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[1171] ポケットモンスターDP外伝 ヒカリストーリーThe New Dawn STORY41 もう1人のヒカリの謎 フリッカー - 2010/05/23(日) 23:23 - HOME

 今回は、アニメにも登場したあのキャラが登場?

・ゲストキャラクター
イザナミ イメージCV:門脇舞以
 シスターを髣髴させる風貌を持つ少女。その正体はギンガ団の残党と戦うためにこの世界に現れた、そうぞうポケモン・アルセウスの化身。
 無邪気な性格ではあるがその意識はアルセウスそのもので、かつて自分を救ったサトシの事も覚えている。この姿でもある程度アルセウスの力を使う事ができ、生身でも普通のポケモン程度なら軽く倒せるほどの実力を持つ。見た目によらず万能で、いかなる物事にも高い実力を発揮する。

ヒルコ イメージCV:進藤尚美
 イザナミの仲間で、ギンガ団の残党と戦うためにこの世界に現れた、はんこつポケモン・ギラティナの化身。和風の法衣を着た少女の姿をしている。
 ぶっきらぼうで、一人称は「アタイ」。一見、不良少女のような印象を与えるが、根はお人よしな偽悪家。この姿でもある程度ギラティナの力を使う事ができ、生身でも普通のポケモン程度なら軽く倒せるほどの実力を持つ。ディアルガ、パルキアが動けない中で、イザナミを補佐する唯一の存在となっている。
 かつて共闘した縁からサトシの事を慕っており、借りを返そうと思っている。

[1172] SECTION01 ヒカリがもう1人いる!? フリッカー - 2010/05/23(日) 23:24 - HOME

 あたし、ヒカリ! 出身はフタバタウン。夢は、ママみたいな立派なトップコーディネーターになる事!
 パートナーはエンペルト。プライドが高くて意地っ張りだけど、進化して頼もしいパートナーになった。そして、シンオウリーグ出場を目指すサトシと、ポケモンブリーダーを目指すタケシと一緒に、今日もあたし達の旅は続く。
 これは、そんなあたしが旅の途中に経験した、ある日のお話……


SECTION01 ヒカリがもう1人いる!?


 ここは、とある倉庫。
 もう長く使われていないのか、錆だらけの壁を持つ、古びたこの建物の周囲は、ただならぬ緊張感に包まれていた。
 厳重に封鎖された道路に並んでいるのは、何台ものパトカー。その周囲には、多数の警察官達がいて、全員が倉庫をにらんでいる。倉庫の側面や後方にも、警察官の姿がある。そんな重々しい空気の中、封鎖された道路の外では、何人ものニュース記者やカメラマン、野次馬達が倉庫を見守っている。
 ここで起きたのは、人質事件。しかも、ただの人質事件ではない。事件を起こしたのは、以前ポケモンコンテスト・アサツキ大会でテロ事件を起こした新生ギンガ団。更に、人質にされているのは、シンオウ地方でも有名なポケモンコーディネーターの少女、フタバタウンのヒカリ。それは、シンオウ地方の人々にとって、充分すぎるほどニュースになる事だ。ニュース番組で生中継でもされているのか、今でもテレビカメラの前で、マイクを手にした記者が深刻な表情をしながら事件のあらましを説明している。上空には、テレビ局のものと思われるヘリコプターも飛んでいる。
「なあノゾミ、あそこで人質にされてるのは、本当にヒカリなのか?」
「本当みたいだよ、ケンゴ。あたしだって信じられないよ。あのヒカリが、新生ギンガ団に人質にされたなんて」
 隣にいる赤髪の少年と、オレンジ色の髪の少女が、そんな事を話している。
 事件を聞きつけた私も、今は野次馬として事件の様子を見に来ている。ヒカリが新生ギンガ団に誘拐されたとなったら、私も黙ってはいられないから、すぐに調査に来た。
 私は1人の人間の少女になりきって、隣にいる人に尋ねた。
「すみません、1つ聞いていいですか?」
 ん、とオレンジ色の髪の少女が振り向く。
「新生ギンガ団がヒカリさんを人質に取った理由、何か知っていますか?」
「理由? ニュースだと、あいつらは身代金を要求しているらしいよ」
 名の知られた人を人質にしてそんな事するなんて、ひどい奴らだ、とオレンジ色の髪の少女は不愉快そうに眉をひそめて吐き捨てる。どうやら情報は変わっていないらしい。
 ヒカリが意味不明の八つ当たりをして1人で出て行った間に人質に取られてしまった、という報告をヒルコから受けて、私もこうやって現場に駆けつけている。だが、動機が不可解なのだ。あの新生ギンガ団が身代金という単純な目的で人質事件を起こすのは、明らかにおかしい。ギンガ団がそんな不確実な方法を使う組織ではない事は、私もわかっている。ましてやその相手を、障害と見ているはずのヒカリにするなど、更にあり得ない。何か裏があるはずだと思うのだが、今それは不明のままだ。
「君、もしかしてヒカリの知り合いなのかい?」
「ええ、ちょっとした知り合いなんです。とにかく、ありがとうございました」
 私は丁寧にお辞儀をしてから、その場を素早く後にする。
 とにかく、すぐに真実を確かめる必要がある。私は人目につかない所に向かってから、空間移動を使って包囲されている倉庫の中へと向かった。

 薄暗く冷たい倉庫の中で、誰かの声が響く。
 私は気配を消して柱に身を隠しながら、中央にいる人影達に目を向ける。そこには、黒を基調にした独特の模様を持つ、全身タイツのようなスーツを身に着けた、複数の新生ギンガ団員達の姿がある。
「あいつはまだ来ないのか?」
 退屈そうにその場を行ったり来たりしながら、中央のリーダー格と思われる男が言う。彼は背中まで伸びる長髪を持っているが、眼鏡をかけていて、いかにも冷静なインテリ系といった印象を与える。言い方から判断して、何かを長く待っているようだ。それは身代金の事だろうかと、私は考えてみたが、なぜ『あいつ』と人のように言うのかがわからない。
 今の所は来る気配はない、という報告を団員から聞いて、まあいい、と男は1人で納得すると、ある方向に顔を向ける。そこには、彼らが人質に取っている人物がいた。
 その姿は、間違いなくヒカリそのものだった。服装も顔立ちも、全く同じだ。彼女は椅子に体をガムテープで乱暴に縛りつけられていて、口もガムテープで塞がれている。うつむけているその目は、抗えない恐怖で潤んでいるのがわかる。
 男はそんな囚われのヒカリにゆっくりとした足取りで歩み寄る。男の気配に恐怖を感じたのか、ヒカリは怯えた顔を上げる。
「もう少しの辛抱ですよ、王女さん」
 なぜか敬語を使って話しかける男。
 王女……?
 今、男はヒカリの事を何と言った……?
「もうしばらく待たせてしまいますが、そうすれば、あなたの憧れていた人に会えますから」
 その言葉を聞いて何かに気付いたのか、ヒカリは目を見開いて何かを抗議するが、ガムテープで口を塞がれているために何を言っているのかはわからない。
 そんなヒカリを嘲笑うように、男は口元を吊り上げる。
 憧れの人、とは誰なのだろう。という事はやはり、目的は身代金ではないのか。
「憧れの人に会えるステージを用意した我々に、感謝してくださいね。そのためにも、あなたにはもうしばらく憧れの人でいてもらいますからね、王女さん」
 男の眼鏡が、不気味に一瞬光る。
 憧れの人でいてもらう……?
 その言葉で、私は全てを理解した。
 目の前にいる人は、ヒカリではない。どこの誰なのかはわからないが、ヒカリに似せただけの全くの別人だ。そして、男が言う『憧れの人』とは、紛れもなくヒカリの事だ。彼はここに、ヒカリをおびき出そうとしている。確かに、自分に似た人がヒカリとして人質にされたとなれば、ヒカリ自身も黙ってはいないだろう。目的は、最初から身代金ではなかった。ここにいるもう1人のヒカリを餌にして、本物のヒカリをここにおびき出し、何かをするつもりだ。
 そうとなれば、私がやる事は1つだ。
 彼女がここに来るのを止めなければならない。もしかすると、もうニュースを聞きつけて動き出しているのかもしれない。
 私は団員達に気付かれないように、空間転移で倉庫を後にし、行動を開始した。

 * * *

 偶然出くわした密猟者から逃げていた、しゅくふくポケモン・トゲキッスを保護したあたし。
 あたしは、あたしを探してきたサトシ達と一緒に、トゲキッスをポケモンセンターに運んだ。サトシとのいざこざなんて、もう構っている場合じゃなかった。いや、弱ったポケモンを助けるという事で、あたしとサトシはいざこざがなかったみたいに息が合った。そして、サトシもあたしの事を心配してくれていたみたいだったし。だから、あたしのサトシに対するいざこざは、自然と消えていった。
 トゲキッスはジョーイさんによって、治療室へと運び込まれた。タケシも手当てを手伝うといって治療室に入ったけど、タケシの事だから、ジョーイさんに近づこうとしてグレッグルの“どくづき”を食らっているのかもしれないけど。とりあえずは大丈夫そうで、あたしは一安心した。
 日はもう落ち始めて赤く染まっている。あたしはサトシと一緒に、ロビーでトゲキッスの治療が終わるのを待った。一方のヒルコはというと、退屈そうに窓から外の景色を眺めているけど、無視する事にする。今日は人が少ないのか、いるのはあたし達だけだった。ロビーに1台置いてあるテレビは、賑やかなバラエティ番組を流している。
「それにしてもヒカリ、誘拐されたって聞いて驚いたよ」
 サトシがいきなり、そんな話を切り出した。
 誘拐。そういえばあの時も、そんな言葉を聞いて、あたしは驚いた。その時はトゲキッスを運ぶのを優先したから、あたしが誘拐されたっていう根も葉もない話がどういう事なのか、これは聞かなくちゃならない。
「ねえサトシ、あたしが誘拐されたってどういう事なの? あたしはあの時まで、至って無事でいたんだけど?」
 ふと、あたしは密猟者だけじゃなくてスズと会った事も話そうかと思ったけど、それは何となく言いにくかったから、やめておいた。
「いや、偶然ラジオのニュースで聞いたんだよ。ヒカリが新生ギンガ団に誘拐されたって」
「はあ?」
 あたしが誘拐されたって、ラジオのニュースでやってた?
 訳がわからなくなって、あたしは思わず声を裏返した。
「それ、どういう事なのよ? 一体何を根拠にそんな話になってる訳?」
 あたしはサトシを問い詰めるけど、サトシは困った表情を浮かべて言葉を濁すだけだった。
「いや、ニュースでやってたのは本当だよ、ヒカリ。アタイもサトシもタケシも、みんな間違いなく聞いてる」
 その時、後ろからあまり聞きたくない人の声が耳に入った。
 振り向くとそこには、いつの間にかヒルコの姿があって、あたしの事をじっと見つめている。何だか、あたしの事を疑っているような目で。
「な、何よヒルコ」
「まさかとは思うけどさ、ヒカリ……」
 ヒルコはいきなりあたしの顔に手を伸ばして、頬を強くつねってきた。
「いたたた! ちょ、ちょっと何するのよ!!」
 あたしはすぐにヒルコの手を剥がそうとするけど、ヒルコはもう片方の手であたしの手を押さえて、離してくれない。ヒルコがあたしの頬をつねる力は、どんどん強くなっていく。何、嫌がらせでもするつもりなの?
 あたしは何とか力を振り絞って、ヒルコの手を剥がす事ができた。だけど、つねられた頬の痛みはすぐには消えない。これはきっと、つねられた頬は真っ赤に腫れているに違いない。
「もう、一体何のつもりなのよ、ヒルコッ!」
「いや、今ここにいるヒカリは本物のヒカリじゃないんじゃないか、って思っただけだよ」
 本物みたいで安心したけどな、とヒルコはかわいくない笑みを浮かべる。だけどそれは何だかいたずらっぽく見えて、本当に嫌がらせでやったんじゃないかって、本気で思った。きっとマスクを被って変装してるんじゃないか、なんて思ったんだろうけど。
「失礼ね! あたしは正真正銘、本物のヒカリですーっ!」
「ははは、それなら本物のヒカリに間違いねえな」
 思わず抗議してやると、ヒルコはあっさりと納得して笑う。
 そんなヒルコの態度に、あたしは拍子抜けした。だって、もっとあたしの事を疑ってくるのかな、と思ってたのにあっさりあたしを本物だって認めたから。それはそれで嬉しいけど、そんなあっさりと認めちゃっていいのかな、と少し不安になった。こういう所、ヒルコは相変わらずいい加減だと思う。
「ねえヒルコ、そんないい加減でいいの?」
「え、いい加減って何が?」
「あたしの事、そんなにあっさり本物だって認めちゃっていいのかって事。もっと慎重に調べたりしないの?」
「何だよヒカリ、そんなに自分をニセモノだって判定されたいのか?」
 じろり、と目の前であたしの目を見つめてくるヒルコ。
 ……うぐ。何なのこいつ。本当に中身は伝説のポケモンなの?
「そ、そういう訳じゃないけど……」
「なら、それでいいじゃないか、本物だって認めてもらえたんだからさ」
 ヒルコは両手を頭の後ろに回して、興味をなくしたようにくるりとあたしに背中を向けた。
 やっぱりこいつ、何だか気に入らない。伝説のポケモンの化身のくせにチャラチャラし過ぎていて。むー、と無言でヒルコをにらみ続けるけど、ヒルコは全然気にしている様子がない。
「だったら、イザナミを呼び戻さないとな。あいつ、アタイの報告間に受けて、そのまま調査しに行っちゃったからな」
「え……?」
 イザナミに、報告した……?
「ちょっと! そんな事どうして報告したのよ!?」
「当たり前だろ? ヒカリが誘拐されたって聞いてこっちも大変だったんだ。ま、あいつもあの事件がウソだってわかったら、安心するだろうけどさ」
 ヒルコは大げさに頭の後ろに回していた腕を広げる。
 まあ確かに、ヒルコの言う通りではある。あたしに会うまではウソだって知らなかった訳だから、そんな事をするのは当然。だけどイザナミがウソだって知ったら、何だかあたしが何してたの、って怒られそうな気がする。だけど、ヒルコがあたしの事を心配してくれたって事には少しだけジーンと来た。
 それにしても、イザナミの事を『あいつ』なんて呼び方で呼ぶのはまずいと思う。だってイザナミはギラティナよりも位が上なアルセウスなんだから。そんな人に対して『あいつ』とか言うなんて、まさに先生の事をバカにしている不良生徒みたいだ。イザナミが知ったら、間違いなくヒルコを叱りつけるに違いない。いや、叱るだけじゃ済まないかもしれない。何せ、約束を破られた事に激しく怒って、世界が歪むほど人間に『裁き』を与えようとしたくらいだから。そう考えると、何だか他人事には思えなくて、不安になる。
 そんな時。
 こつこつと、治療室の方向から聞こえてくる足音。その音に気付いて振り向くと、そこにはこっちに歩いてくるタケシとジョーイさん、そしてトゲキッスの姿があった。
「皆さん、トゲキッスの治療が終わりましたよ」
「少しの間、安静にしている必要はあるが、もう問題はない」
 ジョーイさんとタケシの言葉を聞いて、あたしは良かった、と安心した。トゲキッスは体のあちこちに包帯が巻かれた痛々しい姿だけど、顔は至って健康そう。
 そんなトゲキッスは、あたしの前に丁寧な足取りで歩いてくると、あたしの前で丁寧にお辞儀した。目をゆったりと閉じながら、右の羽を体に当てて、左の羽を横方向に伸ばしている辺り、まるで西洋の貴族のようなお辞儀だった。こんなお辞儀をするポケモンは、あたし初めて見た。
「おいヒカリ、あんたにお礼言ってるぞ。『わたくしを助けてくださいまして、ありがとうございます、ヒカリさん』だってさ」
 何が楽しいのか、ヒルコが不敵な笑みを浮かべながら、あたしに言う。
 わたくしを助けてくださまして、ありがとうございます……?
「ちょっとヒルコ、それってどういう事よ?」
「何変な事言ってるんだよ? アタイはポケモンなんだぜ? ポケモンの言ってる事くらい、わかって当たり前じゃないか」
 ヒルコは当たり前の事のように答える。
 そうだ、今までいろいろあったせいか、ヒルコがポケモンなんだって事を忘れていた。トゲキッスはあたしにお礼を言ったんだ。いきなり丁寧なお辞儀で、しかもそれに見合うほどの丁寧な言葉でお礼を言われると、あたしもどうやって返したらいいのかわからなくなった。
「え、あ、その……どういたしまして」
 何だか返した言葉は拍子抜けしたものになっちゃった。
 ……ん?
 さっき、ヒルコの訳した言葉には『ヒカリさん』って入っていた。トゲキッス、なんであたしの事を知ってるの?
「……って、どうしてあたしの事知ってるの!?」
 あたしの言葉に、トゲキッスは答える。
「『テレビでポケモンコンテストを毎回見ていましたわ』だってさ」
 ヒルコがトゲキッスの言葉を通訳する。だってさ、という語尾がちょっとイラッとするけど、それは無視する。
 そうか、このトゲキッスもあたしの出ているコンテストを見ていたんだ。テレビを見ている野性ポケモンがいたなんて、驚き。
「そう、だったんだ……ありがとう」
 そうだとわかると少し照れくさくなる。照れ隠しに目を逸らしながら答えると、トゲキッスはどういたしまして、と言うようにまた丁寧に頭を下げた。
「凄いなヒカリ。ポケモンにも顔知られたなんてな」
「ちょっと実感が湧かないけどね……」
 サトシの言葉に、あはは、と照れ笑いをしながら答える。
 一方、エンペルトとピカチュウがトゲキッスの前に出て、何か話しかけているけど、それでもトゲキッスは丁寧な態度を崩さない。その丁寧さは真面目さからのものじゃなくて、上品さから来るものだった。ヒルコが訳した言葉と相まって、それはまるで、お城に住むお姫様のよう。その仕草だけで、あたしはこのトゲキッスが気に入っていた。
「変わったポケモンだな、トゲキッスって」
「うん、何だかお嬢様タイプって感じよね」
 サトシと一緒にエンペルト、ピカチュウと話すトゲキッスを見つめながら、話す。
 そういえばトゲキッスは、さまざまな恵みを分け与える、ってポケモン図鑑は言っていた。そんなトゲキッスを助けたという事は、あたし達にもなにかいい事があるのかな、なんて事を考えていた。情けは人のためならず、というのはまさにこの事。
「おい、見てみろよ。あのニュースやってるぜ」
 するとヒルコが、何か面白いものでも見つけたような言葉遣いで呼びかけてきた。
 見ると、ヒルコはロビーにあるテレビの前にいる。そのテレビでは今、ニュースが流れていた。
 画面の隅には『LIVE』の文字があって、生中継の映像が流れているようだった。そのテロップには、大きく『ヒカリさん誘拐事件 速報』なんて事が書かれていた。
 さっきまでサトシとヒルコが言っていた、あたしが誘拐されたっていう事件。それがテレビで流れている。あたしは自然と、吸い込まれるようにテレビに近づいていく。
 テレビの映像は、空から映しているどこかの倉庫の生中継映像から、別の映像に変わった。その映像を見て、あたしの背筋に寒気が走った。
「な、何これ!?」
 そこには、椅子にガムテープで縛られた『あたし』がいる。顔も服装も全く同じ。紛れもなく、鏡でいつも見るあたしの姿そのものだった。
「う、ウソだろ……!?」
「ど、どういう事なんだ!?」
 サトシもタケシも、言葉を失っている。
「……あれ? この事件、ねつ造じゃなかったのか。じゃあ、ここに映ってるヒカリは誰なんだろうな?」
 その2人とは逆に、まるで他人事のように感想を漏らすヒルコ。
 目の前で、新生ギンガ団に捕まっている『あたし』。あたしは確かにここにいるのに、テレビの中では『あたし』が捕まっている。これって、所謂『ドッペルゲンガー』ってヤツ!? 見たら死ぬ時が近いって言われている、あの!? いや、それとも合成とかCGとか!? それにしては不自然な所が不気味なほどないし……
 とにかく、あたしの頭は予想外の事態にパニック状態になっていた。
 そんな時、あたしの後ろからテレビの前に出たのはトゲキッス。トゲキッスはテレビの画面を見ると、あたし達と同じように驚いたのか目を見開いて、すぐにテレビ画面にかじりついた。そして、画面の中の『あたし』を見つめながら、何かつぶやいた。
「……サルビア? 誰だそれ?」
 ヒルコが聞き慣れない名前を口にする。顔がトゲキッスに向けられているという事は、ヒルコはトゲキッスの言葉を聞いたという事がわかる。
「さるびあ?」
「ああ、トゲキッスの持ち主らしいぞ」
 あたしがその名前を口にすると、トゲキッスの言葉をヒルコが通訳する。
 え、トゲキッスの持ち主?
 あたしは今まで、トゲキッスは野生のポケモンだと思っていた。でも、人のポケモンだったのなら、ポケモンコンテストを見ていたのもトレーナーが見ていたのを見た、と考えれば納得がいく。あの上品な態度も、トレーナーが教えたものなら不自然な事じゃない。でも、画面に映る『あたし』を見てどうして持ち主の名前なんて……はっ!
「もしかして、そのサルビアって人……この『あたし』なの?」
 あたしは試しに聞いてみると、トゲキッスはうなずいた。
 するとトゲキッスは、急に体を翻して、いきなりどこかへ飛び出した。突然の行動に驚く間もなく、トゲキッスは羽を広げて飛び立とうとする。だけど羽の傷が痛んだのか、軽くジャンプしただけで終わっちゃって、体はそのまま床に叩き付けられる結果になった。
「ちょ、ちょっとトゲキッス!? いきなりどうしたのよ!」
 あたしはすぐに駆け寄る。
 だけどトゲキッスはすぐに立ち上がって、また飛び上がろうとする。けど、やっぱりダメ。うまく飛び上がる事ができずに、また床に叩き付けられる。それでもトゲキッスは立ち上がる。まるで無理をしてでも、行かなきゃならない所があるように。
「トゲキッス! 無理に動いちゃダメよ! 安静にしてなきゃならないって言ってたじゃない!」
 あたしはすぐにトゲキッスを止める。だけどトゲキッスは聞かない。さっきまでの上品さはどこ吹く風、何かに急かされているように取り乱している。
 ……まさか。
 あたしはそんなトゲキッスを見て気付いた。
 トゲキッスは、サルビアっていう自分のトレーナーを助けようとしているんじゃないかって。トゲキッスの身に一体何があって、サルビアというトレーナーとはぐれてしまって密猟者に襲われていたのか、あたしは知らない。だけど、トレーナーが捕まっているって知ったら、トレーナーの事が好きなポケモンなら放っておけないのは当然だ。
「ねえトゲキッス、あなたもしかして、サルビアってトレーナーを……?」
 あたしが聞くと、トゲキッスはあたしの言葉に驚いたのか、急に暴れるのをやめて、あたしに顔を向ける。その驚きの顔が、あたしの考えが合っていた事を表していた。
「やっぱり、そうなのね。なら、トゲキッスだけで探そうとしちゃダメよ。トゲキッスは怪我をしてるんだから。無理して傷が悪くなっちゃったらどうするのよ? あたし達が、手伝ってあげるから」
 その言葉を聞いて、トゲキッスははっと目を見開く。
「あたしだって、あの事件の事は放っておけないし、何よりトゲキッスを元のトレーナーの所に返してあげたいのよ。だから、トゲキッスが捕まってるサルビアって人の所に行くなら、あたしも行くわ」
 あたしはトゲキッスの目を見つめながら、はっきりと言った。
「それなら、俺も行くぜ」
 その時、サトシも名乗り出た。
「新生ギンガ団の奴ら、俺だって許せないからな。あいつらを倒して、トゲキッスをサルビアってトレーナーの所に返してやるさ!」
 いつものサトシらしく、強気にトゲキッスに言い放つサトシ。その肩の上でピカチュウも相槌を打つ。サトシがいてくれる事は、あたしにとってもやっぱり心強い。
「なら、アタイも行くっきゃないな。だってそれがアタイの仕事なんだからな」
 ヒルコも名乗り出る。まるでどこかへ遊びに行こうと言ってるみたいな気軽さで。言い方は相変わらずいらっとするけど、味方が多いに越した事はない。
「俺も協力する。イザナミに与えられた使命は果たさないとな」
 タケシも名乗り出た。こうして、あたし達の意見は一致した。
 あたしという事で捕まっているサルビアって人を助け出して、トゲキッスを返してあげる事。こんな形にはなったけど、あたし達は初めて本格的に新生ギンガ団とやり合う事になる。だけど、あの時と同じように戦えば、ダイジョウブなはず。
 トゲキッスはあたし達を見て、嬉しそうにうなずいた。ヒルコによると、ありがとうございますわ、と言っているらしい。
 さて、そうと決まったら、まずはあの事件が起こった場所を調べて……
「待って。その事件に関わっちゃダメよ」
 と、誰かがあたしを制止する声。聞き覚えのある女の子の声だった。
 誰かと思って振り向くと、そこには見覚えのある女の子が立っていた。白に黄色のアクセントが入った、法衣のような服を着ている、黒いロングヘアーに赤い瞳を持つシスターのような女の子。その姿を照らす赤い夕陽は、まるで神様を照らす後光のようにも見えた。
「イザナミ」
 サトシが、その女の子の名前を口にした。
 イザナミ。見た目は女の子だけど、その正体はそうぞうポケモン・アルセウスが化身した姿。あたし達に新生ギンガ団と戦ってってお願いした人。
「おっ、イザナミじゃねえか。こんな時にアタイ達に何のようだ?」
 イザナミに気付いたヒルコは、親しい友達に対するように声をかける。……そんなの、アルセウスなんかに対する言葉遣いじゃないと思うんだけど。
「ヒルコ、私はあなたの話に付き合うために来た訳じゃないの」
 イザナミはバシッとヒルコに言い返してやった。さすがはアルセウス。ヒルコはむ、と顔をしかめて黙り込んでしまった。
 イザナミは無礼なヒルコを一瞥して、あたし達に目を向ける。その目はなぜか、怒っているように見えて、あたしもヒルコと同じように黙り込んじゃった。
「あなた達、あの『ヒカリ』が新生ギンガ団に誘拐された事件の現場に向かうつもりなんでしょ? それはダメよ」
 否定を許さないような鋭い眼差しで、イザナミはそう言い放った。それはまさに、神のお告げだったと思う。
「え……!?」
 あたし達は、その言葉に驚いて少しの間何も言えなかった。
 イザナミは、新生ギンガ団を倒してって頼んだはず。なのになんでこんな時に、これから初めて奴らと戦うって時に、なんでイザナミは戦うな、なんて言うの?
「ちょっと……それってどういう事だよ!?」
「もうわかっていると思うけど、あの事件で捕まってる『ヒカリ』はニセモノよ。あいつらは別の人間を誘拐してヒカリに仕立て上げて、ヒカリを誘拐したって世間に知らせたのよ。全ては、あなた達をおびき出すためなのよ」
 イザナミはそれこそ、神のようにあたし達に告げた。


TO BE CONTINUED……

[1173] SECTION02 イザナミの警告! フリッカー - 2010/06/05(土) 19:39 - HOME

「もうわかっていると思うけど、あの事件で捕まってる『ヒカリ』はニセモノよ。あいつらは別の人間を誘拐してヒカリに仕立て上げて、ヒカリを誘拐したって世間に知らせたのよ。全ては、あなた達をおびき出すためなのよ」
 イザナミはそれこそ、神のようにあたし達に告げた。
「あたし達を、おびき出すため……?」
「そう。つまりあいつらは『ヒカリを誘拐した』って狂言をする事で、あなた達を罠におとしめようとしているのよ。何が目的なのかはわからないけど、ニセモノが捕まっていると知ったら、あなた達が黙っていないとにらんだのでしょうね」
 あの事件は、あたし達をおびき出すための罠……?
 そのために新生ギンガ団は、赤の他人をあたしにでっち上げて、あたしを誘拐したって脅しているって事……? あたしは新生ギンガ団がどうして、そんな事をやろうと思ったのかが不思議だった。
「だけど、問題はないわ。時間が経てばいずれ誘拐されたヒカリは本物じゃないって事がわかるわ。だから、これはあなた達が手を出すべき問題じゃないの」
「え……!?」
 イザナミの声が、凍りつくほど冷たく聞こえた。
 今、イザナミは誘拐された『ニセモノのヒカリ』、すなわちサルビアを見捨てろ、と言った……!?


SECTION02 イザナミの警告!


「ちょ、ちょっと待てよ!! そんな事をした新生ギンガ団を放っておくって事なのか!?」
 真っ先に食い下がったのはサトシだった。
「俺達の目的は、新生ギンガ団を倒す事だろう!? それなのにあんな事しても放っておくなんて、矛盾してるじゃないか!!」
 サトシの言葉通りだ。
 あたし達の目的は、新生ギンガ団を倒す事。それなのに、イザナミは奴らが起こした事件は無視しろ、時間が経てば勝手に解決する、って言っている。
 そんなの、明らかにおかしい。仮に放っておいたままにしておいて、もし事件が悪化したらどうするつもりなの?
 例えば、サルビアが殺されちゃうとか……
「……何を聞いていたの。私は新生ギンガ団と戦うな、とは言っていないわ。ただ、今回の事件だけは気にしなくていい、って言っているのよ」
 イザナミの目付きが鋭くなる。その目は何だか、悪人と変わらない冷酷さが宿っているように見えて、あたしは目の前にいるのが本当にアルセウスなの、って疑うほどだった。
「待って。それは、誘拐されてる人が殺されちゃっても構わない、って事なの……!?」
 あたしは初めて、敵意を持った目でイザナミをにらんだ。
 だけどイザナミは、既に言うまでもない、とでも言うように、
「そこは、警察さんがうまくやってくれるわ。まあ、殺したってなっても作戦が失敗したって事だからとりあえず問題はないわ」
 なんてさらりと答えて、背中を向けた。
 この瞬間、あたしは初めて、イザナミに敵意を持った。握る拳に力が入る。
 なんでなのかは知らないけど、誘拐された人の事をあっさりと見捨てるなんて……ヒルコも確かにムカつく奴だけど、今はそれ以上にイザナミが許せない……!
「ちょっとそれ、どういう事よ……!?」
 去ろうとするイザナミを、あたしは呼び止める。
 イザナミは引っ張られるように足を止めて、肩越しにあたしに視線を送る。
「誘拐された人が殺されてもいいなんて、おかしいじゃない! あんた、人の命を何だって思ってるの!? 心配してるポケモンもここにいるのよ!! 神様だからって、調子に乗らないで!!」
 あたしは、そんな暴言を吐いていた。
 すると、トゲキッスもあたしの前に出て、何やらイザナミに訴える。上品な態度は崩れていないけど、はっきりと怒っているのがわかる。間違いなく、サルビアが殺されてもいいなんて事を言われて怒ってるんだ。
 トゲキッスの主張を聞いているのか、イザナミは少しの間主張するトゲキッスを見つめていたけど、すぐに興味をなくしたように顔を背けた。
「……そのトゲキッスなら、事件が解決した後にでも届ければいいじゃない」
 その言葉には、もう伝説のポケモンの威厳なんて、どこにも感じられなかった。
 とにかく、事件が解決するまでここを動かないで、と言ったイザナミは、今度こそ去ろうとするように、ポケモンセンターの玄関に向けて歩き出した。玄関の自動ドアが、静かに開く。
「待てよイザナミ!! そんな事を考えるなんて最低だぞ!! それでも創造の神なのか!?」
 サトシが食い下がる。
 イザナミは玄関の自動ドアの前で、立ち止まる。
「神……神だからこそ、私は忠告しに来たんじゃない。人間は神の忠告を、『神のお告げ』って言って従うんじゃなかったの?」
「そういう問題じゃない……!! 今のは神として問題発言だぞ!」
「ああ、もう!! そんな私の言葉が不服なの!? あなたまで、ダモスと同じように私を裏切るって言うの!?」
 食い下がるサトシに、イザナミが顔を向けた。
 それを見た瞬間、あたしはマジで殺されると思った。全身の毛が逆立って、体が石のように動かなくなる。
 サトシをにらむイザナミの瞳には、強い殺意が宿っている。それは、ミチーナで初めて出会った時の、怒りに満ちた目をしたアルセウスそのものだった。あたしはこんな時になって、イザナミがアルセウスだって事を改めて実感しちゃった。
 ちなみにダモスというのは、昔のミチーナでアルセウスとの約束を破ってしまった人。
 その事にアルセウスが怒ったために、今の時代で時空の歪みが起きて、今の時代に現れたアルセウスは人間に裁きを与えようとして大暴れした。ダモス自身は無理やり約束を破らされていて、最後は無事に和解したけど、今でもアルセウス=イザナミは人間に約束を破られた事を忘れていないんだ。
 あの時と同じ怒りを向けて、あたし達と対峙している、イザナミという女の子の姿をしたアルセウス。
 そんなイザナミを前にして、あたし達は何も言えなかった。1ミリも動く事ができなかった。あの時の力を、あたし達にも向けられるんじゃないか、って思うと。
 そのままイザナミの無言の抗議がしばらく続いたと思うと、ようやくイザナミは顔を元に戻した。
「……もう一度言うわ。事件が解決するまでここを動いちゃダメよ。これは命令。それがどうして正しいのかは、終わってみればわかるわ」
 ヒルコ、3人を頼むわね、とイザナミは言い残して、今度こそ自動ドアの向こうに消えていった。
「ま、待てよイザナミ!!」
「勝手に行かないで!!」
 ようやく体が動かせるようになって、あたしはサトシと一緒に反射的にイザナミの後を追った。
 だけど、玄関の外に出たイザナミの姿は、どこにもなかった。

 * * *

「決まってるだろ! 最初に決めたようにあいつらを倒しに行くんだ!」
 タケシのこれからどうするんだ? という問いに、サトシは真っ先にそう返した。
「そうよ。トゲキッスの事もあるし、サルビアを捕まえてあたしを人質にしているようにしてるあいつらは許せないわ!」
 あたしも本心でサトシに続けて言う。
 イザナミの命令には、はっきり言って従う気なんてない。あんなあたし達と無関係じゃない事件に巻き込まれた人を、見捨てるなんてできない。
「悪いけど、アタイはパス」
 その時、ヒルコの気だるそうな声が耳に入った。
 思いもしなかった言葉に驚いて顔を向けると、そこには頭の後ろに両腕を回して、退屈そうにソファに座るヒルコの姿があった。
「ど、どういう事だよヒルコ!?」
「気が変わったんだ。イザナミの命令となっちゃあ仕方がないさ。あいつに逆らったら、何されるかわからないしさ」
 何がおかしいのか、はは、と少し笑いながら困ったように片手を広げるヒルコ。
 相変わらずのチャラチャラした態度だけど、今その態度をされてパスだなんて言われると、いつも以上にムカついてくる。
 まあ確かに、あの時ギラティナはアルセウスにディアルガ、パルキアと3匹がかりで挑んでも歯が立たなかったから、逆らっちゃまずいと言うのはわからなくもないけど……
「ちょっとヒルコ、イザナミに命令されたから、どんな事も黙って従いますって言うの!? イザナミの言う事、ひどいって思わないの!?」
「いや、イザナミの言ってる事は間違ってない」
 あたしの文句を、ヒルコは当たり前の事のようにあっさりと返してきた。
「罠だってわかってるなら、行くなって警告して当たり前じゃん。罠に自分から突っ込め、なんて言うほどイザナミはバカじゃないさ。だからその通りにした方がいいんじゃないの?」
「だからって、捕まっている人を見捨てるのは間違ってるじゃない! ヒルコはそう思わないの!?」
「ああ、思わない」
 ヒルコは何気ない言葉のように、あっさりと答えた。
 その残酷な言葉をあっさりと返されて、あたしは言葉を失って何も言えなくなった。
「元々、神様が人間を助けるなんて、誰が勝手に考えたんだよ? アタイ達は別に人間を助けるためにここにいるんじゃないんだ。大事なのはこの世界。新生ギンガ団が世界を勝手にメチャクチャにする事を、イザナミは許さないんだよ。アタイだって、ここをメチャクチャにされたらアタイの世界にも影響が出るから、ここに来てるんだ」
 ヒルコは勝手に説明し出す。
 まさか、ヒルコもイザナミも、世界が無事にいてくれたなら、1人の人間が犠牲になってもいい、って言ってるの……!?
「おいヒルコ……それ本気で言ってるのか?」
「ああ、本気だよ。ここでウソ言ってどうするんだよ?」
 サトシの問いに、当たり前の事のように答えるヒルコ。
 そしてヒルコは立ち上がって、あたし達の前に歩いてくる。
「考えてもみなよ。この世界ではいつもどこかで誰かがいろいろな理由で困ってるだろ? そんな奴ら全部を助けろって言われたって、そりゃあ無理難題って奴だよ」
 いつも通りの口調で話すヒルコだけど、その内容はやけに真面目だった。
 ……確かにそうだ。
 誰かを助けようと思ったって、世界中の困っている人全部を助ける事なんて、人の力じゃどう考えても無理。でもそれは、神様の力を持ってすればできる事なんじゃないの? 神様って言うのは、どんな人の事も助けてくれるんじゃないの?
「でも、ヒルコは人じゃないじゃないか。神と呼ばれる伝説のポケモンなんだろ? だったら……」
「言っとくけどな、アタイ達を『神』なんて言い出したのはあんた達人間なんだ。アタイ達はそんな人間が考えてるほど、お人よしじゃないんだ。そりゃあ、確かにこの世界の基本を作ったのはアタイ達だけどさ、結局はそれだけなんだよ。アタイ達が作ったこの世界が壊れるほど大きな事件が起きない限り、アタイ達はこの世界に介入なんてしない。そうじゃない事で助けてくれ、なんて言われても知った事じゃあない。勝手にやってろってんだ」
 愚痴りながら困ったように両手を広げるヒルコ。
 ヒルコの言葉は確かに冷たかったけど、その言葉には納得がいく所があった。
 この世界が壊れるほど大きな事件が起きない限り、ヒルコ達はこの世界に姿なんて現さない。だから伝説の存在になったんだ。だけどそれは、それ以外の事が世界で起こっても一切関わらないという事。人1人殺される事は、ヒルコ達にとっては毎日ニュースで流れる事件や事故みたいに、些細な事に過ぎないんだ。
 この世界を揺るがすほどの事件でも起きない限りは、何が起きても決してこの世界には現れない。それが、『神』と呼ばれしポケモンの本当の姿。
 それでも、あたしは納得がいかない。
 そんな存在だからって、人が犠牲になるのを放っておくなんて……!
「じゃあいいわ。ヒルコはイザナミに言われた通りここでじっとしていればいいでしょ。あたし達だけで……」
「いや、俺もイザナミの言う通りにした方がいいと思う」
 あたしが言いかけた時、思わぬ敵が現れた。
 それは、与えられた使命は果たさないとな、と言っていたはずのタケシだった。
「タ、タケシ!?」
「どうしてタケシまで!?」
 あたしとサトシは驚いてタケシに顔を向ける。
 タケシは腕を組みながら、真剣な顔をして答えた。
「イザナミが警告しに来るほどなんだ。それだけ関わると危険な事なのかもしれない。楽観視はできないぞ」
「そんな事はわかってるさ! それが怖かったら、助けになんていけないだろ!」
「その気持ちはわかるが、俺達はあくまで一般人だ。深入りしすぎるとまずい事もある。ここは専門家の警察を信じるしかないと思うぞ。トゲキッスを返すなら、イザナミの言う通り解決した後でもできる」
 警察を信じる。
 確かにそうすれば、あたしは安心できるだろうけど、なぜか今のあたしは警察を信じる事ができない。
 だってあたし達には、ポケモンという力がある。その力を使えば、警察なんて頼らなくても人を助ける事ができる。人の力よりも、頼りになるのは自分自身の力。実際あたし達は、今まで何度もロケット団のような悪人を自分の力で倒してきたじゃない……!
 それなのに……!
 目の前に誰かを助けようとしているポケモンがいるのに、黙ってそれを他の人に渡すなんて……!
 ぎり、と歯ぎしりする音がする。
 その音で、あたしの頭にスイッチが入った。
「もういいわ! こうなったらあたし達だけで行きましょ、サトシ!」
 隣にいるサトシに顔を向ける。
 サトシもあたしと同じ気持ちだったのか、不満そうに顔をしかめていた。そんな顔をあたしに向けたサトシは、はっきりと首を縦に振った。
「ああ!」
 こうして、あたし達の方針は決まった。
 イザナミに罠だって言われても、ヒルコやタケシがいなくても、あたし達は一度決めた事を変えない。あたし達は誰にも頼らないで、あたし達の力でサルビアを助けて、トゲキッスを返してあげるんだ!
 決まれば、やる事は1つ。
 あたしはトゲキッスに顔を向ける。するとトゲキッスも決心を固めていたのか、あたしの顔を見てはっきりとうなずいた。
 トゲキッスの意志を確かめたあたしは、サトシと一緒に玄関へと飛び出した。トゲキッスも、エンペルトと一緒に走って後に続く。
「お、おい待て!!」
 タケシの声が聞こえたけど、そんな言葉に耳は貸してやらない。そのまま自動ドアを潜って外に出る。
「あーあ、アタイ知らねーよっと」
 自動ドアが閉まる前、ヒルコのそんなからかうような声が聞こえたような気がした。

 * * *

 外に出ると、いつの間にか空が真赤に染まって日が沈もうとしている事に気付いた。ああだこうだしている内に、結構時間は経っちゃっていたみたい。
 ともかく、そんな事に構っている場合じゃない。今は急いで、現場に向かわないといけない。テレビニュースによれば、事件が起きた場所はこの町の中みたいだから、ここから走っていけない場所じゃない……あれ。
 ちょっと待って。あそこの現場って、ここからどの道を行けば行けるんだっけ……?
 そんな事を考えていた時。
 ふと目の前に、誰かの人影があたし達の前に立ちはだかるように現れた。最初、あたしはそれが誰なのかわからなかった。だけど。
「待ちなさい! ジャリボーイ、ジャリガール!」
 その高らかな声で、あたしは目の前にいるのが誰なのか瞬時にわかっちゃった。思わず足で急ブレーキをかけて止まる。まさか、よりによってこんな時にあいつらが来るなんて……!
「助けに行くとの声を聞き!!」
「光の速さでやって来た!!」
「風よ!!」
「大地よ!!」
「大空よ!!」
「そして宇宙よっ!!」
 そいつらはいつものように自己紹介を始めたけど……あれ? 違う人がもう1人混じってる……?
「天使か悪魔か、その名を呼べば!!」
「誰もが震える、魅惑の響き!!」
「ムサシ!!」
「コジロウ!!」
「ニャースでニャース!!」
「そして、特別ゲストのミホッ!!」
 そいつらに混じってハイテンションに自己紹介してるのって……ミホ!?
「時代の主役は、あたし達!!」
「我ら助っ人!!」
「ロケット団!!」
「プラスミホでハイテンショーンッ!!」
 いつものようにポーズを決めるそいつら――ロケット団に混じって、なぜかミホも一緒にポーズを決めている。
 ミホは、あたしのトレーナーズスクールから友達。実はその正体は人間じゃなくて、へんしんポケモン・メタモン。つまり、メタモンが人間に“へんしん”した姿って事。だからロケット団に狙われた事があるのに、どうしてロケット団と一緒にいる訳?
「ちょっとミホ!? なんでロケット団と一緒にいるの!?」
 とっさに身構えつつも、率直に聞いてみる。
「なんでって、ヒカリンを助けるって目的が同じだからよ」
「え、あたしを助ける……?」
 ミホの言葉に、あたしは耳を疑った。
 あたし助けるって目的が、ロケット団と同じ……? それってつまり……
「その通り! 今回の目的はジャリンコのポケモンゲットじゃないわ!」
「復活したステキファッションを打倒するため、ジャリンコ達と休戦協定を結びに来たのだ!」
 ムサシとコジロウが、堂々と言い放った。
 ステキファッション。ロケット団はギンガ団の事をそう呼んでいた。よくはわからないけど、ロケット団も新生ギンガ団を倒す意志があるって事? まあ、ロケット団は同じ悪人にライバル心を持つ所があるから、別に変ではないけど。
「おミャー達は今、ステキファッションが起こしたニセジャリガール誘拐事件の現場に行こうとしてるんじゃニャか? なら、ニャー達がそこまで素早く運んであげるのニャ!」
 ニャースはそう言って、赤くなった空を見上げる。その視線の先には、いつの間にかロケット団がいつも使っているニャースの顔を象った気球が夕焼けの赤い光に照らされながら浮かんでいた。確かにこの気球があれば、現場に簡単に向かう事ができるけど……何か罠がありそうな気がして、少し不安になる。
 サトシと自然と顔を合わせる。サトシもあたしと同じように不安なのが、顔を見ただけでわかる。
 視線でどうする、とやり取りを交わすあたし達の前に、ミホが歩み寄ってくる。久しぶりに会えた喜びを、そのまま表わす笑顔を見せながら。
「安心して。ヒカリンとロケット団が何度もやり合ってるのは知ってるけど、今回は本当に何もする気はないから。あたしが保証するよ」
 あたしとサトシの心を読んだのか、ミホは交渉人のようにそんな事を言う。
 その笑顔は、嘘を言っているようには見えない。かと言って、無理やり言わされているような様子もない。
「だってあたしとロケット団は、仲がいいからね」
 ……え?
 ミホとロケット団が、仲がいい……?
 ね、とミホは隣にいるニャースを見下ろす。
「その通り、今ではニャーとミホは親友なのニャ!」
 ニャースは堂々とミホの隣で胸を張る。
 一体どうしてそんな事になる……事もあり得るか。前にミホがロケット団に捕まった時、なぜかニャースがミホを助けるためにあたし達に手を貸した。何でも、ミホの気持ちに共感できたから、解放したいんだと思ったんだとか。そんなニャースとミホが仲良くなっても不思議じゃない。
 とはいえ、思わぬコンビがいつの間にか成立していた事に、あたしは唖然とするしかなかった。隣のサトシも、信じられないものを見た時のように目を見開いていた。
「さあさあ、話が着いたらもう時間はないわよ!」
「早く気球に乗った乗った!」
 すると、ムサシとコジロウがいきなり真面目な表情をして目の前に現れたと思うと、いきなりあたし達の手を引っ張り出した。あたし達は否応なしに、ロケット団に引っ張られていく。
 ちょ、ちょっと……時間がないのはわかるけど、あたし達はまだ、休戦協定を結ぶなんて、一言も言ってないんだけど……! 案外本当に、あたし達のポケモン奪うつもりなんじゃないの?
 そんな事を冗談のように考えていると、
「おーい! サトシー! ヒカリー!」
 後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。引っ張られながらも振り向くと、そこにはこっちに走ってくるタケシの姿があった。
 まずい。何かまずい。こんな光景見たら、タケシは間違いなく、ロケット団があたし達を連れ去ろうとしているとしか思わないはず。そうなったらとにかくまずい。まずはロケット団が休戦協定を結ぶって呼びかけないと……
「あ、タケシ! ちょうどいい所に来てくれたね! 新生ギンガ団を倒しに行くんでしょ? なら、乗って!」
 ちょうどピカチュウ、エンペルトと話をしていたらしいミホが、タケシに駆け寄る。
 タケシはミホという予想外の登場人物に戸惑っているけど、その隙にミホは一方的にタケシの腕を引っ張って、気球へと連れて行く。戸惑うタケシの事なんて、完全に無視したままで。

 * * *

 という訳で。
 気が付けばよくわからない勢いに乗せられて、あたし達はロケット団の気球のゴンドラにいた。行くのに反対していたタケシも一緒に。
 だけど、やっぱりロケット団の言っていた事は本当で、あたし達のポケモンを狙う気はなかった。いきなり檻の中に閉じ込められる事もなければ、床がいきなり開いて落ちるような事もなかった。
 こうして、ロケット団の気球に6人も人が乗るという珍しい光景になった。
「狭いなあ……」
 しかもそこに、エンペルトとトゲキッスという大きなポケモンもいるから、狭い。自由に動けるスペースが少ない。まるで混んでいる電車の中にいるみたいだった。まあ、こんな事でロケット団に文句を言っても仕方がないんだけど。
「なあお前達、俺は単に、サトシ達を止めに来ただけなんだが……」
 気味に、タケシがつぶやくように言う。
 その言葉に、ムサシが真っ先に反応した。
「何言ってんの!? ここまで来て今更逃げるって言うの!? 大人気ないわよジャリボーイ2号!!」
 ムサシに怒鳴られてしまったタケシは、その気迫で一瞬で黙り込んじゃった。
 完全に勝負あり。もう何を言っても無駄だってわかったのか、タケシは呆れた様子でムサシから顔を背ける。そして、その顔を今度はあたし達に向けてくる。
「なあ、サトシ達も止めた方がいい。考え直せ。イザナミの警告を軽く考えない方がいい」
 タケシの抗議の矛先は、あたし達に向けられた。でも、そんな事したって考えは変えてやらないんだから。
「嫌!」
 その声が、なぜかサトシと合わさった。そんな些細な事に少し驚いたけど、サトシは言葉を続ける。
「これは何と言われたって変えないからな! 俺達はあいつらを黙って放っておくなんてできない!」
「トゲキッスだって、あたし達の力で戦って勝てばいいのよ! それなら罠なんて関係ないわよ! ダイジョウブ!」
 あたしも言葉を続けると、任せろ、と言わんばかりにエンペルトが胸を張った。
 うぐ、とタケシが言葉を詰まらせる。その横では、ほら、ジャリンコ達もこう言ってるんだから、と無言で抗議するムサシの視線。タケシは視線を泳がせて、なかなか言葉を発しない。
「おっ、見えてきたぞ! あそこだ!」
 その時、コジロウがいきなり声を上げた。外を見ていたコジロウは、正面の下方向を指差している。どうやら現場に着いたみたい。あたしやサトシもすぐに、顔を出してコジロウが指差す方向に目をやる。
 そこには、大勢の野次馬の集まりと、かつ鮮明に瞬くパトカーのサイレンの集まりがあって、すぐにわかった。テレビで映っていたのと同じ、周囲が封鎖された倉庫。あそこに、倒すべき敵と人質にされているサルビアがいる……!
「遂に来たわね……何だかハイテンションになってきたよっ!」
 ミホの表情に笑みが浮かぶ。だけどそれは、これから起こる戦いを前にして上がっている戦意によるものだった。ミホはこういう時にも、ハイテンションという言葉を使う傾向にある。
 戦いは間近に迫っている。そこにどんな敵がいるのかは、あたしにはわからない。だけど、今までいろんな悪者を倒してきたあたしには、それに対する恐怖はない。
 ただ、気になる事といえば。

 ――待って。その事件に関わっちゃダメよ。
 ――あいつらは『ヒカリを誘拐した』って狂言をする事で、あなた達を罠におとしめようとしているのよ。
 ――事件が解決するまでここを動いちゃダメよ。これは命令。

 そんなイザナミの言葉が脳裏に蘇る。
 イザナミがあれほど警告したという事は、普通ではない何かがあるのかもしれない。
 気を変えるなら今の内。
 今ならまだ引き返せる。
 あれは罠だ。戦わない方がいい。
 イザナミの言う事に従った方がいい。

 湧き上がるそんな思いを振り切って、あたしは決心を固めた。
「エンペルト、行くわよ!」
 あたしが呼びかけると、エンペルトは行くってどうやって、と言うように、少しだけ戸惑う表情を見せる。
「“アクアジェット”で一緒にあそこまで飛ぶのよ!」
 すぐに倉庫まで向かう方法を説明すると、エンペルトはようやく話を飲み込めたようで、すぐにうなずいた。
 エンペルトのうなずきを確かめたあたしは、すぐにゴンドラから乗り出す。おいヒカリ、とかちょっとヒカリン、とか声が聞こえたけど、気に留めない。
 真下に広がるのは、小さく見える街並み。こんな所から自分から飛び込んだりしたら、普通はケガ所の話じゃない。だけど――

 エンペルトとトゲキッスに声をかけてから、腹をくくってあたしはゴンドラから飛び出した。
 すぐにあたしの体は重力に引かれて落ち始める。一瞬どんな絶叫マシーンよりもスリルのある落下を感じたと思うと、あたしの体が横からしっかりと掴まれる。
 あたしを掴んだエンペルトは、“アクアジェット”を使って一気にミサイルのように加速し始める。その後を追いかける形で、トゲキッスも飛ぶ。
 あたしとエンペルトの体は、こうして空を飛び始めた。向かう場所はただ1つ。サルビアと敵の待つ倉庫の中。


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[1174] FINAL SECTION 新生ギンガ団の罠! フリッカー - 2010/06/22(火) 19:49 - HOME

 まるで、足場のないジェットコースターに乗ったような感覚だった。

 顔に当たる風があまりにも強くて、ちゃんと正面を見る事ができない。
 そして、高速で進んでいるという感覚と同時に、自分が地面に吸い込まれているという感触も確かにあって、怖くないと言われると嘘になる。
 同時にやってくる、スピードの怖さと落下の怖さ。
 そう、あたしとエンペルトはただ落ちているだけ。
 その状態で無理やり“アクアジェット”でブーストをかけながら、飛行の真似事をしているだけ。

 真下に映る景色は、一瞬で濁流のように流れていって、同時にどんどん迫ってくる。
 現場の周囲を取り囲む、大勢の野次馬達が見える。その中に2つほど、見覚えのある人影がいたような気がした。
 でもそれも、一瞬で流れていくから、確かめる事なんてできない。

 がしゃん、とガラスか何かが割れる音。
 あたしの体に、強い衝撃が走った。でもそれも、一瞬の事。
 景色が一瞬で上がったと思うと、あたしの足がいきなり地面に付く。
 突然足が付いたから、あたしは何が起こったのか一瞬わからなくて、バランスを崩して尻餅をつく事になった。

「いったあ……」
 とりあえず、状況を確かめる。
 さっきまで飛んでいたあたしはいつの間にか、どこかの倉庫らしい場所に来ていた。鉄骨が剥き出しの壁に囲まれた部屋は、まるで牢屋のように薄暗くて冷たい。
 その中に、あいつらがいた。
 特徴的な全身タイツのようなスーツを身に着けたそいつらは、間違いなくギンガ団。いきなり現れたあたしの姿を見て驚いたのか、動転している様子。
 そうか、あたしはあの事件現場に乗り込めたんだ。ようやく理解できた時。
「やれやれ、随分と乱暴な登場じゃないか」
 動揺する声の中で、1つだけ冷静な声が耳に入った。
 すると、動転する団員達の前に、明らかに他の団員達とは違う外見をした、1人の団員が出てくる。
 その団員は見た感じ男の人だけど、背中まで伸びる長髪が目立つ。そして眼鏡をかけていて、いかにも冷静なインテリ系といった印象。だけど、眼鏡越しに送られる視線には、冷たいものを感じる。
 ただの直感だけど、あたしはこいつが幹部なんじゃないかって確信した。
「とにかく、来てくれたからにはこのウラヌスが歓迎するよ。君の事をずっと待っていたからね、フタバタウンのヒカリ」
 その男は、言葉通りあたしを歓迎するように両手を広げて、歪な笑みを浮かべた。
 その背後には、あたしの姿を見て目を見開く、椅子に縛り付けられている『あたし』の姿があった。


FINAL SECTION 新生ギンガ団の罠!


 あたしの真上で響く羽音。
 同時に、あたしの近くに誰かが降り立った。それがムクホークに乗ってやってきたサトシとタケシ、そしてトゲキッスだって事に、あたしはすぐに気付いた。
 新たに現れた2人と1匹を見たウラヌスって名前らしい男は、何か嬉しいものでも見たように、おお、って目を見開いて驚いた。
「そうか、お供も一緒という事か……! ふむ、それにしてもあいつらは余分すぎるな」
 ウラヌスの視線は、あたしが破って入ってきたらしい、割れた窓ガラスに向けられていた。そこには、あたし達をここまで運んできてくれたロケット団の気球が。
 すっ、とウラヌスは無言で気球を指差す。すると、いつの間にいたのか、ウラヌスの横に巨大な岩のようなポケモンが出てきた。
 そのポケモンは、てつあしポケモン・メタグロス。スーパーコンピューターよりも頭がいいって言われている、はがねタイプのポケモン。
 メタグロスはウラヌスが指差した通りに体を向けると、腹にある口を大きく開ける。その中は、白く光っていた。

 口から放たれる閃光。
 メタグロスの口から放たれた“はかいこうせん”は、針の穴を通すように割れた窓ガラスを通り抜けて、空へと伸びていく。
 閃光が消えた瞬間、遠くには小さな爆発が見えた。
 あたし達がいつもしているように、ロケット団の気球が爆発した光景。ロケット団はいつものように、「やな感じー!」と言って吹き飛ばされたのかもしれない。
 なんて正確さ。
 ここから、まだ結構離れた場所にいるロケット団の気球を撃ち落すなんて、そう簡単にできる事じゃない。スーパーコンピューターより頭がいいというのは伊達じゃない。
 く、とあたしは歯噛みする。
 突然の事で、あたし達はメタグロスを止める事ができなかった。まあ、あのロケット団の事だから、しぶとくあたし達の所に追いつこうとするはず。何より、ミホだっているんだから。だけどこれで、味方になってくれた人が簡単に駆けつけてくれなくなったのは心細い。かと言って、ここで引く訳にはいかない。
「新生ギンガ団! そこにいるサルビアを返してもらうぞ!」
 サトシが顔をウラヌスに戻して叫ぶ。その顔に怯みはない。
 サトシの声に合わせて、ピカチュウと、本当のトレーナーを前にしたトゲキッスが前に出る。どちらも臨戦態勢だ。
 トゲキッスに気付いたのか、椅子に縛られている『あたし』――サルビアは目を見開いて何か言っている。だけど口はガムテープで塞がれているから、何を言っているのかはわからない。
 あたしも手持ちを選ぶ。
 目の前のメタグロスに対抗できるわざを持っているポケモン。それは、あたしの手持ちの中には1匹しかいない。エンペルトでも行けるかもしれないけど、主力のエンペルトは温存しておきたい。
「ヒノアラシ!」
 あたしは選んだポケモンの名前を叫ぶ。投げたモンスターボールからは、ヒノアラシが飛び出した。
 ヒノアラシは、自分より体格の大きいメタグロスを相手にしても怯まず、背中の炎を燃やす。ヒノアラシとメタグロスの体格の差は、あまりにも大きい。だけど相性の有利さもあるし、ヒノアラシだって、コンテストに備えて何度もトレーニングしてたんだから、いつまでも子供じゃない。
 団員達がすぐに反応して身構えるけど、それをウラヌスが左腕を突き出して制止する。
「彼女の正体まで知っているとは驚いた。そうか、思い出したよ。そこのトゲキッスは彼女のものだったか」
 ウラヌスは、名前を当てたのが嬉しいように、感心してつぶやく。
 そしてその視線は、トゲキッスに向けられた。よくここまで来たな、と褒めるような冷たい目。トゲキッスも怯まずに、ウラヌスをにらみ返す。
「あの時逃げたトゲキッスが、主にそっくりな少女と出会い、主を助けるためにここまで導いたという感じか。君達は僕がにらんだ通り、本当にお人よし過ぎるようだな。今まではそれで何度も悪人を退けたようだが、いつもそうは行かない事を教えてやろう」
「え……!?」
 あたしはウラヌスの言葉の意味が、わからなかった。
 ふとウラヌスは、右手を口元まで上げる。それには、何だか無線機みたいなものが握られていた。
「警察に告げる。たった今こちらに、見知らぬ少年達が乱入してきた。要求が果たされるまでは手は出さないと言ったはずだが、その約束を破るとはどういう事だ?」
 無線機はどうやら、外の警察に繋がっているみたい。
 そんな事を考えていると、ウラヌスはとんでもない事を口にした。

「だから宣言した通り、我々は人質を殺害する」

 一瞬、耳を疑った。
 今、ウラヌスはなんて言った……!?

「やれメタグロス」
 無線機を下げたウラヌスの一言で、メタグロスがぐるりと体を向ける。その先には、サルビアがいる。
 サルビアの表情が、一瞬で青ざめる。
 トレーナーの危険を感じ取ったトゲキッスと、サルビアに狙いを定めたメタグロスが動いたのは、ほぼ同時だった。

 それは、一瞬の出来事だった。
 メタグロスは、椅子に縛られて逃げられないサルビアに肉薄する。
 そこに飛びかかったトゲキッスを、メタグロスは読んでいたように背中を向けたまま後ろ足だけで跳ね除ける。
 そしてメタグロスは、右腕でサルビアの体を鷲掴みにした。

「――――――――!!」
 口を塞がれたまま、断末魔の悲鳴を上げるサルビア。
 サルビアの体には、メタグロスの腕から流された電流が走っていた。
 ほとばしる火花の光が眩しくて、あたし達は反射的に目を閉じた。
 それは数秒間の間続いたけど、かなり長い時間のようにも感じられた。

 閃光がやむ。
 目を開けた瞬間、あたしは愕然とした。
 そこにいるのは、変わり果てたサルビアの姿だった。
「あ……!」
 声が出せない。
 息ができない。
 体が動かない。
 体からは白い煙が出ていて、肌のところどころは黒焦げていて、まるで人形のようにだらしなく顔を落としている。
 そんな風になって、生きているはずなんてないと、あたしは一瞬でわかってしまった――

 椅子に縛られたまま“かみなりパンチ”を浴びたサルビアは、そのまま生命活動を停止していた。

 倉庫に、ウラヌスの勝ち誇ったような笑い声が響く。
「さあ、これでサルビア王女は死んだ……これで計画通りだ……」
 ウラヌスの言葉は、よく聞こえない。
 ぎり、と歯軋りする音がはっきりと聞こえた。
 こいつは、人質を殺した。
 縛られている人を、抵抗できない人を簡単に殺した……!

 こいつ、絶対に許さない……!
 絶対にこいつは、黙って返さない……っ!

「さてこれで、助けるべき人はもういなくなった。さて、これから……」
 勝ち誇ったようにウラヌスが顔をこっちに向けた瞬間。

「ヒノアラシ、“かえんぐるま”!!」
 あたしの指示が、ヒノアラシの火の玉となって飛び出していた。
 不意を突かれる形になったメタグロスに、直撃。効果は抜群。メタグロスはバランスを崩すけれど、踏み止まってヒノアラシをにらみ返す。
「何……!?」
「ピカチュウ、“10まんボルト”だ!!」
 続けざまに、サトシの声。
 同時にピカチュウから放たれた電撃が、メタグロスに襲いかかる。ヒルコからもらった『でんきだま』の恩恵で、今までよりも段違いに威力が高まった電撃。それは、近くにいるウラヌスも巻き込みそうなほどの稲妻だった。
 メタグロスは、ウラヌスと共にその巨体からは想像できない動きでピカチュウの電撃をかわした。すぐ横を通り過ぎた強力な電撃には、ウラヌスも驚きを隠せない様子だった。
「許さないぞ、新生ギンガ団!!」
「絶対にここで、とっちめてやるんだからっ!!」
 あたしとサトシの怒りは、真っ直ぐウラヌスに向けられる。
 もう冷静になんかなれない。いや、なる必要はない。今はあいつを倒して、人殺しの罪を償ってもらうだけ……!
「く……そうか、まだやる気か……! いいだろう、相手になってやる!」
 ウラヌスはあたし達をにらみつけて言うと、その言葉に反応するように、団員達が一斉にモンスターボールを投げた。
 出てくるのは、たくさんのこうもりポケモン・ゴルバット。ゴルバットは一斉に、群れを成してあたし達に飛び込んできた。
 それを迎え撃つのは、強烈な稲妻。
 ピカチュウの電撃を浴びたゴルバット達は、一斉に地面へと落ちていく。反撃もしてくるけど、ピカチュウは的確にそれをかわしつつ、強烈な電撃を叩き込んでいく。そのパワーは、圧倒的の一言。鬼に金棒というのはまさにこういう事。
 タケシもウソッキーを出して、ピカチュウを援護する。エンペルトも後に続く。一方のトゲキッスはというと、サルビアが殺されたショックからか、始まった激戦の隅で固まってしまっている。
 とにかく、あたしも負けていられない。あたしは目の前に立つ、ウラヌスとメタグロスをにらむ。
 不意打ちを受けたさっきと違って、今は完全に臨戦態勢だ。メタグロスはいつでもヒノアラシの攻撃に対応できるように、ヒノアラシをにらんでいる。
「僕の相手は君という事か……しかし、いくら相性が有利とはいえ、そんなちっぽけなポケモンで挑まれるとは……」
 なめられたものだな、とウラヌスは笑う。もう勝敗なんて、最初からついているとでも言うように。
「勝手に言ってなさいっ!!」
 あたしはそんなウラヌスに、強く言い返してやる。その言葉に合わせて、ヒノアラシが背中の炎を吹き出しながら飛び出した。
「“コメットパンチ”!!」
 指示を受けて、メタグロスが動いた。
 メタグロスの右腕が、文字通り流星のような速さでヒノアラシに襲いかかる!
「かわして顔に“スピードスター”!!」
 とっさに指示を出す。
 ヒノアラシはメタグロスの腕を、床を転がりながらかわす。メタグロスの右腕が、床に釘のように突き刺さる。
 動きを止めた隙を突いて、ヒノアラシが放った“スピードスター”がメタグロスに襲いかかる。顔面に直撃する星の弾丸を前に、メタグロスは自然と体勢を崩す。
 効果が今ひとつ、なんて事はわかっている。今のは、次の攻撃の隙を作るための攻撃に過ぎないから――
「今よ! “かえんぐるま”!!」
 隙を的確に捉えて、ヒノアラシは火の玉となってメタグロスの懐に飛び込んだ!
 直撃。効果は抜群。メタグロスは踏み止まってはいるけど、これならその内ヒノアラシが押し出して――

「……何だ、所詮は見た目通りという事じゃないか」
 ウラヌスのため息混じりの声が、耳に入った。

 メタグロスは、踏み止まってなんかいなかった。
 メタグロスはただ、その場に立っているだけ。必死になっているのは、ヒノアラシの方だった。
 そう、ヒノアラシにとっては、メタグロスは巨大な壁だった。どんなに押し出そうとしても、壁は絶対に動かない。力の差は、こうも歴然としていた。
 遂に勢いが衰えて、火の玉から元に戻ったヒノアラシは、力なくメタグロスの目の前に落ちる。
 そんなヒノアラシを払い除けるように、メタグロスは右腕を軽く振った。たったそれだけで、ヒノアラシは簡単にあたしの前まで弾き飛ばされた。
「ヒノアラシッ!?」
「攻撃の筋はいいが、残念な事に力不足だ。その攻撃でメタグロスに決定打を浴びせたいのなら、進化でもさせる事だな」
 嘲笑うようなウラヌスの声。その前にいるメタグロスには、見た感じ大きな傷は見えない。確かに効果抜群の攻撃が当たったというのに。
「力の差は歴然だ。お前は、そのヒノアラシに拷問でもさせたいのか? 勝ち目のない相手に挑ませるなんて」
「ふざけないで!! まだ勝負は終わってない!!」
 そう、ヒノアラシはまだ戦える。それなのに、もう自分が勝ったと決め付けるウラヌスの言葉が、無性に腹が立ってくる。
 ヒノアラシも同じなのか、立ち上がった後背中の炎を激しく燃え上がらせた。
「往生際が悪い事だ……!」
 ウラヌスが無言で右手を突き出すと、メタグロスが飛び出した。浮遊能力を使って、一瞬で間合いを詰めようとする。
「“えんまく”!!」
 正面から通じないなら、他の手を使うだけ。だからあたしはそのわざを指示した。
 ヒノアラシは、口から黒い煙を吐く。メタグロスがそれに気付いて足を止めた時にはもう手遅れで、メタグロスは煙に自分から飲み込まれる事になった。
 これで、反撃は封じた。なら、ここから何度も攻撃すればいいだけ!
「“かえんぐるま”!!」
 火の玉となったヒノアラシは、煙の中にいるメタグロス目掛けて飛び込んでいく。
 これなら、確実に決まる、と思った矢先。

「“バレットパンチ”!!」
 ウラヌスの指示と同時に、煙を突き破って何かがヒノアラシの前に飛び出した。
 それが、メタグロスの腕だと気付いた時には、もう手遅れだった。

 ヒノアラシは煙を突き破ってきたメタグロスの一撃に、簡単に弾き飛ばされた。
 先制攻撃ができるわざ、“バレットパンチ”。それはまるで、ヒノアラシの位置が最初からわかっていたように、繰り出された。
 しかも、効果は今ひとつのはずなのに、その一撃はヒノアラシに大きなダメージを与えるには、充分すぎるものだった。
 柱にぶつかって力なく崩れ落ちたヒノアラシは、目に見えて致命傷を受けていた。もうまともに体を動かせる状態じゃない。たった一撃で、ヒノアラシはそこまで追い込まれてしまっていた。
 圧倒的なまでの実力の差。これはもうバトルじゃない。プロボクサーと子供が戦っても、試合にならないのと同じ。バトルというものは、お互いがお互いを倒し得るほどのもので、初めてそう呼ばれる。
 そんなメタグロスにヒノアラシを差し向けたあたしが間違いだったと、あたしは今になってようやく気付いた。
「ヒノアラシ!?」
「さあメタグロス、その勇敢なヒノアラシに、“はかいこうせん”でとどめを刺せ!!」
 メタグロスの口が開く。その中にエネルギーが集まり、光を帯びていく。
 それを前にしても、ヒノアラシはまだ立ち上がろうとする。
 ヒノアラシの背中から炎が燃え上がる。その炎は、さっきまでよりも僅かに強くなっている。そしてその体自体も、熱に包まれてきているような気がした。
 あれは、『もうか』。
 追い込まれた時にほのおわざの威力が上がるとくせい。サトシのヒコザルで一度見たから、それをすぐに理解できた。ヒノアラシは今まさに、その特性を発動させようとしていた。
 だっていうのに、あたしはそれにむしろ、絶望を抱いた。

 勝てない。
 いくらそれを発動させた所で、力の差は埋められない。
 そんなものは、この相手には悪あがきにしかならない。
 負ける。
 負ける。
 負ける。
 どうやっても負ける。
 いや、それよりも。
 このままだと取り返しのつかない事になると、体が警告してくる――

 止めないと。
 今ならまだ間に合う。
 すぐに戻さないと。
 別のポケモンに交代させなきゃ。
 とにかくヒノアラシを戻して、それから改めて作戦を考え直さないと――

「ヒノ……!!」
 取り出したモンスターボールを、ヒノアラシに向けた、その時。

 閃光は、容赦なくヒノアラシを飲み込まんばかりに放たれた。

「――――――――!!」
 ヒノアラシの悲鳴は、よく聞こえない。
 閃光は動けないヒノアラシを、嵐のように押し出していくのが、一瞬見えた。
 だけど閃光が眩しくて、あたしはどうなったのかちゃんと見る事ができなかった。

 だん、と金属製の壁に何かが強くぶつかる音。
 それと同時に、閃光がやんだ。
 ゆっくりと目を開けて、状況を確かめる。
 ヒノアラシは、倉庫の壁に激しく叩き付けられていた。かろうじて立ってはいるけど、それは今すぐにでも崩れ落ちてしまいそうなほど脆い。
 勝敗は、これで完全に決まっていた。

 あたしはすぐに、モンスターボールを向けようとした。
 だけど。
 ヒノアラシはそれよりも先に、ゆっくりと崩れ落ちた。


 そして、爆発。
 それこそ、体の中に爆弾でも持っていたかのように。
 ヒノアラシ自身が、爆発して砕け散った――


「……え!?」
 あたしの頭の中が、一瞬で真っ白になる。
 何が起きたのか、わからない。
 どうしてヒノアラシが消えたのか、わからない。
 一体どういう経緯で、こんな事になったのかもわからない。

 向けようとしていたモンスターボールが砕けた。
 まるで、あたし自身が握って潰したかのように。
 持っていた手に痛みが走る。
 ただの破片と化して床に落ちていくモンスターボールと、傷付いたあたしの手を見て、あたしはようやく理解できた。

「ヒノ、アラシ……!?」
 ヒノアラシはもういない。

 たった今、目の前でヒノアラシは。
 爆弾のように爆発しちゃって。




 この世から消えちゃったんだから――




「ふふ……あっはははははははははははははははは!!」
 何がおかしいのか、ウラヌスが笑っている。
「“はかいこうせん”のエネルギーに、体が耐え切れなかったか……! なんて未熟な死に様だ……! お前、よくそんなポケモンを僕のメタグロスに差し向ける気になったな!」
 ウラヌスは腹を押さえて笑い続けている。残酷な事実を自分で言ったのに。
 そこにいた誰もが、笑い続けるウラヌスに視線を集めている。事情を知ったのか、サトシとタケシの顔が青ざめている。
 ……無性に腹が立ってくる。
 ポケモンがあんなやられ方したのに、それを笑っているなんて――!
「ウラヌス……よくも……っ!!」
 もう許せなかった。
 あたしが初めてタマゴから大切に育てたポケモンを、あんな風にするなんて――!!
「よくもおおおおおっ!!」
 気が付くとあたしは、ウラヌスに向けて飛び出していた。この怒りを、あいつに直接ぶつけないと気が済まなかった。
 後ろから聞こえた誰かの声も、よく聞こえない。
 向かっていく先はウラヌス。だけどその目の前に、巨大な影が立ちはだかって。

 気が付くとあたしは、宙を舞っていた。
 何回か視界がぐるぐる回ったと思うと、背中に強い衝撃が走った。

「あ……ぐ……っ!」
 その痛みで、あたしの頭に冷静さが戻る。
 何が起きたのかを確かめる。
 さっきあたしは、立ちはだかったメタグロスに、思いっきり弾かれたんだっけ……?
「ヒカリッ!!」
 誰かが駆け寄ってきて、あたしの体を起こす。それはサトシだった。今更ながら、ここにサトシがいた事をあたしは再認識させられた。
「無駄な抵抗はやめろ。お前達がここに来た時点で、既にお前達は自らの首を絞めていたのだからな」
 ウラヌスの声が耳に入る。
 あたし達が、ここに来た時点で自分の首を絞めていた……? その意味がわからない。
「ど、どういう事だ!」
 サトシが問う。
「冷静に考えれば気付く事じゃないのかな、これは。人質事件に何も考えなしで突っ込めば、人質の命がどうなるかわからない事くらい」
 それは容赦なく浴びせられる、暴力のような言葉だった。あたしも含めたみんなが、一斉に息を呑んだ。
 考えてみれば、ウラヌスの言う通りだ。
 下手な行動をすれば人質の命はないと、相手を脅して何かを要求するのが人質事件。そんなものに正面から挑むなんて、間違ってもしちゃいけない。
 それなのに。それがわかっていたはずなのに。
 どうしてあたし達は、そんな間違った事をしようと思ったんだろう――?
「そうだ。お前達がこの事件に首を突っ込みさえしなければ、王女は助かった。外にいる警察に全て任せればよかったものを、自分達の力で全て解決できるなんて傲慢さで首を突っ込んだお前達が、王女を殺したのだ!」
 ウラヌスは容赦なく、事実をあたし達に突きつけた。

 自分達の力で全て解決できるなんて傲慢さ、とウラヌスは言った。
 そういえばあたし達は、ポケモンを手にした時からそんな事を考えてなかった?
 ポケモンがいれば、どんな奴とも戦える。
 1人では手出しできない相手でも、ポケモンを使えば勝てる。
 だからポケモンがいれば、どんな相手だって怖くない。
 そう考えていたから、あたしは悪人と戦う事をためらわなかった。いや、そんな事を考えてなかったら、悪人となんて戦わなかった。
 だから今回も、目の前の新生ギンガ団を自分達で倒せて事件を解決できるって思って――

「あ……!」
 それで、この結果。
 人質にされたサルビアは殺されるという、最悪の結末。これを周りの人が見たら、どう思うだろう……?
 解決を慎重に進めていた所に、突然入ってきた乱入者。そいつらが事件を解決しようとして、結果として悪い結果になっちゃえば、誰だってそいつらを非難する。
 つまり、あたし達は――
「割と分のいい賭けだったよ。偽者が人質にされていると聞けば、お前達は必ず自力で解決しようとここに来ると読んでいた。そして読み通りにここに来て……ふふ、飛んで火に入る夏の虫とは、まさにこういう事!」
 勝ち誇ったようにウラヌスは告げる。だけどその言葉に、反論はできなかった。
 天井から吹き込まないはずの風が吹き込んでくる。
 見ると、一体どういう仕掛けになっていたのか、天井が観音開きに開いている。その先に広がるのは、暗い夜空。外はもう、夜になっていた。
「これでわかっただろう。物事には、首を突っ込んでいい事と悪い事がある、とな」
 ウラヌスがメタグロスの背中に乗る。するとメタグロスは、4本の足を広げて宙に浮いた。
 他の団員達も、各々の飛行できるポケモンに乗って、空へと飛び立っていく。
 奴らが逃げる。
 だっていうのに、あたし達は誰も、奴らを止めようとはしなかった。
「最後に呪いを残してやろう。サルビアは、ただのそっくりさんではない。親睦のためにこの地を訪れていた、異国の王女だ。しかも自分に似ているヒカリのファンでね、このシンオウの地で会う事を楽しみにしていたんだそうだ! そんなサルビアを殺した、お前達の罪は重いぞ……!」
 そんな言葉を残して、ウラヌス達は夜空へと溶け込むように消えていった。
 あたしはそいつらを見届けもしないで、がくりと膝を落とした。
「違う……」
 異国の王女だったっていう、サルビア。
 あたしのファンだったっていう、サルビア。
 そんな彼女が殺されたのは、誰でもなくあたし達がここに来たから。
 事情を知っていたであろうサルビアは、あたし達が来た時、どんな事を考えたんだろう。あの時何か言っていたように見えたけど、一体何を言っていたんだろう――
「違う……! あたしは……あたしは、そんなつもりじゃ……!」
 頭を抱えて、うずくまる。
 だけどそんな事をしたって、全然効果はなかった。ウラヌスが残した『呪い』は、あたしの胸で強く痛み続けるだけだった。

 倉庫の中に警察官達が入ってきたのは、ちょうどその頃だった。

 * * *

 ――あいつらは『ヒカリを誘拐した』って狂言をする事で、あなた達を罠におとしめようとしているのよ。

 イザナミの言葉が、脳裏に蘇る。
 その言葉の意味を、あたしはようやく理解できた。
 奴らが仕掛けていた罠。それは――


 あたし達はその後、警察に逮捕された。
 突然乱入して、事件を最悪の展開にしてしまった責任を問われたから。


STORY41:THE END




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