを日本に強制するものであり、誇りのある国ならとても忍耐できるものではないからだ。」この私の発言にもマッカーサーは同意した。
_______

このフーバー元大統領の評価、認識、は、非常に重たいものがあると思います。

あの戦争は、アメリカ側からの挑発で起こったのだと結論づけているわけです。

内容紹介

アメリカの封印50年 今、事実が鮮明に! !
「日米戦争を起こしたのは狂人の欲望であった」と私が言うとマッカーサーも同意した。“I said that the whole Japanese war was a madman's desire to get into war. He (MacArthur) agreed."
50年の封印を開き、2011年に刊行された元アメリカ大統領フーバーの衝撃の大著。 “FREEDOM BETRAYED Herbert Hoover's Secret History of the Second World War and Its Aftermath"(2011)

米国民をたぶらかし、日本に戦争をしかけ、蒋介石とスターリンに莫大な軍事援助を与え、世界に惨劇をもたらした誤った政策の数々。フーバー自身が蒐集した膨大な資料に基づき、つぶさに検証した大著=第二次世界大戦史の内容を紹介、討論する。同時に第二次世界大戦さえ回避できたとするウェデマイヤー将軍回顧録も紹介、三人の論客が徹底討論して、東京裁判の無効を明かにし、自虐史観を完全に払拭する。

カスタマーレビューより

「歴史家」フーバーの慧眼
投稿者閑居人殿堂入りベスト100レビュアー2016年1月27日
単行本(ソフトカバー)

 「大統領フーバー」と言えば、「1929年の大恐慌」に対応できず、F・ルーズベルトに大統領の座を明け渡せざるをえなかった「無能な大統領」と一般には記憶されている。しかし、それは事実ではなく、優れた鉱山技術者、経営者、人道的配慮に優れた政治家、そして「歴史家」であった。
 フーバーは、1964年の死の直前に完成させた「裏切られた自由( Freedom Betrayed)」の中で、「第二次大戦」と、戦後の「ソビエトの東欧支配」「中華人民共和国の成立」「戦後冷戦世界」を招いたF・ルーズベルトの責任を厳しく批判した。
その骨子を特に日本との関係で言えば、「1941年の開戦に至る前の日米交渉において、アメリカは開戦を前提に経済戦争を仕掛け、日本を挑発し続けた」「日米戦争はアメリカが仕掛けた戦争である」「原爆投下の必要はなく、その重みは今もアメリカ国民の上にのしかかっている」・・・こういったものである。
1948年のCh.ビーアドの批判、1958年、ウェデマイヤーの回顧録、1976年、ハミルトン・フィッシュの回顧録。1960年代後半から我が国でも公刊されたこれらの書物の読者であった人々にとっては、もはやF.ルーズベルトが「愚かで狂気に満ちた大統領だった可能性」への疑いは、驚くことではないだろう。
本書は、誰もが読みこなせる訳ではない900ページに及ぶ原著から、フーバーが特に指摘する「アメリカが国策を誤った十九のポイント」の一つ一つに解説を加え、「第二次大戦の真の原因」と「アメリカの誤りが現出させた戦後世界」を批判するフーバーの主張を日本の読者に分かりやすく伝えようとする書物である。
その中で、「第一の過ち」として取り上げているのが「1933年の国際経済会議の失敗」である。時系列的に取り上げている最初に置かれた問題であるが、FDRの国務長官コーデル・ハルが後に「第二次大戦の起源」としてほかならぬFDRを厳しく批判した問題でもある。
 世界恐慌を乗り切るために、イギリスの「スターリングブロック」をはじめとするブロック経済が1930年代の世界経済をさらに深刻化させていったが、そのきっかけが、1933年、フーバーの求めで開催されたオタワ経済会議だった。フーバーは、ときの大統領であり、この会議の失敗の責任は大きい。その上で、FDRが協調経済政策をつぶして、ブロック経済に舵を切ったことの後々に与えた影響を問いかける。
 FDRの「ニュー・ディール」は、実は失敗し、一千万人の失業者を出し、その隠蔽に追われたFDRが「戦時経済体制」による救済を図ったのではないか。そういう議論は以前から存在したが、フーバーは、その核心を解き明かそうとする。
フーバーは苦学して鉱山技術者になった人間であり、人間観察は、リアリズムの世界にあった人である。1900年当時は、新婚者として清朝末期の支那を経験した。「義和団事変」で危機にさらされた経験を持つ彼は、当時の支那人を「ほとんど国民全体が詐欺師的である」と評し、朝鮮半島については「日本の統治がなければ近代化されることはありえなかっただろう」と評している。戦前の日本に来たことはなかったが、アジアの現実を良く知る政治家だった。だからこそ、FDRの欺瞞が許されないものに考えられたのであろう。

 「覇権国家アメリカ」は、第二次大戦の戦果の下に成立した。従って彼らは、公的には、「不誠実な日米交渉」「不必要な原爆投下」「恥ずべきヤルタ協定」「政権内部に巣くった赤いスパイたちの暗躍」。「FDRの暗愚と狂気に満ちた判断」がもたらしたスターリンの野望と東欧の悲劇、中国の喪失と現在の脅威などを、率直に、正直に語ることは、なかなか困難なことである。それは、「アメリカの正義」という戦後世界の虚構を否定してしまい、アメリカの作り上げた「アメリカン・デモクラシーの神話」(実態はドルと軍事力の支配体制)をおとしめることになるからである。
 ただ、日本人は、戦後のGHQ占領とその後日本の学会とマスコミがアメリカに迎合して作り上げた虚構の歴史観から一刻も早く抜け出す必要がある。本書は、その意味で多くの示唆を与えてくれる。二十世紀に起きたことについて、公正で客観的な、バランスのとれた歴史評価ができるかどうか。それは、日本人である我々自身の問題なのである。

アクエリアンさま 有難うございます (1871)
日時:2016年06月09日 (木) 10時30分
名前:コスモス

 合掌 有難うございます。

 アクエリアンさまのフーバー大統領の回顧録を通して、先の大戦が、「日本国が悪い。日本が侵略したのだ」という単純な理論を今も尚主張し続けておられる雅宜総裁に対して、

 「これが真実である」と、この本を以て論破して頂き、有難く感謝いたします。まずはよく読まなければならないと思っております。文中のFDRとは、フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領の訳なのですね。

 「あめのうずめ」さまが、加藤尚武なる人物について調べて書いておられますが、

 》加藤尚武(真樹朗、東大、60年東大教養学部自治委員長、都学連中執、1937年-)は後に大学教授《

 という経歴の持ち主で、全学連の活動家であった人だと解りました。

あめのうずめさまは、

 「今まで理解できなかった、自然との共生、新しい文明の構築、人間は自然の一部であるという雅宣総裁の諸説は、実に“地球全体主義”の主張から来ていたと考えて間違いないでしょう。

 いわゆる“新しい教え”とは、加藤尚武氏の思想の「宗教バージョン」に過ぎなかったという事になります。」

 
 と書いておられますが、その通りであったという事ですね。

 宗教家として、世界最高の教えである、谷口雅春先生が説いておられる「唯神実相哲学」など、理解できていない雅宜総裁は、自分の身丈に合う、

 元全学連の活動家の主張に飛びついた訳です。「これなら自分にも出来る」と思った事でしょう。

 私が許せないのは、信徒をリードするために、「谷口雅春先生の教えを自分に都合よくピックアップして誤魔化す」という手法で、
大聖師を利用している事です。

 それはまやかしのお経にも利用されていて、「谷口雅春先生を道連れにして利用して、信徒を黙らせる」という、極めて卑怯な手法を用いている点です。本当に卑怯だと思います。

 生長の家の信徒にとっては、今は谷口雅春先生の教えが眩まされている末法の世ですが、何としても、灯りを高く掲げて、

 「ここに真物の教え在り!」としっかりと歩みを続けなければならないと思っております。

 インターネットの時代になり、日毎に、いえ、数分ごとに世界の情勢は変わって来ているというのに、そしてどのような歴史的な出来事であろうと、

 その真実がどんどん明かされているというのに、第4インターの時のトロい頭のままで、頑迷に「日本侵略論」を振り回している総裁こそ、「歴史に学ばない人」であり、「謙虚に学ぶ姿勢を放棄した人」であると思います。

 そして現総裁は、自分から信徒に禁止事項を出しておきながら、自分がまずその禁を平気で破るという、稀にみる矛盾を犯しまくる人である、という事です。

 現・東京都知事に劣らぬ、恥ずかしい人であると思います。


コスモス様 ありがとうございます (1882)
日時:2016年06月09日 (木) 20時10分
名前:アクエリアン

ご丁寧なコメントありがとうございます。

大東亜戦争の意義を考える上で、非常に重要な著作になるであろう、フーバー元大統領の回顧録は、今、アメリカの政治思想に詳しい翻訳者によって、日本語訳に取り組まれているということです。

このフーバー元大統領の回顧録の翻訳は、大東亜戦争評価、認識の、「Sea Change(大変化)」の契機になるのではないか、そんな気がしていまして、非常に楽しみにしています。

現総裁が教団機関誌に大東亜戦争侵略論を展開されていたときに、教団が、徹底的に批判しきれなかった、という時期が、教団の方向性が反日思想へと向かうターニングポイントになったのではないかと私は思います。

大東亜戦争侵略論を教団機関誌に掲載するということは、戦後の生長の家の愛国運動を否定する行為であり、異質な思想の持ち主が教団のトップに侵入してきたのだということであり、教団が全力を挙げて、これを阻止しなければならなかった。

それが、できなかったというところが、教団の組織の甘いところであり、今後、生長の家の愛国運動、日本国実相顕現運動を展開していくにあたって、教訓とすべきものではないか、そんなことを考えています。

もうあれですね、歴史音痴の人、というか、霊的に幼い人が、教団トップに立つという、起こってはならないことが、現実に起こってしまった、ということが、生長の家教団の衰退の始まりであり、この流れを何とかしてストップさせなければ、生長の家教団は、日本において、忘れられた存在になってしまいかねないので、これではダメであり、谷口雅春先生の思想、教えを信奉しておられる方は、日々の生活の中で、谷口雅春先生の教え、思想を、このネット社会で、伝えていくという意識を持つ必要があるのではないかと思っています。

破邪顕正さんの言うところの、 “悟り派”“サロン派”に堕落しないように、心していきたいと思っております。

別に仲間だったと思ったことは無いのですが ・・・  (1884)
日時:2016年06月09日 (木) 20時41分
名前:中仙堂

別に仲間だったと思ったことは無いのですが ・・・

實に冷ややかなことばですね。
一緒に光明化運動をしていても、
一青年会員だった時も、
副総裁だった時も、
総裁に成ってからも

別に仲間だったと思ったことは無いのですが ・・・

そんな調子だから、
簡単に多くの仲間、信徒、幹部を裏切る事が出来るのだと思います。

四無量心:

仏が4種の方面に心を限りなく配ること。 (1) あらゆる人に深い友愛の心を限りなく配ること (慈無量心) ,(2) あらゆる人と苦しみをともにする同感の心を限りなく起すこと (悲無量心) ,(3) あらゆる人の喜びをみてみずからも喜ぶ心を限りなく起すこと (喜無量心) ,(4) いずれにもかたよらない平静な心を限りなく起すこと (捨無量心) 。

そのどれをとっても、総裁からは些かも四無量心とやらは感じる事ができません。

自他一体とは其処が大事な所だと思います。

別に仲間だったと思ったことは無いのですが ・・・

と常に周囲に違和感を感じられて居られるのでしょう。

山川草木国土悉皆成仏も

別に仲間だったと思ったことは無いのですが ・・・
じゃ、

釈迦も、尊師も浮ばれないです。

唐松ブログより「今回の参院選では、与党に投票しないでほしい」というメッセージ (1886)
日時:2016年06月10日 (金) 00時18分
名前:あめのうずめ

2016年6月 9日 (木)



『日本会議の研究』について (2)




 表題の著書を本欄で私が推薦した理由は、もう一つある。それは、7月の参院選に臨んで、現在の安倍晋三首相が率いる強権政治の裏に、何が隠されているかを読者に知ってほしいからだ。もっと端的に言えば、私の伝えたいメッセージは「今回の参院選では、与党に投票しないでほしい」ということである。その理由は、すでに生長の家の公式サイトに掲載された声明文にやや詳しく書かれているから、読者はそれを読んでほしい。 



 が、ここでごく簡単に言えば、これまでの安倍晋三氏の言動から判断すると、彼は私たちの運命を左右する絶大な権力を委託されている一国の長として、信用できないからだ。さらに、表題の書が警鐘を鳴らすように、安倍氏の言動の淵源が日本会議を牛耳る元生長の家の政治運動家の思想にあるとしたならば、安倍氏の個人的資質に加えて、彼の政治基盤そのものが信用できないからだ。 



 私は、安倍晋三氏個人に対して恨みや敵対心などもっていない。だから、彼が日本国の首相ではなく、大臣でもなく、何の役職もない自民党の一政治家であったり、政治評論家であったり、ジャーナリストである場合には、このような文章を公表することはなかっただろう。しかし、現在の安倍氏は、日本国最大の権力者として、国会における単独過半数の議席の勢いを得て、あってはならない憲法の“解釈改憲”を実際に行い、政治の監視役であるジャーナリズムに圧力を加え、日本の将来を担う青少年の価値観を左右する教科書の選定に介入してきた。このような言動の原因が、冷戦時代に生長の家が掲げた政治思想に頑なにしがみつく元幹部の“功績”にあるとしたならば、私は現在の生長の家の責任者として、「その道は、宗教的にも政治的にも間違っている」と声を大にして訴える責任を感じるのである。 



 日本は自由主義、民主主義の政体を選んで1世紀以上たち、その間には多少の紆余曲折はあったにせよ、これらの価値観と理想から退くのではなく、その実現に向かって前進する方向に歩み続け、今日にいたっている。この現代史の歩みの中では、わが国のみならず、世界中の多くの人々が、政治権力による弾圧や拷問、自由の剥奪、民族浄化、そして戦争などの犠牲になって死んでいった。また、自由主義・民主主義を採用していない一部の国家や地域では、現在も政治権力による弾圧や拷問、自由の剥奪、民族浄化などが行われている。人類全体が、多大な犠牲を払い、痛恨の念とともに歩んできたこの歴史の道程を軽視し、表面は美辞麗句を並べて国民を欺きながら、本心では自分たちの都合に合わせて歴史逆転を図る種類の人物がもし存在し、その人物が今の政権中枢に存在するというならば、私はこれまでの“政治への寡黙”を排して、言うべきことは言おうと思う。 



 読者に改めて問いかけよう。安倍首相とその側近の人々は、まず「誠実」であるだろうか? 政治家が「誠実」と言われるためには、言行一致が必要である。民主主義の制度下では、政治は議会(国会)を通じて行われる。議会は、様々な考えの人々が国民の代表として集まり、「言葉」を使って議論を戦わせる。だから、政治家の誠実さの指標としては、まず彼らの口から出る言葉が、事実を述べ、隠し立てがなく、論理的に整合しているかを見る必要がある。 



 この点について、6月4日の『朝日新聞』の投書欄から引用する-- 



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 「新しい判断」? 言葉軽すぎる 



 安倍晋三首相は、消費増税の再延期を発表しました。延期の是非は別として、“新しい判断”を理由に以前の約束をほごにすることなど、子どもでもしないでしょう。一国の首相の言葉がこんなに軽くていいのでしょうか。 

 ここ数年、安倍首相の言葉を聞くたびに不信感が募ります。 

  例えば、2013年の五輪招致のプレゼンテーションでは、福島第一原発の汚染水について「アンダー・コントロール」と言い切りました。しかし、コントロールにはほど遠い現状です。 

  14年11月には、消費増税について「再び延期することはないと断言する。確実に引き上げていく」と述べていました。 

 一方、安倍首相は昨年の国会で、テロ対策に関連して「国民の命、安全を守ることは政府の責任であり、その最高責任者は私だ」と語りました。私は自分の命と安全を預けることはできません。 

  間もなく参院選。私たちは、政治家の言葉に、より一層、耳を傾けます。首相の言葉の空しさを反面教師として、真実が語られているのか、ごまかされていないか、国民のための言葉なのかを聞き分けていきたいと思います。 

                     主婦 清水芳枝 (神奈川県、65) 

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 世の中には、「政治家は必ずしも誠実でなくていい」という考えの人も少なくないことを、私は知っている。現在の中国や北朝鮮には、誠実でない政治家はいくらでもいるだろう。また、戦前の日本にもそんな政治家は沢山いたであろう。しかし、民主主義という政治の仕組みを真面目に考えるならば、政治家の基本的資質として「誠実さ」が求められることは、当然である。逆に言えば、国民の代表として選挙で選ばれた政治家がウソつきであった場合、彼または彼女はどうやって「民主」を実現するのだろうか? もちろん、選挙前の公約が、選挙後に守られないことは珍しくない。しかしそれは、政治家が初めからやる気がないことを公約したというよりは、実行困難なことを知りながらも、自分の政治家としての目標や、実現したい政策を述べたと考えるべきだろう。だから、選挙で議員となった政治家は、選挙前の公約と逆方向の政策を自ら推進することはできないはずだ。(もちろん、例外的な人もいるが、その人は「政治家」の名に値しない。) 



 しかし、安倍首相には、そういう民主主義下の政治家としてのあるべき資質が、欠けているように見受けられる。自らの権力維持と政策実現のためには、国家の財政破綻や社会保障費の不足はやむを得ないと考えているフシがある。消費増税の延期をいとも簡単に、しかも薄弱な根拠のもとに宣言してしまった。10%への消費増税は、政党間の正式合意であり、法律にも定められた政策である。これを、「リーマンショック並の経済危機が来ないかぎり実施する」と言っていたかと思うと、G7の首脳会議で賛同を得たという口実を使って「リーマンショック並の経済危機が来ないように延期する」と、あっさり掌を返してしまったのである。この2つの言葉をよく読み比べてほしい。後者では、「前者の条件にならないように増税しない」と言っているのだから、今現在は、日本経済は前者の条件が満たされていないことを自ら認めているのである。これが安倍首相の言う“新しい判断”であるから、その内実はウソでなければ、いったい何をウソと言うべきだろうか? 



 このように簡単に国民を欺く人物が、わが国の首相であることを私は容認することができない。この人物が、日本の陸・海・空の自衛隊の最高司令官であることを思い起こすとき、戦前・戦中の軍部の独走の結果が脳裏をよぎり、日本国の将来――いや、今現在の日本の外交・防衛政策の危機が来ていると考えざるをえないのである。 



 谷口 雅宣

教団方針を発表!「与党とその候補者を支持しない」 (1888)
日時:2016年06月10日 (金) 00時25分
名前:あめのうずめ

今夏の参議院選挙に対する生長の家の方針


「与党とその候補者を支持しない」


来る七月の参議院選挙を目前に控え、当教団は、安倍晋三首相の政治姿勢に対して明確な「反対」の意思を表明するために、「与党とその候補者を支持しない」ことを6月8日、本部の方針として決定し、全国の会員・信徒に周知することにしました。その理由は、安倍政権は民主政治の根幹をなす立憲主義を軽視し、福島第一原発事故の惨禍を省みずに原発再稼働を強行し、海外に向かっては緊張を高め、原発の技術輸出に注力するなど、私たちの信仰や信念と相容れない政策や政治運営を行ってきたからです。

戦後の一時期、東西冷戦下で国内が政治的に左右に分裂して社会的混乱に陥っている時、当教団の創始者、谷口雅春先生は、その混乱の根源には日本国憲法があると考えられ、大日本帝国憲法の復元改正を繰り返し主張されました。そして、その実現のために、当教団は生長の家政治連合(生政連)を結成(1964年)して、全組織をあげて選挙活動に取り組んだ時代がありました。しかし、やがて純粋な信仰にもとづく宗教運動が政治運動に従属する弊害が現れ、選挙制度の変更(比例代表制の導入)によって、政党と支持団体との力関係が逆転したことを契機に、1983年に生政連の活動を停止しました。それ以降、当教団は組織としては政治から離れ、宗教本来の信仰の純粋性を護るために、教勢の拡大に力を注いできました。

この間、私たちは、第二代総裁の谷口清超先生や谷口雅宣現総裁の指導にもとづき、時間をかけて教団の運動のあり方や歴史認識を見直し、間違いは正すとともに、時代の変化や要請に応えながら運動の形態と方法を変えてきました。特に、世界平和の実現など社会を改革する方法については、明治憲法の復元は言うに及ばず、現憲法の改正などを含め、教団が政治的力を持つことで“上から行う”のではなく、国民一人一人が“神の子”としての自覚をもち、それを実生活の中で表現し、良心にしたがって生きること。政治的には、自己利益の追求ではなく、良心(神の御心)の命ずることを、「意見表明」や「投票」などの民主的ルールにしたがって“下から行う”ことを推進してきました。

私たちは、社会の変革は、信徒一人一人が正しい行動を“下から”積み上げていくことで実現可能と考え、実践しています。その代表的なものは、地球環境問題への真剣な取り組みです。人間の環境破壊は、今日、深刻な気候変動を引き起こし、自然災害の頻発や、食糧や資源の枯渇、それにともなう国家間の奪い合いや国際紛争の原因となっています。この問題は、資源・エネルギーの消費を増やす経済発展によっては解決せず、各個人の信念とライフスタイルの変革が必要です。私たちはそれを実行することで、世界平和に貢献する道を選びました。

具体的には、私たちは宗教団体として初の環境マネージメントシステムISO14001の認証取得(2001年)をして、それを全国66の拠点に及ぼしました。また、莫大なエネルギーを消費する大都会・東京を離れ、国際本部の事務所を山梨県北杜市に移転し、そこに日本初のゼロ・エネルギー・ビル“森の中のオフィス”を建設して(2013年)、地球温暖化の最大の原因である二酸化炭素を排出しない業務と生活を実現しています。最近では、この生活法を全国に拡大する一助として、信徒からの募金により京都府城陽市にメガソーラー発電所(1700kW)を、福島県西白河郡西郷村に大規模ソーラー発電所(770kW)を建設し、稼働させています。これらの運動は、創始者・谷口雅春先生が立教当初から唱導してきた「天地の万物に感謝せよ」(大調和の神示)という教えの現代的展開であり、人類だけの幸福を追求してきた現代生活への反省にもとづくものです。

ところが安倍政権は、旧態依然たる経済発展至上主義を掲げるだけでなく、一内閣による憲法解釈の変更で「集団的自衛権」を行使できるとする”解釈改憲〟を強行し、国会での優勢を利用して11本の安全保障関連法案を一気に可決しました。これは、同政権の古い歴史認識に鑑みて、中国や韓国などの周辺諸国との軋轢を増し、平和共存の道から遠ざかる可能性を生んでいます。また、同政権は、民主政治が機能不全に陥った時代の日本社会を美化するような主張を行い、真実の報道によって政治をチェックすべき報道機関に対しては、政権に有利な方向に圧力を加える一方で、教科書の選定に深く介入するなど、国民の世論形成や青少年の思想形成にじわじわと影響力を及ぼしつつあります。

最近、安倍政権を陰で支える右翼組織の実態を追求する『日本会議の研究』(菅野完、扶桑社刊)という書籍が出版され、大きな反響を呼んでいます。同書によると、安倍政権の背後には「日本会議」という元生長の家信者たちが深く関与する政治組織があり、現在の閣僚の8割が日本会議国会議員懇談会に所属しているといいます。これが真実であれば、創価学会を母体とする公明党以上に、同会議は安倍首相の政権運営に強大な影響を及ぼしている可能性があります。事実、同会議の主張と目的は、憲法改正をはじめとする安倍政権の右傾路線とほとんど変わらないことが、同書では浮き彫りにされています。当教団では、元生長の家信者たちが、冷戦後の現代でも、冷戦時代に創始者によって説かれ、すでに歴史的役割を終わった主張に固執して、同書にあるような隠密的活動をおこなっていることに対し、誠に慚愧に耐えない思いを抱くものです。先に述べたとおり、日本会議の主張する政治路線は、生長の家の現在の信念と方法とはまったく異質のものであり、はっきり言えば時代錯誤的です。彼らの主張は、「宗教運動は時代の制約下にある」という事実を頑強に認めず、古い政治論を金科玉条とした狭隘なイデオロギーに陥っています。宗教的な観点から言えば“原理主義”と呼ぶべきものです。私たちは、この“原理主義”が世界の宗教の中でテロや戦争を引き起こしてきたという事実を重く捉え、彼らの主張が現政権に強い影響を与えているとの同書の訴えを知り、遺憾の想いと強い危惧を感じるものです。

当教団は、生政連の活動停止以来、選挙を組織的に行うなどの政治活動を一切行ってきませんでした。しかし、政治に触れる問題に関して何も主張してこなかったのではなく、谷口雅宣現総裁は、ブログや月刊誌を通して“脱原発”や“自然エネルギー立国”を訴え、また日米の外交政策を分析して、それに異を唱えたり、注文をつけたりしてきました。また、昨年は憲法を軽視する安保法案に反対する立場を明確に表明されました。

私たちは今回、わが国の総理大臣が、本教団の元信者の誤った政治理念と時代認識に強く影響されていることを知り、彼らを説得できなかった責任を感じるとともに、日本を再び間違った道へ進ませないために、安倍政権の政治姿勢に対して明確に「反対」の意思を表明します。この目的のため、本教団は今夏の参院選においては「与党とその候補者を支持しない」との決定を行い、ここに会員・信徒への指針として周知を訴えるものです。合掌。

2016年6月9日

宗教法人「生長の家」

http://www.jp.seicho-no-ie.org/news/sni_news_20160609.html

生長の家の法統継承者は、帝国憲法復元改正運動に邁進しなければならない (1907)
日時:2016年06月10日 (金) 21時20分
名前:アクエリアン

>>特に、世界平和の実現など社会を改革する方法については、明治憲法の復元は言うに及ばず、現憲法の改正などを含め、教団が政治的力を持つことで“上から行う”のではなく、国民一人一人が“神の子”としての自覚をもち、それを実生活の中で表現し、良心にしたがって生きること。政治的には、自己利益の追求ではなく、良心(神の御心)の命ずることを、「意見表明」や「投票」などの民主的ルールにしたがって“下から行う”ことを推進してきました。<<

なるほど、よく分かりました。

それが、今回の与党以外の政党への投票の呼びかけなんですね。

そういう方針ならば、生長の家が教団を挙げてやらなければならないことは、生長の家の布教の特徴である文書伝道として、政治的には、谷口雅春先生の愛国書、特に憲法論の大々的な頒布活動でしょう。

何故ならば、帝国憲法復元改正運動こそ、生長の家の教義の中核であるところの、天皇信仰の、具体的な展開であるからです。

死後も成長する天才作家三島由紀夫氏が絶賛された、谷口雅春先生の憲法論「占領憲法下の日本」の中の、「生命体としての日本国家」において、日本国家の基本構図を次のように、説いておられます。

「日本の国は海外の諸国とは、国の成立ちが異なるのである。天照大御神の大御心の中に、「豊葦原の瑞穂の国は世々わが子孫の王たる地なり」という国家設計の基本構図を示し給うたその理念に従って顕現したところの理想的国家が日本国なのである。その理想は、人間が創作したところの理想ではなく、宇宙神なる天照大御神の創作せられた国家の基本構図に基付く理想であるのである。」

三島由紀夫氏は「占領憲法下の日本」の序文において、次のように、「生命体としての日本国家」の章に感銘を受けられた、と書いておられる。

「このたび谷口雅春師の『占領憲法下の日本』といふ、憂國慨世の書を読むに当り、私は殊に、その「生命体としての日本国家」の章に深く感動した。これこそ久しく私の求めてゐた日本の国家像であり、生命体としての個的自覚と、生ける全体とをつなぐ唯一の橋が、ここに語られてゐると思はれた。」

この三島氏の「生命体としての個的自覚と、生ける全体とをつなぐ唯一の橋」という感覚というか、心境というか、境地こそ、天皇信仰の核心ではないかと思います。

さらに、この天皇信仰を、天才三島氏は、次のようにも、表現されている。

「なぜなら信仰とは、個人の魂の内部に起る「全体」との融和感合一感であるから、その個人の魂の個的自覚を経過しない人間には、信仰者の外側にあらはれた行動の形でしか、判断しやうがないからであり、キリスト者の殉教は、そのやうな意味を担つてゐたのである。」

この生長の家の中核の教義である天皇信仰を生じさせている日本国家の基本構図こそ、日本の国体であり、帝国憲法こそ、日本の国体の具体的、成文的顕現、投影、ともいうべきものであるから、生長の家の法統継承者は、帝国憲法復元改正運動に邁進しなければならないのである。

果たして、現総裁は、天皇信仰の境地を体験されているのであろうか・・・・・・。

正直に言わせてもらえば、現総裁の霊的レベルでは、天皇信仰の境地への到達は、今生では、むずかしいのではないか、ということです。

この現総裁の霊的レベルが、谷口雅春先生の教えに違和感を感じさせている元凶ではないのか。


当時 生長の家宮城県教区の講演会の中で行われました (1909)
日時:2016年06月10日 (金) 21時40分
名前:中仙堂

http://dainihon.sakura.ne.jp/yuukoku/sp/

昭和四十五年十一月二十五日、東京市ケ谷で有名な《三島義挙》が行われた。
当時高校生だった私は、ある二部構成の講演会で『三島由紀夫の真情を語る』講師:伊澤甲子麿先生。を拝聴する機会を得た。
伊澤甲子麿先生は義挙の行われた後、故三島先生のご友人として事後処理にご尽力され、また三島由紀夫先生のご遺志を伝えんと、全国津々浦々を駆け回られた。
当時この義挙に及ぶ三島先生のご評価は四分五裂して、未だにそのご本心は分からないと云う人々が多い。小生は縁あって、知人から『三島由紀夫の真情を語る』の録音テープを頂きました。平成18年春に成り、以前から本物をお伝えしたいと常々思い続けて居りましたが、伊澤先生の実際の御講演の録音に勝るものは無いと確信し、失礼を覚悟の上お尋ね致しました処、了承を得ましたので、インターネットを活用し、三島先生の御思想を切望される方々にネットでご試聴戴ける様に企画致しました。当方ウエーブ関連に疎いので、平成25年の今日まで実現は叶わぬと云う事でした。
このネット掲載は伊沢先生との男の約束として為さねば成らぬ小心者の心意気でございます。

中仙堂様 ありがとうございます。 (1920)
日時:2016年06月11日 (土) 11時09分
名前:アクエリアン

非常に貴重な伊澤甲子麿先生の御講演ですね。

三島由紀夫氏の真意を知るために、そして、三島由紀夫研究家にとっても、必聴の御講演だと思います。

合掌 (1930)
日時:2016年06月11日 (土) 13時13分
名前:中仙堂

偶々 奇縁を頂き、守る会だったと記憶しましたが、三島先生の慰霊祭でお名刺を頂戴しました。四十年前、先輩にダビングして頂き、七年ほど前に、ご許可を頂戴しました。

「愛国は生と死を超えて」―三島由紀夫の行動の哲学― (1943)
日時:2016年06月11日 (土) 18時50分
名前:アクエリアン

「愛国は生と死を超えて」―三島由紀夫の行動の哲学―
       ( 谷口雅春先生著 )


三島由紀夫氏の自決に思う


 私が自分の『占領憲法下の政治批判』の本を編集し終わったとき、三島由紀夫氏が自衛隊の市ヶ谷総監室で“憲法改正の希望が失われた”ということを嘆いて自刃した報が入ってマスコミが騒いでいたのである。私の先の憲法論である『占領憲法下の日本』には三島氏に序文を書いてもらったので、三島氏と私との関係及び、氏の自決の精神に言及せずにはいられないので、この一文を書きはじめたのである。

『占領憲法下の日本』には、私は亜細亜大学教授で憲法学者である井上たか麿先生に序文を書いてもらうつもりであったが、先生が旅行中で発行日に間にあわなくなったので、編集者が三島氏に連絡して序文をお願いすると氏は快諾して下さったのであった。何故快諾して下さったかというと、三島氏のその時の序文にもある通り、氏が自衛隊へ体験入隊して自己練成をしておられたとき、生長の家の誌友の大学生の数人がやはり自衛隊へ体験入隊していて、その大学生が「国家にイザというときが来たら僕はいつでも死にます」と、殉国の語を淡々とした心境で吐露したので、青年にこんなにまで感化を与えている“谷口”という人間に共感を覚えられたからであった。そして三島氏は私の著書を興味をもってお読みになったのであるが、三島氏が日頃いだいていられるところの“日本国の歴史と伝統に基づく自主憲法”を制定して、日本国を本来の建国の精神に戻さなければならないという根本的な愛国精神に於いて一致していたので、あとできくと、三島氏は私に逢いたがっていられたが、かけちがって氏の最期まで会う機会がなかったのである。三島氏のあの時点におけるあの行為についてはまだ真の評価をする時機ではない。その毀誉褒貶はいろいろあってまだその評価は未知数であるけれども、それについて生長の家の熱心な誌友たちから心配して「三島氏の自殺は、何ということをしてくれた。あれは生長の家にとって非常なマイナスである」と、私には電話しないが、生長の家本部や、三島氏関係の著書を出版している日本教文社へは数氏から哀悼と憤慨の電話がかかって来たということである。

 しかし私は、三島由紀夫氏の行為は生長の家にとって少しもマイナスではない。かえって生長の家の学説を証明していて、生長の家の説く真理が決して間違いがないことを立証していると思うのである。

 わたしは『生命の實相』の中で、オスカー・ワイルドの『獄中記』や『虚構の頽廃』(The Decay of Lie)等にあらわれている人生論・芸術論を引用して「人生は芸術を模倣する」と
説き、特に「コトバの芸術は人生を左右する力があるから、善き言葉、楽しき言葉、明るい言葉、愛の言葉、栄える言葉、健康の言葉を表現しなければならない」と説き、『生命の實相』を読む人が不思議に難病が癒される事実が無数に出現するのは、善きコトバ、健全のコトバによって「病気本来無」「人間・神の子」の哲学が詳しく明るいコトバをもって表現されているから、『生命の實相』に書かれているコトバの芸術を、人生が模倣して(生理作用までも、それを模倣する)病気が治るのだということを説いたのであった。

 この「人生は芸術を模倣する」という真理を“治病”の上にではなく、「自己の人生」に模倣した結果が三島由紀夫氏の自刃であったのである。私は三島氏に生前一度もお目にか
かったことがなかったが、その自刃のしばらく前に、三島氏のごく親しい同志に、三島氏は「私の行為については、多くの人は狂気の沙汰だと批難するかも知れないが、唯一人の人だけは私の心をよく知ってくれると思う。その人は谷口雅春師だ」といったということである。そしてまた三島氏はある同志の学生に「谷口先生に一目だけでも逢いたいなア」と詠嘆するように言ったということで、あとで聞くと、その数日後の十一月二十二日、私の自宅へも生長の家本部へも三島氏から電話がかかって来て、“私に会いたい”といって来たのだが、この日は私の誕生祭であり金婚式日であり、本部では教団の秋季記念祭が催されている最中であり、午後にはホテル・オークラで祝賀パーティが開かれる予定になっていたので、係りの者が私に相談せずに面会を断ったのであったという。私がもし三島氏にその時会っていて今度のこの行為を打ち明けられていたならば、あの行為を「心の世界」だけにとどめておいて、現実にしないように抑止したと思うのであるが、ついに私は三島氏に会う機会を失った。運命が、彼と私とを会わせなかったのだとも言える。

 ここでいう「運命」とは「人生は芸術を模倣する」「コトバで表現されたものは実現する」という“現象顕現の法則”のことである。コトバで表現したものが自然に現実化するのは「法則」によるのであるから、百貨店の七階のルーフから、その買った品物を握って空間に突き出して“手を放す”と、無理にその品物を押しやらないでも、「法則」が品物を落下させて墜落させるのと同じように、「コトバ」によって創作された芸術は、それが「表現」されたときが、ちょうど品物を握っていた手を放すことに当たるのであって、アトは「法則」によって現実化することになっているのだ。これが「人生は芸術を模倣する」という真理である。私も青年時代に、オスカー・ワイルドの耽美小説や戯曲を読み耽った結果、その小説中の人物を人生に模倣しようとしたことがあるので、この問題は私には、よく解りすぎるほど解るのである。(『生命の實相』第十九・二十巻「自伝篇」参照)

“酸っぱい葡萄” (2032)
日時:2016年06月14日 (火) 02時06分
名前:あめのうずめ

素晴らしいスレッドですね。皆様ありがとうございます。

コスモス様や、アクエリアン様のご意見に共通しているのは、

雅宣総裁は、谷口雅春先生の説かれた唯神實相哲学を理解されていないのではないのか、

また天皇信仰の境地を体験されているのかと、雅宣総裁の眞理の把握に疑問を呈されている事ですが、私も、全く同じように感じております。

それならば、生長の家総裁になどならずに、普通の人生を歩まれた方が、雅宣総裁ご自身にとっても、幸せな人生であったような気がしています。


そこで、ちょっと思い出したのが、イソップの“酸っぱい葡萄”のお話しです。

心理学では、合理化の例え話として、好く使われる様です。御存じの方も、多いかもしれませんが、ご紹介致します。


WiKiより

>「すっぱい葡萄」(すっぱいぶどう)は、イソップ寓話の一つ。「狐と葡萄」ともいう。

あらすじ[編集]

キツネが、たわわに実ったおいしそうなぶどうを見つける。食べようとして跳び上がるが、

ぶどうはみな高い所にあり、届かない。何度跳んでも届かず、キツネは怒りと悔しさで、

「どうせこんなぶどうは、すっぱくてまずいだろう。誰が食べてやるものか。」と捨て台詞を残して去る。

解説[編集]

手に入れたくてたまらないのに、人・物・地位・階級など、努力しても手が届かない対象がある場合、

その対象を「価値がない・低級で自分にふさわしくない」ものとみてあきらめ、心の平安を得る。

フロイトの心理学では防衛機制・合理化の例とする。また、英語圏で「Sour Grapes」は「負け惜しみ」を意味する熟語である。<


自分がいくら努力しても得られなかった事があった時、自分の能力不足を認める事は、とても厳しく辛い事です。

それを回避するために、「あんなものは、始めっから、たいしたものでは無かったんだ。

自分が、求めるほどの価値などなかった。」そう思う事で、自分を責めずに、プライドを保つ事が出来るという訳です。

これを、心理学では合理化と呼ぶようですが、雅宣総裁にも、多分に合理化がなされていた様に思います。


だからといって、御教えとは真逆の共産主義に傾倒されていたとは、

「もっと、価値あるものを、見つけた」と、云わんばかりですね(笑)



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