「コスモス」さんへ (12522) |
- 日時:2020年08月10日 (月) 16時02分
名前:破邪顕正
今、何が嬉しいと言って「神癒祝福祈願」に対するお礼であります。
こういうお便りをいただくことが、何よりの励みともなっています。
もとより、祈願は教団でも執り行われています。
しかし、聞くところによれば、「聖経」と「讃歌」とをまぜまぜにしてやっている…。
少なくとも、道場では双方が読まれていて、そういう雰囲気の中で、祈願が執り行われていることは間違いないわけです。
それ対して、私どもの方では、純粋に「聖経」のみで、しかも「宇宙浄化の祈り」を必ず実修させていただいております。
浄めこそが神癒の根源なり。
日本橋練成道場にはじめておいでになった方が、「清まっていますね」と言ってくださいます。
それがまた本当に嬉しいし、有難いことでもあります。
新編『生命の實相』第9巻「聖霊篇」を拝読していて痛感したことがあります。
《石川県から帰って来ますと、私の机の上には要返事の手紙や、遠隔治療依頼の手紙などが山積しています。『生命の藝術』の原稿は汽車の中で大半を書きましたが、その残りと次号の『生長の家』の原稿全部を私ひとりで書かねばなりませんので中々多忙を極めていました。》(82〜83頁)。
「生長の家」の草創期、尊師はこのようにして、文字通り、御自ら、獅子奮迅のお働きをなさって光明化運動を牽引していかれたのだと思いましたら、もう本当に尊くて、有難くて、このご精神に続かなくてはにならないと自らに言い聞かせたことでした。
宗教法人を取得させていただいて、よろこびとともに、今はその責任の重大さをひしひしと痛感しております。
要は、どれだけ信徒の皆様におよろこびいただけるか、それに尽きると思っています。
今、「コスモス」さんように、祈願のお礼を申し上げてくださる方や、奉納写経に対する感謝の礼状を送ってくださる方が増えて、毎日が本当に喜びに溢れています。
ただただ尊師への報恩感謝の真心、その思いひとすじに生きてまいりたいと思っております。
ともに、精一杯、尽力してまいりましょう。
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