| これでこの件最後にします。 (1392) |
- 日時:2016年05月07日 (土) 21時58分
名前:転載
「生長の家原理主義者」の何が悪いのでしょうか。 雅宣氏がどうたらこうたら言ったから原理主義は・・・と言うのは雅宣氏アレルギーであり普通の一般人の感覚ではありません。 また、ウルトラはともかくナショナリストという表現も戦後教育を受けた頭で考えるから悪く感じるのではないですか。 以下、彼が語った彼自身のコトバが倉庫に眠っていたので転載します。彼の意図は明確に書かれていて、私は彼の様な意見も聞く耳を持つべきだと思い転載してきました。 彼は憲法改正やみくもに反対しているわけではないことは明確です。 自分たちの運動方向と少しでも違う人たちを敵対している者ととらえるのは、教えに照らして間違っていないでしょうか。以下転載 **************************************************** 『日本会議の研究』の元となった「草の根保守の蠢動」の執筆は、一年に渡りました。この一年間、雅春先生の『生命の実相』は、頭注版で一回、満州版で一回、それぞれ通読しました。それまでも一人の民族派として、雅春先生のご著書は拝読しておりました。しかしどうしても「民族派としての理論武装」のための読書でしたので、いわゆる「愛国三部書」をはじめとする雅春先生の愛国の情溢れるご著書に触れる機会しかありませんでした。ですが、やはり、『生命の実相』(とりわけ満州版の信の巻!)に接するに、雅春先生の偉大さと純真さがみにしみてわかりました。さらに、『明窓浄几』を草創編から修練編まで拝読して、雅春先生のお考えの広さ、目配りの暖かさに、時折涙することさえありました。 私は、雅春先生が大好きです。心酔していると言ってもいいかもしれません。今、仕事のため、戦後に立ち現れた数々の新興宗教を研究しております。雅春先生とそれら「教祖たち」は少し位相が違うと思います。とりわけ帰幽される直前の雅春先生のご事蹟は、日本の誇る霊的指導者だとさえ思います。 中略 例えば、雅春先生の『天皇絶対論とその影響』は、戦前戦後を通して、日本の右翼・民族派がものにした著作の中で群を抜いて素晴らしいものと思います。あの考え方はあの考え方でいいんです。また、雅春先生のおっしゃる「明治憲法復元」も考え方としてはありだとさえ思います(いわゆるポツダム勅令による戦後の改革は、雅春先生のおっしゃるように「革命」というべきものでしょう。その革命を復元するのは、民族派として真っ当な考え方です) 中略 ただ、「谷口雅春先生を信奉し、谷口雅春先生のお考えを実地に移す政治運動」をやっておられる方々が、谷口雅春先生を前面に押し出さないのは、批判の対象たりうると思います。

|
|