《谷口雅春先生に帰りましょう・第二》

 

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谷口雅宣総裁、どこまで「生長の家総裁」の名を汚せば気がすむのですか?! (1743)
日時:2016年06月03日 (金) 09時16分
名前:破邪顕正


表題は、谷口雅宣総裁のブログ記事を読んでの、率直な感想です。

谷口雅宣総裁、『日本会議の研究』を著した菅野氏は、自分の嫌いな人に対して平気で「死ね、死ね」と呼ばわる人なのですよ。

その上、『日本会議の研究』は、「ウソ」の情報で捏造された『トンデモ本』の類なのですよ。

だからこそ、こういうレビューまで出ているのです。

>ノンフィクションを装った、結論に誘導するフィクション

30数年前、この本で「淵源」の如く書かれている生学連の中央委員だった者です。

『日本会議の研究』――

正直なところ「よく調べてるな」と思いました。

執拗に。

そして悪意をもって。

だから、よく調べてはいますが、結論ありきの菅野メガネを通すことで“不都合な真実”は隠し彼がはじめから抱いている結論に誘導する実に歪んだものになっています。<

いいですか、この方は、生学連の中央委員だった方です。

そういう関係者から見たら、この本がどれだけ歪んだ本か、はっきりとわかるのです。

そういう本を、「生長の家総裁」ともあろう人が、こういう形で推奨するとは、本当に慚愧に堪えません。

ここまで来たら、はっきりと言わせていただきます。

谷口雅宣総裁の品性を疑います!

「死ね、死ね」の菅野氏と同じ品性の持ち主かと!

いろんな宗教団体がありますが、そのトップが経典でも聖典でもない『本』をここまで取り上げて推奨し、そしてとくとくと語るということがあるでしょうか。

しかも、それが、こんな曰く付きの、訴訟沙汰にまでなっている『本』なのですよ。

その著者がどういう人物か、ちょっとでも検索すれば、すぐにわかることなのに。

これを推奨した瞬間、谷口雅宣総裁も同じ類の人かと見られてしまうのですよ。

谷口雅宣個人が言うのであれば、何も申しません。

しかし、これは谷口雅宣個人ではない、「生長の家総裁」の言葉としてみんな受け止めるのです。

「生長の家総裁」という名をここまで汚した谷口雅宣総裁の品性を私は疑います!

怒りを超えて悲しいし、谷口雅宣総裁が本当にアワレでなりません!

そういう思いで、谷口雅宣総裁の以下のブログ記事を読んだということを申し添えておきます。


http://masanobutaniguchi.cocolog-nifty.com/monologue2/2016/06/post-1b99.html

谷口雅宣総裁、生政連の活動停止で、「愛国運動」『愛国書』の絶版は正当化しえませんよ! (1744)
日時:2016年06月03日 (金) 09時58分
名前:破邪顕正


表題は、谷口雅宣総裁のブログ記事「『日本会議の研究』について」を読んでの私なりの反論です。

このブログ記事は、先に、谷口雅宣総裁の品性を疑わせるに足る記事であると申しました。

今度は、中身についても批判しておきます。

>ここにある「真理や信仰を伝えるのではなく、政治目標を説いて回る」という意味は、政治目標達成や選挙運動に力を入れるあまり、何が正しく、何が真理であるかという判断や、個人が抱える苦悩の救済が二の次に回されてしまったという意味である。

また、「宗教活動はしだいに政治活動に従属していった」という意味は、教団の組織的活動において、宗教的なもののが後退する一方、政治的なものが優先されるようになったということだ。

これは、「政治目標達成のために宗教的情熱が利用される」と表現してもいいかもしれない。

宗教運動にとってこのような傾向は決して好ましくないため、第二代総裁の谷口清超先生は、昭和58年に生政連の活動停止を決断されたのだった。<

谷口雅宣総裁は、これを自分で書いていて恥ずかしくなかったのでしょうか。

普通の感覚の持ち主であれば、自己矛盾に赤面したくなるものであります。

だって、谷口雅宣総裁がやっていることは、まさにこれと同工異曲の類であるからです。

わかりやすくするために、谷口雅宣総裁のこの言葉を借りて、総裁が今、やっていることを描出することにいたしましょう。

>ここにある「真理や信仰を伝えるのではなく、環境保護や『日本会議の研究』を説いて回る」という意味は、ノーミート、ヒルクライム、クラフト、そして反原発=反安倍=反改憲運動の政治的発言に力を入れるあまり、何が正しく、何が真理であるかという判断や、個人が抱える苦悩の救済が二の次に回されてしまったという意味である。<

谷口雅宣総裁は、自分のしていることが全然、見えていなのだということがこれでよく分かりました。

更に、次の発言がこれまた問題なのです。

>宗教運動にとってこのような傾向は決して好ましくないため、第二代総裁の谷口清超先生は、昭和58年に生政連の活動停止を決断されたのだった。<

なるほど、生政連の活動停止は決まりました。

しかし、だからと言って、そのとき「天皇国・日本」の実相顕現運動が否定されたわけではありません。

ましてや、谷口雅春先生の『愛国書』を絶版にしてもいいという決定がなされたわけでもありません。

谷口雅宣総裁は、生政連の活動停止をもって、それを正当化しようというのですか。

谷口雅宣総裁の生来の“わがまま”ぶりを発揮して、生政連の活動停止を金科玉条にして、生長の家から「愛国」の看板外しを策動したこと、ちゃんとお見通しですよ。

こういう陰謀好きが高じて、谷口雅宣総裁は日本教文社の社外取締役となって、谷口雅春先生の『聖典』を絶版にし、『新刊書』を出させないようにしたわけでしょ。

谷口雅宣総裁が、表面に出ないよう,ウラでしっかりと画策してやったこと、天網恢々疎にして漏らさず、今や満天下に晒されています。

自分がそういう陰謀を逞しうしてやり抜いてきたからこそ、誰もが陰謀を企むものだと思い込み、そんな性格が災いして、あんな『菅野本』まで拍手喝采を送るのだと私は見ています。

「同類親和の法則」のいい例を、今後は、谷口雅宣総裁と菅野氏との関係で挙げることにいたしましょうかね…。



谷口雅宣総裁、「不誠実」などとどの口が言うのか?! (1745)
日時:2016年06月03日 (金) 10時32分
名前:破邪顕正


表題は、この箇所を読んでの率直な感想です。

>ところが、この決定を好ましく思わない人、納得しない人、さらには反対する人も教団内には少なからずいた。

それらの人々の中には、自らが好む政治活動に注力するために、潔く教団から離れた人もいた。

が、その他の多くの人々の中には、表面は本部の方針に従う振りをしながら、陰では従来通りの政治活動をしたり、政治運動との接触を続けていた者もいたのである。

教区の講師の代表である教化部長や、本部の理事(現在は参議)の中にも、このようにして本心を隠したり、“二股を掛ける”生き方を続けてきた人がいたことは、誠に残念である。

なぜなら、宗教運動とは信仰運動であり、信仰には誠実さが何よりも必要であるのに、これらの人々は、表と裏を使い分ける不誠実な生き方を長年にわたって続けてきたからである。<

谷口雅宣総裁の口から、「不誠実」などという言葉が出るとは思いもよりませんでした。

どちらが「不誠実」か、この際、はっきりとしようではありませんか。

まず、谷口雅宣総裁は、講習会の“謳い文句”に「誠実」に応対していますか?

更に、講習会で「日本会議」を批判することが「誠実」な対応と言えますか?

これには、さすがの「トキ」さんまでもが苦言を呈していますから、参考のために引いておきます。

>本流対策室/6

2269 :トキ 2016/05/30(月)

(前略)

「日本会議」に所属している幹部の中で、過去、生長の家との関係を取り沙汰されている人たちは、現在、生長の家とは 無関係 のはずです。

また、彼らが 生長の家の名称を 使用して「日本会議」の活動をしたという話は 聞いたことがありません。…

また、「日本会議」自体は、過去、違法な行為をしたことはないみたいです。

構成員もあくまでも任意の加入員のみで構成され、現在の社会通念上も問題となるものではありません。

また、特定の政党が 宗教そのものの存在を 否定するような方針やイデオロギーを信奉している場合は、例外的に、これに反対することも問題はないとは思います。

が、日本会議が そういう方針を 出したとは 聞いたことがありません。

従って、宗教法人 生長の家は、「日本会議」について、コメントをする権利は、今の時点ではないことになります。<


谷口雅宣総裁、「不誠実」という言葉で難ずるのであれば、谷口雅宣総裁は、生長の家創始者・谷口雅春先生に「誠実」であり得ているか、否か。

まずは、それを自らに問うべきであります。

イエスの有名な「あなた方の中で、罪を犯したことのない者が最初の石を投げなさい」の言葉を持ち出すまでもありません。

谷口雅宣総裁が、胸を張って「誠実」に徹した生き方をしていると言い得てはじめて、ひとに対して「不誠実」だと口撃し得ると思うものであります。


谷口雅宣総裁、だったら「不誠実」な信徒には退会するよう勧告すべきです! (1746)
日時:2016年06月03日 (金) 11時02分
名前:破邪顕正


表題は、谷口雅宣総裁の「不誠実」発言に対しての感想です。

谷口雅宣総裁の「不誠実」は、こういう信徒を指して言っています。

曰く。

>本心を隠したり、“二股を掛ける”生き方を続けてきた人

>表と裏を使い分ける

谷口雅宣総裁、ここまで言い切ったのであれば、すべての教区信徒に対して、「不誠実」信徒は即刻、退会するよう、勧告すべきです。

教団の中には、谷口雅宣総裁の言う「不誠実」信徒がまだまだ紛れ込んでいる可能性が大であるからです。

だって、私の耳にも、組織に残っている、こんな信徒の声が聞こえていますから。

>谷口雅宣総裁のアホ、あんなアホが3代目なんて谷口雅春先生、泣いてはるわ。

>谷口雅宣総裁なんて関係あらへん。谷口雅春先生のご本だけで学んだらいいんや。

>夫から「あんなサヨクの総裁についていくんなら離婚や」とすごまれたわ。早く、辞めてくれへんやろか。

谷口雅宣総裁、第一線では、こんな会話が堂々とまかり通っているんですよ。

これって、紛う方なき「不誠実」信徒ではありませんか。

ぜひ、上のような発言をする信徒がいたら、即刻、退会させるようにしなくてはならないと思うものであります。

そのために、「不誠実」信徒捜しを徹底させましょう。

教区幹部を誌友会に派遣するのです。

まずは、谷口雅宣総裁がつくった「経本」を読ませてみましょう。

もし、読まない信徒がいたら、「不誠実」信徒だとして、退会させましょう。

或いは、今の教団に対して、率直な意見、感想を言い合う場を持つようにするのも一つの手かもしれませんね。

これは、かつて、ブロック毎の教化部長懇談会で使った手ですからお手のもんでしょう。

このとき言われたのがこれでした。

「今、教勢が落ち込んでいます。今のやり方の問題点や、教勢発展のためのよきアイディアを積極的に発言してください」

こう言われて、積極的に発言したら、それが何と“本部批判”と見なされたというわけですから、ヒドイ話です。

人のいい信徒ほど、日頃のホンネを語ると思います。

その発言を見て「不誠実」信徒を浮き彫りにしていくのです。

谷口雅宣総裁、「不誠実」信徒がいたら、枕を高くして眠れないでしょうから、ぜひ、実行に移していただきたいと提案いたします。


谷口雅宣総裁、『日本会議の研究』は“補強本”として講習会のテキストに! (1747)
日時:2016年06月03日 (金) 11時32分
名前:破邪顕正


表題は、この文章を読んでの提案です。

>この本には、私が『宗教はなぜ……』の本でカバーできなかったミクロの事実の多くが解説されている。

書かれた内容--特に教義に関すること--のすべてが正しいとは言えないが、大きな流れは事実に沿っていると思う。

そういう理由もあり、私は大阪で行われた生長の家講習会では、菅野氏の著書を紹介し、興味ある参加者に一読を勧めたのだった。

本欄の読者にも、同じことをお勧めする。<

谷口雅宣総裁のこの『菅野本』に対する入れ込みようが手に取るようにわかります。

谷口雅宣総裁の好きな言葉を借りれば、『宗教はなぜ……』を“補強”してくれる本ということになりますね。

これからの講習会では、ぜひ、テキストとして取り扱ったらよろしいのではないでしょうか。

この文章を読んで、谷口雅宣総裁という人の本性がまざまざと露わになったという気がしております。

これまで谷口雅宣総裁をいろいろと擁護してきた人も、愛想もこそも尽き果てたという人も出てくるのではないかとすら思っております。

谷口雅宣総裁は、ここで致命的な間違い、取り返しのつかない大ポカをやってしまいました。

この一文です。

>大きな流れは事実に沿っていると思う

あきれ果ててしまいました。

結局、谷口雅宣総裁もまた菅野氏同様の、歪んだ、色眼鏡で事態を見てしまったということです。

今後、この『菅野本』がどれだけ、「事実」に反した内容の本か、明らかにされるでしょう。

そのときになって「しまった」と思ってももう遅い!

「ウソ」を事実と見誤ってしまった、自らの不徳を、谷口雅宣総裁は嫌と言うほど思い知らされるでしょう。

不徳と言えば、講習会の幹部会の話を思い出しました。

受講者が減って、教化部長が「不徳の致すところでございます」と申し開きを行った。

すかさず、谷口雅宣総裁がキッとなってこう言ったというのです。

「不徳ですますのですか?!」

自らの不明をどう言い訳するか。

実に見物ではあります。

信徒に対して「不誠実」と罵る谷口雅宣総裁のこと、まさか、『菅野本』の「ウソ」が明らかになって、見て見ぬフリはしないでしょうね。

『日本会議の研究』の様々な「ウソ」が明らかになったときのことが、今から大いに楽しみです。



その感動に触れた者でなければ、 詰まらぬものに映ずることだろう。 ずばり (1748)
日時:2016年06月03日 (金) 15時08分
名前:中仙堂

山々は、
登ったことのない者にとっては
地球の絶望の姿だと映ずることだろう。
タゴール

信仰と云うものは
その感動に触れた者でなければ、
詰まらぬものに映ずることだろう。

信仰は人によって、
自分の糊口を養う糧でしか無い。
おれは違うとはっきり言い切れる人は素晴らしい。
ずるずると人生の暗い深みに
落ち込んで行く人々には
焦りが有るかも知れない。

信仰は生活の中に入った時、
その輝きを増す。
深い信仰を持つ者の言葉は
宝石のようなもの、
信仰が生活に生きる者の
言葉も、生きざまも

人を感動させるものだ。

映画「レ・ミゼラブル」

でも、ジャンの人生の始まりは
ミリエル司教の愛深い言葉と、
慈愛の眼差しからであった。

顧みますに
尊師の如何に哀しい思いを為さって
居られる事でしょう。

その悲しみの深さを
肉体の遺伝子を
如何に継承してお出ででも

その悲しみを判ろうと為さらない処に
三代目さんの
こゝろの深い闇が垣間見えます。








谷口雅宣総裁、わざわざ読むように勧めたのは二度目なのでは?! (1749)
日時:2016年06月03日 (金) 17時45分
名前:破邪顕正


表題は、この言葉で思ったことです。

>興味ある参加者に一読を勧めたのだった。

本欄の読者にも、同じことをお勧めする。<

なるほど、谷口雅宣総裁は、講習会で、日本教文社以外から発行されている本を紹介したことは今回が初めてではなかったと思います。

環境に関する本とか、よく紹介していたと記憶しています。

しかし、紹介はしても、それを「読め」とまでは言わなかったように思うのです。

しかし、今回は違います。

明らかに、これを読んでほしい、と言って憚らないわけです。

谷口雅宣総裁にしてみたら「よくぞ言ってくれた、吾が意を得たり」という感じなのでしょう。

ところで、谷口雅宣総裁がここまで読むように勧めたのは、今回で初めてではありません。

一度目は、もちろん、「朝日新聞」です。

谷口雅宣総裁が、それまでとっていた「産経新聞」をやめて、「朝日新聞」を読むように勧めたときのことは、今でもハッキリと思い出すことができます。

そして、二度目が『日本会議の研究』というわけです。

両者に共通するもの、それは、今の状況を「右傾化」と捉え、憲法改正運動を真っ向から批判しているところです。

この両者を読むように言うということは、谷口雅宣総裁の考え方がまさしく両者と同じであるということを意味します。

それをしも「生長の家総裁」という立場で言うのですから、生長の家信徒は、当然、「右傾化」の象徴である安倍首相に反対しなければならないし、憲法改正に賛同してはならないということになります。

なぜ、この時期に、谷口雅宣総裁はこんな話をしたのでしょうか?

菅野氏が慌ててこの本を世に問うたのも、来る参議院選挙を大いに意識したからでしょうし、それに呼応するかのように、今回、谷口雅宣総裁が講習会という場でこれを推奨したのも、そのことを念頭においていたからでしょう。

つまり、谷口雅宣総裁も菅野氏も、来るべき参議院選挙において、安倍自民党に勝たせてはならない、憲法改正運動を何としても潰さないといけないと思っているのです。

谷口雅宣総裁、あなたほど“政治好き”な人はいません。

だから、「反原発のデモに参加したい」と漏らしたのでもありましょう。

それを知って、ある人がこう言ってましたよ。

「谷口雅宣総裁は昔、ヘルメットかぶってサヨク運動していた、その懐古趣味が出たんだろうよ」

こんな噂話をもとにして、『谷口雅宣総裁の研究』でも出しましょうか。

ヘルメット学生運動家が「生長の家総裁」になった!

こんなキャッチコピーで売り出しましょうか?

いいですか、菅野氏がやったことは、それと同じことなんですよ!

それを公然と推奨した、その責めは、当然、谷口雅宣総裁が負わなければならないと思うものであります。


「日本会議の研究」 (1750)
日時:2016年06月03日 (金) 18時00分
名前:そーれ!!

買いたくもなく、読みたくもない本ですが、反響が大きい

ので買って読みました。確かにとんでも無い本ですね。

破邪顕正様が、細かくコメントされていますので、私は

その内容にはここでは言及しませんが、持ち上げては落とす

持ち上げては落とすと言う手法は卑劣と感じました。

雅宣総裁はご自身のブログで、大阪の講習会において、

この、「日本会議の研究」を、興味ある人には一読を

勧めたと、お書きです。

生長の家総裁が、講習会で勧めたからには、それなりの

覚悟があってのことでしょう。

私も今後の”SNI”教団の動向を興味を持って見て行きます。

私たちは、谷口雅春先生から、三つの命を教えられました。

 (1)人間神の子病無しの、現象界での命

 (2)死んでも死なない本物の命

 (3)日本の國と共に生きる日本人としての命

この三つが理解出来ない”総裁”率いる教団。

信徒は本当に”可哀想”でなりません。

谷口雅春先生に「不誠実」な谷口雅宣総裁から「不誠実」といわれたら却って名誉! (1752)
日時:2016年06月03日 (金) 19時48分
名前:破邪顕正


表題は、谷口雅宣総裁の「不誠実」発言に関して思ったことです。

そもそも、谷口雅宣総裁こそは、谷口雅春先生に最も「不誠実」な人なのであります。

谷口雅春先生の『聖典』を絶版にし、教団からその存在を悉く消し去ろうとしているのですから、そう言われても何ら反論できないでしょう。

そういう人から「不誠実」と言われるということは、実は、谷口雅春先生に対して「誠実」であったという証になりはしませんでしょうか。

谷口雅春先生に「誠実」であろうとしたからこそ、谷口雅春先生の「天皇国・日本」の実相顕現の真理の火は絶対に消してはならない。

そう思ってきたのです。

弾圧の中、イエス・キリストの教えを密かに守り続けた“隠れキリシタン”のことを思えば、谷口雅宣総裁の圧制の中、谷口雅春先生への至純の思いを守り通したことは褒められこそすれ、批難される筋合いは毛ほどもありはしません。

谷口雅宣総裁は、自分が谷口雅春先生に「不誠実」であると自覚しているからこそ、“隠れ谷口雅春先生教徒”の存在がユルセナイのでしょう!

だからこそ、「Nihonkaigi」に対して、理不尽きわまりない言いがかりまでつけてしまうのです。

その中に、生長の家信徒がいるからと言って、どうして「日本会議」のことをそんなに悪し様に口汚く罵らなければならないのですか?

谷口雅宣総裁、あなたは今や、私憤の塊になっています!

公の感覚を完全に喪失しています!

心ある信徒から、いずれ手痛いしっぺ返しをくらうことになるでしょう。

そのくらいしないと谷口雅宣総裁が目覚めることはない、そんな気持ちでおります。

谷口雅宣総裁には、もはや“鬼手仏心”でもって相対するしかないというのが今の私の率直な心情であります。



驚愕 (1753)
日時:2016年06月03日 (金) 19時48分
名前:読者

岸本元 ‏@bowwowolf · 1時間1時間前

世界聖典普及協会(生長の家の本を頒布している財団法人)のウェブサイトで菅野完さんの『日本会議の研究』の取り扱いが今日から始まったのだが、これは雅宣総裁も太鼓判ということなんですかね


答え(笑) (1755)
日時:2016年06月03日 (金) 20時00分
名前:読者

菅野完 ‏@noiehoie · 1時間1時間前

正直、迷惑である。




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