《谷口雅春先生に帰りましょう・第二》

 

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尊師・谷口雅春先生34年祭を間近に控えて思うこと (11034)
日時:2019年06月11日 (火) 12時13分
名前:破邪顕正


人間の死には、「肉体の死」と「存在の死」との二種類があると言われます。

「肉体の死」はわかりますが、「存在の死」とは?

その人が存在したことを誰もが忘れてしまうこと、それを「存在の死」と言います。

ですから、お釈迦さまもキリストさまもまだ死んではいない。

存在を忘れられないうちは、いまだ死んではいないのです。

ところが、今の教団信徒の中には、平気で「谷口雅春先生はもう亡くなったのよ」と言って憚らない人がいる…。

こういう信徒がどうして生まれたのか。

察するに、「生長の家大神−総裁・副総裁−御教」の解釈において、総裁≠尊師・谷口雅春先生ではない、その時の総裁と解したことに起因するというのが私の見方です。

もともと、ここに言う総裁とは尊師・谷口雅春先生であるということを、誰しも疑うものはありませんでした。

ですから、本来ならば、尊師が神去り給うたとき、きちんと「生長の家大神−尊師・谷口雅春先生−総裁・副総裁−御教」とでも書き改めておくべきだったのです。

ところが、それを怠ったばかりに、今のように、総裁とはその時の総裁のことを指すという解釈の余地を残してしまい、そこにつけこんで、総裁の言うことが生長の家の「御教」であり今の教え≠ニされてしまったのだと思うのです。

そこからは、尊師・谷口雅春先生のご存在が全く見えてはきません。

だから、「谷口雅春先生はもう亡くなったのよ」という信徒が出て来ても何ら不思議はないのです。

そして、今や、教団は、創始者をこんなにも軽視、無視したら、どうなるか。

その典型的な悪しき見本≠満天下に晒すようになってしまった…。

6月9日、山形教区と宮城教区との合同講習会が執り行われました。

総裁がこう報告しています。

〈今日は午前10時から、山形県天童市の天童市市民プラザ、宮城県の仙台市太白区文化センター、仙台市の生長の家宮城県教化部の3ヶ所を使って生長の家講習会が開催され、合計で1,196名の受講者が参集して下さった。〉

2教区合わせて1,196名!

この数字、かつての1教区の受講者数にも及びません。

まさしく半減しているわけです。

聖使命会員が往年の半数を割り込み、40万を切ったというのも、宜なるかな。

尊師・谷口雅春先生を軽んじ、否定した結果が、まさに今日の教団の姿だと私は思います。

まもなく、6月17日、尊師・谷口雅春先生の34年祭を迎えます。

「谷口雅春先生を学ぶ会」では、この6月中に、すべての拠点で、34年祭を執り行うようにしていますが、「谷口雅春先生を学ぶ会」では、永遠の谷口雅春先生を信仰する団体として、心ある信徒の皆さまとともに前進し続けていきたいと心から念願するものであります。




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