《谷口雅春先生に帰りましょう・第二》

 

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谷口雅春先生に帰りましょう・伝統板・第二
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暗黒界に光明を導き出す道 (11710)
日時:2020年03月12日 (木) 18時46分
名前:下総の野人

新型コロナウィルスの蔓延が心配されております。

ふと天岩屋戸神話のことが思い浮かびました。

闇を消す光は笑いによって導かれる。そのような物語とも解せます。

天照大御神が天岩屋戸に籠られて世界が闇に閉ざされましたが、再び天照大御神がお出ましになり、光が回復したきっかけになったのは八百万の神々の「大笑」でありました。

もちろんこの神話は「笑い」だけが重要なのではありません。

谷口雅春先生はもっと深い真理を教えてくださっております。

『古事記と日本国の世界的使命』では120〜140頁のあたりが天岩屋戸神話の箇所になります。
その「暗黒界に光明を導き出す道」という章の末尾に次のようにお書きになっておられます。

《この行事こそ吾々が不幸の時にも幸福になれるところの、日本古来の惟神(かんながら)の生き方であり、同時にまた生長の家の生き方なのであります。どんな悪い時にも、どんなに暗黮(あんたん)と暗い時にも愉快そうに笑っている、心を空しくして無我になり『神想観』をし、『甘露の法雨』を誦(よ)んで善き言葉を使う。どんな凶(わる)いことであっても、善い方にと言葉を称える、そうして皇霊を遥拝し、祖先の霊魂を祀り、ああ有難い、ああ有難いと愉快そうにダンスをする。こう云っていると、何が有難いのだろう、あんな不幸な筈なのに笑ってと、天照大御神が顔を出して下さいまして本当にそこに有難い生命が甦生(よみがえ)って来るのであります。何でも『有難い、有難い』と感謝していますと、本当に有難くなって来るのであります。》

また『古事記と現代の預言』の天岩屋戸神話の部分は、「第11章 實相世界の現象化」です。


疫病除けの神としての須佐之男命を思い、「護国の神剣の祈り」厳修へ (11712)
日時:2020年03月16日 (月) 21時44分
名前:下総の野人

天照大御神が天岩屋戸にこもられる原因になったのは、弟神・須佐之男命の乱暴狼藉でした。ここだけ見ると悪神のように思われますが、しかし後のヤマタノオロチ退治に見られるような英雄的側面もお持ちです。

須佐之男命の御神徳は多面的であります。
そしてそのうちの一つに疫病除けの神としての御性格もあります。
例えばそれは『備後国風土記』の蘇民将来の物語に見受けられます。この神話が元になって行われている夏の風物詩のひとつが、大祓の茅の輪くぐりです。

疫病除けの神としての須佐之男命。

そのようなことに思いを馳せておりましたところ、谷口雅春先生御垂示の「護国の神剣の祈り」のことが想起されました。やはり重要なお祈りであり、今こそ必要なお祈りだと感得したことでした。

「護国の神剣の祈り」
吾ら住吉大神の御言(みこと)もちて須佐之男命より護国の神剣を授かりたり。
護国の神剣とは実相真理の神剣なり。
吾今、護国の神剣たる真理の神剣を授かりたり。
真理の神剣を授かりて、吾今、須佐之男命の分身となりたり。
真理の神剣を今、須佐之男命うち揮(ふる)ひ給ひて宇宙を浄め給ふ。
而して日本国の実相を顕し給ふのである。

六合照徹 光明遍照 (11792)
日時:2020年04月09日 (木) 13時09分
名前:下総の野人

天照大御神が天岩屋戸にこもられてからの様子を皇典『古事記』は次のように描いています。

《高天原皆暗く、葦原中国悉く闇し。此に因りて常夜行きき。是に、万の神の声は、狭蠅なす満ち、万の妖は、悉く発りき。》

訳文「高天原はすっかり暗くなり、葦原中国も全く暗くなった。こうして夜がずっと続いた。そこで、大勢の神々の騒ぐ声は、五月ごろ湧き騒ぐ蠅のようにいっぱいになり、あらゆるわざわいがすべて起った。」(小学館・新編日本古典文学全集1『古事記』、校注・訳 山口佳紀、神野志隆光、より)

ちょうどいまもそのような状況かもしれません。しかし…

谷口雅春先生宣わく

「明るかるべき世界が暗くなってしまったのであります。すると、高天原も暗く見えるし、葦原中国もことごとく暗く見えるようになったのであります。高天原は實相世界ですから永久に暗くなることはないのですが、見る人の心の秩序が顛倒して心が暗くなれば、どんなに光明遍照の實相でも暗く見えます。」(『古事記と現代の預言』)と。

本来、光明遍照なのが実相でありますから、どんな状況であれ、私たちは心の秩序を正しくし、心を明るくせねばなりません。いや本来的に明るいのです私たちは。

そもそも、殊に私たち日本人は…

谷口雅春先生はお教え下さっております。

「古代の日本人は全て何某の命、何某日子、何某日女と云うように自分自身をも呼び、他の人をも尊称して居りました。日子とは即ち天照大御神の御子と云う意味であり、日女とは即ち天照大御神の女(むすめ)と云う意味であり、すべての人間は命(みこと)であったのであります。」(『新版 菩薩は何を為すべきか』)

光り輝く天照大御神の息子であり娘であるのが私たちであります。

ただ、ただ、光、光、光であります。

光輪卍十字架の (11793)
日時:2020年04月09日 (木) 13時21分
名前:下総の野人

コロナウィルスのコロナというコトバは、なんでも、太陽の最外層の名としても知られ、そもそも「王冠」という意味だそうで、ウィルスの形状も似ているから名付けられたとか。

なのでもとより「コロナ」に悪い意味は無いのですけれども、ウィルスのせいでなんともかわいそうなことであります。

「コロナ」は会社の名前とか色々と使われているようですね。

そういえば三島先生や森田烈士さんたちが義挙に向かわれたときに乗っておられたクルマも「コロナ」ではなかったでしょうか…

テレビやネットの報道で「コロナウィルス」の画像がよく出てきますね。
あれもどうかと思うのですが…

しかし今朝ふとヒラメキました。

生長の家のマークです。光輪卍十字架の。

なので、あの「コロナウィルス」の画像を目にするたびに、生長の家のマーク、「光輪」として観てみようと思ったことでした。




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