「日本学術会議」を擁護したことで、総裁が“アカ総裁”であり、教団は“サヨク教団”であるということが衆目の一致するところとなり、今後は、公安からも監視対象となるのでは… (12756) |
- 日時:2020年11月01日 (日) 14時37分
名前:破邪顕正
長谷川幸洋氏の「学術会議騒動の悲劇的結末」は今回の騒動の本質を突いているように思います。
〈菅政権の下で、学術会議は大きく姿かたちを変えるだろう。その結果、左翼は必死に守ってきた既得権益を手放さざるをえなくなる。赤旗が始めた政権攻撃は、会議の抜本的見直しという『左翼にとって悲劇的な結末』を迎えそうだ。〉
面白いのは、「日本学術会議」の実態が暴かれるようになるとともに、あれほど叫んでいた「学問の自由」という声が尻すぼみになってきたことです。
だって、国防に関する「学問の自由」を圧殺してきたのは、他ならぬ「日本学術会議」であったということが明るみになってきたのですから…。
何のことはない、サヨクの言う「学問の自由」とは、自分達の言い分だけを認めよということに他ならない…。
それに反対するような「学問の自由」などは認めない…。
何が「学問の自由」か…。
これって、デジャブ、どこかで見た光景ですよね。
そうです、「あいちトリエンナーレ」がそうでした。
このときは、「表現の自由」でしたか…。
だったら、自分達のお金で勝手にやればいい。
何故、それを公金を使ってやろうとするのか…。
そういうことでしたよね。
「日本学術会議」にも同じ事が言えます。
そんなに「学問の自由」が大事ならば、それこそ自分達で勝手にやればいい…。
国から金を貰えば、国の紐付きになってしまう、そういうのは断乎、拒否する…。
そう啖呵をきったら、少しは国民の共感も浴びたのではないでしょうか。
ところが、国はあれこれ注文をつけるな、ただ黙って金を出せばいいのだ…。
これでは如何に何でも、オカシイでしょう。
そういう国民感情の前に、さしもの「日本学術会議」も分が悪いと感じはじめたのではないでしょうか。
今度はぜひ「日弁連」にメスを入れてほしいものです。
それにしても、総裁はどうして意見広告なんか出したのでしょうね。
教団維持派の方は、総裁先生は先見の明があるとよくヨイショしますが、こんな意見広告を出して、心ある信徒からは顰蹙を買い、どこに先見の明があるのか…。
少しも時代の流れが見えていないのでは…。
オールドサヨクマスコミと同じような運命を辿るようになるのでは…。
否、辿るようにしていかなくてはなりません。
尊師の教えを断乎として護り抜くために!
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