《谷口雅春先生に帰りましょう・第二》

 

本流宣言掲示板」「光明掲示板・第一」「光明掲示板・第二」「光明掲示板・第三

谷口雅春先生に帰りましょう・伝統板・第二
この掲示板の目的
この掲示板のルール
本掲示板への書込法
必ずお読みください
管理人への連絡
重要リンク
TOP PAGE

Página de Português/ポル語ページ
 

 

マルキシズムの唯物弁証法に対して、生長の家は生命弁証法であります  谷口雅春 先生 (10581)
日時:2019年02月03日 (日) 15時43分
名前:明鏡


唯物史観から唯神実相論へ


どんな制度、環境の世界においても結局 「 自分の心の持ち方一つ 」 で幸福になり得(う)る真理を

宣布する方が、人類に永久の救いをもたらすことになるのであります。


マルキシズムは 唯物(ゆいぶつ)弁証法(べんしょうほう)でありますが、

生長の家は 生命(せいめい)弁証法であります。先(ま)ず「人間は物質である、肉体である」と

世間では措定(そてい)するのであります。ところが人間を物質だと考えると、どうしても矛盾を

生じてくるところができる。


どんなに物質的に富んでも人間には物質だけで幸福になれない部分がある。

そこで「人間は物質である、肉体である、という考(かんがえ)は間違(まちがい)である。

人間は精神である」という「否定」即(すなわ)ち「反措定(はんそてい)」が行われる。


ところが、その「人間は精神である」と こういう命題も、精神というものは、脳髄をこわしたら

消えてしまうじゃないかというので「人間は精神ではない」と「否定」の「否定」が行われる。

それなら精神でなくて何(なん)であるかというと、「人間は霊であり、生命である」というふうに、

物質及び精神を超(こ)えたところの一段高いものが肯定せられる。


肉体を否定し、精神を否定し、その否定をも否定して、人間は霊であり生命であると、

尚(なお)一段高次の存在としての「人間」そのものを肯定するのが 生長の家の生命弁証法なので

あります。

・・・・・

弁証法というものは、それ自身のうちに自己を否定する考えが出て来て、更に一段高いものを

肯定するようになるのでありますから、誰(たれ)でも最初は素朴的(そぼくてき)実在論で、

物質をそのまま実在すると考えるから唯物(ゆいぶつ)史観(しかん)を肯定し、

その唯物史観から唯心(ゆいしん)史観に転(てん)じ、そして更に 唯神(ゆいしん)史観となり、

唯神実相論を肯定しなければならないようになっているのであります。


唯神実相論になりますと、神は絶対でありますから、それを止揚(しよう)して、更(さら)に

それ以上のものを肯定するということはなくなるのであります。


谷口雅春 先生

『 解放への二つの道 』 ( 56〜59頁 ) 昭和30年10月20日 初版発行 


※ 措定(そてい)・・・・・ある命題(内容)を肯定的に主張すること。 






名前
メールアドレス
スレッド名
本文
文字色
ファイル
URL
削除キー 項目の保存


Number
Pass
SYSTEM BY せっかく掲示板