《谷口雅春先生に帰りましょう・第二》

 

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谷口雅春先生に帰りましょう・伝統板・第二
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「…と谷口先生は被仰つた。」ー『生命の實相』道場篇「辨道(弁道)聽き書(ききがき)」ー (14589)
日時:2023年01月29日 (日) 12時24分
名前:立葵

「…と谷口先生は被仰つた。」
の結語が繰返される『生命の實相』道場篇「辨道(弁道)聽き書(ききがき)」に道を求め、道を歩みませう

合掌
<それを手にせられますと、まことに眞理が人格の匂ひをもつて浮上るやうな、先生の日常生活に眼(ま)のあたり接してゐるやうな思ひがするだらうと思ひます。とうぞ鶴首(かくしゅ)してお待ち下さい。>(謹註「鶴首」=首を長くする)

 上の文章は『生長の家』誌昭和12年11月號の裏表紙の裏に記載の「編緝室だより」に書かれた「生長の家記念日特輯號」といふ増刊號の豫(予)告文の一部です。
 この増刊號の内容は後に現在の『生命の實相』道場篇「辨道聽き書」として全集に加はりました。
(*豫告には「記念日特輯號」や「記念日特別號」と書かれてゐますが、S12.11.18發行のこの増刊號の表紙には「記念日臨時號」とあります。その臨時號の標題は『實相隨聞錄・實相體驗錄』でした。)

◎「鶴首して待」つほど素晴らしいのだといふ自信と情熱溢れる言葉で豫告された御本の世界へと、令和の私達も自ら分け入つて訪ねて參りませう!

◎「『生命の實相』は古い」と言ひ放つた御仁がゐたさうですが、その人は「古い」と「陳い」とを混同してゐます。「古い」からこそ悠久不滅の眞理の顯れ出た神樣の賜物が天皇國日本の姿であり、聖典『生命の實相』ではありませんか。


 上掲の『生長の家』誌増刊號の大半を占める「實相隨聞錄」の部分が『生命の實相』道場篇「辨道(弁道)聽き書(ききがき)」として出版されました。
・戰前版
昭和16年刊黑布表紙版第十七卷、昭和14年・15年刊「證の卷」、昭和16年刊菊裝版第11卷、昭和15年刊携帶版叢書(袖珍淸楚裝『辨道聽き書:附・讀誦用「甘露の法雨」』)

・戰後版
新編第五十四、五十五巻(上下、うち上卷が新刊)、頭注版第三十四巻、新修版・豪華版・愛藏版第十七卷、布裝携帶版・新裝豪華携帶版第三十四卷

 初期の版の發行當時には生まれ合はせてゐなかつた者ながら、『生長の家』誌の「近況通信」や「編緝室だより」に記された増刊號の豫告文がが往時を偲ぶよすがとなります。三種ありますので紹介させていただきます。(資料を見せて下さつた方々にこの場をお借りして御禮申し上げます。)

<三種のうちの①>
『生長の家』誌昭和12年11月號110頁「近況通信」(後にS54日本敎文社刊『明窓淨机』草創篇294頁に收錄)
○來る十一月二十二日の生長の家記念日は時局柄本部への團參(団参)などの事は遠慮して頂いて、その旅費の一部で私の身邊(身辺)に起つた對話、事實などの年月順に纏まつた誠に記念となる記錄を増刊としてお送り致します。

<三種のうちの②>
同號裏表紙の裏「編緝室だより」
○記念日までに素晴しい生長の家記念日特輯號を御手許にお送りすべく唯今編纂部では懸命に働いてゐます。それを手にせられますと、まことに眞理が人格の匂ひをもつて浮上るやうな、先生の日常生活に眼(ま)のあたり接してゐるやうな思ひがするだらうと思ひます。とうぞ鶴首してお待ち下さい。

<三種のうちの③>
『生長の家』誌昭和12年12月號裏表紙の裏「編緝室だより」
(原文改行無し、ここでは便宜上三段落に)
○ 十一月二十二日の生長の家記念日を期し、谷口先生の日常坐臥の對話、來訪者への質疑應答等生きた谷口先生の生活を通して眞理を活字にした三六〇頁の記念日特別號を發行しました。
 單行本で『辨道(弁道)聽き書(ききがき)』と題して二圓四十錢で發賣の豫定でしたが、時局柄誌友の負擔(負担)を輕からしめるため、裝幀を簡略し雜誌の特別號として發行しました。
 而も誌代切れとなる方には押し付けがましいと可けませんので、發送を御遠慮してゐますが、入用の方は品切にならぬ内至急御申込み下さい。(申込略名『辨道』三六〇頁、一册送料共僅か九〇錢)
(以上引用)


 さて、この道場篇「辨道聽き書」の戰後版の「はしがき」には、昭和10年に生長の家本部内に開設された花嫁學校での講義の一部を一般にも開放してゐた時の質問や相談の筆記であると説明されてゐます。(門人または職員にあたる方の「聽き書き」)
 ただ、道場篇に記載の谷口雅春先生による御指導の行はれた舞䑓(台)は花嫁學校の講義後の道場(赤坂の生長の家本部講堂)だけではなく、それ以前の機會にも樣々な場で繰りひろげられてきたことが上掲の豫告文からも傳はつて參ります。

 以下に、私が道場篇によつて感銘を新たにした事柄を四點申し述べます。

一、「…と谷口先生は被仰つた。」(頭注版では一部平假名の「…と谷口先生はおっしゃった。」)

 求道者や相談者からの切實な問ひを一通り紹介しながら、それでは先生はどうお答へになつたのか? そこを拜讀する時、覺えず當時の質問者や參會者と同じ場にゐるかよやうな心持になります。

「…と谷口先生は被仰つた。」
 このリフレインで締め括られる各項目に、誰もが思はず「ハイ」と言ひながら、その深さや嚴しさといつた含蓄を嚙み締めるやうな氣持になるのではないでせうか。


二、雅春先生の東京移轉に伴ふ關西の誌友の悲しみと東京の誌友の喜び

 谷口雅春先生が神戸の地で個人雜誌『生長の家』を發行されてよりその言葉の力によつて數知れぬ人々が救はれてゆき、やがてお住まひと傳道の據點とがおのづと東京に移される運びとなつたことは先生御自身の御文章からお敎へいただいてをります。
 しかしそこには、先生とお別れすることとなつた發祥當時の誌友と、お迎へした東都の誌友と、それぞれのお氣持がおありでしたことを、ありのままに記錄した「辨道聽き書」によつて知らされて肅然とさせられる項目でした。

 先生御一家の東京到着時には雨が降り續いてゐて、お住まひの改裝工事も未完成だつたために家具も御本までもが濡れて黴も生えてしまつたといふ僞らざる描冩、その事態に先生を東京にお招きした東京の誌友は恐縮…

<「関西の誌友たちの悲しみの念波がこんなにも空を曇らせ、雨を降らせるのだと思うと、悲しい」と谷口先生は被仰った。>(新編第五十四巻48頁「谷口先生を東京に迎えて」より)

<「…しかし悪い姿は、そう見えてもそれは無いのですから、それは見ないことに致しましょう。たとい雨が降っていても、曇っていましても、なお雲の上には日光の照り輝いている青空の実相があるのですからね。その実相に跳び入ることに致しましょう」と先生は被仰った。>(新編第五十四巻50頁「谷口先生を東京に迎えて」より)


三、「あの一人の婦人が救われ、あの一つの家庭が救われただけでも、本部を東京へ移転して来た甲斐はあった。…」と谷口先生は被仰った。

 先生が東京に移られてまだ數日後に「先生のお部屋へ通ずる横道を一人の婦人が悲し気な表情をして上って来た」ので面會時間ではなかつたが快くお會ひになられると、その婦人は子供を道連れに心中(謹註・本文中の表現は「自決」)しようとまで思ひ詰めてゐたと書かれてゐます。先生はその婦人の家庭の惱みを解決へと導かれました。後日その婦人が救はれた御禮を述べますと、

<「あの一人の婦人が救われ、あの一つの家庭が救われただけでも、本部を東京へ移転して来た甲斐はあった。…」と谷口先生は被仰った。>(新編第五十四巻53~63頁「自分の尺度を捨てよ」より)

 別れた關西方面の誌友の涙も攝受しながら、その御煩悶もまだ大きなものでしたことと拜される上京まもない時に、その移轉によつて相談を受けることの出來た東京方面の婦人が救はれた ― 實に嚴かな御言葉と拜されて恐懼いたします。


四、道を求めて師のお膝元に集ふ先達の系譜

 道場篇は全篇が相談者や發表者の生きた體驗が素材であるために、所謂有名無名の多くの方々のお名前が登場します。その中には『生命の實相』の他の卷にもたびたびお名前が擧がつてきた方や、生長の家の發展を支へてこられた幹部等として盡力された方のお名前も拜することができました。
 一讀者の抽出に過ぎず畏れ多いことですが、何名樣かの先達のお名前を擧げさせていただきたいと思ひます。(敬稱は道場篇での用法)

 伊東(伊東種)さん
 材木(さいき)信治さん
 服部(服部仁郎)氏
 野村義隆さん
 辻村楠造翁
 栗原(栗原保介)訓導(淸吉氏の兄)
 栗原淸吉氏(保介氏の弟)
 山下乃二子夫人
 大山昌平(著書『道は開ける』日本敎文社)
 三澤兄弟商會の三澤兄弟

*以下の方々を追記申し上げます。(令和5年1月29日夜)
 石本暁曠さん
 小木(虎次郎)博士
 石橋(貫一)さん
 古川惠偉子さん


再拜

追記『生長の家』誌「生長の家記念日臨時號 實相隨聞錄・實相體驗錄」の「編輯室だより」 (14591)
日時:2023年01月31日 (火) 10時11分
名前:立葵

編輯室だより

○十一月二十二日、愈々生長の家第八周年の秋季記念日が參りました。此の重大な時局の中に、吾れら既往の足跡と併せて將來の一層の重き使命を思ひます時、感慨も亦一入に深いものが御座います。偶々編輯部にて『實相隨聞錄及び體驗錄』を編輯中のところ、そこに谷口先生を中心としての言ひ知れず和やかに香り高い實相の雰囲氣が偲ばれ、眞に好個な結集となりましたので、裝幀その他を用ひて高價なる單行本と爲すよりは、これを本誌記念日臨時號として谷口先生の御誕生日にお獻げ致すことになりました。中には本誌上既載のものも御座いますが、今改めて終始谷口先生の御加筆を戴き、一貫して今日に至る生長の家の歩み、當時誌友諸氏の眞摯な飾りなき求道の姿など、その儘に淡々と平明な親しい氣分の裡に顧み得られますところに、又新しい興味と意義が存するものと信じます。此の一册を機緣といたしまして、今後一層の新誌友への呼びかけ、日本全土の光明化にご協力賜り度いのであります。本號の定價は九十錢でございます。(係)



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