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[1182] ポケットモンスターDP外伝 ヒカリストーリーThe New Dawn STORY43 新たなる諸刃の力 フリッカー - 2010/09/11(土) 20:49 - HOME

 アニメが終わってもヒカストはまだ終わらない! 今回はSTORY43です。
 オリジナル展開は更にエスカレート。ヒカリの右腕はある手段によって治す事ができたが……

 ゲストキャラ紹介は省略します。

[1183] SECTION01 治された左腕! フリッカー - 2010/09/11(土) 20:51 - HOME

 あたし、ヒカリ! 出身はフタバタウン。夢は、ママみたいな立派なトップコーディネーターになる事!
 パートナーはエンペルト。プライドが高くて意地っ張りだけど、進化して頼もしいパートナーになった。そして、シンオウリーグ出場を目指すサトシと、ポケモンブリーダーを目指すタケシと一緒に、今日もあたし達の旅は続く。
 これは、そんなあたしが旅の途中に経験した、ある日のお話……


SECTION01 治された左腕!


「何!? あの3人が脱走しただと!?」
 自らの部屋の中で、アース指令はその事実に耳を疑い、回転椅子に座ったまま振り向く。
 アースと机を挟んで向かい合うムーンははい、と事務的にうなずき、淡々と説明する。
「情報によりますと、3人と同年代のトレーナーの集団が留置所を強襲し、3人を留置所から脱走させたとの事です」
「なるほど、彼らにも僅かながら味方がいたという事か……」
 アースの表情が曇る。
 完璧だと思われていた、3人を無力化する作戦。彼らに罪を着せて逮捕させる事で、3人を歯向かえないようにした。世界を敵に回した今では、3人を救う者など誰もいないと思っていたのだが、まさかそれをやろうとする人物がいたとは。
「まさか、『奴』の差し金か……?」
 考えられる理由は、それしか考えられない。
 あの3人をけしかけ、新生ギンガ団に刺客として差し向けた存在。それによるものだと考えれば、この事態にも説明がつく。あの3人と同年代の一般トレーナーが、強力な指導者なしに警察を敵に回す事などあり得ない。
「ムーン、ウラヌスは今どうしている?」
 だが、驚いている暇はない。このような事態になった以上、すぐに芽を摘む必要がある。アースは冷静に、ムーンに尋ねる。
「まだ帰還中ですが」
「すぐに引き返させろ。そして脱走した3人の追撃に当たるよう指示しろ」
「わかりました」
 ムーンは事務的に頭を下げ、アースの前を後にしていく。
 その背中を見届けるアースは、深刻そうに机の上で指を組んだのだった。

 * * *

 体の外から、いるはずのない知識が入り込んでくる。
 ちょうど、切り落とされた左腕の切り口から、それはこっちの意思とは無関係にあたしの中に流れ込んでくる。だから、拒みようがない。

 あらゆるポケモンの外見、タイプ、ステータス、とくせい、わざ。
 これまで生きてきた中で、――が溜め込んできたその知識。
 それは、今までポケモントレーナーとして持っていた知識とは根本的に違うもの。その構造や原理、発動方法という、生物学の領域とも思えそうな専門的な知識。それは全て、自力で作り出すためのものだった。あたしはそれを全て、体を組み替えて実行しなければならない。

 ポケモンの力を、自力で作り出す?
 そんな事、できるはずがない。だってあたしは人間。どんなに頑張ったって、そんな――みたいなポケモンの真似なんて、できるはずない。
 だからいらない。こんな知識はいらない。こんな知識があったって意味がない。こんなのを押し付けられてもできないものはできない。だからいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらない、いらないってば――!


「う……っ!!」
 そうして、目の前が一気に明るくなった。
 まず始めに映ったのは、薄汚れた無骨な天井。そして次に視界に入ってきたのは、
「ヒカリ……!」
 あたしの顔を見て嬉しそうに涙ぐんでいる、サトシの姿が。
「サト、シ……?」
 あれ、あたし……どうしたんだっけ……? ここは、どこだろう……?
 頭が思うように働かない。あたしは相当長く眠っていたのかもしれない。とりあえず体を起こす。やっぱり重い。
「おっ、ヒカリ起きたんだな!」
「ヒカリさん!!」
「ヒカリン!!」
 見れば、ヒルコやハルナ達、そしてポケモン達も、あたしの様子に気付いて思い思いの声を上げている。みんなの顔は共通して、まるであたしが起きる事がないかもしれないと思っていたみたいに、一際嬉しそうな顔をしている。
「あたし、今まで……?」
「ここは町外れの倉庫だ。俺達は無事に留置所から逃げられたんだ」
 そうか、あたし達は留置所からヒルコ達の力を借りて逃げ出そうとしていたんだっけ。そこで倉庫にいるって事は、無事に逃げられたって事だ。それを知って胸を撫で下ろした。
 頭を下げた時、ふとあたしの左手が目に入った。その肘に部分には、包帯が巻かれている。
「え?」
 普通にあるあたしの左手。普通に指も動かせる。でもそれになぜか、違和感を覚えた。今まで着けていたポケッチがないから? いや、それじゃない。
 確か、あたしの左腕は――

 そこで、一気に記憶が蘇った。
 意識が落ちる直前、シザリガーの“いわなだれ”をかわそうとした時に、左腕の肘から先がなくなった事に気付いた事に――
「――――――――っ!!」
 途端に背筋が凍りついた。腕を切られた事なんて、考えただけで震えが止まらなくなる。
 だというのに、切られたはずの左腕はちゃんとある。別の腕をあたしの腕にくっつけたような包帯の巻き方は気になるけど、それでもなくなっているはずの腕がちゃんとあるっていうのはどういう事なのかわからない。
「あ、あたし、確か、腕を切られたはずなのに、どうして……!?」
「そんなの、後からくっつけたからに決まってるじゃんか」
 あたしの疑問にヒルコは、しれっとそんなおかしな答えを返した。
「く、くっつけた……!?」
 意味がわからない。
 あたしの切られた腕を後からくっつけるなんて、そんな事素人にできるはずがない。いや、専門的な病院でもうまくできるかどうか。そんな事、こんな場所でできるはずが――
「こいつがやったのさ」
 ヒルコはそう付け足して、親指で自分の隣を指差す。その親指の先には、ちょうどヒルコの隣に来たミホが立っていた。
「よかったよヒカリン。やれるかどうかわからない方法だったけど、うまく行ってくれたからあたしハイテンションなの!」
 心底嬉しそうにくるくると小躍りするミホ。それはまるで、嬉しい時のキルリアのようだった。
「え……でも、どうやって……?」
 だけど、それでも疑問は消えない。
 ミホがどうやって、あたしの腕をくっつけたって言うのだろう? まさかとは思うけど、もしかして医者になった事があるとか……?
「あたしの体の一部を、ヒカリンに渡したの」
「……え!?」
 体の一部を、渡した……!? ますます意味がわからなくなる。
 そのままの意味で取れば、ミホがドナーになって移植をしたって事? だけど、ミホの左腕はちゃんとあるし、そもそもそんな事自体病院でないとできないはずだし――
「その前に、状況説明が先だ。それからじゃないと、ヒカリだって混乱する」
 そこで、助け舟が入った。タケシだ。だけどその隣にいた、意外なポケモンに少し驚いた。
「あれ……あの時の、トゲキッス……?」
 そう、それは間違いなく、あの時あたしが保護したトゲキッス――あたし達が原因で死んだ王女サルビアのトゲキッスだった。トゲキッスはあの時、サルビアの王室に返されたって聞いたけど、どうしてここに?
「その事の含めて、これから説明する」
 タケシが付け足す。
 確かに、あたしが気を失ってからどうなったのかは気になる。それから話を聞けば、左腕の事についても少しは飲み込みやすくなるかもしれない。あたしはそのまま、タケシの説明に耳を傾ける事にした。
「俺達は、ヒルコ達の手助けで留置所から脱走しようとした時に、ジュンサーさんのシザリガーによる“いわなだれ”を受けた。その岩の1つを受けたヒカリは、左腕を切られて気を失った。当然俺達は困惑したよ。どんなに呼びかけても、返事1つしなかったからな。とにかくヒカリを担いで逃げようとしたが、ジュンサーさんはそれを許さなかった。追い込まれた俺達は、これはまずいと確信した。だがその時、助けに来てくれたのがトゲキッスだったんだ」
 タケシは隣のトゲキッスに視線を下ろす。
「トゲキッスが……助けてくれたの?」
「ああ。ミホとニャースに聞いた話だと、王室から逃げ出してきたらしい。恩人のヒカリが警察に捕まった事に、納得できなくて駆けつけてきたという事だ」
 あたしは驚いて、トゲキッスに目を向ける。
 本来の主人をあたしは助けられなかったのに、あたしを恨まずに助けに来てくれたトゲキッス。それはトゲキッスが、あたしが悪いと思っていないという事。あたしは今まで、トゲキッスは主人を助けられなかったあたしを恨んでいたと思っていた。だけどそれはあたしの思い込みだった。罪を憎んで人を憎まず、っていうのは、こういう事なんだ。
「ありがとう、トゲキッス」
 自然と、顔が緩んだ。そんなあたしに、トゲキッスも微笑んで答えてくれた。
 タケシが説明を続ける。
「で、トゲキッスの援護を受けた俺達は、無事に脱走する事に成功して、ここに逃げ込む事ができた。だが、ヒカリはすぐに手当てをする必要があった。だが、切られた腕を手当てできるほどの道具を、俺達は持っていなかった。そこで、ミホが提案したんだ。自分の体の一部をヒカリに提供すれば助かるかもしれない、と」
 そこで、話題はぐるりと一周して戻ってきた。
 あたしの左腕が治った理由。それは、ミホの提案だって言うのはわかった。だけどそれでも、どうしてそんな事ができたのかは相変わらずわからない。
「ヒカリ、メタモンの体の特徴ってわかるだろう?」
「メタモンの体の特徴……」
 考えてみる。
 メタモンの体の特徴といえば、どんなものにも“へんしん”できる能力……だけど、それとこれとどういう関係にあるんだろう? とりあえず“へんしん”でしょ、と答えると、タケシはその通りだ、とうなずいた。
「メタモンの体を構成する細胞は、見たものの特徴を遺伝子レベルから再現する能力がある。だから、メタモンはどんなポケモンの能力も完全に再現できる。それを利用したんだ。つまり、ミホのメタモンとしての細胞をヒカリの左腕に移植して、左腕を復元したんだ」
「え、ええ!?」
 いくらタケシの言葉でも、信じられない。
 メタモンの“へんしん”を活かしたという事はわかった。でも、メタモンの細胞を移植しただけで、左腕って元通りになるものなの? いや、そもそもそんな事したらミホだってただじゃ済まないはずなんじゃ……?
「移植するって言っても、ただくっつけただけなんだけどね。あたしの『すっぴん』の体って、スライムみたいでしょ? だから一部分を分けるのも簡単だったし、ヒカリンの体にもすぐに馴染んでくれたよ」
 ミホが微笑む。
「そうだったんだ……」
 確かに、メタモンの体はスライムっぽいから、考えてみればそういう事も不可能じゃないかもしれない。
 左腕を見つめる。試しに触ってみても、これまでの左腕と何も変わらない感触。指を動かしてみると、普通に動く。こんな普通の腕にしか見えない腕の元がミホの体だったなんて、とても信じられない。なんてよくできた義手なんだろう。
 ともかく、あたしはミホのお陰で助かった。ミホがここにいなかったら、あたしは一生左腕をなくしたまま生きる事になっていた。
「ありがとう、ミホ」
「いいのよいいのよ! あたしはヒカリンのベストフレンドなんだから! あたしはヒカリンの力になれて、嬉しくてハイテンションなの!」
 ミホのいつものハイテンションな笑顔を見ていると、こっちも元気が出てきた。あんな大変な事があっても笑えるミホは、凄いなと今更だけど思った。
「で、話が着いた所でヒカリン」
 そんな時、ミホが不意に話題を変えてきた。
「何?」
 答えると、ミホはいきなり振り向いたかと思うと、何かを取り出してあたしに差し出した。それは、あたしの服だった。
「いつまでも囚人服のままでいる訳には行かないでしょ? だから着替えないとね」
「あ」
 言われて、自分の格好を見下ろした。
 留置所から出てきたばかりのあたしの服装は、左腕の袖が切れた囚人服のままだった。

 * * *

 ともかく、あたし達は無事に留置所から脱走する事ができた。これで、あたし達は新生ギンガ団と戦える。
 だけど、状況はかなり悪い。
 警察にシールシステムを使用された事によって、モンスターボールは作動しないまま。あたしの戦力を確認すると、モンスターボールから出ているエンペルト、助けに来てくれたエテボースとトゲキッスだけ。ハルナやシナのモンスターボールには、今の所シールシステムは使われていない。そしてロケット団は独自の管理システムを持っているからシールシステムの影響は受けないらしい。だけど、このハンデはかなり痛い。
 そして、あたし達を助けるって行動はヒルコの完全な独断でしたらしくて、その行動に反対しているイザナミとは音信不通状態になっている。だから、イザナミの助けは期待できない。つまりあたし達は、戦力が限られた状態で、警察に追われながら新生ギンガ団と戦わなきゃならない。
 しかも、ロケット団とミホからとんでもない話を聞かされた。
「ピカチュウがいない!?」
 あたしが声を上げると、ロケット団とミホは揃ってうなずいた。
「おミャー達のポケモンを持ち出そうとした時、ジャリボーイのピカチュウだけいなかったのニャ」
 頭が凍りつく。
 サトシの一番のパートナーであるピカチュウが、いない。その事よりも、そんな大事な事に自分が今更気付いた事に、あたしは驚かされた。
「保管された場所には、凄まじいバトルの後があって、ピカチュウが入れられたかごだけ壊されてもぬけの空だったのよ」
「まさかとは思うけど、俺達より先にピカチュウをゲットしようとした先客がいたんじゃないかって……ピカチュウがどうなったのかはさすがにわからないけどな」
 ムサシとコジロウが話を続ける。それが、あたしにとって痛いダブルパンチになった。
「そ、そんな……!?」
 それしか言葉が出ない。
 ピカチュウはただいなくなったんじゃない。何者かに襲われて行方不明状態になった。もしかしたら、捕まっているのかもしれない。その衝撃はあまりにも大きすぎた。

 想像してしまう。
 かごに入れられたまま、見知らぬ誰かに連れ去られそうになるピカチュウ。
 かろうじてかごから出て応戦し、激しいバトルを展開するけど、最終的には負けてしまって、やっぱり連れ去られるピカチュウ。
 どんなにサトシの事を呼んでも、そのサトシが助けに来てくれる事がないまま、ピカチュウは――

 倉庫の窓辺で見張りをしているサトシに目を向ける。
 そこに、一番のパートナーの姿はない。代わって隣にいるのはグライオンだ。だからか、サトシの背中はどこか寂しそうに見えた。そういえば、サトシのポケモンで今使えるのはグライオンだけだった。そんな事に、今までどうして気付かなかったんだろう。
 考えたはず。一度は誰かが足りないって。それをどうして、気のせいだと思った?
 あたしはサトシしか見ていなくて、ピカチュウの事は全然頭になかったから?
 つまり、あたしはやっぱり、ポケモンの事を――

「お、おい? どうしたジャリガール?」
「まあ、確かに気分のいい話じゃないけど……ピカチュウが本当に捕まったのかまではわからないんだし」
 ムサシとコジロウの声で我に返る。顔を戻すと、ムサシとコジロウが珍しくあたしを心配そうに見ていた。
「あいつの事ニャ。そう簡単にやられるはずがないのニャ。捕まったとしてもどこかで逃げ出して、必ずジャリボーイの所に帰ってくるはずニャ」
「そ、そうよ! 何度もあたし達に勝ってきたピカチュウだもの! あっさり他の奴のお縄になる訳ないわよね!」
 ニャースの言葉に同感して、ムサシがうなずく。そこでようやく、ロケット団があたし達を励まそうとしている事に気付いた。
「大丈夫よヒカリン。今は信じましょうよ。ピカチュウは必ず戻ってくるって。こういう時こそ言わないと、『ダイジョウブ』ってね」
 ミホが笑みを見せる。それは、ピカチュウが戻ってくる事を心の底から信じているものだった。
 だけど、あたしはそれに何も答えられなかった。
 今のあたしは、ピカチュウが確実にあたし達の所に帰ってくるって信じる事が、どうしてもできなかった。胸の中にあるのは、あの時どうしてピカチュウの事に気付けなかったのか、っていう後悔だけ。だから、それが取り返しのつかない事になってしまうような気がしてならない。
 あの時、ピカチュウがいないって気付いていたら、何か手が打てていたかもしれない。すぐに引き返して、ピカチュウを探し出せていたら――
「……くっ」
 安易な妄想を振り払う。
 そんな事、留置所から逃げている中でできるはずがない。そんな事をしたら、間違いなく逃げ遅れて、他のみんなに迷惑をかけていたに決まってる。
 悔しいけど、あの場面でピカチュウを助ける事はできない。そう考えると、あたし達はピカチュウを踏み台にして留置所から逃げてきたような気がして、重い罪悪感に襲われる。

 ――あなた達にとってポケモンは、遊ぶ目的がなくなれば捨てられる、おもちゃにしか過ぎないのでしょう!!

 こういう時に限って、スズの言葉があたしの頭に張り付いて離れなくなる。
 ピカチュウの事に気付けなかった理由。それは、スズの言葉通り――

「みんな!! 警察が来た!!」
 見張りをしていたサトシの声が響く。その声で、現実に引き戻された。
「何だって!?」
 途端に、倉庫中の空気が一変する。あたしも含めた全員の視線が、サトシに集められた。
「警察が来たって、まさか……!?」
「ああ、追っ手が来たんだ!! すぐにここを離れないと!!」
 あたしが聞くと、サトシはグライオンと一緒にこっちに大急ぎで駆け寄ってきた。
 もうこの場所は、警察に気付かれている。なら、ここに長居はできない。すぐに出て、安全な所に逃げないといけない。
「もう来たのか……! あいつらも嗅ぎ付けるのが早いこった!」
「とにかく逃げるぞ! ここはもう用なしだ!」
 みんなは途端に騒ぎ出す。慌てて荷物をまとめて、素早く裏口へと向かい始めた。
 その間、サトシはその場を動かずに背中を向けている。もうじきここに来る警官達に備えて、殿を勤めるつもりなのかもしれない。だけどサトシにはグライオンしかいない。そんなサトシを1人にさせる訳にはいかないと思ったあたしの足は、自然と止まっていた。
 だけどその時。
「……来る!」
 シナが立ち止まって、声を上げた。
 シナが何に気付いたのかと一瞬思った、その瞬間。

 どん、と何かが激しく壊れる音。
「え!?」
「何だ!?」
 あたしとサトシは、揃って振り向く。
 逃げようとしていたみんなは、立ち止まっている。その前の壁は、まるでパワーショベルが突っ込んできたかのように大きく吹き飛ばされていた。そこには、不吉な赤い影が1つ。
「まずい!!」
 タケシが叫んだその直後、赤い影から突然2本の白い光線が飛んできた。
 あたしは思わず声を上げようとしたけど、それよりも前に、みんなは白い煙に包まれた。まさに一瞬の出来事。
 みんなは無事だった。危険を感じたみんなは、とっさに左右に分かれて光線をかわしていた。それまでみんながいた場所は、白い氷に覆われている。今のは“れいとうビーム”!?
「まさか回り込んでくるとは思っていなかったぜ、シザリガー」
 ヒルコがち、と舌打ちしながら腰を低くする。
 ゆっくりと白い煙の中から出てくる赤い影。その正体は、ならずものポケモン・シザリガー。それはあの時と同じ、あたしの左腕を切った張本人。あたし達をにらみながらゆっくりとみんなに近づいてくるその姿は、地獄から這い上がってきた悪魔を連想させた。

 途端。
「う……!」
 あたしの左腕が少し痛み出した。
 それと同時に、何かがあたしの中に入り込んできた――




 目の前にいるポケモンの解析を開始する――


 ――解析完了。結果は以下の通り。
 種族:シザリガー
 タイプ:みず・あく でんき・くさ・かくとう・むしタイプの攻撃が有効。みず・ほのお・こおり・ゴースト・あく・はがねタイプの攻撃に耐性を持つ。エスパータイプの攻撃は完全に無効化される。
 ステータス:数値で表わすと以下の通り。攻撃力:120 防御力:85 特殊攻撃力:90 特殊防御力:55 素早さ:55
 特性:かいりきバサミ 相手の特性や攻撃で自分の攻撃力を下げられない。
 使用できるわざ:クラブハンマー(みずタイプ・威力90・命中率90・範囲1・物理わざ 大きなハサミを相手に叩きつけて攻撃する。急所に当たる確率が高い)
         いわなだれ(いわタイプ・威力75・命中率90・範囲2・物理わざ 大きな岩を激しくぶつけて攻撃する。相手を怯ませる事がある)
         かみくだく(あくタイプ・威力80・命中率100・範囲1・物理わざ 鋭い歯で相手を噛み砕いて攻撃する。相手の防御力を下げる事がある)
         れいとうビーム(こおりタイプ・威力95・命中率100・範囲1・特殊わざ 凍えるビームを相手に発射して攻撃する。相手を凍らせる事がある)
         りゅうのまい(ドラゴンタイプ・威力―・命中率―・範囲0・変化わざ 神秘的で力強い舞いを激しく踊る。自分の攻撃力と素早さを上げる)
 閲覧完了。




「……え!?」
 一瞬、何が起きたのかわからなかった。
 シザリガーの事を見ただけで、その能力がわかる。しかも、かなり正確に。
 今の、何?
 自分がよくわからなくなる。だって、できもしない事がいきなりできるようになったら、誰だって驚くに決まってる。なんで今あたし、こんな事ができたの――?

 ふと、あたし達の真後ろから騒がしく聞こえてくる足音。その声で、現実に引き戻された。
「そこまでよ!!」
 響き渡る女の人の声。
 振り向くとそこには、たくさんの警官を背後に引き連れた、あのジュンサーさんの姿があった。
「ジュンサーさん……!」
 サトシが唇を噛む。その腰は自然と低くなっていた。
「もうあなた達に逃げ場はないわ。無駄な抵抗は止めなさい」
 体を刺すような視線を向けながら、ジュンサーさんは降参するように告げる。
 目の前にいるのは、もう1つの敵。あたし達はこれから、今まで味方だった警察とも戦わないといけない。かと言って、脱走者であるあたし達の言葉を、警察が聞いてくれるはずもない。はっきり言って、状況はかなり悪い。
 だけど――
「そうは行かないわ!!」
 その時、背後からジュンサーさんの気迫を打ち砕く声が響いた。
 その声は、ハルナのものだった。振り向くとハルナの背後から、スッと飛び上がった影が。三日月の姿をしたそのポケモンは、いんせきポケモン・ルナトーン。ハルナの一番手、ルーナだった。
「行けっ!! ハルナスペシャルその3、『流星乱舞スターダストセレナーデ』!!」
 その叫びに合わせて、ルーナは“スピードスター”を放った。
 だけど、ただ放つだけじゃ終わらない。放たれた星1つ1つは、ルーナが続けて放った“サイコキネシス”で全てコントロールされて警官達に襲いかかる。その動きはかなり複雑で、相手に軌道を読ませる事を許さない。
 複雑に飛び回る“スピードスター”に襲われた警官達は、とっさに身を伏せるしかない。警官達の周りで、次々と星が落ちて小さな爆発を起こす。
「今だ!!」
 タケシが叫ぶ。
 やるべき事はわかっている。警官達に構っている余裕はない。だからあたし達は、警官達が怯んだ隙に逃げ出す。
 シザリガーの横を通り過ぎる。シザリガーは突然主が攻撃された事に動揺して、こっちを攻撃してくる様子がない。警官もシザリガーも混乱している今こそ、ここから逃げられる最大のチャンスだった。
「く……っ!! 逃がすものですか!! すぐに追うのよ!!」
 ジュンサーさんの声が聞こえた。
 途端に、混乱していたシザリガーが目を覚まして、すぐにあたし達を追う。“れいとうビーム”があたし達に向かって放たれる。やっぱり向こうも、そう簡単に黙って逃がしてはくれない。
「あっ!!」
 かわしたつもりだったあたしだけど、いきなり足が滑って前のめりに倒れた。倒れた瞬間に感じた、氷の冷たさ。あたしが倒れている床は凍りついていて、それであたしは足を滑らせた事に気付く。
 シザリガーが、転んだあたしに迫ってくる。すぐに立ち上がろうとするけど、足が滑るからすぐに立てない。
「まずい、ピカチュ……」
 あたしに気付いたサトシがそう言いかけて、言葉を止めた。ピカチュウがいない事に気付いたから。
 そう言っている間に、また“れいとうビーム”がこっちに飛んできた。今度は確実にあたしを動けなくするために。
 だけど、あたしを動けなくするはずのその光線は、あたしの前に立ちはだかった影に遮られた。
「トゲキッス……!?」
 それは、とっさに駆けつけてくれたトゲキッスだった。
 立ちはだかるトゲキッスの前には、透明な壁がある。“しんぴのまもり”。それを使って、トゲキッスは“れいとうビーム”を受け止めていた。
 驚いて目を見開くシザリガー。その隙に、シザリガーは飛んできた別の影に跳ね飛ばされた。
 それは、“アクアジェット”で飛び込んできたエンペルトだった。その一撃によって、シザリガーとあたし達の距離が一気に広がる。
 トゲキッスと同じように、あたしを庇うように立つエンペルト。弾き飛ばされた衝撃で倒れるシザリガー。
「シザリガー、“クラブハンマー”!!」
 それでも、シザリガーは怯まない。ジュンサーさんの指示を受けて、すぐに立ち上がって向かってきた。
 エンペルトとトゲキッスが応戦する。
 まず、エンペルトが“バブルこうせん”。それが向かってくるシザリガーに次々と命中して足止めする。
 そして、トゲキッスが続けて優雅に羽を振って“エアスラッシュ”を放つ。足止めされたシザリガーは、その一撃でさらに怯んでしまう。
「グライオン、“ストーンエッジ”!!」
 そして、サトシの指示。
 グライオンが、動きを完全に止めたシザリガーに向けて、“ストーンエッジ”を放つ。それは容赦なく、シザリガーに雨となって降り注いだ――


TO BE CONTINUED……

[1184] SECTION02 ウラヌス再び! 絶望の再会! フリッカー - 2010/09/22(水) 22:29 - HOME

「グライオン、“ストーンエッジ”!!」
 サトシの指示で、グライオンが動きを完全に止めたシザリガーに向けて、“ストーンエッジ”を放つ。それは容赦なく、シザリガーに雨となって降り注いだ。
 岩の雨によって床が砕けたために、砂煙のように煙が舞い上がってシザリガーの姿を包む。
「やったか!!」
「いや、まだよ!!」
 サトシは手応えを感じていたみたいだけど、あたしはシザリガーがまだやられていないと直感した。
 煙が消える。そこには、腕を組んで守りの構えを取っているシザリガーの姿が。その体は、傷1つ負っていない。シザリガーは組んでいた腕を広げると、健在である事を主張するかのように吠えた。
「くそっ、なんて防御力なんだ!」
 サトシが歯噛みする。
 確信した。このシザリガーのレベルはかなり高い。今のあたし達が正面から挑んでも勝てない。せめて相性で有利なポケモンが使えれば、もう少し勝負になるのに。そう、例えばサトシのピカチュウのわざなら、あいつにだって――
「……っ」
 左腕を右手で押さえる。
 なぜか左腕が痛い。左腕の中で、何かがうずうずとうごめいている感じ。まるで、何かをやれとせかしているみたいに。

 ――――。
 ――――。

 そして左腕が、何かをあたしに訴えているような気がした。
「サトシ、ヒカリ!! 二手に分かれて逃げよう!! 奴を倒そうなんて思わずに、逃げる事に集中するんだ!!」
 タケシの声で、我に返る。
 そうだ、今はこんな事をしている場合じゃない。バトルしている途中で囲まれたりでもしたら意味がない。今は逃げる事を優先しないと! あたしはポケモン達に声をかけてから、すぐにシザリガーに背中を向けて逃げ出した。当然、シザリガーも追ってくるけど、エンペルトが“バブルこうせん”を使って足止めしてくれる。
「ヒルコ、ハルナ、俺達と一緒に来てくれ!! シナはロケット団について行ってくれ!!」
 タケシが的確に指示を出す。そして、ヒルコとハルナがあたし達の所に駆けつけてきた。
 ちょうど5人ずつ分かれた形になって、あたし達は倉庫を飛び出した。そしてあたし達は、一目散に森の中へと飛び込んでいった。


SECTION02 ウラヌス再び! 絶望の再会!


 ひたすら走っている中、左腕の痛みはなぜか治まってくれない。それ所か逆に増してきている気がする。

 ――――。
 ――――。

 痛みと一緒に、左腕の声も大きくなってきている。でも、何を言ってるのかまではわからなくて、意味不明な叫びのようにしか聞こえない。
 これは間違いなく気のせいじゃない。だとしたら何だろう。ただの耳鳴りか、左腕の痛みが単に声のように聞こえるだけなのか。

 ―――え。
 ―――え。

 とにかく、うるさい。
 今逃げる事に精一杯だって言うのに、そんな声なんかに耳を貸している余裕なんてないんだってば――!
「ヒカリさん、よけて!!」
 突然、耳に入ったハルナの声。それで、我に返る。
 途端に後ろから聞こえる、シザリガーの吠える声。その声はかなり近い。まさかと思って振り向くと、そこには。

 あたしに向かってハサミを振り上げて飛びかかってくる、シザリガーの姿が!

「っ!!」
 反射的に横に跳んだ。気付いたのは早かった。これならぎりぎりの所でかわせる――
「きゃっ!?」
 だけど、その判断は甘かった事を思い知らされた。
 シザリガーのハサミは、確かにあたしの体には当たらなかった。だけど、地面に落ちたハサミは、物凄い衝撃を生んだ。それこそ、まるで地震のような。
 結果として、あたしは他のみんなもろとも、その衝撃で吹っ飛ばされる事になった。体が一瞬宙を待って、そのまま地面に転がり落ちる。
「が……っ!!」
 地面に打ち付けられた強い痛みが体中を通り抜ける。シザリガーのハサミって、爆弾か何かだったの!?
「くそっ、グライオン!!」
 サトシの叫ぶ声。その声に応えて、グライオンがシザリガーに向けて飛び出す。それにトゲキッスも続く。あたし達の背中を守っていたはずの2匹は、なぜかシザリガーを追いかける形になっていた。
「“クラブハンマー”!!」
 そこで聞こえたのは、ジュンサーさんの声。
 シザリガーはその指示に応えて、あろう事か空から向かってくる2匹に向けてジャンプした!
「え!?」
 驚いた時には、もうシザリガーはグライオンとトゲキッスをその間合いに捕らえていた。その動きは、シザリガーのものじゃない。
 そしてシザリガーは両方のハサミを使って、2匹を一撃の下に叩き落とした。

 響き渡る2匹の悲鳴。グライオンには効果抜群。グライオンとトゲキッスは揚力を失って、真っ逆さまに地面に落ちた。
 シザリガーも重力に任せて、地面に落ちていく。だけどそこに、ミサイルのように飛んでいく何かが。それは、“アクアジェット”でシザリガーに飛び込もうとしているエンペルトと、それに“こうそくいどう”で続くエテボースだった。
 それに、シザリガーは気付くや否や、あろう事か向かってくる2匹を迎え撃つようにそのハサミを振りかざした。

 それはまるで、飛んできたボールを打つ野球のバッターのようだった。
 飛び込んだ2匹は、シザリガーの“クラブハンマー”の一撃で簡単に殴り飛ばされて、勢いよく飛ばされた。“アクアジェット”や“こうそくいどう”の勢いも、なかったかのように。
 シザリガーが着地した時、エンペルトとエテボースはシザリガーの後ろで激しく地面に叩き落とされた。4匹がやられたのは、まさに一瞬の出来事だった。
「グライオン!?」
「エンペルト!? エテボース!? トゲキッス!?」
 思わず声を上げるあたし達。
 タイプ相性で有利なグライオンはともかく、エンペルトまであそこまでの攻撃を浴びせられるなんて。シザリガーのパワーって、あそこまであったの!?
「私のシザリガー相手に逃げ切れると思ったのかしら? 浅はかだったわね。確かにシザリガーは鈍足よ。だけどそれが全てのシザリガーに当てはまるとは思わない事ね。私のシザリガーには、“りゅうのまい”がある。これで素早さと攻撃力を同時に強化できるから、逃げる相手を追うのも容易いわ」
 ジュンサーさんがゆっくりと近づいてくる。
 そうか、シザリガー相手なら走れば簡単に逃げ切れるって思ってたけど、あのシザリガーには遅い素早さを補強できる、“りゅうのまい”があった。だからあたし達に簡単に追いつく事ができたんだ。
「さあ、もう観念する事ね。今のあなた達に、私のシザリガーから逃げる術はないわ」
 ジュンサーさんが降参を迫ってくる。

 ―――え。
 ―――え。

 左腕の痛みと声が強くなる。もう、なんでこんな時に!
 こんな時に、ピカチュウみたいなシザリガーに対抗できるポケモンがいれば――
「そんな訳には行かないわ!!」
 だけど、ジュンサーさんの言葉を遮る声が。
 その声の主は、ゆっくりと立ち上がるハルナの姿が。その目は、未だに戦意を失っていない。
「逃げる術はないですって? そんな事、やってみなきゃわからないじゃない! ハルナはヒカリさんのために、最後まで戦う!!」
 その左手には、1個のモンスターボールが握られている。
 ハルナはそのモンスターボールを、ゆっくりを真上に掲げる。
「時の流れは移り行けども、変わらぬその身の美しさ!!」
 その口から発せられるのは、久しぶりに発せられる前口上。だけどそれは、コンテストの時と違って、力に満ち溢れている。
「三日月の力を借りて!! ポケモン、ニドキング、その名はクレセント!! ここに見参っ!!」
 そして、力強くモンスターボールを投げ上げる。モンスターボールが空中で開かれると、その中からポケモンが姿を現す。
 体はかなり大きい。こんなポケモンは、ハルナの手持ちには見た事がない。何本も鋭いトゲが生えている、トゲが何本も生えた紫色の体。2本足でがっしりと立つその姿は、ハルナの手持ちでは異質なものだった。だけどそのカラーリングには見覚えがある。
 確か、あれは――
「ニドキング……!! ヒカリが譲ったニドランが進化したんだな!!」
 タケシが声を上げた。
 そうか、クレセント。確かあたしがハルナに上げたニドラン♂だった。そのクレセントが進化した姿が――
 左腕の痛みに耐えながら、あたしは確認のためポケモン図鑑を取り出す。
「ニドキング、ドリルポケモン。ニドラン♂の最終進化系。尻尾の一撃は電柱をまるでマッチ棒のように真っ二つにへし折ってしまう」
 図鑑の音声が流れる。
 ドリルポケモン・ニドキング。ニドラン♂の進化系、ニドリーノから更に進化を遂げたポケモン。だけどそれは、新たにじめんタイプを持っている。だから、みずタイプにはかえって弱くなっているはず。
「くっ、そんなポケモンで!! シザリガー、“クラブハンマー”!!」
 そんなニドキング――クレセントを敵じゃないと判断したのか、シザリガーをぶつけさせる。シザリガーはその指示に応えて、真っ直ぐクレセントに向かっていく。そしてあっという間に間合いを詰めて、“クラブハンマー”の間合いに捉える。
「クレセント、“10まんボルト”!!」
 そこで、ハルナも指示を出した。
 シザリガーがまさにハサミを振り下ろそうとしたその瞬間、シザリガーはクレセントから放たれた稲妻に包まれた。効果は抜群。シザリガーはクレセントを目の前にして、体が痺れて動けなくなる。その光景に、ジュンサーさんもあたし達も驚いた。
「続けて“メガホーン”!!」
 そこで、更なるわざの指示。
 動けなくなったシザリガーに、今度は頭に生えた大きなツノを叩き込む。
 たちまちシザリガーは、真上に放り上げられる。効果は抜群。そんな攻撃を2回も受ければ、さすがのシザリガーもたまらない。ましてや“メガホーン”はむしタイプ最強クラスのわざ。シザリガーが食らって無事で済むはずがない。
「シザリガー!?」
「最後は“つのドリル”!!」
 ハルナがこれで最後、と言わんばかりに指示を出す。
 シザリガーを簡単に放り上げたツノが、文字通りドリルとなって甲高い音を出しながら回転し始めた。そして、落ちてくるシザリガーを追って、勢いよくジャンプした。
 落下してくるシザリガーに、“つのドリル”は簡単に命中した。そして、シザリガーは爆発に包まれた。
「これが!! ハルナスペシャルその8ダッシュ、『一撃必殺フリーズホーンブレイク』!!」
 勝敗が決まった事を告げる声。
 それに合わせて煙の中から現れたクレセントが着地した瞬間、その背後でシザリガーが力なく地面に落ちた。一撃必殺。シザリガーは完全に戦闘不能。どんなに防御力を鍛えていても、一撃必殺わざの“つのドリル”の前には無意味。
「な……シザリガー!?」
 ジュンサーさんが初めて、動揺した声を上げた。
「みんな、今の内に!!」
 ハルナがみんなに呼びかける。
 シザリガーが倒された。これなら、逃げるのは簡単になる。あたし達はポケモン達の無事を確かめてから、一目散にジュンサーさんから逃げ出した。

 * * *

 どれくらい走ったのかな。
 変わりばえのしない森の中を走り続けて、もうどのようなルートをどう走ったのかわからなくなってきた。左腕の痛みはなくなっている。ジュンサーさんが追ってこないのを確かめて、あたし達はようやく足を止める事ができた。
 場所は偶然見つけた横穴。中にはなぜか、机とかベッドとか家具が置いてあった。どうやらここは誰かが、『秘密基地』として作っていたものらしい。誰が作ったのか知らない秘密基地に勝手に入るのには抵抗があるけど、ここなら万が一追っ手の誰かが追いかけてきても、隠れ続ける事ができる。
 あたしは自然と、ベッドの上に倒れ込んだ。途端に疲れがどっと押し寄せてくる。
「とりあえずはこれで一安心だな……」
 椅子に腰を下ろしているタケシがつぶやく。ああ、とうなずく隣のサトシ。
 ここは合流地点にちょうどいいという事で、サトシはグライオンにロケット団達を呼ばせに活かせた。今日中にはロケット団達と合流できるかもしれない。
「後はほとぼりが冷めるのを待って、カンナギタウンへ直行だな」
 壁際に座っているヒルコがつぶやく。ヒルコとハルナがいるのは、ちょうど居間に相当する部分で、トレーナーとのポケモンバトルを意識しているのか、結構広くスペースが取られている。それだけ見ると、ここの家具なんておまけのようにも見えてくる。
「はあ……あたし達、これからずっとこうやって逃げ続けないといけないのかな……」
 天井を見上げながら、思わず本音が出る。
 ただでさえ警察を振り切るのも大変だったのに、それで更に新生ギンガ団とも戦わなきゃいけないと思うと、心が折れそうになる。
 **(確認後掲載)者になってしまって。
 アルセウスに見捨てられて。
 ポケモンのほとんどを使用不能にされて。
 それでも新生ギンガ団と戦わないといけない。
「何だ? あの時承諾してくれたのに、今になってリタイアするって言うのか?」
 不満そうにヒルコが聞いてくる。あたしは答えずに天井を見上げ続ける。
 ヒルコはやる気満々みたいだけど、今戦力が万全じゃない状態で、そんな事なんてできるのか、そんなの無茶苦茶だ、って嫌でも考えちゃう。考えはどんどん悪い方向へと進んでいく。
 状況はあまりにも絶望的すぎる。
 ダイジョバない。
 もうその言葉しか浮かばなくなる。それならいっそリタイアした方がいいのかもしれないけど、あたしが**(確認後掲載)者になってしまった以上、リタイアすれば牢屋へ逆戻りか、逃亡者として放浪し続けるかのどちらかになってしまう。つまり、どっちを取ってもお先真っ暗――
「俺はリタイアなんてしない」
 なのに、サトシは強気の声を上げた。思わず体が起き上がった。
「一度戦うって決めたんだ。どんな事が遭ってもやめる訳にはいかないだろ。それにまだ、俺達は負けた訳じゃない。だから俺は、最後まで戦う。まだあきらめるもんか」
 あたし達にとって、いつもなら希望をもらえるその言葉が。
 今のあたしには、逆にムカつかせるもののように思えた。
「……どうして?」
 あたしはサトシに、そんな事を聞いてしまっていた。
 確かにサトシなら、簡単にはあきらめない。それはサトシのいい所だと思っていたけど、今はそれが悪い事だと思ってしまったから。
「え?」
 あたしの質問が意外だったのか、サトシの、そしてそこにいた全員の顔があたしに向けられる。
「どうしてそんな事、簡単に言えるの……!? 今のサトシには、ポケモンが1匹しかいないじゃない……!! そんな状況で、勝ち目なんてある訳ないのに……どうして……!?」
 その言葉に、サトシは言葉を詰まらせる。
 自分でも、こんなマイナスな事なんて言いたくない。だけどそれが現実なんだから、受け入れるしかない。
 あきらめない事。それはつまり、裏を返せば勝ち目がないとわかっていても立ち向かうという事。勇敢な事と無謀な事は違う、という言葉をよく聞くけど、今のサトシは無謀としか言えない。
「ヒカリ、そんな事……!」
 やってみなきゃわからないだろ、と言いそうなのはすぐにわかった。だから、その言葉をあたしは遮った。
「じゃあサトシには、今の状態で必ず勝てるって勝算があるの!?」
 その言葉がとどめになったのか。
 サトシははっと気付いたように言葉を止めて、それは、と言うだけで黙り込んでしまう。それはみんなも同じなのか、サトシと同じようにうつむいて黙り込んでしまう。
「今のあたし達、完全にヒルコ達の足を引っ張ってるだけじゃない……そんな状態で、簡単にあきらめないなんて言わないでよっ!!」
 気が付くと、あたしは訴えながら泣いていた。

 あたしのヒノアラシは、勝てもしない相手なのに、勝てるなんてあたしが過信していたから、死んだ。

 今のサトシじゃ、そんなヒノアラシの二の舞になってしまう。
 それは嫌だ。もう大切な誰かに、いなくなって欲しくない。
 だから、サトシを止めたかった。もうやめてと。取り返しのつかない事になる前に。
 本当にあきらめないと言えるのは、追い詰められてもまだ勝算を持っている人なんだと思う。だけど今のあたし達にはそれがない。だから、あきらめないなんて堂々と言う資格はないと思う。悔しいけど、これが現実。人生あきらめが肝心、なんて言葉の意味が、今更だけどわかった気がする。
「もう、あたし達は……」

「負けたも同然、と言うんだろう?」
 その時。
 いきなり、見知らぬ声があたしの言葉に割って入った。
「っ!?」
 あたしも含めた全員の視線が、秘密基地の入り口に向けられた。
 そこには。

「残念だが、そう言ってギブアップしたいからと言って、僕達が見逃す訳にはいかないんだ」
 いつの間にここに入っていたのか。
 秘密基地の入り口の先に、1人のギンガ団員――ウラヌスがいた。
「あんたはギンガ団……!!」
「ウラヌスだな……!!」
 サトシとハルナ、そしてエンペルトとエテボース、トゲキッスがすぐに身構える。
「へっ、そっちからわざわざ来てくれたなんて好都合だ。こっちから行く手間が省けたよ」
 こんな時にでも、不良のような態度で立ち上がり、ウラヌスをにらむヒルコ。
「追い込まれている割には随分と余裕そうじゃないか……そうか、それだから警察から脱走できたのだろうな。そこは褒めてやろう。だが、その幸運もここまでだ」
 ウラヌスが一歩踏み込む。
「ここで俺達と戦う気なのか?」
「ああ、そうだとも。わざわざ挨拶しに来たとでも思ったのかい? ちょうどここは袋小路だ、逃げるなんて選択肢がない事くらい、わかってるんだろうね?」
 挑発するように問うウラヌス。そんなウラヌスを前にして、みんなの表情は更に険しくなる。
 あたしは自然と後ずさりしていた。
 今ここでポケモンを使えるのはあたしとハルナだけ。だけど、あたしはウラヌスと戦おうなんて気は全然なかった。
 だって、勝てない。
 今の戦力じゃ、あいつには勝てない。あんな話をした後だからか、そんな嫌な予感しかしない。
 だけど、逃げる事もできない。
 だから、戦うしかないんだけど――

 た――え。
 た――え。

「う……っ」
 左腕が痛み出して、また聞こえてくるあの声。あたしは左腕を反射的に押さえる。
 戦うしかない。だけど戦ったら負ける。逃げる事もできない。そう、どっちを選んでも、待っている結末は同じ――

「いいぜ、相手になってやる」
 なのに。
 サトシはウラヌスの挑戦を強気に受け入れた。

 やめて。
 今ポケモンがここにいないのに、相手になるなんて言わないで。
 そんな事したら、サトシは間違いなく――される。
 そんな事されたら、あたしは――

「……いい答えだ。都合よくこちらも、このバトルにふさわしいポケモンを用意してきていてね」
 するとウラヌスは、懐から何かを取り出した。
 それは、黒いモンスターボールだった。そのデザインは初めて見るものだったけど、どことなく不吉なもののような気がした。
「……それは、まさか!?」
 そのモンスターボールに心当たりがあるのか、タケシが声を上げる。
 そんなタケシを見たウラヌスは口元を吊り上げると、




「さあ、始めよう。絶望の再会だ」
 そんな、訳のわからない事を言って、黒いモンスターボールを投げ上げた。




 モンスターボールから出た黒い光が、ポケモンの形に姿を変える。
「あ……っ!?」
 その姿を見て、あたし達は全員絶句した。
 ポケモン自体は、あたし達に比べると小さい。
 だけどそのポケモンは、あたし達にとって見慣れていたものだった。
「うそ……でしょ……!?」
 その黄色い体は全然変わっていない。だけど鋭いトゲのように毛はところどころ逆立ち、その目は血のように真赤に染まり、その凶暴そうな顔付きと相まって、まるで悪魔のように禍々しくなっている。その首には、黄色く光る水晶がぶら下げられている。
「ビガアアアアアアアッ!!」
 そのポケモンは、顔を上げると凶暴な声で吠えた。その鳴き声は、どこか狂った野獣のもののように聞こえた。
 その姿に、以前の面影はない。だけど、そのポケモンが何者なのか、あたし達にはすぐに理解できてしまった。

「ピ……ピカチュウ!?」
 真っ先に声を上げるサトシ。
 そう、目の前にいるのはピカチュウ。サトシの一番のパートナーであり、あたしがサトシ達と旅をするきっかけを作ったポケモン。留置所から脱走した時に何者かに襲われ、行方不明になっていたポケモン。そのピカチュウが、こんなに変わり果てた姿になって、あたし達の前に戻ってきた。
 信じられないと思っていた時、左腕の痛みと同時に、頭に入り込んでくる情報が。




 目の前にいるポケモンの解析完了。結果は以下の通り。
 種族:ピカチュウ
 タイプ:でんき じめんタイプの攻撃が有効。ひこう・でんき・はがねタイプの攻撃に耐性を持つ。
 ステータス:数値で表わすと以下の通り。攻撃力:55 防御力:30 特殊攻撃力:50 特殊防御力:40 素早さ:90
 特性:せいでんき 直接攻撃を受けると相手をまひさせる事がある。
 使用できるわざ:10まんボルト(でんきタイプ・威力95・命中率100・範囲1・特殊わざ 強い電撃を相手に浴びせて攻撃する。まひさせる事がある)
         でんこうせっか(ノーマルタイプ・威力40・命中率100・範囲1・物理わざ 目にも留まらない物凄い速さで相手に突っ込む。必ず先制攻撃できる)
         アイアンテール(はがねタイプ・威力100・命中率75・範囲1・物理わざ 硬い尻尾で相手を叩きつけて攻撃する。相手の防御力を下げる事がある)
         ボルテッカー(でんきタイプ・威力120・命中率100・範囲1・物理わざ 命を懸けて敵に体当たりする。自分も少しダメージを受ける)
 閲覧完了。




「本当に、ピカチュウなの……!?」
 信じられない事に、それは本当にサトシのピカチュウだった。
「その通り。このピカチュウはかつてお前達が持っていたポケモンだ。今はもう、僕のものになっているがね」
 勝ち誇るように告げるウラヌス。
「そのダークボールを使って、ピカチュウを強引に捕獲したんだな!!」
「ほう。よく知っているな、ダークボールの事を」
 ダークボール?
 それって、暗い場所だと捕まえやすくなるモンスターボールの事? いや、そんなものがここで出てくるなんておかしい。そもそもあたしの知ってるダークボールは、ウラヌスが持っているモンスターボールのデザインとは違う。
「という事は、まさか……!?」
「そう、そのまさかだ。このピカチュウはダークボールの力によって身も心も邪悪に染まり、凶暴化しているという事だ! 今はもう、お前達の事など覚えてはいまい!」
 高らかに告げるウラヌス。その言葉を聞いて、サトシとタケシの顔が青ざめていく。
 身も心も邪悪に染まる? そんな事ができるモンスターボールなんて聞いた事がない……けど、似たような経験はあった。ずっと前にポッチャマが、特殊なモンスターボールで心を奪われた『ダークポケモン』にさせられた事がある。今のピカチュウの状態はそれに似ている。あの時は、あたしの必死の呼びかけで戻ったけど、今のピカチュウにはあの時以上の禍々しさがある。何せ、外見から変わっている。
「そんな事、あるもんか!! ピカチュウ、俺だ!! わかるだろ!!」
 サトシがピカチュウの前に無防備に飛び出す。ピカチュウとの絆を、信じるように。
 だけど、ウラヌスはその行動を小さく笑った。そして、右手を突き出して指示する。
「ピカチュウ、誰がお前の主か教えてやれ。“10まんボルト”!!」
 ウラヌスの指示を受けたピカチュウの頬の電気袋に火花が走り始める。その赤い瞳は、真っ直ぐサトシを捉えている。
「ま、待てピカチュウ!! 俺だ、サトシだ!! わからないのか!!」
 それでも必死に呼びかけ続けるサトシ。だけどピカチュウの表情は変わらない。捉える視線は敵意のまま、電気袋から出る火花は止まる気配がない。そして火花に連動するように、首からぶら下げられた水晶――ヒルコからもらった『でんきだま』が唸りを上げる。
「やめ……!!」
 あたしは思わず声を上げた。
 だけど、その声が届く前に、目の前が眩い光に包まれて。


「がああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 サトシの悲鳴が、辺りに響き渡った。

 凄まじい電撃。今までピカチュウが見せた事がなかったほどの凄まじさ。だから、眩しくて何か起こっているのか見る事ができない。だけど、サトシが確実にピカチュウの電撃を受けた事は確実だった。
 数秒経って、ピカチュウの電撃が止まって、視界が戻る。そして真っ先に見たものは。
「あ……あ…………」
 力なくピカチュウの目の前で崩れ落ちる、サトシの姿だった。
「……あ」
 息が止まる。
 思考も止まる。
 サトシはその場に倒れたまま、ぴくりとも動かない。そんなサトシをピカチュウは表情を一切変えずに見つめている。かつて最高のパートナーだったとは、とても思えない冷たさで。
 サトシは、かつてのパートナーだったピカチュウにやられた。その状況が信じられない。あたしが恐れていた事が、現実のものになっちゃった――
「サトシィィィィィィィィッ!!」
 あたしはもう、目に溜まる涙を感じながらそう叫ぶ事しかできなかった。


NEXT:FINAL SECTION

[1185] FINAL SECTION VSピカチュウ!? 発動する力! フリッカー - 2010/10/07(木) 18:39 - HOME

「サトシィィィィィィィィッ!!」
 あたしはもう、目に溜まる涙を感じながらそう叫ぶ事しかできなかった。

 サトシはピカチュウの電撃をもろに受けて、その場に倒れたままぴくりとも動かない。そんなサトシをピカチュウは表情を一切変えずに見つめている。かつて最高のパートナーだったとは、とても思えない冷たさで。
 サトシは、かつてのパートナーだったピカチュウにやられた。その状況が信じられない。あたしが恐れていた事が、現実のものになっちゃった――
「ふふふふふ、はははははははは!!」
 ウラヌスの勝ち誇った笑い声が響く。
「何とまあ、無様な奴だ!! 絆が絶対的なものであると信じ込んで、自ら首を絞めたとはな!! どんな事があっても壊れないものなど、この世のどこにも存在しないというのにな!!」
 倒れたサトシは馬鹿な奴だった、と言うように、ウラヌスは笑い続ける。
 だけどそんな声は耳に入らない。
 いつもならピカチュウの電撃を受けて倒れる事はあっても、基本的には平気だったサトシ。だけどそんなサトシがいつまで経っても起きない。それもそのはず。今のピカチュウは狂暴化して、その能力は上昇している。しかも、攻撃力を2倍にするでんきだまもある。その相乗効果で、でんきわざの威力は今までの比じゃないほどに上がっている。

 嫌な想像が、拒んでも浮かんでくる。
 サトシはまさか、――された、のか。

 そんな事はない。
 できるなら、すぐにサトシの側に駆け寄って声をかけたい。サトシなら絶対に、こんな事くらいでやられるはずがない。だから確かめたい。
 だっていうのに、あたしの体は倒れたサトシを前にしても動かない。まるで金縛りにでもあったかのように、硬直してしまっている。
 なぜなら。

 倒れたサトシの前にいるピカチュウが、こっちに視線を収束させている。それは戦意というものを通り越して、殺意にさえ感じられる。
 だから、動けない。それはあたしだけじゃなくて、みんなも同じ。
 一歩でもその場から動けば、こいつと同じ目に遭わせてやると、ピカチュウの目がはっきりと告げているから。ピカチュウとは十分に距離があるっていうのに、喉元にナイフを突き付けられているような錯覚がする。
 声をかけたくてもかけられない。そんな事をしても無駄なんだと、あたしの理性が知らせているから。
 それで、あたしは確信した。
 あたし達の知っているピカチュウは、もう死んだ。
 今目の前にいるのは、あたし達の知っているピカチュウの殻を被った、殺戮マシーンじみた悪魔なんだと。


FINAL SECTION VSピカチュウ!? 発動する力!


「どうした? あの時の威勢の良さはどこへ行った? ポケモンに攻撃されただけで怖気づいて応戦しないようでは、ポケモントレーナーとして失格だと思うが?」
 ウラヌスがあたし達を挑発してくる。
 ピカチュウは攻撃態勢を緩めていない。ウラヌスが行けと命令すれば、すぐにでもあたし達に襲いかかってくるだろう。でも、あたし達は何もできない。ポケモン達ですら、ピカチュウを前にして硬直してしまっている。ウラヌスの言う通り、あたし達は完全に怖気づいてしまっていた。
 それでも。

 た――え。
 た――え。

 左腕の痛みが、あたしに訴えかけている。
 このままでは取り返しのつかない事になる。そうなりたくなければ――
「そちらから来ないというのなら、こちらから行かせてもらおう……さあピカチュウ、あいつらを全員倒せ!!」
 ウラヌスの声が響いた。
 その途端、ピカチュウのでんきだまが唸りを上げたと思うと。

「ヂュウウウウウウウウッ!!」

 サトシを一撃でしとめた電撃が、あたし達に向けて放たれた。

 それでようやく、体の金縛りが解けてくれた。
 反射的に横へ跳んでかわす。みんなも一斉に散らばった。すぐ横を、電撃が通り過ぎる。空を切った電撃は、そのまま壁に命中。だけどそれでも電撃は止まらず、壁に大きな穴をえぐった。なんて威力。それはもう、“10まんボルト”の名前が名前負けするほどのものだった。20万か30万、いや、下手をすると100万まで行くかもしれない――そんなものが当たったらどうなるかなんて考えただけで、震えが止まらなくなる。
 そんな事を考えている内に。

 どかっ。
 あたしの体に強い衝撃が走った。
「が……っ!?」
 体が宙に浮く感覚を一瞬感じたと思うと、壁に激しく叩きつけられる。それだけで、あたしの体は完全に力を奪われていた。
 あたしの前には、いつの間にかピカチュウの姿が。今のは“でんこうせっか”……? でも、それほど威力がないあのわざが、こんなハンマーで殴られたって感じるくらい威力があるっていうの……!?
「ははははは!! さあ、怖気づいている暇はないぞ? 早く応戦しなければ、こいつと同じ運命を辿ってしまうぞ!!」
 一方的な攻撃を楽しんでいるように笑うウラヌス。
 そしてピカチュウが、また迫ってくる。その尻尾は、鉄に変化している。“アイアンテール”。さっきの“でんこうせっか”とは倍以上も威力がある。あんなものを受けてしまったら――
「あいつは本気だ!! すぐに応戦しろ!!」
 ヒルコの叫びなんて、全然耳に入らない。
 ピカチュウはあたしの前で飛び上がり、あたしに向けて鋼の尻尾を落下の勢いも加えて振り下ろす。それでも、あたしは動けない。これで、あたしは死んでしまうと直感した。
 だけど。

 尻尾はあたしに振り下ろされる前に、立ちはだかった影によって受け止められた。
 それは、あたしのエンペルトだった。
 エンペルトは両方の羽でピカチュウの“アイアンテール”を受け止めていた。ピカチュウはすぐに反転して、再びあたし達と大きく距離を取る。そんなピカチュウを追いかけて、エンペルトが飛び出す。
「待っ……!!」
 そこで、声が出た。
 勝てない。
 エンペルトはどうやっても、あのピカチュウには勝てない。それは相性で不利とかいうレベルじゃなくて、直感に近いものだった。
 だけど、エンペルトは止まらない。まるであたしからピカチュウを引き離そうとしているかのように。
 エンペルトの羽から、“はがねのつばさ”による剣、『ウイングセイバー』が伸びる。そして飛び込んだ勢いに任せて、ピカチュウに切り付けた。
 外れた。ピカチュウは瞬時に跳び引いて、ウラヌスの前に戻っていった。
「はははは、そう来なくてはな!! さあピカチュウ、遠慮なくあいつを“アイアンテール”で捌いてやれ!!」
 ウラヌスの指示で、ピカチュウは再び飛び出す。そして再び尻尾を使って、エンペルトを迎え撃つ。
 エンペルトはピカチュウの尻尾を、『ウイングセイバー』で迎え撃つ。3本の鋼の塊が、今の中央で激突した。
「やめ……!!」
 声が出る。
 エンペルトじゃ、ピカチュウは止められない。間違いなく負ける。今の接近戦でなら、リーチでエンペルトが有利だっていうのに、負けるって結末が頭から離れてくれない。
 だから、エンペルトを止めたかった。モンスターボールが使えるなら、無理やりにでも戻したいくらいに。
 でも、その後どうする? トゲキッスでもエテボースでも、ピカチュウに敵いそうにない。ハルナのニドキングならじめんタイプで少しは有利に戦える気がするけど、それでもあの桁違いのパワーを持つピカチュウを完全に止められるとは思えない。
 つまり。この場には、あのピカチュウを倒せるポケモンは存在しない。みんなもそれに気付いているから、エンペルトに加勢しようとしない。
 ならどうする?

 たた―え。
 たた―え。

 左腕の痛みは増していく一方。
 ……いや、ピカチュウを倒せる方法はある?
 それは――

 エンペルトとピカチュウの打ち合いが続いていく。
 だけどその流れは、明らかにピカチュウに傾いていた。その証拠に、エンペルトの『ウイングセイバー』が、ピカチュウの“アイアンテール”を受ける度に刃こぼれし始め、刃そのものにもひびが入り始めている。
 それに気付いているのか、ピカチュウはここに来て再び飛び上がり、渾身の一撃を叩き込む。
 エンペルトはそれを受け止める。その直後。
 エンペルトの『ウイングセイバー』が、その一撃に耐え切れずにへし折れた。
 そうなれば、結末はわかりきった事だった。エンペルトはその顔に“アイアンテール”の一撃を受けて弾き飛ばされた。その飛ばされようは、効果が今ひとつだとはとても思えない。
「さあピカチュウ、とどめを刺せ!! “ボルテッカー”!!」
 ウラヌスがこれで最後だとばかりに指示を出した。
 倒れたエンペルトに向けて、ピカチュウは走り出す。その体を包み始める電気は、でんきだまの力も受けて激しさを増していく。
 ピカチュウ最強のわざ、“ボルテッカー”。いつも見慣れていたはずのそれは、今はもう、単純な破壊エネルギーの束が全てを飲み込もうとするかのように突き進んでくるかのように見えた。
 エンペルトは“バブルこうせん”を放って止めようとする。だけどピカチュウは止まらない。かわそうともせずに、ただひたすらエンペルト目掛けて突き進んでいく。
 どんどん間合いを詰められていく。その光景に、


「エンペルト逃げてーっ!!」
 あたしはたまらずに声を上げた。


 間合いがゼロになった瞬間、爆発が2匹を包んだ。その閃光に思わず目を閉じる。
 どん、と何かが近くに激突した音。
 閃光が治まった後、音がした場所を見てみると、そこには壁に打ち付けられているエンペルトの姿が。体のところどころからは煙が出ていて、未だに火花も走っている。
 どう見ても、戦闘不能だった。
「……」
 言葉が出ない。
 負けるなんてわかりきった事だったのに、どうして止めなかったのか。戦うって事は、そこに必ず勝てる可能性があるって思いがあるから、成立するもの。なのに、エンペルトはそれがないのに立ち向かった。ならそれは、戦うって事にはならない。
「ふふふふふ、はははははははは!! 最高だ、とんでもなく最高なポケモンだ、ピカチュウ!! まさにこいつはジョーカーだ!! 手札に加えた甲斐があったぞ!!」
 勝利に酔いしれるように笑うウラヌス。
 そこで、ようやくあたしに感情が戻ってきた。許せない。ピカチュウを一方的に奪い取って、あんな悪魔にして、サトシやエンペルトをこんな風にするなんて……!
「ウラヌス……あんた最低よ……!! ピカチュウに訳のわからない事をして、サトシやエンペルトをこんなにするなんて……!! あんたそれでもポケモントレーナーなの!!」
 湧き上がった怒りをそのまま、ウラヌスにぶつける。
 だけど、それは。
「何だ、おかしな事を言うなお前は? お前だって同類じゃないか、ポケモントレーナーである以上は」
 え……!?
 あたしが、こいつと同類……!?
「何、言ってるの……!? あたしと一緒に……!!」
「なるさ」
 しないで、という言葉はなる、という言葉に遮られた。
「ポケモントレーナーというものは、捕まえてきたポケモンを手駒にして戦わせる人の事を言う。考えてもみるんだ、捕まえる場所が人からだろうが自然からだろうが、トレーナーはポケモンを奪っている事と同じなんじゃないのかい?」
「な……!?」
「そうだ。人のものじゃないからと言って、人は自然からポケモンを何匹捕獲しても何の罪には問われない。だがそれが環境破壊に繋がっているのなら、それは地球のものを奪った罪になるだろう?」
 その言葉が、あたしの胸に深く突き刺さった。
 いつか、誰かが言っていた。自然から見れば、ポケモントレーナーなんてみんなポケモンを奪って、勝手に利用するドロボウなんだ、と。
 あの時は否定できたはずのその言葉が、なぜか今のあたしには否定できない。
「そうさ、ポケモントレーナーは皆、己の欲望のために自然からポケモンを奪って手駒にする。ポケモンの意思に関係などなく。お前だって自然に、僕と同じ事をしているって事さ」
 ポケモンの意思に関係などなく。
 そこにあたしは、反撃の糸口を見出せた。それをがっちりと掴んで、すかさず反論する。
「そんな事ない!! あたし達はゲットしたポケモンの気持ちは考えていたわ!! そんな事が奪う事になるなんて……」
「なるさ。いや、意思を尊重するとか言って手駒になるよう誘うという事は、普通に捕まえる以上に罪深い手だ。それに、だ。意思を尊重するとは言ってはいるが、そんな感情はお前達には存在しない。お前達はただ、ポケモンを自らの手駒にしたいがために、そういう口実を作っているに過ぎない。ポケモントレーナーが謳うポケモンへの愛情だとか絆だとかは、『ポケモンを自らの手駒にしたい』という感情の延長線上にしかない、上辺だけのものだ。必要でない時はモンスターボールに入れておけるポケモンは、所詮人間にとってはただの手駒、だからバトルで傷付こうが何とも思わず、弱いポケモンを捨てて強いポケモンを手にしたがる。好きなおもちゃが壊れたら、すぐに捨てて別のおもちゃで遊ぶ子供とどこが違う」
 それが、完全にとどめになった。
 あたしはとうとう、反撃する事ができなくなった。

 ――あなた達はあなた達の目的のためにポケモンを欲しただけ。
 ――いかに愛情を注いでいようと、目的がなくなれば、あなた達は自らが持つポケモンへの興味をなくしてしまうのでしょう!!
 ――あなた達にとってポケモンは、遊ぶ目的がなくなれば捨てられる、おもちゃにしか過ぎないのでしょう!!

 やっぱり、あのスズの言葉は否定できない。
 あたし達は、ポケモンを道具にしか見ていなかった。目的を成し遂げるためだけの道具として、自然から勝手に捕まえてきた存在に過ぎない。そんなポケモンに対して、絆とか愛情とか、偉そうに言っちゃいけないんだ――
「ふん、元から駒である存在に愛情など抱かなければ、それほど苦しむ事はなかっただろうに」
 戦意喪失したあたしを軽蔑するように、ウラヌスは笑う。
「まあポケモンをあそこまで奮闘させた褒美として、お前から先に始末してやる。やれピカチュウ!!」
 ピカチュウの視線が、あたしに向けられる。その頬から出ている火花が、あたしを――すと告げていた。
「あ……ああ……!」
 ダメだ。
 もうあたし達は勝てない。
 逃げないと。
 ここで逃げないと、あたしは確実に――される!

「いやあああああああっ!!」
 逃げた。
 もう何も考えずに、その場から駆け出した。後ろから何かあたしを呼ぶ声が聞こえたけど、誰の声なのかすらわからない。
 だけど、ピカチュウはあっという間にあたしに追いついてくる。
 それもそのはず。ここから逃げるには、ピカチュウの横を通り過ぎなければならない。自分から近づかないと逃げられないという矛盾に気付いた時には、もう後の祭りだった。
「あ――」
 振り向くと、ピカチュウの“アイアンテール”が迫ってくるのが見える。
 かわせない。
 どんなに逃げても振り切れない。
 やられる。
 やられる。
 やられる。
 あたしはここで、間違いなく――




 それで、本当にいいの?
 サトシのようになって、本当にいいの?
 だって、あたしは死にたくない。
 死にたくないから逃げているのに、逃げる前にやられるなんて、あんまりだ。
 なら――


 たたかえ。
 戦え。


 あたしが(・・・・)、戦え――!!




「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
 気が付くと、叫びながらあたしはピカチュウに左腕を突き出していた。
 左腕の痛みが、肩を通り越して体中に広がっていく。
 発動させるはただ1つ。
 直接的な攻撃では破る事は不可能なわざ、“まもる”を使う――!!

 左腕を中心として、展開される透明な守り。
 それが、ピカチュウの“アイアンテール”を正面から受け止めた。
「何!?」
 ウラヌスの驚く声が聞こえる。その中に、タケシ達の声も聞こえていた気がするけど、よくわからない。
「う……ああああああああああああああああああっ!!」
 あたしは叫んでいた。体の中を循環する痛みに耐えるために。
 過剰なまでに痛い。
 過剰なまでに熱い。
 心臓がいつの間にかジェットエンジンになっていて、流れている血がジェット噴射になって激しく荒れ狂っているような感じがする。そんな状態に体が耐え切れるはずがなく、あたしの体は中からズタズタにされていく。
 冷却が追いつかない。体は確実にオーバーヒートしかかっている。
 それでも力を緩めない。ひたすら左腕に力を注ぎ続ける。敵はピカチュウなのか、それともあたし自身なのかが、だんだんわからなくなってくる。
 ピカチュウの体が跳ね返された。それでもピカチュウは空中でくるりと一回転してきれいに着地。あたしに攻撃を防がれた反動か、より激しさを増してあたしに向かってくる。
 攻撃を防いだだけじゃ、話にならない。ピカチュウを本当に止めたいのなら、ピカチュウを倒す以外に方法はない。
 あのピカチュウを倒しうるわざ。それは、でんきタイプの唯一の弱点であるじめんタイプのわざ以外にない――!
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
 じめんタイプのわざ、“だいちのちから”。
 突き出していた左腕を床に叩きつけて、これでもかというほどの力を注ぎ込んで、それを発動させる。
 途端。
 ピカチュウの足元の地面が光ったと思うと。

「ビガアアアアアアアッ!!」
 ピカチュウの体が、地面から放たれた光に飲み込まれて、爆発を起こした。
 ピカチュウはかわしきれていなかった。効果は抜群。直撃を受けたピカチュウが、宙を舞って床に倒れたのが、はっきりと見えた。
 勝敗は、この一撃ではっきりと決められた。

「ごほ……っ!?」
 それで安心してしまったのか。
 あたしの体の中から、何かが逆流して吐き出された。
 だけど、それが何なのか確かめるよりも前に、体の異常な重さに襲われた。


「あ、あ……」
 立っていられない。
 それも当然か。あんな無茶な運転をしたら、無事でいられる方がおかしい。あたしの体は、とっくにオーバーヒートしてボロボロになっていた。
 ……ところで。



 体が力なく崩れ落ちる。同時に、目の前の景色も真っ暗になった。
「――リ! どうし―――!? しっか――ろ――――!」
 耳に、誰かの声が入ってくる。だけどそれが誰のものか、なんて呼びかけているのかさえわからない。
 ……ところで。




 あたしはどうして、こんな事になったんだっけ――?




 そんな事を思った事を最後に、あたしの意識は休息に落ちていった。

 * * *

「……う」
 それから、どれくらい経ったのか。
 気が付くとあたしは、ベッドの中にいた。あの時の事なんて、まるで夢の出来事だったみたいに。
 ここは、どこ……? あたしは、どうして……?
 そう思いながら、ゆっくりと体を起こす。その瞬間。
「う……っ!?」
 突然体を、強い痛みが襲った。体中が引き裂かれるような痛み。体を動かすだけで起きる痛みに、起き上がる力を奪われる。倒れようとする体を肘で支えようとしても、その肘ですら悲鳴を上げている。
 そうしてまた体が倒れてしまった時。
「お、おいヒカリ!! 無理をするな!!」
 聞き慣れた声が響いて、あたしの前に誰かが現れた。
「サト、シ……?」
 それはサトシだった。
 あれ……? サトシ、なんでいるの……? だって、サトシは――

 そこで、記憶が逆流した。
 突然やってきた新生ギンガ団のウラヌス。そいつがピカチュウを奪っていた事。ピカチュウが完全に心を奪われていた事。そして、そいつがサトシを――
 そう、見ればここはあの時と変わっていない。あたしはここにあるベッドにいるだけ。
 あれは、夢なんかじゃなくて、本当に起きた事だった――

「どうして……?」
「とにかく、じっとしてろ! 今は下手に動いちゃダメだ!」
 そう言って、サトシは手を伸ばしてくる。だけどその手は、なぜか言葉を発してから少し間を置いて、ようやくあたしの肩に届いた。
 サトシの腕は、普段のように動かせていない。その事実に気付いた時。
「目が覚めたのね。よかったわ、あんな事をしたからには、もう目を覚まさないかもしれないって思ってたけど」
 そこに、再び聞き慣れた声が耳に入った。
 サトシの隣にやってきた人。それは、あたし達と別行動していたはずのミホだった。
「ミホ……!? どうして……!?」
 ここにいるの、と言いかけた時に、ミホの後ろにタケシ達と一緒にいるロケット団とシナ、そしてグライオンの姿も。そうか、5人はここに合流できたんだ。
 そこで、ようやく気付いた。
 みんながなぜか、あたしをまるで不治の病に侵された病人を見ているかのように、悲しそうな目であたしを見ている事に。
 そして。
「その回復力も、やっぱり左腕の影響なのかもしれない……とにかく、まずはヒカリンが倒れてからどうなったかを説明するね」
 いつもハイテンションなミホが、いつになくまじめな顔をして話しかけている事に。

 あたしによってピカチュウは倒された。それに驚いたウラヌスは、分が悪いと思ったのかそのまま撤収していった。そしてそれからしばらくして、ミホ達が合流した。今はそれから、ほぼ1日が経っている。サトシはあたしより先に目を覚ましたけど、ピカチュウの強力な電撃によって、体に麻痺が残っている。そして、あたしが目を覚ました――
 ミホからの説明は、こういう感じだった。
 そして。
「ヒカリン。一応聞くけど、なんであんな事をしたの?」
 ミホが真顔で尋ねてくる。
 あんな事……それって、ピカチュウを倒した時の事かな。あの時あたしは、なぜかポケモンのわざを使う事ができた。何も考えなくてもできる本能のように、すんなりと。どうしてそんな事ができたかなんて、自分でもわからないんだから、聞かれても困る。
「……そんなの、あたしにもわからない。ポケモンのわざが使えた理由なんて。あたしはその時、ただ無我夢中で、ほとんど何も考えてなかったから……」
「そう、やっぱりそうだったんだ。移植した左腕はそこまで、ヒカリンに影響を与えてしまったのね」
「左腕……?」
 その言葉が、頭に引っかかった。顔だけ動かして、あたしの左腕に目を向ける。
 そういえばこの左腕は、ミホから移植されたものだった。ポケモンから人に対して、移植されたもの。そして、左腕の痛みと共にやってくる情報。という事は、まさか――
「ミホ、原因ってもしかして……」
「ええ、あたしから移植した左腕。それは元々あたしの体の一部だったから、あたしの戦闘経験や能力が詰まっていたんだわ。だからヒカリンに移植された時、それが一緒にヒカリンに流れ込んでしまったのよ。そして移植された体そのものも、あたしの影響を受けているわ。だから生身で戦う事をためらわなかったのよ。まさかこんな事になるなんて、あたしは思ってもいなかった」
 ミホの言葉は、あたしの思った通りだった。
 左腕から流れ込んでくる、いろいろなポケモンの情報。それは、元々ミホが持っていたもの。それがあたしの体の中と繋がった事で、あたしの力として身に付けられたんだ。でもそれなら、あの痛みは……?
「じゃあ、あの痛みは……?」
 それを聞いてみると、ミホは更に表情を曇らせた。そして、言うべきか少し悩んだかのように僅かな戸惑いを見せた後、重い口を開いた。
「……それの事だけど。本来ポケモンがわざを使う時には、強いエネルギーが体中に巡るの。ポケモンは、わざを使う時だけ体を増幅器にして、全身の力を使って自分のエネルギーを増幅させてわざを放つの。だけどそれは、体が頑丈なポケモンだからこそできるもの。人間は、それができるほど体は頑丈にできていない。だから人間の体でわざを使おうとすると、増幅されるエネルギーに耐え切れずに体は崩壊する」
 わざを使うと、体が耐え切れずに崩壊する。
 その事実を聞いて、あたしは息を呑んだ。つまりあたしの体はオンボロのボディに無理やりジェットエンジンをつけたようなものだから、無理にふかしたらボディが壊れてしまう、という事。
 それは、つまり――
「……仮にもし、あたしがわざを使ったら、体はどうなるの?」
 念のために聞いてみる。
 するとミホは、その表情を更に複雑にして、

「使えば使うほど壊れていくわ。最悪、使った瞬間に死ぬかもしれない」
 余命を宣告する医者のように、あたしを見つめながら告げた。

「え……!?」
 それは、あたしにとって重過ぎる事実だった。
 あたしの左腕に秘められているのは、人の手には負えない凄まじい力。使えば使うほど体が壊れていくという事は、使えば使うほどあたし自身の寿命が縮まるという事を意味している。
 あの時体中を駆け巡った痛みと熱さが、鮮明に蘇る。
 信じられない。いつも当たり前のようにポケモンに指示していたわざを使う事が、こんな危険極まりない事だったなんて――
「だからヒカリン。これからはどんな事があっても、わざを使おうなんて絶対に思わないで。戦いはあたし達ポケモンの役割だから、ヒカリンはヒカリンの役割に徹していればいいの」
 それはミホの言葉にしては、いつになく冷たいもののように聞こえた。
 これでお話は終わり、と言って、ミホはあたしに背中を向ける。その背中は、これからのあたしの運命を予感しているかのように、悲しそうに見えた。

 胸の内を覆うのは絶望だけ。
 あたしはポケモンを、トップコーディネーターを目指すという目的のための駒としか使っていなかった。ポケモンを大切にしようという心は、上辺だけのものに過ぎなかった。そしてあたしは知らない内に、ポケモン達にあんな痛みを伴う重労働にもほどがある事をさせていた。そんな事を、ポケモンは本当に心から望んでいたはずがない。
 そんな事がわかってしまった以上、ポケモントレーナーでいる事が怖くてたまらない。
 自分は最低の人間だ。自分にできない事をポケモンに押し付けて、その報酬だけを自分がもらう、ポケモンを奴隷のようにこき使っていたとんでもない悪人だった。そんな事をどうして、当たり前の事だなんて思っていたんだろう。
 この左腕は、あたしへの罰だったんだ。この罰は、生きている限り一生付き纏う。それだけ、あたしの罪は重いものだったんだ。

 もう戦えない。
 あたしにあいつらの事を否定する資格はない。
 そう、今のあたしに、戦う資格なんてもうどこにもない――

 ――ベッドの横。
 まだ近くにいたサトシは、あたしを哀れむように見つめていた。


STORY43:THE END




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