一体、誰が「対立」の構図を持ち来したのか (14270) |
- 日時:2022年04月28日 (木) 17時03分
名前:破邪顕正
「光明の音信」第12号に、こういう文章が出てきます。
〈相手の尊い本質を拝むことを忘れ去り、「和解」とは正反対の「対立」をみずから作り出し、相手を傷つけているのです。〉
そう言うのであれば、だったら、この「対立」、一体、誰が作り出したものなのか…。
この際、はっきりと申し上げておきますが、今回の一連の問題の発端は阪田氏にこそあるのです。
「みずから」というのであれば、それは阪田氏なのです。
阪田氏は、「真理を生きる」に連載しているときは、現教団の批判の投稿はしても、「谷口雅春先生を学ぶ会」や「社会事業団」については、一切、批判の文章は書きませんでした。
ところが、突然、「光明の音信」を発刊するや、その第1号で、「谷口雅春先生を学ぶ会」と「ときみつる會」が宗教法人となったことを挙げて、こう批判したわけです。
〈とうとう『生長の家』も、〝分派〟が出来てしまったのかと、なんともやる瀬無い気持ちと尊師谷口雅春先生、輝子先生に申し訳なく断腸の思いで一杯になりました〉
阪田氏が、「谷口雅春先生を学ぶ会」のことを、このように〝分派〟として忌み嫌っていたのであれば、どうして平成25年から開始された社会事業団主催の「“生長の家教義”研修講座」の主要講師を第1回から連続して6年間にもわたり引き受けたのですか。
その講座には、「谷口雅春先生を学ぶ会」のメンバーが講師として、或いは参加者として関わっていたわけです。
そして、阪田氏は、そういう人と一緒に談笑したりしていたのです。
ところが、突然、「光明の音信」を発刊するや、掌返しをして〝敵対〟してきたわけです。
〈相手の尊い本質を拝むことを忘れ去り…〉
最初に〝敵対〟したのはどちらですか。
そもそも、阪田氏は私どもを拝まれましたか…。
ある方が、こう言ってこられました。
〈阪田さんとは一緒にやってきていたのに、どうして仲違いのようなことになってしまったの。自分が間に入って、何とかしようか〉
で、私はその方に、申し上げました。
〈第1号で、阪田氏が〝分派〟として「谷口雅春先生を学ぶ会」のことを批判したことをご存じですか?〉
すると「エッ」と絶句され、「そんなことを書いたの。今の教団の方が、よほど尊師は嘆かれているよ」
すべての始まりは、阪田氏が一緒にやってきた仲間、同志に対して、掌返しをして、後ろから弓を引くようなことをやったことに起因するのです。
全ては、そこから始まったのです!
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