《谷口雅春先生に帰りましょう・第二》

 

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〈衝撃〉現教団の「日訓」から尊師のお言葉が外された!もはや現教団は、尊師の創始せられた「生長の家」とは別の教団なり! (13759)
日時:2021年10月15日 (金) 09時08分
名前:破邪顕正


「トキ」さんが、重大な情報を知らせてくれています。

…………………………………………………………

日訓 (44927)
日時:2021年10月14日 (木) 20時15分
名前:トキ

 来年度の「日訓」から、谷口雅春先生のお言葉はなくなり、谷口清超先生、谷口雅宣総裁のお言葉だけになります。そのため、信徒の間から「今年から、こんなふざけた日訓は買わない。」と拒否するケースが続出し、売れないので現場では困っております。どうか、来年からは、谷口雅春先生のお言葉を復活してくださるよう、本部の皆様にはご配慮をお願いします。

………………………………………………

この一報を知って、まず思ったことは何か。

もし、『生命の實相』の著作権が教団のものであったら、おそらく、今回の「日訓」のように『生命の實相』は実質上の絶版に処せられていたに相違ないということでした。

未だ、教団信徒の中には、「私どもが教団から著作権を奪った」と思い込んで、「早く、返せ」と悪し様に罵る向きがあるやに聞き及んでおりますが、曲解も甚だしいといわざるをえません。

よし、仰るように返してしまったら、どうなっていたか…。

今回の「日訓」で、よくわかったでしょう。

現総裁は、端っから、尊師の教えが嫌で、『生命の實相』だって本音では葬り去りたかったのです。

だから、『生命の實相』を拝読する信徒を「原理主義者だ」として排斥したのだし、それをテキストとした誌友会・勉強会の開催も許さなかったのです…。

現総裁にとって、著作権とは「絶版できる権利」以外のなにものでもないのです。

それがわかっていたから、『生命の實相』を護るには、著作権を現教団に渡してはならない…。

その一念で、最高裁まで闘い抜いたのだし、そして著作権は(公財)「生長の家社会事業団」にあるということを勝ち取ることができたわけです。

その結果、(株)「光明思想社」から、新版として『生命の實相』が続々発刊されることとなり、今、48巻(頭注版では30巻に相当)まで発刊できるまでに至りました。

とにかく、今回の「日訓」で明らかになったように、現総裁は尊師の教えをこの地上から消し去ろうとしているのです。

当初、こういうことを言うと、殆どの信徒が「まさか、尊師のお孫さまがそんなことを考えておられるわけがない。いい加減なことを言うな」と少しも耳を貸してはもらえませんでした。

それが今や、どうですか。

私どもが言ってきた通りになってきているではありませんか。

今回の「日訓」のことで、それがいよいよ決定的になったのではないでしょうか。

それほどの衝撃的なことであると、私は考えています。


現教団は機関誌10月号28頁に来年版の“日訓”に尊師の御文章を掲載しないことを広言しています! (13760)
日時:2021年10月15日 (金) 16時09分
名前:護法の天使

トキさんや破邪顕正さんが、現教団の来年版の“日訓”に尊師のご文章が掲載されないことを報じておられます。

谷口雅宣三代目教団は、その機関誌10月号28頁にそのことを広言しています。(以下の画像はその引用です。)

著作権は、本来、著作者の思想感情の表現である著作物を広く普及することを目的としていますが、万一にも、著作者の思想を歪曲し、封じ込めようとする悪意の者の手中に入ると、逆に、誰にも複製や出版を許さない「焚書坑儒」のための恐るべき武器となってしまいます。

その意味で、尊師谷口雅春先生が、昭和21年1月8日、生長の家社会事業団の設立に当たり、聖典『生命の實相』、聖経『甘露の法雨』及び住吉大神のご神示はじめ宗教上の重要な聖典・聖経等の著作権を同事業団の基本資産と指定してご寄附されたのは、尊師のみ教えを永遠に正しく護持し、後世に伝えるべき聖なる使命が託されたからであると確信いたします。

「世界聖典普及協会」のホームページを見ると、恰も、谷口雅春先生のお言葉もあるかのような表現にしています…。 (13761)
日時:2021年10月15日 (金) 17時10分
名前:破邪顕正

「世界聖典普及協会」のホームページを見ると、恰も、谷口雅春先生のお言葉もあるかのような表現にしています…。

「護法の天使」さん、投稿ありがとうございました。

「世界聖典普及協会」のホームページを覗いてみますと、谷口雅春先生のお名前が次のように出ています。

〈(前略)言葉は、谷口雅宣・生長の家総裁の著書『日々の祈り』と、谷口清超・前生長の家総裁、谷口雅春・生長の家創始者の著書からの言葉を収めた谷口清超監修『人生の扉を開く』(全4集)の中から精選されています。(脇文の出典ページ付き)……〉

このように、さりげなく尊師の御名が入っています。

これを読めば、当然、尊師のお言葉も入っているのだろうと思うのが普通の読み方ではないでしょうか。

しかし、ご案内にありますように、尊師のお言葉は入っていなかった…。

ということは、『人生の扉を開く』から、尊師のお言葉を引用しなかったということになります。

だったら、正直に、こう書くべきではないでしょうか。

〈谷口雅宣・生長の家総裁の著書『日々の祈り』と、谷口清超・前生長の家総裁監修『人生の扉を開く』(全4集)の中から精選されています。〉

「世界聖典普及協会」は、どうしてこういう賢しらな、信徒を騙すような、小手先の誤魔化しをするのでしょうか。

却って、信徒の不信感を招くだけではないかと思います。

それにしても、何で今回、尊師のお言葉を外したのでしょうね。

口さがない友人は、こう言っていました。

「同じホームページに、英文入り ひかりの言葉<2022年版>について、谷口雅宣 (翻訳)とある。雅宣総裁は、尊師のお言葉を翻訳したくなかったのではないか?だから、外してしまった!」

案外、当たらずとも遠からず…なのかもしれないと思ってしまいました。

尊師の教えを消し去りたい現総裁としては、その本音が顔を覗かせてしまったということではないでしょうか。

心ある信徒の皆さん、この「日訓」のことで、現総裁の本質を見せつけられたとは思われませんか。

これでも、現総裁に〝中心帰一〟していくのですか?


「信頼を失うのは一瞬、取り戻すは一生」という言葉を思い出しました… (13763)
日時:2021年10月16日 (土) 13時36分
名前:破邪顕正


表題は、「トキ」さんの、この投稿を読んでの感想です。

……………………………………………………

雑感 (44937)
日時:2021年10月15日 (金) 22時16分
名前:トキ

 日訓 は、中身を見ずに毎年、買っている人が多いです。多数購入している人は、余ったら進物用にしております。

 ところが、買ってから中身を見て、谷口雅春先生のお言葉がないのを見て「騙された」と気がつくケースが多いです。進物としてもらった人も、「谷口雅春先生のお言葉がないのでは値打ちが全くない。来年からいりません。」と断るケースが散見されます。が、その噂を聞いて、購入を断ったり、間違って買った人が苦情を言うなどの話を聞いております。今年も減りましたが、来年以降はもっと減ると思われます。

…………………………………………………………

尊師・谷口雅春先生が、どういうお心で御文章を書いてこられらたか。

新編『生命の實相』第47巻「児童教育篇」に「文章制作は芸術活動なり」と題してこうあります(90~94頁)。

《文章は一つの美術であり、芸術であり、音楽であって、言葉の響だけでも完全でないのであって、目に受けとる感じの美しさが必要であります。…

 私の文章は非常に苦心して書かれたものであります。私の原稿ぐらい汚い原稿は世の中にないというくらい汚い原稿であります。それは色々芸術的な苦心がしてあるからであります。「先生は文章をお書きの時は、神のお力でずっとお書きになるから、どんなに美しい少しも消した処のない原稿かと思っていたら、こんな汚い原稿ですか」といって笑われる事がありますけれども、それは実に苦心して私の文章というものは出来ているのです。…

私の文章を読んで病気が治るというのも、やはり本当に制作に苦労を重ねた一つの美術をなし、芸術をなし、音楽をなしているからであって、ヒョッコリ神様が来て病気を治してくれるというようなものではないのであります。》

さればこそ、心ある信徒は、尊師のお言葉を心待ちにしているのでもありましょう。
 
そういう信徒の方が、以前、よくこう仰るのを耳にしてまいりました。

〈「日訓」は、谷口雅春先生のご文章が掲載されているときだけ、めくるようにしています。ですから、3日毎にめくる感じですかね。〉

まさか、その「日訓」に尊師のお言葉がないなんて、夢想だにしていなかったことでしょう。

だって、これは、昭和25年、尊師御自らご草案され、ご揮毫なされた「日訓」(そのタイトルは〝日々光明思念の語〟でした)始まって以来の、驚天動地のような出来事なのですから…。

だから、現物を見て、信徒がショックを受けたという話、大いに合点がいきます。

それにしても、どうして、こういう〝暴挙〟に打って出ることができたのでしょうか。

結果として、売れなくても構わない…。

そんなことは誰が考えても想像つきます。

それでもやるというのは、尊師の教えを消し去るという〝大義名分〟の前に、売り上げ云々なんて些末なことである…。

現総裁がそう考えたからとしか思えません。

今回のことで、現総裁は、尊師の教えを後世に残そうなどとは、露程も思ってはいない…。

それどころか却って消し去ろうとしているのだ…ということが誰の目にも明らかになったのではないでしょうか。

この事実から、眼を背けないでほしいと心から願うばかりです。


令和4年版 『ひかりの言葉』(宗教法人生長の家発行)を手に入れて痛感したこと (13786)
日時:2021年10月28日 (木) 17時05分
名前:破邪顕正


知人を通じて現教団発行の令和4年版 『ひかりの言葉』を入手することができました。

ぱっと見た目には、尊師の御名がありません。

しかし、子細に見ていくと、尊師のご文章が脇文に使われている箇所はあります。

それをご紹介します。

①…3日
主文 「神はあなたと偕にあり、呼べば応えて導き給う」
脇文 谷口清超監修『人生の扉を開く《第4集》』136頁
原典 谷口雅春著『新版 女性の幸福365章』

②…6日
主文 「われに無限の勇気あり」
脇文 谷口清超監修『人生の扉を開く』174頁
原典 谷口雅春著『新版 生活の智慧365章』

③…12日
主文 「神は今、あなたを必要としておられる」
脇文 谷口清超監修『人生の扉を開く《第2集》』30頁
原典 谷口雅春著『新版幸福を招く365章』

④…14日
主文 「今からでも遅くない、全力を出せ」
脇文 谷口清超監修『人生の扉を開く』178頁
原典 谷口雅春著『新版 女性の幸福365章』

⑤…17日
主文 「絶えず進歩する者は ついに偉大な勝利者となる」
脇文 谷口清超監修『人生の扉を開く《第3集》』146頁
原典 谷口雅春著作集『光明法語<道の巻>』

⑥…20日
主文 「神はあなたの父であり母であるからあなたに犠牲を要求しない」
脇文 谷口清超監修『人生の扉を開く《第2集》』108頁
原典 谷口雅春著作集『新版 女性の幸福365章』

⑦…23日
主文 「今まで注がれた愛で、無駄であったものは一度もない」
脇文 谷口清超監修『人生の扉を開く』128頁
原典 谷口雅春著作集『日常生活の中の真理 無門関・聖書篇』

⑧…27日
主文 「良い言葉は相手を生かし、自分を生かす」
脇文 谷口清超監修『人生の扉を開く《第2集》』76頁
原典 谷口雅春著作集『新版 女性の幸福365章』

⑨…30日
主文 「ただひかり、光の中にわれ澄めり」
脇文 谷口清超監修『人生の扉を開く《第2集》』142頁
原典 谷口雅春選集12『静思集』

以上、見てきたように、この「日訓」には谷口雅春先生のご文章を原典としている脇文が9カ所あります。

しかし、その出典を、すべて谷口清超監修『人生の扉を開く』シリーズ4冊からのものとして表記としているために、読者には、どの日にちが谷口雅春先生のお言葉か、谷口清超先生のそれかは、わからないようになっています。

明確に分かるのは、谷口雅宣著『日々の祈り』と記されている日にちだけ(11カ所)。

上に示したように、これは、谷口雅春先生のご文章であるということを表記する方法はあった筈です。

どうして、そうしなかったのか。

やはり、尊師のご存在、お名前をなるべく表に出したくない、隠したいという思惑、意図があったからとしか思えません。

心ある信徒は、それを看て取ったからこそ、ショックを受けたのではないのか、そう思う次第です。




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