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[890] 機動戦士ガンダム 宇宙(そら)への脱出 フリッカー - 2009/09/04(金) 17:31 - HOME

あらすじ:宇宙世紀00801月1日。宇宙要塞ア・バオア・クー攻防戦に敗れたジオン公国は崩壊。時同じくして地球連邦政府に対して終戦協定が結ばれ、1年戦争は地球連邦の勝利によって終わるのだった。
 だが、地上に残されたジオン軍は、大きく混乱していた。終戦は謀略だとして認めない者、敗北を知ってもなお連邦に対して抵抗を続ける者、連邦軍に投降する者、そして、連邦の捕虜になるまいと地球からの脱出を図る者……
 そう、生き残るための戦いは、始まったばかりなのである。

登場人物
アンネローゼ・ブリュックナー イメージCV:井上麻里奈
 主人公。士官学校卒業後、戦争中盤から地球での戦闘に参加した女性パイロット。19歳。階級は少尉。愛称はアンネ。
 まだ若いが、射撃のセンスにはずば抜けたものがあり、初めて実戦に参加してから大きな戦果を上げたため、周囲からはニュータイプなのではないかとも噂されているが、本人はあまり気にしていない。パーソナルカラーは黒で、『黒豹』の異名で連邦軍に恐れられている。だが、それとは裏腹に彼女自身は真面目でどんな時も落ち着いて物事を考えられる性格であり、国のために戦う事は国民の義務だと思っている。レギーナを姉のように慕っている。
 専用機として調整されたゲルググを初めて実戦で使用した直後に終戦となり、宇宙へ帰るために奔走する。
・アンネローゼ専用ゲルググ MS−14A/C
 地上部隊に支給された数少ないゲルググの1機で、アンネローゼの能力に合わせて調整された。C型のビームキャノンパックを背部に装備しているが、頭部はA型のままなのが特徴(A/Cという形式はこれに由来する)であるが、これはC型の頭部パーツがなかったによるものだが、アンネローゼはあまり気にしていない。手持ち武装としてロケットランチャーとシールドを装備する。アンネローゼのパーソナルカラーである黒で塗装されている事から、『ゲルググ・シュバルツ』(シュバルツはドイツ語で『黒』の意)の別名を持つ。

レギーナ・エーベル イメージCV:本名陽子
 アンネローゼが所属する第51MS大隊の大隊長。29歳。階級は中佐。
 女性でありながら指揮官として高い能力を持ち、さらにMSパイロットとしての実力も高く、自ら前線に立つ事も多い。才色兼備である事から、部隊からの人気も高い。アンネローゼの実力を高く買っており、彼女に数少ないゲルググを託したのも彼女である。また、彼女が戦利品として持ち帰ったガッシャを結構気に入り、自身のMSを失っていた事から自身の機体にしてしまった。他には、ギャロップを保有している。
 連邦が呼びかける終戦の事実を受け止め、連邦の捕虜になる事を避けるために地球からの脱出を決断する。
・ガッシャ MS−13
 少数しか生産されなかった試作MS。連邦軍に接収され、輸送されていた機体をアンネローゼが偶然発見し、奪還したもの。水陸両用機であるズゴックのような外観をしているが、汎用機である。MAに匹敵する装甲と加速性能を持ち、コンバット・ネイルと特殊ハンマーガンによる接近戦を得意としている。特殊ハンマーガンは山なりに打ち出す事も可能で、山越えハンマーとも呼ばれる。

マティ・トスカーナ イメージCV:中井和哉
 アンネローゼが指揮する第3小隊の2番機パイロット。21歳。階級は准尉。
 戦う事は義務だと思うアンネローゼとは異なり、ジオン軍には自らの国を守るという明確な意志を持って自ら志願した。正義感が強く、どんな状況でも迷わず敵に飛び込む勇気があり、弱音を吐く事はない。そのため、アンネローゼに次ぐ大きな戦果を上げている。だが感情的になりやすい部分もあり、アンネローゼにたしなめられる事も多く、アンネローゼには強いライバル心を抱いているが、それなりに信頼はしている。両親も軍人だったが、既に戦死している。
 格闘戦を得意とし、部隊の先陣を務める。搭乗機体はドム・トローペン。
・ドム・トローペン MS−09F/Trop
 ドムの局地戦仕様で、砂漠・熱帯地域用に改修が施されている。スカートアーマーには予備弾倉を装備可能。トローペンとはドイツ語で『熱帯』を意味する。第3小隊の機体では唯一砂漠に強い機体である。

ミツル・フジモリ イメージCV:川庄美雪
 アンネローゼが指揮する第3小隊の3番機パイロット。20歳。階級は軍曹。
 女性だが幼い頃から軍隊に憧れていた事から、軍に志願した。戦争の現実を知った現在でも、兵士である事を誇りに思っている。普段は明るく陽気な性格で、第3小隊のムードメーカー。おちゃらけていると周囲に言われる事も多いが、兵士としての心構えはしっかりと持ち、任務は着実にこなす優秀なパイロット。自分の実力には強い自信を持っており、連邦軍をやや見下している部分もある。アンネローゼを尊敬している。
 一番得意なのは連携攻撃。搭乗機体はザクU後期型。
・ザクU後期型 MS−06F2
 対MS戦を考慮されて再設計され、軽量化とジェネレーターの出力向上が行われたザクU。ベースとなったF型の長所はそのままに、性能と生産性が向上している。第51MS大隊の主力機である。

ロール・バードス イメージCV:小西克幸
 レギーナの副官。27歳。階級は少佐。
 出世欲はあまりなく、自分はリーダーにはふさわしくないと思っている事から、副官になっている。だが、かなり優秀なプランナーであり、作戦立案を任される事も多い。レギーナからも信頼されているため、レギーナが出撃し不在の際には、代わりに大隊長代理を務める。
 レギーナには密かに想いを寄せており、戦争が終わったらプロポーズしようと思っている。

[891] 第1話 終戦の日 フリッカー - 2009/09/04(金) 17:32 - HOME

 宇宙世紀0079年1月3日、スペースコロニー国家のジオン公国は、地球連邦政府からの独立を果たすため、宣戦を布告した。これが、『一年戦争』の始まりであった。
 開戦当初こそ、ジオン軍は新型機動兵器・モビルスーツの優位性によって戦いを有利に進め、一度は地球本土深くにまで進行したが、国力で勝る連邦軍がモビルスーツの開発に成功し反攻に出ると、ジオン軍は各地で敗北を重ね、次第に劣勢になっていった。ジオン軍の主力は地球上から撤退し、それを連邦軍が追う形で、戦いのメインは宇宙へと移った。そして、宇宙世紀0080年1月1日。宇宙要塞ア・バオア・クー攻防戦に敗れたジオン公国は崩壊。この戦いの後、地球連邦とジオンの間に終戦協定が結ばれ、一年戦争は地球連邦の勝利によって終わる。
 だが、そんな事をまだ知る由もない地上に残されたジオン軍は、この日も連邦軍との戦闘を続けていたのだった……

 * * *

 宇宙世紀0080年1月1日午前6時55分:アラビア半島・ルブアルハリ砂漠

 果てしない砂漠が広がる、中東の大地。旧世紀の時代から多くの戦いの舞台となったこの場所も、例外なくジオンの侵攻を受ける事になった。地球侵攻作戦において、第1次降下部隊が最初に降下した場所は、中央アジアのバイコヌールと、黒海沿岸のオデッサであった。そこから東アジアやアフリカに勢力を拡大するに当たって、中東が戦場となった事は、自然な成り行きであった。だが、連邦軍によるオデッサ作戦によってオデッサが奪還されてしまうと状況は一転。ジャブロー攻略失敗も相まって地上での劣勢は決定的となり、12月には連邦軍の大規模なジオン軍掃討作戦が開始された。最前線とは言えなかったこの中東の地においても、連邦軍が反撃を始め、ジオン軍は大きな打撃を受けていた。他の地域と同じように、多くの部隊は宇宙への撤退を始めていたが、全ての部隊が撤退する訳ではない。撤退する部隊を守るために、誰かが残って戦い続けなければならないからだ。こうして、地上での戦いは1年戦争終戦の日となる、この日まで続いていた。

 夜空がほんのりと赤く染まり始め、地平線から朝日が昇り始める。中東の砂漠に夜明けが訪れたのだ。
 太陽の日を浴び始めたそんな砂漠の中で、砂丘に身を隠すようにたたずむ、3つの巨人の姿があった。ジオン軍のMSだ。3機のMSは全て、異なるシルエットを持っている。緑色の1機は、ジオン軍を象徴する、いや、MSそのものの代名詞とも言っていい機体である、MS−06ザクUだ。この機体は後期に生産されたモデルである、F2型だ。そして、太い体と足を持つずんぐりとしたシルエットの青いMSは、MS−09ドム。これは砂漠・熱帯地域用に改修された、ドム・トローペンと呼ばれるタイプだ。そして残りの1機は、他の2機と比べて異様なシルエットを持っていた。ボディは漆黒のカラーリングで覆われ、邪悪な印象を与える。他の2機よりも背は高いが、その2機よりもスマートに見える。尖った形の頭部には、隊長機の証であるブレードアンテナが立っている。そして肩からは、1門の細い砲門が突き出している。この機体はジオン軍最新鋭のMS、MS−14ゲルググだ。ザクUに代わる新たな主力機として開発され、ジオン軍のMSとしては初めてビーム兵器の使用を可能にしている。その性能は、量産機でありながら『連邦の白いヤツ』と呼ばれたRX−78ガンダムに匹敵する。
 そんな黒いゲルググのコックピットの中で、ゲルググと同じく黒いパイロットスーツを身に着けている、青いショートヘアーの女性が座っていた。その整った表情は、黒いスーツから与える印象とは裏腹に、比較的落ち着いた印象を与える。彼女はアンネローゼ・ブリュックナー少尉。このゲルググのパイロットであり、このMS小隊の隊長を務めている。アンネローゼは、コックピットの中で、静かにモニターの中央に映る拡大映像を見つめていた。そこに映っているのは、砂漠に佇む連邦軍の野戦基地であった。舗装はされていないがしっかりとした施設が備えられ、その周囲には2門並んだ主砲を装備した連邦軍の戦車、61式戦車が警戒に当たっている。よく見ると、擬装用のネットで覆われてひざまずいた状態で駐機しているMSの姿も確認できる。今の所は何の動きも見られない。それを確かめたアンネローゼは、拡大画像を消した。そして腕時計に目をやる。時刻は午前6時55分を過ぎていた。
「2番機、3番機、準備はいい?」
 アンネローゼは僚機の2機に通信を入れた。するとすぐに、2人の人物の顔が通信用モニターに現れた。1人は暗い茶髪で血の気が多そうな顔を持つ男性、マティ・トスカーナ准尉。そしてもう1人は、茶髪のセミロングヘアーの女性、ミツル・フジモリ軍曹だ。2人はアンネローゼとは異なり、緑色の通常のノーマルスーツを身に着けていた。
『もちろんです。俺は今すぐにでも、あそこに飛び込みたいくらいですよ』
『こっちはオールグリーンですよ、アンネ隊長!』
 マティの強気な声、そしてミツルの明るい声。この一言を聞いただけで、2人の個性がよくわかる。ただ、どちらに対しても言えるのは、士気が高い事だ。アンネローゼは、そんな2人の様子を見て安心していた。当然、士気が低い事は作戦の成否に大きく関わる問題だからである。
「間もなく攻撃開始時間になるわ。攻撃準備を整えて。マティ、くれぐれも待ちきれなくなって飛び出したりなんて真似はしないでよ」
『わかってますって。そうじゃなきゃ、奇襲にならない事くらい承知していますから。隊長は相変わらず生真面目ですね』
『とにかく、連邦への新年のご挨拶だから、派手にやっちゃいましょう!』
 3人がそんなやり取りをしながら、ヘルメットを着用する。マティとミツルのヘルメットは、緑を基調にした通常の配色だが、アンネローゼのものは、ノーマルスーツと同じく黒くなっていた。
 そんな時、別の通信がアンネローゼの元に入った。回線を開くと、そこに1人の女性の顔が映った。ジオン軍の軍服を着ているその女性は、黒いロングヘアーが特徴的だった。
『アンネ、第3小隊の準備はどう?』
「問題ありません、レギーナ中佐」
 アンネローゼはその女性の名を言った。彼女はレギーナ・エーベル中佐。アンネローゼが所属する、第51MS大隊の大隊長である。
『アンネ……今の状況では、もうあなただけが頼りよ。あなたの活躍が、私達第51MS大隊の大きな励みになるわ』
 そんな言葉をレギーナに言われたアンネローゼは、少し驚いた。
 アンネローゼは、19歳という若さでありながら、この部隊のエースパイロットである。戦争中盤から地上での戦闘に初参加してから、彼女は卓越した射撃能力と直感で、大きな戦果を上げ続けてきた。一部では、アンネローゼはニュータイプなのではないかという噂まで流れたほどである。もっともアンネローゼ本人は、自分が本当に『人類の革新』なる存在であるとは思っておらず、自分が単に最善を尽くしただけだと考えている。
 宇宙では連邦軍がジオン本土に迫りつつあり、もはや敗色濃厚になったジオン軍の現状では、エースである彼女の存在はレギーナの言う通り、部隊の大きな力になっている。だから第3小隊は無論、第51MS大隊そのものの士気は高い。レギーナもそんなアンネローゼを信頼しており、2人は姉妹のような関係になっている。だからアンネローゼ自身も、そんな部隊のために最善を尽くそうと思っている。そうすれば、変えられない未来はない。アンネローゼはそんな信念を持っていた。
「最善を尽くします」
『戦果を期待しているわ』
 アンネローゼが答えると、レギーナはそう言って通信を切った。時刻を見ると、既に7時になろうとしている。アンネローゼは気持ちを切り替え、連邦軍の野戦基地に目を向け、照準を合わせる。使用するのは、背部のビームキャノンだ。アンネローゼは、この兵器を使用するのは初めてだった。そもそも、このゲルググで出撃する事自体、今回が初めてだった。
 去年12月の末になって到着した新型機、ゲルググ。だが使用可能なものは、たった1機だった。残りは全てパーツ用だった。というのも、ジオン軍は勢力を拡大しすぎた影響で、補給が完全に行き届かないという事態になっていたからである。ましてや、戦局が悪化した現在では、補給そのものも困難なものになっていた。そのため、MSが『待っていても、ちっとも来ない』という状況になり、定数が満たせない事は日常茶飯事、機種転換に大きな支障をきたす事になった。第3小隊の機体が1機種に統一されていないのも、この影響である。1機だけしか使用できないゲルググに一体誰が乗るのかという事で、一時期兵士達の間で騒動になったが、レギーナは迷わず、アンネローゼを指名した。この機体は、あなたが乗るべき機体よ、と。レギーナがアンネローゼの実力を認めていた事もあるが、そもそも第51MS大隊に新型機が送られてきたのは、アンネローゼというエースパイロットの存在がある故だった。
 アンネローゼはそれを受け入れ、ゲルググは彼女の能力に合わせて調整される事となった。本来は手持ち武装であるビームライフルを装備するゲルググであるが、ビームライフルは機体本体に対して生産が追いついていないため、支給されなかった。その代替品として支給されたのは、水陸両用MSのメガ粒子砲デバイスを流用し急増された、アタッチメント式のビームキャノンパックだった。これに合わせて、照準器を増設した専用の頭部を装備する事で、ゲルググはMS−14Cゲルググキャノンとなる。ゲルググは発展性も考慮され、背部や腕部にさまざまなアタッチメントを装備する事が可能な設計になっているのだ。だが、やはり生産が追いついていなかったためか、C型用の頭部は支給されなかった。そのため、ビームキャノンパックを装備しながら頭部はそのままという変則的な仕様になってしまったが、アンネローゼはそれを気にせず、事実試運転でも問題は出なかった。こうして各部の調整後、機体をパーソナルカラーである黒に塗られた事で、『アンネローゼ専用ゲルググ』が誕生したのである。
 ビームキャノンの照準を野戦基地の弾薬庫に合わせ、操縦桿のトリガーに手をかけながら、アンネローゼは腕時計に目を向ける。時刻は午前6時59分。7時まで10秒前。
「7時まで、3、2、1……」
 時計を見ながら、口でカウントダウンをするアンネローゼ。そして時計の表示が午前7時になった瞬間、アンネローゼは顔を上げた。
「発射!」
 アンネローゼはトリガーを引いた。ゲルググの肩にある砲門から、黄色く光るビームの弾が、野戦基地に吸い込まれるように飛んで行った。ビームは基地の弾薬庫を貫き、そして内部の爆薬に引火し大きな爆発を起こした。基地の兵士達は、突然の攻撃に驚き、慌てふためいている所だろう。
 ――これが、ビームの威力……
 アンネローゼは驚きを隠せなかった。初めて体感したビームの威力。戦艦並みの火力だと耳では聞かされていたが、実際に目で見てみると、その破壊力がどれだけのものかという実感が湧く。連邦軍はこれをいち早く実用化させ、ジオン軍を恐怖に陥れた。これだけの威力なら、敵が恐れるのも当然だろう。
 だが、驚いている場合ではない。アンネローゼはすぐに操縦桿を握り、両機の2機に指示した。
「攻撃開始!!」
『了解!!』
 ゲルググが、ロケットランチャーを持つ右手を高く上げた。それを合図に、第3小隊の3機は砂丘のジャンプで一気に乗り越え、野戦基地に向けて躍りかかった。その横には、他の小隊のザクやドムが、同じように身を隠していた砂丘から飛び出し、野戦基地に向けて躍りかかっている。敵の反撃が遅れている。奇襲は成功だ。
『さあ、新年のご挨拶と行くぜ!!』
『連邦軍の皆さーん、ハッピーニューイヤーッ!!』
 マティとミツルの声が通信で入ってくる。一斉に銃撃が始まる。ザクやドムから放たれるマシンガンの弾丸が、吸い込まれるように61式戦車へと吸い込まれていき、爆発していく。マシンガンとはいえ、口径は90o以上。さらに必然的に高い場所から撃たれるため、威力も高まっている。戦車を破壊するには、充分すぎる火力だ。ましてや、バズーカやドムが使うシュツルムファウストの威力は、戦車相手では話にならないほどのレベルになる。
 アンネローゼもロケットランチャーでの砲撃を開始。放たれたロケット弾は、61式戦車を紙切れのように吹き飛ばす。そしてその爆風に巻き込まれ、隣の61式戦車も破壊された。ようやく61式戦車部隊は砲撃を開始した。だが、地上を走るMSの機動力に砲塔の旋回が追いつかず、砲弾は機体の横をかすめるばかりである。戦車の砲塔回転速度では、複雑に動き回るMSを捉える事は不可能だ。このように、MSは戦車に対して圧倒的に有利ではあるが、主砲の威力はMSを撃破するのに充分なものであり、決して油断はできない。アンネローゼは気を抜く事なく、ゲルググを走らせて射線をかわしつつ、間合いを詰めながら冷静に61式戦車をロケットランチャーで狙い撃つ。マティのドム・トローペンがシュツルムファウストを、ミツルのザクはマシンガンを駆使し、戦車を蹴散らしていく。戦車部隊はとうとうMS部隊の接近を許してしまい、まともな反撃ができなくなる。近づいてしまえば戦車は砲の仰角を上げられないためMSの上半身を狙う事は不可能になり、こうなるとMSの思うがままだ。至近距離で打ち抜かれ、蹴られ、踏みつぶされた戦車部隊は、瞬く間に壊滅した。
 部隊の一部は既に基地へなだれ込み、施設への攻撃を開始している。施設に対して銃撃が浴びせられ、野戦基地はたちまち炎に包まれる。動く事がないまま破壊されるMSも、少なからずあった。
『へへっ、戦車部隊なんてちょろいもんだぜ!』
『戦車の時代はもう終わってるって言うのに、連邦の皆さんは何考えてるのでしょうねえ?』
 マティとミツルの余裕に満ちた声が聞こえる。そんな2人に、アンネローゼは忠告した。
「調子に乗らないで。連邦軍のモビルスーツが来るわよ」
 アンネローゼが見つめる先には、基地の中で動き出し、こちらに向かってくる連邦軍のMSの姿があった。ゴーグルを着けたような顔を持つ、RGM−79ジムだ。中には、追加装甲を身にまとい、サンドイエローに塗装されたバリエーション、RGM−79Fデザート・ジムの姿もある。
『おいでなすったか!』
「迎撃部隊を迎え撃つわよ!!」
『了解!!』
『いちいち言われなくたって!!』
 アンネローゼの指示で、真っ先にマティのドム・トローペンが飛び出した。それに続いて、アンネローゼのゲルググとミツルのザクが続く。
 ジムが、こちらの機影を捉えた。だがその瞬間、1機のジムの動きが止まったと思うと、怯えたように急にこちらに背中を向けて離脱を図る。そんな行動に驚いたのか、他のジムがそのジムに視線を向けてしまう。
「目の前で急に背中を向けるなんて……!」
 だがそれは自殺行為である事を、アンネローゼは知っていた。すかさずビームキャノンの照準を、背中を向けたジムに合わせ、発砲した。ビームが吸い込まれるようにジムの胴体を貫き、巨大な火の玉と化した。他の機体は、一方はホバー移動を活かして一気に間合いを詰めたマティのドム・トローペンに追いつかれ、ヒートサーベルで両断され、もう一方はミツルのザクにマシンガンの集中砲火を受ける事になってしまった。ジム部隊はすぐに散開し、ばらばらな動きを取り始めた。
『さては、「黒豹」の姿に怯えたな? 腰抜けね、連邦の兵士って』
『あんな姿見たら、誰だって怯えるさ、軍曹』
 マティとミツルの通信が耳に入った。マティの言葉は自分を皮肉っている言葉である事はすぐに理解したが、アンネローゼにとっては慣れた言葉だった。
 アンネローゼは、その黒い機体のカラーリングから、『黒豹』と呼ばれ、連邦軍に恐れられている。黒いカラーリングから邪悪な印象を与えるためか、自分の機体を見た瞬間敵が逃げ出すという事は、以前にもあった事だった。同じ部隊の兵士にも、こんな怖いMSとは戦いたくないな、と言われた事もある。もっともアンネローゼ自身は、そんな意図があってパーソナルカラーを黒にした訳ではないのだが。
「フォーメーションを崩さないで!! マティ、調子に乗って突っ込みすぎないでよ!!」
『わかってますって!』
 アンネローゼの指示を受けた第3小隊は、散会したジム部隊を撃破するべく、再び動き出した。

 * * *

 アンネローゼ達が、戦闘を行っていた頃。
 野戦基地から充分に離れた場所に、1台の大型車両が佇んでいた。だがそれは、単なる車両ではない。車輪は1つもなく、普通の車両と比べると桁違いに大きい。普通の車両がまるでおもちゃのように見えてしまう。この大型車両の名は、ギャロップ。内部にMSを搭載でき、MSの移動拠点となる、車両というよりは陸戦艇といえる存在だ。車輪がないのは、代わりにホバーによって移動するためだ。これによって、ギャロップはその48mもの巨体とは裏腹に、かなりのスピードで移動する事ができる。また、メガ粒子砲や機銃を装備している。このギャロップよりもさらに大型なダブデ級陸戦艇と比べれば火力は劣るが、その分機動性はこちらが勝る。
 そのギャロップのブリッジに、あのレギーナの姿があった。このギャロップは、第51MS大隊の所属なのである。
「攻撃隊より入電! 奇襲攻撃は成功!」
「作戦は順調に進行しているようね」
 クルーからの報告を聞いたレギーナは、安堵の表情を浮かべた。
 この作戦の目的は、連邦軍の基地に大きな打撃を与える事で、戦力を削ぎ落とし、再編成させる事で、友軍を退却させる時間を作る事にある。つまりは、時間稼ぎなのである。いつまでも防御戦闘を行ってばかりいては、いずれは押されてしまう事は明白だった。攻撃は最大の防御といわれるように、こういう状況でこそ、防御を目的とした限定的な攻撃作戦が有効になる。そのために、レギーナはこの作戦の実行を決意した。とはいえ、制約もあった。現在の第51MS大隊は、各地で全滅・消耗した部隊を集めて再編成中の寄せ集め部隊と化しており、戦力はお世辞にも優れているとは言えなかった。だがレギーナには希望があった。それは、言うまでもなくアンネローゼの存在だ。
 レギーナは、1人のエースパイロットの力だけで戦争に勝てるとはさすがに思っていない。大事なのは、士気だ。アンネローゼの活躍に、大隊の多くの兵士達が勇気付けられ、敗色濃厚な状況でも士気の向上に繋がっている。それが部隊全体の力となれば、やがては勝利へと繋がる大きな力へとなる。そしてそれがジオン軍全体に広がれば、敗色濃厚な戦局を変える事も夢ではない。実際、『連邦の白いヤツ』を擁する連邦軍の船『木馬』も、それ単体の力では直接戦局に与える影響は少なかったが、その活躍が連邦軍の士気に大きく影響を与え、現在の反抗に至っている事は、容易に想像できる。
 ――アンネは、ジオンの救世主になれるかもしれない。
 ――もしアンネがニュータイプならば、同じニュータイプの『連邦の白いヤツ』にできた事が、できないはずはない。
 自分の独りよがりかもしれないが、少なくともレギーナは、そう思っていた。
「よし! 第2次攻撃隊、前進開始!!」
 レギーナが座る席の隣に立つ、刺々しい髪形をした男が指示を出す。彼はレギーナの副官を務める、ロール・バードス少佐だ。彼はレギーナも実力を認める名プランナーで、この作戦の立案にも、一役買っている。レギーナはそんなロールの姿を見ると、席を立った。
「中佐? どうなさいました?」
 レギーナの動きに気付いたロールは、レギーナに問う。
「ロール、あなたに指揮を任せるわ」
「え、という事は……」
「私も、第2次攻撃隊と共に出るわ」
 レギーナはそう言いながら、ロングヘアーの髪を纏め、縛り始めた。
「ですが、中佐のモビルスーツは……」
「あるわよ。前にアンネがくれた、『戦利品』がね」
 レギーナの言葉を聞いたロールは、はっとしたように言葉を失ってしまった。髪を縛り終えたレギーナは、そのまま後を頼むわ、と言った後にブリッジを後にした。ロールは、そんなレギーナを止める事はせず、そのまま指示通りに指揮に専念していた。
 指揮官自らが戦場に立つ。それは、古い思想ではあるがジオン軍の伝統の1つだった。実際、部隊の指揮官であった『赤い彗星』シャア・アズナブルや、『青い巨星』ランバ・ラル、そして地球方面軍司令官ガルマ・ザビは、積極的に前線で戦い、多くの武勲を立てている。レギーナもそんな指揮官の1人で、積極的に前線に出て戦う事が多く、その実力は部隊の間でも高く評価されていた。
 だが、レギーナが以前使用していた指揮官用のザクは、連邦軍の爆撃によって失われてしまった。その後も代用のMSは届かず、レギーナは自分が前線に出る事はもうできないと思っていた。だが今のレギーナには、MSがある。自分が一番信頼する部下であるアンネローゼから受け取ったMSが。
 ノーマルスーツに着替えたレギーナは、ギャロップの格納庫へと向かう。そこにあったのは、この部隊にあるどのMSともシルエットが異なる、青いMSの姿があった。

 * * *

 敵のレーザーの照準を受けている事を知らせる警報が鳴り響いたと思うと、ジムがこちらに拳銃型のビームスプレーガンを撃ってきた。アンネローゼのゲルググは、素早くフットボールの断面の形をしたシールドを構え、銃撃を防ぐ。シールドは、MSにとってはなくてはならない装備だ。戦車や歩兵は、地形を利用して隠れるという事ができるが、18mクラスの身長を持つMSの場合となると、そうもいかなくなる。地上ならまだしも、宇宙空間には障害物にできるものがほとんど皆無に等しい。そのため、シールドという原始的な装備が見直され、MSに装備される事となったのである。ゲルググのシールドは、ジムが放ったビームを完全に防いだ。ゲルググのシールドは対ビームコーティングが施されているため、安心してビームを受け止める事ができる。
 アンネローゼはすぐに反撃する。ビームキャノンをジムに向け、発砲。ジムはすぐにシールドで防ごうとしたが、ビームはジムのシールドもろとも機体を貫き、ジムは爆発した。搭乗しているアンネローゼそのものも、震えが来るような破壊力だった。だが、驚いている暇はない。すぐに次の目標へと切り替える。心なしか、自分に銃撃が集中しているように思える。機体がパーソナルカラーで塗られている事から考えれば、自然な事ではあった。だが、ゲルググに乗る以前は回避力の高いドムを使っていたせいか、今まで実感できていなかったのかもしれない。エースパイロットがパーソナルカラーでの塗装を許されるのは、自身がエースである事を敵に誇示し、相手の戦意を削ぐだけでなく、わざと目立たせて敵の攻撃を集中させる事で、経験の少ないパイロットを守るという側面もある、という話を聞いた事がある。
『隊長、後ろです!!』
 不意に、ミツルの通信が耳に入った。途端に鳴る警報音。背後から迫る気配を感じ取ったアンネローゼは、反射的に機体をジャンプさせながら反転する。モニターに映ったのは、ビームサーベルを携えたデザート・ジム。振った赤い刃が空を切るのが見えた。すぐにデザート・ジムに照準を合わせ、ロケットランチャーを撃つ。放たれたロケット弾は、デザート・ジムの体を直撃した。だが、まだやられていない。デザート・ジムの装甲は、リアクティブアーマーで覆われている。バズーカ1発当てたとしても、簡単には落とせない。すぐに2発目を放とうとしたが、トリガーを引いても何も反応しない。弾切れだ。その隙を見計らったかのように、デザート・ジムがサーベルを振りかざして突っ込んでくる。
 ――接近戦は苦手だけど……!
 四の五の言ってなんかいられない。ロケットランチャーを一度手放し、腰のビームナギナタを抜いた。瞬間、青く光る刃が、デザート・ジムのサーベルを受け止めた。正面で閃光が瞬いた。
『背中がお留守よっ!!』
 だがその時、デザート・ジムの頭が、上から真っ二つに両断された。そのままデザート・ジムが倒れると、その背後には、ミツルが狩るザクの姿があった。手にはヒートホークを持っている。
「ありがとう、ミツル。助かったわ」
『教官が言っていましたよ、敵に1人だけで戦おうとはするな、ってね』
 礼を言ったアンネローゼに、ミツルは笑みを見せた。ミツルは、連携攻撃を何よりも重視しており、敵に対して1人で戦う事は絶対にない。そのため、自ら進んでサポート役を引き受けたり、今のように他の機体が引き付けた機体を撃破したりする事が多い。そのため、撃墜スコアは共同撃墜の方が多い。だが、第3小隊で補給の都合により唯一ドムを使えなかったからか、ドムに対してザクだとついて行くのが大変、とコメントした事がある。
 手放したロケットランチャーを素早く拾い、すぐに別の機体に目を向ける。すぐ近くでは、マティのドム・トローペンが至近距離でジムにバズーカを撃つ。ホバーによる高速走行が可能なドムの機動力に、ジムは完全について行けない。ドム・トローペンは再び、サーベルをジムに突き刺した。
『隊長、どうしました? じゃないと俺が、こいつら全部やっちゃいますよ?』
 通信でマティが余裕の声を出した。マティはこの小隊に来た時から、アンネローゼにライバル心を持っている。彼の口調が隊長であるアンネローゼに対しても、いつも強いのはこのためだ。その態度に手を焼く事もあるが、今はそんな事をとやかく考えている暇はない。
 アンネローゼはロケットランチャーのマガジンを交換し、すぐにマティに合流しようとした。だがその時、マティのドム・トローペンに、別のジム部隊が迫ってきているのが見えた。
「マティ、離脱して!!」
 アンネローゼが叫んだ瞬間、マシンガンの弾が飛んできた。マティは警報に気付いた様子で、かわそうとしたが、サーベルを突き刺していた事が仇になり回避運動が遅れ、肩に被弾してしまった。ドム・トローペンが離脱した所を見計らい、アンネローゼはビームキャノンを放つ。ミツルのザクも、腰にマウントしていたバズーカを取り出し、発砲。2機のジムが爆発した。ジム部隊は散開し、こちらに銃撃を浴びせてくる。アンネローゼはシールドで銃撃を防ぎつつ、マティに呼び掛ける。
「マティ!!」
『平気です、ちっ、また隊長に貸しを作っちまったな……』
 幸いにも、マティのドム・トローペンに大したダメージは見受けられらかった。重装甲のおかげだろう。マティも無事だったが、マティはアンネローゼに助けられた事を少し悔しく思っているようだった。それはいつもの事だと割り切り、アンネローゼはミツルと共に移動しながら射撃を行う。敵は迎撃部隊の増援のようだ。
「敵部隊の増援……!」
『全く、連邦は数だけは多いんだから……!』
 ミツルは唇を噛む。
『くそっ、調子に乗りやがって、連邦め!!』
「マティ、冷静になって! 突っ込むだけじゃ駄目!」
 敵に向かっていこうとするマティのドム・トローペンを、アンネローゼは引き留める。
 敵の攻撃が強くなってきている。敵は序々に、奇襲のショックから立ち直りつつある事は、アンネローゼも容易に想像ができた。このまま下手をすると、こちらに大きな損害が出る可能性がある。相手の戦力を殺ぐ事が目的のこの作戦で、こちらが戦力を殺がれてしまっては、本末転倒というものだ。これでは、後から来る第2次攻撃隊にも影響は出てしまうだろう。引こうにも、しっかりと足止めをしなければ、追撃されてしまう。
 どうする。銃撃を行いながら、そう思っていた時だった。
 突然、後方からジム部隊に向けて弾幕が飛んでくる。思わぬ攻撃に驚き、ジム部隊は散開する。後方を見ると、こちらに向かってくる影があった。それは、こちらに銃撃を行うザクとドムの部隊だった。
『第2次攻撃隊だわ!』
『全くナイスタイミングだぜ、中佐は!』
 マティとミツルが歓喜の声を上げた。その気持ちは、アンネローゼも同じだった。こういう時の増援ほど、心強いものはない。
 だが、その第2次攻撃隊の中に、1機だけシルエットの大きく異なるMSがいた。青いカラーリングのそのMSは、背は低く小柄で、手が4本の爪になっており、首のないそのシルエットは水陸両用MSのような印象を与える。そして右手には、鉄球がついた武器を持っている。そのMSは、友軍の援護射撃を受けながら、真っ直ぐ敵に向かって突撃していく。
「あの機体は……!!」
 アンネローゼには、その機体は見覚えのあるものだった。ある時、自身が輸送部隊攻撃の任務に就いていた時、敵の輸送トラックに偶然あったMS。友軍のMSだと判断したアンネローゼはそれを奪還し、基地に持ち帰っていた。それを見たレギーナに喜ばれたのを覚えている。MS−13ガッシャ。少数しか生産されなかったという、ジオン軍の新型MSだ。
 ガッシャは、アンネローゼのゲルググの横をブーストで通り過ぎる。かなりのスピードだ。そのまま、1機のデザート・ジムに向けて鉄球を打ち出した。発射機に鎖で繋がれたその鉄球は、デザート・ジムの頭に吸い込まれるように伸び、直撃した。頭は一瞬で砕け、デザート・ジムはそのまま倒れて動かなくなった。そのままガッシャの手元に戻ってくる鉄球。その時、通信モニターに見慣れた人物の顔が映った。
『アンネ、そっちは大丈夫だった?』
 そこに映っていたのは、ノーマルスーツ姿のレギーナだった。搭乗していたのがレギーナであった事に、アンネローゼは驚きを隠せなかった。

 レギーナがガッシャのコックピットに座るのは、実戦では初めてだった。自分ではなかなかいい乗り心地だと思っている。そして、先程使用したハンマーガンの威力。原始的な質量兵器だが、馬鹿にならない威力だ。あの『連邦の白いヤツ』も似たような兵器を使い、ザクを一撃で撃破したというが、実際に使用してみると、その威力の高さが実感できる。衝撃もかなりのものになるはずだ。これを受ける側は、どれだけ恐ろしい思いをする事か。
 ――さすがは、我が軍の新型機ね。
 レギーナはそんなガッシャの性能に、感動を覚えていた。アンネローゼが使うゲルググも高性能だが、このガッシャも悪くはない。
 この機体が手に入ったのは、ほとんど偶然に近いものだった。輸送部隊攻撃任務から戻ってきたアンネローゼが、この機体を持ち帰ってきたのだ。連邦軍に接収されていたものらしい。最初は水陸両用MSを持ってきたって意味がないと思っていたが、調べてみた結果、水陸両用MSをベースに開発された新型汎用機である事がわかった。補給が完全に行き届かず、今となっては補給自体困難なものになっている現状では、鹵獲した兵器を戦力に組み込む事は珍しい事ではなかったが、まさか接収されていた自軍の新型機を持ってくるとは思っていなかった。自身の機体を失っていたレギーナは大いに喜び、自らの機体としてしまったのである。
 レギーナはアンネローゼのゲルググに通信を入れ、アンネローゼの無事を確かめた。
『いえ、こちらは大丈夫です。それよりも、その機体は……』
 アンネローゼの通信に混じって、あの機体、中佐が乗っているのか、とマティの驚きの声が聞こえてきた。
「何、アンネからもらった『戦利品』を、有効に使わせてもらっているだけよ」
 レギーナは一言答えると、第2次攻撃隊に応戦する敵MSに目を向ける。長く話している暇はない。今は戦闘中なのだ。
「じゃ、みんな行くわよ!! 援護をお願い!!」
『了解!!』
 レギーナはそう指示すると、こちらに向かってくる1機のジムに狙いを合わせる。ジムがマシンガンを放つ。レギーナはためらわずブーストをかけ、ガッシャを突撃させる。ジムが放ったマシンガンの弾は、ガッシャの装甲に阻まれてしまう。ガッシャの装甲は見た目に似合わず厚く、MAクラスなのだ。間合いを詰められる事を危惧したジムは、すぐにマシンガンを捨て、ビームサーベルを引き抜く。それに気付いたレギーナは、振り下ろされたビームサーベルを持つ腕を、左腕で受け止めた。全高15.1mと、通常のMSに比べると背が低く、子供のように見えてしまうガッシャであるが、パワーでは劣ってはいない。クローでジムの手をサーベルの柄ごと握りつぶすと、右手に持つハンマーガンで、直接ジムの腹を殴った。ジムの腹は大きく凹み、反動でガッシャから離れたジムは、そのまま倒れて動かなくなった。
 すぐに警報が鳴る。飛んできた銃撃をかわす。銃撃をした1機のジムが、ビームを受けて爆発した。アンネローゼの援護射撃だ。横に目を向ける。マティのドム・トローペンが、サーベルでジムを切り裂く。その横から、別のジムが迫っている事に気付いたレギーナは、ハンマーガンの狙いをそのジムに定めた。榴弾砲のように仰角を付け、ハンマーガンを撃つ。すると鉄球はマティのドム・トローペンの上を越えて飛び、まさにドム・トローペンに接近しようとしたジムの真上から襲いかかる形になった。ジムが上を向いた時には手遅れだった。鉄球はジムの頭を胸ごと押し潰し、そのまま爆発した。そして鉄球はまた、ガッシャの手元に戻ってくる。
「結構いけるわね、このハンマーガンは」
 ハンマーガンの威力に手応えを感じたレギーナは、攻撃部隊の全機に指示した。
「全機、流れはこちらに来ているわ!! 攻撃を緩めないで!!」
 指示を受けた友軍機は、前にも増して攻撃を強めていくのだった。激しさを増す戦いは、この後しばらくの間続いたのだった。

 宇宙世紀0080年1月1日午後6時:アラビア半島・ジオン軍砂漠基地

 かくして、連邦軍野戦基地襲撃作戦は成功した。2回に渡る攻撃により、基地は深刻な被害を受け、しばらくは修復に時間を取られるだろう。こちらにも犠牲が出たが、第3小隊は全機生還して帰還する事ができた。
 かくして夕方の基地は、新年会も兼ねて久しぶりの勝ち戦を祝い騒ぐ兵士達で賑わいを見せていた。午後18時ではあるが、外はまだ明るい。中東の夕暮れは遅いのだ。そんな砂漠の空を、軍服姿のアンネローゼは1人見上げていた。彼女は特別、人との関わりを避ける人ではなかったが、今は周りの兵士達のように騒ぎたい気分ではなかったのだ。小隊メンバーであるマティとミツルは、周りの兵士達と同じく騒いでいたが。
「こんな所でどうしたの、アンネ」
 不意に、後ろから声が聞こえてきた。振り向くとそこには、レギーナの姿があった。
「レギーナ中佐」
「みんなと一緒に騒がないの?」
「……いえ、そんな気分じゃなくて」
 アンネローゼはそう答えて、空を見上げた。そして言った。
「……この戦争、ジオンは負けてしまうのでしょうか?」
 その言葉を聞いたレギーナは、えっ、と声を上げた。
「宇宙(そら)ではもう、連邦軍がサイド3本国へ進出しつつあると聞きますし……何だか、不安で……」
 アンネローゼは志願して軍に入ったのではなく、軍の徴収に応じて軍に入隊した。だが、彼女はそれには国民の義務だと思っており、何も抵抗を感じていなかった。彼女が戦闘に参加したのは、連邦軍の反抗が本格化しつつあった去年の中頃からだった。彼女は真面目な性格故に手を抜く事が嫌いだったため、次々と戦果を上げ、パーソナルカラーを塗った専用機に乗る事を許されたエースパイロットとなった。だが、自身の活躍とは裏腹に、戦況は悪化するばかりだった。そして遂には、ジオン軍の主力は宇宙に撤退してしまった。そんな現実に、次第にもどかしさを感じるようになっていた。これ以上自分が戦っても、国のためにならないのではないのだろうか、と。青い空の向こうにある宇宙で、どんな戦いが繰り広げられているのかは、アンネローゼは知らない。だが、故郷にあるサイド3に連邦軍の手が伸びようとしていると考えると、不安で仕方がなかった。だから久しぶりの勝ち戦であっても、騒ぐ気になれないのである。
「これ以上私達が戦っても、何か意味が……」
「アンネ、私達軍人の目的は、国を守る事にあるわ。それに、勝ち負けは関係ないわ」
 アンネローゼの言葉をレギーナが遮った。その言葉に、アンネローゼははっとした。
「確かに我が軍が勝って、連邦から独立を勝ち取る事ができれば、国を守る事に繋がるわ。だけど、今の状況が劣勢であるなら、尚更戦って、敵の手から国民を守らなくちゃならないじゃない。何もしなかったら、ジオンは連邦の手に沈むだけ。それから守れるのは、私達軍人だけよ」
「レギーナ中佐……」
 レギーナの言葉を聞いたアンネローゼは、少しだが心の重みがとれたような気がした。顔に自然と笑みが浮かぶ。
「だからアンネ、戦い続けましょう。まだ私達は、国を守る事はできるわ」
 レギーナは、アンネローゼの肩にそっと手を置いた。
「……はい! 私、これからも最善を尽くします!」
 アンネローゼは、はっきりとした返事を返した。
「人は誰だって不安になるけれど、私は信じているから、あなたの力を」
 レギーナがそう言ってほほ笑んだ時、後ろから誰かの急ぐ足音が聞こえてきた。
「レギーナ中佐!!」
 そこにやってきたのは、ロールだった。何かあったのか、少し慌てている様子で、息が切れている。
「ロール。一体どうしたの?」
「詳しい話は後でします。まずは通信室に来てください!!」
「わかったわ」
 レギーナはすぐに、戻っていくロールの後に続いて、アンネローゼの目の前を去って行った。それと入れ替わる形で、姿を現したのは、軍服姿のミツルだった。
「あ、アンネ隊長! ここにいたんですか! 探したんですよ! こんな所で寂しくしてないで、みんなと盛り上がりましょうよ!」
「……そうね」
 アンネローゼはミツルの言葉に答え、ミツルの許へと歩いて行った。
 ――私は、戦わなきゃいけない。たとえ劣勢でも、国を守るために。だから私は、これからも最善を尽くさなきゃ……!
 そんな思いを抱きながら。

 * * *

 通信室は、慌ただしい空気に包まれていた。勝利を祝って騒いでいた兵士達とは違う空気だ。彼らにとって、何か好ましくない事が起きた事は、レギーナは容易に想像がついた。
「で、一体何があったの?」
 レギーナは、隣にいるロールに問う。
「これを見てください」
 ロールは、正面にある大型の通信用モニターに目を向けた。するとそこには、レギーナにとっても予想していなかったものが映っていた。
『本日午後3時、地球連邦政府とジオン共和国臨時政府との間に終戦協定が結ばれ、1年に渡って世界を巻き込み続けた地球連邦とジオンの戦争が、地球連邦の勝利によって終わりを告げる事となりました……』
 流れているのは、テレビニュースの映像だ。映像には、あちこちで爆発が起きているジオンの宇宙要塞ア・バオア・クーの様子が映し出され、ジオン軍がこの攻防戦で敗れた事も伝えられていた。その映像は、レギーナを驚愕させるには、充分すぎるものだった。
「これは……どういう事なの!? 敵の心理放送じゃないか、確かめて!!」
「いえ、これは民間のテレビ放送を傍受したものでして、恐らく、事実かと……」
 ロールの言葉を聞いて、レギーナは初めて、目の前が暗くなる、という感触を味わった。ジオンが、戦争に負けたのだ。しかも、国の呼称がいつの間にか『ジオン共和国』へと変わっていた事は、『ジオン公国』は滅亡した事を意味している。まだ信じがたい情報だが、これが事実ならば、冷静にこれからどのような判断を下すかを考えなければならない。
「我が軍が……負けた……!?」
 自然とそんな言葉が口からこぼれたレギーナの前で、放送だけが流れ続けていた。
『繰り返し、お伝えします。本日午後3時、地球連邦政府とジオン共和国臨時政府との間に終戦協定が結ばれ……』


続く

[897] 第2話 脱出 フリッカー - 2009/09/10(木) 18:25 - HOME

 宇宙世紀0079年12月31日、宇宙要塞ア・バオア・クー攻防戦の最中、ジオン公国の中枢を担っていた一族、ザビ家が内部闘争によって自滅、ジオン公国は事実上崩壊した。これが、皮肉にもジオン公国の敗北に繋がる事になってしまった。そして宇宙世紀0080年1月1日午後3時、月面都市グラナダにおいて、地球連邦政府とジオン共和国臨時政府との間に終戦協定が結ばれた。こうして、一年戦争は地球連邦の勝利によって幕を閉じた。
 だがそれは、これから起こる過酷な戦いへの序曲に過ぎなかったのである……

 * * *

 宇宙世紀0080年1月1日午後6時15分:アラビア半島・ジオン軍砂漠基地

『繰り返し、お伝えします。本日午後3時、地球連邦政府とジオン共和国臨時政府との間に終戦協定が結ばれ……』
 レギーナは未だに、放送の内容が半ば信じられずにいた。
 放送によれば、ジオン公国総帥ギレン・ザビは自ら指揮に出向いたア・バオア・クー攻防戦の最中戦死し、その妹であるキシリア・ザビも同じく戦死した事により、ジオン公国は事実上崩壊。首相であったダルシア・バハロが建てたジオン共和国臨時政府によって、地球連邦との終戦協定が結ばれたのだという。
 自らの国が、総帥とその一族の戦死によって崩壊してしまうとは。戦場に出れば、誰しも死ぬ可能性は平等にやって来るものだが、不思議とレギーナはそんな事を考えた事は今まで一度もなかった。最もレギーナは、ザビ家が実は内部闘争によって自滅してしまった事を知る由もなかったが。
「しょ、哨戒部隊より入電! 連邦軍がこちらの基地に接近中! 我が基地の部隊に投降を呼びかけているとの事です!」
「何ですって!?」
 通信兵の更なる言葉に、レギーナは驚愕した。よりによってこんなタイミングで。嫌な事は重なって起こるものだとつくづく思ってしまう。とはいえ、落ち着いて考えれば、戦争の勝利を知った連邦軍が、地上に残ったジオン軍の基地に対して投降の呼びかけを行う事は不自然な事ではない。彼らだって、無駄な戦いをしたくはないだろう。
 通信兵達が再び困惑し始める。誰だって自らの軍が負けた事を、簡単に受け入れられはしないだろう。ましてやここは、最前線とは言い難い場所だ。そのような実感が湧きにくいのも当然かもしれない。今こそ自らの部隊を落ち着かせ、これからどうすべきかを冷静に判断する必要がある。
「中佐、どうなさいますか……?」
 ロールがレギーナに尋ねる。その声で、普段は冷静沈着なロールも内心動揺しているのがわかる。レギーナはすぐに答えた。
「まずは、部隊の兵士達に事実を知らせる事が先だわ。これからの事はそれから考えるわ」
 レギーナはすぐに、1人の通信士に呼びかけた。基地の放送で、この事実を伝えるためだ。

 * * *

 基地のロビーでは、久しぶりの勝利と新年を祝う兵士達で賑わっていた。勝ち戦の時はいつも、兵士達は元気そのものだ。砂漠の過酷な暑さにも堪えないほどに。その中に、アンネローゼの姿もあった。
 目の前のテーブルには、多くのご馳走が並んでいる。とはいっても行事の時に食べるような、特別豪華なものではないが、兵士達は皆、その味を楽しんでいる。目の前のご馳走は食えと、よく言われたものだ。兵士というものは、いつ死ぬのかわからない。だからどこの国でも、兵士達はいいものを食べさせられるものなのである。アンネローゼもまた、そんなご馳走の味を楽しんでいた。
「いやー、やっぱり勝ち戦の後のご馳走はおいしいねー!」
 横にいるミツルが、そうつぶやいた。確かに彼女の言う通り、勝利の後に味わうご馳走の味は、いつもより違って感じる。アンネローゼもそう思っていた。最もミツルは、その明るさからか、どんな時もいつも食欲は変わらなかったのだが。
「アンネ隊長、この調子だと、ジオンも逆転勝利できるんじゃないと思いません? 私達第3小隊の力なら、きっとできますよ!」
 ミツルがそんな事をアンネローゼに聞いた。だがそれは、アンネローゼにとっては全然現実性のないものであった。最も、その考え方そのものはいいとは思ったが。
「ミツル、戦争はたった1つの小隊の活躍くらいで、流れを変えられるほど甘いものじゃないわ」
「でも、隊長はニュータイプじゃないですか!」
 ニュータイプ。またその言葉、とアンネローゼは思った。初陣から大きな戦果をあげている事から、アンネローゼはいつしか周囲からニュータイプなのではないかと噂されるようになった。宇宙の環境に適応した人類は洞察能力が発達し、言語を超越した相互理解が可能になる、というのがジオンの創設者ジオン・ズム・ダイクンが提唱したニュータイプの概念ではあるが、一般的には超絶的な感覚を持つ、一種の超能力者という認識が強い。アンネローゼがニュータイプと噂されるのは、卓越した射撃能力の高さと直感の良さがその理由となっているが、アンネローゼ自身は、所詮は噂、自分がそんな凄い人間なはずはないと、その事をあまり気には留めていない。
「私はニュータイプじゃないわ。ただの小隊の指揮官よ。私はただ、最善を尽くしているだけよ」
「相変わらず真面目ですね、隊長は」
 その言葉を聞いたミツルは、残念そうな表情を見せて、そうつぶやいた。アンネローゼは、話を続ける。
「で、話を戻すけど、ミツルの考えそのものはいいと私は思うわ。ジオン軍の兵士がみんなミツルみたいに前向きだったら、この戦争に勝てるとは私も思うもの」
「そうですよね! だからこれからも、前向きに戦っていきましょうよ! 私、1人の軍人として、隊長に最後までついて行きますから!」
「ありがとう。そんな部下がいると、私も心強いわ」
 ミツルに対して、アンネローゼは笑みを返した。明るく陽気な性格のミツルは、しばしばおちゃらけていると周囲から言われる事があるが、アンネローゼはその明るい所がいい所だと思っている。ムードメーカーである彼女は、戦闘が迫る中でもその明るさで周囲を和ませるからだ。
「やあ、アンネローゼ少尉。今日はご一緒にどうです?」
 すると、背後から別な声がアンネローゼを呼んだ。振り向くとそこには、カップを手にしている1人の男性士官の姿があった。彼が自分を誘い、近づこうとしている事は、アンネローゼはすぐにわかった。戦場とはいえ、人間同士の間柄だ。恋愛というものは起こるものである。これもまた、いつ死ぬのかわからないというものもあり、兵士はこういう平時の時には羽目を外そうとするものである。こういう事はアンネローゼにとっても、よくある事なのだ。
「いえ、その気持ちだけ受け取っておきます」
 だが、アンネローゼは真面目だった。アンネローゼ自身、恋愛というものに全く興味がない訳ではない。ただ、その真面目さが『ナンパ』という行為を許さなかったのである。軽くそう言って断ると、男性士官の前を後にした。ミツルがすぐに待ってくださいよ、とその後を追いかける。
『基地の全員に通達します』
 その時、スピーカーから声が響いた。レギーナの声。アンネローゼはすぐにわかった。突然の放送に、アンネローゼはもちろん、そこにいた誰もが驚き、静まり返った。
『これから通達する事は、信じられない事でしょうけど、覚悟して聞いて』
 レギーナの真剣な声がスピーカーから響く。これから通達する事は信じられない事? その言葉にアンネローゼは嫌な予感がした。周囲の兵士達も困惑し、ざわつき始める。
「信じられない事って、何でしょう?」
「さあ……でも、何だか不吉な予感はするわね……」
 ミツルの問いにも、アンネローゼはそう答える事しかできない。少し間を置いて、レギーナの声が再び流れ始めた。
『先日のア・バオア・クー攻防戦において、ギレン総帥が戦死され、そして本日、我が国は地球連邦政府と終戦協定を結び、この戦争での敗北を受け入れました』
 その言葉を聞いた瞬間、周囲が一気に騒ぎ始めた。負けたのか、本当なのか、そんな馬鹿な、などと騒ぐ声。先程までの賑やかな空気が、一瞬にして変貌してしまった瞬間だった。アンネローゼも、その例外ではなかった。
「負けた……!? 我が国が、負けた……!?」
 アンネローゼは初めて、目の前が暗くなるという感触を味わった。戦局が既に敗色濃厚となっていたとはいえ、本当に敗北したと突然告げられると、動揺を隠せなくなる。何せ、自分が命をかけて戦っていた国が負けたのだ。動揺しない方がおかしいのかもしれない。それは、隣にいたミツルも同じだった。
『そして今、連邦軍の部隊がこの基地に接近しつつあり、私達に投降を呼びかけています』
 間を置き、更に放たれたレギーナの言葉は、アンネローゼにとってダブルパンチも同然だった。戦争に敗北した事がただでさえショックだったのに、更に連邦軍が迫り、投降を迫っているのだ。投降するという事は、敵の捕虜になる事を意味する。もしこれが本当ならば、その決断をしなければならない時が迫っている事になる。当然、周囲はさらに騒ぎ始めた。
『だけどみんな、落ち着いて。こういう時にこそ、私達がこれから何をするべきなのか、冷静に考える必要があります。私達はこれから、この大隊が取るべき最善の行動を考えます。その結論が出るまで、待機を命令します』
 レギーナがそう言うと、放送は終わった。だが、兵士達の困惑は、終わる事はなかった。もう終わりだ、おしまいだと完全に嘆いている者もいれば、こんなの嘘だ、ありえないと頑なに否定し続ける者もいる。
「ど、どうするんですか、アンネ隊長……?」
 ミツルが震えた声で、アンネローゼに尋ねる。彼女も動揺しているようだ。この事が、本当なのか信じがたい。アンネローゼは真意を確かめようと、ロビーを飛び出した。ミツルが呼ぶ声を、耳に留めずに。

 アンネローゼは真っ直ぐに、通信室へと向かう。レギーナは、そこにいるはずだ。通信室のドアを見つけると、アンネローゼはすぐにそのドアを開けた。強く開けたために、バタンと大きな音が鳴る。中にいた通信兵達が驚いてアンネローゼに視線を集める。
「アンネ!?」
 その中に、レギーナの姿もあった。アンネローゼはすぐに、レギーナの元へ向かう。
「レギーナ中佐……本当なんですか……!? 我が国が負けたっていうのは……!?」
 息を切らせながら、アンネローゼはレギーナに尋ねる。レギーナは返す言葉に迷っていたようだったが、ゆっくりと答えた。
「……残念だけど、事実よ」
「そんな……」
 それは、アンネローゼにとって死刑宣告のようなものだった。最善を尽くせば変えられない未来はないと思っていたが、結局それは変わらなかった。だとしたら、自分が国のために戦っていた意味は、一体なんだったのだろうか。現実が自分の信念を否定したような思いに駆られたアンネローゼは、初めて絶望というものを味わったような気がしていた。義務感で軍に入隊し、この戦争に参加していたアンネローゼだったが、彼女はこの現実に抗うような強い意志を持っていなかった。アンネローゼの足の力が抜け、自然と膝が床についた。そんな彼女の元に、レギーナがゆっくりと歩み寄る。
「アンネ……」
 レギーナの手が、そっとアンネローゼの肩に触れた。その時、アンネローゼはゆっくりと立ち上がった。
 投降しよう。連邦軍が要求した通りに。アンネローゼは半ば投げ槍に決心を固めた。自分が戦う意味は、もうなくなった。ならいっそ、連邦軍の捕虜となってしまっても構わない。向こうは敵軍のエースを捕虜にできたとして、喜ぶだろう。そこに、もう以前の常に落ち着いた考えができるアンネローゼの姿はなかった。
「レギーナ中佐……私、投降します」
 そう言って、アンネローゼはレギーナに背中を向け、通信室を去ろうとした。だがそれは、すぐに誰かの手に止められた。
「駄目よアンネ!!」
 レギーナだった。
「レギーナ中佐……?」
「投降するなんて、死にに行くようなものよ!! 捕虜になれば、どんな事をされるかわからないのよ!! 宇宙に帰れないまま死ぬかもしれない、それに、あなたは女だから、もしかしたら……」
 レギーナの言葉を聞いて初めて、アンネローゼは自分が何をしようとしているのかを理解した。捕虜になれば、強制収容所生活という厳しい現実が待っている。そこで過酷な労働を強いられ、一緒宇宙に帰れないまま死んでしまうかもしれない。そして、捕虜になった兵士が、虐待を受け、殺害されるという事件は決して少なくない。ましてや、女性であるアンネローゼには、性的暴行を受ける可能性もある。これは、旧世紀から戦争で常に問題となっていた、決して無視できないものだ。これらは戦争**(確認後掲載)になるが、基本的に戦争にルールというものはなく、兵士達は敵に対して憎しみを抱いているものは多い。そのために、こういう事件は戦争で後を絶たないのである。
「なら、私は、どうすれば……?」
「逃げるのよ。このまま連邦軍の捕虜になる訳にはいかないわ。だから、宇宙へ逃げるのよ」
「宇宙へ、逃げる……」
 アンネローゼは、その言葉を繰り返してみる。
「既にHLVがある基地の目星は付けているわ。可能な限りの兵士達を、そこへ脱出させる事に決めたの。大丈夫よ。あなたは連邦軍に渡させないから。私について来て」
 レギーナは一度テーブルの地図に目を向けてからアンネローゼに視線を戻し、そう言った。
「……はい」
 アンネローゼはうなずいた。それしかできなかった。逃げる。それしか選択肢はなかったのだから。アンネローゼの目の前で、レギーナはロールに全軍に脱出の指示を出すようにと告げた。だが、その時。
「動くな!!」
 その一声で、通信室にいた人々すべてが硬直した。見ると、入口に拳銃を構えて立つマティの姿があった。その銃口は、真っ直ぐレギーナに向けられていた。なぜ彼がここにいるのか。そしてなぜ、レギーナに銃を向けているのか。アンネローゼは彼の意図がわからなかった。通信室が、あたかも戦場のような雰囲気に包まれる。
「マティ准尉……!?」
「准尉、一体何の真似なの!?」
 ロールとレギーナが、驚いて視線をマティに問う。
「聞きましたよ中佐、ここから逃げると……たとえ上官だとしても、『敵前逃亡』は認めませんよ!!」
 マティは銃口を向けたまま、野獣のような鋭い眼差しをレギーナに向ける。それは本来、味方に向けられるものではない。
「敵前逃亡って……」
「俺達は、まだ戦えます……!! 戦争に負けたなんて、認めません……!! 俺達は連邦軍と戦って、ジオンを守るんです!!」
 アンネローゼはやっと、マティの意図が理解できた。マティは、戦争に負けた事を認めていない。そのために、まだ連邦軍と戦うつもりでいるのだ。そのために、レギーナ―の行為を敵前逃亡と見ている。
「何言ってるの!? 戦争は終わったのよ!! もうあなたが戦う意味はないわ!!」
「俺は、ベルタを守りたいんだ……中佐は、ジオンを守るために軍に入ったんじゃないんですか……!? 戦争に負ければ、ジオンにいる大切な人も危険に晒される……それでもいいのか!!」
 ベルタ。その名は、アンネローゼも聞いた事があるものだった。
 マティには、故郷であるサイド3にベルタという名の恋人を残している。以前、そんな話を聞いた事があった。以前は手紙を何度も書いていたらしいが、戦局の悪化で宇宙との連絡がほとんど途絶えると、それができなくなった。マティはアンネローゼにライバル心を抱いているために、あまり多くは語らなかったが、その人の事は大切に思っている事は、アンネローゼはすぐに理解できた。苦しくなった時は恋人の事を考えろ、と言われる事があるが、その恋人を守る事も、彼の意志を強くしていたに違いない。この行動に走ったのも、そんな存在があるからだと思うと、気持ちがわからなくもないとアンネローゼは思う。マティは意志が強い。そのためか、一度も弱音を吐いた事はない。そこは、アンネローゼも高く評価している。
「綺麗事言って、自分を正当化しないで!!」
 レギーナはそんなマティに、強く言い返した。それには、マティもさすがに驚いた。
「戦争は終わったというのに、そんな事を言って戦い続けて死んだら、ただの無駄死にしかならないわ……あなたの大切な人だって喜ばないはずよ!」
 その言葉を聞いたマティは言葉を失い、何も言い返さなくなった。拳銃を持つ手が震え始める。レギーナは話を続ける。
「戦争が終わったのなら、生きて帰ってきたあなたの姿を、あなたの大切な人は見たいはずよ。違う?」
 レギーナは刺激しないように柔らかく言って、マティに歩み寄り始める。だがマティは、手を震わせながらもレギーナに拳銃を向け続ける。
「俺は死なない……絶対に死んだりなんかしない……だから俺は、生きている限り……!」
「だけど地上に残り続ければ、大切な人にはもう会えなくなるかもしれないのよ」
 マティは自分の考えを貫こうとしたが、レギーナのその言葉を聞いて、完全に言葉を失ってしまった。拳銃を持つ手は、ゆっくりとだが下がっていった。レギーナはマティの目の前に立ち、話し続ける。
「アンネにも言おうとしていた事だけど、これからの戦いは、ジオンのためじゃない。自分が生きるための戦いになるわ」
「自分が生きるための、戦い……」
 レギーナの言葉を、アンネローゼが繰り返す。
「もうジオンのために戦う必要はないのよ。生きて、サイド3の大地を踏むために、私達は戦わなければならないのよ。誰のためでもない、自分が生きるために戦うのよ。これは、私からの命令よ」
 マティの拳銃を持つ手が緩み、操り人形の糸が切れたように、力なく落ちた。どうやらマティは、レギーナの言葉をわかってくれたようだ。レギーナはマティの落ちた右手に手を伸ばし、力なく握られていた拳銃をそっと取る。それに、マティは何も抵抗はしなかった。張り詰めた空気が、やっと元に戻った。一時はどうなるかと思っていたが、アンネローゼはやっと胸をなで下ろしたのだった。
「さあみんな、作業に戻って。ロール、ギャロップの発進準備を行って。ありったけの物資を詰め込んで、この基地から脱出するわ」
「わかりました」
 レギーナが指示すると、ロールや通信兵達は、再び慌ただしく動き始めた。アンネローゼは1人、立ち尽くすだけのマティに向かっていき、そっと声をかけた。
「マティ、ジオンの敗北が信じられないのは、私も同じよ。私だって、どうしていいかわからなかった。でもレギーナ中佐が、私達にやるべき事を教えてくれたわ。だから行きましょう、一緒に」
 レギーナの言葉に心動かされたのは、マティだけでなく、アンネローゼも同じだった。今までジオンのために戦うという義務感で戦っていたアンネローゼは、ジオンが敗れた事で戦う意味を見失いかけていた。だがレギーナは、自分が生きるために戦えと言った。自分に戦う意味を教えてくれた。そんなレギーナを信じるという思いを、アンネローゼは更に強くしていた。これしか選択肢がないからではない。自分が生きるために、レギーナと共に戦おう。アンネローゼはそう決心を固めていた。
「……わかりましたよ。ああ言われたら、逆らう気持ちにもなれません。俺だって、ベルタに二度と会えなくなるのは嫌ですからね」
 マティは立ち上がって、そう答えた。それを聞いたアンネローゼはようやく一安心できた。だが、その時。
「中佐!! 多くの中隊が無断で出撃して、投降を呼びかける連邦軍と交戦しています!!」
 通信兵の1人が、レギーナに叫んだ。その知らせは、レギーナ達を驚かせるのには充分だった。今まさに、脱出の準備を整えようとしていたのだから。
「何ですって!? すぐに攻撃を中止させて!!」
「駄目です、全く応答しません!!」
 通信兵の答えに、レギーナはそんな、とつぶやくしかなかった。アンネローゼも、一部の部隊が待機の命令を無視して連邦軍と戦っているなど、思いもしなかった事だった。アンネローゼ達は知らなかったが、マティのように逃げる事を考えていなかった兵士は、1人ではなかったのだ。ジオンの敗北を受け入れられなかった彼らはレギーナの指示を待てずに、独断で連邦軍を迎撃しようと無断で出撃してしまったのだ。しかも、先程のマティが起こした騒動によって、こちらがこの事態を把握する事が遅れてしまった。もはやこの第51MS大隊は、連邦軍と抗戦する一派と基地から逃走を図る一派に分裂し、統率というものを完全に失ってしまっていた。交戦状態となってしまった以上、連邦軍に部隊の指揮官であるレギーナが攻撃を指示したと思われてしまえば、最悪の事態も考えうる。
「レギーナ中佐……」
「仕方がないわね……命令を受け付けない以上、こちらはこちらで動くしかないようね……」
 アンネローゼが問うと、レギーナは苦しそうな表情を浮かべながらも、落ち着いた声でつぶやいた。使えないと判断した部下を容赦なく切り捨てる冷酷な指揮官もいるが、レギーナはそのような指揮官ではなく、部下の事を尊重する指揮官であった。それは、アンネローゼに対する信頼からも窺える。そんな彼女が自身の部隊の部下を捨てなければならない事は、彼女にとって苦しい事に違いない。だが統率を失ってしまった以上、それを取り戻す事に固執すれば、こちらが危険に晒される可能性もある。指揮官はこういう時にこそ、冷静な判断を下す必要があるのだ。たとえそれが、部隊を見捨てるような残酷な事であっても。

 * * *

 レギーナの指示を受けたアンネローゼとマティは、すぐに行動を開始した。アンネローゼはミツルも無断で連邦軍を迎撃に出た部隊と共に行ってしまったのではないかと不安になっていたが、ミツルは指示通り待機していたのを見て、安心した。
「アンネ隊長! 大変ですよ! みんなが負けは認めないとか言って、勝手に出ていっちゃって……」
「それはこっちもわかっているわ。とにかく、ここから脱出するわ。ついて来て!」
「あ、はい!」
 アンネローゼが呼びかけると、すぐにミツルはアンネローゼについて行った。抗戦派に入らず、待機していた兵士達も、すぐに行動を開始した。
 素早くノーマルスーツを身に着け、外に出ると、遠くから轟音が聞こえてくる。戦闘はどうやら、すぐ近くにまで迫っているようだ。既に状況は一刻を争うものになっている。アンネローゼは素早くゲルググのコックピットに滑り込み、起動させる。核融合炉が起動する音が聞こえたのと同時に、メインモニターに外の景色が表示され、コックピットが明るくなる。ハッチを閉めた後、アンネローゼはレギーナが乗るギャロップに連絡を入れる。レギーナは既に、ギャロップに搭乗している頃だ。数台のギャロップが、物資を詰め込み、脱出の準備を行っている。その中の一台に、レギーナがいる。
「レギーナ中佐、そちらはどうですか?」
『発進準備までまだ時間がかかるわ。それまで周囲を警戒していて。もしかしたら連邦軍がここに来るかもしれないわ』
「了解」
 通信を切ったアンネローゼは、ゲルググを立たせる。マティとミツルの機体も、立ち上がった事を確認する。そして、センサーを使って周囲の状況を確かめる。その時、爆発音が響いた。結構近い。
『隊長!! 敵MSです!!』
 ミツルが声を上げた。見ると、こちらに走ってくるジム部隊の姿が見える。周囲で数機のザクが迎え撃っているが、ジムのビームスプレーガンに次々と撃たれ、倒れていく。どうやら迎撃部隊は突破されてしまったらしい。どんな部隊も統率を失ってしまった状況では本来の力を発揮できず、ただの烏合の衆にしかならない。ましてや敵は、数で勝っているのだ。無断で出撃してしまった結果と言えるだろう。
「全機、敵部隊を迎え撃つわよ!! 敵部隊をギャロップに近づけさせないで!!」
『了解!!』
 アンネローゼは指示をすると、すぐにゲルググを前進させ、他の部隊と共に攻撃を開始する。こちらに気付いたジム部隊は、すぐに砲撃を開始してくる。アンネローゼは銃撃をシールドで防ぎつつ、ロケットランチャーでジムを迎え撃つ。シールドを構えるのが遅れたジムが直撃弾を受け、爆発する。マティのドム・トローペンはバズーカを発射してジムのシールドを吹き飛ばした隙を狙い、間合いを詰めてヒートサーベルを突き刺した。それを、ミツルのザクが援護する。敵も味方も、次々と倒れていく激戦。アンネローゼはビームキャノンを使い、再びジムを撃破すると、ギャロップの様子に目を配る。ギャロップ部隊に肉薄しているジムはいない。今の所は食い止められているようだ。安心したその時、アンネローゼの目の前でギャロップが突然爆発した。
『こちら、3番車!! 敵からの砲撃を受けている!! 援護を……うわああああっ!!』
 そんな通信が入ってくると思うと、どこからともなく飛んできた砲弾を受けて、再びギャロップは爆発した。今度は致命傷だ。たちまち炎に包まれたギャロップは、完全に撃破されてしまっていた。アンネローゼは砲弾が飛んできた先に目を向ける。ジム部隊の奥に、その機体がいる。それは、横に並んだ2門の砲を装備した、戦車のように見えるがMSの上半身を持っている奇妙な車両だった。
「タンクモドキ……!!」
 アンネローゼがつぶやいた。タンクモドキ。ジオンの兵士はその機体をそう呼んでいる。この機体は、RX−75量産型ガンタンク。連邦軍が初めて開発したMS、ガンタンクの量産モデルだ。MSというより移動砲台に近い機体だが、その砲撃は拠点攻撃に威力を発揮する。この砲撃を受ければ、ギャロップなどひとたまりもない。その点では今で厄介な機体だ。ガンタンクの主砲が、再び火を噴く。すると、ギャロップの周囲で次々と爆発が起こる。
『アンネ、敵の砲撃がこちらを狙っているわ。すぐに対処して!』
 レギーナの通信が入ってきた。ギャロップのブリッジが揺れる音も混じって聞こえてくる。
「了解!! こちらでも捉えています!!」
 指示を受けなくても、アンネローゼはこのガンタンクを排除する事を考えていた。すぐにマティとミツルに指示を出す。
「マティ、ミツル、奥にいるタンクモドキがギャロップを攻撃しているわ!! 攻撃するから、援護して!!」
『了解!!』
『任せてください!!』
 マティとミツルの返答を確かめて、アンネローゼはすぐに、ブーストでガンタンクに向けて突撃した。それに気付き、迎え撃とうとするジムを、マティとミツルが対応する。
『お前らの相手は、俺達だ!!』
『さあ、かかって来なさい!!』
 通信で2人の声が聞こえる。ミツルのザクは、左手の平を上に向けて手招きし、相手を挑発している。向こうはうまく引き付けてくれたようだ。アンネローゼは他の機体を2人に任せ、ガンタンクに照準を定める。
 ガンタンクは全部で3機。まずは中央にいる1機に狙いを定め、ビームキャノンを発砲する。中央の機体はリーダー機である事が多いからだ。リーダー機を破壊すれば、残りの2機を混乱させる事ができる。放たれたビームは、真っ直ぐ中央のガンタンクに吸い込まれ、爆発した。突然の攻撃に驚き、残りのガンタンクが散開した。だが、そのスピードは遅い。ゲルググで捉える事は容易い。次は右のガンタンクを狙う。すると、右のガンタンクは果敢にもこちらに応戦しようと、上半身を回転させて、主砲をこちらに向けてきた。直接照準でこちらを狙うつもりだ。ガンタンクの主砲が火を噴いた瞬間、アンネローゼはゲルググをジャンプさせる。砲弾が足元に着弾し、爆発する。すぐにアンネローゼはロケットランチャーの狙いを定め、発砲した。ロケット弾はガンタンクの頭部に相当する部分に命中し、ガンタンクは沈黙した。ガンタンクの頭部は、コックピットだ。ここさえ破壊すれば、機体を沈黙させられる。
「残りは1機……」
 機体を着地させたアンネローゼは、残った最後のガンタンクに狙いを定めようとした。だがその時、アンネローゼは何かがこちらに迫ってくる感触を感じた。
 途端に警報が鳴る。レーザーの照準を受けている。振り向くとそこには、1機のジムがこちらにブーストで急速接近してくる。ただのジムではない。ダークブラウンの体はデザート・ジムと同じく強固な装甲に覆われ、手にはビームサーベルを2本束にした槍のような武器を持っている。RGM−79FPジム・ストライカー。熟練パイロット用に開発された、ジムのバリエーション機だ。
 ジム・ストライカーは、頭部のバルカン砲を放って牽制しつつ、手にしている槍――ツインビームスピアを振りかざして、こちらに向かってくる。ガンタンクはやらせない、と言っているかのように。アンネローゼは反射的にシールドを突き出した。ツインビームスピアの柄が、シールドによって受け止められた。強い衝撃がコックピットを揺らす。これがビームの刃だったら、シールドごとアンネローゼのゲルググは両断されていただろう。対ビームコーティングが施されているこのシールドも、さすがにビームサーベルを受け止められるようにはできていないのだ。ジム・ストライカーは、そのままゲルググを押し込もうとする。アンネローゼも応戦して足を踏ん張るが、強力なパワーだ。少しでも力を緩めれば、こちらが倒されてしまいそうだ。接近戦が苦手なアンネローゼとしては、すぐに離脱したい所だが、下手に離脱しようとすると体勢を崩して隙を晒す事になりかねない。
 ふとアンネローゼは、ジム・ストライカーが左腕を引いた事に気付いた。パンチを浴びせるつもりか。いや、違う。左腕に装備されたシールドの先端には、鋭いスパイクが付いている。これで、突き刺すつもりだ。コックピットがある腹でも刺そうものなら、アンネローゼの命はない。アンネローゼはすぐにロケットランチャーを向け、至近距離で発砲した。目の前を爆発が包む。その隙にジム・ストライカーから間合いを取る。ジム・ストライカーは至近距離からの砲撃で体をよろけさせたが、すぐに態勢を立て直し、ツインビームスピアを構えた。アンネローゼは驚いた。至近距離で被弾したのだから、いくら防御力が高くとも、衝撃はかなりのはずだ。それでも持ちこたえたという事は、パイロットは相当な精神力の持ち主だ。ジム・ストライカーは熟練パイロット用だという事は知っていたが、この搭乗者は、紛れもなく歴戦のパイロットである事を、アンネローゼは肌で感じ取った。ミツルは連邦軍MSパイロットの実力を見くびっていたが、やはりそんなパイロットだけいるのが連邦軍ではない。
『アンネ!! 2番車がやられたわ!! 守りが手薄よ!!』
 ガンタンクの砲撃で、いつの間にか損害は増えているようだった。通信で聞こえるレギーナの声が、緊迫しているのがわかる。アンネローゼもそれはわかっているのだが、目の前のジム・ストライカーがそれを許してくれない。一瞬でも背中を向ければ、こちらが切り裂かれてしまう。
 ジム・ストライカーが再びブーストで突撃してくる。一気に間合いを詰め、ツインビームスピアを振る。アンネローゼはすぐに回避する。紙一重だ。シールド上半分が切り裂かれてしまった。間髪入れずにジム・ストライカーはツインビームスピアで連続突きを繰り出す。アンネローゼはそれをかわし続けるしかない。このまま防戦一方の状態では、ガンタンクがレギーナのギャロップを狙うのも時間の問題だ。それを止められるのは自分だけだ。自分が何とかしなければ。そう判断したアンネローゼは、ジム・ストライカーがツインビームスピアを振ろうとした瞬間を見計らい、ロケットランチャーを発砲した。命中。ツインビームスピアを破壊した。ツインビームスピアを失ったジム・ストライカーは、ビームサーベルを抜こうとする。だがそれは、アンネローゼにとって攻撃のチャンスになった。すかさずビームキャノンの狙いを定め、撃った。ビームが、ビームサーベルを抜刀した瞬間のジム・ストライカーの体を貫いた。ジム・ストライカーの重装甲も、ビームの前ではないに等しかった。ジム・ストライカーはそのまま仰向けに倒れた後、爆発した。
 とりあえず目の前の敵は倒した。だが、安心はできない。すぐにガンタンクを探す。ガンタンクは、こちらから少し離れた場所にいる。砲の仰角を調整し、今にも発砲するつもりだ。この距離ならビームキャノンが有効だが、ビームキャノンは機体に固定装備している故に、狙いをつけるのに体を回転させなければならず、タイムラグが出てしまう。かといって、すぐに狙いをつけられるロケットランチャーは射程外だ。急いで機体をガンタンクに向けるが、間に合わない。狙いをつける前に発砲してしまう! アンネローゼは焦った。もしあれが、レギーナのギャロップに狙いを定めていたとしたら……!
 その時、ガンタンクの前を何かの影が覆ったと思うと、ガンタンクに黄色く輝くサーベルが突き刺された。そのままガンタンクは沈黙した。よく見てみると、その影はドム・トローペンだった。
『こちら2番機、タンクモドキは始末したぜ!』
 途端にマティの勝ち誇った声が通信で入る。あのドム・トローペンは、マティの機体だったのだ。
「ありがとう、マティ。助かったわ」
 アンネローゼはほっと胸をなで下ろした。これで、ギャロップへの脅威は取り除く事ができた。やはり持つべきものは友軍だと、アンネローゼは思った。戦場は1人では戦えない。ミツルがよく言っていたが、戦場での連携行動は重要な事なのだ。
『アンネ、こちらの発進準備が整ったわ。戻ってこちらの脱出を援護して』
 レギーナから通信が入る。無事にレギーナのギャロップは発進準備ができたようだ。これで、脱出ができる。
「了解」
 アンネローゼはすぐにマティとミツルを呼び出し、基地へと後退する。そこには、レギーナの乗るギャロップが動き出しているのが見える。だが、動いているのはそれだけだった。他のギャロップは、すべて破壊されるか、動けない状況に陥ってしまっていた。その光景を見て、アンネローゼは絶句するしかなった。

 * * *

 日はすっかり暮れ、砂漠にようやく夜が訪れた。周囲の気温は、一気に下がっているだろう。砂漠は昼こそ暑いが、夜は逆に著しく気温が下がる。
 アンネローゼのゲルググはギャロップの上に立ち、こちらに追いすがる連邦軍を撃ち続けた。今となっては、もう追いかけてくる敵はいない。それを確かめたアンネローゼは、ようやくギャロップに帰還する事ができた。定位置に機体を停止させると、ヘルメットを脱ぎ、ハッチを開ける。ようやくこの狭いコックピットから出られる。アンネローゼはふう、と大きく息を吐いた。コックピットというものは棺桶とも言われるほど狭い。いくら場馴れしたパイロットでも、そんな場所に長時間いる事は、当然大きな負担になるのである。
「お疲れさま」
 愛機を降りたアンネローゼの前に、レギーナが現れた。アンネローゼは真っ先に、こう言った。
「すみませんレギーナ中佐、私が手こずってしまったせいで、このギャロップだけしか守る事ができなくて……」
 第51MS大隊のギャロップは、アンネローゼの奮戦空しく、ガンタンクの砲撃によって大きなダメージを受け、まともに動けたのはレギーナが乗っていたものだけだった。そしてMS部隊も、アンネローゼの第3小隊以外は大きな打撃を受け、離脱を断念するしかなかった。格納庫の中には多くの兵士達がいるが、負傷している者も多い。そんな痛々しい光景を見ていると、もっと自分が戦えていれば、と自責の念に駆られる。
「いいえ、アンネがそれを背負う事はないわ。あなたは充分戦ったわ。そのお陰で、私達はこうやって生きているもの。それだけでも、ありがたく思わないと」
 レギーナはそっとアンネローゼの肩に手を置き、そう言った。確かに、終わってしまった事をあれこれ考えていても仕方がない。戦争は1人の兵士の力で流れを変えられるほど、甘いものではない。仮に自分がやれたとしても、この結末を変えられたかどうかはわからないのだ。
「とにかく、今は疲れているでしょう。ゆっくり休んで」
「はい」
 アンネローゼはそう答え、その場を後にしようとしたが、ある事を聞こうとしていた事を思い出し、改めて聞いた。
「あの、レギーナ中佐」
「何?」
「私達が向かうHLVがある基地というのは、どういう場所なんですか?」
 アンネローゼはまだ、自分達がどこへ向かうのか聞いていなかった。レギーナも、まさか部下に向かう場所を隠すようなことはしないだろうと思い、聞いたのである。
「イランよ」
「イラン、ですか?」
「そう。そこのザグロス山脈に、HLVを擁する第26山岳基地があるわ。幸いにも、そこにはまだ連邦軍の手が及んでいないわ。だから私達は、そこに向かう事にしたの」
 イランと言えば、ここからペルシア湾を挟んですぐだ。最適な選択と言えるが、そこに連邦軍の目をごまかしながら行かなければならない。辛い道のりになる事は変わりないだろう。
「ありがとうございました。では、失礼させてもらいます」
 とにかく、行く場所がわかったアンネローゼは、レギーナに敬礼をして、その場を後にした。
 少し歩くと、マティとミツルの姿もある。2人共自分と同じく疲れているようだ。アンネローゼは2人にレギーナが自分に言ったのと同じようにしっかり休んでおいてと言った後、自分も格納庫の壁に背中をもたれかけ、座った。基地のように自分の部屋があるのかはまだわからない。今はただ、休息が取りたかったのだ。
 ――これから私達は、どうなるのだろう。どこへ向かうのだろう。
 アンネローゼはそんな事を思う。思えば、長い1日だった。これだけ1日が長いと思った事があっただろうか。
 連邦軍基地への奇襲作戦。
 ジオンの敗北による、突然の終戦。
 それによる基地の混乱。
 そして、脱出。
 いろいろな事がありすぎたからだろう。この日1日で、歴史がひっくり返ったような感触を、アンネローゼは感じていた。スペースノイドの独立を求めて起こした戦争に、スペースノイドは敗れた。となれば、スペースノイドの未来は、一体どうなるのだろうか。そしてそもそも、こうやって脱出した自分達は、無事に宇宙へ帰れるのだろうか。
 だが、今はそんな事をあれこれ考えたくはなかった。今は疲れているのだ。アンネローゼはそのまま、吸い込まれるように座ったまま眠りに就いたのだった。


続く

[916] 新・登場人物紹介 フリッカー - 2009/09/18(金) 18:30 - HOME

ガストン・マッコール イメージCV:置鮎龍太郎
 地球連邦軍のパイロット。29歳。階級は少佐。
 元戦闘機パイロットで、一週間戦争から参戦し、多くの戦果を上げたその戦闘力を評価され、ペガサス隊において試作機であるヘビーガンダムの実戦テストを任された。それを兼ねた『黒豹退治』のために中東に送り込まれたが、その直前に終戦になったため、アンネローゼら第51MS大隊生き残りの追撃任務に赴き、彼女と幾度となく対決する事となる。冷静沈着な性格で、無用な戦いは好まない。効率を重視した戦法を取る。
・ヘビーガンダム FA−78−2
 RX−78ガンダムの装甲強化案『FSWS計画』によって開発された機体。コアブロックシステムを廃止し、ガンダム本体の装甲そのものを強化する事により、最小限の重量増加で耐久力の向上に成功している。武装も大火力のものを装備している。

[917] 第3話 その名はガンダム フリッカー - 2009/09/18(金) 18:31 - HOME

 宇宙世紀0080年1月1日。宇宙要塞ア・バオア・クー攻防戦に敗れたジオン公国は崩壊。その後月面都市グラナダにおいて、地球連邦政府とジオン共和国臨時政府との間に終戦協定が結ばれた。こうして、一年戦争は地球連邦の勝利によって幕を閉じた。
 だが、地上に残されたジオン軍は、大きく混乱していた。終戦は謀略だとして認めない者、敗北を知ってもなお連邦に対して抵抗を続ける者、連邦軍に投降する者、そして、連邦の捕虜になるまいと地球からの脱出を図る者……それぞれの理由で、ジオン軍は未だ各地で連邦軍との戦いを繰り広げていた。
 そう、生き残るための戦いは、始まったばかりなのである……

 * * *

 宇宙世紀0080年1月2日午前10時17分:アラビア半島・ルブアルハリ砂漠

 ぎらぎらと太陽が照り付ける砂漠の中を、1台のギャロップが佇んでいた。レギーナら第51MS大隊の生き残りを乗せたギャロップである。
 このギャロップの目指す場所は、ただ1つ。宇宙へ脱出する唯一の方法であるHLVを擁するイランの第26山岳基地だ。ギャロップの周囲には、うごめくものは何もない。戦場には、どこにでも何かしらの兵力がある訳ではない。集まる場所には兵力は集まるが、隙間は必ずできる。前線全てを兵力でカバーする事など、不可能なのだ。ギャロップは、そこを探しながら目的地に向かって進んでいた。現在は、定期整備のために一旦停止している。
 そんなギャロップの個室の中で、レギーナはデスクの上にある地図に目を通していた。これからのルートを決めるためだ。連邦軍の部隊がどこにいるのかを正確に把握し、ルートを決めなければならない。
 ルートの選択肢は2つある。1つは、ペルシア湾沿岸を沿うように進み、回り込むようにイランへ向かうルート。もう1つは、ペルシア湾を横断し、短期間でイランへ渡るルート。前者は無難なルートではあるが、遠回りになってしまうため、敵との遭遇率が多くなる可能性があり、更に蓄えた物資が持つかどうかという不安もある。後者の場合はホバークラフトであるギャロップならば可能な事であり、時間をかける事なくイランへ向かう事ができる。だが、ペルシア湾は既に連邦軍が制海権を確保しており、短いとはいえその中を突っ切る事になってしまうため、ほぼ自殺行為に等しいルートだった。
 安全を取るか、時間を取るか。レギーナは、この選択に悩まされていた。この選択次第で、このギャロップに乗る部下達の運命を、希望にも絶望にも変えられる。それ故に、慎重に決断をしなければならない。指揮官とは、いつもそういうものだ。
 その時、部屋の自動ドアが開いた。
「失礼します、中佐」
 そこに敬礼して現れたのは、レギーナの副官であるロールだった。ロールはデスクの前に立ち、レギーナに視線を送る。
「ロール」
「中佐、やはり結論は出ていないのですか?」
「ええ……」
 レギーナはふう、とため息を1つ着き、再び地図を見つめた。指揮官というものは、本当に難しいものだとつくづく思う。ましてやこの決断は、このギャロップに乗る部下達の命がかかっているのだ。今までは戦いに勝つために作戦を立てていたものだが、その戦争は既に終わっている。それとは頭を切り替えて考えなければならなかった。このような判断を下す事になったのは、レギーナは初めてだった。
「その件について、私は考えてみたのですが……」
 そんなロールの言葉を聞いたレギーナは、顔を上げた。彼は何か名案を考えたのかもしれない。普段は、自分は指揮官には向いていないとは言っているロールではあるが、プランナーとしての能力は優秀だ。これまで、さまざまな作戦を提案し、レギーナを助けてくれていた。だからレギーナも、そんな彼を信頼しており、自身が出撃する時は部隊の指揮を任せている。
「自分は、ペルシア湾を横断するルートが最適だと思います」
 その言葉に、レギーナは一瞬驚いた。誰だって選ぼうとしないルートを選ぶとは。だが、何も考えなしにその結論を出すロールではない。何か考えがあるかもしれない。レギーナは気持ちを落ち着かせ、ロールに問う。
「……どうしてそう判断したの?」
「確かに、ペルシア湾を横断する事は危険です。ですが、そこが盲点になります。もし今、我々を追う追撃部隊がいるとしたら、彼らは我々がどこへ向かうのかは把握していないはずです。向こうだってペルシア湾を渡る事は無謀だと思っているはずですから、まさか、ペルシア湾を横断してイランへ向かうとは、思っていないでしょう」
 そこまで聞いて、レギーナはロールの考えがわかったような気がした。
「……まさか、その意表を突くって事?」
「はい。追撃部隊に、水上を航行できる装備はないでしょうから、そうすれば追撃部隊を撒く事ができるでしょう。追手は少ない方がいいでしょう? それに、戦場で固定概念を持つ事は危険な事です。その裏をかけば、こちらが有利に立てます」
 ロールの言葉は正しかった。どんな物事でもそうだが、柔軟性がない事は致命的だ。それがある人物の方が、結果としてよい結果をもたらす。それは戦場では尚更の事だ。戦いを有利に進めるためには、指揮官の柔軟さはとても重要なのだ。追撃部隊がいるのかどうかはレギーナにはわからないが、可能性はゼロではない。相手から見れば、『交戦している間に脱出した、抵抗勢力の指揮官』と判断されてもおかしくはない。常に最悪の事態を想定しておく事は、重要な事である。
「だけど、リスクが大きい事は、わかっているわよね?」
「もちろん自分も策は考えていますが、危険は避けられないでしょう。それを恐れていたら、前には進めません。それに我々には、第3小隊という心強い部下がいるのです」
 レギーナはその言葉を聞いて、はっとした。自分は今まで予想もしていなかった逃避行という状況や、ルートの選択に囚われて、アンネローゼという心強い部下がいる事を忘れかけていた。彼女は自らの部隊に入ってから、必ずレギーナの期待に答えてくれた。そして彼女は、『黒豹』の異名で呼ばれるエースパイロットだ。そして彼女が率いる第3小隊も、優秀なパイロットだ。これほど心強い味方の存在ほど、大きな力はない。
「それに自分も、いつでも中佐のお力になります。副官として……いや、1人の男性として」
「えっ……!?」
 その言葉を聞いたレギーナは一瞬、動揺してしまった。心臓の鼓動が一気に高鳴る。完全な不意打ちだった。副官としてではなく、1人の男性として、という事は、自分を異性として意識している事を意味する。つまりは告白だ。確かに自分はその才色兼備さから男性兵士達から人気がある事は理解していた。だが、まさか、副官であるロールから思いを告げられるとは、思ってもいなかった。彼は、真面目なタイプの人間だと思っていたからだ。とはいえ、自身が信頼している副官であるロールから告白を受けた事は、女性として純粋に嬉しくもあった。
 頬がほんのり赤く染まり、一瞬目の行き場に困ってしまうが、ロールに目を向けると、彼の真っ直ぐな目線がこちらを見ているのがわかる。彼の心は本気なのだと、レギーナは確信した。
「ですから中佐、何かあれば自分が必ず、力をお貸ししますので……」
 ロールの手がそっと、デスクの上に置かれていたレギーナの手にそっと伸びる。レギーナの手を取ろうとしているようだが、戸惑っているのか目の前で止まってしまっている。レギーナはその手を、自らそっと両手で取った。手がこれだけ暖かいものだと、レギーナは初めて感じた。
「中佐……?」
「ありがとう、ロール。その気持ちは嬉しいわ」
 レギーナはそう言って、笑みを浮かべる。すると、初めてロールが戸惑っている表情を見せ、返す言葉に迷いながら目を泳がせる。どんな時も冷静なロールも、戸惑う事はあるのね、とレギーナは微笑ましく思った。そして、敗戦し自らの部隊の逃避行という状況で、彼が自分の強い支えになってくれる事を、嬉しく思った。
 その時、部屋の内線電話のベルが鳴り響いた。レギーナとしては、もう少し彼の手を握っていたかったが、無理は言えない。すぐに席を立ち、レギーナは受話器を取る。
「私よ」
『中佐、アンネローゼ少尉機が帰還しました』
 その言葉を聞いて、もうこんな時間になったのね、とレギーナは思った。アンネローゼは自らのMSを駆り、周辺地域の偵察に赴いていた。どうやら先程、帰還したようだ。
「わかったわ。すぐ行くわ」
 そう返事をして、レギーナは受話器を戻す。そしてロールに顔を向け、言った。
「ごめんなさいロール。アンネが帰還したみたいだから、少しここを離れるわ。積もる話は、またここでしましょう」
「あっ、はい!」
 現実に戻った事を理解したのか、ロールはすぐに姿勢を正し、いつも通りの副官としての返事を返した。その姿を見たレギーナは少しだけ笑った後、部屋を後にしていった。その後ろ姿を、ロールはただ立ち尽くしたまま見つめていた。

 * * *

 アンネローゼが駆る黒いゲルググが、口を開けるように開いたギャロップの格納庫ハッチに歩いて入る。そして定位置で機体を停止させると、アンネローゼはジェネレーターを切り、ヘルメットを脱ぐ。ふう、と大きく息を吐いた。
 ハッチを開けてコックピットからスロープへと降りると、格納庫内の他のMSが見られる。アンネローゼのゲルググ以外にここにいるMSは、マティのドム・トローペン、ミツルのザク、そしてレギーナのガッシャだけだ。お世辞にも多い戦力とは言えない。だが自分達はそれでも、生きるためにはこの戦力でやっていかなくてはならないのだ。
「アンネ隊長、お帰りなさい!」
 そこにやってきたのは、ミツルであった。彼女が出迎えてくれた事は、珍しい事ではない。ミツルはアンネローゼより1つ年上でありながら、それを何とも思わずアンネローゼの事を慕っている。彼女は地上での初めての戦闘の時から部下として共に行動していた。そのため、今となっては部下と隊長というより、友達に近い関係でいる。だから食事などでも、行動を共にする事が多い。
「どうでした、偵察は? 何か見つかりましたか?」
 ミツルは友達に対して聞くような表情を見せて、アンネローゼに聞いた。
「まあね。でも残念ながら、ミツルが喜ぶようなものじゃないけど」
 アンネローゼのその言葉を聞いたミツルは、一瞬で言葉を失ってしまった。偵察で何か見つかったという事は、即ち敵がいる事を意味する。それは、こちらにとっては全然嬉しい事ではない。ミツルは何か言葉を探している様子だったが、その言葉はなかなか出ない。
「お疲れ様、アンネ」
「あ、レギーナ中佐」
 そこに、レギーナが現れた。その姿に気付いたアンネローゼは、すぐに姿勢を正し、敬礼する。ミツルもアンネローゼに合わせて、レギーナの前で敬礼した。
「偵察はどうだった?」
「はい、1つ気になるものを発見しました」
「気になるもの……」
 レギーナが、アンネローゼの言葉を繰り返す。どうやら結果が好意的なものではない事を、レギーナも察したようだ。
「詳しく話を聞かせてくれる?」
 レギーナの言葉に、アンネローゼははい、とうなずいた。

 * * *

 アンネローゼのゲルググには、偵察専用の装備は搭載されていない。偵察には本来、専用に開発されたMSもあったのだが、今のギャロップにはそんな機体を持ち合わせてはいない。それでも、元々ミノフスキー粒子によってレーダーが使用できない状況下での使用を想定されて開発されたMSのセンサー能力は、戦闘機や車両などの他の兵器のものとは比べ物にならないほど高く、またMSには情報の伝達を容易にするために撮影した画像を他の機体に送信できる機能がある。そのため、簡単な偵察なら普通のMSでも問題なく使用する事ができる。
 ブリーフィングルームにおいて、アンネローゼが撮影した画像をスクリーンで見たレギーナはそれに映るものを見て愕然とした。
「これは……『木馬』!?」
「はい、『木馬』の同型艦と見て、間違いないと思います」
 そこに映っていたのは、4本の手足を前後に伸ばしているような姿の青い艦が、空中を飛行している光景だった。この艦は、紛れもなく『木馬』――『連邦の白いヤツ』ことRX−78ガンダムを擁する連邦軍の強襲揚陸艦ホワイトベースと同じ姿をしていた。ただ、彼女達が知っている『木馬』とはカラーリングは異なり、そもそも『木馬』そのものは宇宙軍に合流している。そのため、アンネローゼは同型艦という言葉を使ったのである。この艦を見た時は、さすがのアンネローゼ自身も驚いた。
「この『木馬』級はまさか、私達を追跡しているような様子だった?」
「それはわかりませんでした。ここからかなり離れた場所にいたので、まだこちらに気付いていないのかもしれません」
「ですが、追手である可能性は充分にありますね……」
 アンネローゼの言葉を聞いたロールが、そうつぶやいた。アンネローゼは、そんなロールに顔を向けた。
「やはり気になりますか、ロール少佐?」
「輸送任務にしては、こんな低い高度を飛ぶ事はありえません。どこにも、こんな低い高度を飛ぶ輸送機はいません。それに、『木馬』級は宇宙艦です。何も理由なしで地上にいる事はないでしょう」
 確かに、画像を見てみると『木馬』級は比較的低い高度を飛んでいるのがわかる。ロールの言う通り、輸送任務でこんな高度を飛ぶ事はあり得ない。そして、『木馬』級はその空気力学を無視した外観からもわかるように、本来は地球連邦宇宙軍が開発した宇宙艦である。そんな艦が大気圏内を飛行できるのは、ミノフスキー物理学を応用したミノフスキークラフトと呼ばれる装置故だ。
「という事は、戦闘目的だと……?」
「その可能性の方が高いですね。こちらを探しているのかどうかはわかりませんが、ここに長居しては、発見されるのも時間の問題でしょう」
『木馬』級は、連邦軍の宇宙艦としては初めてMSの運用が可能になった艦である。搭載しているMSをいつでも発進できるようにしていると考えれば、低空飛行している理由もうなずける。つまりそれは、いつでも戦闘が可能な状態にしているという事を意味する。
「……わかったわ。整備をすぐに終わらせて、ここを離脱しましょう」
 レギーナはすぐに決断した。整備中とはいえ、整備にこだわって動かないまま発見されてしまえばギャロップは敵に対して無防備になってしまう。発見される事を避けるためには、速やかにここから離脱しなければならない。
 レギーナの視線が、アンネローゼに向いた。
「アンネ、すぐに出撃して。万が一敵がやってきた時に備えて、周辺の警戒を頼むわ」
「了解」
 レギーナの指示を受けたアンネローゼは、敬礼して答えた。

 * * *

 偵察任務から帰還し休む間もなく、アンネローゼは再び愛機ゲルググのコックピットに入る事になった。とはいえ、こういう事は戦争中ではしょっちゅうあったものだ。ゲルググを起動させると、すぐにミツルから通信が入った。当然ながら、第3小隊の他のメンバーも共に出撃するのだ。
『全く、しつこいですよね、連邦の連中も。戦争に勝ったからって、負けた奴には容赦しないなんて、嫌になっちゃう』
 ミツルはそうつぶやいて、ため息を1つついた。だが、すぐに真っ直ぐに目を向け、言葉を続けた。
『でも、そんな奴らと戦うのが、私達兵士の仕事なのよね! 戦争が終わった今でも、それは同じはずですよね、隊長?』
 ミツルは、アンネローゼに聞く。ミツルは、幼い頃から『兵隊のカッコよさ』というものに憧れ、軍に入隊したという変わった経歴を持っている。実戦に参加し、戦争の現実を知った今でも、ミツルは兵士としての誇りを持ち続けている。どうやらその誇りは敗戦したとわかった今でも、失われていないようだ。アンネローゼはそれを知って安心した。
「……そうね、私達は生きるために、戦わなきゃならないわ。ミツルの言う通りよ」
『ああ、俺だって、ベルタが待っているんだ。こんな所で死ぬのはごめんさ! そのためにも、俺は戦う!』
 アンネローゼの言葉に続けるように、マティが通信を入れた。マティもミツルも、意気込みが充分である事を、アンネローゼは確かめた。敵と戦闘になるかどうかはまだわからないが、その可能性はゼロではない。この意気込みは、戦闘においては大きな力になるだろう。そんな部下がいると、アンネローゼも安心できる。
 すると、格納庫のハッチがゆっくりと開き始め、そこから砂漠の風景が現れる。オペレーターから、発進の指示が出た。
「2番機、3番機、発進したら周囲への警戒を怠らないで。もし敵を発見したら、1機たりともギャロップに近づけないで」
『了解!!』
 アンネローゼが指示すると、マティとミツルはいつものように強く返事を返した。そして、アンネローゼは操縦桿を強く握り、言う。
「アンネローゼ・ブリュックナー少尉、発進します!」
 その声と同時に、アンネローゼが乗るゲルググは、外に向けて歩き出した。ギャロップから出てすぐ、第3小隊の3機のMSは、ギャロップを囲むような隊形を組む。そして隊形が組み終わった事を確かめると、ギャロップが動き出した。第3小隊の3機は、隊形を崩さぬように走ってギャロップを護衛する。アンネローゼはセンサーの情報から目を離さない。敵がいつ来るのかわからないのだ。
 しばらく周囲を見回していたその時、アンネローゼは空に1つの黒点を見つけた。何かが飛んでいる。その点は次第に大きくなっていき、シルエットが明確になっていく。それは角ばったシルエットを持つ大型の黒い航空機だった。戦闘機としては大きい。こんな大きな戦闘機など、見た事がない。何より、そのような戦闘機が、友軍にあるはずがなく、今飛んでいるはずもなかった。ロールが危惧した通り、敵に発見されてしまった。
「敵の戦闘機が来たわ!! 迎撃の用意を!!」
 アンネローゼが指示を出した時には、戦闘機はもう目の前にまで来ていた。アンネローゼはすぐに戦闘機にビームキャノンを向けようとしたが、機体そのものに固定されている故に、走っている状態では難しい。それよりも先に、ギャロップの対空砲火が始まった。だがそれもものともせず、戦闘機が攻撃した。機種から、赤いビームを放ったのだ。ビームはギャロップの目の前を通り過ぎ、地面に大きな穴を開けた。外れた訳ではない。威嚇射撃だ。アンネローゼはすぐに理解した。それでもギャロップは走り続ける。レギーナは離脱を優先し、停止の指示をしなかったのだろう。
『ビームだと!?』
『戦闘機がビームを使えるの!?』
 マティとミツルの声が聞こえてくる。2人の言う通り、戦闘機がビームを撃って攻撃してきた事には、アンネローゼも驚いていた。MSならまだしも、戦闘機にビーム兵器を使える機体があるというのは、聞いた事がなかった。
「新型……!」
 アンネローゼはつぶやいた。よりによって、能力のわからない新型と戦う事になるなんて。だけど、やるしかない。アンネローゼは決意を固めた。
 マティのザクが、マシンガンをギャロップの前を離脱する戦闘機に向けて撃つ。だが戦闘機は、その大きさに似合わずに軽やかな動きでマシンガンの弾幕をかわす。アンネローゼもビームキャノンの照準を定め、発砲するがよけられた。アンネローゼは歯噛みするしかなかった。ここが宇宙だったら、と思わずにはいられない。MSにとって戦闘機は、お互いの条件が同じになる宇宙では怖くない相手だったが、地上では一転して一番の脅威だった。旧世紀の時代から、地上部隊にとってヤーボ(戦闘爆撃機)は脅威だった。地上のMSは陸上に縛られて機動力を失ってしまう故に、その脅威に直面してしまう事になったのである。これに対抗するために、ジオン軍は地球侵攻作戦において制空権確保のための戦闘機を投入し、更にザクをベースに対空迎撃用のMSを開発した事からも、その脅威の高さが窺える。
『敗残兵に告ぐ。こちらは地球連邦軍、ペガサス所属第17独立機械化混成部隊。今の攻撃は警告だ。速やかに武装解除し、投降せよ。投降すれば、そちらの命は保障する。さもなくば、攻撃も辞さない』
 急に通信が入った。聞き覚えのない男の声。戦闘機からの通信のようだ。
『ちっ、こっちに投降しろって言うのか! 冗談じゃない! ここで捕まったら本末転倒になるんだぞ!』
 マティの声が聞こえたと思うと、マティのドム・トローペンがバズーカを発砲する。だが、弾幕を張るマシンガンならともかく、単発のロケット弾を放つバズーカでは、戦闘機に命中させる事はできない。マティが感情任せになっている事がわかる。ギャロップも、通信に答える事なく対空砲火を続けている。レギーナに直接聞かなくても、レギーナの意志が変わっていない事は、容易に読み取れた。
 すると、戦闘機が反転し、ギャロップに正面から向かってくる。また攻撃してくる。そう判断したアンネローゼは、ビームキャノンの照準を定め、発砲しようとした。だが、アンネローゼは発砲する事ができなかった。突然戦闘機に起きた変化に驚き、トリガーを引けなかったのだ。
 戦闘機の下部が開き、そこから何かが投下された。一瞬、それが何なのかは理解できなかったが、一瞬投下された何かが人型をしていたのが見えた。
「何……!?」
 まさか、MSなのか。アンネローゼにとって予想外の事だった。連邦軍はミデア輸送機を使ってMSを空挺降下させる戦法がある事は知っていたが、まさか戦闘機の中からMSが出てくるというのか。そんな話は当然、アンネローゼは聞いた事がなかった。
 落下した何かは、地面に着地した。一気に砂煙が舞い、影が隠れる。構わず前進を続けるギャロップだが、巻き上がった砂煙の中から、いきなりビームが飛んできた。ギャロップが被弾した。被弾した衝撃からか、ギャロップは停止してしまった。結構な威力だ。当たった部分の装甲は、完全に貫通されていた。当たり所が悪ければ、一巻の終わりだっただろう。いや、わざと急所を外したんだ。アンネローゼは確信した。
 砂煙が晴れ、戦闘機が落としたものの正体が姿を現した。V字型のアンテナが着いたその特徴的な頭部が、兜をかぶった日本の武者を連想させる、茶色のMS。その顔を見ただけで、アンネローゼはそのMSが何かをすぐに理解した。
『あれは……!!』
 マティが声を上げた。ミツルも、驚きを隠せない声を上げた。
「……ガンダム!?」
 アンネローゼが、そのMSの名を言った。そう、『連邦の白いヤツ』と呼ばれ、戦争中盤に突如として出現し、その高性能さでジオン軍に恐れられたMS。噂によれば、ガンダムの同型機はあちこちの戦線で目撃されているという話もある。目の前に立つそのMSは、紛れもなくガンダムだった。ただ、アンネローゼが知っているガンダムとは外観が少し違う。2つ目のはずの目は、ジムと同じようなゴーグル状になっており、背部には1門のキャノン砲、右手には肘から下を覆うように持つほどの巨大な火器を手にしている。何より、カラーリングは茶色だ。
 アンネローゼ達は知る由もなかったが、この機体の名はFA−78−2ヘビーガンダム。アンネローゼ達が知っているRX−78ガンダムの装甲強化案『FSWS計画』によって開発された、ガンダムの装甲を強化した機体だ。そして、このヘビーガンダムを搭載していた戦闘機はガンキャリー。ヘビーガンダムのサポート機として開発され、内部にヘビーガンダムを搭載して飛行する事ができる機体だ。
『返答がないという事は、残念ながら投降の意思がないとみなす』
 そんな通信が聞こえると、ヘビーガンダムが右手に持つ巨大な火器をギャロップに向ける。巨大なガトリング砲が見え、さらにミサイルの発射口も見える。ヘビーガンダム専用の複合火器、フレームランチャーだ。
「させない!!」
 アンネローゼはすかさず、ロケットランチャーをヘビーガンダムに向け、発砲した。ロケット弾は、ヘビーガンダムに吸い込まれるように命中し、爆発した。やった、とアンネローゼは一瞬思った。ロケットランチャーの直撃を受ければ、仮に破壊できなかったとしても、大きなダメージは与えられる武器だからだ。だが煙が晴れた時、アンネローゼは息を呑んだ。
「嘘……!?」
 ロケットランチャーが直撃だったにも関わらず、ヘビーガンダムの体は傷1つ付いていなかったのだ。ヘビーガンダムはアンネローゼの機体にフレームランチャーを向けた。すぐさまロックオンされた事を知らせる警報が鳴る。フレームランチャーから、4つのミサイルが放たれた。アンネローゼはすぐに機体をジャンプさせ、ミサイルを回避した。だが着地した瞬間、アンネローゼは自分の行動が間違っていた事を思い知らされた。着地した瞬間、フレームランチャーのガトリング砲が火を噴いた。着地してしまった事で、隙を晒す事になってしまった。それに気付いたアンネローゼは、すぐにシールドで銃弾を防ぐ。間一髪だった。これがとっさにシールドを構えられないザクやドムだったら、ハチの巣にされていただろう。
『隊長!!』
 すぐに、マティのドム・トローペンが駆け付ける。ヘビーガンダムに向けてバズーカを放つ。ヘビーガンダムは微動だにせず、飛んできたロケット弾を受け止めた。だが、やはり装甲に傷1つ付いていない。ドム・トローペンが使用するラケーテン・バズは、ジムを一撃で破壊できるほどの威力を持つジャイアント・バズの改良型だ。そんなバズーカでも通用しないとは。ミツルのザクもマシンガンで応戦するが、やはり跳ね返されてしまう。ガンダムは初期のザクマシンガンの直撃にすら耐えられる装甲を持つらしいが、ミツルのザクが持つマシンガンは、対MS戦用に貫通力を強化したMMP−78というモデルだ。だがそれも、通用しないとは。連邦軍はいつの間にこんな屈強なMSを配備していたなんて。アンネローゼは戦闘で初めて、戦慄というものを覚えた。
 マティのドム・トローペンは間合いを詰めようとしたが、フレームランチャーの弾幕に阻まれ、思うように近づけない。ちっ、とマティが舌打ちしたのが聞こえた。
「みんな落ち着いて、3機で連携して……」
『8時方向に新たな機影を確認しました!! 連邦軍のMSです!!』
 アンネローゼが指示しようとした時、それを阻むようにオペレーターから通信が入った。警告された通りの方向を見てみると、そこには数機のジムが、こちらに向かって走ってくるのが見えた。だが、アンネローゼ達が今まで見てきたジムではない。これまで見てきたジムと比べて、クリーム色の地味なカラーリングだが、よりスマートな印象のボディと顔を持ち、ハイグレードな印象がある。そして手に持つシールドとビーム兵器も、それまでのジムとは違う形状をしていた。アンネローゼ達は知る由もなかったが、この機体はRGM−79Gジム・コマンド。ジムの新型で、カタログスペックならガンダムにも匹敵する高性能機だ。
 ジム・コマンドが、一斉に手に持ったビームガンを発砲する。第3小隊の機体は、すぐに散開してかわす。そのままジム・コマンドは、こちらに襲いかかってきた。マティとミツルが、各自で応戦する。だが、相手の動きは今までのジムより早い。そして的確に射撃を浴びせてくる。
『くっ、こいつら、今までの奴らとは違う……!』
 ミツルの唇を噛んだ声がした。
 アンネローゼも応戦しようとしたが、背後に感じた気配と警告音ですぐに後方から飛んできた射撃をジャンプして。ヘビーガンダムだ。ヘビーガンダムは、背部のキャノン砲からビームを撃ってくる。アンネローゼはヘビーガンダムを飛び越えるように背後に着地した。ビームキャノンの弱点が正面しか攻撃できない事は、同じ兵器を装備する機体に乗るアンネローゼも知っていたからだ。背後を取った。アンネローゼはこっちを向かない隙を付いてビームキャノンを撃とうとしたが、ヘビーガンダムはアンネローゼが予想もしない速さで回頭し、こちらにフレームランチャーを向けた。とっさにシールドを構える。フレームランチャーから放たれた弾丸がシールドで防がれるが、その瞬間、シールドが急に爆発した。煙によって視界が遮られた瞬間、赤いビームが飛んできたと思うと、今度は機体に衝撃が走った。左腕が二の腕の下から吹き飛ばされてしまった。視界が晴れるとそこには、フレームランチャーと共に肩のビームキャノンを向けている、ヘビーガンダムの姿があった。フレームランチャーでシールドを削り、ビームキャノンで吹き飛ばしたのだ。
『その程度か、黒豹。これなら、わざわざ俺が黒豹退治に向かった意味がなくなる』
 すると、通信用モニターに連邦軍兵士の顔が映った。青いノーマルスーツとヘルメットを身に纏っている若い男だった。ヘルメット越しのため、髪型はわからないが、声は警告を行った声と同じだ。ヘビーガンダムのパイロットである事は、アンネローゼは容易に想像できた。
「どうして私の事を……!?」
 アンネローゼは言ってみてから気付いた。自分が黒豹と呼ばれているエースである事を。敵のエースの事など、知られていて当然の事だ。男は『黒豹退治』と言っていたが、エースである自分を倒すために優秀なパイロットが送り込まれても何ら不自然ではない。
『……これは驚いた。まさか黒豹の素顔が若い女だったとは。想像もしていなかった』
 すると、男はアンネローゼの顔を見たのか、驚いた表情を見せた。『黒豹』という名が知られていても、さすがに女性である事は彼も知らなかったらしい。それを聞いてアンネローゼも、自身の顔が見られている事を自覚できた。そして、自分が女性である事をからかわれたような気がして、少し不愉快になった。
 連邦軍から見れば、女性パイロットというのは珍しいものだった。コロニーにおいては、ジェンダーによる差別というものは少なかった。宇宙で作業が仕事のメインとなるため、腕力というものは関係ないからだ。逆に言えば、ジェンダーの差別を容認するほど、ジオンは国力の余裕がないという事である。そのため、ジオン軍では女性であっても、能力が良ければ男性と同じように徴用されていた。そのため、女性兵士というものは比較的多い方だったのである。
『貴様、名は何という? 顔を合わせたからには、名を聞いておくのが礼儀だろう』
 いきなりそんな質問をされて、アンネローゼは驚いた。彼の言う通り、礼儀なのかどうかは置いておき、敵に名を聞かれるなど、初めての事だったからだ。だが、アンネローゼは答えを返さない訳にもいかず、答えた。
「アンネローゼ・ブリュックナー」
『アンネローゼ、か……俺はガストン・マッコールだ。では行くぞ! 俺は相手が女だからと言って手加減はしない!』
 男はガストンと名乗ると、すぐにこちらにブーストで向かってきた。左腕で肩に装備されたビームサーベルを引き抜き、こちらに聞きかかるつもりだ。アンネローゼはすぐに機体をジャンプさせてかわす。そして機体を反転させながら、ビームキャノンを放った。ロケットランチャーが駄目なら、ビームキャノンで。そういう妥当な判断からだった。ビームはヘビーガンダムの肩に命中した。撃破した。アンネローゼは確信してゲルググを着地させた。だが、ヘビーガンダムの肩は少し焼けた穴ができただけで、まだ貫通はしていなかった。ビームにも耐えるとは、何という屈強さなのか。
「そんな!?」
 アンネローゼが驚いた時、すぐに警報が鳴る。別の攻撃だ。見ると、横から2機のジム・コマンドが、こちらに銃撃している。アンネローゼはすぐにゲルググを走らせ、ビームの弾丸をかわす。シールドが失われた以上は、防ぐという選択肢はない。応戦しながら回避するしかない。だが、複数の敵を相手にする事は厄介だ。敵に対して複数対1で戦う事は、基本的な戦法だ。それをこちらがやられている。しかもマティとミツルは、他のジム・コマンドを相手にしている。僚機を自身から引き離して孤立させ、攻撃を集中させて撃破するという作戦だったのか。アンネローゼは相手の手中にはまった事にようやく気付いた。
 ロケットランチャーで、1機のジム・コマンドを撃破した。だが、もう1機のジム・コマンドにロケットランチャーを撃たれ、破壊されてしまった。これで、使える火器はビームキャノンのみとなる。正面しか撃てない故に、射角が制限されてしまうこの武器しか使えない事は、自身が大きく不利になった証拠だった。このような乱戦では味方を誤射しかねないため、ギャロップからの援護は期待できない。
『隙あり!!』
 ジム・コマンドにビームキャノンの照準を決めようとした瞬間、ガストンの声が聞こえたと思うと、再び警報が鳴った。危機を感じたアンネローゼはすぐにかわそうとしたが、遅かった。フレームランチャーの弾丸が、ゲルググの右足関節に集中し、関節を破壊してしまった。ゲルググの体が砂漠に崩れ落ちた。その瞬間、コックピットに強い衝撃が走った。アンネローゼは何度も操縦桿を動かすが、右足は反応せず、歩く所か、立つ事もままならない。
『お前の負けだ、アンネローゼ!!』
 ガストンの通信が入った時、ジム・コマンドとヘビーガンダムの銃が、アンネローゼに向けられる。アンネローゼは初めて、自分が死の淵に立たされた恐怖感を感じた。自分はここで、死んでしまうのか、コロニーに帰れないまま、と。
 その時、僚機のジム・コマンドがいきなり爆発し、崩れ落ちた。見ると、ミツルのザクが、こちらにブーストで向かってきている。
『アンネ隊長!!』
 ミツルから通信が入る。やっと救援が来た。ミツルのザクは停止してから、バズーカをヘビーガンダムに向け、発砲した。バズーカはヘビーガンダムに直撃したが、ヘビーガンダムの装甲はそれを簡単に防いでしまっていた。ヘビーガンダムはすぐにザクに向けて機体を向ける。
「ミツル!!」
 アンネローゼが呼びかけた時には、ヘビーガンダムはビームキャノンの銃口をザクに向けていた。ザクはそれに気付いたのか、すぐに右肩のシールドを構えようとした。だがその前に、ビームキャノンが放たれ、ザクの右腕が肩ごと吹き飛ばされてしまった。
『うあああああああっ!!』
 ミツルの悲鳴が聞こえた瞬間、ザクはそのまま倒れて沈黙してしまった。
「ミツル!? ミツル!! ミツル!!」
 アンネローゼが呼びかけたが、返事はない。ビームはコックピットを逸れていたので、生存している可能性があるが、万が一の事も考えられる。ミツルは死んだのか、生きているのかわからないアンネローゼの思考は、もはや混乱しかかっている状態だった。
『さあ、今度こそ仕留めさせてもらう、黒豹!!』
 ガストンの声が聞こえ、再びヘビーガンダムがアンネローゼにフレームランチャーの銃口を向けた。今度こそ自分は死ぬ。アンネローゼは反射的に目を閉じた。
 だがその時、何かが強い衝撃でぶつかったような音が聞こえたと思うと、発砲しようとしていたヘビーガンダムが、急に崩れ落ちた。自分が何も感じない事に気付いたアンネローゼが目を開けた時、そこには青いMS、ガッシャの姿があった。
『アンネ、生きてる!』
 そこに通信が入る。通信用モニターに映ったのは、レギーナの姿だった。
「レ、レギーナ中佐……」
 アンネローゼが答えると、レギーナはアンネローゼの無事を知り、笑みを見せると、すぐに踵を返した。ヘビーガンダムが、ガッシャにフレームランチャーを向けようとしていたのだ。
『何だ……なぜここに海産物がいる……っ!』
 ガストンは少し息が荒い。先程の攻撃の衝撃が、かなりのものだった事がわかる。恐らくあの、特殊ハンマーガンを使ったのだろう。アンネローゼは容易に想像できた。
『私の大切なアンネをやらせないわ!!』
 レギーナが叫ぶと、ガッシャは特殊ハンマーガンを放った。放たれた鉄球は、ヘビーガンダムのフレームランチャーを直撃し、一撃で破壊した。凄まじい破壊力だ。ヘビーガンダムは立とうとするが、できない。どうやら今のアンネローゼのゲルググと同じように、足をやられているらしい。
『今よ!! ここから離脱するわ!! マティ、ミツルの機体を回収して!!』
 レギーナは的確に指示すると、ガッシャは小さい体ながらアンネローゼのゲルググをしっかりと抱き、バーニアを使って一気にジャンプした。ガッシャによって持ち上げられたゲルググは、一気に開けられたギャロップの格納庫まで運ばれた。マティがミツルのザクを同じくホバーによるスピードを活かしてギャロップの格納庫に回収した事を確かめると、ギャロップは一気に動き出した。ジム・コマンドがそれに気付き銃撃を浴びせるが、ギャロップの機銃とガッシャのミサイルによって阻まれる。そのまま、ギャロップは戦線を離脱した。そんなギャロップを、連邦軍は追いかけようとはしなかった。

 * * *

 アンネローゼはやっとゲルググのコックピットから出る事ができた。そして、ボロボロになった自らの愛機を見て、愕然とした。自分の乗る機体を、ここまでボロボロにされたのは、初めての事だった。自分が乗っている機体がこんな状態になると、動かしていた自分が一瞬情けなく思えてしまう。だが、そんな感情に浸る事はできない。アンネローゼは、ミツルの容態が心配だったのだ。
 すぐにミツルのザクの元へ向かう。ザクのコックピットから、看護兵がミツルをそっと引っ張り出す様子が見えた。ミツルの来ているノーマルスーツは、赤くにじんでいる。すぐにアンネローゼは、そんなミツルの元に駆けつけた。
「ミツル!!」
「ア、アンネ隊長……ごめんなさい、あたしが、しくじっちゃって……」
 ミツルはゆっくりと途切れ途切れにだが、アンネローゼに顔を向け、答えてくれた。無事でいてくれた。それだけでもアンネローゼは嬉しかった。そんなアンネローゼの前を、ミツルは看護兵によって運ばれていった。アンネローゼは、ただそれを見守っていた。
「よかったわ、負傷者が出たとはいえ、みんな無事で。あのガンダムが出てきた時は、どうなるかと思ったけど……」
 後ろから、レギーナの声が聞こえた。振り向くとそこには、ノーマルスーツ姿のレギーナが、ほっとした表情を浮かべて立っていた。
「レギーナ中佐、すみません、助けていただいて……」
「謝る事ないわ。戦場で危機に陥った友軍を助ける事は、当たり前の事だもの。それより……」
 レギーナの表情が、暗くなった。そしてレギーナはつぶやいた。
「あのガンダムといい、所属していた部隊といい……あれほどやる部隊がいたなんて……あいつらは追いかけてきていないみたいだけど、見逃してくれたって感じだった……」
 レギーナの言葉に、アンネローゼは何も言う事ができなかった。
 自分が初めて殺されそうになった敵、ガストン。
 彼が駆る、どんな攻撃にもビクともしないあのガンダム。
 そして、見た事のない戦闘機とジム。
 敗戦になってただでさえ不安になったのに、少なくとも自身はあった戦闘でも強敵の登場によって、アンネローゼは更に不安に駆られる事になった。昼間見た『木馬』級との関係はわからないが、その部隊であると考えるのが妥当だろう。
「どうやら私達は、とんでもない敵を回してしまったようね……」
「はい……」
 アンネローゼは、そうとしか答える事ができなかった。自分は本当に、コロニーへ帰れるのか。帰れないまま、死ぬのではないだろうか。そう思いながら。


続く

[928] 新・登場人物紹介 フリッカー - 2009/09/26(土) 18:23 - HOME

ルーティア・レヴィ イメージCV:野島健児
 ペルシア湾で活動していた第37潜水MS大隊の生き残り。階級は中尉。母艦であった潜水艦を失い、当てもなくさ迷っていた所をアンネローゼら第3小隊と出会い、仲間になる。愛称はルゥ。
 第1次地球降下作戦から参加している。冷静沈着だが、世の中をやや悲観的に見ている皮肉屋。自分より上位のものにも批判や皮肉を言うため、あまり上からはよく思われていない。女のような名前を少し気にしている。
・ズゴックE MSM−07E
 ジオン軍MSの部品、装備、操縦系の規格を統一する『統合整備計画』によって開発された、ズゴックの発展型。水陸両用MSとしては、一年戦争中最高の完成度を持つ機体になっている。Eは『試験機』を意味する『エクスペリメント』の頭文字。

レナス・リーファー イメージCV:植田佳奈
 ペルシア湾で活動していた第37潜水MS大隊の生き残り。階級は少尉。母艦であった潜水艦を失い、当てもなくさ迷っていた所をアンネローゼら第3小隊と出会い、仲間になる。
 楽天家な性格であるが根は真面目で、パイロットとしての実力は高い。小さめの身長と童顔なので幼い印象がある。ルーティアとは恋人同士で、ルーティアには常にため口で話し、「ルーティの意思は自分の意思と同じ」と語る。自分が乗る機体には強い愛着を持っている。
・アッガイ MSM−04
 ザクUのジェネレーターを2基流用して造られた、廉価版の水陸両用MS。ジェネレーターの片方を停止させ、発熱を抑える事により、パッシブ赤外線センサーに対するステルス性が高くなった。

[929] 第4話 ペルシア湾横断 フリッカー - 2009/09/26(土) 18:24 - HOME

 宇宙世紀0080年1月4日午後7時:アラビア半島・ペルシア湾沿岸

 空は既に暗くなり始めている。曇っているため、沈む太陽も昇り始める月も見えない。砂漠では、夜になると一気に気温が下がり、氷点下にまでなる事もある。砂漠気候は、昼と夜の気温差が激しいのである。昼は激しく熱く、夜は激しく寒い。アースノイドならともかく、大きな気候の変動がないスペースコロニーで暮らしてきたスペースノイド達にとっては、耐え難いものではあったが、長い間この砂漠で戦ってきたアンネローゼ達にとっては、慣れたものではある。とはいっても、彼女達にとって苛酷な気候である事には変わりはない。
 暖房で部屋を暖めているギャロップのブリーフィングルームの中に、アンネローゼの姿があった。だが、そこにいる他のパイロットは、2番機パイロットのマティだけである。ただでさえ、このギャロップにおいて戦えるパイロットは、アンネローゼら第3小隊だけであったが、前回の戦闘において3番機パイロットのミツルが負傷してしまい、当分の間はパイロットとしての活動が不可能になってしまった。ミツルの命は助かったとはいえ、戦力は1つ失われたも同然な状態である。かといって、指揮官であるレギーナをパイロットしての任務に縛り付ける訳にもいかない。彼女も、毎回戦闘に参加している訳ではないのだ。
 2人は既にノーマルスーツを身に付け、いつでもすぐに発進できる態勢になっている。そんな2人の前には、スクリーンの前に立つレギーナとロールの姿がある。
「ではこれより、作戦内容を説明するわ」
 レギーナの言葉で、スクリーンに画像が投影される。そこに映るのは、アラビア半島とユーラシア大陸の間に位置する湾、ペルシア湾の画像だ。
「私達はこれより、イランへ向かうため、ペルシア湾の横断を敢行するわ」
 その言葉を聞いて、アンネローゼは驚いた。アンネローゼは今まで、イランへ陸路で向かうと思っていたからだ。まさか湾を横断するなど、彼女にとって考えられない事であった。
「横断!? このギャロップで湾の横断なんて、どうやってやるんですか?」
 その疑問を、マティが先に発した。
「ギャロップはホバークラフトだから、水上を航行する事は自体は可能よ。とは言っても、元は陸戦艇として造られたこのギャロップは、水上航行に対応した装備はないわ。『とりあえずは航行できる』程度だけど、湾を横断するくらいなら充分って所ね」
 ホバークラフトは元々、平坦な面であれば、陸上・水上の区別なく進む事ができる乗り物である。とはいえギャロップは海のないコロニーで開発された事から、陸上での運用を想定して開発されているため、水上航行に必要な装置もなければ、水上戦に対応した武装もない。そんなギャロップで水上航行する事は、普通なら誰も考えないような方法である。
「地上で向かうルートもあるけれど、私達には時間がないわ。遠回りになる分、敵との遭遇が増える可能性があるし、溜め込んだ物資が底を尽きる危険性もあるわ。だから、この横断を決行する事にしたの」
「ですがレギーナ中佐、それは当然、リスクもあるのでは……?」
「その通りだ、アンネローゼ少尉。制海権は敵が確保している状況だ。当然、昼間に行えば自殺行為に等しい。だから、横断は極力発見されぬよう、今夜決行する」
 アンネローゼの問いに、ロールが代わって答えた。
「それだから、こんな夕方に俺達を呼び出したって訳ですか……」
 マティは欠伸を噛み殺した。アンネローゼはそんな彼を注意しようと視線を向けたが、視線の意味に気付いたマティは、慌てて姿勢を正した。
「敵の制海権の中を、強引に通り抜ける事になるんですね……」
「そういう事になるわね。強引にだけど、発見されないように。だけど万が一、敵に発見される可能性もあるわ。その時に備えて、アンネ達第3小隊には、敵の襲撃に備えて、見張りを行ってもらうわ」
「それは、私達が水中で戦う可能性がある、という事ですか?」
 任務の内容を聞いたアンネローゼは、すぐに聞いた。海上で襲来が予想される敵といえば、艦船の他にも、敵の水陸両用MSが考えられる。ジオン軍の水陸両用MSに対抗し、制海権を奪取するために、連邦軍も水陸両用MSを投入したという話を、聞いた事がある。もっとも、アンネローゼの部隊は陸上部隊であるため、そのMSの詳細についてはわからない。だが、こちらには当然の事ながら、水陸両用MSというものはない。もし、連邦軍の水陸両用MSと交戦する事になれば、苦戦は必至となる。
「……敵によっては、そうなる可能性もあるわ。その覚悟はしておいた方がいいわね」
「やってやろうじゃないですか! 連邦軍の水陸両用MSなんて、所詮はジムと同じザコですよ! そんな奴なんて、俺が捻り潰してやりますよ!」
 マティが強気に叫ぶ。マティはいつでも強気だ。彼が弱音を吐いた所など、アンネローゼは見た事がない。だがそれ故、あまり先を考えずに感情的に行動してしまう事も多い。今もその通りに、先の事は考えていない。そんなマティに、アンネローゼは注意した。
「マティ、そうやって決め付けるのはよくないわ」
「決め付ける? 決め付ける何も、連邦軍のMSなんて……」
「『ザコ』だって言い切れる保証はあるの? 私達はこの間、あの『ガンダム』ってバケモノが率いる部隊と戦ったばかりなのよ。それなのに、よくそう言えるわね」
 その言葉を聞いた瞬間、マティの体が硬直した。連邦軍はMSパイロットの練度不足を訓練で補おうとしたが、それには限界があるため、その国力でMSを大量に生産し、複数のMSでの連携戦術で練度の低さを補っている。それはよく知られている事だが、何事にも例外はある。
 以前の戦いで、アンネローゼ達に立ちはだかった、茶色のガンダム。その性能は、アンネローゼ達の予想を大きく超えていた。こちらの攻撃をほとんど全て跳ね返し、強力な火器でこちらを攻撃してくる。それによって、ミツルのザクは破壊され、ミツルは負傷し、パイロットとしての活動はしばらく不可能になってしまった。そして、そのガンダムが率いていた新型のジムも、今まで見たジムよりも、明らかに性能は高く、連携攻撃でアンネローゼを追い詰めた。そして、それを可能にしたパイロットの実力。その能力は、アンネローゼも驚きを隠せなかった。レギーナが介入してくれなければ、自分は確実に死んでいただろう。1対1ならジオンのMSは連邦のMSに負ける事はないと思っていたアンネローゼにも、『連邦軍のMSはザコ』という無意識な先入観があったのかもしれない。
「そんな敵に遭遇したからこそ、私達は慎重にならなければならないわ。油断は禁物よ」
 アンネローゼの言葉を聞いたマティは、不満気な表情を浮かべると席を立ち、からかうようにアンネローゼに突っかかってきた。
「……さては隊長、敵が怖いんですか?」
「何言ってるのよマティ、慎重になるくらいがちょうどいいって教わらなかったの?」
 マティの言葉に、アンネローゼはマティに視線を向けないまま、冷静に答えた。これだからマティは、と心の中では呆れていた。アンネローゼにライバル心を抱いている故に、マティは何か不満な事があればアンネローゼに突っかかってくる。そんな彼との口喧嘩には、付き合ってはいられない。普段は隊長として注意しつつ、軽く聞き流して目の前を去るようにしている。隊長という仕事は大変だと、この時はつくづく思わされる。
「それくらいにして、マティ。アンネの言う通りよ。私達は、水上の戦力とは戦った事がないわ。だから、敵がどんな能力を持っているのかはわからない。生き残りたいと思うなら、アンネの言う通り、慎重に行動するべきよ」
 レギーナの言葉を聞いたマティは、不満気な表情は出しつつも、無言で席に座った。
「作戦開始時間は、2時間後、21時に開始よ。それまでに、出撃準備を整えて。以上よ」
 レギーナがそう言うと、アンネローゼとマティは敬礼をしてから、ブリーフィングルームを後にしていった。

 * * *

 格納庫の中で、アンネローゼは自分の愛機を見上げていた。
 彼女のゲルググは、以前の戦いで負ったダメージが、嘘のように元通りに修理されている。脱出の際に、パーツをしっかり積み込んでいたお陰である。とはいっても、それがいつでもできる訳ではない。ゲルググのパーツは限られている。それがなくなってしまえば、修理する事はおろか、関節などの消耗しやすいパーツのメンテナンスもできなくなり、最悪の場合、稼働不能に陥ってしまう。部隊に広く普及しているザクやドムならまだしも、ゲルググは新型機だ。パーツの規格が他の機体と同じとは限らない。ジオン軍のMSは多種多様であるが故に、パーツの規格もまちまちなのだ。それを解決するために、マ・クベ大佐が前年2月にMSのパーツ、装備、操縦系の規格を統一し、生産性や整備性、機種転換訓練の短縮を目的とした計画『統合整備計画』を提唱したが、それが実行されたのは既に戦争も末期になってからであった。第51MS大隊に装備されていた後期型ザクUやドム・トローペンは、統合整備計画の影響を受けているというが、本格的にこの計画に沿って開発されたMSは、未だ登場した気配がない。仮にあったとしても、宇宙軍に優先的に配備されていただろう。そしてそれ以前に、今のギャロップは味方から補給物資を受け取る事はできないのだ。
 ――次はなるべく傷付けないようにしないと……
 アンネローゼは思った。これからは、慎重に戦わなければならない。1発の被弾が、ゲルググを稼働不能に追い込みかねない。生き残るという事とは別な意味で、困難な戦いになるだろう。
「隊長」
 そんな時、後ろから声をかけられた。振り向くとそこには、アンネローゼにとって見慣れた姿があった。
「これから、出撃するんですよね」
 ミツルだった。額と腕には包帯が巻かれ、右手は首から下げた包帯でぶら下げている、痛々しい姿だった。だが、それを気にしていないように、こちらにいつもと同じ明るい笑みを見せている。
「ミツル、怪我は大丈夫なの?」
「はい、ベッドから出られなくなるほどの傷じゃなかったです。MSには乗れませんけどね……」
 ミツルはアンネローゼの問いに答えて、てへっと笑ってみせる。そんな姿でよく笑ってられるね、とアンネローゼは思ったが、そういう所がミツルらしいとも思う。
「怪我をしても、相変わらずミツルは元気なのね」
「ええ、心は元気ですとも! 怪我してなかったら、隊長と一緒に出撃したい所ですよ。でも、それはできませんから……」
 そう言うと、ミツルは手当てされて思うように動かせない左手を不器用に動かし、懐から何かを取り出し、差し出した。
「これは……?」
「私のお守りです。持っていてください」
 それは、アンネローゼにとって、初めて見るものだった。長方形の小さな平たい袋に、ぶら下げるための紐が付いている。袋に書いてある文字も、アンネローゼにとっては見慣れないものだった。
「初めて見ますか? 東洋のお守りですよ。中は開けないで下さいね」
 そうか、ミツルは東洋人の血を引いているんだった。アンネローゼはその事を思い出した。このお守りは、東洋人の伝統的なものなのだろう。それなら、自身も見た事がない訳である。
「これ……受け取っていいの?」
「構いませんよ。あたしがいない代わりに、そのお守りに守ってもらってください」
「……ありがとう。受け取らせてもらうわ」
 アンネローゼはミツルの言葉に甘え、ミツルの手からお守りを受け取った。手に取ってみると、袋の中に何か固いものが入っているような感触があったが、ミツルの言葉を守り、袋は開けない事にする。
「隊長、あたしが出撃できない分も、がんばってください!」
「ええ」
 アンネローゼはそう答え、ゲルググのコックピットに向かう。
「ご武運を!」
 そんなミツルの声がしたので振り向くと、ミツルが塞がっている右手の代わりに、左手でアンネローゼに向かって敬礼をしていた。アンネローゼもそんなミツルに答え、敬礼をしてから、ゲルググのコックピットに潜り込んだ。

 宇宙世紀0080年1月4日午後9時:アラビア半島・ペルシア湾

 遂に、ギャロップがペルシア湾の海面を走り始めた。天候は曇ってはいるが穏やかで風も弱く、波は低い。安心して湾を渡る事ができる。ギャロップは陸上走行時と変わらないスピードで、海面を走っていく。
 そんなギャロップの頭上に、アンネローゼのゲルググと、マティのドム・トローペンの姿があった。2機のMSは、ジオン軍MS独特のメインカメラであるモノアイを消灯している。敵に発見されないようにするためだ。フルアクティブではないため、センサーの感度は落ちてしまうが、発見を避けるためには仕方がない。暗い夜の中では、僅かな光でもこちらの位置を察知されてしまう。故に、ギャロップもあらゆるライトを消灯して航行している。故に、ブリッジも暗い。夜間用の暗視センサーを使っているとはいえ、これは明かり1つ持たずに洞窟の中に入るも同然である。
『やれやれ、外は月も出てない真っ暗闇……これじゃ居眠りしそうですよ……』
 マティの通信が入った。通信用モニターに映るマティは退屈そうな顔をしている。敵が来るのを待ち望んでいるかのように。
「何も来なければ、それが一番いいって事だけど、警戒は怠らないで。いつ敵が来てもいいようにしておくのよ」
『了解』
 アンネローゼが呼びかけると、マティは欠伸を噛み殺して返答した。そのまま、通信用モニターが消える。
 アンネローゼも、眠いのは同じだった。だが、戦場は時を選んではくれない。実際アンネローゼ達も、何度も夜間任務を経験している。こんな夜間任務時に眠くなってしまうようでは、兵士というものは務まらない。
 コックピットの上からぶら下げた、ミツルにもらったお守りに少し目を向けつつも、アンネローゼはセンサーの反応を見逃すまいとモニターに映る海面に目を凝らしていた。

 どれほどの時間が経っただろうか。
 あまりにコックピットにいる時間が長いため、手足を伸ばしたくなるが、狭いコックピット内ではそうもいかない。退屈さも紛らわしたいが、そういう訳にもいかない。アンネローゼは自らの真面目さを貫き、ただモニターを見つめていた。
『アンネ、異常はない?』
 すると不意に、レギーナから通信が入った。それに少し驚きながらも、もう定時連絡の時間である事を確かめ、通信に答える。
「は、はい、今の所、敵らしき影は見受けられません」
『そう、この状態が続いてくれるといいのだけれどね……』
 レギーナがそうつぶやいた時、アンネローゼはモニターに、何かが映っている事に気付いた。遠方の海面上に映る、大型の物体だ。拡大してみるとそれは、紛れもなく大型の船舶だった。しかもそれには、砲塔が付いているのが見受けられる。軍艦だ。大きさから見て巡洋艦クラス。この地域を動いている軍艦といえば、敵のもの以外に考えられない。アンネローゼの体中の毛が、一気に逆立った。
「レギーナ中佐!! 3時方向に、敵の巡洋艦らしきものを確認しました!!」
『艦船!?』
「まだ遠方ですが、こちらに近づいているようです!! このままでは気付かれるのも、時間の問題かと……!!」
『……わかったわ。その巡洋艦の監視を続けて。脅威を感じたら、攻撃する事を許可するわ』
「了解!」
 最初こそアンネローゼの報告に驚いたレギーナだったが、すぐに冷静にアンネローゼに指示する。アンネローゼは通信を切ると、すぐにマティに連絡を入れる。
「マティ、聞こえる? 敵の巡洋艦らしきものがここに近づいているわ!!」
『おおっ、ついにお出ましって訳ですか!!』
 通信用モニターのマティの顔は、意外としっかりしていた。さすがに彼も、任務中に居眠りをする事はなかったようだ。
「まだこちらに気付いているかどうかはわからないけど、もし気付いている様子を見せたら、攻撃を行うわ!!」
『了解!!』
 マティの返事を確かめ、アンネローゼは巡洋艦に目を向ける。ビームキャノンを向け、いつでも攻撃できるようにスコープで巡洋艦を見つめ続ける。ギャロップの中では今頃、レギーナにより第1種戦闘配備が呼びかけられているだろう。
 巡洋艦は、次第にこちらに近づいてくる。このまま何もせずに通り過ぎる事をアンネローゼは祈った。戦闘を避けられれば、それ以上の事はない。だが、アンネローゼの思いは裏切られた。巡洋艦の砲塔が、真っ直ぐこちらを向いたのだ。気付かれている。確信したアンネローゼはすぐにギャロップに通信を入れた。
「こちらを狙っています!!」
 そう言った瞬間、巡洋艦の砲塔が光った。そして間もなく、こちらに砲弾が飛んできて、ギャロップの目の前で大きな水柱を立てた。
「砲撃された!! こちらも攻撃開始!!」
『待ってました!!』
 アンネローゼが指示すると、すぐに第3小隊は巡洋艦に向けて攻撃を開始した。気付かれた以上は、もうモノアイを消灯している意味はない。フルアクティブモードに戻すと、モノアイが桃色に発光する。そして、狙いを定めていたビームキャノンを、巡洋艦に向けて放つ。放たれたビームは、真っ直ぐ巡洋艦に吸い込まれていったが、巡洋艦に命中する前に、ビームの弾は消えてしまった。
 射程外!? アンネローゼは一瞬、動揺した。今までこの距離なら、ビームキャノンは目標に届いていたはずなのに。アンネローゼは気持ちを落ち着かせ、もう一度砲撃する。だが、やはり届かない。一体何が起きているのか、アンネローゼにはわからなかった。ロケットランチャーを使おうにも、この距離では射程外だ。
 ビーム兵器は、大気中では威力の減衰を受けやすい。空気の水分そのものが大きな壁となり、ビームのエネルギーを奪ってしまうのだ。アンネローゼが今まで戦っていた砂漠は水分が少ないため減衰の影響は少なかったが、ここは海上である。さらに、巡洋艦からの砲撃で水しぶきが飛び、空気中の水分が多くなっている状態になったため、ビームが大きく減衰されてしまっていた。その事を、アンネローゼは知らずにいたのだ。
『ちっ、まだこっちの射程外かよ……ん?』
 そんな事をつぶやいていたマティが、何かに気付いた様子を見せた。それに気付いたアンネローゼは、すぐに問う。
「どうしたの、マティ?」
『海中に何か反応がある……これって!?』
 マティがそう言った瞬間、ロックオンされた事を示す警報が鳴り響いた。その時、海面から複数のミサイルが飛び出し、こちらに飛んできた。アンネローゼはとっさにシールドを構えた。周囲に爆発が起き、足場が激しく揺れる。それでもアンネローゼは、機体の態勢を持ちこたえさせた。そしてすぐに、ミサイルが飛んできた方向を確かめる。すぐに、機影を確かめる事ができた。
「あれは……!!」
 そこにいたのは、海面から顔を覗かせている、ジムタイプのMSだった。アクアラングを着けたような顔が、いかにも水中用という雰囲気を醸し出している。RAG−79アクア・ジム。これこそ、連邦軍が開発した水陸両用MSである。具体的な数は不明だが、数機いる事が確認できる。
 アンネローゼはすぐにロケットランチャーを打ち込む。だが、アクア・ジムはすぐに潜ってしまう。水柱が立つが、外れた事はアンネローゼにはすぐに理解できた。そしてアクア・ジムはすぐに浮上し、箱型をした手持ちのランチャーからミサイルを放つ。攻撃を防ぎつつ、マティと共に応戦するが、アクア・ジムは潜水と浮上を繰り返し、こちらを翻弄する。それはまるで、アクア・ジムが多数いるようにも錯覚される。こちらに機数を把握させないつもりなのだろう。
『くそっ、これじゃモグラ叩きみたいじゃねえか!!』
 マティがじれったさを口に出した。そう、これは紛れもなく水上のモグラ叩きだ。何機撃破したのかは、アンネローゼはわからない。だが、このままこちらが『砲台』としての役割に徹していれば、敵がこちらの死角であるギャロップの下部に回り込んでしまう可能性がある。そうなれば、ギャロップは間違いなく海の藻屑となってしまう。水中戦の経験はないアンネローゼであったが、宇宙戦の戦術のように考える事で、その事を容易に想像できた。
 それを防ぐ手段はただ1つ。こちらも潜水して戦うしかない。汎用機であるゲルググなら、水中戦闘は『とりあえず』可能ではあるが、元より水中戦用に開発された水陸両用機が相手では、明らかに不利だ。だが、やるしかない。アンネローゼは覚悟を決めた。
「マティ、この場は任せるわ!!」
『え、任せるって、どういう事ですか!?』
「私は飛び込んで、あいつらを追い払う!!」
 アンネローゼはそうとだけ伝え、ゲルググのスラスターをふかした。ゲルググはギャロップから大きくジャンプし、重力で一気に海面へと吸い込まれた。隊長、というマティの驚く声が聞こえた瞬間、ゲルググは海に飛び込んだ。
 目の前に水中の光景が広がる。すぐにアンネローゼは敵の数を確かめる。アクア・ジムを4機確認。半分は水上からの攻撃を行っている。まだギャロップの底に回り込まれていない事が救いだった。アクア・ジムはすぐにミサイルを撃って応戦してくる。アンネローゼはすぐに回避運動を取るが、機体が重い。思うように動けない。水が機体に纏わり付き、動きを鈍らせているのだ。スラスターをふかす事で、何とかミサイルをかわせたが、すぐ近くで起きた爆発に、ゲルググは態勢を崩してしまう。その間にも、アクア・ジムは散開し、狙いをつけさせまいと俊敏な動きを見せる。
「やっぱり、水中では向こうの機動性の方が上ね……だけど!!」
 アンネローゼは態勢を立て直しながら、目の前にいたアクア・ジムを捉え、ビームキャノンの照準を定める。そしてトリガーを引いた。アンネローゼの脳裏には、ビームに貫かれて爆発するアクア・ジムの光景が見えていた。だが、ビームはアクア・ジムに届く前に、あっという間に消えてしまった。
「嘘!?」
 アンネローゼは驚愕した。先程よりも、さらにビームの射程が落ちている。故障と一瞬疑ったが、計器はビームキャノンの異常を示していない。一体どういう事なのか。アンネローゼにはわからなかった。
 アンネローゼは知らなかった。水中では、ビーム兵器は役に立たない事を。水中では、水そのものが大きな壁となり、大気中以上にビームのエネルギーを奪ってしまう。さながら水中で炎を撃つようなものである。水中で戦闘する事など想定していなかった部隊にいたアンネローゼは、ビーム兵器のその特性を全く教えられていなかったのだ。もっともこれは、ビーム兵器の配備が遅れた、ジオン軍故の悲劇と言える。
 再びミサイルが飛んでくる。今度はよけられない。シールドを構え、ミサイルを辛うじて防いだ。アクア・ジムは、ゲルググの側面に回り込もうとしている。このままでは包囲されて撃破されてしまう。アンネローゼは重い機体に鞭打って、1機のアクア・ジムに狙いを定める。
「ビームが駄目なら……!!」
 ロケットランチャーで。アンネローゼはトリガーを引いた。放たれたロケット弾はアクア・ジムに吸い込まれるように命中した。そのまま爆発。すぐに次のアクア・ジムを探す。
 警報が鳴る。背後だ。アンネローゼはすぐに機体を反転させるが、その時には、アクア・ジムはこちらに肉薄しようとしていた。手には、ビームの刃を持つ短刀、ビームピック。ロケットランチャーの構えが間に合わない。アンネローゼはすぐにシールドを構えた。ビームピックの刃が、シールドを貫く。だが、刃の短さが幸いし、機体にダメージを負う事はなかった。ロケットランチャーを放つ。至近距離だ。目の前でアクア・ジムは爆発した。爆風の衝撃でゲルググは弾き飛ばされ、シールドを手放してしまったが、何とか態勢を立て直す。
 ――これであと2機……!
 そう思った時、ゲルググは予想外の方向から砲撃を受けた。衝撃でコックピットが激しく揺れる。ボディに直撃を受けたが、まだ装甲は持っていた。
 増援!? そう思ったアンネローゼが攻撃した方向に目を向けると、そこにはアクア・ジムとは違う影が映っていた。球形をしたボディに、それと同じくらいの大きさはある、巨大なクローを装備したその姿は、ジオン軍のMAを彷彿とさせる。とはいえ、サイズはMSよりも小さい。この機体は、RB−79Nフィッシュアイ。宇宙用の戦闘ポッドRB−79ボールを水中戦用に改修した、連邦軍のもう1つの水中戦力である。数は6機ほどいる。
「戦闘ポッド!? あんなものまで!?」
 アンネローゼは、フィッシュアイの姿に目を丸くした。戦闘ポッドは本来、宇宙で作業用に使用されていたものであり、宇宙にしか存在しないはずだった。まさか、水中戦力として、あんなものを送り込んでいたとは、アンネローゼには予想もしていなかった事であった。
 だが、驚いている暇はない。すぐにロケットランチャーを発砲する。だがフィッシュアイは、素早く散開してかわした。アクア・ジム以上のスピードだった。
「速い!?」
 驚いている間に、フィッシュアイが上部に装備した方を発砲した。そこからは、槍状の弾丸が飛んでくる。回避しようとしたが、動きが重く、間に合わない。シールドで防ぎたい所であったが、シールドはもう手元にない。そのままゲルググは、無防備に砲撃を受けてしまう事になった。コックピットが激しく揺れる中、アンネローゼは機体の姿勢を保つ事に精一杯だった。そしてその弾丸の1つが、この水中で唯一頼れる射撃武器であったロケットランチャーを破壊してしまった。
 そんな中、1機のフィッシュアイが高速で迫ってくる。その巨大なクローを大きく開け、さながら獲物に襲い掛かる鮫のように真っ直ぐ向かってくる。砲撃の雨を受けた中で、アンネローゼは回避する手段はなかった。あの大きなクローで攻撃されてしまえば、ゲルググとて無事では済まないだろう。
 今度こそ、やられる。迫りくるフィッシュアイを前に、アンネローゼは確信した。

 だがその時アンネローゼの前で、フィッシュアイの体を後ろから6本の刃が貫いた。フィッシュアイは目の前で動きを止めたと思うと、そのまま引っ張られるように後ろに吹き飛ばされ、爆発した。
「な、何!?」
 アンネローゼは何が起こったのか、よく理解できなかった。
 すると目の前に、1つの大きな影が映った。MSだ。とは言っても、人型からは少しかけ離れた姿をしている。大きな頭部にずんぐりとしたボディは、タコを思わせるようなユーモラスなシルエットだが、それはゲルググと同じくらいに大きく、威圧感は意外に大きい。そして、その頭部の中央には、こちらに向けられた桃色のモノアイが光っていた。それは、紛れもなくジオン軍のMSだった。MSM−04アッガイ。ジオン軍の水陸両用MSの1つだ。
『……生きてる? 新型のパイロットさん』
 すると、通信が入った。女性の声だ。通信用モニターに映ったのは、ジオン軍のノーマルスーツを身に纏った、女性の顔が映っていた。その顔立ちは少女と呼ぶ方がふさわしいほど幼く見え、アンネローゼより年下のようだ。ノーマルスーツの襟に付けられた階級章をみると、アンネローゼと同じ少尉だった。
「あなたは……?」
『通りすがりの潜水MS隊、って所ね。海の中を当てもなくさ迷ってたら、まさか海で溺れている友軍がいたなんてね』
 少女がそう言った時、今度は別の場所で爆発が起きた。1機のフィッシュアイが、何者かの砲撃で破壊されたのだ。見ると今度は、別のMSの姿がある。アッガイとは異なり、頭部を持たない流線型のシルエットを持ち、手に付いている4本の爪は、甲殻類を連想させるものだった。MSM−07ズゴック。ジオン軍の水陸両用MSの決定版と呼ぶべき機体だ。目の前にいるのは改良型のE型で、ズゴックEと呼ばれるタイプだった。そのモノアイが、真っ直ぐこちらに向けられた。
『おい、そこの友軍機、なぜこんな所で溺れているんだ?』
 今度は別の通信が入る。男の声だ。通信用モニターに映ったのは、ジオン軍のノーマルスーツを身に纏った、1人の青年だった。先程の少女とは一転して、冷静そうな印象を与える顔だった。階級章は中尉のものだった。少しきつい口調で問われたアンネローゼだったが、冷静さを失う事なく答えた。
「私達はペルシア湾を横断して、イランへ向かっていました。そこを襲撃されて……」
『……なるほど、そういう事か。状況はわかった。レナス、あいつらをやるぞ』
『わかったわ、ルゥ!』
 途中までしか説明を聞かなかったが、青年はすぐに状況を理解したようだった。どうやら加勢してくれるらしい。少女に呼びかけた青年の駆るズゴックEは、レナスと呼ばれた少女のアッガイと共に、その場を飛び出した。アンネローゼはレナスが、上官であるはずのルゥと言うらしい青年とため口で話していた事が少し気になっていた。
『黒い女、見ているといい。水中戦っていうのは、こうやるんだ!』
『行くわよ、アッガイちゃん!』
 ルゥのこちらへの呼びかけに合わせるように、レナスも戦場にいるとは思えない明るさで叫んだ。随分と気障な言葉を使うのね、とアンネローゼは思いつつ、2人の戦いを見守るしかなかった。
 すぐにフィッシュアイが応戦する。だが2機はその攻撃を簡単にかわしてみせる。さすがは水陸両用MSだ。アクア・ジムも2機に気付いたようで、フィッシュアイを援護するべく向かってきていた。
『そんな簡素な潜水艇を送り込んでくるとは、俺達も舐められたもんだな!!』
 ズゴックEが、頭部に装備された魚雷を発射した。フィッシュアイは回避しようとしたが、遅かった。魚雷は吸い込まれるように命中し、2機のフィッシュアイがたちまち爆発する。
 アッガイには、2機のフィッシュアイがクローで攻撃しようと突撃してきた。アッガイはそれに向けて頭部のバルカン砲を放つ。それを受けた片方のフィッシュアイがハチの巣にされ、あっけなく爆発した。それでも残ったフィッシュアイは怯まずに、アッガイに接近しようとする。そんなフィッシュアイに、アッガイは拳のような手を伸ばした。水陸両用MSの代表的な装備の1つ、伸縮自在のフレキシブルアームだ。拳からは6本の爪が展開する。かくしてフィッシュアイは、自身のクローで攻撃するよりも前に、アッガイのクローに貫かれる事となった。
『残念だけど、リーチが足りなかったわね』
 爆発するフィッシュアイを見て、レナスは戦闘を楽しんでいるように笑ってみせる。そんなレナスのアッガイに、今度はアクア・ジムが接近してきた。その右手にはミサイルランチャーの代わりに、銛のような形の弾を装填した射撃武装、ハープーンガンを持っている。
 アクア・ジムが銛を放つ。だがアッガイはそれをひらりとかわす。そしてバルカンを放って牽制しつつ、一気にアクア・ジムとの間合いを詰めた。そしてその勢いに乗せ、回し蹴りを放った。蹴りはアクア・ジムが持つハープーンガンを弾き飛ばした。そのまま付けた回転を活かし、アッガイはクローをアクア・ジムの胸に突き刺した。アッガイがクローを引き抜くと、アクア・ジムは爆発した。
『連邦の急造品風情が!!』
 ルゥのズゴックEが、残った最後のアクア・ジムに間合いを詰めていく。アクア・ジムはミサイルを連射するが、俊敏に動くズゴックEを追尾しきれない。あっという間にズゴックEはアクア・ジムに肉薄する。アクア・ジムはミサイルランチャーを捨て、ビームピックを抜いたが、その手はズゴックEの手に押さえられてしまう。そしてすかさずズゴックEはクローをアクア・ジムの胸に突き刺す。そのまま、手に装備されたビーム砲を放った。零距離射撃。水中でもこれなら、アクア・ジムを破壊するには十分だった。ズゴックEが離脱した瞬間、最後のアクア・ジムは爆発した。これで、水中から敵はいなくなった。
『レナス、最後はあの船だ』
『了解!』
 すると2機は、ギャロップを砲撃する巡洋艦に向かい、浮上し始めた。その速力で、あっという間に巡洋艦に肉薄する。巡洋艦が反撃する前に、ズゴックEとアッガイは水面から顔を出し、アッガイは右手に、ズゴックEは両手に装備されているビーム砲を向けた。
『じゃあね』
 レナスが友達に挨拶するような口調でそう言った瞬間、2機のビーム砲が火を噴いた。ビーム砲は瞬く間に巡洋艦を炎に包んでいき、気がつけば巡洋艦は大きな炎を上げ、完全に航行不能状態になっていた。
「凄い……」
 その光景を見ていたアンネローゼは、そんな声しか出なかった。やはり水中戦のプロは違うのだと、改めて思ったのだった。

 * * *

 こうして、ギャロップの危機は去った。多少損傷を受けたものの、ギャロップの航行には何ら問題はなかった。
 だが、その格納庫は慌ただしい空気に包まれていた。そこには、今までこの部隊が装備した事もない、ズゴックEとアッガイという水陸両用MSが持ち込まれたからだ。
「何なんだこりゃ……!?」
「一体、どうしてこんなものが……!?」
 2機の水陸両用MSを見上げるマティとミツルは、驚きの声しか出なかった。何せ、自分達が今まで直接見た事がなかったMSなのだ。
 アンネローゼは顔を戻す。そこには、レギーナの前に立つあの2人――ルゥとレナスの姿があった。ヘルメットを脱いでいる事で、ルゥの青いショートヘアー、レナスの後ろで2つに分けたピンクブラウンの髪型がよくわかる。
「第37潜水MS隊所属、ルーティア・レヴィ中尉です」
「同じく、レナス・リーファー少尉です」
 2人はレギーナの前で自己紹介をし、敬礼をした。ルーティあのルゥという呼び方は、どうやら愛称だったようだ。
「私がこのギャロップの指揮官、レギーナ・エーベル中佐よ。ところであなた達は、なぜここに?」
 レギーナは自己紹介をしてから、2人に尋ねる。
「自分達の母艦は、終戦を知った後HLV基地に向かうべく航行を続けていたのですが、途中で連邦軍に発見され、母艦は沈みました。そうして自分とレナスだけが生き残り、当てもなくさ迷っていた所で、先程の戦闘に遭遇したのです」
「なるほどね……」
「このギャロップもどうやら、HLV基地向かっているそうじゃないですか。よければそこまで、自分達を同行させてもらえないでしょうか」
「……事情はわかったわ。私達も、同じように地上から脱出しようとする友軍を見捨てる訳にはいかないわ。あなた達の提案は受け入れるわ」
 ルーティアの提案を、レギーナは抵抗する事なく受け入れた。そんなレギーナに、ルーティアはありがとうございます、と頭を下げた。
「それにしても皮肉なものですよ……まさか自分達が丘のMS部隊に救われるなんて、思いもしませんでした」
「あんな所を夜中に航行するなんて、無謀にも程があるわよ、ねえルゥ?」
 すると、レギーナの目の前で2人は急にそんなやり取りを始めた。こちらを皮肉っている事は、誰の目にも明らかだった。レギーナはそれを前にしても冷静さを保っていたが、アンネローゼにはそれは耐えられないものだった。
「言っておきますけど中尉、私達にはそれをしなければならない理由があります。何も知らないでそのような事を言うのは、控えてもらえますか?」
 そう言うと、ルーティアの視線がアンネローゼに向いた。
「アンネローゼ……とか言ったな。お前の噂は聞いている。『黒豹』と呼ばれてあちこちで活躍したんだってな。だが、自信過剰になると命を落とすぞ。新型とはいえ、水陸両用MSと水中で戦おうとするなんて、自殺行為にも程がある」
 その言葉が、アンネローゼの心を大きく揺さぶった。
 ――何なの、この男……!
 自分だって、危険を承知の上でやった行為だ。だがその事を馬鹿にされた言い方をされる事はとてつもなく不快だった。アンネローゼは怒りたくもなったが、相手は上官である。そんな事はできない。アンネローゼは高ぶる感情を抑えつつ、ルーティアを見つめ続ける。
「ちょっとあんたねえ、あたしの隊長になんて事……!!」
 すぐにミツルが飛び出そうとするが、アンネローゼは無言で手を伸ばし、静止した。
「隊長!! 悔しくないんですか、あんな事言われて!! ここははっきりと言ってやった方が……」
「ま、そんな度胸のあるエースパイロットがこのMS部隊を指揮しているのなら、共に戦う事になれて光栄ですよ」
 ミツルの言葉を無視して、ルーティアはこちらをからかうような視線を送ってくる。だがすぐに視線を戻し、呆れた表情を見せているレギーナに視線を戻した。
「それと中佐、自分の部屋についてですが……」
「何かしら?」
「自分は、レナスと同室で構いません。1つ空いていれば、それで充分ですので」
 その言葉に、当然レギーナも、アンネローゼ達も驚いた。常識的に考えて、自ら男女同室でも構わないというなどあり得ない事だった。
「そ、それは、どういう理由かしら……?」
「別に私達は構わないって事ですよ。ね、ルゥ?」
 レギーナが恐る恐る聞くと、レナスはそう答え、ルーティアの右腕に嬉しそうにしがみ付いた。そんなレナスを見て、ルーティアも少しだけ笑みを見せた。
 2人は恋人同士だったのだ。その姿を見て、アンネローゼは呆れてため息が出てしまった。マティだけでも厄介なのに、また厄介な人が増えてしまった。これはまた、苦労する事が増えそうだと、アンネローゼは思ったのだった。


続く

[939] 第5話 覚醒の兆し フリッカー - 2009/10/03(土) 18:16 - HOME

 宇宙世紀0080年1月6日午前10時13分:イラン南部・ファールス州

 ペルシア湾の横断に成功したギャロップは、砂漠の上に佇んでいた。とは言っても、イランには平野部がごく僅かにしか存在しない。この辺りの地域は、多くの山々が連なる高地となっている。同じ砂漠であっても、場所が違えば環境は大きく変わってくるのである。目的地であるザグロス山脈が近付いている証だ。そんなギャロップは現在、定期整備のために停止している所であった。
 格納庫の中では、アンネローゼのゲルググが、まるで体操をしているかのように、腕や足、首や腰を曲げている。これは、関節の駆動チェックをしているのだ。関節は、MSの生命線とも言える装置である。僅かでも障害が出れば、歩行や武器の使用に支障が出てしまう。そのため整備が終了した後には、必ず関節がしっかりと駆動するかどうか、チェックする必要があるのである。ジェネレーターを起動しない代わりに外部電源を接続し、それによっていろいろな関節の動作を行い、異常がないかチェックする。無論、コックピットで機体の操作をしているのは、アンネローゼ本人である。
 まだ実戦で初めて使用してから1ヶ月も経っていないが、アンネローゼは既にこの機体の扱いに熟知していた。アンネローゼ自身も、まだ数日しか経っていないながら、もう数ヶ月以上もこの機体を使ったような錯覚を受けていた。終戦に伴う脱出によって、今現在戦闘に使えるMSは、アンネローゼら第3小隊だけであった。そのため、アンネローゼ達は毎日のように、偵察や迎撃に従事していた。多くの任務をこなす事から、基地にいた時よりも、ずっと多忙な日々を送っていたのだ。無論、疲労という問題も出てくるが、そんな事をアンネローゼは気に留めなかった。そんな事で弱音を吐いているようでは、兵士ではない。そして自分達が宇宙へ帰るためにも、戦える時にいつでも戦えるようにしていなければならない。今戦えるのは、自分達だけなのだ。
 駆動チェックが終了し、アンネローゼはコックピットから出た。一息ついたアンネローゼは、整備兵から何か用事があるのか、ルーティア中尉を呼び出すように言われた。アンネローゼはすぐ近くに並ぶ、第3小隊の機体とは明らかに異なるシルエットのMSに目を向けた。ズゴックEとアッガイ。ルーティアは、同じ部隊のメンバーであるレナスと共に、ペルシア湾で仲間に加わった、第37潜水MS隊のパイロットだ。彼らも脱出のためにHLV基地に向かっていたという事で行動を共にするようになったが、ルーティアの気障さは、アンネローゼはどうしても気に入らない所があった。噂では、触れた事もない水陸両用MSを相手に、整備兵も手こずっているらしい。
「アンネ隊長!」
 ふと、声をかけられた。振り向くとそこには、ミツルの姿があった。相変わらず包帯が巻かれた痛々しい姿ではあったが、その顔はいつもと変わらない笑みが浮かんでいた。ちょうどよかったと、アンネローゼはミツルに聞いた。
「ミツル、ルーティア中尉を見ていない?」
「あの気障な海軍さん? さあ、あたしは知りません。一体どうしたんです?」
「いや、ただ整備兵から彼を呼んできてくれ、って言われただけよ」
「なるほど。あいつの事ですから、レナス少尉を探せば、一緒にいるんじゃないですか?」
 そうね、と言葉を返した時、アンネローゼは人目の付かない格納庫の壁際に、誰かの人影がある事に気付いた。2人の人影は一方を壁に押し付けるような形で、覆い被せている。近づいてみると、それは間違いなくルーティアとレナスであった。だが2人の行動を見て、アンネローゼとミツルは硬直してしまった。
 ルーティアは、壁側にいるレナスを押し付けるような形で、目を閉じて互いに優しく、だが激しく唇を重ね合わせていたのである。その姿を見たアンネローゼもミツルも、ため息が出てしまった。兵士というものはこういう平時の時こそ、羽目を外そうとする。自分がいつ死ぬかはわからないからだ。
「あーあ、何やってんのよあの2人……」
 ミツルの口からそんな言葉がこぼれた。ルーティアとレナスは、恋人同士である。何せ、レギーナに対して、「自分達の部屋は同室でも構わない」と言ったほどだ。別に2人の行為を否定するつもりはアンネローゼにはないが、それをするならもっと別の場所でして欲しいと思っていた。それは、ミツルも同じに違いない。
 ルーティアとレナスは、唇を名残惜しそうに離し、目を開け、互いに見つめ合う。
「ねえ、ルゥ……無事に故郷に帰れたら、レナスと結婚して」
 レナスはルーティアに向かって柔らかく言った。それを耳にしてしまったアンネローゼとミツルにとっては、突拍子もない事であったが。そのため、声をかけようにも雰囲気を壊してしまう事に抵抗を覚え、なかなか一歩を踏み出せなくなってしまった。
「……そうだな、俺もそうしたい。生きて帰れるかわからない兵士がそう言うなんて、皮肉な事だが……悪くない」
「ルゥ……やっぱりレナスとルゥの考えてる事って、同じなのね。なら、一緒に生き残りましょう、絶対に……」
「ああ」
 そんなやり取りをすると、ルーティアとレナスは再び目を閉じて唇を重ね合わせた。そんな光景を見ていて呆れてしまったアンネローゼは、声をかけなければ2人がずっと続けそうな気がしたため、思い切って2人の前に足を踏み出した。
「ルーティア中尉」
 アンネローゼが強い口調で呼びかけると、2人は我に返ったように目を開けて唇を離し、アンネローゼに顔を向けた。
「こんな所でいちゃつくのはやめてください。それに、整備士があなたに用があると、呼んでいましたよ」
「あ……ああ、そうだったのか。すまない。レナス、じゃあまた後でな」
 アンネローゼは、ルーティアは少し自分に文句を言うのではないかと思っていたが、ルーティアは事情を理解すると、レナスに一言挨拶しただけで、その場を後にしていった。
「もう、何するのよアンネローゼ! レナス達のいい雰囲気を邪魔して!」
「私はただ、要件を伝えに来ただけよ」
 一方でレナスは、アンネローゼが予想した通りに文句を言ってきたが、アンネローゼはそうとだけ強い口調で答え、その場を後にしていった。これ以上彼女との話に付き合っていたら、いろいろ複雑な問題になる事は予想していたからだ。話を一方的に打ち切られたレナスは、すぐに食いつこうとアンネローゼを追いかけようとしたが、それをミツルに止められてしまった。
「隊長は、ああいう事を一切やるな、とは言っていないでしょ? やるんだったら空気読め、って事」
 ミツルにそう言われたレナスは、それ以上反論する事はなかった。

 * * *

 愛を語り合っていたのは、何もルーティアとレナスだけではなかった。
 レギーナの個室には、制服に着替えている途中のレギーナと、レギーナのものであるはずのベッドに腰を下ろしている、上半身裸のロールの姿があった。2人もまた、先ほどまでここで互いに激しく愛し合っていたのである。
 このような時間にこんな行為をする事は普通に考えればおかしいが、レギーナはこのギャロップの指揮する人物である。ましてや、ロールは彼女の副官。そんな人物が何もない時に同時にブリッジから離れる訳にはいかない。いなくなれば、明らかに不自然に思われてしまう。そのため、2人が同時にいなくなっても不自然に思われない時間――クルーが慌ただしく動く定期整備中を狙って、この行為をしていたのである。
「……ごめんなさい、ロール。素敵な時間だったけど、こんな時間にまで付き合ってもらう事になっちゃって」
「いえ、それは自分のセリフです……ギャロップを指揮する中佐を、ここに縛り付ける事になってしまって……」
 着替え終えたレギーナが言うと、ロールも同じような言葉を返す。相変わらず謙った言葉使いをするロールを見たレギーナは、自然と笑みを浮かべた。
「ロール、言ったでしょ。こういう時の私達は、ただの男と女よ。レギーナって呼んでいいのよ」
「ああ、すみません、レギーナ」
 改めて答えるロールを見て、レギーナはくすりと笑った。普段は冷静沈着なロールだけれど、やはり中身は普通の男なのだ。交際を深めていくにつれて、そんな一面をレギーナは多く知った。兵士というものはいつ死ぬかわからない。それは、レギーナとて例外ではない。とはいえ、こんな人と共にサイド3へ帰れたら、これほど素敵な事はない。そして、『生きて帰る』という意志が、更に強くなっていくのがわかる。苦しくなった時は恋人の事を考えろ、と言われる事があるが、それは事実である事を、レギーナは改めて感じ取ったのだった。
「ロール。必ず、この戦いを生き残りましょう」
「……そうですね。自分も、そのためにレギーナの力になります」
 レギーナがそう言うと、ロールは真っ直ぐレギーナを見つめ、答えた。それを聞いたレギーナはありがとう、と答え、満面の笑みを見せた。他のクルーには、滅多に見せないものだ。
 その時、部屋にある内線電話が鳴り響いた。現実に戻ったレギーナは、すぐに内線の通信を入れた。小さな画面に、通信士の顔が映る。
「私よ」
『中佐、マティ准尉が偵察任務から戻ってきました。緊急の連絡があるそうです』
「わかったわ、こちらに回して」
 緊急の連絡。という事は、周辺の地域に何かがあったのだろうか。レギーナの表情が、一気に曇る。少し待つと、ヘルメットを身に付けたマティの顔が画面に映る。
『中佐、緊急事態です!! 聞いてください!!』
「緊急事態って、何なの?」
『友軍が……友軍が連邦軍に包囲されて、攻撃を受けているんです!! このままだと……!!』
「何ですって!?」
 それを聞いたレギーナは、驚かずにはいられなかった。

 * * *

 マティが帰還した後、直ちにレギーナはパイロットをブリーフィングルームに呼び出した。マティ以外のパイロットは、アンネローゼと、そして先日加わったルーティアとレナスの3人。直接は参加できないものの何があったのか気になったのか、ドアに背中をもたれかけて様子を見ているミツルの姿もある。そんなパイロット達の正面にレギーナは立ち、一同に説明を始めた。
「みんな、時間がないから手短に説明するわ。現在、ここの西方で友軍が連邦軍と交戦し、包囲されている状況にあるわ。恐らく友軍も、私達と同じく脱出を図ろうとしていたと推測されるわ」
 その言葉を聞いた瞬間、3人のパイロット達は驚いた声を出した。
「という事は、その救出に向かうという事ですか、中佐?」
 アンネローゼが、真っ先にレギーナに質問した。レギーナはうなずいた。
「そうよ。同じく脱出を図ろうとしている身にとって、窮地に陥っている友軍を放っておく訳にはいかないわ。そこで、私達の戦力で包囲網に奇襲をかけて突破し、友軍の脱出を援護するわ」
「たった4機のMSで強行突破ですか……随分と無茶な事ですね」
 レギーナの言葉を皮肉るように、ルーティアはつぶやいた。確かにレギーナも、そうだとは思っていた。だが、自分達にしか救出する事はできないのだ。戦力が少ないとしてもやるしかない。
「確かに、正面からぶつかり合えば勝ち目はないわ。それに、この周囲にはミノフスキー粒子も散布されているわ。包囲されている部隊と連絡を取る事は、ほぼ不可能な状況よ」
「そんな……じゃあ、どうやって攻撃するんですか?」
 包囲された部隊を救出するには、その部隊とも連携を取る必要がある。救出する部隊と、包囲された部隊が共に包囲網脱出のために共に攻撃を行う事で、初めて包囲網の脱出が可能になるのである。実際に、包囲された部隊が救出部隊の攻撃に応じて動かなかった事が、包囲網脱出の失敗に繋がった例はある。だが、全ての電波を阻害してレーダーと電波通信を無効化し、MSが台頭するきっかけを作ったミノフスキー粒子が散布されている状況では、包囲された部隊との連絡を取る事はできない。レーザー通信を使うにはあまりにも遠すぎるし、ミノフスキー粒子による通信妨害に備えて用意されている連絡機を使うには危険すぎる。
「手は打っているわ。私達が攻撃を仕掛けた直後に、ギャロップから信号弾を打ち上げるわ。味方がそれに気付いてくれれば、味方も友軍が助けに来てくれたと思う事は間違いないわ。そうすれば、私達は友軍とも共同で脱出作戦を行う事ができるわ。こちらの位置が知られてしまう可能性があるけれど、それでうまく敵を引き付けられれば、友軍も脱出しやすい状況になるわ」
「なるほど、それを聞いて安心しました。異論はありません」
 皮肉を言っていたルーティアも、レギーナの作戦には納得した表情を見せていた。
「説明はここまで。全員、直ちに出撃して」
「了解!!」
 レギーナの指示に、4人のパイロットははっきりと返事を返した。

 * * *

 アンネローゼはすぐに、愛機ゲルググのコックピットに滑り込んだ。そして手早くゲルググを起動し、手短に機体のチェックを行う。ギャロップの格納庫が開いた事を確認する。アンネローゼは機体を固定位置から移動させ、格納庫のハッチの正面に出る。
『コースクリア! 少尉、幸運を!』
 オペレーターからの通信が入る。
「了解。アンネローゼ・ブリュックナー少尉、発進します!」
 操縦桿を強く握って言うアンネローゼ。その後、ゲルググは格納庫から外へと飛び出した。
『マティ・トスカーナ准尉、行くぜ!』
『ルーティア・レヴィ機、発進する!』
『レナス・リーファー、アッガイ、行くわよ!』
 続けてマティ、ルーティア、レナスと順番に発進していく。ドム・トローペンにズゴックE、そしてアッガイ。今までにない混合編成である。ましてや、本来は水中、岸辺などで活動する水陸両用MSであるズゴックEとアッガイが砂漠の真ん中にいるという光景には、違和感を覚えざるを得ない。パイロットの2人は、陸上でも活動できるから問題はないだろうと言っていたのだが。
『ギャロップ、前進開始!!』
 ブリッジにいるレギーナの指示で、ギャロップもアンネローゼ達に合わせて前進を始める。アンネローゼ達は、その先陣を切る事となる。指示された座標通りに、アンネローゼ達の駆る4機のMSは疾走していく。
『全く、まさかアッガイちゃんで砂漠を走るなんて、レナス思ってもいなかったわ……』
『それはこちらも同じさ。まあ、2機とも陸上戦もできるように設計されたMSだ。問題にはならないだろう』
 通信で、ルーティアとレナスのやり取りが聞こえる。さすがの2人も、砂漠で戦う事になるとは思っていなかったようだ。2人は水中戦においては、無類の強さを見せつけたが、果たして陸上戦、それも彼らが慣れない砂漠での戦いでは、その実力を発揮してくれるのだろうか、とアンネローゼは少し不安になった。だが、そんな事を考えている暇はない。任務に集中しなければ。その事など、実際に戦闘になればすぐにわかるものだ。アンネローゼはそう言い聞かせて、画面に映る、動く地面に目を向け続けたのだった。

 しばらく移動すると、センサーに反応があった。遠方で、次々と起こっている爆発と、飛び交う弾が描く光の矢。そこには、こちらに背中を向けているジムやデザート・ジムの姿が複数見える。戦場に近づいた証しだ。このエリアは、敵の戦力が最も手薄な場所だと思われる場所である。
『全機、停止!』
 アンネローゼが言うと、他の3機のMSも停止する。アンネローゼに対しては上官と言えるルーティアの機体も停止するが、これはアンネローゼの指示に従ったのではなく、ルーティアの判断によるものだ。アンネローゼとマティの第3小隊と、ルーティアとレナスのチームは独立した小隊となっているのである。ルーティアは、砂漠での戦いに慣れているアンネローゼに、全体的な指示はアンネローゼに任せている。
 アンネローゼはすぐに、ビームキャノンの照準を、1機の背中をジムに合わせる。こちらに気付いていない内に攻撃し、相手を混乱させる事が目的だ。そしてアンネローゼは、発射と同時に突撃開始すると指示した。
『さて、「黒豹」と呼ばれたその実力、見せてもらうよ、アンネローゼ少尉』
 ルーティアの気障な声が通信で入るが、アンネローゼは無視して集中し、狙いを定める。敵を捉えたからと言って、すぐに発砲するのは厳禁だ。戦場での無駄弾と無駄口は自殺行為だと、よく言われる。確実に命中されるためにも、必ず当たると判断した状況になって、初めて発砲するのだ。失敗すれば、こちらの位置を悟られる可能性もある。
 ――!!
 照準を合わせていたジムが足を止めた。すかさずアンネローゼはトリガーを引いた。ビームキャノンから放たれたビームが、吸い込まれるようにジムに命中し、火の玉となった。それに驚いたジムの集団は、困惑して周囲の状況を確かめ始める。
『行くぞ!!』
 そんなジム軍団の中に、マティら3機のMSは飛び込んで行く。アンネローゼも位置を悟られないようにするべく、その場を動き出した。その瞬間、後方で太陽のものとは違う、大きな光が空で瞬いた。ギャロップが信号弾を打ち上げたのだ。そして、ギャロップからの援護射撃が飛んでくる。メガ粒子砲だ。その攻撃で、数機のジムが破壊される。
『攻撃を緩めないで!! こちらの数を悟られないようにするのよ!!』
『了解!!』
 アンネローゼは全員の返答を聞くのと同時に、攻撃を再開する。ビームキャノンの照準を定め、困惑するジムを次々と撃破していく。敵は混乱している。この混乱を、最大限に利用するのだ。4機が突入してからは、同志討ちを避けるため、ギャロップからの援護射撃は行われない。
 アンネローゼの援護射撃を受けるマティのドム・ドローペンは、ホバー移動による機動性を最大限に活かし、気付いたジムの照準を定めさせない。そして、隙を見てバズーカを放つ。バズーカはジムの腹に命中し、ジムは倒れて爆発する。
 一方で、ルーティアとレナスの動きも目を見張るものであった。ルーティアのズゴックEの腕に付いたビームカノンが、ジムを貫く。それに気付いたデザート・ジムは、手に持つ長大な火器を向ける。レールキャノンだ。ズゴックEに狙いを定めたレールキャノンから弾丸が放たれる。だが、ズゴックEはジャンプして軽やかにかわし、ビームカノンで反撃する。複数のビームに貫かれたデザート・ジムは、そのまま沈黙して倒れた。レナスのアッガイも、右手のメガ粒子砲で1機のデザート・ジムを撃破。そこに、果敢にもデザート・ジムが、ビームサーベルを抜いてアッガイに向かってきた。それに気付いたアッガイは、フレキシブルアームとなっている右手を伸ばし、振り下ろされようとしていたビームサーベルの手を受け止めてみせた。そのまま硬直状態になるかと思いきや、アッガイはデザート・ジムの顔に向けて頭部のバルカン砲を放つ。銃撃によってゴーグル状のカメラアイが割れ、怯んだデザート・ジムが後ずさりした隙に、フレキシブルアームのクローがデザート・ジムの腹を貫いた。そのまま倒れて沈黙するデザート・ジム。だが、間髪入れずに別のジムがアッガイに向けバズーカを発射。アッガイはそれを軽やかにジャンプしてかわした。そして左腕に装備されたミサイルランチャーを放つ。ジムのバズーカが破壊され、ジムの周囲を爆発が包む。その隙にアッガイは飛び込み、今度は頭部にクローを叩き込んだ。ジムの頭部が一瞬で砕け、ジムは倒れて沈黙した。
『やるうっ! さすがはアッガイちゃん!』
 レナスの、そんな歓喜の声が聞こえてくる。ルーティアといいレナスといい、地上でも水中と負けず劣らずの機動力だ。ズゴックEもアッガイも、陸上での機動性が高い気体であるが、何よりそれを活かせるパイロットの腕が高いという事だ。どんないい機体でも、パイロットの実力がよくなければ、宝の持ち腐れなのだ。アンネローゼは、自分の考えが単なる杞憂だと感じ、目の前の敵への攻撃に集中する。多くの敵は迫りくる漆黒のMSの姿に戦慄を感じたのか、後ずさりしようとするが、アンネローゼはそんな機体もすかさず撃破していく。アンネローゼが残忍な性格だからではない。アンネローゼの真面目さが、相手への手加減を許さないのだ。その姿が猛獣に例えられ、『黒豹』の2つ名を持つようになったのだが。
 その時、今度はアンネローゼ達の前方で空に閃光が瞬いた。包囲された友軍が、こちらの信号弾に答えたのだ。その瞬間、ジム部隊の向こう側からも銃撃が飛んでくるのを、アンネローゼは確かめた。包囲された友軍が、こちらの攻撃に答えて攻撃を始めたのだ。数の少ないこちらにとって、心強い援護だ。
『全機、向こう側が答えて攻撃を始めたわ! 誤射に注意!』
『了解!!』
 アンネローゼはすぐに指示をした後、こちらも目の前の敵に集中する。敵は、前後から攻撃を受けた状態になり、どちらか一方を攻撃しようとしても、もう一方に背中を向けてしまう状態となった。相手の混乱は増す一方。そんな動きが疎かになった敵を、アンネローゼは次々と撃破した。
 気が付くと、目の前には友軍のMS部隊の姿があった。全機がしっかりとこちらに向かっている。そこには、アンネローゼにとって見慣れたザクやドムの姿もあれば、ザクより表情が厳つくなり、手には熱を持った剣を持つ青いMS、MS−07Bグフの姿も確認できる。その後ろには、数台のギャロップの姿もある。
『こちら、第21MS大隊。どこの部隊かは知らないが、救援を感謝する』
 すると、通信が入った。部隊の感覚が狭まったので、レーザー通信が使えるようになった証拠だ。
『おい、見ろあの真っ黒なMS! あれは間違いなく「黒豹」だぞ!』
『噂の女エースパイロットか……これほど心強い援軍はないな』
 通信では、そんな声も聞こえてくる。アンネローゼの事は、どうやらこちら側でも知られているようだ。自分も有名になったものだな、とアンネローゼは思いつつ、通信に答える。
「了解。こちらは第51MS大隊所属、第3小隊。これより、包囲網脱出を援護します」
『ありがとう、第3小隊。こちらもできる限り、援護を行おう』
「わかりました」
 アンネローゼが答えると、通信は切れた。すると、周囲のMSが一斉にアンネローゼ達が辿ったルートを移動しながら攻撃を始めた。ジム部隊も応戦し始め、たちまち敵味方が入り乱れる乱戦が始まった。味方の誤射に注意しつつ、アンネローゼも目の前に現れる敵を撃破していく。このような状況になれば、頼れるのは自分の感覚だけだ。それが少しでも鈍った者が、この戦場から消えていく。正念場だ。アンネローゼは、周囲の状況の変化を1つも見落とすまいと感覚を研ぎ澄まし、敵からの攻撃を的確にシールドで防御しつつ応戦し、ジムを撃破していく。中には、足を破壊されて倒れても尚、攻撃してくるジムもいた。そんな機体にも、アンネローゼは手を緩めなかった。マティ達3人も、友軍の援護に答えるように、更に攻撃を強めていく。
 こちらが敵を押している。これなら、勝てる。アンネローゼが、そう確信した時だった。
 突然、どこからともなくビームが飛んできたと思うと、友軍のギャロップが爆発、炎上し始め、停止する。エンジン部を的確に狙っていた。
『何だ!? やられたのは味方か!? うわあああっ!!』
 そんな友軍の断末魔の悲鳴が聞こえると、近くにいた友軍のグフが爆発した。その寸前、グフの胸部には、ビームで開けられた大きな穴があった事を、アンネローゼは見逃さなかった。かなり出力の高いビームだ。ジムなどが使うビームスプレーガンでは、一撃でこんな致命的なダメージを与える事はできないはずだ。
「高出力ビーム!? どこから!?」
 アンネローゼは、周囲の敵を確認する。だが、どのジムが持つビーム兵器も、標準的なビームスプレーガンばかりだ。という事は、ここにいない敵がビームを撃った犯人という事になる。
「まさか、スナイパー……」
 アンネローゼは真っ先に、その言葉を思い浮かべた。物陰にひっそりと身を潜めながら、遠方の敵を的確に狙い撃つスナイパー。その目的は、敵情を正確に把握し、大隊の困難な将校などの指揮系統を狙い、部隊運用能力を麻痺させる事や、相手に強いプレッシャーをかける事だ。連邦軍にもジオン軍も、狙撃用に最適化されたMSが存在する。スナイパーに射撃された友軍部隊は、スナイパーを警戒して困惑し始め、その隙を突かれて敵に破壊されてしまうMSもある。部隊が混乱し始めている。今度はこちら側が混乱する番だった。このまま部隊の統率が取れなくなれば、脱出できるものもできなくなってしまう。スナイパー1人の存在によって、敵部隊を足止めされるという事は、決して不自然な事ではない。
 どうする。敵が目の前にいる状況では、考えている時間はない。アンネローゼがそう考えた時だった。

 アンネローゼの脳裏で、稲妻のようなものが通り抜けた感触を覚えた。

『隊長!!』
 マティの通信が耳に入る。アンネローゼは反射的に、シールドを気配を感じた方向に向けた。するとシールドに、強い衝撃が走る。ビームを受け止めた証拠である。アンネローゼが気配を感じた方向から、スナイパーからのビームが飛んできたのだ。気付くのが1秒でも遅ければ、アンネローゼは死んでいただろう。
 なぜ狙撃してくる方向がわかったのか、アンネローゼは一切考えなかった。方向がわかれば、そこにスナイパーがいるという事だ。自分のやる事は1つ。友軍の援護するために、スナイパーを撃破する事。それだけだった。
「マティ、ここは任せた!!」
『えっ!? ちょ、ちょっと!!』
 アンネローゼはマティの戸惑う声をよそに、ブーストで一気に飛び上がった。ブーストを活かした長距離ジャンプ。飛び上がったゲルググは、ジム部隊を一気に飛び越えた。着地時の衝撃で関節が痛むと、整備兵からは言われている行為だが、今はそんな事を考えている場合ではない。着地した後、すぐにブーストを全開にし、ジム部隊を振り切って気配を感じた方向に一直前に向かう。目の前にあるのは、MSが隠れるのに最適な丘だった。後ろから少しの間銃弾が飛んできたが、それもすぐに消えた。スナイパーも、同じ場所に長々と居続けるほど、馬鹿ではない。敵に自分の位置を悟られないようにするために、射撃した後は位置を変えるのが基本だ。だが、今は射撃からはそう時間は経っていない。仮に気配を感じた場所にいなくても、その近くにいるはずだ。アンネローゼは、周囲の警戒を怠らない。
 再び脳裏で、稲妻のようなものが通り抜ける感触。
 ――左!!
 アンネローゼはその感触に従い、シールドを素早く左側に構える。すると、そこからビームが飛んできて、シールドに命中した。すぐにビームが飛んできた先を拡大画像で表示する。そこには、こちらにライフルを向けている、緑色のジムの姿があった。RGM−79SCジム・スナイパーカスタム。熟練パイロット用にジムの性能を強化し、狙撃任務に最適化させた機体だ。その手に持つ精密射撃用のビームライフルは、あのRX−78ガンダムのものと同等の能力を持っている。
「そこね!!」
 アンネローゼはすぐに、機体を左へ向け、足を蹴って飛び出した。スナイパーカスタムもこちらに気付き、間合いを離そうとしながら射撃してくるが、アンネローゼは的確にかわしながら間合いを詰めていく。そして、ビームキャノンの狙いを定め、相手が足を止めた所でトリガーを引く。ビームはスナイパーカスタムに吸い込まれ、そのまま胴体を貫く、かに見えた。
 その時、何か別のMSが現れ、放たれたビームを阻んでしまった。その手には、MSの身長ほどはある、まさに防壁という言葉がふさわしい巨大なシールドを持っている。そのシールドは、ビームの貫通を許さなかった。
「防がれた!?」
 アンネローゼは驚きを隠せなかった。連邦軍には、まだビーム兵器を防げる対ビームコーティングを施されたシールドはないはずだ。そんな装備を、連邦軍は導入したというのか。驚くアンネローゼの前で、巨大なシールドを持つMSの体が姿を現す。その体そのものは、スナイパーカスタムとあまり変わってはいないもので、ブルーグレーで塗装されていた。RGM−79HCジム・ガードカスタム。スナイパーカスタムの同系列機だが、それとは対照的に、防御力を重視した護衛用の機体だ。
 敵も、スナイパーを1人にしないほど馬鹿ではないという事か。確信したアンネローゼはまずこのガードカスタムを撃破するために攻撃を始める。充分間合いを詰めたので、着地してロケットランチャーを撃つ。だが、ガードカスタムの巨大なシールドに阻まれる。それどころか、シールドからこちらに向かって銃弾が飛んできたのだ。途端に警報が鳴る。アンネローゼは驚きながらも、素早くかわして見せた。銃を内蔵しているシールドなど、アンネローゼは聞いた事がない。ガードカスタムが持つシールド――ガーディアンシールドは、対ビームコーティングによる高い防御力もさる事ながら、内部にバルカン砲を内蔵し、防御姿勢のまま攻撃ができる、攻防一体の武器なのだ。
「それなら!!」
 アンネローゼはシールドから放たれる銃弾をかわしつつ、シールドを構えてそのまま突撃する。ガードカスタムは尚もシールドを構えたまま銃撃を続ける。回り込もうとする動きを見せても、しっかりとその銃口はこちらを追っている。
 ――今だ!!
 ぶつかると思う頃まで間合いを詰めた事を確かめ、アンネローゼはロケットランチャーを放つ。ガードカスタムに対してではない。狙うのは、その足元だ。爆発によって砂塵が舞い上がり、ガードカスタムの視界を遮る。その隙に、ペダルを踏む。ゲルググは地面を強く蹴って飛び上がった。ガードカスタムは視界を遮られた事に気を取られて、こちらに気付いていない。今頃は目の前にいたはずのゲルググの姿が消えた事に、驚いているだろう。そんなガードカスタムの背後を、空中で宙返りしながら取る。その間に、アンネローゼは無防備なボディに狙いを定める。ガードカスタムがこちらに気付き、機体を回頭させようとしたが、巨大なシールドの重さが仇となり素早く回頭できず、既に手遅れだった。空中で逆さまになった状態で放たれたビームキャノンのビームに、ガードカスタムの無防備な体が貫かれた。そして爆発する。アンネローゼは、機体を更に半回転させて着地した。
 その瞬間、再び脳裏で、稲妻のようなものが通り抜ける感触。
 ――右!!
 アンネローゼは反射的に、シールドを素早く右側に構えた。すると、そこからビームが飛んできて、シールドに命中した。スナイパーカスタムだ。僚機のガードカスタムが撃破された事を知ったのか、果敢にもこちらに射撃してきたのだ。再び、狙撃用のビームライフルが火を噴く。だが、その光景をアンネローゼはしっかりと目に捉え、素早くかわす。狙撃用のライフルというものは、間合いを詰めてしまえばかわすのは容易い。
 ロケットランチャーを撃つ。放たれた弾は、スナイパーカスタムのライフルに直撃、破壊した。爆風で怯んだスナイパーカスタムであったが、すぐに左手をバックアップのビームガンに持ち替え、射撃してくる。こちらもロケットランチャーで応戦。だが、相手はかわした。そして、ビームガンで牽制射撃をしつつ、右腕から赤く光る刃を伸ばした。ビームサーベルだ。スナイパーカスタムは、ビームサーベルを腕に固定装備にしているのだ。それを突き刺そうと、こちらに向かってくる。アンネローゼは、素早く機体を後退させる。急激な後退をされた事で、スナイパーカスタムのサーベルが空を切った。その隙に、ロケットランチャーを撃った。弾丸は、スナイパーカスタムの左腕に命中。持っていたビームガンもろとも吹き飛ばされてしまう。これで、相手にこちらに有効打を与えられる射撃武器はなくなった。バランスを崩しつつも、スナイパーカスタムは果敢に間合いを詰めてくる。ロケットランチャーの砲撃をかわし、サーベルを振り下ろそうとする。だが、アンネローゼも黙っていない。素早くスナイパーカスタムに向けて、シールドを持った左腕を突き出した。スナイパーカスタムは、サーベルを振り下ろす前にシールドをぶつけられ、弾き飛ばされる事となった。そのまま地面に倒れてしまう。その隙に、アンネローゼはビームキャノンを放った。倒れている相手には外しっこない。スナイパーカスタムの体はビームに貫かれ、爆発を起こした。
 ようやくスナイパーを倒した。アンネローゼは、自分の息が荒くなっている事に気付いた。その時、通信が入った。
『アンネ、敵部隊の退却を確認したわ。作戦成功よ。帰還して』
 レギーナだった。どうやら敵は劣勢と判断して、退却していったようだ。自分達は、戦いに勝った。アンネローゼは、ほっと一息ついた。
「了解、レギーナ中佐。自分もこれより帰還します」
 アンネローゼはそう答え、ゲルググをギャロップの方向へ向かわせたのだった。

 * * *

 こうして、包囲網脱出作戦は無事に成功した。包囲された友軍の損害も決して少なくはなかったが、多くの友軍を脱出させる事ができた。
 ギャロップに帰還し、コックピットから降りたアンネローゼを、真っ先に出迎えたのはミツルであった。
「お帰りなさい、隊長!」
 友達に対する挨拶のように、ミツルは明るく出迎えた。そしてミツルは、言葉を続ける。
「聞きましたよ。敵のスナイパーに1機で突入して、撃破したんですってね!」
「ええ、今考えてみたら、無茶だと思う行動だったけどね」
「ああ、確かに無茶な行動だったな」
 アンネローゼの言葉に横槍を入れるように、ルーティアの声が聞こえた。見るとそこには、こちらに歩いてくるルーティアの姿が。隣にはレナスもいる。
「あんな行為は、冒険的なものだ。普通の人がやったら、とっくに死んでるよ。だけどあんたは、どこから来るかわからないスナイパーの射撃を、的確に防いで位置を突き止め、見事仕留める事ができた……常人にできる事じゃない」
「何よあんた!! 隊長を馬鹿にしたい訳!!」
 アンネローゼの前で我が物顔に語るルーティアに、ミツルが反論する。だがそれでも、ルーティアはその表情を崩さなかった。
「別に馬鹿にするつもりはないさ。ただアンネローゼ、お前は本当に『ニュータイプ』なのかもしれないな、と思っただけだ」
「うん、レナスもそう思う。ルーティアの意見は、レナスと同じだから」
 隣にいるレナスも、ルーティアの言葉に相槌を入れる。そしてルーティアは、じゃあなと挨拶した後、アンネローゼの目の前を去って行った。
 ニュータイプ。アンネローゼは、その言葉が脳裏に引っかかった。自分は今まで、ニュータイプだと何度も噂されていたが、自分がそんな凄い人間ではないと思っていた。
 だが今の自分には、はっきりとした心当たりがある。
 突然感じた、脳裏で稲妻のようなものが通り抜ける感触。その感触に従うと、飛んでくる攻撃が肉眼で見えなくても手に取るようにわかったのだ。戦闘中はその事は一切気に留めなかったが、戦闘が終わってみると、なぜ自分にそんな事ができたのか、と疑問に思えてくる。
「何よあいつ、女みたいな名前のくせに。ベーだ!」
 ミツルが去っていくルーティアに向けてアカンベーをした時、今度は別の人影が現れた。
「お疲れ様、アンネ」
「レギーナ中佐」
 そこにいたのは、レギーナだった。すぐに敬礼をするアンネローゼだが、そんな堅苦しくしなくていいわよ、とレギーナは笑みを見せる。レギーナは、アンネローゼを妹のような存在として見ている。かくいうアンネローゼも、そんなレギーナを姉のように慕っていた。2人は、私的な面でも親しい間柄なのだ。その心遣いに安心感を覚え、アンネローゼが手を下すと、アンネローゼの両肩にポンと手を置いた。
「話は聞いたわよ。敵のスナイパーを発見して、撃破した事。見事だったわ。さすがは私が見込んだアンネね」
「いえ、私は、ただ……」
 アンネローゼは戸惑いを隠せず、レギーナから顔を逸らしてしまう。本来なら、ここで自分は最善と尽くしただけです、という所なのだが、ニュータイプという言葉が頭から離れず、あやふやな答えを返す事しかできない。
「どうしたの、アンネ?」
「隊長?」
 レギーナとミツルが、アンネローゼの顔を覗き込む。
「……すみません、少し気分がよくないみたいです……失礼します」
 アンネローゼはそう言いがかりをつけて、レギーナとミツルの前を駆け出し、後にしていった。待って隊長、というミツルの声も、耳には入らなかった。
 自分は本当に、ニュータイプなのか。
 人の革新と呼ばれる、本当に凄い存在なのか。
 その事は決して自分にとって悪い事ではないのだが、その事実を初めて知ると、アンネローゼは戸惑いを隠せなかった。アンネローゼは自室に戻ると、気持ちを落ち着かせるためにベッドに横になったのであった。


続く

[957] 第6話 宇宙(そら)へ フリッカー - 2009/10/26(月) 18:33 - HOME

 宇宙世紀0080年1月7日午前11時:イラン南部・ザグロス山脈

 アンネローゼ達が乗るギャロップの周りには、他にも複数のギャロップや、MSが並走していた。今まで単独で目的地を目指していたアンネローゼらにとって久しぶりの友軍との行軍だった。
 先日、包囲されていた所を救出した部隊はやはり、アンネローゼらと同じく第26山岳基地に向かっていた。彼らも同じく、宇宙への脱出を図ろうとしていたのだ。同胞の案内を受け、ギャロップは今まさに、目的地である第26山岳基地を目の前にしているのだ。
 そんな目的地を実際にこの目で見るべく、アンネローゼは珍しくブリッジにいた。中央の席には指揮を執るレギーナが座り、その横にはロールが立つ。そしてフロントガラスから見える周囲には、雄大な山脈が広がっている。自分の戦線では見る機会がなかったその光景に、アンネローゼは息を呑んだ。彼女達スペースノイドが生まれ育ったスペースコロニーには、山という地形はない。スペースコロニーにおいては、さまざまな制約から地球上に存在する全ての地形を再現する事はできないのだ。そのため、目の前に広がる雄大な山という景色は、アンネローゼはもちろんの事、そこにいたクルーの誰もが目を奪われていた。こんな思いをしたのは、初めて地上に降りた時以来だった。地上には、自分にとって知らないものがいろいろあるものだ。アンネローゼは思わずにはいられない。
 そんな山の中に、ぽっかりと空いた穴がある。その先には、人工的な明かりがいくつも点っているのが見える。あそこが、第26山岳基地の入り口なのだ。
「遂に来たわね、第26山岳基地……」
 レギーナが、ぽつりとつぶやいた。
「思えば、長い道のりでしたね」
「ええ」
 アンネローゼが言うと、レギーナはうなずいた。あの日――1月1日からまだ、1週間しか経っていないのだが、ここまでの道のりの間にいろいろな出来事があったために、それよりもずっと長い期間が経ったような感触があった。だが、そんな地上にもようやく別れを告げる事ができる。何事もなければ、の話だが。
「これで、とりあえずは一安心ね。だけど、まだ道のりは長いわ。今までの道のり以上に、宇宙(そら)の道のりは長いものになるわ」
 レギーナは一瞬だけ安堵の表情を浮かべたが、すぐに元に戻してしまった。そう、彼女の言う通りこの第26山岳基地は、あくまで『中継地点』でしかない。仮にうまく地上を脱出できたとしても、その先にも連邦軍はいる。それを潜り抜けなければ、生き残る事はできない。アンネローゼも当然、その事はわかっていた。故郷であるサイド3は、月の裏側に当たるラグランジュ2付近に位置し、地球からは最も遠いコロニーだ。その間、何が起こるかはわからない。宇宙に出てからが、正念場と言えるだろう。
「そうですね……」
 アンネローゼの口からは、その言葉しか出なかった。
 その時、ブリッジの自動ドアが開く音がした。誰かが入ってきたようだ。
「アンネ隊長! こんな所にいたんですか」
 そこにいたのは、ミツルだった。相変わらず痛々しい姿だったが、どうやらアンネローゼを探していたようだった。
「心配したんですよ、まだ気分悪くして部屋にいるのかと思ったらいないし……」
「何言ってるのよミツル。私はもう大丈夫だから」
 アンネローゼは先日、自分が本当にニュータイプなのかという事に戸惑いを隠せず、部屋をほとんど出なかった。その事を、ミツルも気にかけていたのだろう。だが、一晩寝た事で、その気持ちを落ち着かせる事ができた。理由はともあれ、自分はニュータイプと言われるほどの能力を持っていた。それを否定する事はできない。ならば、その力をこれから生き残るために使うまでだ。アンネローゼはそう決心していたのだ。
「そう、ならよかったです。安心しました。隊長に何か変な事が遭ったらどうしようかと思ってましたよ」
 するとミツルは、安心したように笑みを浮かべた。そんなミツルの態度は上下関係の有無こそ意識しているものの、『部下』としてではなく1人の『友人』としてのものだった。そんなミツルの心に触れると、アンネローゼも安心感が湧く。
「ありがとう、ミツル」
 アンネローゼの顔にも、自然と笑みが浮かんだ。
「で、どうしてここにいるんですか? レギーナ中佐と相談事でも?」
 ミツルが改めて聞く。
「目的地がどういう感じのものなのか、実際に見てみたかっただけよ」
 アンネローゼが答えると、ミツルはなるほど、とうなずいて、正面に映る景色を見た。既にこのギャロップは、基地の入り口を目の前にしている。入り口の中の機械的な施設の様子が、はっきりと見える。
「いよいよですね」
「ええ」
 ミツルのつぶやきに、アンネローゼは相槌を打った。

 * * *

 基地に到着してすぐに、ギャロップに積まれていたMSを含む全ての荷が降ろされる。これから宇宙へ向かうので、当然ながらギャロップとはここでお別れになるのだ。アンネローゼも荷物をまとめて(といっても緊急事態の中でギャロップに乗ったので大した荷物はなかったのだが)ギャロップを降りる。基地の空気を味わうのは久しぶりだ。そんな彼女を待っていたのは、幾多の友軍の兵士達だった。アンネローゼの存在を確かめるや否やすぐに集まってきて、あなたが『黒豹』ですよね、話聞かせてください、などと質問攻めにあう事になった。アンネローゼは、曲がりなりにもエースパイロットであり、軍にも名は知られているのである。まるで人気アイドルのサイン会のような状況に戸惑いながらも、アンネローゼは無視する訳にもいかずに彼らの質問にできる限り答えた。そんな兵士達を、傷を負った体も気にせずに警察官のように整理するミツル。アンネローゼに対抗心を燃やしたのか、いろいろ自慢するものの相手にされないマティ。遠くから様子を皮肉そうに見つめるルーティア。その隣にいるレナス。その状況からアンネローゼが抜け出せたのは、大分時間が経ってからの事だった。ギャロップから下りたレギーナ、ロールに呼び出され、合流したのである。HLVの手配をかねて、基地の指揮官に挨拶をするためだ。彼女は、唯一生き残った部隊である第3小隊の指揮官なのだ。MS部隊の代表として、これくらいの事はしなければならない。
 横を見ると、太い円錐形をした緑色のロケットがいくつか並んでいるのが見える。これが、宇宙への物資輸送に使われるHLV――正式名称『大量離昇機』である。上部に貨物室、下部にエンジンが配置され、推進剤を補充すれば何度でも再利用できる。滑走路は当然の事ながら不要で、生産・運用コストも低いため、大量に物資を運搬でき、地球降下作戦においても多用されている。アンネローゼもレギーナも、地上に降下する時にはこのHLVの世話になっている。ただ、非武装である事が弱点であるため、大気圏離脱には軌道上にいる部隊との連携が不可欠だ。どうやらこの基地は、地形を利用して山の中からHLVを発進させる構造になっているようだ。既に、物資の搬送も始まっている。その周囲には、多くの兵士達でごった返している。まるで、列車の到着を待つ人々で溢れ返っている、駅のホームのようだ。
 すると目の前に、しっかりと整えた制服に身を包む、1人の中年の男が現れた。階級章を見ると、大佐のようだ。アンネローゼはレギーナ、ロールと共に足を止め、敬礼をする。
「よくぞここまで来てくれたね。私はここ第26山岳基地の指揮官ジルベールだ。よろしく」
「中東方面軍第51MS大隊大隊長、レギーナ・エーベル中佐です」
 男とレギーナ挨拶を交わした後、敬礼していた手を降ろす。それに合わせて、ロールとアンネローゼも手を降ろす。
「そうか、中東からか……随分と大変だっただろう……」
 ジルベールがそう言うと、その視線がアンネローゼに向いた。そしてその目が見開かれた。
「おお、君が噂の『黒豹』かね?」
 ジルベールは興味深そうにアンネローゼに訪ねた。アンネローゼは『黒豹』と呼ばれた事に戸惑いながらも、再度敬礼して答えた。
「第51MS大隊第3小隊小隊長、アンネローゼ・ブリュックナー少尉です」
「そうか、やはりな。噂は聞いているぞ。卓越した射撃能力を持っているそうじゃないか」
「そんな、私は常に最善を尽くしているだけです」
 アンネローゼはいつも部隊で言っている事を、そのまま口に出した。
「ほほう、自分がエースである事も鼻に掛けないとは、アンネローゼ少尉は、噂通りのいい兵士だと見た」
 するとジルベールは、感心した表情を浮かべてそうつぶやいた。そして、一度ゴホンと咳払いを1つすると、話の本題に入る。
「で、君達のHLVについてなんだが……」
 ジルベールはそこで言葉を区切る。何かあるのですか、とレギーナが問うと、ジルベールは答えた。
「確保できそうにないのだ」
「確保できない!? どういう事ですか!?」
 レギーナがすぐに声を上げた。アンネローゼも当然ながら驚いた。折角ここまで来たというのに、肝心のHLVに乗れないのなら、ここまで来た意味がなくなってしまう。
「君達と同じように、宇宙(そら)への脱出を望んでここに逃げ込んできた友軍は多い。我々が使えるHLVは、今満席状態だ。なるべく若い連中から脱出させようとはしているが、全てに対応するには時間が掛かってしまう」
「そうですか……」
 その説明には、アンネローゼも納得せざるを得なかった。脱出を図ろうとする者は自分達だけではない。自分達が救った友軍も、ここから宇宙への脱出を図ろうとしていたのだ。HLVも無限にある訳ではない。そのためにはどうしても、後回しにされるか置いていかれる部隊が出てもやむを得ないだろう。残念な事だが、これは現実だ。受け入れるしかない。
「だが、我々には時間がない。この基地の近くで、連邦軍が戦力を集結させつつある。我々の動きを嗅ぎつけ、攻め込むつもりだろう。未確認情報だが、その中には『木馬』級の姿もあったらしい」
「何ですって!?」
「『木馬』級!?」
 レギーナとアンネローゼは、揃えて驚きの声を上げた。『木馬』級といえば、以前に遭遇したガンダムタイプを思い出す。屈強な装甲を持ち、アンネローゼのゲルググも、危うく撃破に追い込まれそうになった強敵だ。そのパイロット、ガストン・マッコールの発言から調べた結果、彼はその『木馬』級の所属で間違いない事が判明している。そんな存在が、再び自分達に襲いかかろうとしているのである。
「だからこそ私は、若い人員を持つ君達は、是非とも脱出して生き残って欲しいと思っている。君達には、別の手段を用意した」
「別の、手段?」
 レギーナが首を傾げた。優秀な部隊だからこそ生き延びて欲しいという言葉はアンネローゼにとっても嬉しいものであったが、HLVが満席である以上、他にどんな手段があるというのか。
「私は、HLV『しか脱出する手段はない』とは言っていないだろう? ついて来てくれ」
 ジルベールはそう言って、こちらに背中を向けて歩き出した。彼の考えている事が何なのかはわからなかったが、3人はジルベールの言葉通りに、彼の後をついて行った。

 案内されたのは、HLV発射場から少し離れた所にある、大型の格納施設だった。そこにはジェットコースターのように上に向かって伸びる巨大なレールが奥に向かって伸びており、その上には巨大な濃緑の艦の姿があった。流線型を持つリフティングボディの後方に主翼が伸び、その上に2枚の垂直尾翼が付いている。本体の尾部には、巨大なブースターが装着されている。このような艦を実際に見るのは、アンネローゼは初めてだった。
「これは……!?」
 その雄姿に、アンネローゼは思わず声を漏らした。
「ザンジバル級……」
 レギーナが、その艦の名をつぶやいた。ザンジバル級機動巡洋艦。ジオンの宇宙艦では唯一大気圏突入能力を持ち、大気圏内外を問わずに使用できる機動巡洋艦だ。MSの搭載機数も多めだ。ジオンの代表的な宇宙艦であるムサイ級と比べて、就役数が少ない貴重な艦と聞いていたが、こんな所でお目にかかれるとは、アンネローゼは思っていなかった。
「その通り。ザンジバル級機動巡洋艦ティルピッツだ。元々輸送任務で使用されていたものだが、しばらくの間使われずに放置されていたものだ。これなら大気圏を脱出できる。それに自力で戦闘できる分、HLVより信頼できるだろう」
 ジルベールが説明した。
「という事は、これに乗れと?」
「そうだ。既に許可は取ってある。安心したまえ」
 レギーナの問いに、ジルベールははっきりと答えた。
「ありがとうございます! わざわざ、このような貴重な艦を……」
「何、このようなもの、若者の命には代えられんよ」
 レギーナはすぐに深く礼をした。それを見てジルベールは、笑みを浮かべて答える。
 アンネローゼも安堵した。一時はどうなるかとも思ったが、これで自分達も地上を脱出できる。実際にうまく行くかどうかはその時にならないとわからないが、希望ほど心強い武器はない。
「ザンジバル級ティルピッツ……」
 アンネローゼはこれから自らの母艦となる艦の名を、改めてそっとつぶやいたのだった。

 * * *

 ジルベールの話によれば、地球軌道上には今も脱出を援護する友軍が活動しており、HLVを受け入れる態勢を整えているという。彼らは、ジオンの敗戦を知っても地上から逃れてくる友軍を見捨てておけず、危険を承知で地上の基地と連携を取りながら活動を続けていたのだ。
 かくして、早速ティルピッツに今までギャロップに積み込んでいた物資の搬入を開始した。開かれたカーゴベイに、コンテナに積み込まれた物資が流れ込んでいく。その中には、レギーナが専用機として使用しているMS、ガッシャの姿もある。ティルピッツの搭乗員達は、そんな水陸両用MSのようでそうではない、今まで見た事のない新型MSを見て、あのMSは何だ、などと疑問を膨らませていた。
「これは……」
 ティルピッツを見て驚きの声を上げるマティ。
「凄いねルゥ、新しい母艦は……」
「ああ……まさかザンジバル級に乗れるとは俺も思ってなかった」
 ティルピッツを見上げ、そんなやり取りをするルーティアとレナス。
「凄いですねー、こんな貴重な船をもらっちゃうなんて。やっぱり隊長のお陰でしょうかね?」
 アンネローゼの隣にいるミツルは、アンネローゼにそんな事を聞いた。
「……確かにそうかもしれないけど、HLVが混雑している事が一番の理由みたいよ」
「そうなんですか」
「とにかくこれで、私達は宇宙(そら)へ飛び上がれそうよ」
「でも、敵が迫っているんですよね?」
 ミツルの言葉を聞いて、アンネローゼは一瞬、言葉を詰まらせた。この時に、まさかその話題を持ち出してくるとは、思ってもいなかったのである。それでもミツルは、まるで友達同士で他愛もない事を話しているように、笑みを見せていた。
「もし向こうが発進を妨害するつもりなら、あたしも出撃したいですけど、この体じゃ無理ですし……隊長が出るとしたら、絶対に退けて、帰って来れますよね?」
 ミツルがそんな質問をした。
「ミツル、そんなに出撃したいの? そんな体なんだから、戦闘の事は気にしないで……」
 アンネローゼは問う。ミツルは負傷しても何だか、戦いたくて仕方がないように見える。「本当だったらあたしも出撃したいですけど」という類の言葉を彼女が負傷した時から、何度聞いた事か。それはまるで、アンネローゼには死に急いでいるようにも見えなくもなかった。
「何言ってるんですか隊長! 兵士というものは、国のために命を懸けて戦う事が仕事なんですよ! あたしはそれに憧れて入隊したんです! だから、戦えなくなっちゃうなんてあたしにとっちゃ、謹慎処分を食らうも同然なんですよ!」
 ミツルはすぐに反論した。
 そういえばそうだった、とアンネローゼも納得した。ミツルは、女性でありながら幼い頃から兵士という存在に憧れを抱き、軍に志願したのである。実戦に参加し、戦争の現実を知ってからも、彼女はその事を後悔してはおらず、むしろ兵士である事を誇りに思っている。そんな話を、アンネローゼは何度も彼女の口から聞かされていた。
「それに、あたしが出撃できなかったら、何か遭った時に隊長の背中を守れないじゃないですか」
 アンネローゼはミツルが続けた言葉に少し驚いた。ミツルはそれだけ、アンネローゼの事を心配していた事に。アンネローゼの初陣から小隊のメンバーだったミツルは、ザクじゃドムについて行くのが大変とぼやきつつも、こちらがどんなに動いても向こうから合わせるほど連携を忘れなかった、頼れる僚機パイロットであり、立場を超えた友人だ。そんなミツルがそんな事を言う事は、考えてみればおかしい事ではないが、実際に口で言われるとやはり少し驚いてしまうものである。
「その気持ちは嬉しいけど、だからってその体で出撃はしないでよ。そうなったら、困るのは隊長の私なんだからね」
「はいはい、わかってますよ隊長」
 アンネローゼはそれでも、隊長としてしっかりとミツルに告げた。その言葉に、ミツルは素直にうなずいた。
「あの、隊長」
 その時、アンネローゼの耳に別の声が入った。声がした方向を見ると、そこにはマティの姿があった。
「マティ。どうしたの?」
「疑問に思ったんですが、宇宙(そら)に上がるとなれば、俺のドムはどうなるんです? それに、あの海軍さんのMSも」
 マティはそんな質問をした。彼の搭乗機、ドムは陸戦用のMSである。当然、宇宙では役に立たない。自分の愛機であるMSが使用できない環境に行くとなるとどうするつもりなのかは、パイロットとして気になる所だろう。だがアンネローゼは、そんな彼に残酷な言葉を話さなければならなかった。
「マティのドムは……残念だけど、置いていくそうよ」
「ええっ!? 本当ですかそれ!?」
 アンネローゼの言葉を聞いたマティは、驚いて声を上げた。
「レギーナ中佐は、宇宙(そら)に必要ないものはティルピッツに搬入しないそうよ。ここには代わりに持っていけるMSはないそうだから、軌道上の友軍に合流してから、宇宙用の装備を補給してもらうって話よ」
「そ、そんな……置いてくなんて、あんまりだ……」
 マティはがっくりとうなだれながら、アンネローゼの前を後にした。パイロットというものは、自分が命を預ける機体に自然と愛着が湧くものだ。それは、アンネローゼとて例外ではない。乗り慣れてきた愛機を手放す事になる事は、名残惜しい事である事はアンネローゼもわかっていた。ルーティアやレナスもその事は理解していた。
 そんなマティの姿を、ミツルは珍しそうな目で見ていた。

 宇宙世紀0080年1月8日午前10時48分:第26山岳基地内部

 その時は、突如としてやって来た。
 基地内に甲高く響き渡るサイレン。スクランブル発進を知らせるものだ。それを聞いた兵士達が、慌しく動き始め、それぞれのMSに素早く搭乗する。そして動き出したMS達は、次々と基地の中を動き始め、基地の外を飛び出していく。出撃するのはMSだけではない。高い位置に配置された砲塔が特徴的な火力支援戦車、マゼラアタックの姿もある。
 間もなくティルピッツの発進を控えたアンネローゼであったが、何があったのかが気になり、慌しく動く兵士の1人に声をかけた。
「一体何が遭ったの?」
「連邦軍が攻めて来たんです!! きっと、HLV発射を阻止するつもりです!!」
 その言葉を聞いて、アンネローゼは恐れていた事が現実になった事を確信した。ジルベールが言っていた通り、戦力を集結させていた連邦軍が遂に攻めて来たのだ。よりによって、これから発進を控えようとしている時に。悪い事というものは、都合の悪い時に限って起こるものだとつくづく思わされる。ティルピッツもそうだが、発進を控えたHLVには、当然の事ながら大量の推進剤が搭載されている。攻撃を受けてそれに引火しようものなら、HLVの搭乗者はもちろん、周囲のHLVも巻き込んでしまって大きな被害が出てしまう事は確実だ。そんな惨劇は、何としても避けなければならない。
 アンネローゼはすぐにティルピッツに引き返す。横にミツルの姿が見えたが、彼女に構っている時間はない。彼女の前を通り過ぎて向かった先は、ティルピッツの内線電話だ。すぐにブリッジへと繋ぐ。そこに、レギーナがいる事を知っているからだ。
「レギーナ中佐!! レギーナ中佐!!」
『アンネ!? 一体どうしたの!?』
 画面にレギーナの顔が映し出される。画面に向かって叫ぶアンネローゼの顔に、レギーナも驚いた表情を見せた。
「私達第3小隊に、出撃の許可を!!」
『ええ!?』
 アンネローゼの言葉に、レギーナは驚きを隠せなかった。ティルピッツに乗って脱出する事になっているアンネローゼ達は、今回戦闘要員ではない。だがアンネローゼは、味方が基地を、脱出する部隊を守るために戦うというのに、自分だけ黙って見ているという事は御免だったのだ。何より、あの『木馬』級の存在も気になる。その舞台に所属していると思われるあのガンダムタイプは、並大抵のMSでは歯が立たない。それを倒せるのは恐らく、自分のゲルググだけだろう。
「時間稼ぎをするだけです!! それなら問題はないでしょう?」
 アンネローゼの主張に、レギーナは少しの間黙りこんだが、すぐに真っ直ぐにこちらに目を向け、答えた。
『やっぱりそう言うと思ったわ。安心して。私も同じ事を考えていたわ。私達のために戦ってくれる友軍を、黙って見ている傍観者ではいられなかったもの』
「中佐……!」
 アンネローゼの表情に笑みが浮かんだ。レギーナも、自分と同じ事を考えていた事が嬉しかったのだ。
『それに、同じ事を考えているのは、あなただけじゃないわ』
「え?」
 アンネローゼはレギーナの言葉の意味が一瞬、理解できなかった。その時、アンネローゼは後ろから声をかけられた。
「隊長」
 振り向くと、そこにいたのはマティだった。その背後には、ルーティアとレナスの姿もある。3人共、パイロットスーツを身に着け、いつでも出撃できると言わんばかりの態勢だ。
「隊長は、このまま傍観者の立ち位置にいるつもりですか? はっきり言いますけど、俺は御免ですよ」
 マティはアンネローゼにやや挑発的に問いつつ、はっきりと主張した。
「自分達が乗る艦を他人に守ってもらうというのは、どうも不安で気持ちが落ち着かなくてね」
「うん、レナスもルゥと同じよ」
 腕を組んでつぶやくルーティアに、相槌を打つレナス。
「マティ……中尉……レナス……」
 アンネローゼは驚いた。まさか他のパイロット達も、自分と同じ考えを持っていたとは。わかったでしょアンネ、というレギーナの言葉が耳に入り、アンネローゼは内線電話に顔を戻す。
「では中佐!!」
『ええ、第3小隊には、ティルピッツ発進までの時間稼ぎを命令するわ。ただし、必ず生きて帰ってくるのよ』
「了解!!」
 レギーナの指示に、アンネローゼははっきりと敬礼をして答えた。そして画面が消え、内線電話は切れた。
「これで、決まりですね」
「さ、君も早く支度をするんだ、アンネローゼ少尉」
 マティとルーティアの言葉が耳に入る。アンネローゼははっきりとうなずき、マティに小隊長として指示を出した。
「マティ、発進準備を整えて!!」
「了解です!!」
 指示を受けたマティは、すぐにその場を動き出した。
「レナス、俺達も行くぞ」
「うん!」
 ルーティアとレナスも、すぐにその場を動き出した。3人はティルピッツを降りる。3人の機体は、ティルピッツには積まれていないのだ。
 彼らに置いて行かれないようにしなければ、とアンネローゼも動き出した。彼女のゲルググはこのティルピッツの中にあるが、まずはパイロットスーツを着なければならない。
「隊長、出撃するんですか?」
 そこにミツルがやって来る。アンネローゼはええ、とだけ答え、ミツルの前を後にした。今は話をしている時間はない。ミツルはそんなアンネローゼの姿を、黙って見つめていた。

 パイロットスーツを素早く身に付けたアンネローゼは、すぐに愛機ゲルググのコックピットに滑り込み、ジェネレーターに火を入れる。真っ暗だったコックピットのモニターにティルピッツの格納庫の様子が映し出され、起動した事を確認する。そして、機体の状態を手短に確認してから、開放されているハッチから、スロープを伝って外に出る。するとそこには、こちらが来るのを待っていたように立つマティのドム・トローペン、ルーティアのズゴックE、レナスのアッガイの姿があった。
『隊長、やっと来ましたね。こっちは待ちぼうけをくわされる所でしたよ』
 マティから通信が入った。こちらがやって来るのを、結構待っていたようだ。
「待たせたわね。では、小隊長として命令するわ。第3小隊、出撃!!」
『了解!!』
『レナス、行くぞ』
『了解!!』
 アンネローゼが指示すると、全員の声が通信で確認できた。その声を確かめたアンネローゼは、操縦桿を倒した。ゲルググが、基地を駆け出して行く。それに続き、他の3機もゲルググの後に続き、駆け出していった。故郷へ帰るための第一歩を守るための戦いに身を投じるために。

 * * *

 センサーの感度が悪い。ミノフスキー粒子が散布されているようだ。基地の外では、既に戦闘が始まっていた。山間の中を、無数に飛び交う弾丸。それに貫かれたものから、敵も味方も次々と倒れていく。連邦軍の戦力は、ジムとデザート・ジム、61式戦車を中心として、相当な数だ。恐らく、こちらの数を上回っているだろう。上空には戦闘機ジェット・コアブースターの姿も見える。威力偵察などではなく、間違いなく本気で攻め込もうとしているのがわかる。友軍に合流したアンネローゼ達も、その砲火の中に飛び込んでいく。レギーナから与えられた時間は15分間だ。その間敵の侵攻を食い止め、時間になった時にティルピッツに帰還する。
「全機、攻撃開始!! レギーナ中佐からも言われた事だけど、絶対に死なないで!!」
『了解!!』
 アンネローゼの一声で、ゲルググを中心とした4機のMSは一斉に散開した。先頭を走るマティのドム・トローペン。それを援護する形で、アンネローゼはビームキャノンで1機のジムを捉える。攻撃に気を取られているのか、こちらに気付いている様子は見えない。ためらわずにトリガーを引く。たちまちジムの上半身をビームが貫き、火の玉となった。突然の攻撃に驚いたジム小隊に、マティが突撃する。隙を見せたジムに、マティは容赦なくバズーカを浴びせた。たちまち爆発するジム。他のジムも応戦するが、マティはドムの高いスピードを活かし、回避しながら一度離脱する。そこに、ルーティアのズゴックEとレナスのアッガイも続く。手に装備されたメガ粒子砲の射撃で、ジムやジェット・コアブースターを次々と撃破していく。接近してきた相手にはクローで対抗している。もちろん、アンネローゼも遅れてはいない。上空からの爆撃に注意しつつ、ロケットランチャーで61式戦車を撃破。続けて側にいたジムにもロケットランチャーを撃つ。直撃を受けたジムは倒れ、近くにいた61戦車を潰す形で倒れ、爆発した。
『おい、何だあのMSは?』
『「黒豹」だ!! あいつらが援護しに来てくれたのか!! これは勝てるかもしれないぞ!!』
 友軍からの通信が、耳に入ってくる。だが、アンネローゼはそれにも構わずに目の前の敵への攻撃に集中する。漆黒のMSの出現に驚いたジム達の中には、怯えて逃げ出す者もいたが、アンネローゼはその隙を見逃さない。単純にこちらに背中を見せるだけでは、こちらに攻撃してくださいと言っているようなものだからだ。そんなデザート・ジムの1機を、ビームキャノンで撃破。
 その時、何かの気配を感じると、ロックオンされた事を示す警報が鳴った。すぐにシールドを構える。飛んできた弾丸が、シールドに止められた。その先にいるのは、1機のデザート・ジム。両手には長大な火器を持っている。ミサイルランチャーを同軸に装備した、レールキャノンだ。デザート・ジムが再びこちらにレールキャノンを撃ってくる。アンネローゼはペダルを踏み、ゲルググをジャンプさせてかわす。その隙に、ロケットランチャーの照準を合わせ、発砲。ロケット弾はデザート・ジムの足に命中した。リアクティブアーマーに身を包んでいるとはいえ、その衝撃で態勢を崩してしまう。その隙にアンネローゼは、着地した瞬間ビームキャノンを発砲した。デザート・ジムの胴体は貫かれ、倒れた瞬間爆発した。
 それにしても敵は、なぜか距離を保って接近して来ようとしない。基地を攻めるつもりなら、なぜ突撃してこないのだろうか。何か裏がある。そう思っていた時だった。
 アンネローゼの脳裏で、稲妻のようなものが通り抜ける感触。
 アンネローゼの頭上を、何かが通り過ぎた。それは、巨大な閃光だった。飛んで行った先にいた友軍のMS達が次々と飲み込まれ、次々と爆発を起こした。突然の攻撃に、全てのMS達が困惑し始めた。
「メガ粒子!?」
 そのビームの出力は、明らかにMSクラスのものではない。艦船レベルのものだ。だが連邦軍には、地上でメガ粒子砲が使える陸上艦を保有していただろうか。そう思っていた時、再びビームが飛んできた。こちらに近い。アンネローゼはすぐに機体を回避させた。すぐ横を通り過ぎたビーム。また友軍のMS達が飲み込まれていく。かなりの損害が出たようだ。
『何だ、今のビームは!?』
 マティの通信が入った。
「マティ、無事ね? 中尉とレナスは?」
『こっちもルゥも無事よ』
 アンネローゼが確認を取ると、レナスが返事を返す。どうやら3機共無事のようだった。そしてアンネローゼはすぐに、ビームが飛んできた先を拡大する。その先には、アンネローゼが以前見た事がある、あの青い艦の姿があった。
「あれは……あの時の『木馬』級!!」
 アンネローゼは声を上げた。それは、アンネローゼが以前偵察で目撃した、あの『木馬』級と全く同じものであった。ジルベールの言葉通りだった。そしてその近くには、見覚えのある戦闘機の姿もある。以前にあのガンダムタイプを送り込んだ、あの戦闘機――ガンキャリーだ。彼――ガストン・マッコールも、ここにやってきている。自分をあと一歩まで追い詰めた敵が、またこちらにやって来ようとしている。アンネローゼの体を一瞬だが、戦慄が走った。
『隊長!! 敵に動きが!!』
 マティから通信が入った。すぐに視界を元に戻すと、今までは間合いを詰めようとしなかった連邦軍の部隊が、こちらに向かって突撃してきている。『木馬』級の援護射撃でこちらの態勢を崩してから、一気に攻め込むつもりだったのだろう。間合いを詰めようとしなかったのは、こちらを釘付けにするためと、援護射撃に巻き込まれないようにするためだったのだ。
 すぐに砲撃が飛んでくる。アンネローゼ達はすぐに応戦する。だが、数が多い。ジムを次々と撃破しても、また別なものが現われるのだ。激しくなった砲撃を前に、アンネローゼは後退せざるを得ない。まさに物量の差。『木馬』級からの援護射撃はなくなった。味方撃ちを避けるだめだろう。
『くっ!! 数ばかり揃えたって……!!』
『でも、これじゃきりがない……!!』
 ルーティアとレナスが、唇を噛む。援護射撃によって、かなりの戦力を削がれた現状では、この戦線が突破されるのも、時間の問題だ。アンネローゼは後退しつつも果敢に応戦し、ジムを撃破していくが、もはや焼け石に水である。他の3機も、なかなか懐に飛び込めない。そんな時、通信が入った。
『アンネ、よく持ちこたえてくれたわ。時間よ。帰還して』
 レギーナだった。見ると、時間は既に15分経っていた。アンネローゼはすぐに3機に呼びかけた。
「全機、制限時間よ!! ティルピッツに帰還!!」

 * * *

 アンネローゼ達は、追撃してくる部隊に注意しつつ、後退した。基地内を進んでいる間、基地内で何かが爆発する音が聞こえた。もう既に敵が、基地に侵入したのかもしれない。アンネローゼは焦る気持ちを抑えつけた。こういう時こそ、気持ちを落ち着かせなければならない。
 ティルピッツの前に到着すると、すぐにマティ達3人は機体を降りる。アンネローゼが追撃してくる敵を警戒する中、3人はそれぞれ乗るMSの自爆装置を作動させ、機体を爆破した。回収できない兵器は爆破する。それは、撤退時の基本だ。自軍の兵器が敵軍に鹵獲される事を防ぐためである。自分の愛機を自らの手で爆破する事は、3人にも抵抗がある事だろうが、背に腹は代えられない。特にレナスは他の2人以上に、寂しそうな表情さえ浮かべていた。そして3人は、すぐにティルピッツに素早く乗りこんでいく。残りは自分だけだ。アンネローゼがゲルググをティルピッツに向かわせようとした時。
 アンネローゼの脳裏で、稲妻のようなものが通り抜ける感触。
 その瞬間警報が鳴り、通路の奥から一筋のビームが飛んできた。すぐにシールドで受け止めるが、先程の戦闘でかなりダメージを負っていた事もあり、一撃でシールドは破壊されてしまった。アンネローゼはすぐに機体の態勢を立て直す。
「くっ……この出力は、まさか……!!」
 アンネローゼがつぶやいた時、目の前にビームを撃った主が現れた。茶色のボディを持つ、背中にキャノン砲を持つガンダムタイプ。紛れもなくガストン・マッコールが駆るガンダム、ヘビーガンダムだった。ヘビーガンダムは、アンネローゼの目の前で停止する。
『また会ったな、アンネローゼ。だが、勝敗はもう着いている。その艦と共に投降しろ。そうすれば命は保障する』
 通信画面に、ガストンの顔が映し出された。すると、ヘビーガンダムはこちらに右手に持ったフレームランチャーを向けた。よりによってこんな時に。アンネローゼは唇を噛んだ。彼を野放しにしておけば、ティルピッツが攻撃を受ける事になる。それを止められるのは、自分だけだ。
 ――やるしかないのね……!
 アンネローゼが覚悟を決めた、その時だった。
『投降なんて、誰がするもんですか!!』
 いきなり、彼女にとって聞き慣れた声が耳に入った。その時、アンネローゼの横から、何かが飛び出した。1機の緑色のMSだ。MS−05BザクT。記念すべき初の戦闘用MSであるが、現在は専ら後方任務に使用されている旧式機で、現在は『旧ザク』と呼ばれている。その手には、ヒートホークが握られている。
『何!?』
『この、白いヤツの茶色いの!!』
 ガストンが驚いた時、そんな声が聞こえたと思うと、旧ザクは左の拳を引き、ヘビーガンダムの顔に強烈なストレートを浴びせた。いくら重装甲といえども、衝撃は凄まじい。ヘビーガンダムは態勢を崩してしまう。そこに旧ザクは、ヒートホークを振り上げた。ヘビーガンダムはフレームランチャーで応戦しようとしたが距離が短すぎて間に合わない。やむを得ずフレームランチャーでヒートホークを受け止めた。ヒートホークの熱した刃が、フレームランチャーに食い込む。旧ザクは尚も、ヘビーガンダムを押し出そうと足を踏み締める。
『くっ、何だこの旧ザクは!?』
 ガストンが唇を噛んだ。
『アンネ隊長、今の内に!!』
 その時、通信画面に旧ザクのパイロットの顔が映し出された。それを見て、アンネローゼは愕然とした。
「ミ、ミツル!? あなた、どうして……!?」
 旧ザクのコックピットに座っていたのは、負傷によりMSの操縦はできないはずのミツルだったのだ。ヘルメットもパイロットスーツも身に着けていない。痛む体で無理をしているからか、ミツルは顔を歪ませながらもいつもの笑みを見せていた。アンネローゼは知らなかったが、基地の危機を知ったミツルは、基地に作業用として置かれていたこの旧ザクを無断で持ち出していたのである。
『ごめんなさい隊長……敵が基地に入ってきたみたいだから、いてもたってもいられなくて……傷が痛んでかなり辛いですけど、隊長達の壁になる事は、できます……!』
「何言ってるの!! 馬鹿な真似はやめて、すぐに戻って!!」
『隊長……今までずっと隊長の指示に従ってきましたけど……最後にだけ、命令違反をさせてください!!』
 アンネローゼの言葉も聞かずに、ミツルが答えると、旧ザクはミツルの強い意志が宿っている事を表すように、ヘビーガンダムのフレームランチャーを強く振り払った。態勢を崩したヘビーガンダムに、更にヒートホークを振り下ろす。ヘビーガンダムはすぐにフレームランチャーを投げ捨て、背部のビームサーベルを抜いた。2つの刃が、激しい火花を上げて鍔迫り合う。そして何度も、刃の打ち合いを始めた。
 ミツルは、間違いなく死ぬ気だ。それがわかったアンネローゼは、すぐにでもミツルを止めようとした。
「無茶よ!! そんな機体じゃ、そのガンダムに……」
『行ってください!!』
 だが、アンネローゼの言葉は、ミツルの強い叫び声に遮られてしまった。
『もう、時間はありませんよ……!! あたしが時間を稼いでいる間に……早く!!』
「でも!!」
『どうせあたしみたいな怪我人が乗ったって、陸戦用MSと同じで役立たずなだけですよ……!! せめて最後くらい、隊長の背中くらい守らせてくださいよ!!』
 その言葉を聞いた瞬間、アンネローゼは言葉を失ってしまった。ミツルは自分を犠牲にまでして、自分を宇宙へ送り届けようとしているのだ。それは、アンネローゼとの友情故のものだろう。まさか彼女との友情が、こんな形になって現れるとは、アンネローゼには思いもしなかった事であった。
『アンネ!! 時間がないわ!! 急いで!!』
 レギーナの通信が耳に入る。アンネローゼは唇を噛んだ。もう迷っている時間はない。アンネローゼは無言でゲルググを回答させ、ティルピッツの格納庫へと向かわせた。背後では未だに、旧ザクがヘビーガンダムと打ち合っているが、なるべく見ないようにした。見てしまったら、また未練が湧き上がってくるかもしれないと思ったから。ゲルググが格納庫に入ると、ハッチがゆっくりと音を立てて閉まり始めた。機体を停止させた時、再びミツルから通信が入った。
『隊長……最後に、言わせてください……あたしは……隊長みたいな上官と一緒に戦えた事を、誇りに思っていますから……』
 ミツルの視線は、どこか名残惜しそうなものだった。アンネローゼは、心の動揺が止まらなくなる。本当に彼女と最後の別れになってしまうと思うと。もはや言葉も出なかった。
『必ず、生きて故郷に帰ってくださいね……!』
 ミツルの言葉に、アンネローゼはゆっくりとうなずくしかなかった。その表情を見たミツルは、最後に満面の笑みを浮かべると、すぐに目付きを兵士のものに戻した。
『ここが、命の捨て所っ!!』
 その瞬間、通信は途切れた。アンネローゼは思わず、閉まりかけたハッチの中から僅かに見える、徐々に狭くなっていく外の風景に目を向けてしまった。そこには、ヒートホークを振り上げ、ヘビーガンダムに一歩も引かずに向かっていくミツルの旧ザクがあった。だが、アンネローゼは気付いてしまった。彼女の旧ザクを、背後から来た複数のジム――ジム・コマンドが狙いを定めていた事に。
「ミツルッ!!」
 アンネローゼは声を上げずにはいられなかった。

 その瞬間、ジム・コマンドのビームガンから放たれたビームが、正確に旧ザクの胸を貫いた。

 アンネ隊長、どうかご無事で……

 最後に、そんな声が聞こえたような気がした。

 その瞬間、格納庫のハッチは完全に閉ざされた。そして外から響く爆発音。




「ミツルゥゥゥゥゥッ!!」
 声が枯れそうになるほど叫ぶアンネローゼの目からは、涙がこぼれていた。




『ティルピッツ、発進!!』
 レギーナの声が聞こえたと思うと、後方から大きな爆音が響いた。そして、ティルピッツはレールの上を急激に加速していく。その反動で、ゲルググは尻餅をついて倒れてしまう。その衝撃は、アンネローゼにとって大切な戦友であったミツルを失った事を宣告するもののように感じられた。
 コックピットの中で彼女を押しつぶすかのごとく押し寄せるGに構わず、涙を流すアンネローゼの目の前には、コックピットの天井からぶら下げられている、ミツルからもらったお守りが激しく揺れていたのだった。


続く

[966] 新・登場人物紹介 フリッカー - 2009/11/01(日) 21:04 - HOME

エーファ・ベステル イメージCV:桑島法子
 地球軌道上において、終戦後も地上から脱出する友軍の救出に当たっていた第11宇宙艦隊に所属していたMAパイロット。17歳。階級は軍曹。
 元々整備兵だったが、戦争終盤のパイロット不足に伴い、操縦適正が高かった事からパイロットに転進した変わり種。その純粋無垢な顔立ちから、一見すると兵士ではないような印象を受けるが、どんな戦況にも動じない強い心を持つ。その操縦能力は高く、高いGに耐えられるパイロットにしか操縦できないMAビグロを巧みに乗りこなし、短期間ではあるが大きな戦果を上げていた。エースであるアンネローゼを尊敬するようになる。
・ビグロ MA−05
 ジオン軍初の宇宙戦用MA。大推力の熱核ロケットエンジンによって発揮される機動性は、高いGに耐えられるパイロットにしか操縦できないほど。ジオンのMAとしては最も成功した機体で、少数だが量産が行われている。

[967] 第7話 軌道上の出会い フリッカー - 2009/11/01(日) 21:05 - HOME

 宇宙世紀0080年1月8日午前11時30分:ザンジバル級機動巡洋艦・ティルピッツブリッジ

「ティルピッツ、発進!!」
 パイロットスーツを身に着けているレギーナの一声で、ティルピッツの尾部に装備されていた加速用ブースターが凄まじい煙と共に炎を吹き出し、ティルピッツを急激に加速させる。同時に、急激な加速による凄まじい荷重が、レギーナの体に襲いかかる。座っている席にそのまま押し潰されそうな感覚だ。それは、ジェットコースターの比ではない。
 レールの上を加速していくティルピッツは、上に曲がるレールに従い、急に機首を起こす。そして次の瞬間、ティルピッツは山を突き抜け、空へと飛び出していた。そのまま吸い込まれるように、空の向こう側へと上昇していった。既に第26山岳基地は、小さく見えている事だろう。
 体に凄まじい荷重がかかる中で、レギーナはそっと目を閉じ、悔むように頭を少し下げた。レギーナは、発進直前のアンネローゼとミツルのやり取りを聞いていたのである。ミツルは負傷している体に鞭打ち、自らを犠牲にして、ティルピッツを敵の手から守ったのだ。戦争では、犠牲が出る事は避けられない。兵士というものは、常に死と隣合わせなのだ。自分が指揮していた部隊でさえ、これまでどれほどの犠牲を出した事か。慣れというものは恐ろしいもので、戦いを繰り返していく中で、自分にとって人命が消える事が当たり前になり、命の尊さというものを感じなくなってきていた。そんなレギーナは、久しぶりに人が死んだ事を悔んだように感じた。何せ、ミツルは自分が一番信頼していた第3小隊の一角を担っていたパイロットなのだ。そして、隊長のアンネローゼとも、上下関係を超えて常に仲良くしていた。アンネローゼは、さぞかしショックだったに違いない。
 ――ミツル・フジモリ軍曹……あなたの死は、無駄にはしないわ。
 レギーナは心の中でそう誓う。
 発進から2分経つと、加速用のブースターが切り離される。次第に重力の感触がなくなっていく。そして、それから3分経った頃には荷重は消え、外の風景は果てしなく広がる暗い星空が広がっていた。ティルピッツは無事に大気圏を抜け、地球軌道上に達したのだ。
 だが、まだ安心はできない。これから、軌道上で待機している友軍と合流しなければならないのだ。レギーナはすぐに、周辺を警戒させつつ、友軍と連絡が取れるかどうかの確認を急がせた。不吉な事に、周辺は見るも無残な光景が広がっていた。無数のHLVやMSなどの残骸が、無残に散らばっている死の海となっていたのである。HLVは、武装を一切装備していない。そのため、他の艦に回収されるまでは完全に無防備になってしまう。連邦軍も宇宙に上がるジオン軍を阻止しようと、ここで幾多の戦いを繰り広げたのだ。今回、待ち伏せされるような事があっても、決しておかしくはない。このティルピッツなら敵に襲撃されてもとりあえず自力で応戦はできるが、使えるMSはたったの2機。レギーナの信頼するアンネローゼがいるとはいえ、戦力不足は明白だ。なるべくならば、この状態での戦闘は避けたい。だが、常に最悪の事態を想定しておく事も、指揮官として大切な事だ。
「中佐!! 3時の方向より、連邦軍のMSと思われる機影を捉えました!! 数、10!!」
 その時、ブリッジのクルーが叫んだ。レギーナの想定が現実のものになってしまった。だがレギーナは不思議と、その事に思った以上に驚く事はなかった。
「やはりいたのね……! 総員、戦闘配置! MSの発進準備を急がせて!」
 レギーナはすぐに指示を出した。クルーが慌しく動き始める。途端に、戦闘配置を知らせるサイレンが艦内に鳴り響く。
「中佐、今の戦力では、直接戦闘は不利です」
「そんな事、わかっているわ。それでもやるしかないのよ。ロール、指揮を任せるわ」
 隣にいたロールの言葉にレギーナはそう答え、席を飛び出した。既に無重力状態のため、走る事は困難だ。床を蹴って宙を飛び出し、ドアへと向かう。
「中佐!? 出撃なさるのですか!?」
「アンネ1人にやらせる訳にはいかないわ。心配しないで、必ず戻るから。だから艦をお願い! 戦闘はなるべく避けて、この宙域からの離脱を優先して!」
 レギーナは、ロールに愛する人としての言葉も混ぜつつ、指揮官としてしっかりと言葉を残した後、ブリッジを後にした。

 * * *

 荷重がなくなった時、重力を感じなくなるのを感じ取った。既にティルピッツは、軌道上に出たのだろう。
 アンネローゼは未だに、尻餅をついて倒れたままのゲルググのコックピットの中にいた。外に出ようにも出られなかったという理由もあるのだが、一番はやはり、ミツルが戦死した事のショックの大きさだった。
 戦場では、命が奪われる事は当たり前。いつ死ぬのかもわからない弱肉強食の世界だ。それは、自分やその部下達だって例外ではない。初めて地球に足を踏み出した時、アンネローゼはその覚悟を決めていたつもりだった。だが、アンネローゼはなぜか、ミツルが戦場で死んでしまう可能性など、考えた事もなかった。それだけアンネローゼは、ミツルに強い友情を持っていたのである。だから目の前でミツルの命が奪われた時、そのショックはあまりにも大きかった。自分は、戦場という非道で悲惨な殺し合いの場にいる事を、改めて感じ取った。
 アンネローゼの目の前にあるのは、ミツルからもらったお守りだ。それを見ていると、ミツルが最後に言ったあの言葉が、聞こえてくるような気がした。
 ――必ず、生きて故郷に帰ってくださいね……!
 アンネローゼは、お守りを手に取り、ぐっと握り締める。いつまでも悲しみに浸ってはいられない事は、アンネローゼも1人の兵士として理解していた。ミツルは、自分の命と引き換えに、自分の命を守ってくれたのだ。その命を、自分が無駄にする訳にはいかない。生き残らなくては。ミツルは、間違いなくそれを望んでいるはずだ。
「ミツル……あなたの思い、無駄にはしないわ……私は、必ず生き残ってみせるから……これから先、何があっても……」
 お守りを握りながら、アンネローゼは自らの誓いをミツルに伝えるためにそうつぶやいたのだった。
『アンネ! 聞こえているの? アンネ!』
 突然耳に入ってきた声で、アンネローゼは我に返った。レギーナの声だ。同時に、外からサイレンが聞こえている事に気付く。どうやら緊急事態が起こったらしい。アンネローゼはすぐに通信に答える。
「ごめんなさい、レギーナ中佐。何があったんですか?」
『緊急出撃よ。敵がこちらに迫っているの。詳しい状況を説明している時間はないわ。私と2機で出撃するわよ』
「あ、はい!」
 アンネローゼはすぐに答える。敵が迫っているとなれば、もたもたしている時間はない。アンネローゼはすぐに、機体のチェックを行う。そして、パイロットスーツも地上の時以上に念入りに確認する。外は真空の宇宙だ。僅かでも空気漏れがあろうものなら、緊急事態の時に自身の命はない。
 ゲルググを起立させる。そして、格納庫にあったシールドを手に取り、誘導員の指示で機体を歩かせる。開いた格納庫の向こう側には、果てしなく広がる宇宙空間が見える。そしてそこから外に出ると、ティルピッツのボディの縁に直接装備された、カタパルトがある。ティルピッツのカタパルトは、左手を固定するための側面のカタパルトと、左足を固定するための下側のカタパルトの、2対で構成されている特殊なものだった。
 カタパルトでの発進など、最後にやったのはいつだろうか。そう思いつつ、アンネローゼは足と左手をカタパルトに固定する。
「アンネローゼ・ブリュックナー少尉、発進します!!」
 発進を示すシグナルを確認した。アンネローゼが叫ぶと、ゲルググは一気に宇宙へと射出された。機体がティルピッツから離れていく。下側を見ると、自分達が先程までいた、青く輝く地球が足元にある。美しい光景ではあるが、そんな光景に見入っている場合ではない。敵がいるのだ。
 地上での戦いが長すぎたからだろうか、重力から解放された機体がやけに軽く感じる。アンネローゼは、以前に使用していた機体、ドムの操縦感覚を思い出した。アンネローゼが最初は通常型のドムに搭乗していたが、後に背部にキャノン砲を搭載した、MS−09K2ドムキャノンと呼ばれるタイプに乗り換え、パーソナルカラーの塗装も許された。キャノン砲を装備し重量が増えているとはいえ、地面を滑るように駆けるホバー移動の機動性は、戦車や他のMSが止まって見えるような錯覚を抱くほどだった。アンネローゼは今のゲルググの操縦感覚が、そんなドムに近い、懐かしいものに感じられたのである。
 レギーナが乗るガッシャもカタパルトで射出され、アンネローゼのゲルググと合流する。その時アンネローゼは、敵の機影を確認した。敵は10機だ。半分はジムだが、残り半分は戦闘ポッドであるRB−79ボールだ。単体での戦闘力は高くはないが、その火力は決してMSには引けを取らないものだ。油断はできない。戦力比にして5対1。こちらが不利なのは明白だ。しかも後方には、彼らの母艦と思われる、宇宙艦の姿も見える。連邦軍の代表的な宇宙巡洋艦、サラミス級だ。数は3隻。MSだけでなくこのサラミスも相手にしなければならないこの状況は、こちらが不利なのは明白である。
『アンネ、戦力ではこちらが不利だわ。敵を落とす事にこだわらないで、足止めさせる事を優先して!』
「了解!」
 レギーナの指示に答えたアンネローゼは、先制攻撃を仕掛けるべく、すぐにビームキャノンの狙いを定める。宇宙なら、大気の影響を気にする事なく、ビームを使用する事ができる。1機のジムを捉え、トリガーを引く。ビームは一瞬で、狙いを定めたジムへと吸い込まれる。ジムの胴体が貫かれ、大きな爆発を起こす。それに驚き、7機は一気に散開した。
 レギーナのガッシャが突撃する。それをアンネローゼが援護する。ジムの射撃を的確にかわしながら、ガッシャはジムとの間合いを詰め、手に持つハンマーガンを射出した。射出された鉄球は、ジムのボディに直撃した。ジムは強く弾き飛ばされ、そのまま沈黙する。そして次のジムに挑みかかる。だがその時、アンネローゼはこちらのすぐ下をボール3機が通り過ぎたのを見た。3機が向かう先には、ティルピッツがいる。
「いけない!!」
 アンネローゼはすぐに機体を回頭させる。ジムでこちらの気を逸らす隙に、ボールでティルピッツを狙う作戦なのだろう。こちらの戦力が全て揃っていれば、味方にフォローさせる事ができるのだが、自分も含めて2機しかいない現状ではそうはいかない。アンネローゼはすぐにボールを追いかける。最後尾のボールを捉えた。すぐにロケットランチャーを放つ。ボールはロケット弾の直撃を受け、爆発する。そして、次のボールに狙いを定めようとした瞬間、機体が激しく揺れた。後方から被弾してしまったのだ。
「しまった……!」
 目の前のボールを迎え撃とうと夢中になるあまり、後方からの敵の攻撃に気付かなかった。迂闊だった。計器を確認すると、被弾したのはよりによって背部のメインスラスター。機動力に大きな支障が出てしまう事になった。再び飛んでくる攻撃。アンネローゼは素早く機体を回頭させ、シールドで受け止める。攻撃してきたジムの姿を確かめ、ロケットランチャーを撃つが、よけられてしまった。
『アンネ!!』
 すぐにレギーナのガッシャが駆け付け、フォローに回る。
「レギーナ中佐、私は無事です!! ですが、それよりも、ティルピッツが……!!」
『わかっているわ!! ここは私に任せて、ティルピッツを!!』
「はい!!」
 レギーナの指示を受けたアンネローゼは、すぐにその場を飛び出し、ボールの迎撃に向かう。だが、メインスラスターをやられた事が痛い。スピードが落ちてしまっている。ボールは既に、ティルピッツに肉薄して攻撃している。ティルピッツは対空砲火を浴びせてはいるが、ボールはそれを高い機動力で的確にかわしている。急がなくては。アンネローゼはペダルを踏み込もうとしたが、後方からの気配を感じ、素早く機体を旋回させた。別のボールの砲撃だ。その砲撃は、的確にこちらの進路を阻むように射撃している。そのため、ティルピッツに近づけない。シールドを構えてロケットランチャーを撃つ。その一撃でボールは火の玉と化したが、アンネローゼがティルピッツに向き直った時には、既にボールはティルピッツのブリッジに狙いを定め、発砲しようとしていた。この距離では、ロケットランチャーは射程外。ビームキャノンを使おうとしたが、照準が間に合わない。ボールの主砲は、完全にティルピッツのブリッジを捉えていた。
 ――やられる……!!
 アンネローゼが思った、その時だった。

 突然、どこからか一筋の閃光が伸び、2機のボールに襲いかかったのだ。ボールは気付いて回避しようとしたが時既に遅く、2機は閃光に飲み込まれ、一瞬で消えていった。かなり強力なメガ粒子だ。
「何……!?」
 その光景に、アンネローゼは驚いて言葉を漏らした。その時、センサーに反応があった。こちらに接近する機影がある。しかもかなり高速だ。
『高速で接近する機影……!? 一体何!?』
 レギーナもそれに気付いていたようで、驚きの声を上げる。アンネローゼは、ビームが飛んできた方向に目を向ける。
 そこに現れたのは、MSとは異なるシルエットを持つ、巨大な機影だった。鳥の頭のように鋭利なボディに、巨大なクローが装備された腕が直接生えている、人型とは似ても似つかない形状を持つ、緑色の機体だった。
『あれは、我が軍のMA!?』
 レギーナが声を上げた。目の前にいる機体は、ジオン軍初の宇宙用MA、MA−05ビグロだったのである。
 MA。それはMSと並ぶ、ジオン軍のもう1つの機動兵器だ。原型となった機体は一年戦争前の新兵器選定の場で汎用性の高いMSに敗れたものの、特定の目的に特化した大型機動兵器として見直され、MAとして採用されたのである。機体が大型な分、高出力のジェネレーターを装備でき、強力な武装を駆使する事ができるのだ。
 ジムやボールも、突然現れたビグロに、驚いて顔を向ける。こちらに向かってくるビグロは、嘴形の装甲を展開すると、中から巨大な砲門が現れた。それが発光したと思うと、先程のものと同じ強力なビームが放たれた。ジム達はすぐに散開してかわすが、1機のボールが回避できずに、ビームに飲み込まれてしまった。そのままビグロは、アンネローゼ達の前を高速で通り過ぎた。
『ザンジバル級のMS部隊へ、応答願います、こちら第11宇宙艦隊所属、エーファ・ベステル軍曹です』
 突然、通信で入ってくる声。若い女の声だった。通信用モニターを見ると、画面に映っているのは自分よりも年下に見える少女だった。だが、パイロットスーツをしっかりと身に着けている。あのビグロのパイロットだろうか。アンネローゼはその姿に驚きつつも、通信に答える。
「こちら、アンネローゼ・ブリュックナー少尉です。救援に感謝します」
『あ……ありがとうございます、少尉殿! これよりビグロで援護します!』
 エーファというらしい少女は、アンネローゼの顔を見て驚いたのか、一瞬言葉を詰まらせたものの、はっきりと答えた。するとビグロは反転し、再びジム達へ襲いかかる。ジムは向かってきたビグロに銃撃を浴びせるが、ビグロは高い機動性を活かして銃撃を容易く回避してみせた。そしてあっという間に間合いを詰めていくと、巨大なクローアームを横に伸ばし、すれ違いざまにジムを引っ掻いた。MSを簡単に掴めるほどの巨大なクローの一撃を浴びたジムは、一瞬で沈黙したと思うと、爆発した。そのままビグロは離脱。MSには到底真似できない、何という機動力。中に乗っているパイロットにも、相当なGがかかっているはずだ。エーファという少女は、それに耐えて操縦しているというのだろうか。そんなビグロに気を取られた敵を、アンネローゼは確実に射撃し、撃破する。これにより、現れていたジムとボールは、片づける事ができた。
 ビグロは、残ったサラミス級に狙いを定め、高速で突撃していく。すぐに砲火が浴びせられるが、その機動力は対空砲火をものともせずに潜り抜ける。そして、まずは中心の1隻にミサイルを放つ。ミサイルは的確にサラミスのエンジンに吸い込まれるように命中し、大きな爆発を起こさせた。そして一度離脱してから、反転して次のサラミスに狙いを定める。再びメガ粒子砲が火を噴く。放たれたビームは残った2隻のサラミスをまとめて簡単に貫き、一瞬で撃沈させてしまった。勝ち誇るように飛び去るビグロ。かくして、敵部隊は完全に沈黙した。
「凄い……あれが、MA……」
 アンネローゼはつぶやいた。アンネローゼは、MAというものを肉眼で見るのは初めてだったのだ。MA自体、量産性が低く数が少ないものであり、ましてや地上用のMAというものは更に少ない。汎用性で劣るとはいえ、その高い能力は、アンネローゼを驚かせるのには充分なものであった。
『あれは……!』
 レギーナが声を上げた。見るとガッシャは、先程ビグロが現れた方向にモノアイを向けている。そこを見てみると、そこには複数の友軍のMSと、ジオン軍の代表的な宇宙巡洋艦、ムサイ級の姿が見えた。友軍のMSはゲルググやザク、ドムで構成されていたが、ザクやドムはどれもその外観は自分達の見慣れたそれらとは結構変わっている、アンネローゼ達には見た事のないタイプだった。一瞬だけ見れば、ザクやドムとも思わなかったかもしれない。

 * * *

 加勢してくれた友軍は、軌道上で地上を脱出してきた友軍の援護に当たっていた部隊、第11宇宙艦隊だった。彼らは、ジオンの敗戦を知っても地上から逃れてくる友軍を見捨てておけず、危険を承知で地上の基地と連携を取りながら活動を続けていた部隊の1つだったのだ。第26山岳基地と連携を取っていたのは、この部隊だったのである。
 ティルピッツは、すぐに艦隊と合流した。ムサイ級を中心として、補給艦のバゾク級、そして旗艦としてティルピッツと同じザンジバル級を持つ、宇宙艦隊としては典型的な編成だったが、宇宙軍故か、第51MS大隊にはアンネローゼのしかなかったゲルググや、統合整備計画に対応した最新鋭のMSを多数保有していた。
 連絡用のランチによって、ティルピッツにザンジバル級から第11宇宙艦隊の指揮官がティルピッツにやってきた。意外な事に、指揮官はレギーナと同じく女性であった。レギーナは隣にいるロールとアンネローゼと共に、彼女を敬礼して迎え入れる。
「初めまして。私は第11宇宙艦隊の指揮官、ビットナー大佐よ」
「中東方面軍第51MS大隊大隊長、レギーナ・エーベル中佐です。救援に感謝いたします」
 レギーナはビットナーに挨拶した後、敬礼した手を下ろす。
「いいえ、礼には及ばないわ。それにしても、あなた達は幸運だった。あなた達が発進した後、第26山岳基地はその後のHLVの発射もないまま、連邦軍の手に落ちたわ。あなた達が唯一脱出に成功した部隊だったのよ」
 レギーナは、その言葉を聞いて愕然とした。自分達が、多くの友軍の犠牲を乗り越え、あの基地から脱出できた唯一の存在だった事を知り、言葉を失ってしまった。
「そう、だったのですか……」
「その気持ちはわかるわ。だけど、過ぎた事を考えても仕方がないわ。1つしかない命が助かったのだから、その事に感謝するべきよ。私達も、あなた達のように脱出できた存在がいただけでもよかったと思っているわ」
 ビットナーの口元に、少しだけ笑みが浮かんだ。彼女の言う通りだ。レギーナは思った。ここで犠牲になった友軍の事を考えても、何も始まらない。後悔先に立たずである。現に自分達も、ミツルという犠牲を払ったばかりなのである。過去の事に捕らわれていては、前に進む事はできない。
「そうですね。ところで、補給の件ですが……」
「その事なら心配しなくていいわ。私達が保有している最新鋭のMSを提供するわ。それに、あなたのゲルググの部品も提供するわ、『黒豹』さん」
 ビットナーの視線が、レギーナの隣にいるアンネローゼに向けられた。アンネローゼは不意に視線を向けられた事に少し驚きつつも、ありがとうございます、と敬礼をして答えた。やはりエースであるアンネローゼの事は、宇宙軍でもそれなりに知られているようだ。
「そして、補充兵も1人提供しようと思うわ」
「補充兵……?」
 ビットナーの意外な言葉に、レギーナは驚いた。確かに、ミツルを失った現状では、補充兵の提供はありがたい事だが、まさかそこまでこの部隊がしてくれるとは思っていなかったのである。
「長く地上の戦いに身を投じていたあなた達の元に、宇宙の戦いに慣れているパイロットがいれば、心強い存在になるでしょう。実力は優秀だから、あなた達の行動に、必ず必要になると思うわ」
 ビットナーは説明した後、来なさい、と背後に声をかけた。すると、はいと聞いた事があるような声の返事が聞こえ、1人の兵士が姿を現した。それは意外な事に、背が低い1人の少女だった。見た目はアンネローゼよりも若い。まだ徴兵されたばかりの、経験の少ないパイロットのように見える。その顔付きは、ジオン軍の制服に身を包んでいなければ、兵士とは誰も思わないものかもしれない。だが、その顔と声は紛れもなく、先程の戦闘でビグロに乗っていたパイロットそのものだった。
「あなたは……!」
「改めましてこんにちは、中佐。補充兵としてそちらに入る事になります、エーファ・ベステル軍曹です」
 その少女が名乗った名は、間違いなくあのビグロのパイロットの名乗った名と同じものだった。
「彼女は、MAビグロのパイロットよ。先程の戦闘で、会ったかもしれないわね。まだ若いけれど、能力は優秀よ。ザンジバル級なら、MAは搭載可能だから心配ないわ」
 ビットナーが付け加えた。
 レギーナは驚きを隠せなかった。偶然居合わせた水陸両用MS部隊をメンバーに加えた次は、何とMAのパイロットが加わるとは。強力なMAほど味方にして心強いものはないが、そんなものが本当に部隊に加わるとは、レギーナは思ってもいなかったのである。それは、ロールやアンネローゼも同じに違いない。

 * * *

 かくして、ティルピッツにバゾク級補給艦から補給物資が運ばれてきた。作業用のMSが、次々とMSやコンテナをティルピッツに搬入していく。無重力の宇宙では、MS1機や巨大なコンテナを運ぶのも、MSで容易にこなす事が可能だ。パイロットスーツ姿のアンネローゼ達は、そんな補給物資を見物していた。
 新たに搬入されたMSは3機。1機は、アンネローゼが使用している機体と同じ、ゲルググだ。アンネローゼのゲルググとは違い、緑とグレーの一般機のカラーリングで塗装されている。また、背部にはアンネローゼのゲルググに装備されているものとは異なるバックパックを装備していた。そして残りの2機は、先程の戦闘でアンネローゼも見た、ドムの新型だった。アンネローゼが見慣れていたドムに比べて、ボディが平面的になっており、特徴的なモノアイレールの形状も若干小さめになっていた。また、背部のバックパックにはプロペラントタンクが増設されていた。そして極めつけは、MAビグロだ。間近で見てみると、やはり大きい。あの戦闘で高い能力を見せ付けたビグロが、まさか自分の配下になるとは、アンネローゼは思ってもいなかった。
「おおっ、ゲルググじゃないか! 遂に俺達も隊長と同じ新型が使えるって事か!」
 マティが、搬入されたゲルググを見て声を上げた。
「凄いねルゥ、まさにてんこもりって感じじゃない?」
「ああ。あの艦隊も随分気前がいい事だな」
 ルーティアとレナスは、そんなやり取りを交わしていた。
「あの」
 そんな3人に、声をかける人物がいた。エーファだった。その声に気付き、3人はエーファに目を向ける。
「お前は、確か新入りだったよな?」
「はい、エーファ・ベステル軍曹です。この度第3小隊に配属となりましたので、よろしくお願いします」
 マティの問いに、エーファは丁寧に答え、頭を下げた。
「ああ、俺はマティ・トスカーナ准尉だ。軍曹は、隊長が言ってたビグロのパイロットだったよな? 話は聞いてるぞ。MAがいれば、この部隊は百人力さ。その実力、期待させてもらうぜ」
 マティは後輩ができた事を喜んでいるのか、それとも年下の異性のパイロットがメンバーに入る事を嬉しく思っているのか(恋人がいるからにはそうではないとは思うが)、得意気に言うと、エーファははい、とはっきりとした返事を返した。
「俺はルーティア・レヴィ中尉だ。君みたいな奴がパイロットだとは思わなかったが、まあ、期待させてもらうよ」
「あたしはレナス・リーファー少尉。よろしくね、軍曹」
 ルーティアとレナスも自己紹介する。ルーティアは相変わらず気障な態度を見せていたが、レナスは至って普通に明るく名乗っていた。そんな2人に対してもエーファは、はい、よろしくお願いします、と返事を返していた。その姿は、まさに純粋な心を持つ少女だ。その顔だけ見れば、本当に兵士なのかと疑ってしまう。ルーティアの言葉も、そういう意味でわからなくもない。
「で、この3機のMSは、誰に割り当てられてるんだ? 隊長、何か聞いてます?」
 マティの顔が、アンネローゼに向けられた。その事に関して特に何も知らされていないアンネローゼは、その事に関しては何も聞かされていないわ、と答える。ここは、3人で話し合わせて誰が何に乗るかを決めさせるのも悪くないだろうと、アンネローゼは思った。
「じゃ、俺達で決めさせてもらいますよ! 俺はやっぱり、あのゲルググがいいな。何てったって、隊長と同じ奴だからな」
 マティは真っ先に、ゲルググを指差して言った。マティは、アンネローゼにライバル心を抱いているそんな彼が、アンネローゼと同じ機体を欲するのも当然だろう。
「あれは、MS−14B高機動型ゲルググです。ビーム兵器はありませんけど、代わりに高機動バックパックを装備して、機動性を上げているんです」
 するとすぐに、エーファが説明した。
「ほう、高機動タイプって事は、俺にうってつけじゃないか! よし、俺はこいつに決めた!」
 マティはすぐに声を上げた。あっ、勝手に決めるなんてずるい、とレナスがすぐに声を上げた。
「で、あれがMS−09R−2リック・ドムU(ツヴァイ)です。リック・ドムを統合整備計画に沿って改修した機体で、トータル面で性能が向上しています」
 エーファは続けて、まるで旅行のガイドのように新型のドムタイプに顔を向けて説明した。
「統合整備計画……なるほど。よし、俺はこいつにしよう」
 ルーティアは、1人納得したようにつぶやいた。その言葉に、レナスがすぐに反応した。
「ルゥ、それでいいの?」
「ああ、あの機体は前のズゴックEと同じ、統合整備計画に沿って造られた奴だ。なら、コックピット規格が同じはずだから、転換は容易いと思ったのさ」
「へえ……」
「それに、あのゲルググは高機動な分、扱いにくいかもしれないからな。こっちの方が乗りやすいと思うぞ」
 ルーティアの言葉に、レナスは納得した表情を見せていた。統合整備計画は、機種転換訓練の負担の軽減も目的の1つになっており、そのためにコックピットの規格は統一されている。その事を、ルーティアはしっかりと理解していた。何より、高機動型ゲルググはエースパイロットやベテランパイロットが搭乗した、扱いの難しい機体であり、ルーティアの予想は的中していた。
「なるほど……じゃあ、あたしもルゥに賛成してこのドムにしようかな」
「よし、じゃあこれで決まりって事ですね!」
 レナスの言葉を聞いたマティは、すぐにそう言った。アンネローゼも以外にすんなりと決まった事に、ほっと胸を撫で下ろした。乗る機体を巡って喧嘩でもしたらどうしようかと思っていた。
「で、アンネローゼ隊長」
 すると、エーファがアンネローゼに声をかけた。
「何、エーファ?」
「今回は隊長のゲルググの部品も搬入されますから、オーバーホールを行う事になっているんですが……」
 アンネローゼはええ、わかっているわ、と答えた。オーバーホールとは、機体を部品単位に分解して行う修理で、通常の整備では時間が掛かりすぎてできない清掃作業や劣化部品の交換・調整を行い、新品状態の性能に戻す事を目的としている。アンネローゼのゲルググは、逃避行の中でなかなかしっかりとした整備を受けられずにいた状態で、戦闘を繰り返していた。どんな優秀なメカも、しっかりと整備を受けられなければ100%の力は発揮できない。今回オーバーホールを受けられる事を、アンネローゼは丁度いいタイミングだと思っていた。
「それを、私にもやらせてください」
「え?」
 エーファの意外な言葉に、アンネローゼは驚いた。パイロットが自ら機体の整備を行うという話など、聞いた事がない。機体の整備は整備兵の仕事である。
「私、元々整備兵だったんです。ですけど、操縦適正が高いと言われて、パイロットになったんです」
「整備兵だったの……?」
 アンネローゼはエーファの言葉に驚いた。整備した機体の仕上がりを確かめるための操縦技術を持っているとはいえ、整備兵がパイロットになったという話など、聞いた事がなかった。
 戦局の悪化に伴い、ジオン軍は本土に迫り来る連邦軍を食い止めるために、失った多くのベテランパイロットの代わりにあちこちからMSパイロットになる人員を招集していた。そのため、エーファのように本来パイロットではない人間がパイロットに転進する事となった事例も少なくなかった。その多くは、当然の事ながら実戦経験が少なく、お世辞にも数合わせ的な側面があったが、エーファはあの戦闘でビグロを巧みに操縦し、連邦軍の部隊を壊滅させている。その実力は、紛れもなく本物だ。彼女は、パイロットという面でも天性の才能を持っていた、数少ない『例外』だったと言えるだろう。
「挨拶代わりという訳ではないですけど、隊長の部隊に入った縁ですから、隊長のMSを整備させて欲しいんです」
 エーファは言葉を続けた。事情を知ったアンネローゼは、その事を断る訳にもいかなくなる。
「……わかったわ。そう言うなら、許可するわ」
「ありがとうございます!」
 アンネローゼが言うと、エーファはアンネローゼの前で頭を下げたのだった。

 * * *

 補給が終了後も、整備員達が慌しく動き始める。アンネローゼのゲルググが、オーバーホールのためにあちこちを解体された姿となっている。それを行う整備兵の中に、エーファの姿もあった。一方で、マティ達は新しく乗る事になる機体の説明を整備兵から受けている。
 その間アンネローゼは、他にする事もなく、自室にこもっていた。ベッドに腰を下ろし、手に持っているミツルのお守りをじっと見つめる。オーバーホールの再に邪魔になるだろうと、持ち出していたのだ。
「ミツル……」
 アンネローゼの口から、自然とその言葉がこぼれた。ふと、ミツルと初めて顔を合わせた、あの時の事を思い出す。
「初めまして、隊長。あたしは、ミツル・フジモリ軍曹です。これから共に戦う部下として、どうぞよろしくお願いします!」
 初めて会った時から、ミツルはあの明るさを持っていた。その明るさに、アンネローゼも最初は少し驚いたものだった。
「私はアンネローゼ・ブリュックナー。隊長として私も最善を尽くすから……」
「そんなに硬くならないで下さいよ隊長。あたしと隊長は同世代なんですから、もっと柔らかくしてもいいじゃないですか」
 その言葉に、アンネローゼは驚いた。真面目な彼女にとっては、ミツルのその言葉は、ふざけているのかと思って最初は不愉快に感じたものだった。
「ぐ、軍曹、一体何を……」
「ほら、また。普通にミツルって呼んでください」
 アンネローゼが言おうとした時、ミツルはそう言って微笑んだ。
「あたし、隊長と友達になりたいんですよ。いいでしょう?」
「友達って……」
「友達になる事に、理由なんていりませんよ。それに隊長だって、部下との関係を育てられる事は好都合な事でしょう?」
 戸惑うアンネローゼに、ミツルは口調を強くする事なくそう言って詰め寄った。
「大丈夫ですよ。私は友達になったからって命令違反なんてするつもりはありません。隊長が友達なら、力を合わせて一緒に戦い甲斐があるじゃないですか」
 アンネローゼは、その言葉を聞いてはっとした。ミツルはふざけていた訳ではなく、真剣で友達になろうとしていた事を、アンネローゼは確信したのだ。
「いいですよね?」
「……そういう事だったのね。ごめんなさい。ふざけてると思ってた」
「ふざけてないですよ、あたしは。周りからはよく言われますけど、根は真面目ですからね」
 ミツルは少し笑った。それにつられ、アンネローゼも顔にも自然と笑みが浮かんだ。その時が、アンネローゼとミツルの距離が上下関係を超えて縮まった瞬間だった。そんな事が、つい最近のように思える。
 だが、そんなミツルも今はいない。いつまでも悲しみに浸ってはいられない事はわかっていても、やはり思い返してみるとその悲しみが蘇ってくる。彼女の戦死からは、まだそう時間は経っていないのだ。短い時間の間でこの事実を割り切れというのも無理がある事なのかもしれない。お守りを握る手に、ぐっと力が入った。目に、涙が溜まり始めている。
 その時、部屋の自動ドアが不意に開かれた。アンネローゼは驚き見てみると、そこには驚いた表情のエーファの姿があった。整備をしていたからか、頬が若干汚れている。
「あ……ごめんなさい隊長、開いているなんて思っていなくて……」
 エーファはすぐに謝った。それを見てアンネローゼは、部屋のロックを忘れていた事に気付いた。エーファはそれを知らず、うっかり開けてしまったらしい。
「あ……ロックを忘れていたみたいね。ごめんなさい、別にエーファは悪くないわ」
 アンネローゼもすぐにベッドを立ち、謝る。その時、エーファに何かに気付いたらしく、アンネローゼの手元に目を向けていた。
「あの、隊長。手に持ってるそれは……?」
「え!? あ、これは……」
 アンネローゼはミツルのお守りを指摘された事に驚く。何と答えようか言葉に迷うが、アンネローゼは真面目である故に誤魔化す事も抵抗がある。アンネローゼは抵抗を感じつつも答えた。
「部下だった人から、もらったものよ」
「部下、『だった』……?」
 エーファが、その言葉の意味に気付いていた様子だった。アンネローゼは言葉を続けた。
「ええ……戦死したのよ。私達が、地上を脱出する直前に……私達の盾になって……止めてって命令しても、無視してまで私達を……」
 アンネローゼの言葉が、どんどん詰まっていく。気が付くと、目に溜まっていた涙が、今にも流れそうになっている。
「そう、だったんですか……ごめんなさい。聞いてはいけない事を聞いてしまって……」
 エーファは申し訳なさそうに顔をアンネローゼから背けた。アンネローゼも、流れ出しそうな涙を見られまいと、エーファに背中を向けた。だが、そんなアンネローゼに、エーファは声をかけた。
「隊長、泣かないで下さい」
 その言葉に、アンネローゼは見透かされたと思うのと同時に、エーファの優しさを感じ取り、はっと目を見開いた。
「戦争ですから、そういう事なんて当たり前のように起きていますよね……私も、実際に戦闘に出て思いました、戦争は恐ろしい場所なんだって……」
 エーファの言葉が少し弱くなったように思えた。アンネローゼはエーファが怖さを抱いているのかと思い、試しに問うた。
「やっぱり怖いの?」
「……全く怖くない訳じゃないです。ですけど、そんな事で弱音なんか言えません。私達は、国のために戦う事が仕事ですから。辛い事はいっぱいありますけど、できる事をしないと、ここに来た意味がないです。だから、パイロットになって戦う事は後悔していません」
 エーファの言葉は落ち着いていた。
「強いのね……エーファは」
 アンネローゼは感心していた。自分よりも年下ながら、これだけの心意気を持っているとは。それは戦う兵士として、充分にふさわしいものだ。アンネローゼは、エーファが才能だけではなく、精神面も優れた人間である事を確信した。整備兵でありながらそんな心意気を持つ彼女のような人間は、前線で戦う兵士になってむしろよかったと思わずにはいられない。
「では……また後で失礼します」
 さすがにこれ以上いる事は気まずさを感じたのか、エーファはそう言って部屋を後にしていった。彼女が何の用事でここに来たのかはわからないが、後で聞けばいいだろう。それより、自分もエーファに負けない、強い心を持たなくては。そうでなくては、隊長は務まらない。アンネローゼは改めて決心を固める。
 アンネローゼは、先程とは逆の意味で、ミツルのお守りを強く握り締めたのだった。


続く

[974] 第8話 新たな力 フリッカー - 2009/11/08(日) 18:19 - HOME

 宇宙世紀0080年1月10日午前10時27分:地球周回軌道上

 周囲に広がるのは、果てしなく広がる宇宙空間。暗い空には、数え切れないほどの星達が瞬いている。そして、眼下に見えるのは青く輝く地球。その美しい光景は、宇宙に来たものならば誰だって見入ってしまうものだろう。だが、そんな光景に見とれている場合ではない。今自分は、MSを操縦しているのだ。どんな乗り物でも、よそ見しながらの運転は危険なものだ。アンネローゼは視線を正面に戻す。とは言っても、目の前に広がるのはやはり同じような風景である。上下左右を区別するものがない宇宙では、しっかりと計器を見ていなければ平衡感覚を失いそうになる。
『いやっほうっ!!』
 通信で、マティの歓声が耳に入ってくる。そして、すぐ横を通り過ぎる機影。マティが新たに受け取った機体である、ゲルググの背部にバックパックを追加装備した高機動型ゲルググだ。手にはアンネローゼのゲルググが使用しているものと同じ、ロケットランチャーとシールドを持っている。高機動の名に恥じず、結構な機動力だ。まさに弾丸という言葉がふさわしいだろう。マティの喜びを表すように、高機動型ゲルググはAMBACを駆使し数回機敏に横転してみせる。高機動型ゲルググは操縦が難しい機体だと聞いていたが、マティは既に扱いに慣れてきているようだ。
 背後に目を向けると、そこには別の2機の機影がある。リック・ドムの改良型である、リック・ドムU(ツヴァイ)だ。一方は新型のジャイアント・バズを、もう一方はMMP−80マシンガンを手にしている。2機は互いの距離を離さないようにしつつ、編隊を組んで飛行している。この2機に搭乗しているのは、ルーティアとレナスだ。
『ルゥ、聞こえる? 宇宙(そら)って、いい眺めよね』
『ああ、どこも見ても景色は大して変わらない』
 ルーティアとレナスの、そんなやり取りが聞こえてくる。この2人も既にリック・ドムU(ツヴァイ)の操縦感覚を掴めてきているようだ。統合整備計画により規格が統一されたコックピットの恩恵もあるのだろう。
 3人は今、新たに受け取ったMSの機種転換訓練の真っ最中なのだ。どんなに性能がいいメカを受け取っても、実際にそれを扱いこなせなければ意味がない。だから、実際に操縦して操縦感覚を掴む必要がある。時間が限られている中、3人はいつ実戦になっても万全の状態で挑めるように、徹底的に操縦訓練に励んでいた。ちなみに武装を手にしているのは、実戦時に近い機体のバランスで訓練を行うためで、実際に弾丸は装填されていない。
 アンネローゼも、この3機と共に飛行を行っていたが、アンネローゼの目的は転換訓練ではなく、オーバーホールが終了した自身のゲルググの試運転である。実際に操縦してあらゆる機能をチェックし、異常がないか確認するのだ。だが今の所、以上は特に見当たらない。むしろ、機体の調子が以前より良くなっている感触がある。
 ――エーファには感謝しないといけないね。
 アンネローゼは思った。元々整備兵であったエーファは、整備において天性の才能があったらしく、その実力は周囲からも一目置かれていたものだったという話を聞いていたが、その話通りだ。パイロットとしても高い操縦技術を持っているエーファは、そういう意味で本当の天才なのではないかとつくづく思わされる。
『どうです、隊長? この高機動型ゲルググの性能は? 羨ましくないですか?』
 その時、マティから通信が入る。その問いは、明らかにこちらを挑発している。アンネローゼと同じタイプの機体に乗れた事で、自分とアンネローゼが同じ立ち位置に立てたと思っているのだろうか。マティの自分に対するライバル心は、相変わらずだとアンネローゼは思い、溜め息を1つつく。
『マティ、何アンネローゼにちょっかい出してるのさ? もしかしてアンネローゼの事、好きだったりするの?』
 そこに、レナスの通信が割って入る。
『ば……馬鹿言わないで下さいよ少尉! 俺には帰りを待ってる恋人がいるんですよ!』
『へえ、マティにも恋人っていたんだ。それは知らなかった』
 そんなやり取りを交わすマティとレナス。その言葉に苛立ちを覚えたアンネローゼは、再び溜め息をつき、すぐに注意する。
「2人共! そこで喋っている暇があったら、黙って訓練を続けなさい!」
 その言葉を聞いた瞬間、マティとレナスの言葉は一瞬にして止まったのだった。

 * * *

 一度帰還するように指示を受けたアンネローゼは、ティルピッツへと帰還する。帰還とは言っても、まだ試運転が終わった訳ではないらしく、ある整備兵が試して欲しいものがあるのだという。名前こそ言われなかったものの、ある整備兵とはエーファの事なのではないかと思いつつ、アンネローゼは帰路に就く。
 着艦し、格納庫の定位置に機体を移動させてから、コックピットのハッチを開けた。一度ヘルメットを抜いて汗を拭いたい気分になったが、格納庫内はまだ気密されていないので、ヘルメットを脱ぐ事はできない。コックピットを飛び出し、ゆっくりとした速度で格納庫に降り立つと、アンネローゼを真っ先に出迎えたパイロットスーツ姿の人物がいた。エーファだ。他の整備兵達は艦内作業用の重装型スーツを着用しているので、すぐにわかる。
「アンネローゼ隊長! 機体の調子はどうでしたか?」
「ええ、問題ないわ。エーファの整備の実力は、噂通りみたいね」
 エーファの問いに答えると、エーファはありがとうございます、と丁寧に頭を下げた。
「で、試して欲しいものがあるって聞いたけど、それは何?」
「あ、はい。あちらにあります」
 エーファはアンネローゼの問いに答えると、床を蹴ってその場を飛び出す。アンネローゼも後に続く。無重力状態では走る事が困難なため、専ら浮遊状態で感性の力を使用して移動する。だが、地上での活動が長かったためか、アンネローゼにはまだその感覚を思い出せない所がある。
 エーファが向かっていった先には、荷台に固定された、長大なMS用の火器がある。アンネローゼには見た事がないものだった。一見するとバズーカのように見えるが、ザク用のザク・バズーカや、ドム用のジャイアント・バズよりも全長は明らかに長く、銃口は四角形をしている。その形は、さながら棍棒のようにも見える。エーファはその荷台に手を伸ばしてつかまり、体を停止させる。アンネローゼも荷台につかまり体を停止させるが、感覚を思い出せないためか少し体勢を崩してしまう。エーファが大丈夫ですか、と声をかけたが、アンネローゼは何とか姿勢を整え、大丈夫、と答えた。改めて、目の前の火器を見てみる。間近で見ると、やはりMS用の火器は大きいものだという事が実感できるが、これほど大きいMS用の火器は見た事がない。いつの間にこんな装備が補給されていたのだろうか。
「これは何なの?」
 隣にいるエーファに聞いてみる。エーファは火器に顔を向けながら答えた。
「はい、ビームバズーカです」
「ビーム、バズーカ……?」
 エーファが発した名前を、アンネローゼは自分でも口にしてみる。ビームライフルならゲルググの基本武装として存在を知っていたが、ビームバズーカという武器の名は聞いた事がない。
「ビームライフルの前に、少数だけ試作されたビーム兵器です。まだエネルギーCAP(キャップ)が確立されていない時のものですから、これだけ大型になってしまいましたが、その分、単純な威力はムサイ級の主砲に匹敵するんです」
 アンネローゼはその説明に驚いた。ゲルググが登場するよりも前にMS用のビーム兵器があった事もそうだが、何よりエーファの言う言葉が正しければ、その威力はビームライフルを超えている事になる。MS用のビーム兵器は『戦艦に匹敵する火力』とよく言われ、アンネローゼもゲルググのビームキャノンを初めて使用した時には、その威力の高さに驚いたものだ。だがそれでも、あくまでスペック上の出力が戦艦と同クラスなだけで、放射されるエネルギー量では戦艦が装備するメガ粒子砲には及ばない。つまり、後者の方が威力は上という事になる。アンネローゼのゲルググが装備しているビームキャノンは、水陸両用MSが使用するメガ粒子砲デバイスを組み込んで作られたジェネレーター直結式のもので、ビームライフルよりも高い威力があるというが、それでもやはり威力は戦艦のメガ粒子砲の方が上である事に変わりはない。MS用のビーム兵器は戦艦のものより小型な分、威力は必然的に劣ってしまうのだ。だが、目の前のビームバズーカは、試作品とはいえ威力が戦艦の主砲に追いついたものだというのか。ビーム兵器をいち早く実用化させた連邦の技術力にも驚かされたが、我がジオンの技術力というものには、本当に驚かされる。
「もしかして、私に試して欲しいというのは……」
「そうです、このビームバズーカです」
 アンネローゼが問うと、エーファはアンネローゼに顔を向けて答えた。
「だけどこれを、なぜ私に?」
「元々この武装を装備したリック・ドムはジェネレーター出力が足りなくてチューンナップする必要がありましたが、ゲルググのジェネレーター出力なら問題なく扱えるはずです。それに、アンネローゼ隊長は射撃戦が得意だと聞きましたから」
 アンネローゼの問いにエーファはそう答え、笑みを見せた。自分の実力を見込んでの頼みという事か。それにはアンネローゼも納得した。何事も適材適所というものである。MSはパイロットの戦闘スタイルなどに合わせて装備する武装を変える事ができるのが強みだ。そして何より、自らの搭乗機の戦闘能力向上は好ましい事だ。このビームバズーカのような強力なビーム兵器が使えるほど、心強いものはない。そもそも、ゲルググの基本武装であるビームライフルはアンネローゼにも支給される予定だったのだが、生産が追いついていないという理由で、ビームキャノンパックに置き換えられたという経緯もある。自分はここでやっと、手持ち武装としてのビーム兵器を使えるのだ。
 アンネローゼは、エーファの提案を快諾した。

 * * *

 再び、アンネローゼのゲルググがティルピッツから発進する。その右手には、これまでのロケットランチャーに代わり、ビームバズーカが腕と腰に本体を挟む状態で握られている。大型の火器を手に持つ事は、ドムキャノンを操縦した時以来であり、アンネローゼは懐かしさを覚えた。
 これから行うのは、ビームバズーカの射撃テストだ。エーファが言った通り、ビーム兵器の運用を前提にして開発されたゲルググの出力なら、使用自体は問題ないとは思うが、万が一という事も考えられる。いざという時に使えるかどうか確かめる意味でも、一度射撃してゲルググで使用できるのか確認する必要があるのだ。今の所、ビームバズーカの状態は正常だ。
 定位置に到着し、アンネローゼはゲルググを停止させる。射撃テストの目標にするのは、目の前に浮かぶデブリだ。見た所、何らかの艦船の残骸のようだが、大きく破壊されているために原型は留めておらず、今となってはどんな艦船だったのかを完全に把握する事はできない。だが、射撃目標としての大きさは充分だ。狙いにくくなく、破壊力をテストする上でも問題ない。
「これより、発射テストを開始します」
 アンネローゼはそう言ってから、照準を定める。目標のデブリの中心をビームが貫くように、照準を合わせる。動かない目標なので、外す心配はない。アンネローゼの胸の鼓動が高鳴る。このビームバズーカの威力がエーファの説明通りのものなのか、この目で見られる事への期待感だろうか。ゆっくりとトリガーに手をかける。
「発射!!」
 そう叫ぶのと同時に、ビームバズーカからビームが放たれた。これまで見慣れていたビームキャノンのビームより、太いビームだった。ビームは吸い込まれるように狙いを定めたデブリに飛んでいき、デブリを容易く貫いた。そして爆発。真空では炎は長く持たないため、発生した火の玉はすぐに消えてしまう。目標のデブリは、完全に粉砕されていた。
「大した威力ね」
 アンネローゼはつぶやいた。長らくビームを使ってきたため驚きこそしなかったが、どうやら威力は、エーファの言葉通りのものだったようだ。大型のため取り回しこそ悪いが、そういう武器ならドムで使い慣れているから、問題はない。このようなビーム兵器があれば、あのガンダムタイプのような屈強なMSにも勝てるかもしれない。アンネローゼは確信した。
「こちら、アンネローゼ・ブリュックナー少尉。発射テストは成功しました。これより帰還します」
 アンネローゼはそう言ってから、機体を反転させて帰路に就く。
 だが、ティルピッツに近づいてきた時、アンネローゼは不吉なものを見た。近くのムサイ級に帰還していく、1機のザクだ。統合整備計画により全面的な改修が施されたという、MS−06FZザクU改と呼ばれるタイプだ。そのザク改は、偵察任務に出ていたのだろうと推測できたが、腕や足を大きく損傷していた。それは、どこかで敵と遭遇し、交戦した事を意味する。
 敵との戦闘が近いという事なのだろうか。アンネローゼの脳裏にふとそんな思いが過ぎったが、今はそんな事をあれこれ考えていても仕方がない。アンネローゼは頭を正面に向き直し、ティルピッツに向けてゲルググを進ませたのだった。

 宇宙世紀0080年1月10日午前11時59分:ティルピッツ艦内

 アンネローゼの予感は、運悪く的中してしまった。
 アンネローゼが帰還してしばらく経ってから、パイロット達はブリーフィングルームへの集合を命じられたのだ。先程のザク改の事もあり、アンネローゼは間違いなく戦闘になる事を確信した。
 席の前側にアンネローゼら第3小隊の面々が座り、後ろ側にはルーティアとレナスが座る形になっている。エーファは第3小隊所属となって初めてのブリーフィングだからか、顔が少し緊張しているように見える。
「みんな聞いて。友軍の偵察部隊が、連邦軍の大部隊を確認したわ。まだ動きは見られないそうだけれど、こちらへ攻撃してくる可能性が高いと判断されたわ」
 正面に立つレギーナの目付きは鋭くなっていた。アンネローゼの予感通りだった。スクリーンには、あのザク改が持ち帰ったものと思われる画像が映し出されている。そこに映っているのは、連邦軍の艦隊だった。マゼラン級宇宙戦艦を中心にした、典型的な編成の艦隊だ。この画像だけでは具体的な規模はわからないが、以前のものよりも大規模だろう事は容易に想像が付いた。
「やれやれ、こんな忙しい時に敵が攻めてくるのか。たまったものじゃないな」
 アンネローゼの後ろに座るルーティアが、そうぼやいた。
「そうね……こういう都合の悪い時に限って、敵さんってやってくるのよねえ……」
 レナスも続ける。やはりルーティアと同じ思いなのだろうか。
 ルーティアとレナスの気持ちもわからなくもないが、敵は待ってはくれない。アンネローゼはそんな2人の態度に若干苛立ちを覚えたが、いつもの事だと割り切り、レギーナの話に集中する事にする。
「敵の戦力は、以前よりも多くなっているわ。間違いなく、こちらを攻撃する意図がある事は明白。だから私達は、その攻撃に備えて……」
 レギーナがそこまで言った所で、急に内線電話の呼び出し音が鳴り響いた。レギーナは少し待って、と言ってから内線電話に向かう。そして、話を始めた。だがすぐに、何ですって、と驚きの声を上げた。それを聞いたアンネローゼ達は、何が起こったのか気になり、不安に駆られる。嫌な予感がする。アンネローゼが思った時、レギーナはわかったわ、と言って内線電話を切った。そしてすぐにこちらに体を向け、言った。
「みんな、突然だけど緊急出撃よ! こちらに接近してくる機影が複数確認されたわ! ただちに迎撃に出撃して!」
「あ、了解!!」
 レギーナの強い言葉に一同は一瞬驚いたが、そうしている暇はない。緊急出撃命令が下されたのだ。すぐに返事をして、席を立つ。そして慌しくブリーフィングルームを飛び出していった。
「ちっ、あいつら動くのが早いな! それともこっちが気付くのが遅かったのか?」
 マティがそんな事をつぶやく。
「アンネローゼ隊長!」
 アンネローゼの隣にいたエーファが呼びかけた。何か不安な事でもあったのだろうか。
「何、エーファ?」
「ビームバズーカ、使ってくれますか?」
 エーファの質問は、アンネローゼの予想とは違うものだった。よく考えてみれば、強い心を持っているエーファが、そんな事を言うはずもなかったか。どうやら自分にはまだ、エーファが普通の少女のようにしか見えないらしい。まだここに来てから数日しか経っていないのだから当然なのかもしれない。
「……もちろんよ。あの武器は、なかなかいいものだったから」
 その言葉を聞いた瞬間、エーファの口元に安堵の笑みが浮かんだ。彼女が不安だったのは、新しく提供した武器を使ってくれるかどうかだったのだ。ビームバズーカの発射テストが良好だった事をエーファには既に話していたが、実際に使うかどうかは実戦にならなければわからないのも無理はない。
「では行きましょう、隊長! 私も精一杯がんばりますから!」
「ええ!」
 エーファの強い意志が宿った言葉に、アンネローゼははっきりと答えた。そして2人は、他の3人と共に格納庫へと急いだのだった。

 格納庫に出たアンネローゼは、すぐにゲルググのコックピットへと飛び込んだ。シートに座るとハッチを閉じ、素早くゲルググを起動させる。緊急発進であるため、手短に各部の点検を行ってから、誘導員の指示に従い、カタパルトへと向かう。外を見ると、既に遠くで瞬く弾道が見える。もう戦闘は始まっているようだ。急がなくてはならない。アンネローゼはゲルググをカタパルトに固定する。
「アンネローゼ・ブリュックナー少尉、発進します!!」
 発進を示すシグナルを確認し、アンネローゼが叫んだ瞬間、ゲルググは一気に射出された。そして、宇宙へと一気に飛び出した。カタパルトではすぐに、次の機体の射出準備にかかる。
『エーファ・ベステル軍曹、行きます!!』
 ふと下を見ると、エーファが乗るビグロがティルピッツの下から飛び出したのが見えた。MAであるビグロは当然の事ながらカタパルトが使えないため、代わりに下方にある大型のハッチから投下される形で発進するのである。発進の効率をよくするため、そこから続けてルーティアとレナスが乗る2機のリック・ドムU(ツヴァイ)が発進する。そしてカタパルトからは、マティの高機動型ゲルググが発進する。そしてアンネローゼと合流した事を確認してから、すぐに目標へと加速する。
『今回は新しい機体の初お披露目、って所ね。リック・ドムU(ツヴァイ)ちゃんの実力、見せてもらおうじゃないの!!』
『レナス、まだ慣れてないとか言うなよ』
『そんな事言う訳ないでしょルゥ。意地悪ねえ』
 通信でルーティアとレナスが、そんなやり取りを交わしている。
『ま、連邦のMSなんて、この高機動型ゲルググなら一捻りさ!』
『マティは随分と自信があるようだな』
『そりゃどうも』
 そこに割って入るように言ったマティは、ルーティアの言葉にも余裕そうに答えた。やはりマティは、ゲルググに乗れた事が余程嬉しいらしい。
『皆さんが一緒なら、きっと勝てますよ! 私も精一杯がんばりますから!』
 そこに、エーファも通信を入れた。
「無駄話はそこまでにして。敵が来るわよ」
 アンネローゼはそんな4人に注意する。既に戦闘エリアは近い。宇宙の暗闇でははっきりと見える、飛び交う砲火が、もう目の前に迫っているのだ。アンネローゼの言葉に、上官であるルーティアを除く全員は了解、と返事を返した。
 もう射程内に入った頃だろうか。アンネローゼは手始めに、ビームバズーカの照準を合わせ始める。捉えた。1機のジムが、既に射程圏内に入っている。今まで使用してきた距離より離れた位置にいるが、宇宙では大気によるビームの減衰はないため、その分射程も威力も延びる。逆に言えば、アンネローゼは今までビーム兵器をフルスペックで使えなかったという事だ。
「私の発射と同時に突撃して! 乱戦状態だから誤射に注意!」
『了解!!』
 他のメンバーの返事を確認してから、アンネローゼは捉えたジムに狙いを定める。ジムは、こちらにはまだ気付いていない様子だ。そんな敵ほど、狙い易い敵はいない。アンネローゼは迷わずトリガーを引いた。ビームバズーカから放たれた太いビームが、一瞬でジムへと伸びていく。そして、体を貫かれたジムは、火の玉となって虚空へと消えた。
 そのビームを合図に、他の4機が一斉に突撃する。他のジムやボールが別方向からの攻撃に気付いた時には、4機の砲火が彼らに襲いかかっていた。敵はすぐに散開したが、数機は会費が遅れて砲火に飲み込まれてしまう事になった。
『行くぜ!! 遅れるなよ!!』
『はい!!』
 先陣を切るのは、マティの高機動型ゲルググだ。それに続くのは、エーファのビグロ。高い機動力を活かし、砲火を潜り抜けて敵の懐に飛び込んだ高機動型ゲルググは、近くにいたジムにロケットランチャーを突き付ける。そのまま発砲。至近距離だ。ジムは一瞬で爆発した。そしてすぐに次の敵に挑みかかる。ビグロはそれを援護する。友軍機の位置に注意しつつ、メガ粒子砲を放つ。強力なビームは、ジムやボールを数機まとめて飲み込んだ。すぐに敵は銃撃を浴びせるが、高機動型ゲルググもビグロも、高い機動力で敵の狙いを定めさせない。
『あの2人に遅れるなよ!!』
『あたし達だって負けてられないわ!!』
 ルーティアとレナスのリック・ドムU(ツヴァイ)も続く。ルーティア機がジャイアント・バズを、レナス機がマシンガンを射撃しながら突撃していく。2人の射撃も正確にジムやボールを撃ち抜いていく。そして、高機動型ゲルググにはさすがに及ばないが、その機動性もなかなかのものだ。敵の攻撃に的確に反応し、回避している。ましてや、2人はシールドを持たない水陸両用MSのパイロットだ。回避技能もしっかりと心得ているのだろう。
『やるっ! さすがはリック・ドムU(ツヴァイ)ちゃんね!』
 その性能に感激を覚えたのか、レナスはそうつぶやき、攻撃を続ける。
 無論、アンネローゼも遅れていない。ビームキャノンとビームバズーカをうまく使い分け、目の前に現れる敵を射撃していく。こちらの黒い機体に驚き、逃げ出そうとした所を他の味方に撃破される機体もあった。やはりビーム兵器を2つも持つと、火力がかなりのものになった事が感じ取れる。だが、その火力に歓喜してばかりはいられない。宇宙では地面が無い故に、敵が全方位どこから現れるかわからない。ましてや、近くには友軍もいるので、誤射にも注意を払わなければならない。感覚を研ぎ澄まし、全方位を警戒しつつ、捉えた敵を撃破していく。機体そのものも目まぐるしく姿勢が変わるため、気を抜くと平衡感覚を失ってしまいそうだ。
『やけに動きのいいMSがいるぞ? 何だあれは?』
『最近来た、噂のエースパイロットだな。確か、「黒豹」とか言ったな』
 そんな友軍機の通信が耳に入ってくる。宇宙にいるパイロットにも、自分の事はそれなりに知られているようだ、と思いつつ、目前で起こる戦闘に集中する。正面から、こちらに射撃してくるジムとボールを確認した。警報が鳴る。アンネローゼはすぐに回避し、ビームキャノンとビームバズーカを連続で発射した。ボールはビームキャノンのビームで貫かれて爆発し、ジムもビームバズーカのビームで同じ運命を辿る事になった。だが、ビームバズーカのビームは、ジムを貫いて尚も破壊力を失わないまま飛んで行き、その先にいたジムをも貫いて撃破した。
 ――やっぱりこの武器は凄いわね。
 そう思いつつ、アンネローゼは次の敵を探す。その時、視界に入ったマティの高機動型ゲルググに、背後から高速で迫ってくる1機の機影があった。ジムだが、肩アーマーがなく、シールドも装備していない。カラーリングも明るめだ。熟練パイロット用に機動性が強化されたバリエーション機、RGM−79Lジム・ライトアーマーだ。
「マティ、後ろよ!!」
 アンネローゼはすぐに呼びかけた。その時、ジム・ライトアーマーは高機動型ゲルググに向けてビームガンを放った。だが、マティの反応は早かった。すぐに回避し、機体を回頭させる。するとジム・ライトアーマーは一気に間合いを詰め、ビームガンを捨ててビームサーベルを引き抜き、切りかかろうと突撃する。アンネローゼは援護しようかと一瞬考えたが、それはすぐ不要であると判断した。
『こいつ!!』
 マティは向かってくるジム・ライトアーマーに向け、手にしていたロケットランチャーを投げ付けた。思いがけない行動に驚いたのか、回避が遅れたジム・ライトアーマーは、投げ付けられたロケットランチャーの直撃をもろに受け、逆に弾き飛ばされてしまう。衝撃でビームサーベルを落としてしまい、直撃を受けたボディは大きく凹んでいる。ジム・ライトアーマーは機動性を追及した分、装甲が犠牲になっており、1発の被弾も命取りになってしまうのである。
 隙ありとばかりに、高機動型ゲルググはビームナギナタを抜いた。その柄の両方から、青い刃が現れる。そして、威嚇するように手の中で激しく回しながら、ジム・ライトアーマーに向かっていく。そして次の瞬間、ジム・ライトアーマーはビームナギナタにより体を両断され、爆発した。
『へっ、ちょろいもんだな。隊長、こっちの心配はいりませんから、他を当たってくださいよ!』
 マティは得意気にアンネローゼに言うと、再び近くにいた敵にビームナギナタを振り回しながら向かっていく。アンネローゼは、マティがビームナギナタを器用に扱っている事に驚いた。ビームナギナタは、柄の両方から刃を生成できる故に、振り回した拍子に自らの機体も切断しかねないため、エースパイロットでも扱いが難しいのだ。だから、格闘戦は不得手としているアンネローゼは、ビームナギナタを使う時は基本的に片方だけ刃を発生させて使用している。マティは格闘戦を得意としている事は知っていたが、ここでもそのスキルが活きているようだ。
 アンネローゼは、マティは大丈夫だろうと判断し、他の目標を探す。周囲では未だ激しい戦いが続いている。光が1つ瞬く度に、MSが消えていく。戦局はまだどちらが有利なのかはわからない。膠着状態だ。ただ、これだけ戦闘が続いても、未だ敵の数が減ったようには見えない。やはり敵の数が多いのは間違いないだろう。
 ビームバズーカで射撃しつつ、アンネローゼは自らの僚機を探す。下方に、ルーティアとレナスのリック・ドムUが見えた。離れて孤立してしまわないように一定の距離を保ちつつ、攻撃を行っている。ルーティア機に接近してきたジムがいたが、すぐに放たれた胸の拡散ビームにより頭部が損傷し、動きを止めてしまう。その隙に、バズーカの零距離射撃を浴びせ、撃破する。レナス機も、続けて迫ってきたジムにマシンガンを浴びせ牽制してから、もう片方の手に持っていたシュツルムファウストで撃破する。
 別方向に視線を向けると、敵のサラミスが既に近くで友軍のムサイと砲撃戦を繰り広げている。敵艦隊は、既にこちらの艦隊に砲撃を浴びせられる距離にまで来ていたのだ。あの位置なら、こちらが攻撃に向かえる。迫ってきたジムをビームバズーカで撃破してから、アンネローゼは通信で呼びかける。
「エーファ!!」
『何でしょうか、隊長?』
「これから敵艦隊を攻撃するから、ついて来て!!」
『はい!!』
 エーファの返事を確かめてから、アンネローゼは艦隊へと向かう。すぐに、エーファのビグロが合流してきた。対艦戦闘で高い威力を発揮するビグロを、対艦戦闘に入る上で味方にしない手はない。そしてエーファは、その能力をフルに活かせるパイロットだ。だからアンネローゼは、エーファを呼び出したのである。
『先行します!!』
 ビグロが速力を活かし、アンネローゼより先行して艦隊に向かう。そして手始めに、機種のメガ粒子砲を放つ。ビームは容赦なく1隻のサラミスを貫き、大きな爆発を起こした。敵艦もこちらに気付き、すぐに対空砲火を浴びせてくる。砲火を的確にかわしつつ、アンネローゼはブリッジに狙いを定め、ビームキャノンとビームバズーカを連続発射。2つのビームはブリッジを貫いて爆発し、連鎖反応で爆発はあっという間に船体を飲み込んでいく。撃沈を確認してから離脱し、次の艦に狙いを定める。
 その時、アンネローゼの脳裏で、稲妻のようなものが通り抜ける感触。同時に、警報が鳴った。アンネローゼは反射的にシールドを構え、第一撃を防ぎつつ回避。見ると、左上方からジムやボールが迫ってきている。艦隊が攻撃されている事に気付き、駆け付けたのだろう。先行する機体が1機。ジム・ライトアーマーだ。高い機動性を活かし、こちらに一気に間合いを詰めながら射撃してくる。アンネローゼは飛んで来るビームを回避しつつ、ビームバズーカを射撃。正確に放たれたビームはジム・ライトアーマーを容易く飲み込み、爆発した。続けてやって来たジムを、ビームキャノンで撃破する。
 ビグロにも目を向ける。やはり予想通り、ジムがビグロに攻撃を仕掛けていたが、ビグロは巧みに回避し、逆に接近してクローの一撃を浴びせ、撃破している。だが、他にもビグロを狙っている敵機はいる。エーファの技量で応戦できるだろうが、これでは対艦攻撃を足止めされてしまうと判断したアンネローゼは、すぐに援護に回る。ビグロに狙いを定めるボールにビームキャノンを放つ。ボールは簡単に撃破され、続けてその隣にいたジムにビームバズーカを放つ。ジムはこちらに気付いたようだが既に遅く、ビームの一撃で上半身を簡単に吹き飛ばされた。
「エーファ、敵MSは私が引き付けるから、対艦攻撃に集中して!!」
『はい!! ありがとうございます!!』
 エーファの返事が返ってくると、ビグロは真っ直ぐ敵艦隊へ向かっていく。敵もそんなビグロを追おうとするが、そんな機体にアンネローゼは狙いを定め、撃破していく。敵もアンネローゼを落とさなければ先に進めないと判断したのか、こちらに攻撃してくる。だがそれは、こちらにとって好都合だ。アンネローゼが敵MSを引き付けている間に、エーファは対艦攻撃に専念する事ができ、敵艦隊はビグロによって次々と撃破されていったのである。
 どれくらいの時間が経っただろうか。敵部隊が一斉に、撤退を開始した。これ以上の戦闘続行は危険と判断したのだろう。艦隊もMS部隊に合わせ、引き上げていく。
『逃げていくぞ!』
『俺達、勝ったんだ!』
 通信から兵士達の歓喜の声が聞こえてくる。アンネローゼも勝利できた事を確信し、ほっと胸を撫で下ろした。だがその時、1人だけ悲痛な声を上げている人物がいる事に気付いた。
『そんな……ビットナー大佐っ!!』
 その声の主は、エーファだった。それを聞いてまさか、と思って目を向けると、第11宇宙艦隊の指揮官であるビットナー大佐の艦であり、エーファの元の母艦であったザンジバル級が、ブリッジから煙を上げていたのだ。ブリッジを攻撃された以上は、そこにいたクルーの命はないだろう。
 通信でエーファの声が聞こえなくなる。ショックのあまり言葉を失っているのだろう。やはり、全く損害を出さないで戦い勝つ事はできないのである。今回、勝利の代償として支払ったものは指揮官という大きすぎるものになってしまった。アンネローゼは現実の残酷さというものを改めて思い知らされたのだった。

 * * *

 こうして、戦闘は終わった。
 戦闘そのものはこちら側の勝利に終わったものの、こちら側の損害も決して無視できるものではなかった。アンネローゼの第3小隊らティルピッツの部隊は全員生還できたものの、他の部隊の損害は小さかったとは言えなかった。特に、第11宇宙艦隊の指揮官であるビットナーを失った事は痛手となった。すぐに代理の指揮官が艦隊の指揮に付いたものの、これ以上の活動続行は危険だと判断され、地球周回軌道上における友軍の脱出活動の支援は中止される事となり、軌道上から撤退する事となった。とはいえ、一度に行動を開始するとその後発見される可能性が高くなるため、数隻単位に分けて順番に脱出する事になった。ティルピッツも間もなく、ここから出発する事となる。2隻のムサイ級が水先案内人も兼ねて同行するという話だ。
「それで、これから先はどのようなルートを通る事になるのですか?」
 ブリッジでアンネローゼは、レギーナに尋ねる。
「とりあえずは月に向かう事になったわ」
「月、ですか」
「ええ、月には我が軍の拠点だったグラナダがあるわ。そこに行けば、私達はサイド3に戻れる可能性があるって事よ」
 レギーナの言葉に、アンネローゼは納得した。月面都市グラナダには、ジオン軍の軍事要塞や兵器工場がある。そもそもグラナダは元々、月の裏側に位置するサイド3にコロニーの建設資材を打ち上げるために建設された基地が発展したものであり、ジオンとは当初から縁が深い都市なのだ。なので、そこに行けば故郷への脱出の道が開かれるのは間違いないだろう。必ずしも、直接サイド3へ向かう事だけが脱出に繋がる訳ではないのだ。
「だけど、連邦軍だって黙ってはいないはずよ。今回のような戦いがあった以上、連邦軍は必ず追撃部隊を送ってくるはずよ。何より、地上で戦った部隊も追撃部隊を送る可能性も否定できないわ」
 レギーナの顔が少し歪んだ。これからも戦いは続いていく事になるだろう。アンネローゼは、あの茶色のガンダムタイプの事を思い出す。あのガンダムタイプは、ペガサス級を母艦にしていた。ペガサス級には、自力で大気圏を離脱できる能力があるという。そのため、彼らがまた自分達を追ってくる可能性もゼロとは言えないのである。
「だからアンネ、これからも頼むわ。私達が脱出できるかどうかは、あなたがどれだけ戦えるかにかかっているわ」
「はい、最善を尽くします」
 真っ直ぐな視線を送るレギーナの言葉に、アンネローゼは敬礼で答えた。

 レギーナとの話を終えたアンネローゼは、自室へと戻るべく廊下を歩いていた。
 その時、目の前から誰かが歩いてくる事に気付いた。それは、エーファであった。どことなく、肩を落として歩いているように見える。かつての上司だったビットナー大佐を失ったショックからだろうか。
「エーファ」
 アンネローゼは脅かさないように気を配った声で、エーファに呼びかける。するとエーファは、はっと顔を上げた。
「あっ、アンネローゼ隊長! 何でしょうか?」
 エーファは慌てた様子を見せながらも、いつものようにはっきりとした返事を返した。それだけ聞くと、エーファに特に何もなかったように見える。
「……大丈夫、なの?」
「あ、はい。私は大丈夫です」
「でも、さっきは何か落ち込んでいるように見えたけど……」
 そう聞いた途端、エーファの顔がまた少し下がった。そして少し間を置き、答えた。
「……すみません。確かに、ビットナー大佐が戦死なされた事は、ショックでした。大佐は、いい人でしたから……」
 エーファの声が弱くなる。だがエーファは、すぐに顔を上げた。
「でも、これが戦争なんですよね……こんな事で弱音を吐いていたら、兵士なんてやれません。ですから、私は大丈夫です」
 エーファは真っ直ぐな目を向けて答えた。その目付きは、演技しているようには見えなかった。彼女も、ビットナー大佐が戦死した事を軽く思ってはいない事は、アンネローゼにも理解できた。だが、兵士はそれでも戦わなくてはならないという理(ことわり)を、エーファは理解できている。やはりエーファは、突き付けられた現実としっかり向き合う事ができる、強い心を持っている事は間違いない。
「そう……それならよかったわ。だけど、これから戦いはもっと過酷になると思うわ。それは覚悟しておいて」
「はい。私は、今やれる事を精一杯やるだけですから」
 エーファはそう言って、口元に笑みを見せた。そして、では失礼します、とエーファは頭を下げ、アンネローゼの前を通り過ぎて行った。無理をしているようにも見えなくはないが、それはエーファの性格なのだろう。
 エーファの背中を見送った後、あのような部下をこれからの戦いの中で自分がしっかり引っ張っていかなければという思いを抱き、歩き出した。その手には、ミツルのお守りが握られていたのだった。


続く

[981] 第9話 過酷な戦い フリッカー - 2009/11/15(日) 14:05 - HOME

 宇宙世紀0080年1月14日午後2時13分:L1宙域付近

 L1宙域。
 そこは、一年戦争の初戦でルウム戦役と呼ばれる大規模な艦隊戦が行われた場所である。連邦軍本部ジャブローへのコロニー落としを目論むジオン軍と、それを阻止しようとする連邦軍艦隊が、この宙域で激突した。戦力比はジオンが1に対し連邦が3と、ジオン軍は不利であったが、当時宇宙戦艦と戦闘機しかなかった連邦軍は、ジオンのMSに対して有効な迎撃手段を持っておらず、戦いはジオン軍が3倍の戦力差を跳ね返して連邦宇宙艦隊をほぼ壊滅させて勝利し、連邦軍の宇宙での大規模活動を不可能にさせた。ジオン側の損害も大きく、コロニー落としは阻止されたように思えたが、コロニー落としは連邦艦隊を誘い出すための囮に過ぎず、ジオン軍の勝利は揺るぎないものだった。そんな戦いの激しさを、周辺に浮かぶ幾多の艦船の残骸が物語っている。まさに宇宙の墓場だ。だが、そんなこの宙域も、今再び戦火に包まれていた。
 あちこちに浮かぶ残骸に衝突しないよう注意を払いながら、レギーナは操縦桿を小刻みに動かしつつガッシャを飛ばしていた。ガッシャは操縦桿の指示に答え、的確に残骸をかわしていく。同時に、敵の警戒も怠らない。残骸がMSにとってうってつけの障害物となっているため、どこから敵が出てきてもおかしくない状態だ。レーダーが役に立たない状態では、まさにパイロット自身の感覚が頼りだ。
 警報が鳴り響いた。後方からだ。レギーナはすぐにAMBACを使用し、期待を回頭させつつ回避運動。飛んできたビームをかわした。攻撃の主はジムだ。こちらに向かって来ながら射撃してくる。レギーナはこちらも射程圏内に入っている事を確かめ、特殊ハンマーガンを放つ。鎖で繋がれた鉄球が、ジムに真っ直ぐ伸びていく。腹に鉄球の直撃を受けたジムはそのまま沈黙して流れていく。すぐに別のジムが現れる。隙を見たレギーナは、ブーストをかけてジムに一気に飛び込む。肩に装備されたミサイルを放って牽制。接近してくる事に気付いたジムは、ミサイルをかわして頭部のバルカン砲で応戦しつつビームサーベルを抜いた。ジムが向かってくる。ビームサーベルの横薙ぎを浴びせようとしたが、ガッシャは身を屈めてかわす。逆に足でジムの右手を蹴り、ビームサーベルを落とさせる。
「MSは伊達に人型じゃないのよ!!」
 あまり人型とは言い難い外観をしているガッシャに乗って言うのはどうかとも思うが、レギーナは自然と叫んでいた。そして、蹴りを出した反動を活かして回転をかけ、左腕を突き出す。クローはジムの胸を易々と貫いた。ガッシャが離脱すると、ジムは火の玉と化して消えた。鉄球は、ガッシャの手元に戻る。目の前の敵はいなくなったが、まだ安心はできない。すぐに他の敵を探す。
 地球の軌道上を離れてから4日。順調に行けば、1週間後には月に付ける予定であった。だが、事はそううまくは運ばなかった。レギーナの予想通り、連邦軍は追撃部隊を送り込んできたのだ。追撃部隊との交戦に明け暮れる日々。月がこれほど遠い場所にあるとは、思ってもいなかった。追撃部隊の目を欺くために、この暗礁宙域にティルピッツを向かわせたのだが、敵も簡単に騙される事はなく、またしてもこうやって交戦する状態となったのである。連続の戦闘は、充分に訓練されたパイロットにとっても、厳しいものだ。何より、戦争時と違って孤立無援なのだ。戦い続ければその分弾薬なども消耗する。ムサイ級2隻が同行しているとはいえ、戦力も多いとは言えず、普通の部隊がこの状況に置かれたら数日持っただけでもいい方なのかもしれない。その消耗も目論んで、敵は攻撃を続けているのだろうか。連日戦うアンネローゼ達をティルピッツのブリッジで黙って見ている訳にもいかず、レギーナはこうして出撃し、戦いに身を投じている。
 正面に、黒いMSが見えた。アンネローゼのゲルググだ。現れる敵をビームバズーカで確実に撃ち抜いている。すぐに合流する。その時、ゲルググがこちらに気付いたのか、顔を向けた。
『レギーナ中佐!!』
 通信でアンネローゼが叫ぶ声が聞こえたと思うと、ゲルググはビームバズーカを一瞬、こちらに向けたかに見えた。だが、放たれたビームはガッシャの横を通り過ぎ、後方にいたジムを貫き、爆発した。レギーナのガッシャを、ジムが追跡していたのだ。それに、レギーナは気付いていなかった。更に砲撃を続けたゲルググによって、近くにいた他のジムも瞬く間に撃破されてしまった。
「助かったわ、アンネ。そっちの状況は?」
 レギーナは通信で礼を言ってから問う。
『状況も何も、敵の数は周辺の残骸のせいでまだ把握できません。恐らく向こう側も、残骸を利用して数を把握されないようにしているのだと思います』
 アンネローゼは答えた。相変わらず敵の数は把握できていないようだ。敵の戦力がわからないという事ほど、不利な事はない。敵の戦力の多さで、こちらが対応すべき方法も変わってくるのだ。レギーナは唇を噛む。
 ゲルググが向かってくるジムを捉え、射撃する。ビームバズーカとビームキャノンから放たれたビームが、ジムを瞬く間に破壊していく。続けてアンネローゼは、近くにあった艦の残骸に向けてビームバズーカを撃つ。その一撃で残骸が破壊されると、その裏から1機のジムが現れた。どうやらアンネローゼは残骸の陰にジムが隠れていた事に気付いていたようだ。レギーナはすかさずガッシャを突撃させる。アンネローゼのゲルググに気を取られていたジムには、簡単に接近する事ができた。ジムが気付いた頃には、ガッシャはハンマーガンでジムを直接殴りつけていた。ジムの腹は大きく凹み、反動でガッシャから離れたジムは、そのまま沈黙してしまう。
『あんた達、いい加減しつこいのよっ!!』
『全く……1日くらい休みを取らせろってんだ……!!』
 ルーティアとレナスがそうぼやきつつ、2人のリック・ドムUが現れるジム部隊を迎え撃つ。
『ベルタが待っているのに、こんな所でやられてたまるかよ!!』
 持ち前の機動性を活かし、ジムを次々とビームナギナタで切り裂いていくマティの高機動型ゲルググ。
『私だって……負けたくない!!』
 そして、残骸を的確にかわして飛びつつ、砲撃するエーファのビグロ。このような場所の戦闘にはMAは向いていないものだが、エーファは的確にビグロを操り戦っている。4人共一歩も引かずに敵を迎え撃っている。
 何より、レギーナが驚くべきはアンネローゼだ。ここ最近の戦いの中で、彼女は以前よりも増して戦果を上げるようになってきている。彼女はニュータイプなのではないかという噂は以前からあったのだが、本当にニュータイプとしての力が覚醒してきたというのだろうか。次々に敵を狩っていく黒いゲルググのその姿はまさに猛獣、『黒豹』そのものだ。そんなアンネローゼの姿を見ていると、味方でありながら敵に回せば恐ろしいパイロットだろう、と思わずにはいられない。彼女の姿を見ていると、あの『連邦の白いヤツ』を思い浮かばずにはいられない。
 だが、見とれてはいられない。自分の戦闘に集中しなければ。レギーナは正面を見つめ、敵を探す。正面に3機のジムを捉えた。すぐに突撃する。3機のジムはすぐに気付き、銃撃を浴びせてくるが、残骸を使用してかわす。そして、残骸から飛び出してハンマーガンを放つ。鉄球は、1機のジムに直撃し、ジムは爆発。すぐに次のジムへ。本来は発射した後、戻ってくる鉄球を戻さずにそのまま振り回し、2機目のジムに直撃させた。そして3機目のジムに挑みかかろうとした時、警報が鳴り響いたと思うと、機体に強い衝撃が走った。
「ぐっ!?」
 レギーナの体が、シートの中で揺さぶられる。被弾してしまったようだ。狙おうとしていた3機目のジムが、バズーカをガッシャに放ったのだ。だが、装甲は持ちこたえてくれている。久しぶりに被弾してしまったが、ガッシャの装甲の厚さに助けられたようだ。ジムが再びバズーカを撃ってきたが、二度目を許すほど、レギーナはお人好しではない。ペダルを踏み込み、加速してかわす。そして一気に懐に飛び込み、左腕のクローをジムの胸に叩き込んだ。突き刺した爪を引き抜いて離脱すると、ジムは爆発した。
「次の敵は……?」
 レギーナは周囲を探すが、その時、再び警報が鳴った。後方から砲撃を受けた。衝撃でコックピットが激しく揺れる。またしても被弾してしまった。しかも今回は、背部のスラスターだ。腕が鈍ってしまったのだろうか。一瞬思ったが、そんな事を考える暇もなく、レギーナは続けて飛んでくる砲撃をかろうじて回避する。スラスターがやられてしまった事が痛く、持ち前の加速度が落ちてしまった。これでは機動性を活かして強引に飛び込む事は不可能だ。仕方なくミサイルで応戦する。だがジムはそれをシールドで防ぐ。続けて射撃しようとしたが、トリガーを引いても反応がない。弾切れだ。ジムから放たれる銃撃を、回避しながら攻撃の機会を窺うしかない。ガッシャは接近戦用に開発されたMSだ。そんなガッシャが接近戦を挑めない事はもどかしく、不利だ。
 その時、ガッシャを狙っていたジムが、別方向から飛んできたビームに貫かれ、破壊された。ビームが飛んできた先には、アンネローゼのゲルググの姿があった。
『レギーナ中佐!!』
 通信でアンネローゼの声が聞こえてくる。うまい所での救援だ。やはりアンネローゼは頼れる存在だと、レギーナは改めて実感した。レギーナはガッシャを下がらせ、この場での戦闘をアンネローゼに任せる。
 アンネローゼのゲルググに気付いたジムは、すぐにそちらに向けて銃撃するが、アンネローゼは巧みにかわしつつ砲撃を続ける。放たれるビームに、次々とジムは貫かれ、爆発していく。相変わらずの射撃技量だ。すると、残ったジムは潮時だと判断したのか、ゲルググの前から引き上げて行った。
『逃げて行くぞ!』
『何とか追い払えたみたいだな……』
 マティとルーティアの声も通信で入ってくる。とりあえず、今日の戦闘は乗り越えた。レギーナはふう、と一息つき、胸をなで下ろした。そんな時、アンネローゼのゲルググがガッシャの元にやってきた。
『レギーナ中佐、機体は大丈夫ですか?』
 アンネローゼが問う。どうやらガッシャが被弾している事に気付いたらしい。
「ええ、機体も私も無事よ。装甲の厚さに助けられたわ。メインスラスターをやられてしまったけどね。とにかく、ティルピッツに帰還しましょう」
『了解』
 レギーナはアンネローゼの答えを確かめてから通信を切る。そしてガッシャをティルピッツへと向かわせる。アンネローゼのゲルググは、ガッシャがメインスラスターをやられた事を気遣っているのか、先に帰還するような事はせず、ガッシャと同行する形でティルピッツに向かっている。アンネローゼらしい行動だと思いつつ、レギーナはティルピッツへと帰還していくのだった。

 * * *

 格納庫が気密された事を確認し、レギーナはやっとヘルメットを脱ぐ事ができた。ガッシャに乗っている間は吹く事ができなかった汗を腕で拭い、ドリンクで喉を潤す。無重力状態ではコップでそのまま飲み物を飲む事はできないため、コップに蓋をしてストローを使い飲む。
 レギーナの視線の先には、自身のMSであるガッシャの姿がある。ボディには大きな被弾の跡がある。ここからでは見えないが、背部のメインスラスターも破損しているだろう。その部分を、整備兵達が修理している所だ。
 今まで出撃した時と異なり、やけに体が疲れているような気がする。自分の腕に絶対の自信があるとはレギーナは思っていないが、久しぶりに被弾してしまうとは、一体どうしてしまったのだろうか。指揮官である故に、アンネローゼ達のように宇宙での慣熟飛行ができなかった事もあるかもしれない。あるいは今感じている疲れが響いているのか、自分も被弾を免れられないほど、戦闘が激しくなっているという事なのだろうか。レギーナは考えずにはいられない。
「レギーナ中佐」
 そんな時、アンネローゼの声が耳に入った。振り向くとそこには、レギーナと同じくヘルメットを脱いだアンネローゼの姿があった。
「アンネ……今日は本当に助けられてしまったわね。ありがとう」
「いえ、礼には及びません。私は当然の事をしただけです。ミツルだって言っていましたよ、敵に1人だけで戦おうとはするな、と」
 レギーナの言葉に、アンネローゼのいつもの口調で言葉を返した。そうだったわね、とレギーナは口元に笑みを浮かべた。
「それにしても、アンネは本当に凄いわ。あのような過酷な戦闘でも、あれだけ戦果を上げられるなんて」
 レギーナは、ふと思った事をそのまま口に出した。それを聞き、アンネローゼはえ、と少しだけ声を裏返した。
「今回はそんなあなたにたすけられてしまったし、私は本当に、アンネのような兵士を部下に持てて、よかったと思うわ。やっぱりあなたは、本物のニュータイプなのかもしれないわね」
「いえ……私はただ、最善を尽くしただけです。それに私は、自分がニュータイプだなんて凄い存在だとは思っていません」
 アンネローゼはニュータイプという言葉に少し戸惑った様子を見せたが、いつもの口調に戻り答えた。そういう答えを返す所がアンネローゼらしいと思い、自然と笑みが浮かんだ。
「……何か、変な事言いました?」
 表情が変わった事に気付いたのか、アンネローゼは聞く。
「いいえ、アンネらしいわねって思っただけよ」
 レギーナは笑みを保ったまま、答えた。やはりアンネローゼは、自分にとってただの部下ではない。もう家族のような存在だ。そんなアンネローゼと共に、生きて故郷に帰りたいと、レギーナは改めて思う。
「アンネ。前にも言ったかもしれないけど、今の状況じゃ、もうあなただけが頼りよ。あなたの活躍次第で、このティルピッツの運命が決まるのかもしれないわ」
 レギーナは表情を戻し、はっきりとアンネローゼの顔を見つめて告げた。その言葉に、アンネローゼは一瞬、驚いた表情を見せた。こんな事を言うとアンネローゼにプレッシャーをかけてしまうとは思っていたが、こういう事を言わずにはいられなかった。レギーナはそっと、アンネローゼの肩に手を置く。
「私は、あなたを信じているわ」
「……はい!」
 するとアンネローゼは、はっきりとレギーナを見つめて、うなずいた。
「だから、無理はしないで次の戦闘に備えて体を休めておきなさい」
「はい。レギーナ中佐も、無理はしないでください」
 レギーナの言葉にうなずいたアンネローゼが返した言葉に、レギーナは少し驚いた。まさかアンネローゼの口からそんな言葉が出るとは思っていなかったのだ。
「レギーナ中佐は、私達の部隊の中心ですから」
 そう言った後、アンネローゼは珍しく微笑んだ。そして、レギーナの前を後にしていった。
 無理はするな、か。レギーナはアンネローゼの心遣いを嬉しく思いつつ、その場を後にしたのだった。

 * * *

 無理はするな、とは言われても、レギーナには指揮官として、やるべき事は多い。それを僅かでもやり逃してしまえば、部隊の指揮に大きな影響を与え、下手をしたら敗北に繋がってしまうかもしれない。レギーナは敗戦を知って脱出を図って以来、部下の命を守ろうと自分にできる事を精一杯行っていた。疲れを感じているのはそのせいかもしれないが、部下の命には代えられない。レギーナはこれからやるべき事を成すために、ブリッジに向かおうとしていた。
 だがその時、目の前の景色が急に歪んだと思うと、急に体がふらついてしまう。思わず足を止める。どうやら疲れが溜まっているのは本当らしい。だが、そんな事で弱音を吐いてはいられない。自分は指揮官なのだ。無理をしてでも、部下の命を守らなくてはならない。そんな思いが、レギーナの足を踏み出させる。だが、それでも体は悲鳴を上げる。体のふらつきを抑える事ができず、その場に座り込みそうになった時、そんな体を正面にいた誰かの手で支えられた。
「どうしたんです、レギーナ?」
 そこにいたのは、ロールだった。ロールはすぐにレギーナの体を起こさせる。
「ロール……いいえ、何でもないわ」
 レギーナは自分の体を支えるロールの手を解いて、立ち上がろうとしたが、ロールの手は再び、レギーナの体を止める。
「何を言っているのですか。顔色が悪いですよ?」
「気のせいよ、そんな事……」
「いいえ、気のせいではありません。休んだ方がいいですよ」
「何言っているの、私は指揮官よ……指揮官として、みんなを守る義務が……」
 レギーナはそう言ってロールを振り解いて向かおうとしたが、やはり体がふらついてしまう。そんな体を、ロールは再び支える。
「何を言っているのですか! 指揮官が肝心な時に倒れてしまっては本末転倒です! ここは休むべきです、レギーナ」
「だけど……」
「心配はいりません。ここは自分に任せてください。不在の時はいつも、自分に指揮を任せてくれたではありませんか」
 その言葉を聞いて、レギーナははっとした。自分はいつの間にか、自分1人で全てをこなそうとしていたのかもしれない。自分の力になってくれるロールの事を、激戦の中で忘れていたのだろうか。
「……ごめんなさい、ロール。私、1人で全部をやろうとしていたかもしれないわね」
「自分だって言いましたよ、レギーナの力になると」
 ロールは真っ直ぐ、レギーナを見つめていた。その瞳に、ロールの優しさを感じ取った。彼は副官としてはもちろんの事、レギーナを愛する男として、レギーナの事を心配しているのだ。
「ロール……」
 レギーナがつぶやくと、ロールを自らそっと抱き締めるのと同時に、互いに顔を近づけ、そっと口付けを交わした。数十秒ほど口付けをした後、レギーナは唇を離す。これ以上続けたかったという思いもあったが、無理は言えない。後は任せるわ、と言ってレギーナはロールの前を後にし、体を休めるために自らの個室へと向かったのだった。

 * * *

 自室に入ったレギーナは、ベッドに倒れ込むように横になると、そう時間を置かずに深い眠りに落ちてしまった。
 それから、どれだけの時間が経っただろうか。不意に耳に入った内線電話の呼び出し音によって、レギーナは目を覚ました。内線電話が鳴っている事に気付いたレギーナは、素早く時刻を確かめる。ベッドに横になってから、4時間ほど経っていた。自分は結構長い間眠ってしまっていたらしい。レギーナはすぐにベッドから起き上がり、内線電話を取る。
「私よ」
「中佐、緊急事態です!」
 内線電話の主はロールだった。緊急事態という言葉を聞き、レギーナの目は一気に覚めた。
「緊急事態!? 何があったの!?」
 レギーナは問う。「敵です! ティルピッツの正面から、敵艦隊が向かって来ていると、偵察隊から報告があったのです!」
「敵艦隊!?」
 ロールの言葉に、レギーナは驚きを隠せなかった。これまで敵は追撃部隊であるが故に、こちらの後方から襲いかかったのだが、まさか正面から現れるとは。正面からという事は、今までこちらを追っていた追撃部隊とは別の部隊だろう。戦争中と違い、今の宇宙は戦争の勝者である連邦軍の勢力下にある。つまりティルピッツは今、敵地の真っ只中を航行しているも同然なのだ。大きな被害を被った追撃部隊が、近くにいた他の部隊に応援を要請したという可能性は充分あり得る。正面から別の部隊が来ているという事は、最悪の場合、挟み撃ちにされてしまう可能性がある。早急に対処しなければならない。
「わかったわ! 私もすぐに出るから……!」
「いえ、中佐は休んでいてください」
 レギーナはすぐに自分も出撃しようとしたが、ロールに止められてしまう。
「中佐のガッシャはまだ整備中です。それに体調の面でも、中佐は出撃を控えるべきです」
 ロールにそう言われたレギーナは、湧き上がりそうになった心を冷やす事ができた。ガッシャが整備中となれば、出撃したくてもできない。何より自分の体には、疲れが溜まっているのだ。
「そう、ならすぐブリッジに……」
「いいえ、指揮はお任せください」
 ならば指揮を取らなくては、とレギーナは思ったが、それもロールに止められた。
「いざという時のためにも、今は体を休めておくべきです。指揮は自分が代行します」
 ロールが自ら指揮を取ると宣言するのは珍しい。彼は普段は、自分は指揮官には向いていないという理由で、副官という立場に留まり、部隊の指揮を行うのはレギーナが出撃する時のような『やむを得ない時』くらいだった。それでも彼はプランナーとしての能力の高さから、指揮の代行をこなす事ができたために、レギーナは安心して部隊の指揮を任せる事ができたのである。
「……そうね。なら、私は身を引かせてもらうわ。その代わり、必ず勝つのよ。私達が生き残るために」
「何を言っているのです? 自分は常に副官として、中佐が出撃時の指揮の代行をしてきたではありませんか。そんな自分が信用できないのですか?」
 ロールは自身あり気に、問い返してきた。
「そうだったわね。そう言うなら、何も言う事はないわ。ロール、あなたを信じるわ」
「はい!」
 レギーナはロールの返事を確かめてから、内線電話を切った。
 自分はこの部隊の指揮官だ。自分の部下達が信用できなくてどうする。ロールは無論の事、アンネローゼという心強いパイロットもいるのだ。彼らがいれば、必ず勝てる。そう信じなくては。
 レギーナは部下に自分の思いを託し、デスクの前の椅子に腰を下ろしたのだった。

 * * *

 艦内にスクランブルを知らせるサイレンが鳴り響く。アンネローゼはすぐにパイロットスーツを身に着け、ゲルググのコックピットへと飛び込んだ。マティら他のパイロット達も、急いで各々の機体へと乗り込んでいく。
 ゲルググを起動させ、素早く機能チェックを行う間に、ブリッジへ通信を入れる。
「こちら、アンネローゼ・ブリュックナー少尉より、ブリッジへ。状況を知らせてくれませんか?」
『わかった。これより説明する』
 通信用の画面に映ったのはロールだった。ガッシャが整備中という事もあり、通信に答えるのはレギーナだと思っていたアンネローゼは少し驚いた。
「少佐、レギーナ中佐はどうなさったのですか?」
 気になったので聞いてみた。
『中佐は今、体調を崩して休んでいるだけだ。心配はいらない』
「そうですか……」
 レギーナは指揮官でありながら、ここ数日はパイロットとして出撃を繰り返しており、多忙だった事はアンネローゼも理解していた。その疲れが体に響いてしまったのだろう。
『さて、状況を説明する』
 ロールが事務的な口調で告げた。その言葉を聞き、アンネローゼは我に返る。
『現在、我々の進行方向を遮る形で、正面から敵艦隊が接近してきている。早急に対処しなければ、後方の追撃部隊の接近を許してしまうと、我々は包囲殲滅されてしまう。正面の艦隊を素早く撃滅し、我々の進路を確保してくれ』
「了解」
 どうやら敵は、正面から現れたらしい。現在の宇宙は、連邦軍の勢力下だ。つまり、敵がどこから現れてもおかしくない。これまで極力そのような敵に発見されないように慎重にルートを探ってティルピッツは航行してきたが、さすがに完全に気付かれないほど、現実は甘くはない。
 ここで手こずってしまえば、ロールの言う通り、自分達は包囲殲滅されてしまう。失敗は許されない。ましてや今は、隊の中核ともいえるレギーナを欠いている状態だ。万全の状態とはいえないが、ロールはレギーナが不在の間、指揮を任されている優秀な副官だ。そして自分も、レギーナが動けない分も、小隊を指揮して戦わなければ。
 ――アンネ。前にも言ったかもしれないけど、今の状況じゃ、もうあなただけが頼りよ。あなたの活躍次第で、このティルピッツの運命が決まるのかもしれないわ。
 レギーナの言葉を思い出す。だが、その言葉にプレッシャーを感じてはいない。自分が本当にニュータイプなのかどうかはわからない。だが、他の人とは違う何かを持っている事は間違いない。その力を自分が、この部隊が生き残るための糧にしなければ。
 ――必ず、生きて故郷に帰ってくださいね……!
 コックピットの天井からぶら下がっているお守りに目を向けると、そんなミツルの言葉を思い出す。
 そう、敗残兵となった自分達には、正義も誇りもない。それでも自分達は、生き残らなければならない。考えるのはそれだけだ。
「アンネローゼ・ブリュックナー少尉、発進します!!」
 ゲルググをカタパルトにつけたアンネローゼは、決意を胸に叫んだ。そしてその思いが力となるように、ゲルググは勢いよく射出され、宇宙へと飛び立っていった。僚機達も、アンネローゼに続けて次々と発進していく。ムサイ級からも、MSが発進したのを確認する。そして合流した僚機達と共に、敵が待つ戦場へと向かっていく。
 飛行してしばらくすると、前方に複数の光が確認できた。敵のスラスターから放たれる光だ。機種などは確認できないが、数は結構いる。
『主砲、一斉射撃!! 撃てーっ!!』
 ロールが指示すると、ティルピッツらは、一斉に主砲を放った。放たれたビームが、次々と背後から正面へと飛んでいく。そして光が大きく散開し、いくつか爆発が起きたのを確認した。こちらが戦闘に入る前の攻撃準備射撃だ。これが終わってから、アンネローゼ達は攻撃を開始するのだ。
 砲撃が止んだ。いよいよ今回はこちらが攻撃する番だ。正面の光も近づいてきて、MSの影が見えるようになってきた。
「マティ達はMS隊を引きつけて! 私とエーファはその間に敵艦を攻撃する!」
『了解!』
 全員に指示してから、アンネローゼは照準を合わせ、トリガーに指をかける。ビームの長い射程を活かし、先制攻撃を仕掛けるためだ。
「攻撃開始!!」
 アンネローゼは叫んだ瞬間、トリガーを引いた。ビームバズーカとビームキャノンが、一斉にビームを放った。ビームは、回避が遅れた1機のジムを貫き、爆発した。それを合図に、他のMS達は一斉に突撃していく。たちまち砲火が光の軌跡を描き、戦闘が始まった。
『何だ? あんなジム、見た事ないぞ?』
 マティの通信が耳に入ってくる。その言葉が気になり、アンネローゼは1機のジムに照準を合わせる。確かに、今まで会ったジムとは少し違い、若干力強そうな印象がある機体だ。アンネローゼ達は知らなかったが、この機体はジムの後期生産型であるRGM−79Cジム改で、基本性能が強化されたモデルなのだ。そんなジム改が、こちらに射撃してくる。武装は、ジムのものとそれ程変わらないビームスプレーガンだ。アンネローゼは周辺に浮かぶ残骸も利用して的確に回避しつつ、ビームバズーカで応戦。放たれたビームはジム改を貫き、爆発した。そして、次にボールを捉え、ビームキャノンを発砲。ボールは簡単に炎の玉と化して消えた。その時、どこからか飛んで来たビームが、複数のジムを薙ぎ払った。エーファのビグロだ。
「エーファ、ついて来て!!」
『はい!!』
 エーファに呼びかけてから、アンネローゼは敵艦がいる方向に向け、他の友軍機数機と共に向かっていく。当然、敵も黙ってはおらず、すぐに攻撃を仕掛けてくるが、アンネローゼはそんな敵も的確に撃ち抜いていく。エーファの攻撃も正確だ。機動性を活かして敵の攻撃をかわしつつ、近くに来た敵をクローで薙ぎ倒していく。スピードは向こうの方が上であるため、エーファが先行する形になる。
『見えました!! 敵艦です!!』
 エーファが叫んだ。見ると、敵艦の姿が確認できる。サラミス級だ。こちらの存在に気付いたのか、主砲の砲撃を浴びせてくる。アンネローゼとエーファは、それを的確にかわす。
「突っ込むわよ!!」
『はい!!』
 エーファに指示し、アンネローゼはゲルググを加速させる。複雑な機動で飛行して、敵の狙いを狂わせる。エーファのビグロが、メガ粒子砲を放つ。その直撃を受けた1隻のサラミスが炎を吹く。アンネローゼも続けて、ビームバズーカを放つ。ブリッジに命中したビームは、たちまちサラミスを炎へと包んでいった。
『よし、次!!』
 一度ビグロを離脱させながら、エーファがつぶやいた。その時。
 脳裏で、稲妻のようなものが通り抜けた感触。エーファを、誰かが狙っている。するとすぐに、ビグロにビームが飛んで来たのが見えた。
「エーファ!! 左よ!!」
 アンネローゼはすぐに呼びかけた。それに気付いたエーファは、ビグロを旋回させようとしたが、飛んで来たビームはビグロのボディに命中した。だが、急所は外れており、致命傷にはなっておらず、戦闘の続行は可能なレベルだ。
『な、何!?』
 エーファは驚いた声を出す。アンネローゼは、ビームが飛んで来た方向に目を向ける。あのビームは、ただのビームではない。ビームスプレーガンと違って結構出力が高かった。
 アンネローゼが捉えたのは、青いジムであった。先程まで見たジム改ともシルエットは異なり、スマートなボディを持っている。手に持っているのは、ビームライフルだ。そしてその頭部は、特殊なバイザーで覆われていた。
「スナイパータイプ? でも見た事がない」
 バイザーの形状からアンネローゼはスナイパータイプと推測したが、機体そのものは見た事がないものだった。以前見たジム・スナイパーカスタムとは、明らかにシルエットは違う。アンネローゼ達は知らなかったが、この機体はRGM−79SPジム・スナイパーU。後期生産型のジムをベースに作られた、性能向上型だ。
 驚いている暇はない。すぐにビームバズーカで応戦する。だが、ジム・スナイパーUは的確にその射撃をかわし、こちらにも射撃を浴びせてくる。その機動性は今まで見たジムとはかなり違う。
「速い!?」
 アンネローゼは驚いた。それもそのはず、ジム・スナイパーUのカタログスペック上の性能はあのガンダムを超えており、通常戦闘でもゲルググと対等に戦える能力を持つ、最も高性能なジムなのだ。ジム・スナイパーUの射撃が来る。かわせない。そう判断したアンネローゼは、すぐにシールドを構え、ビームを防いだ。そして反撃するが、ジム・スナイパーUの反応は早く、射撃が当たらない。友軍のザクが攻撃してきたが、それをかわしたジム・スナイパーUはビームライフルで的確に撃ち抜き、撃破してまた向かってくる。パイロットも結構な腕を持つ人物のようだ。
『アンネローゼ隊長!!』
「構わないで!! エーファは対艦攻撃を続行して!!」
 エーファが危惧の声を上げるが、アンネローゼはそんな彼女を止める。敵機との交戦に手間取っていては、対艦攻撃が疎かになってしまう。自分が敵を引きつけている間に、エーファには対艦攻撃を続行してもらわなくてはならない。
『は、はい!!』
 エーファの返事が聞こえると、ビグロは対艦攻撃を再開した。それに気付いたジム・スナイパーUはビグロを狙おうとするが、そこをアンネローゼは見逃さない。ビームキャノンを撃つ。攻撃に気付いたジム・スナイパーUは咄嗟にシールドを構えてビームを防いだが、シールドは破壊された。
「あなたの相手は、私よ!!」
 そうつぶやきつつ、アンネローゼは射撃を続ける。ジム・スナイパーUはその挑発に乗り、かわしつつこちらに射撃してくる。アンネローゼもそれをかわしつつ、ジム・スナイパーUを誘導する。ジム・スナイパーUはうまくこちらを追ってきている。
 目の前にいるのは、サラミス。だが、攻撃は仕掛けない。サラミスの対空砲火をジム・スナイパーUの射撃と共にかわしつつ、ジム・スナイパーUから見てサラミスの影に隠れるようにサラミスの腹に潜り込む。すると、ジム・スナイパーUが放ったビームが、サラミスを貫いた。そして、サラミスはたちまち爆発を起こす。誤射してしまった事に驚き、ジム・スナイパーUは足を止めた。そこが、アンネローゼの狙いだった。その隙を見逃さず、アンネローゼはビームバズーカを撃った。無防備になったジム・スナイパーUは、腹をビームに貫かれ、爆発した。
 これで、厄介な敵を片付けた。だが、戦闘はまだ終わっていない。アンネローゼは素早く頭を切り替え、エーファの対艦攻撃の援護に回る。エーファのビグロは既に艦隊を次々と攻撃を加え、大打撃を与えていた。アンネローゼも艦隊に攻撃を加え、必要ならば襲来した敵MSの迎撃を行った。
 こうして、敵艦隊は壊滅的な打撃を受け、敵MS部隊は敗北を悟って撤退して行ったのだった。

 * * *

 かくして、ティルピッツの危機は去った。ティルピッツは無事に進路を確保し、艦隊を突破する事ができた。
 だが、ティルピッツの危機が完全に去った訳ではない。目的地に着くまでは、ティルピッツの危機は完全に消える事はないのだ。そして、損害もなかった訳ではない。孤立無援の状態では、いつ戦闘不能な状態になるかわからないのだ。これからも、このような過酷な戦いは続いていくだろう。ゲルググから降りたアンネローゼは、戦争中の時と違って、安心感を得る事ができなかった。
 この戦いは、いつまで続くのか。まるで出口が見えない迷宮に迷い込んだようだ。
 この迷宮から自分達が抜け出せるのは、いつの日になるのだろうか。
 そう思いつつ、アンネローゼは次の戦いの備えるべく、格納庫を後にしていったのだった。レギーナが言った通り、この部隊の未来が希望になるのか絶望になるのかは、自身の戦いに掛かっているのだから。


次回:最終回

[986] 最終話 生還 フリッカー - 2009/11/21(土) 18:21 - HOME

 宇宙世紀0080年1月15日午前11時24分:L1宙域付近・ティルピッツ艦内

 その報告は、突然としてやってきた。
 アンネローゼ達は、すぐにブリーフィングルームに集められた。また、敵がやって来る。生き残るためへの過酷な戦いが、また始まる。そう思いながら、アンネローゼは席に座った。他のパイロット達も同じような事を考えているのか、笑みを浮かべている者は誰もいない。あの楽天家のレナスでさえも。隣に座るそれだけ状況は、苦しいものになってきている証拠だ。自分達が本当に、生き残れる確証はないのだ。
 正面にレギーナがやって来る。その表情は以前までとどこか違うような気がした。体調を崩して体を休めていたというが、その影響のようには見えない。いつも以上に眼差しが強く、いつも以上に真剣な表情だ。その顔から、汗を垂らしているようにも見える。
「みんな、事態が深刻なものになったわ。よく聞いて」
 レギーナは告げた。やはり今までとは違う何かが起きたらしい。レギーナは少し間を置いて、言葉を続けた。
「先程、僚艦の偵察部隊から報告があったわ。私達を追撃する部隊の中に、あの『木馬』級を捉えたと」
 レギーナの言葉を聞いて、アンネローゼ達は驚きの声を上げた。確認するために、アンネローゼは問う。
「あの『木馬』級って事は、あの……」
「……そうよ。以前にも2回、私達の前に立ちはだかった、あの」
 レギーナの答えを聞いて、アンネローゼは愕然とした。「あの『木馬』級」とは、やはりあの茶色のガンダムタイプとそのパイロット、ガストン・マッコールを擁する青い『木馬』級――ペガサスだった。『木馬』級には単独での大気圏離脱能力があると聞いた事があるが、まさかここまで追いかけてくるとは。アンネローゼは今まで、不思議と宇宙に出たからにはあの茶色のガンダムタイプと戦う事はもうないと思っていた。あの茶色のガンダムタイプは、こちらのほとんどの攻撃を耐え抜く装甲と高い攻撃力を持ち、一度はアンネローゼのゲルググを撃破寸前に追い込み、そしてミツルを失うきっかけを作っている強敵だ。その敵と、再び戦う事になるとは。
「ちっ……こういう時によりによって、あいつがまた来るなんてな……!」
 マティが吐き捨てた。
「アンネローゼ隊長、『木馬』級って、まさか……?」
「ええ、私達が地上で戦った奴らよ。ゲルググのビームにも耐えしのぐほどの頑丈な装甲を持っているガンダムタイプを搭載していたの。私は、一度そいつに落とされそうになったのよ」
 アンネローゼは地上にはいなかったメンバーであるエーファの問いに答えた。それを聞いたエーファは、ええっ、と驚きの声を上げた。
「知っての通り、あの『木馬』級が擁する茶色のガンダムタイプは、こちらの攻撃がほとんど通じないほどの装甲を持っているわ。私達がまともに戦いを挑んでも、勝てる相手じゃないわ」
「なら、そんな相手にどうやって戦うというのです? まさか投降するとでも?」
 ルーティアが、そんな疑問を投げかける。
「もちろん、手は考えているわ。『木馬』級はそう間もない内に、こちらに攻撃を仕掛けてくる可能性があるわ。その前に、私達の方から先に仕掛ける」
「なるほど。攻撃は最大の防御、って事ですか」
 レギーナの説明に、ルーティアは納得したようにうなずいた。
「あのガンダムタイプも、母艦を落とされてしまえば、戦闘行動に大きな支障が出る。だから我々は、『木馬』級の撃破を狙う」
 レギーナの隣にいるロールが、前に出た説明した。
「『木馬』級を落とすのか!? そんな事言ったって……」
「こちらには以前と違い、MAがある。その能力を持ってすれば、『木馬』級とて恐れる敵ではないだろう」
 マティの言葉にロールが答えると、エーファがえっ、と驚いて声を裏返した。
「という事で私達は、エーファのビグロを中心とした、『木馬』級の攻撃作戦を行うわ。エーファのビグロが『木馬』級を攻撃する間、他のみんなはその援護を行って」
 レギーナが説明した作戦そのものは、今までの宇宙での戦いとあまり変わらず、特に特別な訳ではない。だが、相手が相手だ。あのガンダムタイプ以外にも、『木馬』級には新型のジムも搭載されている。こちらへの抵抗も激しいものになるはずだ。いつも通りにやればいい、という訳にもいかない。
「みんな……この戦いの勝敗で、私達の未来は決まるわ。必ず生還するのよ。それ以外、私は許可しないわ」
「了解!」
 レギーナの情がこもった言葉にも、一同はいつもと変わらぬ返事を返した。
「では、全員出撃準備にかかれ!」
 ロールの言葉を合図に、一同はすぐにブリーフィングルームを飛び出した。それはいつもと変わらぬ光景だったが、一同の思いはそれぞれ違うものだった。
「ベルタ……勝って絶対、生きて帰るからな……!」
 そう誓うようにつぶやくマティ。
「ルゥ……レナス達2人で、絶対生きて帰りましょう」
「ああ、そうだな……」
 互いの思いを確かめるように、そんなやり取りをするルーティアとレナス。
「隊長……」
 そして、未知の敵との対決において重要な役を任されて不安なのか、アンネローゼに声をかけるエーファ。アンネローゼは返す言葉に一瞬迷ったが、すぐに言葉を返す。
「……安心して。エーファの背中は、私が守るから。エーファは自分の任務を達成する事を考えていいから」
「……はい!」
 するとエーファは、はっきりと返事を返した。

 アンネローゼも、不安が全くないという訳ではない。相手は、一度は自分を撃破寸前に追い込んだ敵なのだ。だが、自分は隊長だ。隊長が弱気になれば、部下達も不安になってしまう。この戦いに勝つためには、隊長である自分が一番しっかりしなければならないのだ。何より、今の自分のゲルググには、ビームバズーカという新兵器もある。実際に当ててみなければわからないが、ビームバズーカの威力ならば、あの茶色のガンダムタイプにもダメージを与えられるかもしれない。
 アンネローゼは格納庫に着くと、素早く愛機ゲルググのコックピットに滑り込んだ。機体を起動させ、いつも以上に機体の状態を念入りに確かめる。他のパイロット達も、もう各々の機体に乗り込んだ頃だろうか。そう思った時、通信が入った。
『アンネ』
 通信用の画面に映ったのは、レギーナだった。だが彼女は、パイロットスーツを身に付け、MSのコックピットに座っている。ガッシャのコックピットだろうか。その姿に、アンネローゼは驚いた。
「レギーナ中佐!? もしかして、レギーナ中佐も出られるのですか!?」
『当然よ。部下が強敵相手に戦うのを、私だけ後ろから黙って見ている訳にはいかないから』
 アンネローゼは問うが、レギーナは平然と答えを返した。
「ですが……!」
『それよりもアンネ、あなたの方は大丈夫なの?』
「え……?」
 アンネローゼは食い下がろうとしたが、レギーナの言葉に驚いて言葉を止めてしまった。
『アンネ、あのガンダムタイプを倒しうるのはあなたのゲルググだけよ。そのパイロットのアンネに何か遭ったら、こっちは困るのよ』
「い、いえ、私は問題ありません」
『そう、ならいいわ』
 レギーナは、自分の事を心配してくれていた。作戦面での事だけでなく、自らの部下としての面でも心配している事は、アンネローゼは顔を見ただけでわかった。そんなレギーナに、アンネローゼはいつものように言葉を返すと、レギーナの口元が少しだけ笑った。
『アンネ……』
「あ、何でしょうか?」
 レギーナはアンネローゼに何か言おうとしていたようだが、言葉に迷っているのか、レギーナは言葉を少しの間続けなかった。
『……ごめんなさい。もうアンネに言う事は、何もないわね。私は、アンネを信じているから』
 レギーナに、モニター越しの真っ直ぐな視線が向けられた。レギーナ中佐、とアンネローゼの口から言葉が出た。
『1番機、発進シークエンスに入ってください』
 その時、オペレーターからの通信が入った。それを聞いて、アンネローゼは現実に引き戻される。いつまでも無駄話をしている時間はない。
『行きましょう、アンネ』
「……はい、レギーナ中佐!」
 レギーナの呼びかけに、アンネローゼははっきりと答えた。そして、改めて正面に目を向け、機体を動かす。
 ――アンネ。前にも言ったかもしれないけど、今の状況じゃ、もうあなただけが頼りよ。あなたの活躍次第で、このティルピッツの運命が決まるのかもしれないわ。
 そんな言葉を思い出す。自分は、レギーナに期待されている。この部隊の未来を握る存在であると。ならばその期待に、自分は答えなければならない。いや、答えてみせよう。自分が、この部隊が生き残るために。そして、死んでいったミツルの願いを無駄にしないためにも。操縦桿を握る手に、自然と力が入った。そして機体を動かし、ゲルググをカタパルトへと固定する。
『ブリュックナー少尉、コースクリア! 幸運を!』
 オペレーターが、発進準備が整った事を知らせた。そして、アンネローゼは力強く叫んだ。
「了解! アンネローゼ・ブリュックナー少尉、発進します!!」
 その瞬間、ゲルググはアンネローゼの思いを表すように勢いよく射出され、宇宙へと飛び立っていった。
『マティ・トスカーナ准尉、行くぜ!!』
『ルーティア・レヴィ機、発進する!!』
『レナス・リーファー、リック・ドムU(ツヴァイ)、行くわよ!!』
『エーファ・ベステル軍曹、行きます!!』
 他の4機も、次々とティルピッツから発進していく。4人の声には、どれもこの戦いに絶対に勝つという思いがこもっているのがわかる。それは、この部隊の大きな力となるはずだ。
『レギーナ・エーベル、出る!!』
 そして最後に、レギーナのガッシャが、カタパルトで発進した。アンネローゼのゲルググを含めて6機の機体が、僚艦のMS部隊と合流し、敵の待つ戦場へと向かっていった。向こうがまだどう出ているのかはわからないが、既に結構な距離にまで接近しているという情報だ。
『アンネローゼ隊長』
 その時、エーファから通信が入った。
「どうしたの、エーファ?」
『「木馬」級の戦力は、どのくらいあるのですか?』
「特別多いという訳ではないけれど、今までの敵とは別格だと思って。油断は禁物よ」
 エーファの問いにアンネローゼは答える。そして、言葉を付け足した。
「私も、最大限エーファを援護するわ」
『はい! ありがとうございます!』
 すると、エーファは安心したように笑みを見せた。自分を信頼してくれているようだ。
『ま、ここにはニュータイプもいるんだ。考えてみればそんなこの部隊が、負けるはずがないじゃないか』
『うん、レナスもそう思う!』
 ルーティアのつぶやきが聞こえた。それにレナスが相槌を打つ。ブリーフィング時の表情が嘘のように、いつもと変わらぬ言葉だ。きっと自分にも言い聞かせて、緊張を和ませようとしているのだろう。
『お喋りはその辺にして。敵が来るわよ』
 すると、レギーナに呼びかけられた。見ると正面には、複数の光が見える。敵だ。拡大画像で見てみると、そこには見慣れたジムに混じって、『木馬』級に搭載されている新型のジム、ジム・コマンドの姿もある。あのガンダムタイプの姿はまだ確認できない。そしてその背後には、あの青い『木馬』級、ペガサスの姿がはっきりと見える。
 アンネローゼはすぐに射撃体勢に入る。こちらの射撃で先制攻撃を仕掛けるためだ。
「私が発射したら、散開して各自攻撃開始!」
『了解!』
 全員の返事を確認してから、アンネローゼはビームバズーカの照準を合わせる。向こう側もこちらに気付いているだろう。
 ためらう事なく引き金を引いた。放たれたビームは、一瞬で敵部隊に伸びていく。敵部隊は散開したが、遅れた1機のジム・コマンドにビームは直撃し、爆発した。こちらにも、敵の反撃が飛んできた。すぐに散開して、全機は各自攻撃を開始した。たちまち乱戦が始まった。マティの高機動型ゲルググ、ルーティア、レナスのリック・ドムU(ツヴァイ)はその中に飛び込んでいく。アンネローゼは、ペガサスに向かって突撃していったエーファのビグロを、レギーナと共に援護する。ビグロに近づこうとする敵に、狙いを定めて射撃する。だが、ジム・コマンドの反応は早い。
 1発目。外れた。
 2発目。また外れた。
 3発目。また外れた。
 4発目。遂に命中した。だが、足がやられただけだ。まだ本体は生きている。
 そして5発目でようやく仕留める事ができた。やはりこの部隊は今までの部隊とは別格だ。レギーナのガッシャも応戦しているが、ジム・コマンドはやはり巧みに回避する。だがお陰で、ビグロから気を逸らさせる事はできた。
 その時。アンネローゼは、ペガサスを追う1機の機影を見つけた。それは、茶色の戦闘機だった。茶色のガンダムタイプを輸送していた、ガンキャリーだ。
『アンネ、あの機体!』
 レギーナも、その姿に気付いたようだ。
 ――遂に現れたか、ガストン・マッコール。
 アンネローゼはすぐにビームバズーカの狙いを定める。できるなら、あのガンダムタイプをガンキャリーもろとも撃破したい。そう思いつつ、発砲した。さすがに狙われている事に気付き、1発目は回避したが、次はそうはいかない。宇宙という同じ舞台の上なら、戦闘機はMSの敵ではない。2発目は、ガンキャリーに直撃した。ガンキャリーは姿勢を崩す。そこに、更に3発目を撃ち込む。そのビームに撃たれたガンキャリーは、たちまち爆発した。
「仕留めた?」
『いや、まだよ!!』
 アンネローゼの言葉に、すぐにレギーナが言葉を続けた。すると、ガンキャリーの爆発の中から、あの茶色のガンダムタイプ――ヘビーガンダムが姿を現した。ヘビーガンダムはこちらにむけて、フレームランチャーのガトリングガンを撃ってきた。アンネローゼはすぐにかわす。
『アンネ、2機で連携して撹乱するわよ!!』
「了解!!」
 レギーナの指示にアンネローゼは答え、ゲルググとガッシャは散開して攻撃を行う。1機の敵に対して複数で攻撃する事は、戦闘の基本とも言える戦術だ。ヘビーガンダムはどちらか一方の目標を選択する必要に迫られ、狙われなかった一方は有利な位置を取る事ができる。そして何より、今はヘビーガンダムを倒す必要はない。ビグロから気を逸らさせるだけでいいのだ。
 ビームバズーカから放たれたビームが、フレームランチャーに命中し、爆発した。やはりビームバズーカがあれば、ヘビーガンダムと互角に戦える。アンネローゼはそう確信しつつ、攻撃を続ける。向こう側の攻撃を正確にかわしつつ、ヘビーガンダムにはこの場から動けないように射撃を浴びせる。
 頃合いを見て、エーファのビグロに目を向ける。ビグロは、既にペガサスを捉えていた。ペガサスの対空砲火をものともせずに、機動性を活かして接近していく。そしてミサイルを放った。ミサイルは、エンジンブロックに命中した。たちまち大きな爆発が起きる。そして続けて、メガ粒子砲を放つ。放たれたビームは、ペガサスのブリッジを飲み込んだ。かくしてペガサスは、たちまち炎に飲み込まれる事になった。ペガサスを撃破した。
『やったあ!! やりましたあ!!』
 エーファが歓声を上げる。
「よくやったわエーファ!! これで……」
 アンネローゼはそんなエーファを褒めた。これで、自分達の勝利が見えてきた。そう思った、その時。
 どこからともなく、ビグロのメガ粒子砲とほぼ同等の出力のビームが飛んでいく。それは、アンネローゼ達には飛んで行かず、全く別の方向へと伸びていく。その先にいたのは、ティルピッツであった。

 ビームは、容赦なくビームに貫かれた。
 その一撃で、ティルピッツも先程のペガサスと同じように、炎に包まれ、一瞬で炎に包まれた後に消えてしまった。

 その光景に、一同は目を奪われた。いや、奪われないはずはなかった。見えてきた勝利への希望が、一瞬で絶望に変わった瞬間だった。
『そんな……ロールゥゥゥゥゥゥッ!!』
 レギーナが思わず声を上げた。
「そんな……ティルピッツが……!?」
 アンネローゼも動揺を隠せなかったが、すぐにティルピッツを撃った犯人を探す。すると、ティルピッツの近くを飛ぶ、巨大な砲台があった。それには、ジム・コマンドが乗っている。あのような砲台は、見た事がなかった。バストライナー。連邦軍が開発したMS支援用の移動砲台だ。バストライナーは、その後も僚艦のムサイ級に狙いを定め、その巨大なメガ粒子砲を放つ。その一撃で、1隻のムサイが一撃でやられてしまった。
 しまった。こちらが攻撃に徹したせいで、後方ががら空きになっていた。そこを不覚にもやられてしまったのだ。このまま艦隊が全滅してしまえば、故郷に帰る所の話ではなくなる。すぐに援護に向かおうとしたが、ヘビーガンダムの射撃に阻まれてしまい、向かう事ができない。今度は、自分が足止めされる番であった。
『しまった、ティルピッツが……!!』
 マティの高機動型ゲルググが、反射的に艦隊の元へ向かおうとした。だがその時に背中を晒してしまう結果となり、それを逃さなかったジム・コマンドのビームを浴びる事になった。そしてビームは遂に、正確にコックピットを貫いてしまった。
『ベ、ベルタ……』
 最後に、そんな言葉が聞こえたと思った瞬間、高機動型ゲルググは火の玉となって消えてしまった。
『ええい、くそっ!!』
 ルーティアのリック・ドムU(ツヴァイ)がすぐに、周囲のMS部隊にバズーカで応戦する。バズーカで、1機のジムを撃破した。だが、ジム・コマンドのビームによって、バズーカが破壊されてしまう。すぐにサーベルに持ち変えるが、その隙に立て続けにルーティア機をビームが襲い、ルーティア機は接近する事もないまま四散してしまった。
『わあああああああっ!!』
『ルゥッ!!』
 断末魔の悲鳴を上げて消えるルーティア。そして、そんなルーティア機を目の当たりにして声を上げるレナス。レナス機はそのまま沈黙したように見えたが、マシンガンを敵に構え、動き出そうとした。
『よくも……よくもおおおおっ!!』
 だがそう叫んだ瞬間、レナス機は横からやって来たジム・コマンドのサーベルに、腹を一刀両断されてしまった。ジム・コマンドが離脱した瞬間、レナス機は爆発を起こした。
「そんな……みんなっ!!」
 ヘビーガンダムとの交戦を続けているアンネローゼは、そんな光景を目の当たりにし、思わず声を上げた。自分が長く行動を共にしていた部隊が、一瞬にして打撃を受けてしまった。だが、悲しんではいられない。敵は、目の前にいるのだ。
『どうやら君達の負けのようだな、黒豹』
 その時、通信が入った。ガストン・マッコールからだ。
「ガストン・マッコール……!」
『もうお前達の逃げ場はない。大人しく投降しろ。命だけは助けてやる』
 ガストンの言葉に合わせるように、ヘビーガンダムはビームサーベルの刃をこちらに向けた。戦闘は混乱している。このままでは、自軍の敗北は確実だ。このままでは、自分も死んでしまうかもしれない。投降するしかないのか。
『アンネッ!! 耳を傾けちゃダメよ!!』
 その時、レギーナの通信が耳に入った。見ると、ガッシャがヘビーガンダムに向かって来ている。ミサイルを放った。それに気付いたヘビーガンダムは、それを素早くかわす。
『悔しいけど、賭けは失敗したみたいね……アンネ、エーファ、すぐにこの宙域から離脱するのよ!! ビグロの機動力なら、それができるわ!!』
「ええっ、ですが、レギーナ中佐は……!?」
 レギーナの突然の指示に、アンネローゼは驚きを隠せない。
『私はここで……ああっ!!』
 その時、レギーナが悲鳴を上げた。見ると、ガッシャがビームキャノンを受けて、右腕を丸ごと破壊されてしまっている。それでもガッシャは、ヘビーガンダムに向かっていく。まさかレギーナは、自らを犠牲にして自分達を逃がすつもりなのか。
「そんな!! 無茶です!!」
『これは命令よ!! あなたとエーファだけでも、生き延びるのよ!!』
 命令。その言葉に絶対的なものを感じたアンネローゼだったが、それでもアンネローゼは動こうとする気にはなれなかった。レギーナは、上官であるのと同時に、自分の姉のような存在でもあった。そんなレギーナを、見捨てる事がどうしてもできなかったのだ。
『こしゃくな真似を!!』
 ヘビーガンダムが、ビームサーベルを振りかざして、ガッシャに向かっていく。それでもガッシャは、怯む事なくヘビーガンダムに向かっていく。
「止めてください!! レギーナ中佐っ!!」
『私は指揮官よ……指揮官には、部下を守る義務があるのよ……だから、行きなさいアンネ!! あなたなら、必ず……!!』
 レギーナの言葉が聞こえた瞬間、ガッシャとヘビーガンダムは正面から衝突するようにぶつかり合った。ビームサーベルの刃が、ガッシャのボディを貫いたのが一瞬見えたと思うと、大きな爆発を起こした。
「レギーナ中佐ああああああっ!!」
 その光景を見たアンネローゼは、思わず声を上げた。目からは、こらえられなくなった涙がこぼれ、ヘルメットのバイザーの下に水滴となって浮かんでいた。
 その時、ゲルググが不意に何かに掴まれた。そして、爆発の光景から猛スピードで遠ざかっていく。ゲルググを掴んでいたのは、エーファのビグロだった。
『アンネローゼ隊長、無事ですか!!』
 エーファに通信に、アンネローゼは答える気になれなかった。隊長、隊長、と何度も呼びかける声が聞こえるが、アンネローゼはただ、コックピットの中で泣き続けるだけだった。行き場のない涙の水滴が、バイザーの下で増え続けていったのだった。
 アンネローゼはエーファによって戦線を離脱。かくして、ティルピッツら脱出部隊は、この戦闘によって遂に壊滅してしまった。

 * * *

 どれだけ泣き続けただろうか。
 気が付くと、周囲の風景はがらりと変わっていた。MSなどの姿は1機もなく、残骸だけが浮かぶ暗礁宙域だ。墓場のようなその場所に来たアンネローゼは、自分もこのままみんなと同じように死んでしまい、このような残骸になってしまうのではないか、と嫌でも考えてしまう。真上を見ると、ゲルググのボディをアームで掴んでいるビグロのボディが見える。
『隊長……』
 エーファから通信が入った。これまで何度もエーファに呼ばれていた。いい加減に答えなければ、エーファを不安がらせてしまう。答えなくては。
「ごめんなさい、エーファ……」
『いいえ、隊長が謝る必要はありません……私だって、みんな死んじゃった事が辛いのは同じです』
 優しく声をかけたエーファの顔を通信モニターで見てみると、エーファも悲しそうな顔を浮かべていた。泣いているかどうかはわからないが、平常な顔を保とうとしているのは明らかだ。
『ですけど、私達は生き残らなきゃなりませんよ。中佐に命令された通りに』
「そ、そうね……」
 アンネローゼは答え、自分でもエーファの言葉を言い聞かせる。そうしなければ、平常心が保てなさそうな気がしたからだ。
『こんな状況ですけど、輸送船が見つけてくれればきっと助かります。ですから、生き残りましょう。そして……』
 エーファがそう言いかけた時だった。
 脳裏で、稲妻のようなものが通り抜けた感触。何かが、こちらに迫ってくる。真っ直ぐに。そして、狙っている。
「エーファ!! すぐに機体を放して!!」
『えっ、何があったんです……』
 アンネローゼのとっさの呼びかけに、エーファが答えかけた時。

 一筋のビームが、ビグロのボディを一瞬で貫いた。
 そして更に、もう1発ビームが貫いた。ビグロはたちまち爆発し、炎に飲み込まれてしまった。

『わ……わあああああああっ!!』
 エーファの悲鳴が聞こえたのと同時に、こちらにも強い衝撃が伝わり、機体が吹き飛ばされた。
 何があったのかわからぬまま、アンネローゼはとっさに機体を立て直す。そしてエーファの様子を確かめようとした時、ビグロは既に見るも無残な残骸と化してしまっていた。
「エーファ!? まさか、そんな……!?」
 間違いなく、エーファも他の部下達と同じ運命を辿ってしまった。たった1人残されてしまったアンネローゼは動揺を隠せない。
 その時、警報が鳴った。右からだ。その先には、こちらに飛んでくる機影があった。
『安心して減速した事が仇になったようだな、黒豹!!』
 通信で入ってきたのは、ガストンの声。目の前にやってきたのは、紛れもなくヘビーガンダムだった。あのガンダムがなぜここに。アンネローゼは、ガッシャと相打ちになったと思っていた。だが、実際にはそうではなかった。ヘビーガンダムの装甲は、目の前で起きたガッシャの爆発にも耐えたのである。
 すぐにビームキャノンのビームが飛んでくる。アンネローゼもすぐに応戦する。だが、先程の爆発で吹き飛ばされた影響で、シールドが手元にない。攻撃はすべてかわすしかない。自分も部下達と同じ運命を辿る事になるのか、という思いを隠せないまま、アンネローゼは反射的にビームバズーカを発砲した。だが、当たらない。ヘビーガンダムは、こちらの射撃を全てかわしてくる。そうしている間に、どんどん間合いを詰めてくる。
『ここで引導を渡してやる!!』
 ヘビーガンダムが、サーベルを抜いた。まずい。このままでは接近戦になる。アンネローゼは間合いを取ろうとしたが、既に手遅れだった。間合いを詰めたヘビーガンダムは、サーベルを振り上げる。ビームバズーカの銃身が一瞬で切り裂かれた。すぐにビームバズーカを手放すと、ビームバズーカは目の前で爆発した。
 爆発の光にアンネローゼが目を眩ませた隙に、ヘビーガンダムは再びサーベルを振りかざし、襲いかかってきた。真上から振り下ろされる刃。アンネローゼはすぐにかわす。だが、かわしきれない。右腕が、肩ごとサーベルで切り裂かれてしまった。このままでは、こちらが切り刻まれる。そう思ったアンネローゼは、すぐに左腕でビームナギナタを抜く。再び振られたサーベルの刃を、ナギナタは辛うじて受け止める事ができた。そして、右足でヘビーガンダムの腹を蹴る。ヘビーガンダムが吹き飛ばされた隙に、ビームキャノンを撃つ。左腕に当たった。完全には破壊していないが、機能障害くらいは与えられたはずだ。
『ち……っ!』
 すると、ヘビーガンダムはビームキャノンで牽制しつつ、間合いを取ったと思うと、そのまま残骸の陰に消えてしまった。
 しまった。アンネローゼは焦った。このような暗礁宙域で残骸に隠れられてしまったら、目視だけではどこから攻撃してくるのかわからない。かと言って、レーダーも当てにならない。アンネローゼのゲルググは、不気味に沈黙した。
 ――どうする……!?
 ――このまま私は、みんなと同じように死んでしまうの……?
 そんな思いが、アンネローゼの心を追い詰めていく。だが、誰にだって死にたくないという本能はある。その本能が、アンネローゼにヘビーガンダムの姿を必死に探させていた。だが、ヘビーガンダムの姿はやはり見えない。
 ――駄目だ、完全にわからない……!
 ――このままじゃ、私は……!
 その時、偶然視界に入ったのは、コックピットの天井からぶら下げられたミツルのお守りだった。
 ――必ず、生きて故郷に帰ってくださいね……!
 その言葉が、アンネローゼの脳裏に蘇る。それは、死んだはずのミツルが、直接アンネローゼに語りかけたようにも錯覚した。その心が、追い詰められたアンネローゼの心を目覚めさせた。
 ――だから、行きなさいアンネ!! あなたなら、必ず……!!
 続けて、レギーナのあの言葉も蘇ってきた。生き残れると信じている。レギーナはそう言葉を続けようとしていたのではないかと思った。それが、闇に飲み込まれようとしていたアンネローゼの心に、光を宿らせた。

 そうだ……

 私は、生き残らなきゃならない……

 ミツルの願いのためにも……

 私を信じてくれたレギーナ中佐のためにも……

 私は、生きなきゃならない……!


 私は、こんな場所で……!



「死んでなるものですか……っ!!」



 最後の思いは、自然と言葉になって出た。操縦桿を握る手に、力が入った。
 その時、脳裏で、稲妻のようなものが通り抜けた感触。その感覚が、見えないヘビーガンダムの姿を捉えた。
「そこっ!!」
 アンネローゼは反射的に発砲した。ビームキャノンが放たれた先にあったのは、何の変哲もない残骸だった。それがビームに貫かれ、爆発すると、その陰からヘビーガンダムの姿が現れた。
『くっ!? なぜここがわかった!?』
 ガストンの動揺する声が聞こえた。ヘビーガンダムは、そのままサーベルを振りかざし、ビームキャノンを撃ちながら向かってくる。アンネローゼも、そんなヘビーガンダムを迎え撃つべくゲルググを突撃させた。
 接近戦は苦手だけれど、こちらのビームの遠距離射撃ではヘビーガンダムを倒す事はできない。ならば、倒す方法はただ1つ!
『だが、お前は所詮ここまでだ!!』
 ガストンの叫びが聞こえる。そしてヘビーガンダムが、どんどん迫ってくる。アンネローゼは、手にしていたビームナギナタをヘビーガンダムに向けて投げ付けた。そこに、ヘビーガンダムが放ったビームが飛んできて、ビームナギナタは2機の前で爆発した。目の前の視界が遮られた。この隙がチャンスだ。ここで、確実に攻撃を決めなければならない。アンネローゼは決心を固める。
「おおおおおおおおっ!!」
 全速力で、煙の中に機体を飛び込ませる。そして煙が晴れたその瞬間、こちらにサーベルを突き刺そうとするヘビーガンダムの姿が間近に見えた。
 反射的に、機体を下降させる。そして2機が組み合った。強い衝撃が走った。ヘビーガンダムのサーベルはゲルググの頭部を貫き、コックピットの画面は消えてしまう。だが、ゲルググのビームキャノンは、ヘビーガンダムのコックピットがある腹に突き刺さっていた。
 それがうまく行った事を感覚で悟ったアンネローゼは、迷わず引き金を引いた。ビームキャノンの零距離射撃。それには、ヘビーガンダムのコックピットは耐えられるはずがなかった。
 ヘビーガンダムが爆発した。だが、その衝撃はゲルググにも襲いかかる事になった。正面から凄まじい衝撃を浴びたアンネローゼの目の前は、一瞬で真っ暗になっていった。パイロットの制御を失ったゲルググは、爆発の反動に任せるまま、暗礁宙域を漂い始め、黒いカラーリングと相まって溶けるように虚空へと消えていったのだった。そんな黒いゲルググの行方を探るものは、そこには誰もいなかった。




 宇宙世紀0081年1月15日午後1時12分:サイド3・旧ジオン公国首都ズムシティ

 あの日から、1年の月日が流れた。
 かつてはジオン公国の首都として栄えたこのズムシティも、ジオン公国が崩壊してしまった現在では、ただのスペースコロニーの1つに過ぎなくなっている。だが、旧ジオン公国が戦争中に他のサイドのほとんどを破壊した事で、サイド3は他のサイドよりも工業力を温存していたサイドとなった事から、幾分活気付いている様子だ。傍から見れば、とてもここが一年戦争を起こして負けた国だとは思わないだろう。
 そんなズムシティのとある公園に、アンネローゼの姿があった。1年前と違って髪は伸び、黒を基調にしたワンピースを身に着けているその姿は、1年前とは結構印象が変わっている。何の変哲もない、普通の女性という感じだ。
 彼女は1年前の戦いの後、漂流していた所を、民間の輸送船に発見され、命を取り留めたのだ。そして、無事に故郷であるこのズムシティに戻る事ができたのである。『サイド3へ脱出しようとした部隊の唯一の生き残り』という事でアンネローゼは歓迎され、ジオン共和国軍へ迎え入れられる声もあったが、アンネローゼはそれを断り、現在ではただの一般人となっている。アンネローゼは、軍に戻る気はなかった。そうすれば、助かった自らの命を無駄にしてしまうと思ったからだ。他の戦友を犠牲にし、自分1人だけ生き残ってしまった事に、一時は悔やんだ事もあったが、多くの仲間達の命を引き換えに守られたこの命を、大切にしなければならないと、アンネローゼは決心していたのだ。
 公園を歩くアンネローゼの手には、花束が抱えられていた。そして向かった先は、一年戦争で戦死した人々の名が綴られた慰霊碑だ。宇宙で戦死した兵士達の遺体は、回収する事態が不可能な場合が多いため、中には生死不明となっている人物の名もある。そんな名前の中に、彼女の知る名前がある。
 レギーナ・エーベル。
 マティ・トスカーナ。
 ミツル・フジモリ。
 ルーティア・レヴィ。
 レナス・リーファー。
 エーファ・ベステル。
 アンネローゼは、慰霊碑の前にそっと花束を置いた。そして数歩下がると、慰霊碑の前で黙祷した。
 1年前の出来事は、お世辞にもいい思い出だとは言えない。あの出来事は、アンネローゼの心に深い傷跡を残した。だがそのお陰で、自分は今ここで生きているのだ。だからアンネローゼは、その傷跡を大切にしようと思っている。
「レギーナ中佐、マティ、ミツル、ルーティア中尉、レナス、エーファ……皆さんが生きられなかった分を、私はここで懸命に生きます。だから、安心して眠っていてください」
 アンネローゼはつぶやくようにそう言って、丁寧に頭を下げると、慰霊碑の前をゆっくりと後にしていった。その右手には、ミツルからもらったあのお守りが握られていたのだった。

 その後、アンネローゼは薬剤師の勉強に励み、資格を取った後にこのズムシティに薬局を開業して、その後戦乱が続いたこの時代の中でも、一般市民としての暮らしを送り続けたという。





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