アニメ投稿小説掲示板
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今回は、懐かしのキャラ達が続々と登場。 一行逮捕を前にどう動く?・ゲストキャラクターイザナミ イメージCV:門脇舞以 シスターを髣髴させる風貌を持つ少女。その正体はギンガ団の残党と戦うためにこの世界に現れた、そうぞうポケモン・アルセウスの化身。 無邪気な性格ではあるがその意識はアルセウスそのもので、かつて自分を救ったサトシの事も覚えている。この姿でもある程度アルセウスの力を使う事ができ、生身でも普通のポケモン程度なら軽く倒せるほどの実力を持つ。見た目によらず万能で、いかなる物事にも高い実力を発揮する。ヒルコ イメージCV:進藤尚美 イザナミの仲間で、ギンガ団の残党と戦うためにこの世界に現れた、はんこつポケモン・ギラティナの化身。和風の法衣を着た少女の姿をしている。 ぶっきらぼうで、一人称は「アタイ」。一見、不良少女のような印象を与えるが、根はお人よしな偽悪家。この姿でもある程度ギラティナの力を使う事ができ、生身でも普通のポケモン程度なら軽く倒せるほどの実力を持つ。ディアルガ、パルキアが動けない中で、イザナミを補佐する唯一の存在となっている。 かつて共闘した縁からサトシの事を慕っており、借りを返そうと思っている。ミホ(準レギュラー) イメージCV:こやまきみこ ヒカリのトレーナーズスクール時代の友人。ポケモントレーナーではない。 底抜けに陽気で、いつも元気いっぱいな子供っぽい性格で、誰とでもすぐに親しくなれる。また友達思いであり、ヒカリの事を『ヒカリン』と呼ぶ。「ハイテンション」という言葉をよく使い、現れる時は「今日もあたしはハイテンショーン!!」が口癖になっている。主な特技はポフィン作りだが、他にもいろいろな事を起用にこなせ、本人曰く「苦手な事はない」らしい。 その正体は、ミホの姿と記憶をコピーして生活しているへんしんポケモン・メタモン(色違い)。戦闘力は高く、他のポケモンに“へんしん”してバトルをする時は、常に余裕にあふれた態度をとる。 外見はバトリオ女主人公(熱血)。ハルナ(準レギュラー) イメージCV:釘宮理恵 かつてトップコーディネーターとして活躍したヒカリの母アヤコに憧れ、ポケモンコーディネーターの道を歩み始めたルーキートレーナーの少女。コトブキシティ出身。 性格は無邪気なムードメーカーで、コンテストで目立つために前口上を作ったり、演技するわざを『ハルナスペシャルその○』と勝手に名付けたりする。また、根っからのポケモンコンテストマニアで、コンテストに出場したポケモンコーディネーターの顔を見ただけでそのプロフィールを空で言えるほどである。一人称は「ハルナ」。三日月がトレードマーク。 地元コトブキシティのコンテストを見に行った際に、アヤコの子であるヒカリの演技を目の当たりにした事で、彼女に崇拝ともとれるほどの尊敬の情を抱いており、彼女に対しては常に敬語で話す。ちなみに左利き。 手持ちポケモンはルナトーンのルーナなど。シナ(準レギュラー) イメージCV:斎藤千和 森羅万象が持つ気のようなもの『波導』を見る事ができる能力を持つ少女。具体的には、物体の存在を遠くからでも感じ取ったり、相手の考えや行動を読み取ったりする事ができる。昔でいう『波導使い』であり、その能力はわずかしか波導を捕らえられないサトシとは比べ物にならない。しかし、その能力故に『魔女』と呼ばれて気味悪がられていた事があり、以前はその影響で人間不信に陥っていたが、ヒカリ達との出会いで成長し、旅立った。 普段は物静かで、感情をあまり表に出さない。また、自分に正直な性格。グラシデアの花が好き。 パートナーはシェイミ。テレパシーで会話でき、いつもシナの事を気遣っている。
あたし、ヒカリ! 出身はフタバタウン。夢は、ママみたいな立派なトップコーディネーターになる事! パートナーはエンペルト。プライドが高くて意地っ張りだけど、進化して頼もしいパートナーになった。そして、シンオウリーグ出場を目指すサトシと、ポケモンブリーダーを目指すタケシと一緒に、今日もあたし達の旅は続く。 これは、そんなあたしが旅の途中に経験した、ある日のお話……SECTION01 牢屋の中で…… 牢屋は、鉛色に包まれた冷たく暗い部屋だって印象があったけど、あたしが思っていたよりもきれいだった。 鉄格子は白く塗られていて、壁も普通の家と変わらずきれいだった。そして前面はプライバシーの保護のためらしく、不透明な壁で遮断されていて、今まで思っていたような常に監視されるという事はない。日差しもちゃんと入ってくる構造になっていて、温度も快適で思っていたより過ごしやすい。牢屋っていう場所の認識は改めなきゃならないけど、トイレとベッド以外には何もないから、殺風景な事だけはイメージ通りだった。 まあ、こういう事はその気になればすぐに調べられる事なんだけど、実際に入ってみて知るなんて、なんて皮肉なんだろう。 あたしは今、普通に清く正しく暮らしていれば絶対にお世話にならないはずの警察の牢屋――つまり留置場に入れられて、裁かれて刑務所行きになるのを待つ身となっている。 ここに来る理由は1つしかない。あたし達が罪を犯したから。 あたし達は新生ギンガ団に捕まった『偽者のあたし』――サルビアを助けようとしたけど失敗。逆にサルビアは殺されて、事件は最悪の結果に終わってしまった。それは乱入して事件をかき乱したあたし達の責任だとして、あたし達は逮捕される事になった。 警察の取り調べの中で、あたし達はどんな事をしてしまったのかを、改めて認識させられた。 一般のポケモントレーナーが起こった事件を自力で解決しようとして、事件をかえって混乱させた例というのは、枚挙に暇がないらしい。ポケモントレーナーというのは、ポケモンの力に過信する事が多いらしくて、こういう事を起こしてしまう事が多いらしい。そんな事をして、死んでしまったトレーナーもいたんだとか。警察はそんなポケモントレーナーにも、厳しく目を付けていた。 単に襲われて身を守るだけなら正当防衛になるけど、こういう事は『自力救済』って言って、違法になってしまう。だって、自分の実力で事件を解決する事を認めてしまったら、『力が正義』という事になってしまって、実力行使だけで物事を解決しようとする輩が増えて、社会の秩序が乱れてしまうから。 自力で事件を解決しようと起こした行動が、力で相手を屈服さればいいという悪人みたいな考えに繋がるという事実。あたし達は何度もポケモンを奪ったロケット団から自力でポケモンを取り返していたから、そんな事は正しい事だと思っていた。だけどそれが、実は間違っていた事だったなんて。 それだけじゃない。 あたし達が助けようとしていた『偽者のあたし』の正体、サルビアはとある国の王女だった。しかもサルビアはあたしのファンで、あたしに会う事も目的の1つだったらしい。しかも観戦する予定だったポケモンコンテストにこっそり出ようとトゲキッスと練習していたんだとか。 サルビアは事件が起こる少し前から、何者かに襲撃されて行方不明になっていたらしい。なぜサルビアがフタバタウンのヒカリとして捕らえられていたのかは、警察では新生ギンガ団の勘違いという結論を出している。 あたし達は、何人かのサルビアの家臣達とも顔を合わせた。その人達に向けられたのは、怒りと悲しみ、そして憎しみの声。それも当然。あたし達の『余計なお世話』で王女は殺されてしまったんだから、あたし達が殺したようなもの。殺した犯人を許せないって思うのは自然な事だから。あたし達が王女の夢を壊しちゃったんだから。 しかも、異国の王女が行き先の国で起きた事件に巻き込まれて殺されたんだから、この事件は国際問題にもなる。きっとサルビアの国でも、ニュースで大騒ぎになっているに違いない。その人達からも、あたし達は悪い目で見られるんだろう。 こんな大事件を起こしたあたし達は、もう立派な重**(確認後掲載)者だった。きっと裁判で、重い罰を与えられるに違いない。 イザナミの言う通りだったんだ。イザナミの言う通りこの事件に手を出していなければ、こんな事にはならなかった、とあたしは今更後悔していた。 この牢屋の中にいるのは、あたし1人だけ。サトシとタケシはここにはいない。 ここに入ってから知った事だけど、留置場では男女がはっきりとした区画に分けられていて、中からはもちろん、移動する時も互いの顔や姿を見る事がないようになっている。もちろん、看守も女の人。まあ、中で間違った事が起きないようにするためなのはわかるんだけど、当のあたし自身は、寂しくて仕方がない。 だから今は、2人と取り調べの時くらいしか顔を合わせる事ができなくなった。それに当然の事だけど、ポケモン達も没収されたからいない。 話したくてもできない。 慰め合おうとしたくてもできない。 好きな人と手を握り合う事もできない。 同じ施設の中にいるはずなのに、2人があたしの手の届かない、遠くの場所へ行ってしまったような錯覚を受ける。そしてその分、あたしの背負っている罪という重荷も、より重くなったように感じた。 殺風景な部屋の中で、あたしは1人うずくまる。 寂しい。 怖い。 助けて。 こんな部屋の中に1人だけでいると、心細くて嫌でもそんな言葉を思い浮かべてしまう。部屋は暗くないのに、まるで先の見えない暗い洞窟に1人でいるような感覚。抱いている肩が、震えているのがはっきりとわかる。あたしって、1人じゃこんなに臆病だったんだ、と思い知らされる。 今2人は、牢屋の中でどんな事を考えているんだろう。サトシの事だから、諦めずに脱走を図ろうとしているかもしれない。そしてあたしの所に助けに来てくれたら―― そんな訳ない。あたしは首を大きく横に振って、変な妄想を振り払う。 ポケモンがいない状態で、ここから抜け出せるはずがない。それに、お互いがどこの牢屋にいるかは知らないし、ここは迷路みたいになっているから、探そうとしても看守に見つかるのがオチ。 そう、あたしを助けてくれる人なんて、ここにはいない。 だって、あたしは**(確認後掲載)者。**(確認後掲載)者を助けようとする人なんて、いるはずない。 あたしはここでただ1人、裁かれるのを待つしかない――「ヒカリ」 あたし以外誰もいるはずのない部屋で、聞き覚えのある声が響く。 その声に驚いて顔を上げる。するとそこには、あり得ない人がいた。「……イザナミ!?」 そこにいたのは、白い法衣を身に着けた女の子。紛れもなくアルセウスの化身、イザナミだった。 牢屋が開けられた形跡はない。いや、そうしていたら音で気付くはずだし、看守が黙っていない。イザナミは本当に、幽霊のようにいつの間にかあたしの目の前に立っていた。 あたし達に罠だから行くな、と警告したイザナミは、なぜか顔をうつむけている。だから、どんな表情をしているのかはわからない。「もしかして……助けてくれるの!?」 でもあたしは、イザナミが助けに来てくれたと思って、自然と立ち上がった。 そうだ、あたし達にはアルセウスっていう心強い味方がいたんだ! アルセウスの力を使えば、ここから逃げ出すなんて、お茶の子さいさいのはず! あたし達って、なんて――「助けてくれる……? あなた、そんな事を言える立場じゃないって事、わかってるの……!?」 だけど、あたしの希望の光はあっさりと、イザナミの冷たい声にかき消された。その声は、明らかに怒っている。「なぜ……なぜ無視したの……私の命令を……!? あの時命令通りにしていれば、こんな事にはならなかったのに……っ!!」 イザナミの顔が上げられる。「ひ……っ!」 強い殺意を宿した、赤い瞳。それを見ただけで、あたしの体は硬直して、さっきまで以上の恐怖に包まれた。目の前にいるのは、一見すると女の子だけど、中身は一度人間に裏切られて激怒した、アルセウスなんだから。 ゆっくりとあたしに近づいてくるイザナミ。その姿がどうして、あたしを処刑しようとする人のように見えたんだろう。「ち……違うのよイザナミ! あ、あたし達はただ、イザナミを見返してやろうって思っただけで……で、でも、ま、まさか本当にこんな事になっちゃうなんて、思ってなくて……!」 あたしはもう、何とか誤解を解こうと必死で説得するしかなかった。あの時人間達を裁こうとした時の力を、ここであたしに向けられてしまうんだと思うと。 だけど、その言葉は全然効果がなかった。イザナミはあたしをにらんだまま、近づいてくる。「あなた達の勝手な行動のせいで、戦力はがた落ち……わかってるの!? あなた達には失望したわ……あれだけ警告したのに、自分の感情に押し流されて静さを失い、こんな失敗をするなんて……あなた達なら、そんな事は絶対にしないと思っていたのに……どうして……!」「ま、待ってイザナミ! あたしは……!」 本気で殺されるかと思った、その瞬間。 パチン、という乾いた音と共に、あたしの世界が一瞬、激しく揺れた。「っ!?」 壁に倒れ込むあたしの体。 一瞬、何が起こったのかわからなかったけど、頬に強い痛みを感じて、あたしがイザナミにビンタを受けた事に気付いた。 イザナミは別に、あたしをゲンコツで殴った訳じゃなかったけど、そうとしか思えないほど衝撃は大きかった。それだけ、イザナミが怒っていた事を痛みで理解した。 その時、どうして。 あの時、ミチーナを破壊するアルセウスの姿が浮かび上がったんだろう――? 目の前には、あたしの頬をはたいた平手を、ゆっくりと下ろすイザナミの姿。 イザナミの目は怒っているけど、それと同時に悲しさも感じさせるものだった。それを見て、あたしは気付いた。イザナミは、あたしが思っていたよりもあたし達を信用していたんだって。それもそのはず、イザナミにとってあたし達は、助けてくれた恩人なんだから。「……今後はもう、あなた達の力は借りない。私達だけで、新生ギンガ団を倒すわ」 そう告げて、イザナミはくるりとあたしに背中を向けた。「え……ちょっと、それって……!?」「そう。今の状態で協力を求めたって、できるはずがないでしょう? それに私は、私の言う事も聞けない人間を、協力者にした覚えはないわ」 顔を向けないまま、イザナミはあたしから離れていく。 あたしは、助けたアルセウスに見放された。それがどれだけ大きな事に気付いたあたしは、すぐにイザナミを呼び止めようとした。「ま、待って! ごめんなさい! この事は謝るわ! だから、あたし達を助け……」 そう言いながら伸ばした右手は、足を止めたイザナミに簡単に払われた。 イザナミはまた、あたしに顔を向ける。「自業自得よ。ただ謝るだけなら、誰にだってできるわ。だけどそれだけで、全てが許される訳じゃない。あなた達は裁きを受けて、自ら犯した罪の痛みを噛み締めていなさい」 それこそ、神のものとして下された言葉。それが、とどめになった。 あたしは何も反論できない。だって、今こうやって牢屋の中にいるのは、あたし達自身の勝手な行動が原因だから。つまり、身から出た錆。それなのに助けてなんて言おうとするなんて、なんて身勝手なんだろう。「もうあなた達にできる事は、何もないわ。せいぜい罰を受けながら、戦いの行方を見守る事ね」 イザナミは、今度こそもう用はない、と言うように背中を向ける。 そしてその体は、まるで蜃気楼のように姿を消した。 また1人になったあたしは、がくりと力なく膝を落として、そのまま床にうずくまる。 ただ悔やんで。 自分のしてしまった事を悔やんで。 あたしは牢屋の中で1人、後悔の涙を思い切り流した。だけどそんな事をしたって、何かが変わる訳でもない。 後悔先に立たず、なんて言葉があるけど、今は後悔する事しかできなかった。 * * *「ふう」 全てを終えたイザナミは、ため息を1つついていた。まるで嫌な仕事から帰ってきてようやく一安心できると思っているような、そんな表情をしていた。 そんなイザナミを出迎えたヒルコは、違和感を覚えた。すぐ近くにサトシ達がいない事に。「ようイザナミ。ってあれ? サトシ達は一緒じゃねえのか?」 いつもの調子で尋ねてみると、イザナミはなぜか顔をしかめてヒルコをにらむ。 その表情に、ヒルコは少し驚いた。イザナミの機嫌を損ねるような事を言っちまったか、と。 いつもの態度からは想像しにくい事ではあるが、ヒルコはイザナミの機嫌には気を配っている。何せイザナミ――アルセウスは、ヒルコ――ギラティナら3匹の分身を生んだ存在であり、力関係でも遥かに上だ。もし怒らせでもしたら、他の分身3匹と束になっても止められないほどである。「何を言っているの、ヒルコ。あの3人はもう協力者じゃないの」「はあ?」 ヒルコは一瞬、イザナミの言っている事が理解できなかった。ヒルコは、イザナミが3人の元に向かったのは3人を救出するためだと思っていたのだ。「はあ、じゃないわよ。3人は私の命令を無視して、自分で自分の首を絞めた。そんな人間は、協力者としてふさわしくないでしょう?」 その言葉に、ヒルコは耳を疑った。イザナミは、3人を切り捨てたと発言したのだ。「おいおい、だからってそのまま絶交かよ? そりゃあ、誰だってミスの1回や2回くらいはするさ。それくらいで絶交って、やりすぎじゃ……」「これくらいの処分は当然の事よ。あれはミスにしても大きすぎる。それに、仮に助けたとしても、3人は他の人間達に追われる身になって、身動きが取りにくくなるのは確実。そんな失態をしてしまった、3人の責任は重大よ。全く、なんであんな事を……」 顔をうつむけながら歯噛みするイザナミ。その表情を見たヒルコは、イザナミが本気であると確信した。 すると、イザナミの上げられた視線が、ヒルコに向けられた。「元はと言えば、ヒルコにも責任はあるのよ。あの時あなたがちゃんと止めさえしていれば、こんな事態にはならなかったのに。言ったでしょ、3人を頼むわねって」「え? いやだってさ、口で言うより、実際に体験させた方が早いじゃないか。そうすればあいつらだって、『自分の行動は間違ってた。だからイザナミの言う通りにするよ』って反省するんじゃないかって思ったんだよ」「……全く何考えてるのかしらヒルコは。どうしてそこでわざわざ協力者を罠に落とそうとするの? そこで協力者を失ったら話にならないじゃない」 とっさに思いついた言い訳をしてはみるが、イザナミにあっさりと見抜かれてしまった。 はは、バレてたか、とヒルコは自嘲気味に笑い、本心を告げた。「実はな、あの3人なら本当にやってくれるんじゃないかって思ってたんだ、アタイ」 そう。 自身を自らの世界に飛び込んでまで助けたあいつなら、そう簡単にはくたばらない。だから一応警告はしておいたが、もしかしたら本当に救出を成し遂げてしまうかもしれない。ヒルコはかつての体験からそう考えていたのだ。 それに、イザナミの命令に背くという行為が、かつて同じような事をしていたヒルコにとっては好意的に見えていた。だから、見ず知らずの人間を助けるという趣味のないヒルコは動向こそしなかったが、あえてイザナミに忠実なふりをしつつ、3人を止めずに見送ったのだ。 だが、その考えに呆れたのか、ふざけているの、とイザナミは鋭い視線を送る。その態度が、ヒルコは少しだけ不満になった。「いいじゃないか。とにかく、助けに行こうぜイザナミ。いつまでもカッカしてないでさ……」「いいえ、これからは私達だけで戦うわ。あの3人の力は借りない。戦力不足は必至だけど、他の協力者を探す余裕はないわ」 ヒルコの提案は、イザナミの冷たい返答によって却下された。 イザナミは、3人にもう興味はない、と言うようにヒルコに背中を向ける。「どうしてだよ!? あいつらほど心強い奴はいないって言うのに!?」「これは命令よヒルコ!」 振り向きざまに怒鳴るイザナミ。 その一言で、ヒルコの不安は風船のように大きく膨らんでいった。一方的な偏見だが、イザナミは短気すぎるとヒルコは思っていた。それだから、人1人に裏切られたくらいで世界を歪めたんだ、と。 しばしの間続く、無言の抗議。イザナミも、何よ、不満なの、とでも言うようににらみ返してくる。「……ああそうかい。そう言うなら、こっちにだって手はあるさ」 ヒルコはわざと不満そうな言葉を漏らし、イザナミに背を向ける。「ちょっとヒルコ、まさかあなたまで……!?」「はあ? 何勘違いしてるんだよイザナミ。アタイはちょっくら情報収集に行ってくるだけだよ。戦力が減っちまったからこそ、確実に勝てる方法を探さなきゃならないだろ? さっきのはちょっとしたジョークだよ」 顔を向けずに言いながら、ヒルコはイザナミの前を後にしていく。 先程の言葉は嘘だ。 ヒルコは、イザナミの命令に従う気など毛頭なかった。もちろん、命令に背けばイザナミにどんな事をされるかくらいは、わかっている。だが、そもそもこれは裏切りにはならないだろう、とヒルコは思う。 なぜなら、あの3人の護衛こそが、本来自分に与えられた使命なのだから。護衛として使命を果たすなら、捕まった3人を助けに行くのは、当然だと思うのだ。 それにヒルコにとって、あの3人はもはやただの護衛対象ではなかった。 ふと考える。アタイはどうしてあの時、サトシにキスなんて事しようとしたのかな、と。 あれはいたずらでやったものではあったが、半分は本心が混ざっていたのではないか。初めて正面から向かい合ってみて、知ったかつて自分と共に戦った人間の素顔。すぐに意気投合できたのは、単に恩があるからではない。その人格自体が、ヒルコにとって好意的だったのだ。だからヒルコは、自然とサトシの側にいるようになった。 そうか、これが『好きになる』って事なのか。ヒルコは気付く。 この気持ちはこの世界で生きる生物の本能だという知識は持っていたが、これほどまでに心地よいものだとは思っていなかった。人間の姿に化身したからこそ、気付けたのかもしれない。本来サトシの事が好きらしいヒカリに文句を言われそうだが、抱いてしまった感情に嘘はつけないから仕方がないと言い訳してみる。 もちろん、ヒカリとタケシの事も嫌いではない。短い間だったが、2人と過ごせた時間も、とても楽しかった。だから、共に楽しい時間を共有した『仲間』だからこそ、ヒルコは3人を助けたいと思っている。 不思議だ。こんな事を考えていると、自然と力が湧いてくる。誰かのために戦うというのは、こういう事なのか、と思いながら、ヒルコは力強く歩みを進めていった。 * * *『衝撃! 殺されたヒカリの正体は王女だった!?』『“本物”の手によって殺されてしまった、“偽者のヒカリ”サルビア』『トップコーディネーターの娘、誘拐事件を混乱させ逮捕』『××国との国際問題に発展か!? サルビア王女誘拐殺人事件』 町で見かける新聞や雑誌の記事には、そんなタイトルばかりが目立っている。 テレビで流れるニュースも、ほとんど同じ内容のものばかり飽きもせずに流している。 今マスメディアでは、トップコーディネーターの娘であるフタバタウンのヒカリが、どこかの国の王女様が誘拐された事件に乱入して、結果王女様を殺させてしまった罪で逮捕されたニュースで溢れている。「どうして……?」 電器屋の前のテレビを見つめながら、ハルナは自然とつぶやいた。すぐ隣にいるルナトーンのルーナも、一緒にテレビ画面を見つめている。 今テレビに映っているのは、逮捕されたハルナの師匠の親であり、ハルナがずっと憧れていた人。『娘があんな事をしてしまう子だったなんて、思ってもいませんでした』 悲しそうに語る容疑者の母、アヤコさん。 信じられないのは、ハルナだってわかる。だって、ハルナの憧れだった、いろんな事を教えてくれたヒカリさんが、人助けをしようとしたのに捕まっちゃうなんて――「信じられないよね、ヒカリとサトシが、捕まっちゃうなんて……」 隣にいる女の子がつぶやく。 流れるような緑色の髪を背中に下ろしていて、目は赤と水色のオッドアイ。服装は水色に白いアクセントが入った爽やかな印象のワンピース。そして、髪に刺したピンク色の花・グラシデアが印象的で、まるで南国から来た人みたいにも見える。 この女の子は、ハルナの旅の同行者。名前はシナ。 実はシナは、こう見えても万物に宿る力『波導』を見る事ができる、現代に生きる波導使い。波導使いなんて昔のものだと思っていたけど、今でもいたなんてハルナは驚いた。(仕方がないよ、人助けしようとして失敗したんじゃ、助けようとした人に責任が降りかかるのは。だけど、それで逮捕って言うのはボクにはよくわからない) シナの胸元から響く声。そこには、一見するとブーケのようにしか見えない、小さなポケモンがシナに抱かれている。 かんしゃポケモン・シェイミ。シナのパートナーで、テレパシーを使って人と話す事ができる凄いポケモン。こう見えても結構しっかりしていて、シナの事をいつも気遣ってくれている。 シナとシェイミにとって、ヒカリさんは無関係な人じゃない。旅に出る前は後ろ向きだったシナは、ヒカリさん達と出会って励まされた事で、前向きになって旅をするようになったらしい。今の服装も、ヒカリさんがコーディネートしてくれたんだとか。つまり、シナにとってもヒカリさんは恩人という事。ハルナとシナが一緒に旅をするようになったのも、同じ人と知り合いだったって共通点があったから。 テレビの画面が切り替わって、ヒカリさん達が警察に連行される場面が映し出される。 シナはその映像を、じっと見つめている。その赤と水色の瞳は、映っているヒカリさん達よりもずっと奥にあるものを見ているようにも見える。聞いた事はないけど、もしかしたらテレビの向こう側にいる相手の波導も見えるのかもしれない。「人助けをしようとしただけなのに、どうして誘拐した方じゃなくて、ヒカリ達が捕まらなきゃならないんだろう……?」 シナがつぶやく。 もちろんそれは、専門家がやるべき事に強引に介入して混乱させてしまったから、というのはハルナもシナもわかっている。どんな物事にも、何も考えずに首を突っ込めばいいってものじゃない。それが大人の世界というもの。 だけど、どうしても納得いかない。 善意でしようとした事が、周りから見たら悪事になるっていう矛盾。 ヒカリさんが本当に悪い事をしたっていうなら、ハルナも諦めがついたかもしれない。だけど、いい事をしたのに捕まるなんて、間違っているとしか思えない。「ヒカリさん……」 悔しくて、拳に力が入る。 わからない。 ヒカリさんだって、無理に首を突っ込む事はわかっていても、助けたいって思っていたはず。それなら、その考えが報われなきゃならないはず。なのに、それが報われずに結局悪者扱いされるなんて、無性に悔しくなってくる――「……ん?」 ふとシナが、テレビ画面から目を外して、ハルナの方を見た。「どうしたの、シナ?」「あの人……」 最初はハルナに用があるのかと思ったけど、赤と水色の瞳は、ハルナよりも奥の方向に向いている。それも次第に鋭くなっている。まるで、敵にでも会った時みたいに。 波導を見て人の考えを見る事ができるシナの事だから、ハルナにはわからない事に気付いたのかもしれない。それは何だろうと思って振り向くと、そこにはハルナ達と同じようにテレビを見ている4人組がいた。「ニュースはすっかり大騒ぎになっちゃってるわねえ……」「当然だよ、トップコーディネーターの娘がやらかしたってなったら、嫌でもニュース沙汰になるさ」「とにかく、早くヒカリン達を助ける方法を考えないと! そうじゃなきゃ、あいつらと戦えないよ!」「だけど、相手は警察ニャ。下手したらニャー達まで捕まってしまうかもしれないニャ」 妙に背が低い人が1人いる事が気になる、男女の4人組。 1人いる女の子は初めて見るけど、他の3人はどこかで見た事があるような……?「ロケット団!!」 考えていると、シナがいつの間にか叫んでいた。「ええ!?」 その言葉に、4人組と一緒にハルナも驚いて声を上げた。ロケット団って、ヒカリさん達のポケモンを狙っている、あの……!? 4人の驚きの視線が一斉にハルナ達、いやハルナの隣にいるシナに集められる。シナはいつもの物静かさが嘘のような鋭い視線で、4人組をにらんでいる。「って、ああー! あんた達よく見たら、いつかジャリンコ達と一緒にいた!」 赤い髪の女の人が、ハルナ達を指差して叫ぶ。 ジャリンコ。それは、ロケット団が使うヒカリさん達の呼び方。という事は、この4人組は本当に……!「あんた達、本当にロケット団なの!」「間違いないよ、ハルナ。この波導は間違いなく、あいつらのもの……!」 ハルナの疑問は、シナが代わりに答えた。 やっぱりシナの波導の力は鋭い。確かによく見てみれば、変装をしているけど、その顔は間違いなくロケット団のもの。やけに背が低いと思っていたのは、ニャースだったんだ。女の子は会った事のない顔だけど、もしかすると新メンバーなのかもしれない。 こんな悪者がすぐ隣にいるなんて、気付かなかった。とにかく、今やる事は1つ。こいつらが何を考えているのかは知らないけど、変な事する前に叩きのめして、警察に連れて行くだけ……!「ま、まさか、ここでやるつもりなのか、お前ら!?」「当然よ。あんた達がどんな奴なのかは、ハルナだってわかるんだから!」 ルーナに声をかける。すると、ルーナはすぐに前に出て、臨戦態勢になる。シナの胸からはシェイミが飛び出して、同じように臨戦態勢になる。 やるってなら仕方ないわね、と4人組――ロケット団もモンスターボールを取り出して身構える。女の子はなぜか、モンスターボールの模様が書かれたコインを構えているのは謎だったけど。 そのままハルナ達の視線が交錯する。戦いの火蓋は、今切って落とされようとしていた。「あ、やっと見つけた。おいお前ら、ちょっと」 まるで親しい友人にかけるような言葉が、ハルナ達にかけられた。 え、とハルナ達の声が揃う。そしてその視線は、揃って声がかけられた場所に向いていた。 そこには、見るからにおかしな人がいた。 黄色の髪と赤い瞳を持つ女の子。着ているのは灰色を基調に、赤と黒のアクセントが入った見た事もない模様の和服で、その奇抜さは髪と瞳の色と相まって、明らかに普通の人じゃない事を周りに知らしめているようにも見えた。そしていかにも、性格が悪そうな顔立ち。 完全な偏見だけど、ハルナはこの女の子は不良だと直感した。だけどその顔立ちは、どこか人とは違うものも感じる。まるで、伝説に出てくるポケモンみたいな何かを。 女の子はゆっくりと近づいてくる。その赤い瞳は、真っ直ぐロケット団に向けられていた。「一応確認しとくけど、お前達だよな? あの時サトシ達に協力したロケット団っていうのは」 不良のような言葉遣いで、和服の女の子はよくわからない事を口にした。TO BE CONTINUED……
新生ギンガ団。 新生とはいうものの、その実情はギンガ団の生き残りの寄せ集めでしかなく、小規模な残党勢力以外の何者でもなかった。 彼らを率いるのは、かつてのボスであるアカギの思想に心酔していた男、アース。 数ある幹部の1人であった彼は目的を果たせなかったアカギの意思を告ぐために、新生ギンガ団を結成した。主力の幹部3人も含めた多くのメンバーが逮捕されてしまった状態では、お世辞にも戦力は磐石とは言えなかったが、彼には『切り札』があった。それを利用してポケモンコンテスト・アサツキ大会でテロを起こし、新生ギンガ団の存在を世間に知らしめると同時に、団員達の士気を上げる事にも成功した。 士気が上がった事もあり、停滞していた『新世界創造』への準備は加速的に進んでいる。実行できる日も後僅かだ。だがアースはそれとは別に、もう1つの計画を実行に移した。それは、以前ギンガ団を崩壊させた人物である、3人の少年少女を始末する事。 マサラタウンのサトシ。 フタバタウンのヒカリ。 そして、元ニビジムジムリーダー、タケシ。 湖の3匹に選ばれたというこの3人は、新生ギンガ団においても警察よりも警戒するべき存在だった。だからアースは、あらゆる手を打って彼らの存在を消そうとした。 そしてそれも今、成功した。 これで、一番警戒していた仇敵は歯向かえなくなった。戦力が少ないとはいえ、今の新生ギンガ団を止められる者はいないだろう。現在新生ギンガ団は、アカギらが成し遂げられなかった悲願を実行に移すべく、最後の調整を行っていた。 トバリシティ郊外の基地。 アース指令の部屋は、ブラインドが下ろされているためか、外が明るいにも関わらず暗かった。 そこには、4人の人物がいる。 1人目は、窓際のテーブルに腰を下ろしている、この部屋の主である強面の男、アース。 2人目は、アースの傍らに立つ秘書のようにも見える、金色のセミロングヘアーの女性団員、ムーン。 3人目は、アースの目の前に立つ、眼鏡と長髪の男、ウラヌス。 そして4人目は、ウラヌスの背後に立つ、アブソルを連れた黒い女、スズである。「よくやった、ウラヌス。これで、我々はあの少年達に行動を妨害される事はなくなった。お前のミッションプランを信じてよかったよ」「ありがとうございます、アース司令」 丁寧に頭を下げるウラヌス。「これであの3人は、守ろうとした世界を全て敵に回した。たかが子供心では、世界からの重圧に耐える事はできないだろう」 ふふ、とアースは笑う。それは敗者を見下す、勝利者の笑みだった。 ウラヌスが取ったミッションプランとは、単純に言えば『3人に罪を犯させる』事だった。そのためにフタバタウンのヒカリとよく似た少女である某国の王女サルビアを拉致しヒカリに仕立て上げ、『ヒカリを誘拐した』と大々的に宣言した。そうすれば、あの3人が嫌でも関わってくると読んで。サルビアのトゲキッスを逃げさせ、密猟者を利用して3人の元に向かわせたのも、『偽者のヒカリ』に関心を向けさせるための布石だった。 過去のデータによると、3人はロケット団当の悪人が起こした事件に自ら飛び込み、自らの力で解決させていた。それが自力救済という違法行為になるとも知らずに。それを利用した作戦だった。 結果、罪を犯させるこの作戦は見事に成功。3人は警察に逮捕され、勝てば官軍負ければ賊軍という言葉通り、世間から悪人として認識されるようになった。「くっ……」 他の3人に気付かれないように、スズは歯噛みした。 スズは嫌悪感を覚えていた。ウラヌスの作戦自体もそうだが、その作戦を立案したウラヌスにも、その作戦の実行を承諾したアースにも。 彼らは目的を成し遂げるためには、手段を選ばない。彼らの考えは、自然を破壊してきた人達と同じだ。そんな人間が心のない新世界を作っても、今と何も変わらないのではないのか。新世界でも、自然破壊は繰り返されてしまうのではないか。スズは考えずにはいられない。「赤い鎖の復元もあと少しで完了する。これで計画は磐石、と言いたい所だが……」 アースの顔が僅かに歪む。そして、僅かに考え込むようにテーブルの上で指を組ませていた両手を顔の前に上げる。「ここまで計画が順調に進むと、逆に不安にもなる。ウラヌス、万が一の事も考え、あの3人のポケモンを全て強奪しろ。都合よく、打ってつけの道具もある」 アースは目で隣にいるムーンに合図すると、ムーンは事務的にうなずき、ウラヌスにトレイを使ってあるものを差し出した。 それは、世間で売られているどのモンスターボールとも外見が異なる、漆黒のモンスターボールだった。それを見たウラヌスは、なるほど、と納得したように笑みを浮かべた。 それがどんなモンスターボールなのか、スズは知っている。故に、スズは尚更苛立ちを大きくした。「了解しました。これはありがたく使わせてもらいます」 ウラヌスはムーンのトレイから漆黒のモンスターボールを受け取る。「警察に持っていかれてしまっては厄介だから、早めに片をつけろ。方法は問わない」「はい」 アースからの指令を受けたウラヌスは、姿勢を正して返事した後、アースに背を向け、スズの横を通り過ぎ、特に急ぐ様子もなく部屋を出て行った。その背を、スズは黙って見送っていた。「どうしたスズ? 自らの任務がなくなった事が不満か?」 アースの声がスズに向けられる。 スズは視線だけをアースに向ける。そこには、スズの考えを見通すように、スズを見つめるアースの姿がある。「何、心配はいらん。お前は我々の切り札だ。準備が整えば、君にも存分に暴れてもらう。その時まで、体を休めているといい」 スズは答えない。 アブソルに声をかけ、赤い髪を翻しながら、スズは無言でアブソルと共に司令の部屋の後にした。その不満を表すような、大きな足音を立てながら。SECTION02 ヒルコの提案! そこには、見るからにおかしな人がいた。 黄色の髪と赤い瞳を持つ女の子。着ているのは灰色を基調に、赤と黒のアクセントが入った見た事もない模様の和服で、その奇抜さは髪と瞳の色と相まって、明らかに普通の人じゃない事を周りに知らしめているようにも見えた。そしていかにも、性格が悪そうな顔立ち。 完全な偏見だけど、ハルナはこの女の子は不良だと直感した。だけどその顔立ちは、どこか人とは違うものも感じる。まるで、伝説に出てくるポケモンみたいな何かを。 女の子はゆっくりと近づいてくる。その赤い瞳は、真っ直ぐロケット団に向けられていた。「一応確認しとくけど、お前達だよな? あの時サトシ達に協力したロケット団っていうのは」 不良のような言葉遣いで、和服の女の子はよくわからない事を口にした。 む、とロケット団は黙り込んで、互いに視線を合わせる。答えに困ったのかと思っていると、いきなり変装に使っていた服を脱ぎ捨てて、「『あの時サトシ達に協力したロケット団っていうのは』の声を聞き!」「光の速さでやって来た!!」「風よ!!」「大地よ!!」「大空よ!!」「そして宇宙よっ!!」「天使か悪魔か、その名を呼べば!!」「誰もが震える、魅惑の響き!!」「ムサシ!!」「コジロウ!!」「ニャースでニャース!!」「そして、特別ゲストのミホッ!!」「時代の主役は、あたし達!!」「我ら無敵の!!」「ロケット団!!」「プラスミホでハイテンショーンッ!!」 なんて、あの大げさにポーズを決めながら名乗りを上げていた。 それにしてもミホっていう女の子、特別ゲストとかロケット団プラスミホっていうのはどういう事なんだろう。服もそのままだし、ひょっとしてロケット団じゃない……?「ふふ、あっはははははははは!!」 ロケット団の自己紹介を目の当たりにした和服の女の子は、なぜかいきなり大げさに笑い始めた。「ちょ、ちょっと! そこ笑う所じゃないでしょ!!」「人様が自己紹介したのに、それは失礼だぞ!!」 途端にムサシとコジロウが抗議し始める。「だってさ、はは、アタイただ確認しただけなのに、あはは、そこまで大げさに自己紹介する奴なんて聞いた事もねえぞ? ははは、お前ら超ウケるんだけどーっ!」 余程おかしかったのか、女の子はお腹を押さえながらひたすら笑い続けていた。「あんたねえ、あたし達ロケット団の自己紹介をバカにしているの!?」「はははは、何言ってるんだよ、単純にウケるからに決まってるだろ?」「ふざげるのもいい加減にしなさいよ、この和服ジャリガール!!」「ウケる事を笑って、何がいけないんだよ? あはは、いやーホントにウケるーっ!」 完全に怒っているムサシを全然気にせずに、笑い続ける女の子。 ハルナとシナは、そんな女の子に唖然として黙り込んじゃった。だって、ロケット団の自己紹介を見て笑う人なんて、今まで見た事がなかったから。あの子いったい、どんな神経を持ってるんだろう? 不良みたいかと思ったら、こんなひょうきんになるなんて……「何者なの、あの子……?」「さあ……?」 ハルナはシナと、そんな間の抜けたやり取りをする事しかできなかった。「あはははは、お前らいっそ、お笑いでもやってみたらどうだ?」「全然ほめ言葉になってないわよ!! あんたねえ、あたし達をバカにしに来たなら、こっちにだって手があるんだからね!!」「そうだ!! ロケット団を侮辱した事を、後悔させてやる!!」 遂にムサシとコジロウの怒りは頂点に達して、その手にはモンスターボールが握られていた。「ハブネーク、あいつをコテンパンにしちゃいなさいっ!!」「マスキッパ、お前もやれっ!!」 2人のモンスターボールから、ハブネークとマスキッパが現れる。内マスキッパはすぐに反転して、コジロウの頭に被りついた。そしてコジロウとの一方的なじゃれ合いの末、元の位置に戻る。 それで、ハルナはロケット団がどんな事を女の子にしようとしているのかわかったけど、不思議と止める気にはならなかった。あの女の子には、それだけやってガツンと言わせた方がいいのかもしれないって思っちゃって。 空気が一瞬で変わる。 2人のポケモンが現れたのを見て、女の子はさすがに笑うのを止めた。だけどそれも、もう手遅れ。 ハブネークとマスキッパは、女の子を標的にして一斉に襲いかかる。ポケモンを出す事すら、許さないほどに。「うわっと!!」 一瞬、聞こえた、女の子の声。 そして2匹は、女の子に噛み付こうと口を開けて―― 2匹は、激しく頭をぶつけ合った。「え!?」 そこにいた全員の声が、合わさった。 何が起こったのか、よくわからない。ただわかるのは、ハブネークとマスキッパは互いに頭を思い切りぶつけて倒れ込んでいて、女の子の姿がきれいさっぱりなくなっていた事だけ。まるでマジックのように、女の子の体がその場から消えていた。「びっくりしたじゃねえか、いきなり攻撃してくるなんてさ……」 そんな何気ない声は、ハルナ達のすぐ後ろから聞こえてきた。 驚いて振り向く。そしてその瞬間、ハルナ達は絶句した。 そこに、女の子は確かにいた。 だけど、女の子の居方が普通じゃなかった。いや、はっきり言えば異常だった。 電器屋のガラス窓に、何だかブラックホールみたいな黒い穴が開いていて、その中から女の子はひょっこりと顔を出している。 ガラス窓を切って開けた穴を使って、電器屋の中から顔を出しているんじゃない。ガラスの裏側に見えるはずの女の子の体はない。そもそも、ガラス窓の裏にはテレビが並んでいて、人が入れるようなスペースはない。にも関わらず黒い穴には、明らかに深みがある。 平面でしかないガラスに、立体の穴が開いている。 黒い穴はどう見ても、異空間に繋がっているとしか考えられなかった。そしてその中にいる女の子は、人間じゃない事が直感で理解できちゃった――「だ、だ、誰なの、あんた……!? 宇宙人!? 異次元人!? それとも幽霊!?」 自然と、ハルナの口から言葉が漏れる。その体は、自然と震えていた。 小さな頃、鏡の中の幽霊に人が引きずり込まれるっていう怪談話を読んだ事がある。それを読んでから、ハルナはしばらく鏡の前に立つ事ができなかったのを覚えている。そういうのがまさか、本当にあったなんて――「ぶぶー、全部ハズレ。まあ、異次元人ってのはニュアンスが近いけどな」 それが何でもない事のように、女の子は明るく答えながら、穴からよっ、と降りてくる。すると黒い穴はすぐに消えて、ガラスは元通りになっていた。「その穴は、まさか反転世界への穴か……!?」 コジロウが思い出したように問う。それに女の子は、おっ正解、と感心して答えた。 反転世界……確か、この世界の裏側にある別の世界って聞いた事があるけど……「あなたは、人間じゃないのね」 シナが、確証を込めて女の子に聞いた。その目は、女の子の奥底を捉えているように見えた。「ああ。仮の名前はヒルコだけど、本当の名はギラティナなんだ」 それが何でもない事のように、女の子はとんでもない事を口にした。「ギ、ギラティナ!?」 ハルナ達の驚きの声が揃う。 ギラティナっていえば、この世の裏側にある世界に住んでいて、古代の墓場に現れるって言われている伝説のポケモン。人間に化けられるポケモンもいるって聞いた事があるけど、このヒルコって女の子はギラティナが化けた姿って事!? でもそう考えると、ヒルコの奇抜な格好にも不思議と納得がいった。あの色の組み合わせは、考えてみれば前に絵で見た事のあるギラティナの色と同じだったから。それにさっきの事も、ギラティナの能力だとすれば説明がつく。だけどこんな不良みたいな女の子が、本当に伝説のポケモンなのかな……?「おいおい、そう驚く事ないじゃねえか。人間に化けたポケモンなんて、すぐ側にもいるじゃないか。な、そこのメタモン?」 つい、とヒルコは誰かを指差す。そこには、ロケット団と一緒にいるミホの姿があった。「え?」 何の事だか、よくわからない。 どう見ても普通の女の子にしか見えないミホが、ヒルコと同じポケモンだって……? だけど、ヒルコはメタモンって言った。何にでも変身できる事で有名なメタモンなら、確かに人間に化けられても不思議じゃない。 ミホとヒルコの視線が交錯する。ミホは答えに困っている様子で言葉を濁らせていたけど、とうとうまいった、と言うように肩をすくめて、口を開いた。「……やっぱり、わかるんだ」「まあな。そんな同類さんがいるって事だから、あんまり驚くなって事さ。じゃ、そろそろ本題に入るとするか」 まだ頭が整理されていないハルナ達の事を気にしないで、いきなり話題を切り替えるヒルコ。「本題……?」「俺達に会いに来た目的って事か?」 ロケット団の問いにああ、とうなずくヒルコ。「お前らさ、サトシ達と前から関わりがあったんだろ? なら、警察に捕まったサトシ達を助けるために、手を貸してくれないか?」「え!?」 その言葉にロケット団はもちろん、ハルナもシナも驚いた。 ヒルコの口から、どうしてサトシ達の名前が出てくるのか。それが意外だった。しかもサトシ達を警察から助けるなんて事を言っている。それはつまり、ヒカリさんも助けるという事――「ちょっと、伝説のポケモンがジャリンコ達を助けるためにあたし達に手を貸せって、どういう風の吹き回しなの?」 ムサシが目を丸くしながら聞く。「ああ、簡単な話さ。アタイ達は新生ギンガ団と戦うために、サトシ達を雇ったんだ。湖の3匹に選ばれた3人だからな」 ヒルコはあっさりと、凄い事を言った。 新生ギンガ団と戦うために雇った。湖の3匹に選ばれた3人だからという理由で。じゃあ、ヒカリさんはあの時、純粋に新生ギンガ団を倒すためにあの誘拐事件に乗り込んだって事……?「そうか、だからジャリンコ達はあの時、ステキファッションとやる気満々だったって事だったんだニャ」「そういう事さ。そんな3人があいつらの策略で悪者扱いされて警察に捕まっちまったんだ。助けに行くのは当然だろ?」「え、じゃあジャリンコ達は、ステキファッションにハメられたって事かニャ?」「そ。だけどサトシ達を雇ったクライアントは、協力者としてふさわしくない、なんて言って助ける気がまるでないんだ」 困ったように肩をすくめるヒルコ。「つまりな、アタイは今1人なんだ。その気になればやれない事はないけどさ、正体をばらさなきゃならねえから、後でいろいろ困るかもしれねえんだ。だから手を貸して欲しいのさ。それにお前らはワルなんだからさ、こういう事やっても問題ないだろ?」 悪人だから問題ないなんて、とんでもない事を言うヒルコ。これで本当に伝説のポケモンだったら、凄く問題な事だと思う。 するとロケット団とミホは集まって、何やら相談を始めた。「どうする? あいつの話に乗る?」「だけど、警察に乗り込むなんて、物凄く度胸のいる事だぞ? 失敗したら俺達まで……」「でも、あの伝説のポケモンが味方につくのニャ。これほど心強い事はないのニャ!」「そうそう! ここは大船に乗った気持ちって奴で、どーんってやっちゃえばいいのよ!」 そうして相談する事1分ほど経って、意見がまとまったのか、ロケット団とミホはヒルコに顔を戻した。「いいわ、和服ジャリガール、いやギラティナ。その提案に乗るわ!」「我々ロケット団は、全力を持ってその思いに答えるとしよう!」 堂々とポーズを決めて賛同の意思を告げるロケット団。「契約成立だな。じゃ、行こうぜ」 するとヒルコは、急にロケット団に背中を向ける。「え……ちょっと、行くってどこへ?」「そんなの決まってるだろ、すぐに作戦を立てるんだよ。だからお前らの住処に案内してくれよ」 その要求が当たり前の事のように、ヒルコはどこに行けばいいんだ、とくるりと向けた目でロケット団に催促してくる。 交渉が成立するや否や、すぐそういう上から目線になる所、本当に不良みたいで、中身が伝説のポケモン・ギラティナだとはとても思えない。まあ、ギラティナも見た目が見た目だからそのような印象は全くなかった訳じゃないけど。 慌てて後を追うロケット団とミホを尻目に、目の前を去っていくヒルコ。 目的はただ1つ、サトシ達の救出。 それは、つまり――「待って!」 ハルナは自然と、声を上げていた。 去ろうとしていたヒルコの足が止まる。それに釣られて、ロケット団とミホも揃って足を止める。「ん、何だ? お前には何も用はないぞ」 ハルナに向けられた顔には、興味なんて微塵もなかった。ヒルコが興味のあったのは、ロケット団だけ。ハルナやシナはエキストラ程度の存在としか見ていない。 その事が少しだけわかって、むっと苛立ちを覚えたけど、ここはぐっとこらえて、ヒルコと正面から向かい合う。「あなた、サトシ達を助けるって言ったわよね」「ああ。それがどうした?」 気付かれないように深呼吸をする。そして、ハルナは自分の思いをヒルコにぶつける。「ハルナも一緒に行かせて!」「は?」 ヒルコが開口一番、発した言葉がそれだった。いかにも不良っぽい答え方。「おいおい、どういう風の吹き回しなんだ? 部外者のお前はサトシ達とは何の関係もないだろ?」「関係あるわよ! 特にヒカリさんに!」 ヒカリさん、という言葉にヒルコはもちろん、ロケット団やミホも反応する。そしてそのまま、途端に沈黙してしまう。「ハルナは、前ヒカリさんに弟子入りしてた事があるの。だから、ヒカリさんとは無関係じゃないの。ヒカリさんには、いろいろな事を教えてもらった。だから、そんなヒカリさんを助けるっていうなら、ハルナも行く!」 そう。 ハルナはあの頃、ヒカリさんにいろいろ教わった。弟子入りしたとは言っても、旅を一緒にした訳じゃないし、ちゃんとコンテストの事を教わった事も少ない。元はと言えば、ヒカリさんはハルナよりほんの少し先に旅に出たばかりの、ハルナと同じ新米だった。 出会った頃のヒカリさんは、コンテストで成果を挙げられなくて、苦しんでいた。今思えばそんな人に弟子入りしたって、いいものが帰ってくるはずがない。そういう意味で言えば、ヒカリさんに弟子になるなんて、とんでもないわがままな事だったと思ってる。 だけど、その苦しみを乗り越えて、ヒカリさんは強くなっていった。その姿から、ハルナはいろんな事を学んだ。 転んでも挫けない事。 自分自身を信じる事。 そして、最後まで諦めない事。 直接教えてもらった事は多くなかったけど、ハルナはヒカリさんの姿からいろんな事を学んだ。そしてヒカリさん自身も、ハルナのわがままに付き合って、親切にハルナと接してくれた。 そう、ヒカリさんはハルナの師匠。いろんな事を教えてくれた、大事な大事な師匠。「ああ、そうだったのか……けどいいのか? アタイ達は警察にケンカ売るんだぞ? 戦力が増えるのはありがたいけど、失敗してお縄になっても責任は取らないぞ?」 ヒルコの目が細くなる。不良っぽい仕草を見せ続けていたヒルコが、初めて見せた真面目な視線。 その目が、ハルナに警告してくる。 ヒカリを助けるという事は、警察と戦うという事。 警察と戦うという事は、お前が悪者になるという事。 それはつまり、ヒカリと同じ運命を辿るかもしれないという事。 それでも戦う覚悟があるのか。 覚悟がないなら、お前には――「……それでも行く! 警察が相手でも、ハルナはヒカリさんを助けたい! だってヒカリさんは、騙されて警察に捕まっちゃっただけなんでしょ? なら、ヒカリさんは何も悪い事はしていないんだから、警察の目を覚まさせなきゃいけないでしょ!」 そう主張すると、ヒルコはほかんとした表情を見せて、お前、とただつぶやいた。「なら、私も行く」 すると背後から声が響く。 そこにいたのは、他の誰でもなくシナだった。その顔は普段のおとなしさから一転して、強い意志を宿したものになっている。「シナ」「そんな事をしたら、どんな事になるかはわかってる。だけどサトシやヒカリなら、危険を承知でも絶対に助けに行くと思う。あの2人には、どんなに危険だとわかっていても自分を信じて飛び込める勇気があった。だから私も、勇気を持って前に進む事を2人から教わったの。だから……やれるなら騙されたサトシ達をどんな事があっても助けないといけないって思ったの。私は、サトシ達が捕まったのは間違いだって思ってるから」 シナの視線は強くないけど、心に訴えかけるだけの力が充分宿っていた。そういえばシナも、サトシやヒカリさんにいろいろ助けられたんだっけ。 ヒルコはぽかんとしたまま、とうとう何も言わなくなった。その様子だと、ハルナ達の言葉が、余程予想外だったみたい。「……わかったよ。そんなに言うなら入れてやるよ。戦力は少しでも多い方がいいからな」 ふう、と降参した事を表すようにため息をつくヒルコ。 そして行こうぜ、とロケット団に呼びかけて歩き出す。ハルナとシナには何も言わなかったけど、その背中がついて来な、とハルナとシナに言っていた。 ハルナはシナと互いに顔を合わせて、うなずいた。 決まったからにはもう迷わない。警察が相手でも、新生ギンガ団と戦っていたヒカリさん達を助ける。だってハルナは、世界中がヒカリさんの敵になっても、ヒカリさんの味方になるって決めていたから。 * * * それからハルナ達は、ヒカリさん達を助けるための準備を行った。 ヒカリさん達が入れられている留置所の場所はもちろん確認して、念入りに作戦を練った。何だかんだ不安を言っていたロケット団だけど、やっぱりこういう事には慣れているのか、すぐに万全な作戦を作り出した。それには、ヒルコも感心していた。 そして、ミホはヒカリさん達を助けるに当たって、「助っ人を呼んでくる」と言って独自に行動を始めた。ミホはコインに描かれていたカイリューを見るや否や、すぐに “へんしん”して、助っ人を呼びに飛んでいった。16時間で地球を一周できるほどの速さで飛べるだけあって、ミホはすぐに助っ人を連れてきてくれた。助っ人って誰の事だろうと思っていたけど、連れてきた助っ人を見た途端に、納得した。これなら、心強い味方になってくれると。 * * * そして、時は来た。 月も出ていない暗い夜、ハルナ達はヒカリさん達が捕まっている留置所にやってきた。 ハルナ達は、留置所の外でヒルコと一緒に待機している。今はロケット団が、得意の『穴掘り』を使って留置所の真下に向けて穴を掘っている。今のハルナ達の役割は、ロケット団が留置所への穴を繋げるのを待つ事。行動するのはそれから。「うまく、行くのかな」 だけど、いざ本番になってみると、本当に成功するかどうか不安になってくる。だって、ロケット団は毎回ヒカリさん達にやられてる相手だって言うし、変な所でしくじったりしないかな、って嫌でも考えちゃう。「今様子はどうなんだ?」「大丈夫。順調に掘り進んでる」 ヒルコの問いに、隣で目を閉じているシナが答える。ヒルコもシナも、戦いを前にして気を引き締めている様子だった。 シナは波導の力を使って、ロケット団の動きを追っている。そんなシナが大丈夫って言ってるんだから、大丈夫に違いない。とりあえず安心した。「ヒカリさん、無事でいてくださいね……」 そうつぶやいて、背中側にいる『助っ人』達に顔を向けた。 ハルナ達と同じように気を引き締めているのは、2匹のポケモン。それは、ハルナにとっても馴染みのあるポケモンだった。 2匹のポケモン――おながポケモン・エテボースと、キバさそりポケモン・グライオンは、中にいる自分のトレーナーを見通すように、じっと留置所を見つめていた。NEXT:FINAL SECTION
牢屋の中で、あたしは1人食事を取る。 夕ご飯のメニューは意外と普通だった事には少し驚いたけど、口に運んでもおいしいともまずいとも感じない。だから、手は全然動かない。食欲が全然ないせいかもしれない。 留置所生活の中で、食事は数少ない楽しみになるはずなのに、全然楽しめないなんて、あたしはどうかしちゃってる。 ここに来てから、取り調べばかりされているからなのかな。 考えるのは、ポケモン達の事。 罪を犯したポケモン達は、当然没収される。その後どうなるのかは、あたし達には知る術がない。しばらくの間は新たな引き取り先が出るまで保護してもらえるそうだけど、最悪の場合、処分されてしまう事もあるらしい。 その最悪の場合を考えると、背筋が寒くなる。ポケモンが処分される、という言葉の意味くらい、あたしだってわかるから。 そんな事になるかもしれない状態に、自分が追いやってしまったと思うと、胸が苦しくなる。 ポケモン達に罪はない。ポケモン達はただ、指示に従って動いただけ。 じゃあ、ポケモン達を追いやった責任は誰にある? それは紛れもなく、トレーナーであるあたし達。 そう、悪いのはあたし達なんだ――「く……っ」 後悔する。 こんな事になるなんて、どうして予想できなかったんだろう。 あんな無茶な事に飛び込む事が、ポケモン達をこんな目に遭わせるかもしれないって、どうして考えなかったんだろう。 必ず勝てるって確信があったから? 今までだってこういう事に勝ってきたんだから、今回も勝てるって思ったから? いや、違う。 ヒノアラシがメタグロスに倒された時を思い出す。 あの時、安易にヒノアラシで勝てるなんて思ってしまったのはなぜだろう。 あんな事態が予想できなかったのはなぜだろう。 そして、何より。 ヒノアラシがいなくなった悲しさから、こんなにあっさり立ち直れたのはなぜだろう――? それは―― ポケモン達は、なくしても少ししか困らない、ペンのようなものとしか思っていなかったから―― ――あなた達はあなた達の目的のためにポケモンを欲しただけ。 ――いかに愛情を注いでいようと、目的がなくなれば、あなた達は自らが持つポケモンへの興味をなくしてしまうのでしょう!! ――あなた達にとってポケモンは、遊ぶ目的がなくなれば捨てられる、おもちゃにしか過ぎないのでしょう!! あの時のスズの言葉を否定する事ができない。 そう。スズの言う通り。 あたしは本当に、ポケモン達を『おもちゃ』としか見ていなかった。ポケモン達への愛着は、ただの『おもちゃ』としての愛着に過ぎなかった。だからあんなポケモンを犠牲にするような事ができたんだ。エテボースを手放した事にすぐに立ち直ったのも、それだからかもしれない。 だって、おもちゃはなくしても、すぐにまた新しいものが買えるから。 なんて皮肉なんだろう。ポケモンは道具じゃないなんて今まで思っていたあたしが、本当は道具としか見ていなかったなんて。そう考えると、自己嫌悪で死にたくなる。 思い返せばあたしは、トップコーディネーターになりたいって夢があったから、ポケモンを持った。特に、ポケモンが好きだからという訳じゃなかったと思う。そんなポケモンと実際に触れ合って、ポケモンは大事にしなきゃって思うようになったけど、それは『ポケモンという生き物』として大事にしなきゃって事じゃなくて――FINAL SECTION 留置所からの大脱走! 不意に、牢屋が大きく揺れて、あたしは現実に引き戻された。 何だろう、地震? いや、違う。揺れは一瞬のものだけど、それが連続して何回も起きている。しかも、爆発音と一緒に。 何かが焼ける焦げ臭い匂いが漂ってくる。途端に鳴り響くサイレンの音。外が騒がしくなる。 もしかして、火事? 心なしか、爆発音は次第に大きくなってくる。何が爆発しているのかはわからないけど、このままじゃ火はこっちにも広がってくるって予感が頭から離れない。 牢屋の入り口から自然と離れる。 早く逃げないと。 だけど、非常口なんてない牢屋からどうやって逃げる? 逃げられる訳がない。だってここは、閉じ込めるための施設。簡単に出られるようになってちゃ、本末転倒。 そうだ、仮にここから出られたとしても、それは脱走って扱いになるんじゃ―― どかん、という衝撃。 それは、目の前の扉が吹き飛ばされた音だった。壊れた扉が、牢屋の中へ倒れ込む。「……え!?」 その先にあった光景を見て、あたしは目を疑った。 火事なんて起こっていない。廊下では、何人かの看守達が倒れている。そんな看守達の前で、「よう、ヒカリ。意外と元気そうじゃないか」 なんて、明らかに場違いな挨拶をしてくる、ここにいないはずのヒルコ。それを聞くと、ここが牢屋だって事をきれいさっぱり忘れてしまう。なんでヒルコがここに!?「ヒルコ……!? それに……」 驚いたのはそれだけじゃない。その隣には、あたしにとって見覚えのあるポケモンがいた。 おながポケモン・エテボース。それは、あたしが前に手放したはずのエテボースそのものだった。ポケモンピンポンの強化選手として、クチバシティに行ったはずのエテボースが、どうしてここに!?「エポーッ!!」 嬉しそうに、あたしに跳びついてくるエテボース。 だけど状況がよくわからないあたしは、エテボースをしっかり受け止める事ができなくて、そのまま押し倒される形になった。「エ、エテボース……!?」 そこでようやく声が出る。 とにかく、状況がよくわからない。頭が混乱しているのか、ヒルコとエテボースが、どうしてここに来たのか全然想像ができない。「さ、とっとと行くぜ。このままここにいたいならいいけどな」 戸惑うあたしの前で、ヒルコはそんな、よくわからない事を口にした。「え、行くって……?」「決まってるじゃないか。ここから逃げるんだよ」 逃げる……? それってつまり、ここから脱走するって事……? でもどうして、ヒルコがそんな事を……?「え……!? でも、どうして……!?」「どうしても何も、お前達の力が必要なだけだよ。ギンガ団を倒すためにな。だからここにいてもらっちゃ困るから、助けに来てやったんだよ」 ヒルコは微笑みながら答える。 そうか。ようやく状況が飲み込めた。ヒルコはあたし達を助けに来てくれたんだ。それだけで嬉しくなる。だって、まだあたしに味方がいてくれた事がわかったから。あたしは初めて、ヒルコが本当に神と呼ばれしポケモンなんだって実感が持てた。性格は別として。「ほら、行くぞ。もたもたしてる時間はねえぞ」 ヒルコはあたしに背を向けて駆け出した。その背中ははっきりと、あたしについて来な、と言っていた。 * * *「よし、向こうは派手にやってくれているみたいだな!」「これなら安心して、ジャリンコ達のポケモンを取り戻せるわね!」 留置所の廊下を走りながら、ムサシとコジロウがつぶやく。その正面と真後ろを、ハブネークとマスキッパが護衛している。 ロケット団とあたしは、ロケット団お得意の『穴掘り』を使って、留置所の中に突入した。それと同時に、ハルナとシナが攻撃開始。留置所の警官達がそれに気を取られている間に、ヒルコがヒカリンの救出に向かうって寸法。 その間、あたし達はヒカリンのポケモン達を取り戻す。ヒカリン達を助けるとなれば、ポケモン達も助けるのは当然だからね。今の所、作戦は順調に進んでいる。ハルナ達が暴れているお陰で、こっちに大きな抵抗はないから。「あったニャ! あそこだニャ!」 ニャースが声を上げる。指差す方向には、1つの部屋がある。あそこに、ヒカリン達のポケモンが捕獲されている。「……ん?」 でも、おかしい。 部屋のドアが開けっ放しだ。留置所に入れられた**(確認後掲載)者のポケモンを厳重に保管しているはずの場所なのに、ドアが開けっ放しなんて見るからにおかしい。警察官の事だから、うっかり閉め忘れたなんて事はないだろうし……「はは、ドアが開けっ放しなんてあたし達ついてるわね! さ、すぐに取り戻させてもらうわよ!」 そんな事は全然気にしていないのか、ムサシは真っ先に部屋の中へ飛び込んだ。その後を追いかける形で、あたし達も入っていく。「ああっ!?」 入った瞬間、あたし達は揃って声を上げた。 多くのモンスターボールが保管されている無人の部屋は、まるで大地震の後のように、滅茶苦茶に荒らされていた。棚や床に残る、無数の破壊の跡。しかも、まだ新しい。激しすぎるその跡は、人間では絶対にできないものだった。「まさか……ポケモンバトルでもあったの……!?」 そうとしか考えられない。この部屋で、ポケモンが激しいバトルを繰り広げたとしか。でも、どこのポケモンが、どうしてここでバトルしたのかまでは想像できない。「という事は……まさか、先客がいたんじゃないのか!?」「先客!? まさか、あたし達より先にここにあるポケモンをゲットしようとした奴がいたって言うの!?」 ムサシとコジロウのやり取りを聞き流しながら、あたしは棚を調べてみようと、今にも崩れそうな棚に手を触れようとした。 その時。「うっ!?」 指が手に触れるよりも前に、あたしの指に稲妻が走った。反射的に手を引っ込める。 静電気にしては強すぎる痺れ。という事は、静電気じゃない。これは――「ミホ、大丈夫かニャ!?」「あ、うん。あたしは平気。ここでバトルしてたのは、でんきわざが使えるポケモンだったみたい……」 ニャースに答えてから、触る時は気をつけて、と注意しておいてから、他の場所を調べ始める。 床。ところどころに、爪でえぐられたような跡と、深く掘られた大きな足跡が。重量級のポケモンがいたらしい事がわかるけど、足跡の事なんて詳しく知らないあたしは、足跡からポケモンの正体を突き止めるなんて器用な事はできない。「……かご?」 ふと目に留まったのは、床に転がっている小さなポケモン用のかごだった。それは外から強引にこじ開けられたのか、大きく歪んでいる。 モンスターボールが並ぶ中で、なんでかごがここに? ポケモンはモンスターボールに入れられるから、何もかごになんて入れる必要は――「ちょっと、まさか」 そこまで考えて、1つの結論に思い至った。 でんきタイプのわざを使った跡。 小さなかごに入れるほどのサイズ。 そして、モンスターボールではなく、かごに入れなければならなかったポケモン。 その3つの条件を満たせるポケモンなんて、どう考えても1匹しかいない。という事は、まさか――「とにかく、気付かれる前にジャリンコ達のポケモンを取り戻そうぜ!」「そ、そうね! 考えている余裕なんかないわね! じゃ、手分けして探すわよ!」 ムサシとコジロウが慌ただしく動き始める。その音で、我に返った。 そうだ、ここで考えている間に、警官達が集まってきたら大変な事になる。その前に、ヒカリン達のポケモンを見つけて、脱出したヒカリンに渡さないと。あたしの考えが合っているかどうかは、探してみればわかる事だし。 あたしは推理を中断して、ヒカリン達のポケモンが入ったモンスターボールを探し始めた。 結果。 やっぱりあたしの推理は的中した。 部屋のどこを探しても、サトシのピカチュウだけが見つからなかった―― * * * 響き渡るサイレンの音がやかましい。それが尚更、あたしの足を急がせる。 正面からあたし達を食い止めようと襲いかかってくる、警官のガーディ。そいつらは“ひのこ”を使って、あたし達を足止めしようとしてくる。結構広範囲に飛ぶから、撃たれる側としては“かえんほうしゃ”より厄介。 そんなガーディ達を迎え撃つのは、正面に立つエテボース。 次々と放たれる“ひのこ”の雨を、身軽なステップでかわしていく。反復横跳びの要領で、左にかわしたと思えば、すぐに右へ。その軽快さは、あの時から全然鈍っていない。いや、むしろ向上しているのかもしれない。そのステップは、ピンポンで球を迎え撃つ時のステップそのものだった。 火の弾幕を掻い潜り、間合いを詰めていくエテボース。そのエテボースの姿が、ガーディ達を前にして一瞬で消えた。 いや、消えたんじゃない。人の目では追えないスピードで、跳び上がっただけ。顔を上げると、天井を蹴ってガーディ達に襲いかかる、エテボースの姿が。 そこから先は、まさに一瞬の出来事だった。 エテボースはガーディ達の真ん中に飛び込むと、その長い2本の尻尾を思い切り振り回した。その一撃で、ガーディと警官達はエテボースを中心にして一斉にドミノ倒しのように薙ぎ倒された。 それは、2本の尻尾を駆使した、エテボースにしかできない“けたぐり”だった。そして、ガーディ達に一気に飛び込めたのは、“こうそくいどう”の力があったから。 エテボースはあたしの知らない間に、そんな新しいわざを2つも覚えていた。そしてわざだけじゃなくて、その能力自体も上がっている。ポケモンピンポンで鍛えられた体は、本当に伊達じゃない。「おい、行くぞ。エテボースのバトルを見に来たんじゃないんだからな」 隣にいるヒルコの声で、あたしは我に返った。 見れば、ガーディや警官達を退けたエテボースに続いて、ヒルコが先に歩み出している。あんなチャラチャラしたヒルコに注意されるのはちょっと嫌だったけど、エテボースに見惚れていたのは事実だったから、文句は言わずについて行く。 今のあたし達の目的は、サトシ達と合流する事。 驚いた事に、ヒルコはエテボースとだけで助けに来た訳じゃなかった。ハルナやシナ、そしてあのロケット団までもあたし達を助けるためにここで戦っているらしい。ヒルコが集めたらしいけど、説明してる暇はない、と言われて詳しい話は聞いていない。 そんな仲間達と合流する事が、今の最優先事項。合流すれば戦力が増えて、力ずくで脱走しやすくなるから。 エテボースが破った窓ガラスから、外に出る。 外に出ても、サイレンの音は否応なしに耳に入ってくる。やけに暗いと思って空を見上げてみたら、空は曇っていて月が出ていなかった。「やべ、まだ追ってきやがる」 あたしより前にいるヒルコが後ろを向いて、唇を噛む。 振り向いてみると、そこにはまだ追いかけてくる警官達の姿が。もちろん、ガーディを連れて。 警官達の指示で、ガーディが一斉に“ひのこ”を放ってくる。また炎の雨に晒されると思った瞬間、エテボースがとっさに“スピードスター”を放って、応戦する。目の前で次々と爆発が起きて、視界が一瞬遮られる。 煙を突き破って、何かが飛び出してきた。それは、視界を遮られた隙に突撃してきたガーディ達だった。 やばい。 そう思うよりも前に、ガーディ達はあたし達に跳びかかってきて――「グライオン、“ストーンエッジ”!!」 その声と一緒に飛んできた、無数の岩の雨に遮られた。 効果は抜群。突然降ってきた岩の雨に飲み込まれたガーディ達は、パニック状態のまま次々と蹴散らされていく。完全な不意打ちだった。 そしてその上を、勝ち誇るように飛ぶ影が1つ。それは、キバさそりポケモン・グライオン。しかも、見覚えのあるものだった。 更に今度は、撃ち漏らしたガーディ達に浴びせられる無数の泡。効果抜群のあれは“バブルこうせん”。見慣れたわざだから、すぐにわかる。そして、それが飛んできた先にいるのは、あたしが見慣れたエンペルトがいた。「ルーナ、“スピードスター”!!」「シェイミ、“タネマシンガン”!!」 続けて聞こえた声と共に飛んで来たのは、無数の星とタネの弾丸。放っているのは、いんせきポケモン・ルナトーンと、かんしゃポケモン・シェイミ。どちらも、見覚えのあるポケモンだった。「ヒカリーッ!!」 聞こえてくる、懐かしい声。 声が聞こえた先から走ってくるのは、紛れもなくサトシだった。タケシも当然いるし、その後ろにはロケット団、そしてミホやハルナ、シナという懐かしい顔も。「サトシ!! それにみんな!!」「へっ、ナイスタイミングだったぜ」 あたしと一緒に、ヒルコも待ちかねたように笑みを浮かべる。 そして、全員があたし達の前に集まってくる。その光景に、警官達も驚いている様子だった。 全員が集まった。全員が集まったんだけど、何かが足りない。何か大事なものを忘れているような気がするけど、何だろう――「ん? どうしたんだヒカリ?」「何か変なものでもあったのか?」 あたしの顔を覗き込むサトシとタケシ。 やっぱり、気のせいか。あたし一体何を考えていたんだろう。そう思ったあたしは、何でもない、と2人に答えておいた。「ヒカリさん! よかった!」「無事でよかった、ヒカリ!」 あたしに駆け寄ってきて思い思いの言葉をかけてくるハルナとシナ。 こんな所で再会する事になった事は皮肉だけど、2人共前と変わらない様子で接してくれる事が、あたしは嬉しかった。「ありがとう、2人共。あたしはもうダイジョウブだから!」 2人に元気をもらえた分、こっちも笑顔で答えを返す。「再会を喜んでる場合じゃねえぞ。敵が来る」 ヒルコの声で、我に返る。 無数の視線が突き刺さるのを感じる。見れば、警官のガーディ達があたし達の周りを囲んでこっちを威嚇している。その中心には、今までの警官とは違う警官の姿が1人いた。「そこまでよ。無駄な抵抗はやめなさい」 否定を許さない、鋭い視線を向けてくる女の警官、ジュンサーさん。その目の前には、ガーディの群れの中では異彩を放つ赤いポケモン、ならずものポケモン・シザリガーが、命令あらばすぐに攻撃できるように身構えている。その視線からあたしを庇うように、エンペルトがあたしの前に出て身構える。 かける言葉はない。タケシが今までのようにアタックして、グレッグルに突っ込まれる事もない。今まではあたし達の味方だったジュンサーさんも、今では敵。だって今『悪人』なのは、紛れもなくあたし達だから。そんなジュンサーさんが連れているポケモンがあくタイプのシザリガーっていうのは、なんて皮肉なんだろう。「ヒカリン!!」 ふと耳に入ってくるミホの声。 振り向くと、そこには何やら黒い箱を持ったミホが。「これ!!」 そう言って、ミホは箱をこっちに投げてきた。いきなりの行動で少し驚いたけど、投げられた箱をしっかりとキャッチする。 何の箱だろうと思って見てみると、箱の中には4個のモンスターボールが入っていた。それはあたしにとって使い慣れたモンスターボール。そう、この箱に入っていたのは、没収されていたあたしのモンスターボールだった。同じ箱は、サトシとタケシも持っていて、2人は各々のモンスターボールを取り出していた。 これで、あたしの手持ちは全部揃った。味方が多い事に越した事はない。すぐにモンスターボールを出して、応戦しながら―― ――あなた達にとってポケモンは、遊ぶ目的がなくなれば捨てられる、おもちゃにしか過ぎないのでしょう!! モンスターボールを取ろうとした手が止まる。 ここでポケモン達を戦わせて、本当にいいのかな。 あんな目に遭っておいて、あたしはまだポケモン達を『おもちゃ』にして戦わせようとしている。それだと何も変わっていない。 それで、本当にいいの――?「くっ!」 頭を強く振る。 今はこんな事を考えている場合じゃない。応戦しないとここから逃げられない。もたもたしていると捕まってまた牢屋に逆戻り。 モンスターボールを握る。 ここは、マンムーを使って強行突破しかない。戦闘方針を決めてから、あたしはモンスターボールのスイッチを押した。 ――――――――――――――――。「……あれ?」 そこでようやく、異変に気付いた。 スイッチを押せば、普通は手の平ほどに膨らんでスタンバイ状態になるはずのモンスターボールが、膨らまない。 ちゃんと押さなかったのかな、と思ってもう一度。 かち、って乾いた音が空しく響くだけで、モンスターボールには何も起こらない。 何回も押してみる。 だけど、やっぱりモンスターボールには何も起こらず、スイッチの乾いた音が何かの楽器のように鳴続けるだけだった。「嘘……!?」「モンスターボールが、作動しない!?」 自然と出た言葉と一緒に聞こえてくる、サトシの声。 それがあたしだけじゃなくて、サトシとタケシにも起こっている事に気付いた。サトシもタケシも、手にしたモンスターボールのスイッチを何度も押しているけど、モンスターボールには何も起こっていない。「無駄よ。あなた達3人のモンスターボールは、『シールシステム』を使って全て使用不能になっているわ」 あたし達の同様を見据えていたように、淡々と告げるジュンサーさん。 シールシステム? そんなもの、聞いた事がない。そもそも、モンスターボールを使用不能にするシステムなんて、あったの?「シールシステム!? モンスターボール管理システムを使って、特定個人のモンスターボールを強制的にシステムダウンさせる、あれか……!?」 タケシが思い出したように叫んだ。 モンスターボール管理システム。 それは、読んで字のごとくポケモントレーナーの持つモンスターボールを一括管理しているシステム。 確か、ポケモンが入ったモンスターボールは、常にこのシステムとリンクしている状態になっていて、管理システムそのものがダウンすると、安全のためとかでリンクも自動的に切れてモンスターボールは使用不能になるって話を聞いた事がある。 でも、それから考えてみれば、特定個人のモンスターボールを使用不能にする事は不可能じゃない。要はリンクを切ればいいだけの事なんだから。それを可能にするのが、『シールシステム』ってものなのかもしれない。「く……そんな卑怯な事を……」「ズルも卑怯もあるものですか。留置所から脱走しようとしている**(確認後掲載)者にかける情けなどないわ」 歯噛みするサトシに、ジュンサーさんはあくまで冷静なまま答える。「もう一度言うわ。無駄な抵抗はやめて、ポケモンを下げなさい」 ジュンサーさんが警告する。今ならまだ後戻りできると。それを拒んだら、こっちが何もしても文句は受け付けないと。 その突き刺すような視線に、体が動かせなくなる。何をするべきかはわかっているのに。まるで、視線が釘になってあたしの体を突き刺しているみたい。「残念だけどな、そうは問屋が卸さねえんだ、警察さんよお」 だけど、その声を真っ先に遮ったのはヒルコだった。ジュンサーさんの視線がヒルコに向けられる。「アタイは、何が遭ってもサトシ達を助け出さなきゃならないんだ。こんな状況になったって、簡単には引き下がるもんか」「……そう、こちらの言葉に応じる意思はないと?」「ああ。どうしても連れ戻したいなら、力ずくで来な」 ジュンサーさんを挑発するように、ヒルコはいつもの調子で答える。 そのヒルコの言葉でこれ以上話しても無駄だと確信したのか、「交渉は決裂ね。なら、こちらも強硬手段を取らざるを得ないわね」 ジュンサーさんの強い敵意が、あたし達に向けられた。それはまるで、あたし達を殺す事も辞さないようなものだった。「シザリガー!!」 ジュンサーさんの指示で、シザリガーが前に飛び出した。ならずものポケモンの名に恥じず、両腕のハサミを何度も開閉させて、強い戦闘意欲を示している。「“いわなだれ”!!」 その指示の答えを表わすように、シザリガーは両腕を上げる。思わず視線をその先に向けると、そこにはいくつもの大きな岩が浮かび上がっていた。その数は何十個。数え切れなくても、それがあたし達を全員まとめて飲み込むには充分な量だって事がすぐにわかった。 まずい。 直感でそう思った矢先、シザリガーが両腕を降り下ろす。 その瞬間、岩は文字通り雪崩となって、あたし達に向かって落ちてくる。 あたし達をまとめて飲み込もうと落ちてくる、岩の雪崩。あれに飲み込まれたら、ポケモンならまだしも、人間はただじゃ済まない。 反射的に体が動いた。 横へ。とにかく横へ。そうしないと飲み込まれる。 全力で横に駆け出そうとした瞬間。 左腕に強い衝撃が走って、あたしはバランスを崩して倒れ込んだ。 岩の雪崩はあたしのすぐ後ろに落ちて、岩の山を作っていた。まるで土砂崩れの後のように。 体を少し起こす。みんなが無事なのかはわからない。地面からは土ぼこりが舞い上がっていて、よく見えない。その土ぼこりが、あたしの目にも入ってくる。 体を支えている右腕の代わりに、顔に左腕をかざそうとした。 だけど。 左腕が妙に軽くて熱い事に、あたしは違和感を覚えた。 土ぼこりが容赦なく目の前を覆って、思わず目をつぶって、咳き込む。 左腕で顔をかざせない。だから、土ぼこりを顔にもろに受けた。 どうして? なんで左腕で顔をかざせないの? その疑問で、自然と目が開く。 そこで、あたしは信じられないものを見た。 かざしているはずの左腕が、目の前にない。 でも、左腕の感触は確かにある。だから、その感触を頼りに、左腕を視線で辿ってみる。 そこで、あたしは気付いちゃった。 あたしの左腕の、肘から先がきれいになくなっている事に。「……あ」 それしか声が出ない。 途端に意識が朦朧としてくる。自分の体の状態に、ようやく気付いたからかもしれない。 遠ざかろうとする意識を留める事ができないまま、あたしの目の前は真っ暗になっていった――STORY42:THE END