| 不都合な真実 (10708) |
- 日時:2019年03月12日 (火) 10時46分
名前:宇治学舎
私は10年以上前によく宇治へ行っていました。 (25877) 日時:2019年03月12日 (火) 10時29分 名前:茨城白鳩
私は10年以上前によく宇治へ行っていました。谷口雅春先生、谷口雅春先生、谷口雅春先生、谷口雅春先生と、講話中に10回以上必ず、谷口雅春先生の御名を唱えていた唯一の先生でした。
当時、宇治別格本山に私の親戚が奉職しており、楠本先生の居られた総務室と幽祭殿の榎本先生の所には、よく参りました。楠本加美野先生と、榎本恵吾がとても大事にされていた、特別な先生が大熊先生でした。私は楠本加美野先生の後継者になられると期待していたので、退職されたときには、とてもショックでした。
最近、先生のいのちを喜ぶ話を毎日お聞きして、涙を流して喜んでおります。生長の家以外のお方に向けて、優しい表現で、姪や孫に伝導するのに、大変、助かっております。
感謝申し上げます。
インターネット道場消された残念さ。 (25878) 日時:2019年03月12日 (火) 10時43分 名前:報国愛国
楠本長老の、インターネット道場消された残念さ。
今、思えども、残念きわまりない思いです。
そういえば、大熊先生は、宇治唯一のインターネット講師でした。
「津波は流産児の涙」と書いて、錬成部から幽祭殿に異動。
講話と、朝の先導禁止。個人指導は表向き禁止されたけれど、楠本先生が、その救済力を認めて密かに許可。月に数百人が目立たないように、押しかけていたそうです。そのお一人が、元宝蔵会(宇治の後援会)会長のSさんです。
楠本先生の手に負えない指導は大熊講師に全て回したというエピソードも残っています。教団からすれば、今では、楠本長老のカリスマ性も、大熊先生のカリスマ性も、不都合な真実です。
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