《谷口雅春先生に帰りましょう・第二》

 

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谷口雅春先生に帰りましょう・伝統板・第二
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「何が正しくて何が間違っているか」その判断を下す前に、谷口雅春先生の御教えをしっかりと学びましょう! (4319)
日時:2016年12月31日 (土) 14時08分
名前:破邪顕正


表題は、最近、生半可な知識で、妄論・謬論を振りかざす投稿があることを懸念しての感想です。

教育的見地から、こういうのはきちんと正す必要があると思い、少しく書かせていただこうと思います。

谷口雅春先生の御教えで大事な点は、それは「神観」にあります。

“法燈”を継承したと自認するのであれば、まずは「神観」をしっかりと理解する必要がありましょう。

ところが、〝背教総裁〟は、そこが全然、わかっていません。

分かっていないからこそ、「造化の三神」(天之御中主神・高御産巣日神・神御産巣日神)を合祀したりできるのです。

よく、信徒からの質問で「造化の三神」と「住吉大神」との違いがわかりません、というような話を聞くことがあります。

谷口雅春先生の「神観」を知る上で、これはとても重要な点ですので、説明させていただきます。

そもそも、総本山のお宮は「龍宮住吉本宮」といいます。

その御神体は「護国の神剣」です。

そして顕斎殿の正式名称は「鎮護国家出龍宮顕斎殿」です。

それはすべて、総本山の御祭神が「住吉大神」であればこそです。

にもかかわらず、〝背教総裁〟は、そこに「造化の三神」を合祀したのです。

その結果、どうなりましたか?

今、総本山の社務所では「造化の三神」のご神符は下賜されても「住吉大神」のそれはありません。

何のことはない、合祀というのは建前で、「住吉大神」を外すことが合祀の本音だった!

それほどまでして、〝背教総裁〟は「住吉大神」のお働きである「鎮護国家」を排除したかったということなのです。

それ以上に問題なのは、「造化の三神」を合祀するのは、谷口雅春先生の御教えに真っ向から背反するという点なのです。

私が〝背教総裁〟というのは、実は、そこにこそ、その淵源があります。

谷口雅春先生の御教えからしたら、絶対にしてはいけないこと、有り得ないことをやってのけたわけですから、これを〝背教〟といわずして何と言おう!

そういうことです。

その理由が、『白鳩』誌・昭和四十八年三月号の「十四日の箴言」にあります。

《超越的絶対者は、それは〝絶対者〟であるが故に、われらに語りかけて対話を交えることはあり得ない。

それ故に絶対者の慈悲を体現したところの相対的に顕現する人格神、又は天使、又は菩薩、又は教祖があらわれなければ絶対者はその救済を具体化することが出来ない。

救済を具体化することが出来ないような神は、〝神〟と称されるにしてもハタラキに於ては神ではない。

〝神〟が救済を完(まっと)うし得る本当の神となり得るためには、絶対者が相体的人格神としてあらわれて救済の御業(みわざ)を現実になさなければならない。

即ち法身(ほっしん)の阿彌陀佛(あみだぶつ)が、報身又は応身(おうしん)の佛如来(ぶつにょらい)として顕現しなければならないし、「天にまします父」なる神が、地に降誕したイエス・キリストとして顕現しなければならないし、天之御中主神が住吉大神として顕現しなければならないし、宇宙普遍の神が、ある教祖として顕現しなければならない。

神の神たる慈悲の本来をあらわし、神たる使命を完了するためには色々の宗教に於て〝教祖神〟として〝神〟はあらわれなければならないのである。

神の具体的人格的慈悲の完成は応身の教祖となって顕われることによって完成する。》


「天之御中主神が住吉大神として顕現しなければならない」と尊師は仰っておられるのに、〝背教総裁〟はその「天之御中主神」と「住吉大神」とを一緒に祭ってしまったのです。

ましてや、それを「住吉大神」を外す意図をもって行ったのです。

生長の家の神様は住吉大神である、この尊師のお言葉を何と心得ているのでしょうか。

このことを私なりに、分かりやすく「招神歌」でご説明します。

〝生きとし生けるものを生かし給える御祖神(みおやがみ)〟

「御祖神」これが絶対神ということになります。

そして

〝天地(あめつち)の祖神(みおや)の道を伝えんと顕(あ)れましし

生長の家大神(せいちょうのいえのおおかみ)守(まも)りませ〟

「顕(あ)れましし」

これが大事なのです。

絶対神が「顕(あ)れまし」て、つまり“応化神”となる。

それが「生長の家大神」ということなのです。

そして、“応化神”となってはじめて「守る」というハタラキをしてくださる。

「絶対神」では、具体的なハタラキはなしえないのです。

だから、谷口雅春先生は、「天之御中主神が住吉大神として顕現しなければならない」とご教示くださっているのです。

〝背教総裁〟はその「住吉大神」を外してしまったわけですから、当然、〝守(まも)りませ〟というハタラキは望み得ない。

「造化の三神」を合祀して、「住吉大神」を脇に追いやり、押し込め、その上、ご神符すらも下賜しないというのでは、もはや「住吉大神」は消されたも同然です。

結局、今の教団にあっては、「住吉大神」のご守護を願っても、残念ながら叶わない、そういうことになるしかないと思うものであります。

総本山では「住吉大神」だけでなくて「天照大御神」のご神符まで下賜しなくなったようです (4358)
日時:2017年01月05日 (木) 14時30分
名前:破邪顕正

『生長の家五十年史』323頁にこうあります。

《奉斎主神、安置仏等ノ称号

道場又ハ集会室二特二顕斎セル主斎神又ハ安置仏ナシ。

心二幽斎スル主神トシテハ宇宙大生命(ミオヤノカミ)(ソノ幽之幽ナル神トシテ天之御中主神、幽ナル神トシテ天照皇大神、現人神トシテ天皇)ヲ礼拝ス。

宇宙大生命ハ宏大無辺ニシテソノ仁徳一切二及ビ一切ヲ包容スルガ故ニ、各自ハ祖先伝来ノ宗教ヲ信ジ又ハ自宅ニテ如何ナル斎神又ハ安置仏ヲ奉ズルモ差支ナシ。

宇宙大生命ノ道ヲ顕揚シ、日本国威ヲ発揚シ、皇威ヲ顕揚スル東道(ミチビキ)ノ神トシテ心二幽斎スル副神トシテ生長ノ家大神(『古事記』『日本書紀』ニ顕レタル住吉大神即チ後二塩椎神、仏典二顕レタル釈迦、観世音菩薩及ピソノ応化仏、基督教ノ『黙示録』第一章ニ顕レタル七ツノ燈台ノ点燈者)ヲ礼拝ス。

宇宙大生命(ミオヤノカミ)ハ宇宙生命ノ根本実相ニシテ、宗派二偏ラザル哲学的表現ヲ用ウレバ「生命の實相」ナリ。

コノ意味ニテ道場又ハ集会室ニ「生命の實相」又ハ単ニ「實相」の掛軸ヲ掲出スルコトアリ。

(昭和15年4月13日 谷口雅春先生より文部省に届出)》

これにより、総本山において、「天照大御神」のご神符も下賜されていたわけです。

ところが、今回、表題にありますように、「住吉大神」のみならず「天照大御神」のご神符まで下賜せられなくなったというのです。

もはや、これは完全な谷口雅春先生の教義への背反です。

今の総裁は、紛う事なき〝背教総裁〟なり!

〝背教総裁〟に従うことは、そのまま〝背教信徒〟として生きることにほかなりません。

このことの重大性を広く広く信徒に伝えていこうではありませんか。





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