《谷口雅春先生に帰りましょう・第二》

 

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「日本は素晴しい国家だ」  アパホテル前で演説したトゥール・ムハメットさん (ウイグル人) (4982)
日時:2017年02月18日 (土) 13時49分
名前:童子

産経新聞 2/18(土) 11:28配信


 「自分の思いを訴えることができた。 日本の皆さんに感謝します」


 ホテルチェーン 「アパホテル」 が客室に 「南京大虐殺」 などを否定する書籍を置いているとして、日本在住の中国人らが、東京都新宿区でデモ行進をした5日、1人のウイグル人男性が沿道で演説を行った。

 「こんなすばらしい国、日本でこんなくだらないデモが行われている …」。 ネットで「神演説」と拡散され、大きな反響を呼んだこの演説を行った男性、トゥール・ムハメットさん(53)。 九州大で農学博士号を取得し、茨城県で会社員をしている。

 ムハメットさんは当日、どんな思いでデモに駆けつけたのか。 東京都内で産経新聞に日本への思い、祖国で受けた弾圧を語った。 (WEB編集チーム 三枝玄太郎)


 ■ 中国人は天安門でデモをせよ

 
 -- ツイッターには個人の考えで、反アパホテルデモに反対するために、新宿に来た、と書かれていました。


 「産経新聞を読んだんです。 近々、中国人による反アパホテルデモが新宿である、と。 アパホテルの元谷さん (外志雄代表) が書いた書籍は一個人の考察に過ぎません。 日本では言論の自由が保障されているのだから、自分たちも本を書いたり、メディアで訴えればいい。 ところが中国はホテル全体、ホテルを使ってはいけないと、(中国) 国民を脅迫する挙に出た。 これだけで中国は言論の自由を許さない国家であることが分かります」


 「産経新聞を読んで知ったときには、デモは翌日に迫っていました。 もう道路使用許可は取れないから、一個人として、せめてプラカードを持って行って、彼らに私の気持ちを伝えたかった。 『あなたたちのデモはくだらない』 と」



 -- 行動する保守運動の桜井誠代表からマイクを渡されてやった演説でした。 突然で、おどろきませんでしたか。


 「あの現場には様々な立場の人たちが集まっていました。 親中の日本人もいた。 街宣右翼もいました。新宿中央公園からデモ隊を追って、アパホテル前まで歩いて行ったんですが、その間5~6回、マイクを渡されたんです。 私がウイグル人だと分かると、沿道の皆さんが応援してくれました。 自分の思いを訴えることができて、日本の皆さんに感謝しています」



 -- なぜあのデモを許せなかったんですか。


 「日本は素晴らしい国家です。 アジアで最も立派な、基本的人権が確立された国です。 一方の中国は、どれだけの人たちを殺したのか。 同胞たち、父母、祖父母たち …。 どれだけ中国政府に酷い目に遭ったか、あなたたち (中国人) は知っているでしょう? あなたたちはここ (新宿) ではなく、天安門でデモをやるべきなんです。 中国政府の中国人に対する虐殺を非難するべきなんです」



 ■ 日本の警察官は平和の象徴、中国の警察官は暴力の象徴


 -- 日本の警察官に感謝の言葉をおっしゃっていましたね。


 「ええ。 日本の警察はこんな不正義なデモですら、彼らを守ってくれる。 日本の警察は平和の象徴です。 それに対し、中国の警察はどうですか。 中国の警察は暴力の象徴でしょう? まず警察に感謝しなさい。 そう言いたかったんです」



 -- 中国のウイグル、チベットに対する圧迫がひどいです。 なかなか日本には伝わりませんが。


 「中国は自国民に何をやりましたか。 大躍進、文化大革命、天安門事件 …。 どれだけ中国人が殺されていますか。 中国国内の民主派団体の計算では8000万人殺されています。 天安門事件だけで2万人です。 これになぜ抗議しないんですか。 恥ずかしくないんですか」


 「沿道でうれしいことがあったんです。 私はプラカードを十数枚用意したんです。 『中国はウイグル人虐殺をやめろ』 『日本はウイグルを支援する』 『(注1) イリハム・トフティさんを釈放しろ』。 虐殺の写真も用意しました。 それを沿道の日本人の皆さんが一枚一枚手に取って、掲げてくれました。 (注2) ヤルカンドの虐殺、この事件は2014年に起きたのですが、5千人くらい殺害されています。 逮捕者は2万人に及びます。未だに消息不明の人がたくさんいます」


 「イリハムさんは有名人ですから殺されないけど、有名ではない、市井の人は殺されてしまう。 中国人ですら投獄されるのに、ウイグル、チベットは独立を主張するだけで最悪、死刑です。 国家分裂を扇動した罪というのがありますから。 これは最高刑が死刑なんです」


 -- (注3) 艾未未(アイ・ウェイウェイ)さんは、自分がされた拷問を絵画にしていますが、どうも拷問が横行しているという話は尽きませんね。


 「マイナス20度の屋外に立たせたり、爪をはがされたり、お湯をかけられたりなどはよく聞きます。 何日も拷問して、ストーリーを作ってしまうんです。 そうすれば裁判ではどうなりますか。 最悪、死刑になってしまうでしょう?」


 -- 恐ろしい話です。


 「わけもわからず人が消える。 深夜、警察が来て連行されたんだという。 でも行方が分からない。 こんなことが日常茶飯事です。 陳情なんて、しただけで逮捕ですよ」


 -- 日本のデモの様子を見てどう思いました?


 「誰が誰なのかも分からず行きましたが、平和ですね。 『おまえ、しゃべるな』 なんて誰も言わない。 一方で我々には言論の自由がありません。 中国はウイグルを自らの領土であり、我々を自国の少数民族だと言いますが、私たちは中国に侵略された植民地であると思っています。 歴史的にも漢民族と我々は成り立ちが全く違う。 中国の影響を受けていないんですよ」


   ◇    ◇

(注1) イリハム・トフティ氏

 中国の経済学者。 ウイグル族で、中央民族大教授。 ウルムチ市で暴動を扇動したとして、中国当局に2009年に拘束された。 いったんは釈放されたものの2014年に再び拘束。拘置所で10日間、食事を与えないなどの虐待を受けたと弁護士に主張した。 ウルムチ市中級人民法院 (地裁) は無期懲役判決。 高級人民法院 (高裁) も無期判決を支持。


(注2) ヤルカンドの虐殺 (ヤルカンド事件)

 2014年7月28日夕方、新疆ウイグル自治区カシュガル地区ヤルカンド県で、イスラム教武装グループが警察署などを襲い、共産党幹部らを殺害。 死者は98人にのぼった。 (中国新華社通信などの報道)。 一方で、日本ウイグル協会などは、事件はイスラム教断食月 (ラマダン) 明けを祝っていたグループが中国当局に殺害されたのが発端で、数千人が抗議デモを行っただけであり、中国当局はこれに対し、軍を投入し、2~3千人が犠牲になったと主張している。


(注3) 艾未未氏

 中国の現代美術家。 政府批判を繰り返し、自宅軟禁や拘束を何度も受けた。 2011年、脱税容疑で逮捕、投獄されたが、現在は釈放されている。


   ◇    ◇


   「市中心部にあった自宅は人民解放軍に取られました」



 ■ 自宅は人民解放軍に取られた。補償も何もありません


 -- トゥール・ムハメットさん(53)の生い立ちを聞かせて下さい。


 「ええ。 私は今の新疆ウイグル自治区のボルタラというところで生まれました。 1981年に北京農業大に入学し、ウイグルで85年 ~ 94年まで大学講師をしていました。 94年に九州大学に留学しました」


 -- 教育を受けることができたんですね。


 「当時の中国政府は警戒はしていましたが、今ほど敵視政策は取っていなかったんです。 生家は市の中心部にありました。 1960年代初頭に壊されて、5~6キロ離れた所に移住させられました」


 -- なぜ、そんなことが?

 
 「人民解放軍のボルタラ軍区の官舎になったんです。 5~6歳のころ、父がバザールによく連れて行ってくれたんですが、必ず昔の家に連れて行って 『ここは昔、自分の家があって、ここに大きな庭があって、立派な家だったんだ』 って教えてくれました」


 「7歳ごろにいきさつを聞いたんですよ。 全ての土地は国のものだから、と言って、命令のままに隣近所バラバラに移住させられたんです」


 「我々ウイグル族の間では 『遠くの親戚より近くの他人』 とよく言います。 バザールに行くと昔の近所の人に会うんです。 子供心に自分の家のことが気になったんですね」



 -- 大きな家から田舎に移住させられて、生活は変わりましたか。


 「補償がほとんどなかったので、日干しレンガを自分たちで調達して、一個一個積み上げて自分の家を建てました。 粗末な家でした。 8歳のころ、父親が亡くなり、親戚に引き取られました。 そこは工場労働者だったので、少し暮らしが良かったんです」


 -- しかし、北京に行かれたんですから、さぞ頭の良い子だったんでしょうね。


 (恥ずかしそうに) 「自分の人生を変えたいと思って、81年に北京農業大に行きました。 ボルタラでトップの成績でないと北京には行けませんでした。 大学では苦労はしなかったんですが、北京に残れと言われたんですが、故郷に戻りたかった。 大学教授を目指すことにしました。政治的に圧迫されたくなかったので、農業分野を選んだんです」


「農業施設の鶏舎やかんがい、土壌改良、病虫害の予防、排水といったことが専攻です。 新疆農業大で教えていました。 その後、日本の大学の先生と知り合い、私費留学で日本留学が決まりました」



 ■ 習近平政権は今までにないほど圧迫、弾圧的


 -- なぜ戻らなかったんですか。


 「戻るつもりでした (笑)。 でも1997年2月、ウイグルのグルジャというところで、ウイグル人のデモを中国が弾圧した事件がありました。 数百人が亡くなったといわれています。 私は日本に来て初めて天安門事件を知ったんですよ。 中国では知らせていないんです」

 
 「ちょうどそのころ、97年4月から (注4) ロータリー米山記念奨学会から奨学金を頂いていました。 そこで福岡県のあるロータリークラブにお世話になることになったんですが、週に1回、木曜日に行くんです。 そこで内々に事件の話をしてほしい、と言われまして。 『絶対外に話さないから』 と言われまして」


 -- 何だか話が見えてきました (笑)


 「虐殺の写真やビデオを持って行って、30~40人を前にしゃべりました。 ところが、一部の方から文句を出まして。 『なぜ中国の悪口を言うのか。 中国でビジネスをやっているのに』 と。


 -- 当時は今より中国に親近感を持つ人が多かったですからね。


 「会長さんが良い方でね。 お医者さんでしたが、『それなら聞かなかったことにして下さい』 と言って頂いて、それで収まりました。 その後、その会長さんは私を折に触れて励まして下さって、本当によくして頂きました。 ところが5~6月ころ、今度は別のロータリークラブから電話がありまして、『うちでもしゃべってくれ』 と要請されたんです」


 -- 外に漏れてるじゃないですか。


 「ですからもう腹を決めて行きました。 もう国には帰らない。 帰れない、と。 そこの皆さんに言いましたよ。 『絶対に中国に投資しない方がいいですよ』 と (笑)」



 -- 今の習近平政権をどう思いますか。


 「今までで一番ひどいです。 これまでにない圧迫、弾圧を行っています。 こんな体制が長く続くとは到底思えないのですが…」


     ◇    ◇

(注4) ロータリー米山記念奨学会の奨学金

 公益財団法人 「ロータリー米山記念奨学会」 が勉学、研究のため日本に在留している私費外国人留学生に対し、全国のロータリークラブからの寄付金を財源に支給、支援する奨学金。



 



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