外は相変わらずの天気だった。
薄く暗んだ雲に覆われた空―雨が降っていた。
私―灯坂彩愛は自室の窓から外を眺めている。
「はぁ〜あ…せっかくの休みなのに雨か〜」
私は出窓に頬杖を突きながら呟く。
6月のジメジメしたこの季節はこの天気が非常に多い。だから心も憂鬱になる。
プルルル
ふと、私の携帯が鳴りだした。
志保からだった。七海志保。私の先輩。
『もしもし?彩愛?今から会えない?』
「今から?どこで?」
『私の家で。あなた免許持ってるでしょ?車で来て』
その言葉を終えると電話が切れた。
遠目に男の人の声が聞こえた気がしたが。
私はお母さんに事を伝え、車を借りることにした。
エンジンを掛け、車を出す。
ゆっくりと走りだし徐々に速度を上げていく。
この細い道を抜けた先の場所に彼女の家はある。
が、アパートだ。一人暮らしをしているとのこと。私は車から降りると、アパート1号館に入り、階段を上がる。
2階の3つ並んだうちの真ん中が彼女の暮らしている場所。
ピンポーン…とインターホンを鳴らすと中から駆けてくる足音がしてきた。
「はいはい。上がって〜紹介したい人がいるのよ」
やはり先輩は一人でいたわけではなかった。
奥に見える短髪で茶色っぽい―男の方。
「そいつがお前の後輩の彩愛さん?」
「そっ!―かわいいでしょ?」
話の読めない二人の会話に考え込む私。
「まあ、そんな顔すんなって!」
そんな感じでいきなりの初対面で滞った空気だったがそれも一瞬だった。
同じ境遇の人間、違うのは性別のみ。同じく保育士を目指しており、似た夢を追いかけている。
その共通点があることにより、人は接近し、互いを認め合う。要は同じ人間であることだ。
「―ところでよ、こんな話知ってるか? 小さいころに聞いた話なんだけど、呪いの扉≠ェ実在するって…それもこのアパートのこの部屋で」
「!? うそでしょ?」
「うん。嘘!」
「はあ?何それ?」
場の空気が徐々に変わってくるのがわかる。
この流れは―
「だから、試してみようってわけでお前を呼んだ。霊感あるんだろ?この部屋に何か感じないか?」
その言葉に私は顔色を変えた。
「ある、けど…それと何が関係あるの?」
「そこの黒いシミ…それがここ数日で広がっているの」
志保の言葉に私は唖然とする。
シミ?これは血だよ!黒?違う、これはドロドロの血だよ。さっきから私にだけ見えていたの?
急に気持ち悪さが襲う。
(……うっ……)
吐き気が込み上げてくる。
胃の中から上ってくる感触。気持ち悪い。
すると、意識が失いそうになる。
それと同時に二人はパニックになり、私は気を失ってしまった。
「お……!…大丈…か お…!!」
薄れ行く意識の中で声だけが反響していた。
「う…ん?」
気が付くとそこは薄暗い部屋の中。
私、気を失って、それで……。
そばには少し離れて二人が横になっていた。
「ちょっと!起きてよ!」
怖くなった私は二人に声をかける。
が、起きたのは志保だけで男は起きなかった。
「豊和は起きないのね…それよりまず暗いわ―灯りを探すわよ!」
と言って私はさっきからこの部屋の電気をカチカチしている。それなのに電気は付かなかった。
それにおかしいのは電気のスイッチがぬめりとしていること。何かが手にくっ付く。
「きゃ!」
私は驚いて手を離す。片手に付いたそれをもう片方の手で擦る。と、やはり生臭いものがぬめりとしていた。恐らく―血だ。
私がそうこうしている間に志保は懐中電灯を手にし、辺りを照らしていた。
そしてこっちを見てぎょっとする。
「きゃーーーー!彩愛、血が…血が…あなたどこで付けたのよ……」
それに部屋が変だった。置いてあるものはいつもと同じだが、どれも腐食―腐っていた。
そして我に返ったように志保が「そうだ、豊和っ!」
と振り返りライトを照らす。が、そこに彼の姿はなかった。
代わりに何かメモらしき紙が置いてある。
私はそれを拾った。そこには―
こコは呪われタ別ノ空間であル。
少シいただけデ狂ウくるうクルウくるーくるぅ〜
文章は終わっている。何やらおかしな文面だった。
と、突如、ガタっと揺れたと思うと勢いが増し強い地震が起きていた。
「地震? 大丈夫!私から離れないでよ!」
ガラスが割れる音。床が抜ける音。物が当たり落ちる音がしていた。
それ以外は無音だった。
誰の声も聞こえない。隣室の声でさえ何も聞こえない。
その不気味にも思えるこの状況をまだ呑み込めていなかった。
私たちは豊和を捜すという目的の他に別の人間の生存を確認することを決めたのだった。