《谷口雅春先生に帰りましょう・第二》

 

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谷口雅春先生に帰りましょう・伝統板・第二
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今回の「通達」は、尊師の畢生の大事業、総本山のご造営に、挺身・致心・献資の真心を捧げられた先人たちを裏切り、尊師の教えで救われたであろう後世の人々をも見捨てる、許されざるものである… (11986)
日時:2020年05月17日 (日) 15時34分
名前:破邪顕正


手元にある『菩薩は何を為すべきか』の奥付には、初版発行が昭和35年2月15日となっています。

その中に、この一文があることを改めて注目したいと思うのです。

《この運動は宇宙の創造神に在しますところの生長の家大神が或る時期に住吉大神と顕れてコトバの力によって御禊祓をなしたまうところの運動であります。》(54頁)

つまり、昭和30年代の前半、既に、「生長の家」とは

住吉大神と顕れてコトバの力によって御禊祓をなしたまうところの運動であ≠チたということなのです。

そして、それがいよいよ具体的な形となって生まれたのが総本山のご造営であり「宇宙浄化の祈り」でありました。

そのことは、聖経『続真理の吟唱』にある「住吉大神を顕斎殿に迎え奉るための祈り」を拝読させていただけば、誰しも自ずと了知せられることでありましょう。

この尊師の畢生の大事業に、多くの信徒が挺身・致心・献資の真心を捧げたことは、総本山の、あの玉垣を見れば一目瞭然であります。

ところが、今回の「通達」は、全ての教区において、その住吉大神を“造化の三神”に取って替えるということを押しつけ≠驍烽フであるわけです。

先に「宇宙浄化の祈り」を禁じ、今度は、神様の取り替えまでやってのける…。

私に言わせれば、これは、尊師の畢生の大事業に泥を塗るも同然であり、合わせて、その尊師の膝下に馳せ参じた数多くの先人たちの思いをも踏みにじるものと言う他はありません。

問題は、それだけに留まりません。

今回の「通達」は、『實相』額を覆い隠し、礼拝するときの言葉まで変えようとしています。

「通達」にこうあるからです。

〈万物調和のムスビの働きを表した造化の三神と、神の創り給いし無限多様の実相世界を 象徴する七重塔を通して、宇宙の大生命に礼拝いたします。〉

それまでは、どういう言葉であったか。

〈「實相」のご揮毫を通して〉

とか

〈「實相」の御額を通して〉

そのように言ってきたのです。

つまり、「實相」額を通さないようにする、それを意図的にやろうとしているのが、今回の「通達」なのです。

それが、如何に重大な問題を惹起せしめるか。

『神真理を告げ給う』の次のご文章をお読みください。

《諸君は生長の家≠フ本部道場や練成道場の講壇の正面に『實相』という大文字が掲げられてあることを知っているであろう。あれはわたし≠ェ掲げるように命じたのである。
 なかには、何かあの文字に大なる神秘的霊力があって、あれを礼拝すれば何か功徳があるかのように思って礼拝している人があるが、実相とはあなた自身の実相≠ナある。あなたの実相は、純粋透明な空気のように肉眼には見えないから、それを思い出して自分の実相を礼拝する機会を大抵の人はもたないのである。そして肉眼に見える肉体的姿を自分自身だと思いまちがえ、自分自身を物質的存在だと思い込んでしまうのである。だから、自分自身を物質的存在だと思いまちがえないように、『實相』と文字に大書して、自己の実相≠その文字に移入して礼拝するようにしてあるのである。》(14〜15頁)

何故、「實相」礼拝なのか。

実相とはあなた自身の実相≠ナあって、自分自身を物質的存在だと思いまちがえないように≠キるためなのです。

この「實相」礼拝こそが、救いの根源なのです。

それをしないということは、どういうことか。

そうです、ここからは、救いが生まれないということを意味するのです。

教団は、そのことは、百も承知の上なのです。

現に、教団は、以前から、個人の救済より、今は地球環境を救うための運動を展開すると言って憚らないできたわけですから…。

救いがなくても結構、そう開き直ってきたわけです。

しかし、それは余りにも身勝手に過ぎる言い分ではないでしょうか。

そのまま、『神真理を告げ給う』にある如く、「實相」礼拝し、尊師の様々な『聖典』を拝読していけば、これから先、どれだけの人々が救われるか、図り知れないわけです…。

それがわかっているのに、そういう世界を一方的に切り捨てる…。

先人を裏切り、もう一方では、後世の人々をして救いの世界から見放してしまう…。

今回の「通達」には、そういう大きな問題が孕まれていると感じないではいないがゆえに、ぜひ、多くの信徒にこのことを知ってもらいたいと切に願っているということなのです。





小さなクモの智慧 (12186)
日時:2020年06月15日 (月) 02時00分
名前:あめのうずめ

ありがとうございます。

こちらのスレッドが、後ろにいってしまったので、投稿させていただきました。



ここからは、コーヒーブレイクのつもりで、ご高覧ください。


二年ほど前の春先の事でしたが、我が家の小さな庭に、クモが住み着いていたんですね。

それはとても小さくて、一センチにも満たない緑色をしたクモでした。

私は、ガーデニングが趣味なので、そのクモと、毎日顔を合わせていた訳なんです(笑)

クモというのは、中々面白い生き物で、頭を逆さまにして巣の中心に陣取っているのですが、30分に一回位は巣のすみっこに行って、休憩したりするのです。

ところが、春先は思いのほか風や雨が多くて、その度に、巣が破れてしまうんですね。

しばらく雨が続いたりすると、どうしたかな?と思うんですが、翌日はまた、せっせと巣作りしていて、とても可愛いものです。

そんな風に観察していくうちに、ある事に気づいたんです。

巣が、破れてしまった時に、巣を修復する時と、新たな巣を作り始める時とがあるんです。

それは、巣の大きさに関係無いので、大変不思議に思いました。

良く観ていくと、クモは、主軸となる縦糸が一本でも切れてしまうと、今迄の巣をあっさりと捨てて、新たな巣を作り始めるんです。

あんなに頑張って作った巣なのにと、こちらは思うんですが、主軸無き巣が、もはや役に立たない事を、知っているんですね。

かと思うと、どんなにズタズタに破れてしまったように見える巣であっても、主軸となる縦糸のしっかりしているものは、どれだけ時間をかけても修理をするのです。

自分の巣を俯瞰できる訳でもないのに、この智慧は、一体どこから来るのかしらと、驚嘆せずにはいられませんでした。



今の教団は、ちょうど主軸となる縦糸を、すべて無くしてしまったクモの巣のようです。

風のような思想に揺れながら、やがてはもつれて消えてしまう他はないように思います。




大袈裟かもしれないけれども、捨ててしまった大きな巣の向こうで、せっせと新しい巣作りに懸命に励んでいるクモに対して、私は神々しささえ感じたのでした。

「あめのうずめ」さんも、お帰りなさい… (12188)
日時:2020年06月15日 (月) 08時47分
名前:破邪顕正


「月見草」さんに続いて、「あめのうずめ」さんも“復活”いただき、本当に嬉しい限りです。

投稿内容も実に含蓄のあるもので、痛く、感銘いたしました。

〈今の教団は、ちょうど主軸となる縦糸を、すべて無くしてしまったクモの巣のようです。〉

私は、今の教団は、もし縦糸があるとすれば、それは尊師の“血脈”を継いでいるという一点しかないと見ています。

もはや、教団は、その縦糸に縋るしかなくなっている…。

それに対して、私たちは、所謂、尊師の灯された教えを護り抜く、即ち“法脈”を第一義にしていく立場だと思っています。

そういう私たちにとっての根本精神が、新編『聖光録』にある人類光明化運動のパテントは諸君に譲られた≠ナあると私は思っています。

尊師が神から啓示を受けられて始められた「人類光明化=日本国実相顕現運動」を尊師だけに頼るのではなく、運動として、組織として吾々一人一人が住吉大神の全身全霊となって推し進めていかなくてはならない…。

これは、その歴史的なご文章であると思っています。

当然、総裁は、今回の『“新しい文明”を築こう』からは、見事にこれを削除しています。

総裁にとっては、実に、それは都合の悪いご文章だからでありましょう。

言うまでもなく、私たちにとって、何より大事なのは、尊師の御教えであります。

この御教えが総裁によって変質せしめられ、このままでは後世に伝え遺されていかない、それを心底、危惧したからこそ、私たちは起ちあがったのです。

その危惧は、もののみごとに当たりました。

それが、今回の『“新しい文明”を築こう』なのです。

これが、今後の「生長の家」のバイブルとなっていくのかと思うと、それこそいてもたってもいられない思いに駆られます。

先の「通達」と言い、今回の『“新しい文明”を築こう』と言い、これは“法脈”を断ち切る以外のなにものでもありはしません。

それを、総裁は“血脈”を笠に着てやろうとしているのです。

果たして、信徒が本気で護るべきは何なのか?

“血脈”なのか“法脈”なのか?

それが今、このとき、問われているのです。

これまでの私自身の半世紀近い信仰に賭けて、これに立ち向かわなくてはならない、そう決意している次第です。

改めて、ご投稿いただき、心より感謝申し上げます。

心強い援軍をいただいた思いでいっぱいです。



法脈にこそ、権威がある! (12221)
日時:2020年06月19日 (金) 02時04分
名前:あめのうずめ

ありがとうございます。
私如きに、もったいないお言葉を頂きまして、恐縮しております。


そもそも尊師であられる谷口雅春先生の血脈に頼るしかないなら、それは雅宣総裁ご自身に、権威が無い事を暴露していることに他ならないと思います。

谷口雅春先生には、権威があった。だからその血脈である雅宣総裁にも、同じように権威があるのだという論理なのでしょうが、谷口雅春先生のお孫様というのは、ただの肩書きではないでしょうか。

血縁である事が、雅宣総裁の信仰心や人格とは全く関係ない証拠に、今回はまた、コメディ映画のゴーストバスターズをヒントに、コロナバスターズと云う自作のゲームやらシールやらを、披露していらっしゃいましたね。

世界中がコロナ惨禍から抜け出そうと、各国懸命の努力をしたり、特効薬やワクチン開発が急がれている時に、この悪ふざけは、不謹慎を超えているように思います。

バットマンよりなお悪いでしょ。だって、看取られる事もなく、沢山の方々がお亡くなりになっているのですから‥。しかも、貧しさ故、医療にあずかれない人達も、大勢いらっしゃると聞きます。



そしてまた、法灯継承者であるというのも、私に言わせれば、ただの肩書きです。

正式な法灯継承があったかなかったか、それを証拠立てるものは、何ひとつない。

しかしながら、万が一、清超先生から法灯継承者であると認められていた事が事実だったとしても、「だから何ですか??」と、私は言いたい。

実際のところ、彼は法灯破壊者以外の何物でもないのですから。

それは、事実が証明しています。


教団内において、どんなに絶大な権力を握っていようとも、肩書きが無ければ権威を保てない事は御自身も承知の上で、開き直っていらっしゃる様にお見受けしております。

何だか寂しい話ではありますが、夜明け前が一番暗いと、谷口雅春先生は教えてくださっていました。今が、その時かも知れません。

破邪顕正様の使命感に溢れたスレッドを拝読していると、夜明けは思いの外近いのかもしれないと、希望が湧いてきます。憂い顔をしている時では、ありませんでした(笑)

心よりの感謝をささげます。ありがとうございます。

「あめのうずめ」さんの、総裁は法灯破壊者≠ニいう投稿に思うこと… (12225)
日時:2020年06月19日 (金) 10時35分
名前:破邪顕正

「あめのうずめ」さんの投稿に、大きな励ましの力をいただいております。

今の教団がまがりなりにも存続を保ち得ているのは、総裁が尊師のお孫さまである、その“血脈”に依っている、それは紛れもない現実であろうと思います。

であれば、総裁は、そのことにもっともっと感謝すべきなのです。

その感謝の思いが一掬でもあれば、それを些かでも感じ取ることができれば、もしかしたら、私は退会しない人生を歩んでいたかもしれません。

しかし、総裁はそうではありませんでした。

自らの依って立つ、その基盤たる“血脈”すら、恰も否定するかのような言動をとって来ました。

もしかして、総裁は、自らを縛るものとして“血脈”そして「生長の家」を捉えているのではないのか。

だから、それを破壊しないことには自分は自由になれない、そういう潜在願望を果たすべく、この30年余の歳月をかけて、様々なことを実行に移してきたのではないのか。

そういう思いが吹き上がって、怒りの感情そのままに投稿したのが、以下の記事です。

結果的に、私にとっても、一つの覚悟を固めた重要な投稿となりました。

長文ではありますが、引用させていただきます。

ただ、そのまま引用するのも芸が無いので、途中、私の思いを追記することにしました。

その部分は(※)で表しています。

それだけでもお読みいただければ幸いです。


《怒怒怒!》「生長の家」乗っ取り屋背教総裁=I今の総裁には、この名称こそが最も相応しい! (2133)
日時:2016年06月18日 (土) 08時12分
名前:破邪顕正

表題は、昨日の尊師31年祭における谷口雅宣背教総裁≠フブログ記事を読んでの怒りの感想です!

>2016年6月17日 (金)

信仰者はウソをつかない

 今日は午前10時から、長崎県西海市の生長の家総本山にある谷口家奥津城で「谷口雅春大聖師三十一年祭」がしめやかに執り行われた。前日の雨は上がり、時に陽が差し込む中、奥津城前の広場には神奈川、石川、和歌山、広島、香川、鹿児島から団体参拝練成会に参加する信徒・幹部ら、また近隣の教区から合計五百数十名が集まり、生長の家創始者の遺徳を偲び、真理宣布の決意を互いに確かめ合った。私は、年祭の最後に大略、以下のような挨拶を行った。 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 

 皆さん、本日は谷口雅春大聖師三十一年祭に大勢お集まりくださり、誠にありがとうございます。谷口雅春先生は昭和60年の今日の日に昇天されましたが、あれから31年が過ぎていきました。雅春先生は昭和50年1月に、81歳で東京からこの地に移られ、龍宮住吉本宮(昭53)と霊宮(昭56)を建設され、長崎では約10年間を過ごされました。 

 この間、生長の家の運動では大きな変化がありました。それは昭和58(1983)年7月に、生長の家政治連合(生政連)という政治団体が活動停止になったことです。今日は、その意味について振り返りたい。生政連は昭和39年9月に結成されましたから、それ以降約20年にわたって、生長の家は政治運動を展開したという歴史をもっています。 

 しかし、そういう政治運動はやめようということになりました。これは、第2代総裁の谷口清超先生の決断によるものです。しかし、谷口雅春先生も政治と宗教が一体となった運動には弊害が大きいことを、この決定の10年ぐらい前から気づいておられました。谷口清超先生は、その意を汲まれ、さらにご自分の信念にもとづいて、この重大な決断を下されたのです。

(※これぞまさしく“フェイクヒストリー”です。
総裁がその裏で如何に暗躍していたか、それは知る人ぞ知るです。
また、尊師は生政連の一時活動停止について事後報告を受けられたのであって、生政連の解散ということにまで賛同されていたわけではありません。)
 
 当時のことをやや詳しく書いた文章を読みます。これは私が監修して2004年に出した『歴史から何を学ぶか:平成15年度生長の家教修会の記録』という本にあるものです。書いた人は、この政治運動の推進に中核的役割を果たしてきた元本部講師の森田征史さんです 

(※森田先生が、現総裁によって書き直しを命ぜられたこと、悔しい思いをなされたこと、そしてそういうこともあって後に自ら辞職されていったこと…これまた知る人ぞ知るです。
だから、この本にあることが、そっくりそのまま森田先生の本心と思ったら大間違いなのです!
その行間からにじみでる、森田先生の苦悩、苦渋を読み取らないといけないのです。
総裁は、森田先生を自分の正当化のために“悪用”する…。
それは容易に想像のつくことでした…。
だから、心ある人は森田先生に総裁のその申し出を断るようお願いしたのですが…。
森田先生の無念、森田先生に代わって晴らさなくてはならないと思っています。)

-----(以下引用)---------------- 

<生政連活動停止の原因となる重要な問題は、既に昭和43年9月1日号の『聖使命』紙に谷口雅春先生の「勝利に傲らず聖胎を長養すべし」と題されたご文章の中に示されていました。それは、「純粋宗教的立場から幾分方向転換して政治的方面に運動を進めて来たために、宗教の純粋さや、清潔さが少しでも失われて来ていないか」ということでした。教化部や道場で真理の話が少なく、「票の獲得」のことが多い等の意見があり、宗教的な魂の教化や救済が第二次に置かれるとき、純粋なる宗教的真理を求める人たちは去ってしまうか、近寄り難くなるのは当然の帰結である。そのために選挙の票は伸びたが、信徒又は誌友数は足踏みどころか却って少なくなった県もある、と先生はご指摘になりました。(…中略…)そして、純粋宗教活動にのみ精神と行動を集中するためには、地方の教化方針や雰囲気を変える必要があり、教化部長の改選期にあたり大々的に配置転換が行われると同時に、相・白・青の組織が政治運動のために一元化していることから、男性が白鳩会を支配している傾向のところは改めなければならなぬ、と強く指摘されました。 

 こうした先生のご指摘に対して、主たる改善が行われないまま運動が進んでいきました。しかしその後、参議院選挙での全国区比例代表制の導入等、新たにいろいろな重大な問題や矛盾も生じ、昭和58年7月5日、生政連は遂に活動停止となりました。 

 生政連の活動停止後、先に述べたように、谷口清超先生のご指導を戴いて次のような教団の新たな決意が述べられました。 

 このような情況においては、吾々の運動は立教本来の布教使命の自覚と人類光明化運動の根本的な基盤確立が必要欠くべからざるものとの観点から、出来るだけ多くの国民の中に『神の子・人間』と実相日本の霊的使命を伝道し、全世界の組織網を確立することが急務と考え、生政連活動は停止されたのであって、決して後退したのではない。それは新たなる前進である。今後は、人間神の子の真理・真理国家日本の理念を自覚した国民をもっともっと多数うみ出すことにより、そうした国民の正信がおのずからに、政治家は勿論、凡ゆる階層の人々に反映され、生活・教育・家庭・事業、及び政治の変革が実現するような状況をつくり出して行こう、とするのである。それはこれまで以上に幅広く、根の深い雄渾な活動への重大な第一歩と言えるであろう。 

 こうした目的を達するためには、生長の家の各組織を拡大・充実させつつ、飛躍的な教勢拡大を図るほか、安易な道はどこにもありえない。そしてそれこそが、人類光明化運動の原点でもあるのだ。吾ら信徒一同、この原点に立ち、菩薩行に邁進したいと決意を新たにする次第である。(『聖使命』昭和58年8月15日号) 

 生長の家はその後、純粋な信仰運動として信徒拡大をはかるために、従来、政治目的で行動を共にしてきた「日本国民会議」等の“愛国団体”とも分かれ、講習会推進活動を中心とした運動を展開しました。>(同書、pp. 59-61) 

--------(以上引用)------------- 

 ここにあるように、生長の家は生政連の活動停止を決めたことに伴い、それまで政治的な行動を共にしてきた、いわゆる“愛国団体”とも袂を分かつという方針を決め、その方針を実行してきたはずなのです。この“愛国団体”の中に「日本国民会議」というのがありました。これが今、話題になっている「日本会議」の前身である政治団体です。ですから、生長の家は長年の政治運動による諸問題を真剣に考察した結果、宗教の純粋性を回復し護持するという重要な目的からこの決定を下した。その決定から、今はもう30年以上たっているのです。

(※これも総裁の勝手な解釈でしかありません。政治活動から手を引いても、生長の家の宗教の純粋性として、何も愛国=天皇仰慕の思想まで捨て去ったわけではありません。
政治活動と愛国思想とを意図的に混同させ、その上でともに葬り去ろうとはかったのが総裁です)

 ところが残念なことに、この決定に従わない人々がいたのですね。それも一般の信徒ではなく、生長の家本部の中枢にいた人、また教化部長として、本部講師として、本部からの給料で生活の保障を受けていながら、表面では本部の方針に従う素振りをして、何十年も“面従腹背”の生活を送ってきた人々がいたのです。 

(※“面従腹背”は、文科省の事務次官だった前川某氏の座右の銘でしたね。
実は、総裁もそうなのだと私は見ています。
だって、総裁も自らの独裁権限を手中に納めるまでは、清超先生に従うようなフリをしていたではありませんか。
権力を握った途端、清超先生を蔑ろにするような言動をとったこと、これまた知る人ぞ知るです。
とりわけ原宿本部会館の解体には、清超先生は徹底して反対されていました、これまた有名な話です。
そういうご遺志だって、総裁は無視して、本部移転を強行したのです。)

 先日、6月9日に発表された生長の家の「今夏の参議院選挙に対する方針」には、そのことが次のように書かれています−− 

--------(以下引用)------------- 

<最近、安倍政権を陰で支える右翼組織の実態を追求する『日本会議の研究』(菅野完、扶桑社刊)という書籍が出版され、大きな反響を呼んでいます。同書によると、安倍政権の背後には「日本会議」という元生長の家信者たちが深く関与する政治組織があり、現在の閣僚の八割が日本会議国会議員懇談会に所属しているといいます。これが真実であれば、創価学会を母体とする公明党以上に、同会議は安倍首相の政権運営に強大な影響を及ぼしている可能性があります。事実、同会議の主張と目的は、憲法改正をはじめとする安倍政権の右傾路線とほとんど変わらないことが、同書では浮き彫りにされています。当教団では、元生長の家信者たちが、冷戦後の現代でも、冷戦時代に創始者によって説かれ、すでに歴史的役割を終わった主張に固執して、同書にあるような隠密的活動をおこなっていることに対し、誠に慚愧に耐えない思いを抱くものです。先に述べたとおり、日本会議の主張する政治路線は、生長の家の現在の信念と方法とはまったく異質のものであり、はっきり言えば時代錯誤的です。彼らの主張は、「宗教運動は時代の制約下にある」という事実を頑強に認めず、古い政治論を金科玉条とした狭隘なイデオロギーに陥っています。宗教的な観点から言えば“原理主義”と呼ぶべきものです。私たちは、この“原理主義”が世界の宗教の中でテロや戦争を引き起こしてきたという事実を重く捉え、彼らの主張が現政権に強い影響を与えているとの同書の訴えを知り、遺憾の想いと強い危惧を感じるものです。> 

--------(以上引用)------------- 

 イスラーム原理主義にもとづくテロリストの戦術として、英語で「sleeper cell」と呼ばれるものがあります。「sleep」は「眠る」という意味で、「cell」は「細胞」−−「眠れる細胞」です。政治学の分野では「細胞」は政治組織の最小単位のことであります。「sleep」という語も、スパイなどが自分の本当の身分や意図を隠しながら、一般市民の中で静かに、ごく“普通に”していることも意味する言葉です。ですから、「sleeper cell」は「所属する組織の本当の目的を秘匿して、大衆の中で普通の市民として暮らす単位組織」という意味になります。 

 この“スリーパー・セル”が私たちの運動の中にもあったということです。そのことは、菅野さんの本の中で、実名をもって証明されています。これは、そういう人々が何十年も前にいたという話ではなく、ごく最近まで生長の家の幹部として活動し、今は「日本会議」の中枢にいたり、さらに私たちの運動に反対している「谷口雅春先生を学ぶ会」の中枢にもいる−−ということです。しかし、私たちの今回の決定は、これらの人々への憎しみに基づくものではありません。そうではなく、これらの人々の運動方法と行動哲学は、宗教が説く「信仰」とは相容れないことを明確にするためです。さらに言えば、この同じ方法で隠密裏に、日本の政治が彼らの偏向した思想によって間違った方向に向けられる危険性が迫っているという認識と危機感にもとづくもので、「そうさせてはいけない」という強い意志の表明なのです。 

 健全な民主主義を機能させるためには、政治の透明性が不可欠です。しかし、彼らが何十年も実践してきた“スリーパー・セル”のような“面従腹背”の生活と運動方法は、宗教と相容れないどころか、民主主義の基本を否定するものです。なぜなら、彼らの思想と行動の実態は表面から分からず、まったく不透明だからです。このような生き方は、ましてや谷口雅春先生のお考えや人格とは正反対と言っていいでしょう。

(※こういうのを俗な言い方で“おまいう…お前が言うな”というのでしょうね。
聖典絶版の裏で蠢いて画策したのはどこのどなたですか。
生政連を解散に追い込んでいったときにも、文字通り「表面から分から」ないように影で手を引いていたではありませんか。
総裁は、「谷口雅春先生のお考えや人格」に反するようなことはしていないと胸を張って言い切ることができますか?)

 ご存じのように、谷口雅春先生は、隠し事をされない、竹を割ったような、まっすぐな性格をおもちでした。先生は宗教の創始者という立場にありながら、ご自分の失敗を包み隠さず文章に書かれたことが一度ならずあります。有名なのは、『生命の實相』の自伝篇にある若い頃の女性遍歴の話です。これは多くの方はすでに読まれている。 

(※「ご自分の失敗を包み隠さず文章に書かれた」そこまで言うのだったら、総裁も同じようにすべきではありませんか。
ここまで教勢を落としてしまった「失敗を包み隠さず文章に書」くべきではありませんか。
総裁が主導した「両軸体制」は失敗ではなかったのですか。
「国際平和信仰運動」で海外でもどんどん教勢が落ちていますが、その失敗の責任は総裁にはないのですか。)

 また、立教後に、先生の一人娘である谷口恵美子先生の結婚相手を選ばれたときも、一度失敗されている。この話は、先ほど紹介した『歴史から何を学ぶか』の中に、一部が引用されています: 

--------(以下引用)------------- 

<ご存じの方も多いかと思いますけれども、谷口雅春先生もこの後継者選びに関しては一度、そういう過ちを犯したことがおありです。それが『善と福との実現』という本の中に書いてあります。 

 それは、谷口清超先生がまだ雅春先生の前に現れていない時期に、谷口恵美子先生の娘婿として、ある人物を選ばれた。それは谷口恵美子先生がよく知らない人だったけれども、雅春先生がその人のことを知って、この人なら戦争に行かないだろう−−つまり、腎臓に結核菌が入ったので一方を摘出したから、徴兵に取られないと思われた。そして、自分の所に「心の父よ」という肩書きで手紙を書いてきたこともあって、先生の方も「吾が子よ」というような感情が起こってきて、その人を養子に定められた。恵美子先生は雅春先生を深く尊敬されていましたから、「お父様のおっしゃること、決めることはすべて善い」と思って結婚されて、その人物は谷口家の養子になったのです。 

 しかし、恵美子先生は結婚してから、自分はこの人が愛せないということが分かった。そして苦しまれるんですね。その様子も『善と福との実現』の中に書いてあります。あの本を読まれていない方はぜひ読まれるといいですね。感動的な文章がいっぱい書いてあります。雅春先生は、当時のご自分の精神状態も詳しく分析されていて「私に少し間違った選択があったのは否定できない」ときちんと書いていらっしゃる。>(同書、pp. 173-174) 
--------(以上引用)------------- 

 このように「正直である」こと、「ウソをつかない」ということは、宗教者に必須の信条であり、素質です。なぜなら宗教とは、人が「心の底で何を想っているか」「何を信じているか」を問題にするからです。それを隠したり、偽ることで信仰が成立するはずがありません。私たちがよく知っている「大調和の神示」の中にも、「怺(こら)えたり我慢しているのでは、心の奥底で和解していぬ。感謝し合ったとき本当の和解は成立する」とハッキリ書いてあることを思い出してください。これは、「表面的に仲直りするのではダメだ。心の底から仲直りしなさい」という教えです。 

 今回の生長の家の方針は、このような「ウソを言わない」という私たちの信条からしても、また民主主義の根本原則からいっても、今の安倍晋三首相が率いる与党の方針と行動を容認することは、日本を危機に導くという判断−−そういう愛国心にもとづくものです。ぜひ、この点を理解していただき、宗教者としての純粋性の表現と、国の進む方向を誤らせないために、「与党とその候補者を支持しない」というメッセージを、皆さんの投票行動で示していただきたいのであります。 

 これをもって谷口雅春大聖師三十一年祭の言葉とします。どうか皆さん、信仰者として「ウソをつかない」生き方を守り通してください。ご清聴ありがとうございました。 

谷口 雅宣<

読んでいて、心底、怒りが湧いてきました。

尊師31年祭、しかも奥津城の前で、よくもこういう話ができるものだと、怒りの炎(ほむら)がカッカと煮えたぎりました!

「生長の家」乗っ取り屋背教総裁=I

これこそが谷口雅宣総裁には最も相応しい!

「愛国・生長の家」を「赤旗・生長の家」に変えて、そして、尊師・谷口雅春先生をここまで貶める!

更に、どの口が言うのかと呆れるようなことを平然と言い募る。

この神経には唖然とするばかりです。

>「表面的に仲直りするのではダメだ。心の底から仲直りしなさい」という教えです

だったら、まずは自ら、母親・きょうだいと仲直りしてください!

自分ができないことを人に押しつけるな!

そう言いたくなるような話です。

>「私に少し間違った選択があったのは否定できない」ときちんと書いていらっしゃる。

谷口雅春先生のご文章を引き合いに出すならば、背教総裁≠ノ問いたい。

背教総裁≠ヘ、「間違った選択」などしていないと豪語できますか?

谷口雅春先生ですら間違われた、ならば自分においておや!

このご文章は、そのように自らを戒めるためにこそ用いるべきなのです。

ここまで生長の家の教勢を落とした張本人が、自らの選択の過ちを懺悔することもなく、むしろ、谷口雅春先生を見下すような言い方に、そういう「あなた」は何なのですか?と罵声を浴びせたい気持ちです!

この話を聞きながら、もうこんな背教総裁≠ノはついていけない、そう思った信徒もいたのではないかと思います。

背教総裁≠フ全文を載せたのには、私なりの思いがあります。

これを読んで、怒りが湧かないような信徒であれば、当然、退会などしないでしょうし、それどころか、これまで同様、背教総裁<イショの人生を送るしかないと思う次第です。

平成28年6月17日、尊師・谷口雅春先生の31年祭、この日こそ、私の人生において、新しい信仰への旅立ちとなりました!

そういう信徒が一人でも多く生まれることを心から願い、背教総裁≠フ挨拶文を掲載した次第です。

これを読んで、自分の心にどんな感情が沸き立つか、それをもって、今後の生き方を定めめていただきたいと思うや切なるものがあり、このような感情剥き出しの投稿となったこと、お許しを請う次第です。


以上、長々とした文章を最後までお読みいただいたことに感謝申し上げます。

確かに「憤り」というものは、決して、いいものではありません。

しかし、私は公憤≠ヘ別であると思っております。

これは決して私憤≠ナはない…。

何としても本来の「生長の家」を取り戻さなくてはならないという、これは公憤≠ナある…。

今でもそう思って、あのときのまま、引用させていただきました。

「あめのうずめ」さんには、この気持ち、ご理解いただけるものと思っています。





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