《谷口雅春先生に帰りましょう・第二》

 

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谷口雅春先生に帰りましょう・伝統板・第二
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山ちゃん1952さん。貴重なご指摘をくださり、ありがとうございます。それに関して、意味不明の点を伺います。 (10322)
日時:2018年09月29日 (土) 13時43分
名前:管理人

山ちゃん1952さん。

貴ブログの御記事「磐之媛命は平城山に登ったか?」(以下、「御記事」と略記)
http://tecnopla1011.blog.jp/archives/77081887.html
を拝見しました。貴重なご指摘をくださり、ありがとうございます。

「山ちゃん1952さん(以下「山ちゃん」)」の、本管理人の掲示板管理人としてのあり方に関する御発言については山ほど申し上げたいことがありますが、

御記事は「古事記」と管理人の記述内容にかんする御意見なので、本管理人は読者と学問的真理(少し大げさかもしれませんが)への責任をもって応答します。山ちゃんも読者と学問的真理のためだけを意識して管理人と対話してくだされば幸いです。また、そうしてくださるよう御願いします。

なお、管理人は貴ブログに投稿してもよいのですが、貴ブログのコメント欄は図表ファイルを投稿できないようで、そのために読者が理解しやすいよう図表ファイルを掲示するときに大変不便なので、本掲示板に投稿しました。

ということで、

さっそくですが、山ちゃんは御記事のなかで、

>管理人様(谷口雅春先生に帰りましょう)が下記のような事を記入しているが、これを読んだ瞬間に疑問が湧いた。山に登ったのか?という疑問です。私はその平城山付近を探究するために何度か訪れていますので、その間違いを説明致します。

と書いておられるのですが、「管理人が書いた文章」とはどこの文章をさしておられるのでしょうか。

…というのは、管理人は本掲示板に「古事記」に関する多くの論考を投稿しています。そして読者への説明のために所々で同じ「古事記の文章」を引用しています(学会誌や単行本を含めたら、さらに多くの所で同じようなことを書いています)。

だから、山ちゃんのほうから具体的な記事名やurlを示してくださらないと、こちらとしては山ちゃんの御意見にたいして「なるほど。ごもっとも」とも、「いや。それは違います」とも表明できない、話がスタートできないのです。

というよりも…

…少し言いにくいことですが、はっきり申しますと…そもそも「私があなたの発言のまちがいを説明します」と書いている人が相手の発言場所を明示しないということは普通ありえないことです。

山ちゃんがご存知かどうか知りませんが、このようなことを学会や学術論文のなかで行なったら、その人は次の日から誰にも相手にされなくなります。それは一般の会社でも似たようなものではありませんか。

お手数ですが、「管理人が書いた文章」のurlや記事番号、なんなら書名でも結構(もっとも書名が出ると管理人の名前が分かってしまうのでページ数だけ)をお知らせください。


管理人 拝




山ちゃん様。山ちゃんのおっしゃっていることが正しいと思います。少なくとも管理人の記述には誤りがありました。それに気づかせてくださった「山ちゃん」に篤く感謝いたします。 (10333)
日時:2018年10月04日 (木) 01時19分
名前:管理人

山ちゃん様。

御記事「磐之媛命は那良山には登っていない。『古事記』原本から引用」
http://tecnopla1011.blog.jp/archives/77138942.html
も拝見しました。

山ちゃんが言及している管理人の記事は、《シリーズ4》『古事記』歌謡と「ギリシア・ローマ抒情詩」の基本的異相 (10080)
https://bbs6.sekkaku.net/bbs/kaelou/&mode=res&log=2328
の、子記事10086だと勝手に判断しました。

そのうえで…

山ちゃんのおっしゃっていることが正しいと思います。

少なくとも管理人の記述には誤りがありました。それに気づかせてくださった「山ちゃん」に篤く感謝いたします。

今、仕事で時間がとれないので、土曜日か日曜日に、
@
管理人が誤っていた点。
A
管理人が誤ちを犯した理由。
B
山ちゃんのご指摘との関係について。
等々を「山ちゃん」と読者諸賢に説明いたします。

少々お待ちください。まずは、貴重な指摘をしてくださった「山ちゃん」に御礼を申し上げます。



管理人 拝




管理人から山ちゃん1952さんへ。貴重な疑問と批判を提出してくださり、ありがとうございました。 (10336)
日時:2018年10月06日 (土) 20時22分
名前:管理人

「山ちゃん1952」様

御記事、「磐之媛命は平城山に登ったか?」
http://tecnopla1011.blog.jp/archives/77081887.html

「磐之媛命は那良山には登っていない。『古事記』原本から引用」
http://tecnopla1011.blog.jp/archives/77138942.html
で、貴重な疑問を提出してくださり、ありがとうございました。

管理人は、山ちゃんが疑問を提出された管理人の記事が、《シリーズ4》『古事記』歌謡と「ギリシア・ローマ抒情詩」の基本的異相 (10080)
https://bbs6.sekkaku.net/bbs/kaelou/&mode=res&log=2328
の、子記事10086「国土讃歌」であると勝手に判断し、諸本を確認した結果、管理人が間違いを記述していたと判断して、

同記事のなかの「仁徳天皇の皇后が奈良山に登って詠んだ歌」を「仁徳天皇の皇后が奈良山の入り口にお着きになって詠んだ歌」に訂正しました。





【1】訂正の理由

もともと管理人の『古事記』引用は、《シリーズ3》日本神話とギリシア神話の基本的異相
https://bbs6.sekkaku.net/bbs/kaelou/&mode=res&log=2324
の親記事10047に明記してあるように、

>『古事記・祝詞』(日本古典文学大系)と『新訂古事記』(角川書店)

を基にしています。

それで、管理人が山ちゃんの疑問と指摘をうけて、あらためて『新訂古事記』(角川書店)の現代語訳を確認したところ、同書は当該部分を「奈良山に登って」ではなく「奈良の山口においでになって」と訳していました。

さらに、『古事記・祝詞』や『新訂古事記』よりも新しい『日本古典文学全集1・古事記』(小学館)を見ると、原文の「那良(なら)の山口に至りまして」に注解を施して、

「のちに『還りて』という語句があるから、奈良山への入り口から引き返したと理解するのが妥当であろう」(p.293)と解説していました。

それで管理人は自分のうかつさに驚きながらも注解に賛同し、『日本古典文学全集1・古事記』の現代語訳、「奈良山の入り口にお着きになって詠んだ歌」を採用して、その結果、昨日まで書いてあった「奈良山に登って詠んだ歌」を、「奈良山の入り口にお着きになって詠んだ歌」に訂正しました。

当該記事である
https://bbs6.sekkaku.net/bbs/kaelou/&mode=res&log=2328
の子記事、「古事記の歌謡とギリシア・ローマ抒情詩の基本的異相。第5回。国土讃歌 (10086)」をご確認ください。山ちゃんへの御礼も書きこんであります。(実は、管理人はまったく別のブログを別名で所有していて、そこでも似たような間違いを書いていたので同様に訂正して、山ちゃんへの御礼も記入しておきました。今まで本掲示板への悪影響を懸念して隠していたのですが、「天気晴朗、風爽快也」http://chibasabu.blog.fc2.com/blog-entry-58.htmlです)

なお、「『奈良山』を『平城山』と書くべきだ」という御意見もあったような気がしますが、山ちゃんご自身が上記の御記事のタイトルで「那良山」とも書いておられるので、山ちゃんも柔軟な漢字表記を認めておられるものと判断し、諸本が最も多く採用している「奈良山」の漢字を採用しました。この点、御理解を願います。







【2】管理人が過ちを犯した理由。

管理人が間違いを記述した原因は二つあると思っています。

@
管理人が書いた10086「国土讃歌」の記事は、古代日本人と古典ギリシアローマ時代の人間と想定される人々との「国家観・国土観」の違いを明確にして、読者に現代日本人と現代欧米人の「国家観・国土観」の違いを文化・感性の側面から理解していただこうという目的で書かれたものでした。

そのことは、当該スレッドの親記事「《シリーズ4》『古事記』歌謡と「ギリシア・ローマ抒情詩」の基本的異相 (10080)」のなかに

>『古事記』歌謡と「ギリシア・ローマ抒情詩」との発想の相違点を具体的に見ることによって、日本的思想・発想の特徴を知る

と明記してあるとおりです。

そのため、管理人が、「『奈良山に登って詠んだ歌』だろうが『富士山に登って詠んだ歌』だろうが『奈良山の入り口で詠んだ歌』だろうが『富士山の入り口で詠んだ歌』だろうが、記事の主題に影響を与えるほどの違いではない」と、甘く考えていたこと。

A
なんといっても、管理人の調査不足、勉強不足です。もし、管理人が諸種の解説本を丁寧に調べていれば、今回のような間違いを犯すことはなかったはずです。

なお、管理人がインターネット情報をうのみにしたから間違えたのではないか、という御意見も書いておられるようですが、いくら今回のようなミスを犯す管理人でもインターネット情報をうのみにして、それをそのまま自分の文章に利用するなどということはいたしません。

「古典ギリシア・ローマ抒情詩」や「ルソーやロック」に関する拙論を見ていただければお分かりになるように、全て管理人の立論は原典や根本史料に当たってから書かれています。あまり管理人を素人扱いなさらないよう、一応、お願いしておきます。







【3】管理人の訂正と山ちゃんのご批判との関係について

今回、管理人が自分の文を訂正することができたのは、山ちゃんのご批判が最大かつ唯一のきっかけです。繰りかえしになりますが、貴重な批判をくださったことに御礼を申し上げます。







【4】「学会」という言葉を使用した理由

あまり「学会」とかいう言葉を使用しない方がいいという御意見も書いておられたようですが、本掲示板も(おそらく山ちゃんブログも……山ちゃんの「雅春先生の思想遍歴研究」は貴重な日本近代思想史研究の材料として後世に残ります……)世の学者さんや学界から注目され、学会発表の材料になっております。

具体的には、

@
管理人が先月の9月18日に
https://bbs6.sekkaku.net/bbs/kaelou/&mode=res&log=2357
の子記事、「管理人から、会員改め生命の実相信者さんへ。 (10246)」を投稿して、

     大日本帝国憲法は「主権(最高の権力)」という言葉を使っていませんでした。
     だから新憲法に「天皇主権」を記入すると、「天皇と国民とは対立するものだ」
     という前提を持つ憲法になり、天皇と国民の一体感を破壊する方向に機能する。
     よって、新憲法に「主権」という誤解されやすい言葉は入れないほうが良い。

ということを書きました。

すると、管理人の知らない憲法学者で「憲法学会」の会員である大学の先生(日本会議で有名な百○先生ではありません)が「これを利用して、役に立ててほしい」といって、わざわざ管理人のところへ学会誌『憲法研究』に掲載されたご自分の論文を贈ってくださいました。

その論文は管理人と先生の共通の知人を経由して送られてきたものです。管理人はそれを拝見して自分の考えを支持する憲法学者がいることに感激し、さらに黙って本掲示板を見ている学者・学界関係者がおられるのだということに驚きました。この論文の内容は、その先生のお許しが出れば、当該スレッドの子記事として投稿して「会員改め生命の実相信者」さんと一般読者に紹介します。

ともあれ、この一件は本掲示板を暖かい目で見てくださっている大学の先生や学界関係者がおられることを示しています。

A
その反対に、本掲示板を冷たい目(あるいは危険視する目)で見ておられる大学の先生や学界関係者もおられます。

韓国外国語大学校の先生らしい人がお書きになった「日本の右傾化と宗教右翼――生長の家を中心として――」
http://japanbaksa.com/?module=file&act=procFileDownload&file_srl=159009&sid=0670e3d8b60dffaa822cb3bc3c1c068f
は、本掲示板を以下のように右翼的で危険な掲示板として注目しておられます。

>彼(谷口雅宣総裁。管理人注)のこのような態度は谷口雅春の教えを受け継ぐ……信者、元信者の多くから強い反発を受けていて、本流回帰への要求が高まっている。彼らは公然と今の総裁を非難し、「生長の家「今昔物語」」、「生長の家公明掲示板」などの本流回帰を求めるウェブサイトまで作られている。「生長の家公明掲示版」の書き込みは約3500件にも上り(旧ウェブサイト生長の家の本流宣言掲示板の書き込みを含む)、現在も1日の書き込みが平均10件以上に上るなど、本流回帰への動きが少数の動きではないことがわかる。言い換えてみれば、今までの生長の家の教え・活動は右翼にそれほど近いものであったということの反証でもあろう。

この論文は、内容の正否はともあれ、「研究の必要性・意義」「先行研究の検討」「研究範囲・方法」を明記し、『戦後の右翼勢力』『宗教とナショナリズム』などの先行研究書や「『宗教と社会』学会」の研究成果に言及するなど、研究論文の形式と内容をもっているので学会提出論文あるいは大学の紀要論文だと思われます。

だから、さきの憲法学会の先生は本掲示板を暖かい目で見つめ、この韓国外国語大学校教員らしい人の論文は冷たい目で見ておられるわけです。どちらにしても、本掲示板が学者先生に注目されていることは間違いありません。

管理人は少なくとも自分の文章がどのような学者や学会から批判の矢を受けても十分に撥ね返せる内容と表記をもったものでなければならないと自戒しています。また、管理人は一般の投稿者にたいして「学会レベルあるいは学界をうならせるレベルの内容を書け」とは、一度も言っていません。管理人自身と管理人の文章に対する批判にたいしてだけ「学問・学界うならせレベル」を要求しております。この点はご確認をお願いします。



今回は貴重な疑問と批判を与えてくださり、ありがとうございました。



管理人 拝




山ちゃん様。管理人に具体的な御指摘をお願いいたします。 (10362)
日時:2018年10月13日 (土) 12時19分
名前:管理人

山ちゃん様

御記事「悪口と思わず、温かい箴言として受け取る余裕」
http://tecnopla1011.blog.jp/archives/77240347.html
を拝見しました。

そのなかで、

>私が文章を訂正したのにも拘わらず、いっこうに修正しない管理人。

と書いておられるので、一つご教示をお願いします。

管理人が修正すべき箇所というのは、どこの箇所でしょうか。

管理人としては、「山に登った・登らなかった云々」や「山ちゃんが関西大学の考古学者である云々」に関連する自分の文はすでに削除あるいは修正したつもりでいます。山ちゃんに対する御礼も明記してあります。

だが、まだ修正が不足している箇所があるのでしょうか。もしそれが本当に修正すべき箇所ならば、管理人は修正をこばむつもりは全くありません。

管理人は読者と学問的真理への責任を果たすことだけを考えて本スレッドに投稿しています。その責任を全うするために、ぜひ御指摘をお願いいたします。


管理人 拝



山ちゃん様。「文章の訂正をさせていただきます」を拝見、了解しました。 (10367)
日時:2018年10月14日 (日) 12時44分
名前:管理人

山ちゃん様

御記事「文章の訂正をさせていただきます」
http://tecnopla1011.blog.jp/archives/77242301.html
を拝見、了解しました。

今後も、管理人が修正すべき個所を発見されたときは遠慮なきご指摘をおねがいします。すべて読者と学問的真理のためです。

そのうえで、

上の10336でも申しましたが、山ちゃんの「雅春先生の思想遍歴研究」は貴重な日本近代思想史研究の材料として後世に残ります。

山ちゃんがおっしゃっているように、また「学ぶ会」の中島代表もおっしゃっているように、学者による谷口雅春先生の研究は非常に少ないのが現実です。

それは言いかえれば、谷口雅春先生が不当なまでに無視されているということなのですが、そうなった理由がないわけでもない、と管理人は勝手に考えています。その理由はいろいろありますが、特に大きな原因がふたつ、

(1)谷口雅春先生の活動の幅が非常に大きく、物書き、世界的宗教家、思想家、宗教思想研究家さらに「政治に影響を与えた活動家」と多方面にわたっているので、「谷口雅春研究」の的を絞りにくいため。

(2)常識では考えられない奇蹟が(たとえば、医者がさじを投げた癌が消えた…治ったのではない。治ったのならば医学的に解説できる…。あるいは原爆のほぼ真下で直接被爆しながらも『甘露の法雨』が上を覆って無傷で、その後何十年も後遺症なく生き続けた人がいた。あるいは谷口雅春先生がガーナ共和国の青年プリンス・J・ブラックソンの夢に現れて何度も教えを説いて導き、そののちブラックソンは十万人以上の信者を組織することになった)等々の非常に多くの…おそらく世界の宗教史上最多の…奇蹟が(本物の)生長の家で頻発したため「学者・学問」はとても手が出せないため。

があるのだろうと思います。

それでも可能なかぎり谷口雅春先生に学問的に(つまり正確に)接近する手段はあると管理人は考えていますが、少なくとも谷口雅春先生に関する歴史的事実が明らかにされていなければなりません。

山ちゃんの調査研究はその重要部分を担っています。貴重なお仕事です。生長の家(本物の)でいう「使命」、マックス・ウェーバーの言う「べルーフ(神からの呼びかけ)」だろうと思います。その仕事を「山ちゃん」が今後も自我を死にきって継続し、それによって実証的に非の打ちどころのない成果とされることを期待いたします。


管理人 拝








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