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アニメ投稿小説掲示板

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[1653] 『アトラス参戦記』2 城元太 - 2014/10/02(木) 19:02 -



 無線機から流れてくるのは、相変わらず虚しい雑音だけでした。
 ジョニーを加えた私たち三人は、怨嗟の満ちたローデンキルヘンを離れ、郊外の林の中で野営をしていました。彼のおかげで様々な食料を手に入れることができ、身体的な空腹感は完全に満たされていました。
 爆心地から離れた後のあなたは、愛する家族を失った悲しみを押し殺そうとしているように、夢中になって破損した特務車両の修理を始めました。それをあなたの強さと呼んでいいものなのか、私にはいまでもわかりません。

 ジョニーは、暗く沈みがちな私たちの中にあって、場を和ませる不思議な魅力を持った人でした。気さくで、よく食べ、よく喋ります。
 二人で話をしました。
「アリル、あんたの料理は最高だぜ。あんな材料で、これだけのものを作っちまうんだから」
「褒めても味は変わりませんよ」
 特務車両の手すりから張った仮設テントで、食事の用意をしていた私の後ろから、食材を調達してきた彼がのぞき込んで来ました。
「セオはどうした」
「壊れたアトラスから、使える部品を探すと言っていましたが」
 彼は食材を置き、車内に入って行きましたが、何かを思い付いたようにもう一度私のそばに来て、突然言いました。

「なあ、アリル。あんたはセオが好きだろう」

 私はたちまち耳たぶまで火が出るように熱くなってしまい。手にしていた果物を落としてしまいました。
「突然、何を……それは、好きとか嫌いとかの問題じゃなくって、その、人間として、命の恩人として……。尊敬はしています。けど、そんな……」
 懸命に弁解しようとしたのですが、言葉がつかえて思うように出てきません。
「その様子だけで充分だ。無理するなって。あんたのその目だ。セオを見るときと、俺を見るときじゃ、全然違う。セオも同じだ。ただあいつは家族のこともあって、簡単には自分の気持ちは言わないだろうが、やっぱりあんたを好いてるよ」
「なぜ、そんなことを聞くの……あなたは」
 彼は空を見上げました。
「ついてねえよな。俺なら最初から一人だし、こんな素敵な女性を絶対ほっときゃしないのに。
 でも、セオが相手じゃ敵わねえや。奴にはアトラスでも負けたしな。
 二人が生活できる場所が見つかったら、邪魔者は消える。幸せになれよ」
 私は何も言えず、真っ赤になってうつむいていました。

 無線機に放送が入ったのはその夜でした。まだ顔の火照りを覚えている私は、二人の顔を見ることができず、スープを渡すにもうつむいたままでした。
「アトラスを持ち出した地下倉庫だが、場所は覚えているか」
 あなたはいつもと変わらずに、食事を受け取ります。
「目印になる物もないから、わかりづらいんだか、なんとかなるぜ。
 三台残っていたな。お前まさか、アトラス一台で三国連合に殴り込むつもりじゃないだろうな」
 あなたは悲しい笑顔を浮かべ言い切りました。
「いまさら犬死にはしないさ」
 相変わらず私は黙ったままでしたが、そのため無線機からの微かな声を聞き取ることができたのでしょう。
「無線から何か聞こえます」
 最初は何を言っているのかわかりませんでした。
「ん……本当だ」
 必死で抵抗を呼びかけている様子です。
 私たちは耳を澄ましました。電波が弱いせいか、音量が上下し、時折完全に途切れてはまた聞こえるという程度でした。
 聞き取ることのできた限りでは、ラカニングとアルステリア両国国民に同時に呼びかける内容で、三国連合がローデンキルヘンにRRR爆弾を投下し非戦闘員を含めた十数万人を殺害したことに加え、ラカニングにもRRR爆弾攻撃を行わない代わりに強力な機甲師団を派遣し、首都キースウィンを占拠していること。そしてラカニング王室は首都を脱出し無事であることなどでした。
「発信源は移動しているな。航空機か」
「そういえば、何かエンジンみたいな音が聞こえないか」
 あなたは「灯りを消せ」と告げると、音のする方向を探しているようでした。
 私たちは夜空を見上げました。人の営みの途絶えた夜空は、悲しいほどに美しく星が瞬いていました。
 私は幾分声をひそめました。
「飛行機、ですか?」
「あれじゃないか」
 ジョニーの指差す星空の中に、小さなオレンジ色の光の点が動いています。
「じゃあ、あの後ろからついてくる赤い光は何かしら」
 よく聞くと、エンジンの音が二重になっています。
 二つの光の点は方向を変えて、私たちが野営をしている場所に向かって飛んできます。
 後ろの赤い光から、無数の曳光が放たれました。攻撃が始まったのです。
「戦闘ヘリだ。探知されたな」
 銃弾の炸裂する音が響くと、放送をしていた飛行機と、それを追うヘリコプターらしきものが、超低空で私たちの真上を飛び去っていきました。
 私は巻き起こる風に髪を押さえながら、二つの光点の行方を追いました。
 前を行く飛行機の翼に炎がまわり、予想以上に巨大な機体の全貌を曝け出します。その姿はまるで、炎を纏った怪鳥が悶え苦しむようにも見えました。

[1654] 『アトラス参戦記』2 城元太 - 2014/10/10(金) 22:05 -



「このままでは撃墜される」
 立ち上がった時、あなたの腕には既に武器が握られていました。
「そんなもん、どこから持ってきた」
「サラマンダー=Aアトラス標準装備で、手持ちでも発射可能なミサイルだ。
 あの飛行艇を援護する。ジョニーは特務車両を準備してくれ」
 あなたは銃撃を続けるヘリコプターに向け、黄色く塗装されたミサイルを構えました。
 カチッ、という冷たい金属音の後に、青白い炎の尾を曳き、サラマンダーはまっすぐヘリコプターの光に吸い込まれて行きました。そして。
 夜空に朱色の花が開きました。直撃です。乗っていた人間も即死でしょう。
 ほんの少し遅れて、爆発音が私たちのところまで伝わってきました。
 私は思わず、両手で顔を覆っていました。
 ジョニーが特務車両を操縦して到着します。
「行くぞ」
 滲み出る涙を拭く余裕もなく、あなたは私の腕を掴んで乗り込みました。
「アリル、落下地点を追ってくれ。大凡でいい」
「はい」
 私はいつもの天測用の窓から顔を出し、炎の帯を伸ばしながら飛んでいく飛行艇をペリスコープで追いました。
「あれで大丈夫なのか」
 あなたに操縦を代わったジョニーが、不安そうな顔で聞きます。
「ラカニングのPBY飛行艇は対弾性の優れた偵察機だ。あれに乗っている人間から、なんとか詳しい情報を得たい」
 暗視装置を作動させ、あなたは闇夜の中、特務車両を信じられないほどの速さで走らせて行きました。
 林を越え、小川を越え、車両はローデンキルヘンのはずれにある草原に出ました。
 飛行艇は不時着体勢に入っていました。機体がゆっくりと地面に接触し、数十mを滑ります。
 不時着は成功したと思えた直後、突然機体が前に一回転し、そのまま爆発炎上したのです。私たちは燃え盛る炎のすぐそばに特務車両を停車させると、床下に装備されていた消火器を抱えて降り立ちました。
 炎はゴーッという音をたてています。とても中の人間が無事とは思えません。それでも特務車両の消火器全てを使い、ようやく飛行艇の炎を鎮火させました。細長く華奢な機体が、長く燃え続けることを抑えたのでしょう。頃合いを見て、残骸となった飛行艇の中に、あなたとジョニーが足を踏み入れました。
 私はその時、ローデンキルヘンの黒焦げ死体を思い出していました。
「いたいた。生きてるぞ」
 ジョニーがすぐに生存者を見つけました。
「しっかりしてるぜ。ちゃんと耐熱服を着てらあ。ん? こいつ、女か」
 どうやら黒焦げではなさそうです。あなたとジョニーが、残骸の中から生存者を抱きかかえて降りてきました。
 気を失っているらしいその人は、耐熱服越しにもわかる胸元の膨らみから、女性であることが判断できます。頭部を覆っていた耐熱服のヘルメットを取ると、中からは髪を短く束ねた少女の顔が現れました。
「こんな、若い女の子が操縦していたなんて」
 その女性が呻き声を上げました。
「助けて……パパ……」
 あまりにも幼い譫言を発すると、彼女はそのまま、再び失神してしまいました。

 いくら耐熱服を着ていたとはいえ、彼女は身体のあちこちに軽い火傷を負っていました。まだ少女の面影を残す顔にも、火傷の痕がうっすらとついてしまっています。まだ無垢な白い素肌に、醜い火傷の痕が残るのは、同じ女性として私には耐えられませんでした。
 こればかりは、あなたやジョニーに代わってもらうことはできません。まず私は、彼女の焦げ付いた衣服を脱がしました。素肌に貼りついてしまった焼けた布の切れ端を丹念に取り除き、その後、特務車両にあった消毒薬と炎症止めの薬で、傷口を何度も丹念に拭き取る作業を繰り返しました。
ラカニング解放統一戦線、モニカ・メルナー
 彼女の持っていた認識票にそう書かれていました。あなたがローデンキルヘンで失った愛娘と同じ名前である偶然に少し戸惑いましたが、それとは別に、彼女の持つメルナー≠フ名が、私たちにある憶測を呼び起しました。
「メルナー……。まさか、あの外交官と関係があるとでも」
 彼女の名前を伝えた時、私たちはお互いの顔を見合わせました。ですが、彼女が目を覚まさなければ、確認の方法はありません。
 絶対に助けてみせる、私はそう決心して、彼女の治療を続けました・ 
 全身の手当てが終わるまで、ほぼ二日が過ぎていきました。

「誰……、あなたは……」
 三日目の夜、彼女の頬を拭いていた時、彼女が漸く意識を取り戻したのです。私は喜びの感情を抑えつつ、静かに語りかけました。
「心配しないで。からだは痛くないですか」
 意識がまだはっきりしないのか、彼女はぼんやりと辺りを見廻します。
「……ここは……何処?」
「此処は戦車の中、と言っても、今は私たちの家みたいなものですけど。私の名はアリルエヴァ、アルステリアの者です。モニカさん、ですね」
「はい。どうして私はここに……。あっ……」
 当惑するのも無理はありません。治療のため、彼女はほとんど全裸に近い状態でしたから。
「火傷が全身にあったので。着替えはここにあります。お腹はすいていませんか」
 彼女はかけられた毛布を身体に巻き付け、半身を起しました。
「ありがとうございます、アリルエヴァさん……え、アリルエヴァ、アリルエヴァ様ですか、あなたが」
 毛布を跳ね除けると、突然モニカは私を見つめ手を強く握りました。
「アルステリア第三王女、アリルエヴァ=クローゼ様で御座いますか!」
アルステリア第三王女=B私は触れられたくなかった記憶を呼び起こされ、返事も出来ずに茫然としました。
 彼女は構わず話を続けます。
「私は、ラカニング解放統一戦線に所属しております、モニカ・メルナーと申します。お探ししておりました。単刀直入に申します。あなたは三国連合に狙われています。今すぐ私と共に私達の元にいらしてください」
 モニカは立ち上がろうとしたのですが、まだ身体の自由が利かないらしく、すぐに座り込んでしまいました。
「まだ無理はしないで。とにかく詳しい話を聞きましょう。待っていてくださいね」
 私は車外に出て、外で点検中のあなたとジョニーを呼びました。
 それにしても、三国連合までもが私を狙っていたとは。
 なぜ、私だけが。
 繰り返し襲い掛かる自分への脅威に、私は私の運命を恨み続けていました。

[1655] 『アトラス参戦記』2 城元太 - 2014/10/18(土) 20:35 -



「三国連合が、ローデンキルヘンにRRR爆弾攻撃を行ったことは御存知と思います。同時にアルステリア王室も消滅しました、ある一人を除いては。三国連合は、その生き残った王室の血を引く者を捜し求めているのです」
 あなたが僅かに、俯いている私に目を向けました。
「はっきりとした理由はわかりません。憶測ですが、王族の血を引く人物を傀儡として、三国連合によるアルステリア統治を行わせようとしているのではないでしょうか」
「待ってくれ。ということはアルステリアはまだ全滅はしていないということだな」
 モニカは力強くうなずきました。
「まだ、首都が崩壊したばかりで、国民も軍も活動していないようですが、地方都市は顕在です。私はこの眼で、それを確認して来ましたから」
 思わず、私たちは安堵の溜息をつきました。
「それにしても、王族を利用して統治させるなんて、そんなまやかしが通じるものか」
 ジョニーが憤りながらモニカに問い返しましたが、彼女は首を横に振りました。
「私も確かにそう思います。しかし、三国連合が第三王女アリルエヴァ=クローゼを捜索しているのは事実です。
 現に、先に破壊された護衛部隊の残骸を、三国連合が調査しています。そして、王女と王女を乗せた特務車両だけが残っていないことに気付いたのです。
 現在大陸の東から、三国連合の増援部隊が続々と上陸しつつあります。昨日のヘリもその一部です。
 大変申し訳ないことですが、昨日ヘリを撃墜したことで、捜索の範囲がかなり狭まったことでしょう。もう、ここにいること自体危険なのです。非武装の特務車両で、三国連合の重戦車<ベア>と戦うことはできません。王女の安全のためにも、是非とも私たちと合流して頂きたいのです」
「キースウィンへ行くのか」
 彼女は首を降りました。
「残念ながら、ラカニングも既に三国連合に制圧されています。RRR爆弾こそ撃ち込まれなかっただけで、我々にとって屈辱的な支配が行われているのです。
 首都の王宮の真上に、<エニグマ>が聳えているのです」
「エニグマ?」

 私たちは顔を見合わせました。
「名称までは、御存知なかったようですね。
 しかし、あの部隊の生き残りであれば嫌というほどに知っている筈です。
 護衛部隊を壊滅させた悪夢の破壊兵器、それがエニグマなのです」

 あなたがモニカを険しい眼で見つめました。

「説明してもらおう、エニグマについて」
「わかりました。
 エニグマは、その名称の通り、多くの謎に包まれ、極一部の者の間で語り継がれてきた巨大マシンです。私たちの祖先が、遠い他の星からこの惑星に移住してきたという説があるのは御存知でしょう。その時、生活するに適さない不毛の惑星表面を、僅かな期間で豊かな大地に変えたと伝えられるのがエニグマなのです」
「極一部って、それが王族だった、ってことなのか」
 ジョニーの問いに、モニカが頷きます。
「巨大惑星改造装置の存在を示す景観が、世界中に点在しています。例えばローデンキルヘンやキースウィンなど、古くから栄えた都市の形が円形をしているのが一つの例です。ですが、現実では巨大惑星改造装置の存在を巡る考古学研究を行う学者達は、ことごとく異端のレッテルを貼られ、追放されました。今にしてみれば、何者かがその研究を妨害していたに違いありません」

「あれの名は、エニグマか」
 険しさを増すあなたの瞳には、死んでいった部隊の仲間達の姿が浮かんでいるようでした。

「エニグマは大電力を消費します。その供給のため、ラカニング国内のCXV発電プラントの全電力が回され、住民達は電気の無い生活を強いられています。かと言って、このままエニグマを攻撃すれば、磁気嵐をその場で起して王宮もろとも町を破壊することでしょう。もう、国内では手も足も出せないのです」
「どうする心算だ」
「私達の秘密基地にご案内します。そこから、生き残ったラカニング王室にお送りし、正式にアルステリアとラカニングの同盟条約を締結し、三国連合に対抗するのです。
 我々にも、僅かながら兵力はあります。必ず国土から三国連合を追い出し、父の仇を討ってやるんだから」
 私たちは一斉に彼女の顔を見直しました。
「父の仇?」
「はい。私の父ロバートは、ラカニング外交官としてこの講和条約締結の為に奔走しました。ですが、父を乗せた飛行艇は、アルステリアへ内密に赴く途中、ソルタリア海上空で撃墜されたのです、エニグマによって」

 突然、轟音が周囲を包みました。このエンジン音は、昨日の戦闘ヘリと同じ音でした。

[1656] 『アトラス参戦記』2 城元太 - 2014/10/23(木) 19:33 -



「始まったんだわ、昨日の報復攻撃が」
 見上げると、こずえの切れ間から数台の武装ヘリが上空をゆっくりと舞っています。やがて弾倉が開き、中から爆弾らしき物を落としました。
「見つかったのか」
「まだ特定は出来ていないようだ。まず林を焼いて燻り出す心算なんだろう」
 爆弾は焼夷弾らしく、緑の林はたちまち炎に包まれ、私たちと特務車両のそばまで近寄って来ました。
 それから数十分、私たちは特務車両の中に身を潜めていました。三国連合は、私たちが生身のゲリラとでも思っていたのかもしれません。
 耐熱性にも優れた特務車両には、爆撃の影響はそれほどありません。やがて弾薬が切れたらしく、機械的な攻撃の後、ヘリは去って行きました。

 顔を上げたモニカが再び言いました。
「お判りでしょう。明日はもっと激しい攻撃があるかもしれません。
 私が先行して、国境に大型飛行艇を回します。合流地点を指示しますから、是非とも今のうちに、我々の所へいらしてください」

「アリル、どうする」
 あなたが問いかけてきました。
 私は返答に詰まりました。正直に言えば、私はここから離れたくありません。いつまでもここで、あなたと暮らしたい。
 しかしこうして悩んでいる間にも、三国連合が私を捜しに向かっているのです。これ以上、他人を巻き込むことはできません。
 それが私の運命であるのならば、少しでも幸せな時間が過ごせただけ、私は幸運だったのです。
 モニカの顔を見つめ、肯こうとした時。

「やめなよ、ラカニング何とかのひと」

 ジョニーが、私の前に割って入って来ました。
「三国連だかラカニングだか知らないが、結局はアリルを人質に欲しがっているだけじゃないか。気に入らねえ」
「ジョニー……」
「アリスはなあ、ここにいるのが幸せなんだ。
 仇討ちに御執心のあんたには判らないだろうが、人間には、その人間だけに最も幸せな生活ってもんがあるんだ。なにもここに留まる必要はない。また何処かへ逃げればいいことだろう。
 あんたはさっさとラカニングに帰りな。王女は死んでいました≠チて伝えに。
 それにセオ、お前もお前だ。なぜ一言行くな≠ニ言ってやれないんだ」

「そうでしたか……」
 モニカは私とセオの顔を、代わる代わる見つめました。
「私にも、無理強いはできません」

「行きます、私」
 私は肯きました。
「アリル、本気か。セオと離れるんだ、ここにいたいんじゃないのか」
 もちろん、一緒に居たいに決まっています。けれど、このままでは、必ずみんな殺されます。
「考え直せ、アリル!」
「よせ。アリルが決めたことだ」
 あなたは、ジョニーを引き戻すと、私の顔を見つめました。
「俺も、それがいいと思う」
「はい」

「アリル、人は死ぬことよりも、行く抜くことの方がどれほどの苦痛と苦悩を背負うのか、知っただろう。だが、それでも俺たちは生きて行かなければならないんだ」
「はい」
「俺は兵士として、今まで人殺し稼業を続けて来て、わかったことがある。
 人間はあまりに小さい。そして弱い。すぐに死んでしまう。だからこそ、生き抜かなければならないんだ」
 そこまで言うと、あなたはジョニーの方に振り返りました。
「アトラスを使う。特務車両をトレーラーに接続して、アトラスを牽引し合流地点に向かう」
 その時あなたはまだ、何か私に告げる言葉を残していました。
 思い過ごしではありません。
 教えてくださいセオ、私に何を言いたかったのか。

「わかったよ。あんたとアリルがいいと言うのなら、止めはしない」
 彼は私たちを見廻しました。
「もう一度ローデンキルヘンに行くことになる。覚悟しておきな。そうだ、ラカニングの人もついてくるかい。アトラスの他に、小型の武装ローバーもあった。先行するなら使えるぜ」
「心遣い、感謝します。御一緒させてもらいますが、私はモニカです。ラカニングの人、という呼び方は止めてください」
 ジョニーは肩を竦め、苦笑いをしました。

[1661] 『アトラス参戦記』2 城元太 - 2014/11/14(金) 22:19 -

10

 モニカを加えた私たちは、アトラスを手に入れるため、再びローデンキルヘンに向かいました。
 死体は相変わらず野ざらしでした。しかし、春から夏へ向かう暖かな風が、死者へのせめてもの手向けのように、傍らに小さな花を咲かせていました。
 ジョニーの案内で、地下の秘密倉庫に入った私たちの目の前に現れたアトラスは、眩い輝きを放っていました。
「これがアトラス……」
「きれい……」
 モニカと私は、思わず感嘆の声を上げました。
 そのアトラスには、標準装備のガトリング砲二門とサラマンダーミサイルの他に、機首と起動輪とに併せて三つの巨大なカッターが装備されていました。ジョニーの説明では、カッターはカーボランダム(炭化珪素)にダイヤモンドファイバーをちりばめたもので、高速で回転させ、敵の装甲を切り裂き戦うという武器でした。
「この機体は使い勝手が悪いから、最後まで基地に残されていたんだろう」
 そんな彼の言葉も耳に入らない程、カッターの妖しい輝きは、私たちを魅了していました。 
 地下の秘密倉庫に残っていたトレーラーを特務車両に繋げ、アトラスを載せました。緊急時にはいつでもトレーラーから発進できる程度に軽く固定し、空いたスペースに食料や水、燃料、そして弾薬を積み込みます。
「これを使わせてもらうわ」
 モニカが倉庫の隅にあったランドローバーを見つけ、操作できるか確認しています。
「運転できるのか」
「大丈夫。見縊らないで欲しいわ」
「どうやらその様だな」
 ジョニーはモニカに操縦や武装の説明をし始めました。私はタンクに水を汲むため、少しその場から離れ、少しして戻って来たときには、既にランドローバーは準備を終え、今しも出発しようとしていました。低く響くエンジンの音にかき消されない様に、彼は彼女を見ながら言いました。
「モニカ」
「なに?」
「死ぬんじゃねえぞ」
「……あなたもね」

 ランドローバーが砂塵を巻き上げ、地平線に向かって走り去って行きました。
 彼は暫く見送るように立ち尽くしていて、私がいることに気付くと、照れくさそうに頭を掻きました。
「いたならなんか言ってくれよ」
「お邪魔しては、申し訳ないかと」
「冷やかしは無しにしようぜ。俺も準備しなけりゃな」
 彼はそそくさと食料を捜しに行ってしまいました。
 私は少し笑いを堪え歩いて行くと、途中、足元に何かが落ちているのに気が付きました。
「何だろう、綺麗な緑色……」
 拾い上げ埃を拭うと。緑色の球とそれを背負った人間がモチーフとなったブローチのような物です。私は作業服のポケットに入れると、水タンクを持ってトレーラーまで戻りました。
 あなたは整備作業の手を止め、立ち上がるとアトラスの左の装甲板を指差します。そこには同じ物がありました。私はそれが、アトラスのエンブレムと知りました。
「緑の球がテラ=A背負っている男が、巨人アトラス≠セ」
「テラ=H 巨人アトラス=H」
「古代神話でのことだ。巨人アトラスは神々の王ゼウス≠ノ闘いを挑んで敗れ、罰としてその背中にテラを負わされた。
 テラは、人間が生まれたという緑の星、水の惑星。巨人アトラスは、命の源を背負い、永遠にそれを支え続けている。この戦車が<アトラス>と名付けられたのも、テラを支えるという望みが託されているのだろう」
 私はもう一度エンブレムを見直しました。
「気に入ったなら持って行ってもいい」
「はい、ありがとうございます」
 私はそっと胸のポケットに入れました。
「アトラスの操縦を教えてやる。前に約束したことだからな」
「えっ……」
 あなたは視線を合わせないまま、操縦席に向かいます。外に残された私は、驚きと戸惑いで、少しぼおっ、としてしまいました。
 戦車の操縦には興味がありました。操縦を覚えられれば、あなたの良きパートナーになれるかもしれません。そんな私の下心を見透かしたように、あなたは短く付け加えました。
「遊びや暇つぶしに教えるわけではない。万一、俺もジョニーも操縦出来なくなった時のためだ」
「……わかりました」
 それから数分――いえ、数時間だったのかもしれません。でも、時が過ぎ去るのがとても速かった気がします――私はあなたに手を取られ、アトラスの基本的な操縦方法を教えてもらいました。操縦桿の操作、火器管制、回転カッターの作動方法など、実践的なものです。
 カッターを回転させたままの突撃戦法を練習していたとき、私は誤って、格納庫の太い柱を1本、根こそぎ切断してしまいました。加速もなく、全力回転にもなっていなかったにも関わらず。
 妖しい輝きを放つカーボランダムのカッターは、恐ろしい切れ味を見せつけたのでした。


「食料、水、いいか」
「はい」
「燃料、弾薬は」
「積める限り捻じ込んだぜ」
「動力異常なし。発進する」
「出発」
 出発。私は心の中でも叫びました。
 さようなら、アルステリア。
 さようなら、ローデンキルヘン。
 けれど……。

 旅の終わりは、新たな旅の始まりでした。

 アトラスを牽引した特務車両は走りました。一路モニカとの合流地点をめざし。
 砂漠の蜃気楼、陽炎、星空、野営の焚火。
 そして、いま。



                   *
 


「<ベア>、散開します。距離1000」

 ついに、三国連合が私たちの目の前に現れたのです。<エニグマ>やRRR爆弾ではなく、もっと直接的な形で。

[1662] 『アトラス参戦記』2 城元太 - 2014/11/25(火) 06:20 -

11

「合流地点までは」
「あと、90kmです」

 行く手に立ち塞がったのは、三国連合の主力重戦車<ベア>。見るからに分厚い装甲と長大な砲身。203mmの口径から撃ち出されるAP弾(運動能力弾)が命中すれば、アトラスなどたちまち吹き飛んでしまいそうです。

「敵の動きは」

 副砲に65mm癌ランチャーを6門、機首に30mm重機関銃2門、更には大型ミサイル<アデン>を2基装備し、主砲の仰角が及ばない遠距離への攻撃も可能です。

「右3、左2」

 重量はアトラスを遥かに上回ります。高速戦車≠フ異名を持つアトラスとは、全く対極にあるのが、この移動するトーチカ、<ベア>だったのです。

「奴ら、これにアリルが乗っているのに気が付いたんじゃないか」
「知っていれば砲撃などするものか」

 左右に別れた<ベア>は、今度は暫く砲撃をしないまま接近してきます。丁度、アトラスを中心に左右に弧を描き、円を完成させるかのように。
「油断しているな。思い知らせてやる」
 ジョニーと戦った時見せたあなたの軍人としての能力が、今また露わになりました。冷静に、しかし激しく。
「煙幕弾」
 あなたの指示に、ジョニーは煙幕を次々と撃ちだします。辺りは白煙に包まれ、アトラスもベアも、肉眼での確認はできなくなります。
 アトラスが蛇行を始めました。激しい揺れに、私はまた吐きそうになります。
「ガトリング」
 蛇行のまま、煙幕に向かって銃弾が撃ち込まれます。銃撃の音が、一瞬変化しました。
「見つけた。カッター回転、突入」
 急加速で白煙の中に突っ込んで行きます。ガクンと、何かに突き当たったようです。そして。
 ギリギリギリ……
 頭の中に針金を突っ込んでかき回される、そんな不快な音が響きわたりました。数秒でしょうか、数分でしょうか。ふっと煙幕を抜けました。機体が急旋回し、再び展開した煙幕の仲居に突入しようとしたとき、私は煙幕の中で噴き上がっている炎を目にしました。アトラスは、機首のカッターで1台のベアを真っ二つにして破壊したのです。
 再度ガトリング砲が唸ります。また音が変わります。
「二つ目!」
 カッター猛回転のまま突き進み、さっきと同じように2台目のベアに衝突。切断、破壊しました。
 ベアにとって、煙幕の中では相討ちの危険があります。ぶつかるもの全てが敵である私たちに比べ、事実上攻撃を封鎖されているのです。但し、煙幕弾も無限ではありません。
「煙幕、あと幾つだ」
「5発。どうする」
「構わん、連続発射」
 目に見えて煙幕は薄くなっています。3台目のベアを見つけ切断した時、アトラスは煙幕の外に飛び出していました。
 切断した金属片を撒き散らし、銀色の輝きを纏った硝煙のカーテンの向こう側、轟音をたてて砲弾が飛来しました。残っていたベアが煙幕の外で待ち構え、アトラスに向けベアの残骸ごと203mm砲を撃ち込んだのです。
「後方に回られた」
「敵、接近します」
「頭を押さえろ!」
 飛来した砲弾が、ベアの残骸を吹き飛ばし、アトラスの装甲も破壊して、いくつかの破片を機内に叩き込んだのです。
 ジョニーがうずくまりました。
「腕を……やられた……」
 血が溢れ出ています。目を凝らすと、五センチ大の金属の破片が突き刺さっています。
「すぐに止血します」
 私はシートを離れ、緊急治療用キットをシートの下から引っ張り出しました。
「危険だ……俺一人で大丈夫だ……」
「無理しないで。傷が広がるから動かないで下さい」
 止血用のゴムバンドを巻き、数分でマニュアルの通りの治療をしました。私が座っていた場所にジョニーを移します。
「セオ、私が火器管制をします」
 近くに着弾がありました。アトラスは大きく揺れ、砂塵に覆われます。
「出来るか」
「だってこのままじゃ、みんな死んじゃう」
「わかった。教えた通りにやれ」
 私は砲手席に座ると、データスクリーンに映し出された敵の位置と速度を確認しました。煙幕が切れ、互いに目視で位置を確認できるほどになっています。
「サラマンダー」
「サラマンダーミサイル、装填します」
 優速を生かし、アトラスは一台のベアの左後ろに取りつきました。あなたは敵の着弾を見極めながら、まるで自分の手足の様に正確にアトラスを操ります。
「いいか、敵の砲撃の隙を狙って直進させる。1秒だけ照準を固定しろ。あとはサラマンダーがやってくれる」
 無言で肯き、照準器を覗いて発射レバーを握り締めます。蛇行が続き、データスクリーンの光点も揺れ続けます。
 光点の揺れが止まりました。
「いまだ、固定しろ!」
 ベアがモニターに現れました。照準固定、発射準備を示す短い通知音が聞こえます。後は発射レバーを引くだけでした。

[1665] 『アトラス参戦記』2 城元太 - 2014/11/30(日) 22:13 -

12

 私は、この時思考が止まってしまいました。目の前に、あの日ローデンキルヘンで目にした黒焦げの死体の様子が浮かんできてしまったのです。敵とはいえ、ベアにも人間は乗っているはず。私はいま、三国連合がしたと同じことをしようとしている。このレバーを引けば、必ず何人かの人が死ぬ。私は人殺し≠ノなろうとしている。自分の命のためなら、他人の命を奪ってもいいのですか。

「何をしている、早く撃て!」
 我に返りました。その時、別の一台から撃ち込まれた砲弾が、アトラスのそばで炸裂しました。爆風で機体が傾き、私は左の壁に打ち付けられました。頭の中で火花が飛び、軽い脳震盪を起こしたようです。
 あなたは懸命にアトラスを旋回させ、敵の主砲の向きの反対側に機体を移動させました。
「なぜ撃たなかった」
「わ、私……、私は……」
「後は俺がやる」
「もう一度やらせてください。今度こそ、失敗しません」
「アリル、ありがとう。しかしもういいんだ」
「え?」
 私は操作盤を見なおしました。先程の攻撃のショックで、火器の使用が全て不能になっていたのです。私の一瞬のためらいが、取り返しのつかない事態になっていたことに気付きました。
「なんとか、逃げられるだけ逃げる」
 しかし、もう煙幕弾も切れ、カッター以外に武器を持たないアトラスには、残った二台のベアから逃げるにはあまりに無力でした。
 距離を置けばアデンの餌食になります。かといって近づきすぎれば更に危険です。今は優速を生かした回避運動を繰り返すしかなかったのです。
 あなたの操縦は正確でしたが、緊張はいつまでも続くものではありません。あなたの表情に疲労の影が見えてきたころ。
 ガガガガ……
「畜生!」
 敵の副砲が命中したのです。直撃こそ避けたものの、アトラスは右の誘導輪を失い履帯が弾け飛んでしまいました。横倒しとなるような激しい二度の回転の後、アトラスはその場で停止しました。
 ベア二台が止めを刺しに近づいてきます。
「どうやら、俺の悪運も尽きた様だな」
 あなたは操縦桿から手を話し、向き直りました。
「すぐにジョニーを連れて外へ出ろ。俺はここで食い止める」
「そんな、セオも一緒です」
「これを俺の棺桶にすると決めていた。サラマンダーを手動発射させる。機体を降りたら全力で逃げろ。モニカはすぐ来る」
「いやです、絶対に行きません。セオが一緒でなければ」
 この時初めて、私はあなたを拒みました。そして、心に秘めていた気持ちを言葉にしたのです。
「だって私は、あなたが……あなたが……」

 何が起こったか、最初わかりませんでした。目の前に迫っていたベアが、突然炎に包まれ爆発したのです。
アトラス、アトラス、聞こえますか。こちらラカニング解放統一戦線<アルクスニス>
 無線機から、弾んだ声が聞こえてきました。天測窓から見上げる空に、銀色の翼を煌めかせる大型飛行艇が悠然と浮かんでいました。
「モニカが来たんだ」
敵のベア、一機撃破、一機逃走。こちらモニカ・メルナー、アトラス及びアリスエヴァ王女の到着を歓迎します。セオ、ジョニー、御苦労さまでした
 私は緊張が一気に解けたため、力が抜けて倒れ込み、そのままあなたの胸の中に顔を埋めていました。頬を涙が伝わって流れて行くのがわかります。もう、気持ちを抑えることなんてできません。大声をあげて泣きじゃくりました。
「いいんだアリル。助かったんだ……」
 あなたは自分にも言い聞かせるように、静かに呟きました。

 結局、心に秘めていた気持ちを、終わりまで言えませんでした。

[1671] 『アトラス参戦記』2(終) 城元太 - 2014/12/27(土) 20:34 -

13

 水しぶきが、私の肌を玉のように伝って流れて行くのに見とれていました。
 シャワーを浴びるのは久しぶりです。脱ぎ捨てた作業服は、内側にまでしっかりと油が染みついていました。いつの間にか私も、あなたと同じようにアトラスの匂いに染まっていました。身だしなみを忘れていた自分が恥ずかしく、それでいてなぜか嬉しかったのです。
<アルクスニス>のシャワールームから上がり、着替えに手を伸ばそうとした時、一瞬ためらいました。右にはモニカが用意してくれたシルクとインナーのドレス。左には油まみれの作業服。
 淡いブルーの美しいドレスは、最高の着心地でしょう。でも、いまここで作業服を脱ぎ捨てれば、きっと二度と着ることはなくなる。
 無意識に手を伸ばしたのは作業服の方でした。頬を寄せると油と砂の臭いがします。
 アトラスを降りたくない。あなたと一緒にいたい。洗い立ての髪の雫に混ざり、私の瞳からも涙が流れました。
 カラン、と、何かが床で音をたてます。
 あの時拾った、アトラスのエンブレムでした。作業服の胸ポケットに入れておいたものが転げ落ちたのです。エンブレムを拾い上げ、じっと見つめました。アトラス、テラを支える巨人……。
 その時「これが最後なんだ」と言ったあなたの言葉が心の中で響きました。あなたはローデンキルヘンで、モニカとエミリーという二人のかけがえのない家族を失いました。それでも決して投やりなんかにはなりませんでした。淡々と特務車両の整備をし、敵の襲来に備えるために武器を準備して、生き残る努力を続けました。
 履帯が切れ、擱座したアトラスの中でも、あなたは私を守ろうとしてくれた。
「これ以上悲しい思いは、最後にする」という意味ですよね。
 私はエンブレムを握り締めました。
「これで、最後なんかじゃ、ないんだ」
 そう、私の『最後じゃない』というのは、今は離れるけれど、必ずまた会えるということ。その時まで、これをあなたとの約束の標にしておけばいい。
 私は作業服を戻し、ドレスを身に纏いました。

 砂漠には相変わらず太陽が照りつけています。アルクスニスから外に出ると、誘導輪が外れ履帯が切れたはずのアトラスが修理されていることに気付きました。
「見違えたぜ」
 腕を包帯で巻いたジョニーが駆け寄って来ます。思ったより元気そうです。
「アリルエヴァ様、我々が用意したもの、気に入っていただけましたか」
 アトラスの陰から工具を持ったモニカも現れました。
「はい。ありがとうございます」
「合流地点近くに異様な熱源が集中していたので駆けつけることできました。ここまで準備できたのも皆さんのおかげです。アトラスは簡易ファクトリーで修理しました。多少規格は違っているかもしれませんが」
 彼女が工具を持っていた理由は、腕を怪我して手伝うことの出来ないジョニーの代わりに、アトラスの修理をしていたのだと判りました。彼女の後ろから、額の汗を拭いながらあなたが近づいてきます。
「ずっと綺麗だ。似合っているぞ、そのドレス」
 あなたが私を眩しそうに見つめます。やっぱり着替えてよかった。
「それにしても、この人がここへ来てあんなことを言い出すなんて、思わなかったわ」
 モニカが、急に不服そうな顔であなたを振り返ります。
「アリルエヴァ様は、本来王室に入ってもらうはずだったのに、この人が全部話しちゃったんですもの」
「え?」
 あなたは照れくさそうに後ろを向きました。
「あなたがこれまで、庶民の娘として過ごしてきたこと、大声で叫んだのですよ、この人は!」
 どうやらあなたは、私が正式なアルステリア王室の皇女ではないことを伝えたようです。でも完全に王室と無関係では、交渉の余地がなくなると思ったのか、皇帝の落胤という形で話を上手くまとめたようでした。ジョニーもモニカもまだ知らない、私とあなただけの秘密を、まだ残して。
「王族には父の友人も沢山いるから、御落胤でも交渉の余地はあります。でも少し手続を変えなければならなくなりました。とにかく、正式な皇女でないとしてもアリルエヴァ様は最高級の貴賓としてもてなすつもりですから。まったく、頭が痛いわ」
 そう告げるとモニカは苦笑しました。
 最初からこうするつもりだったんだ。
 ようやく、あなたが私のラカニング行きに賛成した理由がわかりました。
「その代わりと言ってはなんですが、セオ達にはこのままラカニングに入ってもらいます」
「どういうことだ、ラカニングの姐ちゃん」
「……姐ちゃんではありません。
 アルクスニスに搭載出来ないので、アトラスはこのまま陸路で我々の秘密基地に来てもらいます。基地までのナビゲーターとして、私がアリルエヴァ様に代わって同乗させて頂きます」
「構わないさ。だがいつまた三国連合が襲って来るとも限らない。いいのか」
 モニカは表情を引き締めました。
「覚悟の上です。これまで危険にさらした分、私にも責任があります。それに、この種の戦闘車両の操作なら一通りマスターしてます」
「気に入った。なあ、ジョニー」
「俺は別に」
 彼の顔は、既に赤くなっていました。


 飛行艇のエンジンがひときわ高く響き亘りました。 
 アトラスを背にして見送るジョニーとモニカ、そしてあなたがいます。
 モニカが急に、ジョニーの手を引きます。
「ちょっと手伝ってもらえる」
「なんだよこんな時に」
「……いいから、早くこっちに来て。アリルエヴァ様、お見送りできずに申し訳ありません。ジョニーはアトラスに乗っていて……」
 私とあなたが、機体の外に残されました。

「必ず会いに行く。それまで大事にしていてくれ」
「セオも、お元気で」
 私はそれ以上何も言えなくなって、俯きました。
「アトラスに戻る。離陸後、すぐに追いかける」
 後ろを向き、あなたが歩き出します。背中を見つめていた私は、もうこらえることなんてできませんでした。私は駆け出します。
「セオー!」
 振り向いたあなたの胸に、私は身体ごと飛び込みます。
「ありがとう」
 私とあなたの唇が、初めて触れ合いました。
 油と砂の香りがしました。

                   *

 アルクスニスが、いまゆっくりと離陸を始めました。私は窓から、次第に遠ざかるアトラスの姿を目で追います。
「艇長のスティーブと申します。アリルエヴァ様を安全にラカニングにお送りできるよう勉めて参ります」
 優しそうな人でした。でも、その時はその人の顔を見るのも惜しく、私は窓の外ばかり見つめていました。
「ありがとうございます。宜しくお願いします、艇長さん」
 失礼とは思いつつも、形ばかりのあいさつを交わし、私はまた外を見ます。
 高度が上がるにつれ、地上のアトラスの機体も小さくなっていきます。
 もう一度、アトラスのエンブレムを握り締め、心に誓いました。
 さよならなんて言わない。「またね」、セオ。すぐに、きっと。 
 やがてアトラスは、砂漠の上の、小さな小さな点になっていきました。







「いっちまったな」
「これから私達も後を追うのです、すぐ会えますよ」
「またベアがうじゃうじゃ出るんじゃないだろうな」
「可能性が無いとは言い切れないけど、この辺りは私達が押さえているから、危険は少ないはずです」
「そうか。少しでも早くラカニングに行こうぜ、セオ」
「無事に到着してくれればそれでいい。電源投入。熱源確認。モニカ、頼むぞ」
「了解。熱源、周囲に認めず」
「発進する。ラカニングに向けて出発……」
「待って、熱源! 敵だわ」
「なんだと」
「さっき取り逃がしたベアだわ、まだこんな所に」
「こっちに来るのか」
「いいえ、停止しています。丘陵の向こう側、間もなく目視できます……いた、あそこ」
「まずい。<アデン>の発射態勢だ」
「アデン?」
「ベア搭載の地対空大型ホーミングミサイルよ。あんなのが命中したら、アルクスニスだってひとたまりもないわ」
「狙いはアトラスじゃないのか」
「ならばこちらに引きつける。ガトリングを撃て」
「弾が出ない! どうしたんだ」
「トラブルか、規格の違いがこんな時に」
「アルクスニス、応答せよ、こちらアトラス。後方よりミサイル攻撃あり、至急回避せよ、早く、早く逃げてくれ」
「畜生、発射しやがった」
「回避せよ、回避せよ。こちらアトラス、逃げるんだ!」
「逃げろアリル……この熊野郎!」

 アトラスのカッターによってベアが切り裂かれ爆発すると同時、天空に舞った大型飛行艇アルクスニスも炎の塊と化していた。

「馬鹿な……アリル、アリル――!」

       『アトラス参戦記(第一部)』 終 




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